偉い人達が私を対リンドウの暗殺者と勘違いしている 作:九九裡
〈side・アグネス〉
支部長室の前に辿り着いたので、コンコンとノックすると「入りたまえ」とお声が掛かった。小山力也ボイスで。
「失礼します」
扉を開き、キチンと閉める。後ろ手になんてミスは犯さない。私は支部長に向き直ると、今日のために練習していた敬礼を行った。
「本日付けでフェンリル本部より極東支部に転属となりました。アグネス・ガードナーです。よろしくお願い致します」
「極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザールだ。よろしく頼むよ。ガードナー君」
「はい」
敬礼を解くと、シックザール支部長は手元の書類を手繰りながら言った。
「極東支部の中の案内は第一部隊隊長の雨宮リンドウに任せている。この後、案内してもらってくれ。問題は?」
ヒャッフウウウ!マジですか支部長!リンドウさんに案内を頼めると!リンドウさんと会話までできるとは。適当な部隊に置かれた後に傍観者と化すつもりだったのに。ラッキー。
「ありません」
「そうか。ああ、君は第一部隊所属とする。雨宮隊長からの強い希望でね。君ほどの逸材を寝かせておきたくないとのことだ」
「はい……は?」
支部長は満足げに頷いて……いるが。第一部隊?私が?えっ、ちょっと待って。全然傍観者じゃないんだけど。寧ろ命賭けなきゃいけないんですけれど。
「君の気持ちも分かる。私も最初は少々迷ったが……なに、いざという時のために君がしっかりと彼の行動原理を把握しておく必要もあると思ってね」
何それどういう意味!?あれか?まさかスパイをやれ的な意味なのか!このおっさん私を『アーク計画』に巻き込むつもりだ!
『アーク計画』とは、このシックザール支部長が
しかしてそれは隠れ蓑であり、本命の『アーク計画』は地球すら飲み込める程の巨大なアラガミ、「ノヴァ」による終末補喰を人為的に引き起こして、地球上の生命を一度リセットさせ、尚且つその間は一部の選ばれた人間のみを宇宙船で地球外に退避させ、人間という種をリセット後の地球に帰還させるという、極めて合理的な計画だ。合理以外捨てた計画。理念に共感できなくはないがその計画、最終的に主人公達に潰されるのだ。悲しいことに。そしてその数年後にはゆっくりゆっくり進む安全な終末捕食。ちょっと可哀想ではあった。
ちょっと可哀想ではあったが……私を巻き込むんじゃない。
反論しようとしたが……
「やってくれるね?」
ぎらり、と輝く支部長の眼。あっこれ無理です。これがパワハラか。流石に人類救おうとする人に傍観者が勝てるわけないわ。さっさと、退出しよう。特務とかやらされる前に。
「……分かりました。それでは失礼します」
頭を下げ、支部長室を出ようとする……が。
一つ思い出した。部屋を出る前に一つ伝えておこう。
「支部長」
「ん?なにかな」
「私が嫌いなものを伝えて置きます……『洗脳』『無能』『聖人』です」
「……」
「失礼しました」
扉を開き、一礼して外に出る。最後に目があったが、彼は特に思うところはない様子だった。
うーむ。原作に介入する機会が増えそうな以上、できればアリサさんへのオオグルマの洗脳教育を止めさせて欲しかったのだが。可哀想だし。胸糞だし。あのニュアンスで伝わっただろうか?一応手駒扱いされる以上、即刻消されはしないだろうが。
『無能』と『聖人』というのはまあ、普通に嫌いなものだ。本部で無能とコンゴウ二体とシユウ一体とサリエルの討伐に行かされた時は死ぬかと思ったからね。聖人は嫌い。何が嫌いって、その在り方だ。一切の悪性を持たない人間。そんなもの、気持ち悪すぎるから。まあそんなことはどうでも良くて。
支部長室からエレベーターまで歩いていると、エレベーターの前に誰か立っていた。
「よっ。お疲れさん」
リンドウさんだった。
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〈side・ヨハネス〉
入って来た彼女を最初に見た時の私の印象は、『ちぐはぐ』だった。
服装もそうだが、その雰囲気が。16歳とは思えないほど、大人びた雰囲気を、強いて言うなら諦観にも似たものを彼女から感じた。
「本日付けでフェンリル本部より極東支部に転属となりました。アグネス・ガードナーです。よろしくお願い致します」
「極東支部支部長、ヨハネス・フォン・シックザールだ。よろしく頼むよ。ガードナー君」
「はい」
一切の感情を見せることなく、淡々と彼女は受け答えする。
「極東支部の中の案内は第一部隊隊長の雨宮リンドウに任せている。この後、案内してもらってくれ。問題は?」
私がこう言った時、彼女の肩が僅かに揺れた。接点はないはずだが……最近彼が私の周囲を嗅ぎまわっていることも既に把握しているのか?
高すぎる情報収集能力……やはり想定通り本部からの支援、或いは回し者と考えるべきか。
「ありません」
「そうか。ああ、君は第一部隊所属とする。雨宮隊長からの強い希望でね。君ほどの逸材を寝かせておきたくないとのことだ」
「はい……は?」
おっと。これは後にも先にも珍しい絵が見れたかもしれない。人形のような彼女がこうも困惑を前面に出すことが。確かに彼と共に行動することは、彼に彼女の手の内を、彼女自身の情報を明かすことにもなるだろう。しかし人形と称される君からすれば、その程度の情報隠蔽はお手の物だと思うがね?
「君の気持ちも分かる。私も最初は少々迷ったが……なに、いざという時のために君がしっかりと彼の行動原理を把握しておく必要もあると思ってね」
私がそう言うと、彼女の目が細まった。やはり知っている。彼女は『エイジス計画』、『アーク計画』までも。彼女の目は知っているものが示す理解の目だ。僅かに憐れみが感じられたが、そのような目は飽きるほど見て来た。私の過程を知るならば仕方ないことだが、特に気にはならない。
そして今も、この『
思わず目に力が入る。計画は順調だ。ここで失敗するわけにはいかない。
「やってくれるね?」
彼女はその雰囲気を揺るがすことなく了承し、部屋を出て行こうとする。しかし扉の取っ手に手をかけた所でその挙動は止まった。
「支部長」
「ん?なにかな」
まだなにかあるのだろうか。
「私が嫌いなものを伝えて置きます……『洗脳』『無能』『聖人』です」
「……」
彼女の背中からは何も読み取れない。
それは……大車ダイゴのことを?『洗脳』というならば間違いなくそうだろう。しかし無能と聖人とは……特務の際にも、無能をつけるくらいなら一人でやらせろ、ということか?
「失礼しました」
答えを聞く暇もなく彼女は出て行ってしまったが……アグネス・ガードナー。君の手腕には期待している。君が大車の有用性を大きく超える存在ならば……その訴えにも耳を傾けることとしようか。
しかし洗脳が嫌いとは……なかなかに私もフェンリルも業が深い物だな。彼女か、もしくは近い人間が、その被害を背負わされたのだろうか。
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〈side・アグネス〉
「本日付けで極東支部第一部隊所属となりました。アグネス・ガードナーです。よろしくお願い致します雨宮隊長」
「おう!極東支部第一部隊隊長、雨宮リンドウだ。よろしくな」
キャッフウウ!生リンドウさんだぜ!握手して貰ったぜ!今日マイルームに戻るまでこの手は洗わない!
「そんじゃ、まずは部屋に荷物を置きに行こうか。その後、サカキ博士のところに行こう」
「はい」
おお……さりげなく荷物を持って頂いた。成る程、サクヤさんはこのさりげなさに惚れたのかもしれないな。うん。
「本部からの転属なんだって?」
「はい」
「んー本部かあ。あんま行ったことねぇんだよなあ」
「本部に転属はオススメできな……できません」
とんでもないこと言うから敬語飛びかけた。しかし「別に敬語抜きでもいいぜ。階級は同じなんだからな」と言われるが、うむ。まあ良いと仰るならば敬語を抜こう。敬語抜いたら一気にコミュ障喋りと化すがな!
あと私も少尉ではあるけど爺のゴリ押しだから!
「リンドウ隊長」
「ん?」
「冗談抜きに本部への転属はやめるべき。あそこは……魔窟」
主に爺とか爺とか爺とかが。あんなんが偉い本部はさぞかし腐っているに違いない。あとなあ、飯がクッソ不味いんだよ!マッシュなポテト(味無し)が日常的に出てくる世界なんだよ!
リンドウ隊長の足が止まった。何故か頭を撫でられる。
「何故撫でる」
「んーなんとなく」
「橘サクヤに誤解を招く」
「おまっ……別に……いや、そんなことまで知ってんのか」
「極東支部のデータは粗方集めてる」
そういうと隊長は微妙な顔をして、頭をかいた。
「はー……言うなよ?」
「そのくらいは空気を読む」
恋愛を知らない小学生じゃあるまいし。頭撫でたくらいで騒ぎはしませんとも。
とっととエレベーターで移動したが……あれ?ここベテラン区画じゃない?
「リンドウ隊長」
「なんだ?」
「私は別にベテランじゃない」
「馬鹿言え。ヴァジュラとボルグ・カムランとシユウ堕天種をいっぺんに相手取れる奴が新人でたまるか」
「ゴッドイーターまだ四年目なのに……」
プレッシャーぱないんですけど。
ベテラン区画に入って部屋に入り、隊長には出てもらう。荷物の整理をしていると扉がノックされた。
「入っていいかしら?」
構わない、と返すと入って来たのは黒髪の美女だった。原作キャラなので当然、知った顔だ。
「初めまして。私は第一部隊所属、橘サクヤ。よろしくね?」
「む。よろしくお願いします。第一部隊所属になったアグネス・ガードナー、です」
「別に無理して敬語使わなくてもいいのよ?」
敬語ニガテ認定されてる……隊長か?隊長がなんか言ったのか。
サクヤさんはいい意味で気安く話しかけてくれた。
「荷物整理中?手伝いましょうか?」
「いいの?」
「ええ。同じ部隊の仲間だもの」
仲間!おお、なんと素晴らしい響き。本部でも私ぼっちだったからねえ……部隊長任されたこともあったけど爺の圧力のせいでぼっちーむだったし。みんな話しかけても昨日まで仲良くしてくれてたのに『あの、ごめん。話しかけないでくれるかな……ごめん』とか青い顔で言われるし。
あれ、思い出すと涙が……
「っ!ど、どうしたの?何かあったの?」
「……ぐず、別に、何でもない……」
「……そう?本当に何かあるなら言っていいのよ?チームなんだから」
「ぐしゅっ、ありがと」
ええ人や……ええ人や……リンドウさんこの人置いて行方不明とか何やってんの……。母性ってこーいうのを言うんだよ……うちの母さんは良くも悪くもぽわぽわ系だから……。
私は軽く感動しつつ、ティッシュで鼻をかんで荷解きを続けた。
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〈side・リンドウ〉
アグネス・ガードナー。
あの子は一体、フェンリル本部でどれだけの非道を目にしたのだろうか。フェンリル本部を『魔窟』と称した時のあの目は嫌悪に満ちていた。それほどまでに本部は腐敗していてーー彼女も、それを嫌っているのか?
それはそれとして……俺の身の回りは徹底的に調べられていると見て良さそうだ。やはり第一部隊に引き込んで置いて正解だったかもしれない。裏でコソコソされるよりも直近で監視しておきたい。階級が俺より上だったら隊へのねじ込みは無理だったが、ギリギリだったな。
今は中でサクヤと一緒に荷ほどきをしているようだが、流石に女の子の私物が広がっているところを許可なく入ることは出来ないからな……。十分に注意して、異変を感じたらすぐにでも突入しよう。
そう思った、その時ーー
「えええええええええっ!!」
サクヤの悲鳴が響き渡った!
「なんだ!どうした!」
俺が半ばドアを蹴破るようにして中に飛び込むと。
「ア、アグネス?衣服……ジャージと体操着しか持ってないのかしら?」
「……?そう、だけど?」
ボストンバッグに詰められたジャージを見て戦慄するサクヤと、コテンと首を傾げるガードナーの姿があった。
サクヤはオレに気付く様子もなくワナワナと震えていた。
「な、なんてこと……年頃の婦女子にあるまじき事態だわ……いくらゴッドイーターが戦いに明け暮れると言っても限度があるでしょう……」
「別に服なんて、機能性と最低限のデザインがあればそれでいい」
「だとしてもジャージはないわよっ!」
「えー」
「えー、じゃない!ほら、今から買いに行くからついて来なさい!」
「「えっ」」
直後、ガードナーはサクヤに首根っこを掴まれて引きずられ、二人は部屋から飛び出て、エレベーターの中へと消えていった……。
最後にこちらを見たガードナーの目が屠殺される豚さんのような悲しい瞳だったが、俺にはどうすることもできない。
Prrrr......
Pi!
『やあリンドウ君。彼女はそろそろラボラトリに連れてこれそうかい?』
「わり、サカキ博士。ガードナー……サクヤに拉致されちまった」
『え゛っ何その状況。逆じゃなくて?』
「ああ、逆じゃなくて」
サカキ博士とため息が重なった。