別に古代ベルカ人が神様転生しても良いよねって話 作:海洋竹林
古代ベルカ諸王時代に名を馳せた王の一人、覇王イングヴァルト。古代ベルカで覇を競った数々の王の中でも随一の近接戦闘能力を持つと言われ、その拳は海を割り、雲を裂くほどのものだったと言う。
そしてその直系の子孫である、ハイディ・アインハルト・ストラトス・イングヴァルト。彼女は度々学校の帰り道に寄り道をしては、路上格闘技に明け暮れていた。
名のある格闘家や魔導士を見つけては、戦いを挑む。そうした日々を送りながら、彼女は決して晴れることのない陰鬱さに苛まれていた。
無論、彼女自身も自分の行いが行けないことだとは理解している。指定区域外での魔法を用いた決闘に加え、路上での明らかな障害行為。捜査は行われていないものの、巡回中の管理局員に見つかれば補導に加え、厳重注意や親への連絡は免れないだろう。そうなれば、両親へも迷惑をかけてしまう。
しかしそんな罪悪感を背負いながらも、彼女は闘争を続けていた。日々を無為に過ごしていては堪えられない、やるせない思いが彼女をそうさせる。
それは、覇王と呼ばれた先祖であるクラウス・G・S・イングヴァルトへの想いと、その記憶。かつてあったベルカの戦火、救えなかった愛する人、何もできなかった自分への怒りや、直系としての責務。その全てに振り回され、結果として意味のない闘争や違法行為に手を染めている。
それでも自分は――
新暦79年 ミッドチルダ とある歩道
「ありがとうございました。」
倒れ伏した相手に対し、静かに一礼する。それが、アインハルトの敗者に対する礼儀だった。それは今回の相手もまたまごうことなき強者であったのだと思い出し、自分を戒める為のものもでもある。
「さて、そろそろ帰らなくては。………ぐっ!」
変身を解いてもダメージは残るし、もちろん本来の姿の方がダメージに対する耐性は低い。動けなくなる事を恐れたアインハルトは、しばらく変身したままで帰る事にした。
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通常はきゅっと閉じている口元は、力が入らずあんぐりと開き、見開いた目は眼前を映しているようで、その実何も見ていない。戦闘においては最善手を一瞬で選択する、その優れた頭脳は完全にフリーズし、それに従って全身も硬直する。
ーーアインハルトは、今までにないほどの混乱状態に陥っていた。
「やあ、こんにちは。………いや、こんばんはの方が正しいだろうね。それじゃあ改めて。」
目の前にいる少年。アインハルトと同い年であろう彼の姿に、脳髄が刺激される。髪は茶髪で目も黒色だが、他の誰もがわからなくても、アインハルトにはそれがわかる。
「やあ、こんばんは。ちょっと、お話なんてどうかな?」
あり得ない現実に目を瞬かせ、息は無意識のうちに止まっていた。その顔、その仕草、その表情は記憶の中の
「カフェラテで良いかな?好きなんだよね、これ。」
「あ、は……はい。構いません。」
ーー彼は、誰なんだろう。
ふわふわとした定まらない思考で、アインハルトはふとそんな事を考えた。
彼に声をかけられ、道端のベンチに座って自販機のカフェラテを飲むまでの記憶が、はっきりとしていない。確か何やら話術に呑まれてあれよあれよと言う間にこのベンチに座ったような………?
「………………………………………だよね。」
「はい?」
しまった。聞き逃してしまった。
首を傾げるアインハルトに、聞いてなかった事を悟った茶髪黒目の少年は、その外見に見合わない貫禄を醸し出しながら語り始めた。
「別にさ、そこまで深くは考えていなかったんだよね。」
「何を……?」
と、彼は困ったように笑う。
「ただ、騎士学校時代に教わった格闘術に納得がいかなくてさ。他の流派を取り込んで見たらって思っただけだったんだ。」
これは……
「それでさ、恥ずかしいことにやるからには最強だ!なんて、思い返せば若気の至りの黒歴史、厨二病って奴だったんだと思う。」
これは、もしかして………
「それも、ヴィヴィ達と出会ってからはすっかり忘れちゃってんだけどね。だけど、あいにく力が全然足りなくてさ。」
自分は、今…………
「別に最強じゃなくてもいい。最弱だって………、いや、流石にそれは凹むと思うけどさ。ただ、守りたいものを守り通す。それだけの力が、あの時はとても大きなものだった。ーーだから、子孫へのちょっとした贈り物のつもりだったんだよね。愚かな男の生涯を見て、こうはなるまいと思って、それをなすだけの力を付けてほしかった。……………まあ、あの時に必要だったのは多分、勇気を持って一言伝えるだけだったんだろうけどさ。」
「いや、それも死んでから直接聞いてやっとわかったあたり、僕はどうしようもない奴だってことなのかな……………。」
少し凹んだ様子を見せながらも、彼ははっきりと言い切った。
「ーー
「………………っ!」
それは、アインハルトのこれまでを崩す言葉だった。
それは、アインハルトの決意を否定する言葉だった。
ーーそれは、アインハルトの行動を戒める言葉だった。
首筋を嫌な汗が伝う、息が苦しい、目元が焼けたように熱くなり、頬を液体が伝う。必死に目を逸らしていた罪悪感と後悔がのしかかり、アインハルトの膝が折れる。
「あぁ、そう泣かないでくれ。別に、ーー僕は君のやった事が悪いことだとは、欠片も思っていないんだ。」
アインハルトが思わず顔を上げると、慈愛に満ちた黒い瞳と目があった。
「っ!」
何だか幼い子供を見るような目に反発を覚えて、プイとそっぽを向くアインハルト。耳に届いた苦笑する声が、だからお前は子供なんだと言っているような気がしてーージト目で眼前の彼を睨みつけた。
「なんで…………、なんでそんな事を言うんですか?」
自分の行いは犯罪とは言えなくとも、社会的なルールに反した非難されるべき行いである。それを肯定するなど、間違いだ。
しかし彼は穏やかな口調のまま、笑顔でその理由を口にした。
「確かに路上での私闘はいけないことだし、魔法を使ってのものなら尚更だ。犯罪とは言わずとも違法行為だし、訴えられても文句は言えないだろう。」
ーーでも、と
「君は訴えられてはいないし、決闘に敗れた者達も、決闘相手の名に関しては、硬く口を噤んでいるそうだ。」
それは、彼らも納得していたからだと、彼は断言する。
「決闘前には必ず名乗りを上げる君の名前を、管理局は知らない。それは彼らが皆、格闘技に臨む者としての挟持と誇りを持って君と戦い、そして君の中に己と同じモノを見出したんだろう。」
君達は愉しんでいたんだ。
何処か羨望の眼差しで、何時からかそれを感じなくなった少年は語った。
「格闘技が好きで、強い相手と戦うのが好きで、自分を高めることが大好き。君の中にそれが見えるし、双方楽しんでの結果なんだ、傍から見れば子供の遊びと変わらないよ。」
自分と戦った対戦者達が、そんな事を………。とアインハルトは驚愕し、
「なにより武道家という生き物は、自らが最強だと証明したがるものだからね。」
その一言は確かに、彼女のココロを覆うナニカにヒビを入れた。
クラウス は SEKKYOU を くりだした
アインハルト に 400 の 精神的ダメージ
アインハルト は ポカーン と している
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