箱庭の空   作:白黒yu-ki
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第十六話 シイカへの旅①

ゲンテンの町に数日いて分かった事がある。

日本との食文化の違いだ。基本的な食事はパンがメインとなり、あとは卵とサラダ、ヤギ乳か水が食卓に並ぶ事が多い。店も見てまわってみたが米や茶は見当たらず、塩や砂糖に至っては希少品のため品薄か、販売してあっても高値がついていた。日本人として米が食べれないというのはキツイが、無い物ねだりをしても仕方がない。それにしても塩も高いのか…。

 

「近くに海はないんですか?」

「ゲンテンから馬車で1日かけていった所にシイカの港があります。1番近い海と言われると、そこでしょうな」

 

オレはグリーンに尋ね、海の近いシイカという港の場所を口頭で教えてもらった。地図は非常に高価であり、仕入れも困難だという。この世界に印刷機は無いだろうし、地図があっても一枚一枚手書きのはずだ。そんな状況であれば流通していないのも無理はない。

 

「アザミ、なぜ急に塩が欲しくなったんだい?」

「ヘンリーさん、ナトリウムって聞いた事ありますか?」

「……! アザミの新知識かい? 是非聞かせてくれ」

 

グリーンが横になるベッド横に立つ俺に、グリーンは目を輝かせて詰め寄ってくる。やはりナトリウムといったものはこの世界では一般的ではないようだ

 

「自分も詳しい訳ではありませんが、食塩…塩素とナトリウムが合わさったものなんですが、これが不足すると体に様々な不調が出てきてしまいます」

「ほう、例えばどんな症状が出るんだい?」

「立ちくらみや…低血圧って分かります?」

「立ちくらみは分かるが、テイケツアツは知らないな。説明してもらっていいかい?」

 

俺は思わず頭を悩ませる。血圧が分からないのであれば、血液の循環や心臓の働きといった一般常識も知らない可能性もある。一体どこから説明したものか。

 

「心臓の働きが血液を循環させるポンプの役割である事は分かりますか?」

「いや…今の現代医学では心臓の動きは命ある者の証とされている。ちなみにアザミの言うようにポンプの役割であるとしたら、それで何を送っているのか…いや、つまりアザミはこう言いたいんだね。体の中にある血はそこに留まっている訳でなく、その心臓の働きによって常に動いている。違うかい?」

「その通りですよ。血液の中には、空気中から取り込んだ人が生きていくのに必要な酸素や、体に必要な栄養も含まれているんです。だから心臓でそれを体中に行き渡らせる必要があります。それでその送る力が弱い状態が低血圧。逆の状態が高血圧ですね」

 

自分に医学に関する専門知識はほぼ無い。それ以上聞かれても困ってしまうが、脱線しかかっていた話を修正して体の不調になると困ってしまうので塩を確保しておきたいと伝えた。ヘンリーはまだ講義を聞き足りない様子だが、俺は気付かないフリをして話を続ける。

 

「買い出しみたいなもんです。1週間以内には戻るつもりです。グリーンさんの出発には間に合わせますよ」

 

今の俺の懐には470ダールある。いくら塩が希少で高値とはいえ、現地で入手すれば余裕で買う事ができるだろう。思い立ったが吉日と言うし、すぐにでも向かうとしよう。

 

俺が立ち上がって出発の準備をしていると、ティアが俺の裾を引っ張って「私も行きたい」と呟いた。よほど懐かれたのか、ティアは俺の傍にいたがる傾向が出てきている。好かれて嬉しくない訳ではないが、俺はティアの要望への返事を渋る。確かにティアは武神となってかなりの強さを身に付けた。俺も確実に勝てるという自信はない。だがやはり幼い女の子なのだ。ゲンテンの近くで、そして大人の目がある場所でのレベル上げはギリギリ容認できても、今回は距離もあるし野宿も頭に入れなければならない。それに加えて道中にも危険が伴う。やはりティアを連れていく事はできない。

 

「悪いがティアはグリーンさんの傍にいてやって欲しい。シイカというところまで何があるか分からないからね。もしかしたらまた危険なことがあるかもしれない」

「でも…私も強くなったもん…」

「それでも、だ。ティアは確かに強くなってるよ。それでも俺にとってはかわいい女の子なんだ。危ない目に遭ってほしくない。だから今回はゲンテンに残って俺の帰りを待ってくれると……ティア?」

 

俺は話を途中で中断させる。話をしていた相手が急に唖然とし、その直後頰を赤く染め、両手で顔を隠して背を向けているのだ。

 

「ティア、ど、どうかしたか?」

「な、なんでもない…」

 

オロオロする俺を見て、ヘンリーは苦笑する。

 

「アザミは天然だね。ティアのことを考えて敢えて言うまいが、ソレは控えておいた方がいいね」

「な、何のことですか?」

「だから、僕からは言えないよ。自分で考えることさ。でもそれを治しておかないと、色々と女関係で苦労する事になるぜ?」

 

ヘンリーは遠い目をしてそう忠言する。含蓄のある言葉だ。ヘンリーは過去に女性関係でそう悟るに至る出来事があったのだろう。だが俺は何を治せばヘンリーのような苦難を回避できるのか、それが分からないがヘンリーは答えをくれるつもりはなさそうだ。というよりも、ヘンリーは過去を思い出しているのか既にうわの空だ。

 

ティアは何とか折れてくれて、俺はゲンテンを一人で出発することになった。ティアにはレベル上げをするのは構わないが、誰か大人の目がある場合に限ることを条件とした。

 

「さて、まずは全力でシイカ方面に走ってみるとするか」

 

今の俺の体力と素早さなら、馬車よりもずっと早く到着するはずだ。俺は空欄職のまま駆け出し、時折休憩を挟んではまた走るを繰り返して途中で足を止めた。4時間は経った頃、空模様が怪しくなってきたのだ。雨雲が頭上を覆い始めている。

 

一雨くるな。俺はそう予想づけ、雨を凌げそうな場所を探す。1時間ほど前に大草原を抜け、今俺が立つ場所は小さな森の中。大聖樹の森に比べれば本当に小さな森だ。

 

ぽつり、ぽつりと雨が地面を叩き始める。まだ小雨だから問題ないが、このまま本格的に降られると風邪をひいてしまいそうだ。この世界の人たちは傘を持っているのだろうか。無ければ不便だなぁとどうでも良いことを考えていると、木々の影から建物が見えた。

 

「少しの時間だけでも雨宿りさせてもらえないかな」

 

そんな希望を抱いて俺は建物に向かう。そこに辿り着いて俺は建物を見上げた。ゲンテンの町では一軒たりともないような立派な建物だ。だが辺りの薄暗さが立派な建物を怪しく浮かび上がらせている。既に本格的に大雨が降っている。流石に盗賊のアジトという訳はないだろうが、俺は警戒しつつ建物の戸をノックした。








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