箱庭の空   作:白黒yu-ki
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第十九話 シイカの少年

こちらの世界ではパンが主食である為、麦を使ったビールがあるのはある程度予想はしていた。俺は別段酒豪という訳では無いが、少々は嗜んでいた。そんな俺の喉はこの世界のビールに惚れてしまっていた。

 

「こっちのビールを何とか向こうに持っていくことできないかな…。あ、この魚の野菜漬けも美味い。何の魚だろう」

 

ツマミを頂きながら舌鼓を打っていると、女性店員が横に立って「近海で獲れるシイカフィッシュです。今が旬ですので、こちらのお刺身もとても美味しいですよ」と説明してくれた。マグロのような赤身の魚だ。口の中に入れると、すぐに口の中で溶けるような不思議な味わいだ。醤油があればもっと美味しく頂けそうだが、無いものは仕方ない。あるのはドレッシングと思われる液体しか見当たらなかった。いつかはこの世界でも普及させたいものだ。

 

「お客さん、この町の人じゃありませんよね。旅人さんですか?」

「ん〜、どうなんですかね。自分でもよく分かりません」

「ふふっ、変わった方ですね」

 

女性店員は可笑しそうに目を細める。

 

「あ、もちろん目的はありますよ。ここなら塩が安く手に入るかと俗物的な考えで来てしまいました。今日のところは一晩宿に泊まって明日店を探すつもりです」

 

「…ご存知ないのですね」

 

俺のシイカに来た目的を話すと、酒場の盛り上がりが一瞬凍った。船乗りたちは難しい表情を浮かべてこちらを見ている。隣に立つ女性店員がその理由を説明し始めた。

 

「確かにこのシイカの港は、塩の最大生産地です。ですが私たちにとっても現在は希少なものとなってしまっているのです」

「どういうことですか? 海水に問題でも?」

「…いえ、そういう訳ではないんですが…」

 

女性店員が言い淀んでいると「奴らのせいだ」とマスターが口を開いて言った。

 

「三ヶ月前から海賊どもがこの辺りを根城にしている。シイカの人間を殺さない代わりに、シイカで生産される塩を寄越せと言ってきた。どの町でも塩は高価だからな」

 

「だけどよ、あんちゃん、俺らもただ耐えてるだけじゃねぇぞ?」

 

マスターの説明に続けて船乗りの一人が言う。俺の横のイスに座って、遠い目をしている。

 

「帝国に討伐隊の打診はしてるんだ。討伐隊が到着すれば海賊たちも掃討されてシイカは平和になる。戻るんだ。俺たちの暮らしもな。そうすりゃ、あんちゃんにも塩を売ってやれる。だから少し辛抱してくれねえか?」

 

…一見穏やかな生活を営んでいるように見えていたシイカだが、そのような問題を抱えていたのか。盗賊や海賊、どこの世界にも心無い犯罪者がいるものだと俺はため息をつく。

 

「海賊たちはどれくらいの人数なんですか?」

「そうだな…50人はいるんじゃねぇかな」

「…それは結構な人数ですね」

 

50人の犯罪者というと結構な規模だと思われる。2、3人ならまだしも、その人数ではいくら俺の能力が高いといっても制圧する自信などない。いや、ドラゴンとかになればいけるのだろうか。まぁ相手のレベル次第かな。

 

そう考えている俺の後ろで「情けないじゃないか!」と声を荒げる者がいた。振り向くとそこにいたのは洗い物をしていたはずの青髪の少年だ。少年は船乗りの男に向かって叫ぶ。

 

「海賊たちにシイカの若い姉ちゃんたちが何人も連れていかれてるんだぞ! それなのにいつまで待つ気だよ!」

 

「ユウド! これは子供の遊びじゃねぇんだ! 子供は大人の言うこと聞いてりゃいいんだよ!」

 

「聞きたくないね、情けない大人の言う事なんてな!」

 

青髪の少年、ユウドの言葉は俺の胸にも刺さる。俺も身の安全を考えてしまい、帝国の討伐隊が来るのなら…と、一歩引いてしまっていたのだ。ユウドの言葉は勇敢だ。だが、何も知らない子供の特有の無謀さがある。勇気や勢いだけでは解決することのできない現実など、数えきれない程あるのだ。そんないきり立つユウドだが、父親であるマスターにひと睨みされて視線を落としてしまう。

 

「何も知らねぇ旅人さんの前だ。身内の恥を晒すような真似するんじゃねぇ」

 

「で、でもよ、父ちゃん!」

 

「俺たちが辛くないとでも思ってんのか? みんな心を殺して日常を送ってるんだ」

 

「だけど俺は…!」

 

ユウドは歯を食いしばり、涙を浮かべて酒場を出て行ってしまった。それを追いかけようとする女店員だが、船乗りたちに止められていた。

 

「待つんだ、ナギちゃん! あんたは外に出ちゃいけねぇ。ユウドなら俺たちが探して来るからよ」

 

「…はい、お願いします」

 

肩を落とすナギを見て、申し訳なさそうに船乗りの数人が酒場から出て行った。

 

「お客さん、ウチの倅が申し訳ない」

 

マスターは外に飛び出して行った息子を思い、目を細めている。子供のユウドと大人たち。どちらの言い分も正しいが、どちらも間違いがある。ユウドの「早く助けてあげたい」という思いは人として正しいだろう。連れられていった人たちの事を考えれば尚更だ。だがその思いには手段が伴わない。反対に大人たちは確実な方法を選択しているが、「早く助けたい」という思いを殺し、ひたすら耐えているのだ。冷たく見えるかもしれないが、そこで彼らが反抗してしまったら連れられていった人たち、そしてシイカの人達の命まで危険に晒す事になる。…難しい問題だな。

 

俺はナギに会計を聞き、料金を払う。

 

「あの子が悪いとは思っていませんよ。海賊に連れられてしまった人達の事を思ってくれる、優しい子じゃないですか。悪いのは全部海賊なんですよ」

 

俺はそうマスターに伝えて酒場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

酒場を出てからすることは、海賊たちの情報収集だ。

シイカの大人たちが抱える問題に、俺は含まれていない。要するに俺はシイカや海賊にとってよそ者なのだ。俺が海賊たちに何をやっても、旅人の愚かな正義心の行いで済む。もし俺が失敗したとしても、スキルを使えば逃げ出せる可能性は高い。最悪、職業を幽霊にすれば殺される事もないのだ。幽霊最強だな。この世界に天敵である除霊師や退魔師が存在するのか気にはなったが、そんな相手には物理職のドラゴン辺りで相手をしよう。

 

シイカの人達に聞いたところ、海賊たちはシイカの港から東側の陸沿いに行った場所にアジトを構えていると教えてくれた。だがあくまでも場所を教えてくれただけで「下手なことはしない方がいい」と釘を刺されてしまう。やはり大人たちは討伐隊が到着するまで耐える方針のようだ。

 

俺はシイカを出て東に進む。

未だ酔いは残っているが、周辺のモンスター程度なら戦うのに支障はなかった。海の近くということもあり、海岸付近では大きなカニや宙に浮くクラゲのモンスターを確認した。アルコールを抜く為にも少し運動するか、とそれらのモンスターを倒していく。日は完全に落ち、辺りに明かりなどは無いが、特殊眼鏡のおかけでモンスターを見落とすことはなかった。

 

一時間程歩くと、海沿いに大きな洞穴が見えた。近くには海賊旗が掲げられた船もあり、洞穴には光がこぼれている。あそこが海賊たちのアジトなのだろう。俺は姿勢を低くしてそのアジトを眺めながらどう進入するか考えていると、視界に文字が浮かんだ。モンスターかと思い同時に神眼も発動する。するとそこには『ユウド・タリスマン』の文字が浮かんだのだ。俺は慌ててそこに駆け寄ると、傷だらけのユウドがそこに倒れていたのだった。








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