箱庭の空   作:白黒yu-ki
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第二十三話 賑わいのシイカ

ネリカ率いる海賊たちの乗った海賊船がシイカ近海から離れ、それを見送った俺はナギやユウド、捕らえられていたシイカの女性たちを引き連れてシイカへの帰路につく。結構な行列ができてしまったので、途中襲いかかってくるモンスターから彼女たちを守るのは骨が折れたが、神眼を使って近付くモンスターを感知し、必死で排除していった。

 

彼女たちの安全を第一に考えての移動となり、途中休憩を含めたこともあってシイカに着く頃には日が水平線から顔を覗かせていた。シイカに戻れた女性たちは涙を浮かべて各々の家へと戻って行く。

 

「流石に今日は疲れたな…」

 

体力的な面でもそうだが、一番疲弊したのは精神だ。今日一日でだいぶ脳をフル稼働させた気がした。体が睡眠を欲している。宿泊施設を探そうとしていると、先ほどの女性たちが家族を引き連れてこちらに戻って来た。

 

「助けて頂いてありがとうございます」

「あなたはこのシイカの救世主様です」

「なんてお礼を言っていいか…」

 

と、感謝を述べられた。それ自体は悪い気分ではないのだが、いかんせん脳が働かない。そんな俺に助け舟を出してくれたのがナギだった。

 

「皆さん、今回のことで精霊様もお疲れのご様子。本日はお休み頂いて、お礼はまた後日…ということでどうでしょうか?」

 

「…精霊様? ナギちゃん、この方は精霊様なのか?」

 

「はい、私と弟のユウドは見ました。私たち人とは違う、海の精霊様の姿を」

 

ナギがそう告げた瞬間、俺の目の前に立つ人たちは一斉に手を合わせて祈り出す。中には土下座する者すら現れた。これは助け舟じゃなさそうだな。余計に事態を複雑にしてくれたようだ。だが最初のナギの案は通ったようで、彼らはまた後日ということで俺を解放してくれた。宿泊場所を探している事を伝えると、皆が自分たちの家で是非、と勧めてくれたがユウドの強い希望もあり、俺はユウドたちの酒場で休ませてもらうことにした。

 

予想はしていたが、酒場に着いてマスターにも頭を下げられてしまった。マスターのお礼もそこそこに、俺はナギに上階へ案内される。その部屋のベッドを使って下さいと言われ、俺は眼鏡を外して倒れ込む。これでやっと体を休ませる事ができる。だが今回の件が全て解決した訳ではないのだ。残ってしまった問題が俺を悩ませてしまっていた。

 

 

◆◇◆◇

 

時は遡る。

ネリカの鞄の中から出てきた羊皮紙に描かれた漫画のような絵。この世界にも漫画という文化があったことにも驚いたが、それ以上に衝撃だったのがそのキャラクターであった。おそらく自分を模したであろうキラキラ目の女の子と、イケメン風の男の絵が描かれている。俺はそれを見下ろし、改めてネリカの顔を窺う。顔を真っ赤にし、あちらこちらに目が泳いでいる。先ほどのまでの威勢は影を潜め、目の前で慌てる女性はまさしく…

 

「乙女か」

 

「ち、違う!」

 

慌てて否定するネリカだが、言い逃れできない物的証拠が目の前にあるのだ。その後もネリカは「子分から取り上げた」「私が描いた訳ではない」と言い訳を始めたが、鞄の中には絵を描くための道具も揃っていた。皆が恐れる海賊頭領の趣味としては意外だ。だがこれがネリカの弱点であるのは間違いないようだ。

 

「くっ…こうなったらお前を消して全て無かったことに…」

 

「待て、落ち着いてくれ。鞭を振り上げるな」

 

「黙れ! 天下のネリカ様がこんな趣味をもっていると世間に知られてしまってはシーサーペントの名が地に落ちる!」

 

「約束するよ、絶対他の人には言わない。そちらがシイカの人達を解放するという約束を守ってくれたんだ。こちらもしっかり守らないとな」

 

「し、信用できるもんか!」

 

「そろそろそれを片付けないと、出航準備ができたって子分が呼びに来るんじゃないか? それに、俺には攻撃が当たらない事は先ほど理解しているだろう?」

 

「く、くそっ!」

 

ネリカは鞭を下ろし、先ほどの自室から新しい鞄を取りに行き、この場で散乱してしまっている「乙女の作品」を片付け始める。手伝おうとしたが猫のように威嚇をしてくるため、俺はその光景を見下ろすのみだ。

 

この後すぐに子分が呼びに来たため、その件についてネリカから追求はなかったものの、去り際に「恥をかかせた落とし前は必ずつけてやるからね」とひと睨みしていった。シイカに手出しはしないという件は遵守してもらえると思うが、今後俺を狙ってくる可能性はありそうだ。俺は大きく溜息をついたのだった。

 

◆◇◆◇

 

 

 

重さを感じる頭を覚醒させ、俺は体を起こす。

窓の外は既に夜空が広がっていた。窓から見上げる夜空に浮かぶ青色の月。月明かりが照らすシイカの港は賑わいを見せていた。海賊に連れられていた家族、友人、恋人が帰ってきたのだ。その賑わいも当然だ。だがそんな賑わいを見せるシイカの港だが、俺が休ませてもらったこの酒場は静かなものだった。夜中で酒場とくれば外以上に盛り上がりをみせて当然のようなものだが、部屋の外へ出ても人の声ひとつ聞こえない。ベッドを提供してくれたマスター達に礼を述べたいのだが、どこにいるのだろうか。

 

薄暗い階段を降り、外に出てみる。酒場周辺は静かなものだが、少し離れた場所には祭りのように店が並んでいる。何が売っているのか気にはなるが、それよりも今は酒場前の椅子で眠り込んでいるナギに気付く。その隣にはユウドがお腹を出して眠っていた。俺が傍に置いてあった布をかけてやろうとすると、ナギが目を覚ます。

 

「あ…精霊様、目を覚まされたのですね」

 

「んー、俺には一応生明光太郎って名前があるんだ。光太郎って呼んでもらってもいいかな」

 

「はい、コウタロー様」

 

「…様もいらないかな?」

 

「しかし精霊様を呼び捨てにするなんて畏れ多いことです。そんなことはできませんよ」

 

「困ったなぁ…」

 

この世界ではソラシアールという精霊を崇拝している傾向にある。同じ精霊であると信じてしまっているこの世界の人間には、敬うのが当然というのも分かってしまう話だ。これは別にナギが悪い訳でなく、面倒なことを避けるために自分が誤魔化してしまったために起きた事態だ。自業自得、というやつだな。そんな悩んでいる俺を見て、ナギは不思議そうに俺の顔を見つめていた。

 

「光太郎様…精霊様も人の姿になると私たちと同じように悩んだりするんですね」

 

「そ、そうだな。他の精霊のことは分からないけど、俺は万能じゃないからね。それよりも何でこの辺りは店が出てないんだ?」

 

「それはこちらで光太郎様が休まれていたので、ゆっくり休んでいただこうと配慮させて頂きました。あの辺りならそこまで休息の妨げにならないかと」

 

「そうか、気を遣わせてしまったな」

 

遠くで酒を配っているマスターを見ながら感謝する。

 

「そういや、弟クンのユウドには驚いたよ。まさか一人でアジトに乗り込むつもりだったなんてね」

 

「そうですね…、今想像してもゾッとします。この子は本当に後先考えないんだから」

 

そう言ってナギはユウドの頭を優しく撫でる。そして暫くして顔を上げ、俺を見つめる。

 

「あの…光太郎様はシイカから離れてしまうのでしょうか? このままシイカの守護精霊にはなって頂けないのでしょうか?」

 

「申し訳ないけど、約束があるのでゲンテンに戻らないといけない。マリアリアまで道中用心棒をすることになっているからね」

 

俺がナギの案を断ると、僅かに寂しそうに表情を曇らせる。だがそれも一瞬で、「それなら仕方ありませんね」と笑顔を浮かべた。

 

俺とナギは青い月を見上げ、「俺も兄ちゃんみたいに強くなるんだ…」というユウドの寝言を聞き、互いに笑ってしまった。

 

―楽しい夜だった。






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