箱庭の空   作:白黒yu-ki
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第二十九話 貴族と味噌と

帝国までの旅路で一番張り切っているのはグリーンだ。馬車代の出費分を取り戻すという意気込みもあるのだが、新しい商品を見つけてしまったことで興奮に拍車がかかっていた。以前俺が作ったシュシュも商品として売り出そうと張り切っていたが、目の前に出されていた飲み物を見て目を輝かせていた。

 

「ナ、ナギさん、この飲み物は一体なんですか!?」

 

「味噌汁というものです。コウタロー様から頂いた味噌を使った飲み物なのですが、お口に合いませんでしたでしょうか?」

 

旅路は数日が経過していた。その中でナギは今回初めて味噌を使った食事を披露したのだ。勿論、作り方は俺が助言している。味見はしていたようだが、グリーンの戸惑いにナギは心配そうに訊ねるが、口に合わなかった人間がああも目を輝かせる訳がない。

 

「…いえ! とても美味しいですよ! 味噌…これが味噌なのですか…」

 

ナギにも聞いていたが、この世界に味噌は存在していなかった。商人のグリーンにとって、味噌の価値はとてつもなく大きなものであったろう。元の世界で味噌は様々な料理に使われている。日本料理の礎となる素材といっても過言ではないだろう。

 

そんな味噌汁に感動を覚えるグリーンだが、ティアやユウドは素直に「おいしー」と飲み干していた。俺も久しぶりの味噌汁を口に含み、ゆっくりと胃袋に流す。やはり日本人として味噌汁は必須だ。後は米があれば言うことはない。どこかで稲の種が手に入れば良いのだが…。そうすれば米が栽培でき、白いご飯が食べられるようになる。米と味噌を使って五平餅を作るのも良い。

 

「大豆はあるから…それで豆腐を作って豆腐田楽っていうのも良いかもなぁ」

 

ナギが作った味噌汁の中には具材が僅かしか入れられていない。乾燥した海藻を入れただけである。この世界には豆腐もまだ存在しておらず、大豆から豆腐を作り出して味噌汁の強化をナギに提案すると、豆腐の作り方を熱心に聞いてきた。この道中、メンバーの中で一番強化されるのはナギの料理かもしれない。

 

 

 

その日の昼にはビシヤンという村に到着した。グリーンはこの村で軽く商売をするらしい。俺はのんびりさせてもらおうと思っていたが、鬼気迫るグリーンに味噌の追加を頼まれてしまった。酒と塩と大豆が必要だと伝えると、グリーンはそれらを大量に用意してくれた。余程味噌を量産させたいらしい。村人にも味噌を売り始め、俺が解放されたのは日が傾き始めた頃だった。抽出と合成を繰り返し、それらの職もいくつかレベルが上がっていた。

 

「コウタロー、お疲れ様」

 

そんな俺を労いにティアが味噌汁を持ってきてくれた。俺はそれを受け取り、一口だけ頂く。

 

「…ふぅ、生き返る。ありがとう、ティア」

 

「私にできることなら何でもするよ。他にしてほしいこと、ある?」

 

「そう言われても特に思いつかないなぁ。それよりティアもここまでの旅で疲れているだろうし、宿で休んでいてもいいんだぞ?」

 

「平気。それじゃ、隣に座ってもいい?」

 

村の入り口付近で地べたに腰を降ろしていた俺の隣を指差す。俺が頷くとティアは嬉しそうに座り込んだ。俺たちは2人して茜色の空を見上げている。そんな中、不意にティアが口を開いた。

 

「…コウタロー、向こうから馬車が来てるよ」

 

そう言って村の外を指差すティアだが、俺にはまだ見えない。武神という職業には視力強化のスキルでもあるのだろうか。

 

「旅人かな?」

 

「違うと思う。三人の騎士風の人が馬に乗ってて、高級そうな馬車がその後ろを走ってる。馬車に刻印があるから、もしかしたら貴族様かもしれない」

 

「へー、貴族か。でもどうして貴族がこんなところに来るんだろう」

 

「この村を治めてる領地様かも」

 

そこまで話して、ようやく俺にも視線の先に米粒のような影が見え始めた。その影はどんどん近づき姿もハッキリしてくる。前衛の騎士たちは見るからに高級そうな鎧や兜を身に付けていた。

 

彼等は村の入り口で止まり、馬から降りる。そして馬車の中から2人の男女が出てきた。男の方は金髪に整った顔立ちの青年。もうひとりは腰まで届く金髪にこれまた美人な顔立ちの女性だった。

 

「おや、何だか良い匂いがするね」

 

青年が味噌汁の匂いに気付き、鼻をヒクヒクさせる。そして俺が匂いの元である味噌汁を持っている事を知り、騎士たちを携えてやって来た。

 

「君たちは旅の者かな? 何やら見たことのないスープを持っているが、遠方の料理かい?」

 

青年は俺たちと同じように地べたに腰を降ろし、俺が持っていた味噌汁を覗き込む。俺の中の貴族のイメージはプライドが高く、貴族の名を傘に着て傍若無人な行いをする、という悪役の印象があった。だが目の前の青年は今まで俺が出会ってきた平民たちと同じ空気を纏っているように感じた。

 

「これは味噌汁といいます。コウタローの作った味噌を使った料理です」

 

隣でティアがそう説明する。聞きなれない「味噌」という単語を聞いて、青年は興味深そうに味噌汁を眺めている。

 

「奥で仲間が味噌を売っていて、味噌汁も配っていますよ。温かい方が美味しいので、持ってきてもらいましょうか?」

 

俺がそう伝えると、青年は嬉しそうな表情を浮かべた。だが傍で立っていた金髪の女性がそれを良しとしなかった。

 

「お兄様、そんな物は後になさいませ。今は調査を進める事を優先しますよ」

 

「堅いことを言うなよ、ダリア。食の進歩はそのまま我が国の豊かさにも繋がってくるんだ。まして、未だ普及されていない食材だとしたら尚更知っておく必要がある。これは国の為でもあるのさ」

 

青年に頼まれ、ティアはナギたちの元に味噌汁を取りに駆けて行った。そしてティアの身体能力の高さもあり、すぐに戻って来て人数分の味噌汁を彼等に手渡した。まずは毒味をするため、従者である一人の騎士が兜を外す。兜の下は青髪の凛とした表情の女性騎士だった。女性騎士は見たことの無いスープを前に戸惑いを感じていたようだったが、意を決して口をつけた。そしてそれは喉を通り胃袋へ落ちる。

 

「…このようなスープがあるのですね。とても美味しかったです。問題はありません。どうぞ、ディアス様、ダリア様」

 

女性騎士の毒味を終え、青年貴族のディアスは嬉しそうに味噌汁を飲み始める。そして一言「美味だね」と感想を伝え、残りを一気に飲み干した。残りの騎士たちも兜を外して味噌汁を飲み干し、残りはダリアだけとなった。

 

「ダリアも頂きなよ。味噌汁…だったかな。是非ウチの料理人にも覚えてもらいたいレシピだ。味噌を使ったスープ、味噌は君が作ったんだったね? 味噌の権利はどうなってるのかな?」

 

「旅の仲間である商人に一任しようと思ってます」

 

「ということは、まだ申請前で帝国のリストにも載っていないんだね。それではその権利を我がリックハウンド・シアール家が買い取ろう。この食材を国中に広めたいんだ。君の仲間の商人と話がしたい。会わせてもらえるかい?」

 

「流石にもう手は空いてると思いますよ。ティア、グリーンさんの所に案内頼めるかな?」

 

「うん」

 

ティアに先導され、ディアスと従者の騎士2人は村の奥へと歩いて行った。その場に残されたのは俺とダリアという女性貴族、そして青髪の騎士だった。ダリアは未だに味噌汁を前にして硬直している。ディアスにいるああ言った手前、飲みにくいのだろうか。そんなダリアを見ていると、ダリアがこちらの視線に気付いた。

 

「…旅の者、味噌とは何ですか?」

 

「味噌は大豆…他の穀類でも作れますが、それと塩、麹を合わせて発酵させたものです」

 

「…発酵というと、お酒を作るための手法でしたね? 他にも引用できるとは知りませんでした」

 

「まだ他にも引用できますけどね。取り敢えず、味噌を摂ることで美肌効果もあるので女性にもお勧めだと思います」

 

「…!」

 

その最後のひと言が効いたのか、今まで警戒していたダリアだったが直ぐに味噌汁を飲み干した。

 

「………おいしい」

 

ダリアは小さくそう呟き、椀を騎士に渡す。そしてキリッとした目つきで何故か俺を睨んだ。

 

「旅の者!」

 

「は、はい?」

 

「リックハウンド・シアール家の専属料理人になりなさい!」

 

いきなり唐突に告げるダリアに、俺は空いた口が塞がらなかった。少し時間を置いて「断ります」と答えると、ダリアはこの世の終わりのような表情で肩を落としていた…。






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