縛鎖の魔王 蒐集のグリモア   作:十三塚
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騎士と王、その従者

 土煙を上げ、ルークレプトを乗せたワーグは地に着地する。
 男たちは皆一様に地に伏し、立ち上がろうとする気配さえない。

「我が君、流石ですな。見事でございましたぞ。……我が君?」

 素直な賞賛を述べるワーグへの返答はない。
 騎乗する主人は、もし彼が人間の頭を持っていれば、今頃冷や汗に塗れているであろう。

(この……馬鹿っ!)

 ルークレプトは脳内で罵る。
 罵倒の矛先はワーグではない。己が操る鎖にだ。
 物言わぬ鎖に対し憤るのは滑稽の極みだが、そうでもせねば収まりがつかない。

(私はただ、拘束さえすればよかったのだ。実際、そうしたイメージは出来るだけ鮮明に脳内に描いたつもりだ。だというのに……! やりすぎだ馬鹿者!)

 心中で叱責を繰り返すも、当の鎖はといえば、先ほどまでの縦横無尽な動きは影も形もなく、ただ重力に任せるままに手首から垂れ下がっている。
 それが自然な姿ではあるのだが、まるでその様子は、そっぽを向いて聞かぬふりをする子供のようにルークレプトの目には映った。
 そんな姿がますますルークレプトの怒りを募らせる。
 ついに大声で自らの手首に向かい怒鳴り上げようとしたその時、下方から声がかかる。

「我が君……(くだん)の者の一人がこちらに視線を向けているのを感じます。如何なさいますか」

 その言葉により、喉まで出かかっていた罵倒の言葉はすんでのところで押し留められる。
 しかし、先ほどまでとは別の種類の緊張がルークレプトを襲う。
 すなわち、これからの対応だ。
 襲われている一団に助けに入る、その目的はひとまず完遂できたとみていい。
 しかし、これから先のことについて。そう、『人間との会話』については彼にとって初の試みとなるのだ。
 人間にしか見えないとは言え、あの二人は人ではないらしいから数には入れられない。
 最初の一言。これが肝要だ。
 だが、一体何を言えばよいのか。
 背に向けられる何者かの視線は、後ろを振り返らずとも痛いほどに突き刺さる。

(我が君。何かありましたかの? 随分と動揺しておられるようじゃが?)

「ウィキ!? どこだ?」

 じっとりと背に汗をかいていたルークレプトは、どこからか聞こえたグリモアの声に視線を左右に振るも、それらしき姿は見当たらない。

(我らは現在徒歩にてそちらへ向かっておる途中にございます。お伝えしておりました通り、我が君とわしとは精神の根幹で繋がっておりますれば、我が君の動揺も筒抜けという次第にて……して、何事かありましたかな?)

(そうか……実はこれこれこういう事態なのだ。どうすればいいと思う?)

(ふむふむ……連中は皆倒したのですな? されば、ここは下手に出ずに大きく出るのです。こんなことなどなんでもなかった、という風に。そうですな。例えば、こう言いなされ――ゆっくりと、王の如き体で。その際の身振りは――)


 一体何が起こったのか。
 突如として現れた黒い影は、瞬く間に目の前の者たちを薙ぎ倒した。
 そして今、その黒い影は、リンの目の前に背を向け佇んでいる。
 国からの援軍という線は考えられない。いくらなんでも早すぎるうえ、そもそも事態が伝わっているはずがない。
 第一、目の前の者の姿はあまりに異様であった。
 一人は、赤いマントを羽織る、見るからに屈強な、黒い甲冑に身を包む騎士。何者かは不明だが、この際それはいい。
 問題は、騎士が騎乗するモノだ。
 馬ではない。それより何倍も大きな、黒い毛に覆われる何か(・・・)
 視線も合わせていないうちから、自身の毛が逆立つ感覚に襲われる。
 黒い獣といえばワーグが思い浮かぶが、奴らはこんなに巨大でも俊敏でもない。
 いずれにせよ、瞬く間に人間の四肢を容易く捥ぎ取るほどの脅威には違いない。
 であるならば、リンがすべきことは一つ。
 この異形の者たちは果たして味方なのか、それとも敵なのかを確認することだ。
 後者であるとすれば、状況は更に悪い方へ傾いてしまったことになる。
 意を決し、彼女が口を開きかけようとすると――

 騎士の首がゆっくりと、こちらを向いた。
 振り向いた騎士の被る兜には十字にスリットが入り、その奥は杳として知れない。

「襲われているのを見て加勢に来た。迷惑だったかな?」

 できるだけ大仰に、そして必要以上にゆっくりと。
 ウィキに言われたように出来たかは正直、自信がない。
 なんとなく振り返りざま、左腕を軽く振ってマントをたなびかせてみたが、要らぬ事だったろうか。
 兜に覆われ、表情を読まれぬことを感謝する。
 ――尤も、兜の下を見られれば、こんな迷いなど問題にならぬほどの騒動が起こるのは間違いないのだが。

 そんなことを考えながら振り向いたルークレプトの視界に入ったのは、想像していたものとは少々違ったものだった。
 遠目には鎧を着込んでいることしか伺い知れなかったのだが、相手はてっきり男だと思い込んでいた。
 しかし今、こうして間近で見てみれば見紛うはずもない。まだどこか幼さを残した、美しい女性であった。

 そんな彼女は、眼前の騎士をじっと見据えたまま、何事をも発しない。
 一瞬口を開きかけたように見えたが、言葉にはならなかった。
 明らかに、急に現れた謎の存在を相手に如何に対応すべきか迷っている様子だ。
 ルークレプトは、これ以上何か言うことはしない。
 ……と言うより、目の前の女性と同じく、何を言うべきか迷っていたに過ぎないのだが。

「あ……あなたは、一体……? ……味方なの、か?」

 ようやく開かれた口から聞こえてきたのは、美しい外見に似合う、婉然たる声であった。
 ただ、単なる美人、と言い切るには何かが引っ掛かる。どうも瞳孔の形が妙な気もするし、それに、何か、もっと……
 違和感の正体を突き止めんとルークレプトが視線を動かすと、彼女の頭に妙なものが乗っているのを発見した。

「……耳?」

「ひに゛ゃっ!? ……はっ! はっ、いや、これはその……! ちょっ、ちょっと待って! あっち向いて!!」

「え……あ……ああ」

 やにわに声を張り上げ、口調まで変わった女の言葉に従うままに、ルークレプトはまたも背を向ける体勢になる。

「……」

(ウィキ……おい、ウィキ)

 ルークレプトは心の中で話しかける。
 返答はすぐにもやってきた。

(おお、我が君。首尾の方は如何で?)

(それが、正直なところ分からんのだ。それより一つ聞きたいことがある)

(なんですかな?)

(お前、人間には耳が四つあると思うか?)

(……我が君。それは何かの謎かけですかな? お戯れも結構ですが、僭越ながら申し上げまするに、時と場所を選ぶべきかと……)

 少し呆れの色を含んだウィキの声が心中に響く。

(いやいや違う! 決してふざけているわけではない。見間違えかもしれないが、私は確かに今――)

「す、すまない。もう大丈夫だ」

 抗弁の暇を与えず背から声がかかる。
 振り返ったルークレプトは、先ほど己が見たものの真偽を確かめんと視線を頭部にやる。
 が、しかし、目当てのものは影も形もなく、何も頭の上に乗ってなどいなかった。

(やはり、私の目の錯覚……? いや、しかし……ん?)

 ルークレプトがリンの目を見ると、その視線が見ていたのは彼ではなかった。
 警戒、そして僅かな恐怖の色を湛えた瞳は、ルークレプトの下、ワーグへと注がれていたのだ。
 ルークレプトと共に振り返った黒い獣は、赤く光る瞳を真っすぐに彼女へと向けている。
 冷や汗が、一筋。リンの頬を伝った時、彼女の様子を察したルークレプトから再び声をかけた。

「安心していい。こいつは君に危害を加えることはない。もちろん私もな」

 その声により、はっと顔を上げたリンと初めて視線が交差する。

「はっ……! す、すまない! その、我々の救援に? だが一体どうして……」

「端的に言えば、単なる偶然だ。そこの山から様子を窺っていてね。助けた理由は……その……」

 ルークレプトは言葉を詰まらせる。
 正直に彼女らを助けた理由をそのまま伝えることはありえない。
 人間の街に入りやすくするため、誰か位の高そうな人間の後ろ盾が欲しかった――などと言えるわけがない。
 何か、尤もな理由を考えなくては……

「……?」

 妙なところで言葉を切ったルークレプトを不審な目で見るリン。
 彼女もまた、敵ではないと聞かされたとはいえ、それを素直に信じることもできず、さりとて下手なことを言ってこの騎士と敵対するわけにもいかず、何をも言うことができずにいた。

「そなたは……」

「……ん?」

「はっ! しょ、将軍!!」

 新たに現れたその人物は、髭をたっぷりと蓄えた老人であった。
 顔には深く皺が刻まれ、髪は白髪の部分の方が多いほどである。
 おそらくは相当な年配であろうが、その目に携えた強い光はとても普通の老人のそれではない。
 その老人――ヤーコフ=アルウェインズⅣ世は、それまで身を潜めていた御車から降り、リンの横に立ちルークレプトに声をかけた。
 そして、それと同時に。

「お父様~~っ!」
「お、お嬢様! あ、あまり暴れぬよう! 危のうございます!」

 遠間から、黄色い声と共に、背に少女を乗せたメイドが走り寄ってきたのであった。






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