ふたりのルイズ   作:うささん

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【6話】茶会へのいざない

 トリステイン魔法学院に入学して最初の一週間はあっという間に過ぎた。

 ルイズとの二重生活は今のところ支障はない。寮の部屋は基本一人部屋であるのでプライバシーは保証されている。 

 私生活はヴァリエール家のメイド・エトワールが取り仕切るので他のメイドが出入りすることもない。他の寮生との交流も今のところない。

 クラスメイトとの関係はまだ様子見という感じだ。向こうから進んで話しかけては来ないし、こちらも最低限の接触に止めている。

 貴族なんてトリステインにも何万人もいるわけだが、その中でも本物と呼べる貴族はそれほど多くない。

 公爵家といえば王国内でもほんの一握りの殿上人。王族に等しい人種なわけで、話しかけるのはフツーの人には難しい。 

 実際のところ、エトワール以外にルイズに話しかける障害はないも同然であるのだが、やっぱり話しかけては来ない。

 何つーか蚊帳の外というか、壁を作られてる感じだ。これじゃルイズに友達できそうにないな。

 そのルイズは自分が出ない授業も入念に準備している。もうすでにかなり暇っぽい。

 

「ねえ、次のお休みに街に出ましょうよ。教材で足りないのがあるの」

「りょーかい」

 

 エステルは壁のクリップボードに新しいメモを張り付ける。

 【マリコルヌ・ド・グランドプレ おでぶ ”風上”】。丸っこいイラスト付きだ。

 【モンモランシ追記:”洪水”】。

 ボードに狭しと人物評的なメモがいっぱいだ。ルイズとの情報交換のためにその日あったことを共有している。

 まだまだメモは増える予定でいっぱいだ。もう一個ボードを設置するつもりだ。

 ベッドに下にあった古びたトランクをルイズが取り出す。かなり年季の入った代物で修理の跡があちこちにある。

 

「あれ、それ持ってきてたんだ」

「もちろんよ。ほら」

 

 ルイズがトランクを開けて中の人形を取り出した。木製の手作り感のある糸操り人形だ。

 ルイズが指を動かすと糸に釣られた人形が顔を上げて立ち、エステルにお辞儀をすると、トタトタと床を歩いて伏せていた。

 

「久しぶり~」

 

 エステルはベッドに腰掛けもう一つある自分の人形を手に取る。

 衣装も何も着せていないむき出しの関節部を指でなぞる。人形の細かい傷まで思い出がある。

 このトランクはマイヤール家の祖母の持ち物だったが、エステルが六歳のときにもらったものだ。

 祖母の葬式の後に見つけたもので、唯一家族が揃っていた頃も思い出させる。もっとも、ろくでもない記憶の方が多いのだが、今は新しい思い出もトランクには詰められている。

 人形はルイズと二人で劇をするために作ったものだ。人形を作るきっかけは姉のカトレアの誕生日会だ。

 劇をしようと二人で企画したんだ。人形師に仮弟子入りして自分達の人形を作った。不格好なのはご愛敬。衣装を着せてしまえばどうってこともない。

 初めての人形劇はお世辞にも成功とは言えなかったけれど、カトレア姉さんがいっぱい拍手を送ってくれたのを憶えている。

 

「またやろうか」

「何を?」

「人形劇だよ。街でみんなの前で即興でさ。衣装も作ろうよ」

「面白そう。どこでやるの?」

「誰かが見てくれる路上でなら」

「おお……」

 

 ルイズには初めての提案だ。人前で何かを披露することなど滅多にあるものではない。 

 

「いいわ。やりましょうよ! 衣装は任せて。演目はどうするの?」

「ボクと王子様は?」

「うん。じゃあそれで!」

 

 思いがけずもやる気満々だ。寮にこもりっぱなしでメイドしてたらルイズのストレスも溜まるだろうし、との提案はあっさりと通った。

 授業がないときのルイズは本来のルイズに戻るが、それでもバレないように気を張っていなければならない。

 それに自分の気晴らしも兼ねている。公爵家令嬢の仮面かぶってお行儀良くするのも大変なのだ。

 演目の「ボクと王子様」はカトレア姉さんの誕生会で披露した劇だ。あれから改良も加えて上手くはなったが、今でも強く印象に残っている。

 主人公は王子様と乞食。二人は入れ替わりながら本当の自分を探すというストーリーだ。チャンバラあり、恋物語ありと大衆受けする内容で、イーヴァルディ物語が元になっている。

 今の二人に必要なのは共通の気晴らし。学校も魔法も関係ないもので遊ぶ必要がある。

 ルイズと週末の予定を詰めてエステルはトランクに人形をしまう。

 

 

「もし、ミス・ヴァリエール。時間がお有りでしょうか?」

 

 今週最後の授業が終わり、教材の確認をした後に寮に帰るかと教室を出たところでルイズ=エステルは数人の生徒に呼び止められる。

 

「はい?」

 

 話しかけてきたのは、うちのクラスのグランドプレ君だ。その横にヴィリエなんたらっていう風のラインなのを自慢してたのがいる。

 この二人は同じクラスなので顔と名前が一致しているが、もちろん話したことがない。それと初対面っぽい眼鏡君が一人いる。

 

「よ、よろしいでしょうか……」

 

 マリコルヌが腰砕けにしどろもどろになる。ヴィリエは話すのをマリコルヌに投げているのか黙っている。

 

「構わないけれど……」

 

 この後は寮に戻ってルイズと交代するだけだ。時間があればまた厨房に遊びにでも行くかという気だった。

 エステルは初対面の眼鏡の少年をじろじろ見る。確か顔だけ見たことあるような。隣のクラスの……名前知らねえ……誰だ? 一年生なのは間違いない。

 

「えと、こっちはレイナール。僕はマリコルヌ・グランドプレだよ」

 

 丸い体型を揺すりながらマリコルヌがレイナールを紹介する。

 

「いや、君は知ってますけど?」

「だよねえ、同じクラスだし……話しかけるの初めてだけど」

「それで何か御用かしら?」

「実はあなたのことを話してたんです。どこかのクラブに所属しているのかって」

「クラブって?」

 

 レイナールに問い返す。何のことやらさっぱりわからない。

 

「ああ、趣味とかのクラブの集まりじゃなくて。僕らみたいな……」

「いわゆる学生の相互扶助クラブのことです。社交クラブのミニチュア版ですね。お互い助け合う的な……」

 

 マリコルヌの後をレイナールが補足する。

 

「入ってませんけど。そのクラブが何なの?」

「時間が宜しければですが……良ければうちのクラブに招待をしたいのですが……」

 

 誘っているのにかなり遠慮がちだ。もっとぐいぐいされた方がエステル的には行きやすい。

 午後は別に用事があるわけでもない。ルイズは待たしても文句言うくらいだろうし、クラスの人間との人脈くらい作っておかないと後が辛い。

 いつまでも公爵家であることで敬遠されると溝ができてしまう。

 エステルは皮算用すると考えるふりをする。

 

「そうね。構わないわ……クックベリーパイを用意してくださる?」

「あー、手作りで良ければ女子が作ったクッキーがありますけど……」

「構わないわ。案内してくださる?」

 

 誘われた手前、貴族子女的な受け答えを返す。たぶんこんな感じ的な。

 メンツ的におかしなことしそうな顔ぶれではない。いや待てよ、男はみんな獣だって言うけどさ。襲ってきたらタマタマごと潰す。

 そんな考えはおくびにも出さず、エステルは三人について案内されるままに廊下を歩きだす。途中、すれ違う生徒がこちらを見ては振り返った。

 気のせいじゃなくて注目されている。一年生の間ではヴァリエール公爵家の人間がここにいるということが一つの事件らしい。

 何だかあんまいい感じはしない。ルイズは大変だよなあ……

 階段を下りると上級生三人が踊り場にたむろしていた。こっちを見て一人が嫌な笑みを浮かべる。エステルはいつかの入学式のときの奴らだと気が付く。

 とさか野郎とあだ名したのとデブと瘦せっぽちだ。

 

「おい、ロレーヌ。面貸せよ」

 

 髪を固めて撫でつけた上級生がすれ違いざまにヴィリエに呼びかけ、ビクっとしたヴィリエが立ち止まる。

 レイナールとマリコルヌも立ち止まるがヴィリエは二人に首を振って返した。

 

「すいません。彼は僕らと行動中なのですが?」

 

 レイナールが前に出る。

 

「何だ、てめえ? 口出すなよ、一年」

 

 挑発的な台詞でその上級生はレイナール達を順番に見る。レイナールはその挑発的な視線を正面から受け止めて動かない。

 ビビっているわけではなさそうだ、とエステルは見て取る。

 

「いや、ごめん。レイナール、僕はちょっと用事ができちゃって……」

「ヴィリエ」

「大丈夫、先に行って。後で行くからさ……」

「そういうわけだ。大事な話があるんだよ」

 

 申し訳なさそうなヴィリエの肩に腕を回し、とさか野郎がガンを付けてくる。

 

「後で行くからさ……」

「わかった。後で……」

 

 レイナールがヴィリエと三人組を見返すと階段を下る。マリコルヌとエステルもその後に続いた。

 去り際にねめつくような視線を首筋に感じてゾクリとする。自然、足も早まってレイナールの隣に並んだ。

 

「ちょっと、あの人達何なの?」

 

 事情を知らない立場から黙っていたが、もう連中の耳には届かない。

 

「あーその。僕は知らないんだ……」

 

 目線を横にそらしたマリコルヌが答える。

 

「ふうん?」

 

 エステルの問いにレイナールは沈黙で応えた。その表情は少し堅い。

 マリコルヌと同じで何も知らないのか、黙っているのかだが、応えてくれないし、今は深く詮索しても意味がない。

 教室のある棟から渡り廊下を通り別棟に渡る。目的の部屋の前まで来たのか、レイナールはポケットからカギを取り出して扉を開く。

 

「ここです。ちょっと散らかっているけれど……」

 

 一体なんの部屋で、何故そのカギをレイナールが持っているのかを疑問に思いながら部屋の中を覗く。

 

「すぐにお茶入れますので」

「じゃあ、僕はクッキーを用意するよ」

「そこに座ってお待ちください」

 

 勧められるままに二人掛けのソファに座る。広さ的に寮の部屋より少し広い程度で教室というには少し狭い。

 家具は住むというには何だか物足りなく、壁の棚に目を向ければ専門書と雑学書に雑誌までと、統一性なくいろいろと並んでいる。

 どういう目的の部屋なのか、説明がなければわからないだろう。

 

「ここが僕らの集会場所です。相互扶助会クラブのね」

 

 レイナールが人数分のカップを置いて目の前のソファに座る。その隣に少し窮屈そうなマリコルヌだ。

 

「で、何をしているの? ここで」

「そうだね……仲間を集めて、お互いに困っていたら助け合おうじゃないかって感じで作られたクラブだよ。これでも歴史あるクラブで……レイナール、どれくらいだっけ?」 

「この鍵は父から貰ったものなんだけど、祖父の頃にもあったみたいだね。復活したのはつい最近……メンバーはまだ五人しかいないけどね」

 

 レイナールが鍵を見せる。

 

「ああ、ちゃんと学院長からの許可は貰ってます。そのために用意した部屋だから自由に使っていいって」

「そうなの?」

「レイナールって行動力あるよね。次期レイナール商工会のリーダーだしさ。新商品開発してるんだぜ」

「へえ……」

 

 エステルはふうふう冷ました紅茶に口を付ける。

 マリコルヌがクッキーに手を出してむしゃむしゃと食べている。

 

「いや、実家の跡を継ぐとはまだ決めてないし……」

「ヴィリエもここのメンバーなの?」

「そうだよ」

 

 マリコルヌが答える。

 

「何だか彼、さっきのトラブルなんじゃないの?」

「わからないけど。僕らは仲間ではあるけど、話してくれないと助けられない。そこはどうしようもないところだね。もし解決できなくて本当に困っているならいつだって助けるつもりだよ」

 

 真面目な顔でレイナールが返す。おそらく大真面目に本気で言ってるのだろう。

 

「そうそう、一人はみんなのために。みんなは一人のためにだよね~」

 

 お茶を飲み下してマリコルヌが言う。 

 

「何それ?」

「ここのモットーさ。何かあったら仲間のために命だって張ってやるってやつ。ヴィリエのやつ遅いよなぁ~」

「他のメンバーもまだ来てないけど、いずれ紹介しますよ」

「ああ、ええ……」

 

 エステルは紅茶の葉を判別しようと匂いを嗅ぐ。こういうのはさっぱりだ。ルイズならわかるのに。

 貴族同士の仲良しクラブのメンバーにそれほど興味があるわけでもないが、不良どもが今後の学園生活の邪魔をしてくるようなら何とかする必要があるかもしれない。

 一人や二人ではどうしようもないことも力を合わせれば対処できる。喧嘩は立場上避けたいところだ。

 全部向こう次第だけどね、という注釈もつくが……

 

「それで、お誘いいただいたのはお茶だけが理由ではないのでしょう?」

 

 微笑んでから問う。エステル猫かぶりモード、ただいま大全開中。

 その下心は、今のところルイズとエステルにマイナスではないはずだ。

 

「そりゃ、仲間になってほしいんだよ~ 下級貴族は群れても雑魚だからねえ。仲間にルイズがいれば僕ら派閥になれるじゃん。ブイブイ言わせられるよね、レイナール」

 

 マリコルヌがぶっちゃける。

 

「いや……そうは言ってないだろ……」

「だって本音じゃん~ 少ないより多い方が強いし」

「そうなんだけど……」

  

 レイナールと目が合った。

 エステルはにやりと笑ってみせる。悪だくみ系とか大好きだよ。

 そうしてお茶会は終わった。一応、扶助会に興味がある振りをして、次回また誘いに来るというのを了承して部屋を出た。

 帰って報告してまたご飯貰いにいこーっと。そんな感じで学校行事は来週に丸投げ。明日はトリスタニアに遊びに行くし。

 夕暮れの渡り廊下を通ってエステルは寮に帰るのだった。 


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