魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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新年、あけましておめでとうございます!
 
 
 




 #09__その先が“魔境”と知りながら A

 数日前――――

 

 

 

 

「ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!」

 

 狂った笑い声はさしずめ激昂した際に発せられる怒号の様に響き渡った。発生源たる少女は震撼する空気を意に介さず、暴力的な視線を標的に向けていた。

 

「オラ死ねッ!」

 

 罵声と共に放たれたのは雷の様な爆音。

 少女が構えている銃の口が、火を噴くと瞬く間に、標的の頭蓋を穿ち肉塊へと変貌させた。

 銃はAK47――――世界一有名な銃と言われるそれは、安価で購入でき、歴史上最も人類を殺害した銃、とさえ呼ばれているものだ。

 

「死ねッくたばれッ! 脳みそブチ撒けろッ!! 臓物(なかみ)を散らせろッ!!!」

 

 血走った眼光は狂喜のあまり震えていたが、標的の急所を捉えて放さなかった。爆声に伴い弾丸が4発、発射!!

 屍が4つ完成した。標的の心臓、首元、額、下腹部が貫かれた。血漿が噴水となって周辺を赤く染めるが、灰色の殺戮者が一切浴びることは無い(・・・・・・・・・)

 ――――次の標的たる生命がぞろぞろと視界に登場した。彼らもまた、殺戮者を抹殺するべく獲物を携え、明確な殺意を向けていた。

 だが、それでも、彼女にとっては、ただの的に等しい。

 

「私の足元に跪けえええええええええええええええッッ!!!」

 

 乱射される銃撃音さえも掻き消す様な声量が響き渡る。

 視界が凄惨さを増して朱と硝煙しか残らない。だが、殺戮者は嗤っていた。罪悪感など微塵も感じていない。ただ、対象の殲滅から生じる無限の愉悦が心を満たしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲームやる時ぐらい、おとなしいままでいられないの……?」

 

 

 

 背後から溜息が聞こえてきた。銃型コントローラーの底にあるスタートボタンを押す。視界の状況が制止された。

 

Shut up(うるせぇ)!」

 

 (ゲームの中じゃ)殺戮者の少女、狩奈は椅子ごと振り向きながら、両耳に指を突っ込んでウンザリした顔のそれに向かって毒を吐く。

 折角いい気分だったのに水を刺されたせいで台無しだ。

 

「…………」

 

 いや、どー聞いてもうるさかったのはそっちだろう。そして、何故自分が逆ギレされなければならないのか……。

 指摘した本人・三間竜子は目の前のコイツの頭を一回はたいてやろうかと思ったが、後々面倒くさい未来になるのは確実なので辞めた。

 

 今、竜子が居るのは狩奈の家だ。彼女の部屋で寛いでいる。

 一人の少女の部屋とは思えないぐらいの、広々としたワンルームに、55インチのTVが設置されており、その前で狩奈はゲームを楽しんでいた。襲いかかる反政府軍を銃火器や爆弾を駆使して殲滅し、国軍を勝利に導くという異常にスプラッター溢れる内容だ。

 中心にあるテーブルには狩奈が先程頼んだ宅配ピザが一枚有り、竜子は手をギトギトの油塗れにしながら、8枚切りにしたそれの一枚を掴んで頬張っていた。

 部屋の隅にある本棚にチラリと目を向けると、女子向けファッション誌や週間情報誌の他にも、ミリタリーマニア向けの硝煙臭そうな雑誌や、戦争体験者の告白本――いかにも狩奈らしい――、外国語学本が並べられている。

 先程の姿を見ると忘れてしまいそうになるが、狩奈は英語が得意なのである。学力も高く、側近の未緒愛華、八奈美命と一緒に国際大学に通っている。

 

「ハッ、悪かったなァ!」

 

 そう思ってると、狩奈が謝ってきた。性根が素直なのは彼女の良いところである。笑いながらなのは腹立つが。

 

「だがなァ、これも私なんだ。イイ加減受け入れてもらわなきゃあ困るなァ!」

 

 そう言って、パッとコントローラーを手放す。途端に、顔から感情が消えた。

 

「……だって、子供の頃、に……お爺ちゃん、に……養われた、もの、だから……」

 

 猛獣が一瞬で、人形へと変身を遂げた。

 ギラギラと血走った目は半分閉じて眠たげだ。狂気を照らしだす眼光はすっかり消え失せて、静かなさざ波を彷彿とさせる色に変わる。

 喋り方も、ぽつぽつとしたもので、空気にまぎれて消えてしまいそうなぐらい小さくなった。

 

「…………」

 

 いつまでも、この状態のままでいればいいのに――――と竜子は思うのも無理は無い。

 ちなみに、狩奈はクォーターだ。

 父方の祖父はアメリカ人であり、幼少期は長らくアメリカで過ごしていたこともあった。英語が堪能なのはそれが理由である。

 ちなみに、銃の腕前もその頃に培われたらしく、何故かトリガーハッピーの気性もその時に生じたそうだ。

 狩奈は竜子の相向かいの椅子に座ると、のっそりと手を伸ばしてピザを一枚手にとり、ゆっくりと口に運んだ。

 

「……今日、うちに来たのは、なに……?」

 

 チーズが伸びた口をもそもそと動かしながら、ボソボソと問いかけてくる狩奈。

 竜子は他の最高幹部と古き仲ではあるが、彼女達の家に赴くことは殆ど無かった。竜子自身、実生活が忙しい人間だから暇が作れないからだ。

 

「…………」

 

 竜子は黙っているが、顔が困っている様に狩奈には見えた。

 久方ぶりに、友人の家に遊びに来た彼女の服装はラフなものだった。普段の優雅且つ美麗さは微塵も感じられない、どこら辺にでもいる女子大生そのものだった。

 近所のし○むらだか、ユ○クロだかで購入した様な安い横縞柄のTシャツに、動きやすさ重視の紺色のショートパンツを履いている。後ろで縛った長い深緑色の髪も龍をイメージさせる強くウネリを巻いた荘厳なものではなく、ストレートに伸びていた。

 

「竜子が……最後に……うちに来た、のは……1年ぐらいも、前に、なる……」

 

「そうね」

 

「…………大体、うちに来るとき、は……決まってる……何か悩みが、ある、とき……」

 

「……」

 

 竜子は黙したまま、コクリと頷く。狩奈の勘は鋭い。長い付き合いから竜子が胸中で何かを抱えている事はすぐに察することができた。

 

「……家のこと……?」

 

 とりあえず、竜子にその念を抱かせる要因を思いつく限り聞いてみる

 

「違うわ」

 

「じゃあ……巽(たつみ)……?」

 

 巽とは竜子の妹のことだが、竜子は首を振った。

 

「やっぱり……ブラックフォックス、か……!」

 

 ならば、最後の可能性であるコレしかない。

 

「ええ」

 

 竜子が首を縦に振った。

 瞬間、狩奈の目つきが鋭くなる。

 現状、ブラックフォックスは、黒岩政宗と竜子の協議のもと、緑萼市内で自由行動が認められている。

 しかし、最高幹部達にとって、自分達の縄張りでいつまでも好き勝手されるのは気に食わない話だ。

 悪い事をしてる訳ではない。寧ろ彼女の行動は正義の味方そのものだ。だが、そのせいで、配下の魔法少女たちの間ではブラックフォックスを支持する空気が強く渦巻いていた。

 ファンクラブが作られたり、彼女をチームメンバーに迎え入れて欲しいと最高幹部会に訴えかける声が後を絶たない。

 

(実際、最高幹部候補であった愛華と命が、ファンクラブの一員と知った時の狩奈の激昂ぶりは、それはもう火山の噴火を凌駕する勢いであったと……竜子は語る)

 

 無論、ブラックフォックスがその空気を作るのには何らかの意図があっての事だろうが、自分達の組織が利用されている現状を、いつまでも容認できる筈が無い。

 事態が只ならない常態にあると悟った狩奈は、文乃と同じ様に、追跡部隊を再編成して捕まえようと目論んだ。

 尋問に掛けて、その目的を吐かせようと考えたが……無理だった。

 ブラックフォックスは痕跡一つ残さず、追跡は困難。

 この前、配下が見つけたと情報を送ってきたので、意気揚々と現場に駆けつけたが……そこにあったのは、物言わぬ状態となって倒れ伏す部下の姿だった。外傷を作らずに、一瞬で気絶させる術を奴は持っているらしい。

 ルパンに寸手のところで逃げられた銭形幸一の無念さというものを、初めて知った気がする。

 

(文乃は、もう、諦めたと、言って……追跡部隊を解散した……けれど……)

 

 狩奈は諦めきれなかった。

 桐野卓美が居なく成ってようやく解放されたこのチームが、また新しい意志の下に操られる……ブラックフォックスには間違い無くその狙いがあると確信した。

 何せ、奴の背後には黒岩政宗が――――要は、AVARICE社が存在しているからだ。

 竜子から聞いたところ政宗は『個人的に』ブラックフォックスに協力しているらしいが、真偽が確認できない以上、疑って掛かるに越したことはない。

 

「狩奈……ブラックフォックスのことだけれど……」

 

 目の前の竜子も狩奈と同じ考えだった。なので、現在も追跡は続けている。

 

「分かってる……ブラックフォックスの、目的は、近いうちに……必ず、突き止める……! 竜子の手を……煩わせる訳には、いかないし……竜子に、危害を加えるようだったら、直ぐに……!!」

 

 狩奈の語気が強まる。

 

 

 

「ころ」

 

「仲間に迎え入れようと思うの」

 

 

 

 その後の言葉を続けようとした狩奈だったが、竜子の言葉に機先を制された。

 

 

「?!?!」

 

 

 刹那――――狩奈の頭は、右ストレートを顎に喰らったかの様な衝撃を受けた。脳が大きく回転して、弾んで揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして時は戻る――――

 

 

 

「葵ー! こんなのどうかなー!」

 

 緑萼市駅前のショッピングモール内、その2階のレディスファッション売り場の一角にて縁の元気いっぱいはつらつな声が響く。

 

「そうね」

 

 だが、返されてきたのはたった3文字。

 縁は表情は崩さずも、心の中で「むう……」と唸った。さっきからずっとこの調子だ。

 

 縁は親友の葵を連れて、ショッピングモールへ遊びに来ていた。 

 桜見丘市にて少女失踪事件が多発している状況下で、少女二人で出かけるのは危険極まりない。

 事実、縁とて今回の外出は勇気のいることであった。それに、魔女の襲撃に巻き込まれるかもしれない不安を葵に抱かせる可能性もあった。

 だが、それでも――――縁は、元気を失いつつある葵を放っておくことはできなかった。

 余計なお世話と思われるかもしれないが、自分と一緒にいることが、彼女にとってせめてもの気分転換にでもなれば――――

 

「葵ー! この服なんか似合うねー!」

 

 そう思って、元気いっぱいに振る舞う縁。手に取った夏服はファッション誌でも紹介されていたものだ。それを葵の身体に当て嵌める。

 露出は少ないが、彼女のスタイルの良さを際立たせる服だと思った。

 

「そうね」

 

 だが、返ってきたのは、またも3文字。会話が繋がらない。微笑を浮かべているが、その目は渇ききってる。

 

「…………」

 

 縁は笑顔のまま沈黙。眉が八の字になった。それじゃあ困る。

 でも、話し掛けないと駄目だ。

 自分が話しかけないと、葵はいつまでも下を向いて、ブツブツブツブツと何かを呟いている。

 魔法少女関連の事で何か思い詰めているのは明白だった。だからこそ、どうにか気を引こうと、縁は一生懸命だった。

 

「あ、葵さーん……」

 

 耳元に口を近づけて、囁く縁。

 

「そうね」

 

「…………ッ!」

 

 同じ答え。笑みを貼り付けたままの顔面の眉間に、皺が寄った。こうなったら意地だ。

 

「葵ー!」

 

「そうね」

 

「あおいッッ!!!」

 

「ひゃうっ!!?」

 

 大声!! ようやく反応があった。葵は素っ頓狂に喚くと、横に吹っ飛ぶ!

 

「な、なにするのよっ!」

 

 ジンジン痛む耳を抑えて、目を大きく見開いた驚愕の表情を向けてくる葵。

 だが、縁は返ってきた言葉にムスッとなる。両腰に手を当てて、葵を睨みつける。

 

「なにするの、じゃないよ!」

 

「っ!」

 

 葵が息を飲んだ。

 縁は珍しく、怒っている。あの時の凍りつく様な眼差し……では無く至って普通にだが。

 周りの客が何事かと二人に集中し始めた。

 

「縁、場所を……!」

 

 視線が突き刺さって痛い。恥ずかしい。そう思うと顔が紅潮してきた。縁に声を掛けて、場所を変えてもらおうとするが、

 

「さっきから『そうねそうね』って!」

 

「えっ?」

 

 縁は止まらず更なる怒声を浴びせる。だが、その内容にハッとなった。

 

「私、そんなこと言ってた?」

 

「言ってたよ」

 

「全然わからなかった」

 

「は~~……」

 

 まさかの自覚無し。縁の顔が青褪めると、ガックシと上半身が崩れ落ちた。どれだけ深刻に悩んでいたのか。

 

「ごめん……」

 

 葵が申し訳なさそうに謝る。その表情は影が差して暗い。だが、縁は頭をブンブンと振った。

 

「違う……」

 

「えっ?」

 

 きょとんとなる葵。縁の上半身が勢い良くバッと上がる。

 

「そんな顔、させたくなかったのに……」 

 

「…………」

 

 顰め面と同時に放たれた一言に、葵は何も返さず、目を反らしてしまった。

 

「ねえ、何があったの?」

 

「それは……っ」

 

 問いかける縁に、咄嗟に答えようとしたが――――寸手で口をつぐんでしまった。

 今、打ち明けられることができたら、どれだけ楽になっただろう。だが、これは彼女にだけは言ってはならない。

 普通の人生を歩める、縁には――――

 

 

 

 

 

 

 

―――――――

 

 

 

【魔眼……。青葉市で魔法少女を見ただけで自殺に追い込んだ彼女を、僕達はそう名付けることにしたよ】

 

『もしかして、ここで起きてる事件と関係があるの?』

 

【無いとは言い切れない。偶然にしては出来すぎている】

 

『正体は……分からないの?』

 

【大体目星は付いている。恐らく、彼女達は魔法少女だ】

 

『恐らく……?』

 

【君は今、こう疑問に思ったね。『全ての魔法少女を管理する僕達に、知らない魔法少女がいるのか』、と。

 正解だ。僕達が認識していない、契約した覚えのない魔法少女は数名いる】

 

『その人達が事件を起こしたのだったら……私じゃなくって、纏さん達に……』

 

【君は、彼女達が死んでもいい、とでもいうつもりかい】

 

『……!! そういう訳じゃ』

 

【それほどの相手、ということさ。纏達のチームは全員が、正義感と、他者への貢献心が強い傾向にある。今の話をすれば、激情に駆られて戦いを挑む可能性がある】

 

『じゃあ、隣町の魔法少女チームとか……あの、篝あかりさんとか……には?』

 

【わざわざ他所の縄張りの事情に介入してくるとでも? ドラグーンとて切羽詰まってる状況だ。そんな余裕など無いさ。

 それに……篝あかりに関しては、僕達は避けているよ】

 

『どういう意味?』

 

【彼女自身が僕が管理していない魔法少女、というのがまず一つだ。事件を起こしている魔法少女と繋がりが無いとは言い難い】

 

『そんな……!!』

 

【もう一つは、彼女の背後にある組織――――AVARICE社、これが厄介だ】

 

『厄介って、どういうこと?』

 

【魔法少女を全面的に支援する為の企業だそうだけどね。社員には一般人も多い。人間を彼女達の事情に巻き込むのは、僕達のルールでは禁止とされているんだ。つまり、篝あかりが動けば、必然的に多くの一般人も動く事になる。彼らが犠牲になる可能性が高まる】

 

『そしたら、どうしたら……』

 

【その為の君だ】

 

『えっ?』

 

【君は状況を的確に判断する能力を持っている。僕は情報を与えた。彼女達をこれからどう動かすかは、君に掛かっている】

 

『……!!』

 

【一般人のままでは彼女達に相手にはされない。だからまず、僕と契約する必要がある。

 

 魔法少女になるといい、葵。

 

 彼女達の誰かと対話を行い、今後をどうするべきか、対策を立てるんだ。『魔眼』が迫れば、君は必要に駆られて魔法少女になってしまう。それでは遅すぎるんだ。今の内に魔法少女になっておけば、リスクは少なくて済む】

 

『……!!』

 

 

 

 

【家族も、友人も……縁も、危険な目に合わせなくて済むかもしれない】

 

 

 

 

―――――――

 

 

「縁には……言えない……!」

 

 顔を逸して呟く様に言う葵。消え去りそうな声だったが、縁の耳にはしっかり届いていた。

 彼女の顔が唖然となる。

 

「で、でも……!」

 

 咄嗟に、縁は葵の両肩を掴んだ。

 

「いつまでもそんな顔してたら、心配になっちゃうじゃん!!」

 

「ッ!!!」

 

 ――――何も知らない癖に!

 

 慌てて放った言葉は、地雷になった。

 

「言ったって!」

 

 葵の顔が、キッと歪む。

 

 

「縁に分かる訳ないでしょうっ! もう私とは違う(・・)んだからっ!!」

 

 

 顔を逸したまま怒鳴ってしまった。

 その直後だった――――自分の両肩を掴む手が震えていることに気づいたのは。

 ハッとなって顔を戻す葵の目に映ったのは……辛そうで、苦しそうな縁の顔。

 

「……」

 

 縁は、何も返さない。口を閉じたまま、じっと自分を見ている。

 いつもは明るい光を灯している桃色の瞳が、いつになく淀んだ色に見えた。

 言ってしまった――――後悔の念が、瞬時に心を満たした。

 

「……!!」

 

 その同時だった。何を思ったのか、縁は葵の両肩から手を離すと、彼女の片腕を掴んだ。

 

「いっ!」

 

 突然ぎゅっと腕をかなり強く掴まれて、痛みと同時に、呻き声が絞られる様にして口から出た。

 だが、縁は全く聞こえていないかのように、踵を返すと、腕を引っ張りながら、ズンズンと早足で何処かへと向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 縁に引っ張られながら辿り着いた先は最上階の映画館であった。

 エレベーターを出て、通路を少し歩いていくと、縁が足を止める。そこで漸く葵の腕は解放された。

 ここまで来るのに、縁は一言も話さない。故に何の意図があってここまで連れてきたのか、分からない。

 

(もしかして……)

 

 周りを見回すが、人の気配は無い。奥のロビーに見える券売機の近くで、黒い制服を来た女性職員が休めの姿勢を取って突っ立っているだけだ。

 このショッピングモールは都会の駅前というのもあって、かなりの人が出入りする場所なのだが、映画館に訪れる人は――余程の話題作が上映されてない限りは――案外少なかった。

 話をするにはうってつけと考えたのかもしれない。

 

「葵……!」

 

 そう思っていると、縁が振り向いた。

 辛苦は微塵も浮かんでいない。何かを決意した様な、精悍さが感じられる表情だった。

 発せられた声が、薄暗い映画館の通路内で木霊する。耳に入ってくるそれには、熱が篭っていた。

 

「あ、ごめん。縁……」

 

 すると、さっき彼女にぶつけた発言が唐突に頭に蘇り、咄嗟に謝る葵。

 

「私の事を心配してくれてるって、気づいてたのに、私……」

 

 縁は真剣な顔を向けてくるが、それを直視する自信が無かった。再び、顔を逸らしてしまう自分が情けなくなる。

 

「いいんだよ……」

 

「え?」

 

 だが、優しい声が耳朶を叩いてきて、葵が目を見開いた。すると、彼女は葵の手を掴み上げて、両手で包み込んだ。

 

「大丈夫大丈夫っていう葵のこと、ずっと心配だった…………でも!」

 

 縁は力強い眼差しで葵を釘付けしたまま、顔を近づけた。

 

「今日、そこまで悩んでるって……分かって良かったよ!」

 

「!!」

 

 葵はハッと驚いて、縁の顔を見る。

 笑顔だった――――朝の陽が、寝ぼけ眼を差すかの様に、目を強く刺激した。

 同時に力強く放たれた声の熱が、耳にしっかりと焼き付いた。

 二つの熱が苦悩に冷やされていた意識を覚醒させていく。

 途端、彼女の両手に包み込まれた掌が、じんわりと温かくなっていくのを感じる。安心感が心に湧いてくる。

 

「縁……!」

 

 映画館には窓が無い。通路は灯りが少なくて、これまでの階層とは別世界の様に薄暗く、静寂に満ちていた。

 だが、縁の笑顔と明朗な声が、その空間を温かく照らした様に、葵には見えた。

 目が震える。渇ききった筈の瞳に潤いが蘇っていった。

 

「気づけ無くって、ごめんね……」  

 

 謝る縁だが、彼女の顔は笑顔のままだ。

 縁もまた、安心していた。

 彼女の目に映っているのは、自分の顔をちゃんと見てくれてる葵の顔。生気を取り戻した青い瞳。自分がよく知っている、葵の顔だった。

 

「縁……私は……」

 

「そうだ、映画観ようよ!」

 

 話を切り替える縁。

 

「え?」

 

「暫く二人で見る機会無かったしさ! ……ん?」

 

 映画館に葵を連れてきたのは、話をするだけじゃない。映画を見て暗くなった気分を晴らそうという魂胆だった。

 それでは何を観ようか――――と思い、キョロキョロと通路の壁を見回す縁。

 下部に『NOW SHOWING』と大きく表示された上映中の映画のポスターが縁に入れられた状態で、通路の壁に飾られている。

 

「……ん?」

 

 すると、ある作品のポスターが縁の目に付いた。

 鉄臭さが漂うイラストだった。重武装の兵士が上半分を支配して、精悍な顔で虚空を見上げていて、圧迫感が強かった。

 下半分で横並びになったタイトルも、異彩を放っていた。

 

「虐殺器官……?」

 

 隣に立つ葵が、不思議なものを見るような眼差しでそのタイトルを呟いた。

 次いで、キャッチコピーに目を配る二人。それもまた個性的且つ強烈だった。

 

 

 

 ――――『地獄は この頭の中にある』

 

 

 

 

(どういう意味なんだろう……?)

 

 縁の目がそのフレーズに釘付けになる。

 恐らく、イラスト上の兵士が主人公だろうから、彼の言葉なのかもしれない。

 だが、『地獄』とは? それが『頭の中にある』とは? 一体どういう意味なのだろうか?

 もしかしたら――――と、縁は思考を巡らせる。

 主人公の兵士は、色んな戦争に参加してて、その時の惨状が『地獄』として頭の中に残っている、とか……?

 そこまで考えたが、一般人の縁にはそれがどんな光景なのかが全く想像出来ない。戦争映画なんて観たことないから尚更だ。

 

(う~~ん……)

 

 コレにしようか、別の作品にしようか、迷ってしまう縁。

 恐いもの見たさ、という奴だろうか。観ればキャッチフレーズの意味が分かるが、同時にトラウマを刻まれるかもしれない。

 隣を見ると、葵もまじまじとポスターを眺めている。彼女も同じ気持ちかどうかまでは分からないが、興味津々の様子だった。

 

 

「お困りのようですねぇ……」

 

 

「えっ?!」

 

 急に背後から黄色い声が聞こえて、縁がぎょっとしながら振り向く。

 そこには――――

 

「きひひひ……」

 

 女性の霊を彷彿とさせる真っ黒い長い髪に、死人の様な真っ白な相貌と冷え切った笑み、生気の全てを失ったハイライトが一切無い漆黒の瞳が自分を捉えていた!

 

「ぎゃああああああお化けッ!?」

 

「ひいっ!!」

 

 縁が絶叫! 葵も驚愕の余り青褪めた顔になり、悲鳴を挙げながら縁の後ろに隠れる。しがみついてガタガタと震えた。

 

「きひひひ……私はここの店員ですよぉ」

 

 不気味に嗤う女性のお化け――――よく見ると映画館の従業員用の黒い制服を身に纏っている。

 腰まであるウェーブの掛かった黒髪を、大きなブラッドカラーのリボンで縛っているのが印象的だった。

 

「あっ! な、な~んだ……」

 

「そ、そうよね、今11時ぐらいだから、お化けなんて出る筈無いわね、うん」

 

 生きた人であった事に気づいて、ほっと胸を撫で下ろす縁。

 葵は、スマホの画面に表示されている時間が午前中である事を確認して、意識を強引に現実へと戻した。

 相手の女性は、相変わらず、きひひひ……と色白の顔面に、ニタニタと気味の悪い笑みを浮かべている。

 

「んん……?」

 

 お化けみたいなその人物の顔が、ふと気になった縁は、目を凝らして顔を見つめる。

 相手の女性は、そんなに見つめないでくださいよぉ~、と言いながら頬を紅潮させて照れ笑い。ちょっと可愛く見えた。

 だが、間違い無い。彼女の顔は見覚えがあると縁は確信した。

 

「もしかして、あの時、狩奈さんの近くに居た……」

 

 一ヶ月前、優子達とドラグーンと篝あかりの三つ巴の戦いが勃発した時、狩奈の脇に居た魔法少女――――当時の衣装はお伽噺の魔女の様な黒いローブ姿だったが、ハイライトの無い瞳に色白の顔が、目の前の女性にピッタリと当てはまった。

 

「きひ……そういう貴女は、確か、あの時巻き込まれてた……」

 

 向こうも縁の顔を見て思い出したらしい。

 

「魔女さんっ!」

 

「普通の女の子!」

 

 二人がお互いを指差し、当時抱いた印象で呼び合う。

 

「知り合いなの……?」

 

 置いてけぼり状態の葵が、そう尋ねるのも無理は無い。彼女は当時の事情そのものは知ってたが、現場には来なかった。

 故に、目の前のお化け女の事を知ってる筈が無い。

 

「確か、ドラグーンの魔法少女でしたよね?」

 

「どーも。あの時はカーリー……じゃなかった、ウチの副総長殿が飛んだご無礼を」

 

「いえいえ」

 

 縁と、お化け女――――もとい八奈美 命(はなみ みこと)はペコリと頭を下げ合う。

 

(本当に、魔法少女って……変わってる人が多いわね……)

 

 二人から少し距離を置いて眺めていた葵の額に、冷や汗が浮かぶ。

 刹那、今まで出会った魔法少女達が脳裏を過ぎった。

 菖蒲 纏は(縁から聞いた話では)超大食い、宮古 凛は超好戦的、篝 あかりはストーカー、そして目の前の命はお化け――――うん、まともだったのは日向 茜ぐらいだが……彼女ももしかしたら、変態かもしれないと、疑念を抱かずにはいられなかった。

 そんな人達と、波長を合わせられる縁も相当なものだが。

 

「そうだ!」

 

 そこで、命は何かを思いついたらしい。ポンッと手をたたく。

 

「お二方。観たい映画がまだ決まってませんね?」

 

「はあ、実は……そーなんです」

 

 てへへ、と苦笑いを浮かべて頭を掻く縁。

 

「……思いつきでここまで来たのね。逆に感心する」

 

 葵がジト目で縁を睨む。普通、映画館に足を運ぶ場合、観たい映画が有るのが前提である。

 

「でしたら! この前のお詫びも兼ねて、私が本日のオススメの作品を紹介してあげましょう!」

 

「え! いいんですか?」

 

「いーんですっ! これもお仕事ですから!」

 

「じゃあ、お願いします! 葵もそれでいい?」

 

「うん」

 

 縁の質問に、命はエッヘンと胸を張って答える。

 映画館勤務の人が、直接勧めてくれるなら面白い作品に当たる筈だ、と思いとりあえず縁と葵は、彼女に任せてみる事に決めた。

 すると、早速、自分達が今しがた眺めていた『虐殺器官』のポスターを、ビシッ! と指差す。

 

「これとか、オススメですよ!」

 

 勢いのまま命は説明を始める。

 

「2009年に34歳の若さで亡くなられた作家のデヴュー作である近未来SF長編小説をアニメ化したものです」

 

「どんな内容なんですか?」 

 

「ある共和制国家で原爆テロが発生してから、世界中でテロが横行したんです。テロと抗い続けた先進国――――アメリカとか日本とかは脅威を退けることに成功しましたが、後進国――――中東諸国とか、アフリカ諸国とかは民族紛争と内乱で虐殺が頻発してました。そんなんで主人公の所属する国家がその原因と要因を探してぶっ潰すぞーってところから始まります」

 

「へえ~!」

 

「なんか冒頭だけでも、とんでもなくスケールがデカいですね……!」

 

 感心する縁と、呆然となる葵。命はキヒ、と一声笑うと続ける。

 

「まあ、その後の内容は観てからのお楽しみです、ただ……」

 

「ただ?」

 

「これを御覧ください」

 

 命がポスターの右下を指差す。スタッフ欄の一番下に『R-15』と表記されていた。

 

「15歳未満は視聴禁止です」

 

「ああ、それなら私達高校生ですから……」

 

 縁がそう応えた途端、命は目を細める。

 

「残酷なシーンも多いですよ?」

 

「それって……どんな……??」

 

 葵が恐恐とした表情で尋ねると、命のハイライトの無い瞳が、キラリと光った。

 

 

 

「主人公が子供を殺します」

 

 

 

「葵、別のにしよう」

 

「うん、そうね」

 

 縁と葵はお互いを見合い即答。

 命は「折角紹介したのにぃ~」とガックシ肩を落とすも、更なる上映作品を紹介し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は、月の綺麗な夜だった。

 だが、夜道の端を悠々と歩く少女が、そんなロマンチックな感傷に浸る事は無かった。彼女が『感動』という情念を抱く時は、決まって人とは別の方向に居る(・・・・・・・・・・)のだから、当然とも言えた。

 だが、それ以上に――――

 

 

「『このよをば  わがよとぞおもふ  もちづきの  かけたることも  なしとおもへば』」

 

 

 詩を口ずさんでいた。

 一語一語、丁寧に。音を、リズムを強烈に意識しながら、まるで唄を歌うかのように。

 平安中期――寛仁2年(1018)、かの藤原道長が自邸で開催された華やかな祝いの宴で、即興で詠んだといわれる有名な『望月の歌』だ。

 

「『この世は自分のためにあるようなものだ 満月が欠ける事がないように 何も足りないものはない』――――なんとまあ矛盾に満ちた詩なのかしらね。月は必然的に欠けるし、朝を迎えれば沈む。ましてや世界に暗黒しか齎さない月を自らの栄華と例えるなんて滑稽極まる。とても権謀術数渦巻く宮廷社会で君臨した覇者の言葉とは思えないわね」

 

 それでも、藤原道長は言わずにはいられなかったのだろう――――そう思うと、自然と微笑が少女の顔に、クスリと浮かんだ。

 そして、後ろを振り向く。月光を浴びて神々しく輝いている金髪がふわりと揺れた。

 一匹の白い猫の様な動物が足元で鎮座している。命を持たないそれの両眼は――――意思がある事を象徴するかの様に赤く輝いている。

 彼は、微動だにしないまま、路面に座り込んで少女と正対する。まるで、イエスの教えを受ける使徒のように。

 

「自惚れは愚かよ。自惚れはあらゆる事柄から目を覆い、真実から遠ざける。自惚れを自覚できずに、口ずさんだ時、人は崩壊する」

 

 藤原道長は正にそうであった。

 事実、彼はその詩を詠んだ10年後に病に悶え苦しんだ末、没した。以降、栄華を手にした筈の藤原氏は、衰退の一途を辿り、天皇家や武家に支配権を奪われたのだ。

 白い動物は何も答えない。赤く光る目をただ彼女に向けているだけだ。彼の顔には月明かりが当って、少女から見ると白く輝いていた。

 それを見てると笑みが強まった。彼は自分の言葉に何も感じていないのかもしれない。だが、少女は確信していた。

 

 

 藤原道長は――――()だ。

 

 

「インキュベーター……人類を『管理』しようと考えた貴方達は正しい。その意味では魔法少女システムはよくできているわ」

 

 でもね、と少女は付け加えた。同時に、碧眼の奥の感情が稲光の様に力強く輝き始めた。青い光を伴った眼差しがインキュベーターを貫く。

 

 

「貴方達は、甘く見すぎてしまった。人類に『魔法()』を与えた時点で、この未来を予測すべきだった。貴方達の言葉を借りるなら、確かに人間は生物学的に最上の頭脳をもっていながらも愚か極まりない。同種族で歪み、憎しみ、争い、殺し合い、自ら命を絶ちさえもする」

 

 少女は自らの頭のこめかみにあたる部位を、とんとんと指差した。 

 

「でも、貴方達が着目した、私達が個々に抱く『感情』とは無限の可能性を秘めているものよ。豚や鶏とはそこが違う。だから、同じ管理方法が永久的に持続できるとは思えない…………。現に今、貴方自身は思い知っている筈よ」

 

 

 ――――貴方達が敷いた『管理社会』は、太古の昔に覆されている(・・・・・・・・・・・)、ということに。

 

 

 彼はそこまで言われても何も言わず、不動のままだ。

 

 

「『このよをば  わがよとぞおもふ  もちづきの  かけたることも  なしとおもへば』」

 

 

 再びはっきりと、歌う様に。少女の口から詩が飛び出した。

 瞬間、インキュベーターと呼ばれた白い生物の両眼の光が点滅する。それは、彼の中に入り込んだものが、その意識を内側から喰らっているのを意味していた。

 彼女が一呼吸置いた後には――――支えを失った柱の様に路面に崩れ落ち、溶けた。

 自分達より遥かに超越した存在を、あっさりと物言わぬ状態に仕立てた少女の脳裏に、ある小説の文章が過る。

 

「『言葉にとって意味が全てではない、というより、意味などその一部にすぎない。音楽としての言葉、リズムとしての言葉、そこでやり取りされる。僕らには明確に意識も把握もしようがない、呪いのような層の存在を語っているのだ』」

 

 それを理解していたからこそ、その小説の中で、諸悪の根源であり、同時に救世主でもあった彼は、こう囁いたのだ。

 

 

 

 

「『耳にはまぶたがない、と誰かが言っていた。私の言葉を阻むことは、だれにもできない(・・・・・・・・)』」

 

 

 

 

 高熱に晒された蝋燭の様に溶けていく生物は、最期に少女の瞳を見ようとした。背後の満月(ルナ)は白く輝いていたが、その瞳に狂ったところ(ルナティック)は少しもなかった。

 

 

 

 

 少女――――イナの生物的地位は、インキュベーターよりも上にあった。

 

 

 

 

 




 まず最初に、今回引用させて頂いた小説のファン、並びに同作者様のファンの皆様、大変申し訳ありませんでした。

 メモ帳で書いている最中にキーボードが全く効かなくなりました。
 あぁ、折角書いたのに勿体無い……保存できなくてもメモ帳は画面に残しておきたい、と思いスリープしたら、今度はフリーズしました。
(コンセントを全部抜いて、充電切れを待ってから、再び電源を入れたら、無事起動しました。メモ帳は消えましたけどねorz)

 よって投稿まで時間が掛かってしまいました。

 あ、1万字超え……(遠い目)

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