魔法少女ゆかり☆マギカ(休載中)   作:hidon

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※後半部分は、外伝のネタバレが多少?含まれています。


     滾れ獣の血、叛逆の牙 B

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……」

 

 桜美丘警察署の屋上。

 そこの隅で魔法少女――――水曽野(みその)かなみは、膝を抱えてうずくまっていた。

 捕らえていた筈の二人の魔法少女の姿は、どこにも無い。逃げ出したか、或いは、警察署に侵入したのか、確認できなかった。

 

「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ」

 

 苦しい――――頭の中を支配しているのはその三文字。

 心臓がバクバクと鼓動して、肺活量が自然と倍加した。口から怒涛の勢いで酸素が溢れて呼吸する間を与えない。このままでは窒息死……いや、それよりも脳が壊死するのが先か。

 無論、AVARICE社の社員であるかなみは、魔法少女の『真実』を知っている。酸素不足で死ぬ筈が無い(・・・・・・)と自覚はしているが、与えられた苦しみから解放されるには、『死』を連想するしか無かった。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 酸素の排気量が、更に加速する。

 頭を抱えるべく、髪の中に突っ込んで地肌に触れている指の腹から、じっとりとした(ぬめ)りを感じていた。

 一瞬酸素不足で死んだ脳の一部が破裂して出血したのだと、有り得ない錯覚を起こしそうになった。

 

「あああっ……! ああっ」

 

 咄嗟に手を頭から放して確認。指が血に塗れて――――無かった。

 脂汗(・・)だと、すぐに気が付く。

 かなみはどうして一瞬だけとは言え、そんな錯覚をしたのか、不思議でならなかった。

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 ――――不思議? 不思議といえば……!

 

 頭にいよいよ酸素が行き渡らなくなり、思考が微睡んでいく。アルコールを直接吸引したのに等しいぐらいの吐き気を催し、視界がぐにゃりと捻れていく。

 それでも、かなみは考えようとしていた。あの魔法少女に『強制命令』を施そうとした時、頭の中(・・・)を垣間見た。

 想像を絶する悍ましい情景が、鮮明に浮かんでくる。

 そこから導き出せる彼女の正体は――――

 

 

 

 

 ――――

 

 

 

 

『ああ、嬉しいなあ』

 

 ――――仕留められる事が、かしら?

 

『ううん、違うよ』

 

 ――――じゃあ、何が?

 

『だって、貴女、頭の中が見れるんでしょ』

 

 ――――それが、何?

 

『隅々まで覗いてみて。理解してほしいの』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私が、“何者(・・)”であるかをね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 空は夕陽が沈みかけて、月が君臨しようと瞬き始めていた。

 かなみは、住宅街の道路を歩いていた。陽の光は未だ衰えを知らず、オレンジ色に照らされた路面をてくてくと歩いていく。歩けども歩けども、目につくのは家ばかりだ。

 視界に捉える風景は、紛れも無く日本だが、果たして何処――正確には、何県何市何町何区何番地――なのか、かなみは知らない。にも関わらず、彼女の足はある目的地(・・・・・)に向かって進んでいるかの様な軽快さが有った。

 そこでかなみは、ある『答え』に行き着く。

 

 ――――この身体は自分のものではない。今現在、頭を読んでいる“彼女”のものだ!

 

 間違い無い、“彼女”の過去を、自分は追体験しているのだと、かなみは確信した。

 今まで沢山の魔法少女の頭の中身を見たが、これは初めての経験だった。

 

 当時の“彼女”の感情と五感を、自分は共有している様だった。

 酷くお腹が空いていた――――なんでもいいからお腹に突っ込みたい気持ちでいっぱいだ。

 もしかしたら、空の風景から考えるに、“彼女”が足を運ぼうとしているのは、『店』かもしれない。

 コンビニか、それともレストランか――――迷っていると、足が停まった。何かにハッとしたらしい。肩に掛けたバッグを外して、ジッパーを開けて中身に手を突っ込んで弄ると――――唖然とした。

 財布を家に忘れていることに気付く。

 

 ――――かなみの脳に、“彼女”の思考が過っていく。

 

 参ったなあ、と。ここで家に戻ったら20分は掛かる。確か今日は世間で人気の焼き鳥屋のチェーン店がオープンするのだ。当然行列ができるだろうから、早めに行きたかったのに。これじゃあ間に合わない。

 そこで、ジッパーを締めて、顔を戻した。真正面のT字路の右側から、二人の人影が姿を表し、こちらに向かってくる。

 親子連れだ。母親と、その手を握り締めた小さな男の子。

 

 

 

 ――――しょうた、今日の夕飯は何にする。

 

 ――――おれ、ハンバーグがいいなっ!

 

 ――――じゃあお母さん、しょうたの為に、頑張っておいしいハンバーグ作ってあげるっ!

 

 ――――よっしゃ――――っ!!

 

 

 

 幼稚園児ぐらいの彼は、母親と今晩の夕食について楽しく談笑しながら、“彼女”の方へと歩み寄っていく。

 

 ――――そこで、“彼女”は、【おっ!】と、ある事を閃いた。

 

 例えるなら、頭の中で切れていた電球が、急にピカッと光った様な、軽い発想だった。

 “彼女”はよっしっ!と頭の中で意気込むと、親子連れ――正確には、母親の方――に標的を定めて、ズンズンと早足で近づいている。

 途中で自身の視界が、青で染められた。“彼女”が『変身』した時に生じた魔力の光だとすぐに気付く。

 母親は突然の出来事が眼前で展開されて、呆気に取られた様子だ。男の子も指を加えてボンヤリと眺めている。

 “彼女”は構わず近づく。その顔が何を浮かべているのか、彼女と視覚を共有しているかなみには伺う事ができなかった。

 

 ――――何故か、とてもうれしそうに笑っているであろうことは、容易に想像できた。

 

 母親の顔に、恐怖が浮かぶ。彼女は眼前まで迫りくる“彼女”に対してギョッと目を見開くと、子供の手を引いて逃げ――――

 

 

 「やめて」と、叫びたかった。

 “彼女”の右手が腰に回される。

 視界の中心で銀色の閃光が走った。

 スパンッと、切れた(・・・)音がして、何か(・・)が弾け飛んだ。

 

 

 叶わなかった。

 空を見上げると、夕陽に照らされて漆黒に染められた黒い球体が宙を舞う光景が目に写った。切れ端から、赤い液体が噴射されて顔面に降り注ぐ。

 ぼとりと音を立てて落ちると、それが何かはっきりと確認できた。

 

 母親の、生首。

 

 かなみの目に異常が映る。幻だと、思いたかった。だが、顔に張り付いた液の生臭さが鼻腔を通して脳を刺激したせいで、否応にも現実に引き戻された。

 “彼女”には、普通が映っている。

 だからなのか、興味関心はすぐに失せた。視界を戻すと、母親だった(・・・)ものが有った。

 頭部を失い直立不動状態の身体に肉薄すると、押し倒して馬乗りになる。

 首の切れ端から、血液が流水の如くゴボゴボと溢れるが、“彼女”は別に気にしない。母親だったもののジャケットのポケットに手を突っ込む。

 あっ、あった! と笑った。

 取り出したのは黒い財布だ。血まみれの手でパカっと開くと中身を確認する。

 途端に、顔に影が差した。

 

 

【あれ? なんだ、これっぽっちしか持ってないんだ。子供連れてるからもっと持ってると思ったのに】

 

 

 “彼女”は残念そうに独りごちると、千円札を一枚引っこ抜いて、ポイッと投げ捨てた。亡骸の周囲に形成された水溜まりの上に落っこちて、ピチャンと、体液が音を立てて飛沫する。

 それだけの理由で――――と、かなみは憎悪の限りを感情の赴くままにぶつけてやりたかった。

 しかし、ぶつけた所で、彼女の心には何の痛痒も感じないだろう。

 “彼女”の中に、いるからよくわかるのだ。

 

 

 『罪悪』なんてものは、これの中身に一欠片も無い事に。

 ただ、お金が欲しくって、相手が持ってそうだから、殺した。

 

 

 わんわんと、甲高い泣き声が耳を貫いた。

 かなみは、それが聞こえた瞬間、ドキリと心臓が飛び上がった。

 “彼女”の視界が、その方へと向けられる。

 

 ――――男の子だった。幼いながらに母親の身に何が起きたのかを理解していた様だった。顔をぐしゃぐしゃに皺まみれに歪めて、涙と鼻水を滝の様に流している。

 かわいそうだ。こんな幼い内に、なんて辛い思いをしてしまったのか。男の子の姿は、あまりに悲痛で、見ていられなくなる。

 しかし――――

 

 

【かわいいなあ】

 

 

 “彼女”は、男の子の姿をまじまじと見つめて、そんなことを呟いた。

 ありえない発想だった。

 

 

【オバサンは、子供が大好き(・・・)なんだ】

 

 

 耳を疑った。今コイツは何て言った。じゃあなんで母親を殺した!?

 

 ――――わーんわーんわーんわーんわーーん!!!

 

 子供の泣き声が激しくなる。一声叫ぶ度に、かなみの心にナイフの様な鋭利がザクリと突き刺さる。

 

 ――――うええええええええええええええええええええん!!!! ええええええええええええええええええん!!!

 

 子供が母親だったものに縋り付いて、胸に顔を(うず)めて狂った様に泣き叫ぶ。

 ――――ごめんなさいと、かなみは咄嗟に男の子に声にならない声で謝った。

 ごめんなさい。助けて上げられなくって、ごめんなさい。ただ見ているだけで、ごめんなさい。止められなくって、ごめんなさい。

 

 刹那、“女性”の中で、苛立ちがフッと湧き上がってきて、かなみは愕然とした。

 

 

【ああ、うるさいなあ】

 

 

 その一言で、“女性”の標的は男の子に向けられたのだと、瞬時に理解した。

 やめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめてやめて……。

 何度も何度も、懇願する。それだけは、やってはならない。私にこれ以上、見せないで。見たくないから(・・・・・・・)

 だが、かなみの必死な思いとは裏腹に、“女性”は男の子の後頭部に獲物の刃先を合わせると、スゥーっと、持ち上げた。

 

 

【オバサン、うるさい子は嫌いなんだ】

 

 

 やめてえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!

 

 

 

 

 ――――刀が、ヒュン、と振り下ろされた。

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁ」

 

 過呼吸が治まらない。視界が定まらず、白くボヤけ始めた。

 

「あれは――――」

 

 だが、かなみは意識を失う寸前で、“彼女”――――『レイ』と名乗る魔法少女の正体に辿り着いた。 

 

 

「人間じゃ、無い……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は夕方。

 縁は、自室のベッドでうつ伏せに寝転んでいた。顔に浮かんでいるのは、苦悩の二文字。

 

 

 ――――前日は日曜日。

 連続少女失踪事件は今週も発生するとばかり思われていたが、結局音沙汰無く日付が変わった。

 ほっと安堵はしたものの、嵐の前の静けさの様な――――ざわざわとした不快が胸にペタリと張り付く。

 そして、今日は月曜日。これといった出来事も無く、学校で至極安頓とした一日を過ごした。だが、気持ちは一向に優れない。

 放課後のHRを終えると葵を誘いもせず、足早に家に帰った。二階に駆け上がり、自室に突撃してベッドへダイブ。

 ――――窓から射し込む夕陽が、じっとりと熱い。背中どころか心まで焼き尽くされる様な気がして、早急にブラインドを締めた。一瞬で部屋の中が鬱屈としたほら穴みたいな空間に早変わりだ。

 

「大丈夫って言っといて、なにしてんだろ、私……」

 

 『私がそばにいるから』――――あの言葉は口からの出任せだったのか。一人ぼっちにしないんじゃなかったのか。

 縁が失意の底にいるのは、前日の別れ際に狩奈に言われた言葉が、胸に突き刺さっていたからだ。

 それが、何度も頭をよぎってきて、苦しい。

 魔法少女の世界に、自分が入り込む余地は無いと分かってたし、幾度となく思いしらされたが……掲げた理想が押し潰されたショックは思いの他大きくて、葵のことを考える余裕を頭に残さなかった。

 

 

『本当に縁ってさ、小さい頃から変わらないなって』

 

 

『でも、そんな縁の事が好きだったんだよね、私』

 

 

 そして今更になって、葵の事を考え始めた自分が、心底馬鹿馬鹿しい。

 唐突に脳を掠めたのは、彼女が昨日伝えてくれた自分への思い。それを思うと、自然と口から言葉が零れた。

 

 

「もう、戻れないのかなあ……」

 

 

 ――――壊れていく。

 

 それは“誰か”によるものではない。

 『運命』だとか、『因果』だとか、そんな見えない何らかの強制力が、自分の周囲で働いているのだと縁には感じられた。

 それは、自分の親友を夜闇のトンネルの様な、漆黒よりも深い暗闇へと引き摺り込んでいく。

 親しくなった魔法少女達を、日の当たる世界から、追い出そうとしている。

 必死に何かしたいと思って、みんなの後を全力で追いかけているのに、何もできない、という現実が、何度も何度も足を釘付けて、止める。

 

 ――――壊れていく。

 

 自分の日常が。幸せが。葵との日々が。魔法少女達との絆が。

 今まで、自分がこの街で生まれてから、15年間に渡り積み上げてきたものが、崩されていく。まるでそれは、支えを失ったジェンガの様にバラバラと零れ落ちていく。

 

(それでも――――)

 

 もう一度手にとって、組み立て直せるのなら――――

 

 

 ~~~♪~~~♪~~~

 

 

 そう思って顔を上げた瞬間、唐突に音楽が響いた。思考が一気に現実へと戻される。スカートのポケットに手を突っ込んで、スマートフォンを取り出した。

 

「もしもし……」

 

 表示された名前が「matoi」と確認した縁は、通話ボタンを押して、耳に当てた。

 

『縁ちゃん?』

 

「纏さん? どうしたんですか?」

 

 纏の声に普段の無邪気な明るさは無く、心配そうな色が強く混じって聞こえた。縁は目を細めて問いかける。

 

『うん、大丈夫かなあって思って……』

 

「えっ?」

 

『なんかすっごく落ち込んでるみたいだったからさ……』

 

 その言葉に縁は目を丸くして、ポカンと口を開ける。確かに学校中は、ずっと思いつめてたが、態度に顕していたつもりは毛頭無かった。

 

『葵ちゃんも、心配してたよ?』

 

「……」

 

 周りを心配していた筈が、いつの間にか、みんなに心配を掛けていた。その事実を耳にした途端、申し訳無い気持ちでいっぱいになる。

 

『ねえ、何かあったの?』

 

「えっと……」

 

 だから――――

 

「あっははははは!」

 

『ゆ、縁ちゃん?』

 

 極力明るく振る舞う事に決めた。とはいえ、何の前触れも無く唐突に笑うなんて不気味である。イカレタ奴(アホ)としか思われない。 纏の困惑に満ちた声が即座に飛んできたのは、至極当然と言えた。

 

「いやぁ~、なんていうか、その……この一ヶ月、色んな事がありすぎちゃって……」

 

『うん、本当に色々あったよね……』

 

 纏と出会い、初めて魔法少女を知ったあの日から、今日に至るまで、衝撃が何度続いたことか。

 何れの出来事も頭の中にくっきりと残っている。思い出す度に、自分の今までの15年の人生は何だったのか、と問い詰めたくなる。

 纏も口調からして、恐らく同じ想いに浸っている筈だ。

 

「なんかもう、考えるのが嫌になっちゃうぐらいです」

 

『それでも、一生懸命考えてるんだね、縁ちゃんは』

 

「はい。……えっ?」

 

 纏の言葉を軽く受け流そうとした縁だったが、引っ掛かるものを感じて、素っ頓狂な声を挙げてしまう。

 

『偉いよ。魔法少女じゃないのに、素質が無いって言われたのに、みんなの為になんとかしようって頑張ってるんだね』

 

 ――――本当に偉いよ。と、付け加えられた言葉には、慈しむ様な感情が存分に篭っていた。

 

「あはは、なんて言ったらいいのかなあ……考えるのを止めたら、何もかも停まっちゃう気がして……」

 

『うん』

 

「そうなったら、私って本当に何もできないんだ、って気持ちを抱えたまま、残りの人生を過ごす事になっちゃうじゃないですか。なんだか、それってすっごい嫌で……」

 

『うん』

 

「どうせだったら、みんなの為に何かできることを一つぐらいは見つけなきゃって思ってて……でも、私、みんなからアホって言われるし、自分でもアホだって思ってるくらいだから、そう簡単には見つからなくって」

 

『うん』

 

「だから今、すっごく悔しいし、辛いし……なんか知らない内に自分の大切なものが壊されてくから、苦しいんですけど……」

 

『うん』

 

 

「諦めたくないんです、すっごく……!」

 

 

 声が自然と震えていた。

 話していく内に、自分が抱え込んでいた想いが口から溢れてきた。心がカーッと熱くなったせいで、温められた身体の水が、目元に浮かんでいた。

 

『そっか』

 

 纏は静かに聞いてくれていた。ポツリと聞こえた3文字は、縁の気持ちを知る事ができて心の底から安心できた様に聞こえた。

 

『……縁ちゃんが、羨ましいなあ』

 

「纏さん?」

 

『私ね、難しい事考えるのって、嫌いなんだ』

 

 涙を拭った途端、纏がそんな事を呟く。予想外の発言に、縁は呆気に取られた。

 

『縁ちゃんと葵ちゃんのことも……街の人たちの事も一生懸命守らなきゃって思ってるんだけどね……。学校生活との両立ってホンットに忙しくって……、ほんとだったら、この街で起きてる事件も、真剣に調べなきゃって思ってはいるんだけど……そういう難しい事は、他のみんなに押し付けちゃってるんだ……』

 

「そんなことは……」

 

 ない、と言おうとした。縁から見て纏は凄いと思う。学業も魔女退治も見事にこなしている。葵だって何度も助けて貰ってる。彼女からそんな言葉を聞きたく無かった。

 

『縁ちゃんは、似てるよね』

 

 だが、その言葉に遮られる。「誰に?」と訪ねようとする前に、電話口から答えが出た。

 

『茜ちゃんに』

 

 目を細める縁。そういえば優子のチームの中で、彼女とだけは出会った事が無い。葵が二度目の魔女に襲われた時、凛と一緒に助けてくれた魔法少女、と言っていた。

 

「その子と、まだ会った事ないです」

 

『そうだったね。茜ちゃんはね、一番年下で、うんとちっちゃくて可愛いんだけど、いっつも周りの事を真剣に考えてる子なんだ。真面目ではきはきしてるから葵ちゃんとも合うかもね』

 

 本人が聞けば「ちっちゃいは余計だよ!!」と怒声をぶつけられそうな事を言う纏。

 

「へえ~~!」 

 

『今度合わせてあげるね! 多分仲良くなれると思うんだ!』

 

「ありがとうございます!」

 

 新しい出会いとはウキウキするものだ。纏の提案に、暗雲に包まれた心に、微かな陽が差し込んだ。

 顔がパアッと明るくなる縁は、電話越しで、ペコリとお辞儀する。

 ――――だが、そこで「あっ!」と声を挙げる。気がかりな事を思い出した。

 

『どうしたの?』

 

「あの、纏さんに聞きたい事があったんです!」

 

 真剣な表情を浮かべて、問いかける縁。言葉に強い熱が籠り始める。

 

『それは?』

 

 

「三年前に、何があったんですか?」

 

 

『っ!!』

 

 その一言で――――電話越しの纏が、ゴクリと唾液を飲み込む音が聞こえた。何かがあったのだと確信した縁は、更に問い詰める。

 

「優子さん達と、狩奈さん達の間に、一体何が……?」

 

 縁はそこで、思い返す。

 狩奈が自分に突き刺した、無慈悲な言葉の数々を――――

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

『優子さん達と、どうして争ってるんですか……?』

 

 魔女との戦いの後、命が車で自宅まで送ってくれた。

 車を下りて、別れ際に自分が二人にそう尋ねた事で――――始まった。

 

【縄張りが、違う、から……】

 

『でも、人々を守りたいって気持ちは、みんないっしょですよね?』

 

 だから、手を取り合うことだって出きる筈だと――――万感の思いを込めて、言った。

 

【確かに……。全ての、魔法少女が、手を、取り合えば……どんな事も、怖く、無い……。桜美丘で、起きてる事件、だって……対処、できる……かも、しれない……】

 

『だったら……!』

 

【でも……そう簡単には……できない】

 

『それは、どうしてですか?』

 

 

【3年前、あいつらは、やりすぎた】

 

 

『え?』

 

【特に……萱野と、宮古……】

 

『二人と、何があったんですか……?!』

 

【詳しくは、言えない……】

 

『なんでですか?』

 

【貴女は、魔法少女じゃ、ない……。だから、あまり、深い事情は、話せない……】

 

『…………』

 

【……あの時の、事を……恨んでいる、奴が……いっぱい、いる。私だって、そう……】

 

 

 その言葉を最後に狩奈が沈黙。

 凍り付いた冷たい瞳からは、もうこれ以上話す事は何も無い、と暗に告げている様だった。

 ――――そこで、音楽が鳴る。狩奈がスマホを取り出して、耳に当てた。

 何か小声でボソボソ話していたかと思うと、電話を切って、意を決した表情で運転席の方を向いて、言った。

 

【竜子から……緊急、会議……。命】

 

 その一言を合図に、車は動き出してしまった。

 

 

 

 

 ――――――

 

 

 

 

『ごめんね……三年前の事はちょっと……』

 

 前日の狩奈との会話を説明した後、即座に纏から申し訳なさそうな声が飛んできた。

 

「そうですかぁ~」

 

 ガッカリと溜息混じりに返す縁だが、納得はしていた。

 確か、纏の魔法少女経験年数は2年。当時の状況を知る由も無い。ただ、優子か凛から何か聞いているかも、と期待はしていただけに、残念でもあった。

 

『あ、でも、優ちゃんからちょっと聞いたよ。確か、ドラグーンの事なんだけど……当時は桐野卓美って人が支配してたらしくって、相当酷い事をしてたみたいなの』

 

「それって、どんな……?」

 

 恐るおそる問いかける縁。纏は困った様に『う~~ん』と唸る。

 

『はっきりとは言ってなかったなあ……』

 

 纏はそう言って暫し間を開けるが――――『あ、でも』と、唐突に思い出した様な声を挙げる。

 

『中学の頃に塾で友達になった子が、ドラグーンに所属してる魔法少女でね。私が魔法少女になってから、ちょっと聞いた事があるの。「毎日が辛かった」って言ってたよ……』

 

 怖いから、深い所は聞かなかったけどね――――と、付け加える纏の声は僅かに沈んで聞こえた。

 縁もそれは聞かなくて正解だ、と思った。内容を知ったら、纏は今も辛い思いをしてたかもしれない。魔法少女じゃない自分だって、それを聞いたら怖くて眠れなくなると思う。

 

『優ちゃんと凛ちゃんは、桐野卓美の横暴を止める為に、立ち向かったんだって』

 

 纏は訥々と語る。

 ――――当時、ドラグーンは、表面化はしてなかったものの、桐野卓美指示派と反対派で別れており、後者がクーデターの機会を伺っていたらしい。

 優子と凛は、たまたま緑萼市に足を踏み込んだら、その事情に巻き込まれたそうな。

 だが、二人は当時から強かった。絶対の意志を以て困難を切り開いてきたことに感心する。

 

『優ちゃん達は反対派に付いたみたい。それで、「なんかとにかくいろいろあった」みたいだけど……なんとか桐野卓美のところへ辿り着いたんだって』

 

「「なんかとにかくいろいろ」って……」

 

 あんまりな省略の仕方に、縁は苦笑い。

 

『あっ、そう言ったのは凛ちゃんね。ほんっと二人って凄いよね。よっぽど大変な思いをした筈なのに、そんな言葉で済ませちゃうんだから。……あ、話が逸れちゃった、ごめんね』

 

 嬉しそうに捲し立てた後に、謝る纏だが、ゆかりは「いいですよ」と返した。

 

「それで、戦ったんですか?」

 

『うん』

 

「勝ったんですか……?」

 

 問いかけると、纏が沈黙。

 

『……それが、分からないの』

 

「へ?」

 

 数秒間を置かれて呟かれた言葉に、縁は目を丸くした。

 

『その戦いの後に、桐野卓美がいなくなって……変わりに三間さんが総長になったから、多分勝ったんだと思うけど……二人に何回聞いても、同じ答えしか返ってこないんだよ』

 

 優子に聞くと、「いや~、あの戦いはしんどかったあ~。今までの人生で一番大変だったなあ~」と独り言をボヤくばかり。

 凛に聞くと、「いなくなったんだから、別に良いじゃん」軽く流されてしまう。

 二人共、肝心な戦いの結果がどうなったのか、一切口にしようとはしなかった。

 

「う~ん、言い方は二人らしいとは思いますけど、そこを濁してるのだけはなんからしくないですね……」

 

『でしょう? そこだけがどうも気がかりなんだよね……』

 

「でも、結果的に桐野卓美って人がいなくなったんなら、優子さんと凛さんはドラグーンにとってのヒーローな筈じゃ……?」

 

 大体の事情はアホな縁でも理解できた。

 ――――ドラグーンは前リーダーが根っからの悪人で、所属する魔法少女達がみんな、酷い目に遭って苦しめられていたと。

 勝ったか敗けたかは定かではないが、優子と凛のコンビと戦った後に、彼女はいなくなった。

 結果的にドラグーンは、三間竜子が新たなリーダーとして治める形になり、魔法少女達は平穏を取り戻した。

 凛と優子はその立役者であるのに――――未だ啀み合っているのはおかしいと

 

『それが、そうでもないの。桐野卓美に行き着くまで、「指示派」の魔法少女達と散々喧嘩したんだって』

 

「あー……」

 

 ――――思ったが、纏の言葉に瞬時に納得。 

 

『優ちゃんは女の子の癖に勇敢過ぎるし、凛ちゃんは火遊び大好き(デンジャラス)だから……想像できちゃうよね? すっごく暴れたらしいよ』

 

 うん、確かに。簡単に想像できちゃうのが怖い。凛の魔法少女姿は知らないが、自分の家で、あかりと抗戦しようとしたぐらいなのだから。

 

『数えきれないぐらいの魔法少女が二人にメッタメタにされて、更に幹部クラスの魔法少女達とも激しくやり合ったって……だから、狩奈さんみたいに当時の事を恨んでる子がいっぱいいるって話だよ』

 

 昔、友達の男の子から借りて読んだ漫画を思い出した。

 主人公の不良が率いる暴走族が、ライバルが率いる暴走族と高速道路で抗争している場面。血を撒き散らし、骨を砕きながら、殴る蹴るの応酬。あれに匹敵する絵面を二人は生み出したのだろう。

 そう思った縁は、何も言えずに苦笑いを浮かべるしかなかった。

 

 ――――でも、それじゃあ仕方ないのか。

 

 縁の顔が、しゅんと曇り、俯く。

 

「……纏さんは、隣町の魔法少女達と、どうしたいって思ってますか?」

 

『私? 私はね、争い事とか喧嘩とか嫌いだから、みんなが手を取り合えば、それが一番良いって思ってるよ。魔法少女がいっぱいいてくれれば、狩奈さんの言う通り、どんなことも怖くないって思う。だけど……』

 

 陽の様に明るい纏の声色がそこで、沈んだ様に聞こえた。

 

『優ちゃんと三間さんからしたら、やっぱり難しいことなんじゃないかな……? 二人共、多分リーダーとしてのプライドは強いから、一緒になるのは難しいと思うし……現実的に考えたら、グリーフシードの問題だってあるから……』

 

「そういうの聞くと、魔法少女って結構……っ!」

 

 ある単語を言いそうになってしまい、咄嗟に口を噤む縁。

 

『あはは、「窮屈」だよね。言っても大丈夫だよ、縁ちゃん』

 

 気にしないと言いたげに笑い声を聞かせる纏だったが、何処か寂しそうにも聞こえて、縁は申し訳なさそうに顔を歪ませる。

 

『本当にさ、時々すっごく嫌になっちゃうよ……』

 

「……あの、ごめ」

 

 んなさい――――と言おうとしたが、纏の言葉が遮る。

 

『でもね、暗い顔してると、茜ちゃんが怒ってくれるんだ』

 

「え?」

 

『「ダメだよ纏ちゃん、ちゃんと上を向いて歩かなきゃ!」って。「真っ暗な夜でも空を見たら『月がキレイ』だって思えるんだから!」って』

 

 纏の言葉に、縁は「へえ~!」と感嘆を漏らす。

 

「強い子なんですね」

 

『うん、三人姉妹のお姉ちゃん(長女)っていうのもあるからだと思う。私、正反対の末っ子だから、ほっとけないって思われてるのかも……年上だからしっかりしなきゃって思ってはいるんだけど、ついつい、甘えちゃって』

 

 そういう纏は、電話越しで笑っているのだろう。

 

「そうですかー」

 

 纏の気の抜けた声色に、縁も顔を綻ばせる。

 日向茜ってどんな子なんだろう――――葵と纏の話から想像してみる。

 

 ちまっとしてて、可愛らしくて、でも真面目で芯は強くって、優しい。

 会ってみたい、と思う。その子がどんな子なのか、知りたい。

 

 縁は、いつか、彼女と会える日を待ち望んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 前日の日曜日、事件は起きなかった。

 その事実は、桜美丘市の住民に偽り(・・)の安心感を齎した。

 

 

 

 脅威はもう、すぐ傍まで、迫っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 16時から書いてたら、あっという間に23時半だと……!?

 最近は一万字越えで投稿するのが気にならなくなってきている小生です……。

 異常な状況だからこそ、異常な人達は書き易いし、動かせやすい。でも逆に普通の子は、大変動かしにくい事に気が付きました。



☆余談

 『いぬやしき』を見ましたが……同作品の獅子神(演:佐藤健)と、亜人の佐藤(演:綾野 剛)と、不能犯の宇相吹(演:松坂桃李)が手を組んだら、たった三人で、それも一ヶ月足らずで日本壊滅できそうな……。

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