モモンガ、ムササビの身の上話を聞く。
ムササビ、自分の知らぬ所で娘が、るし★ふぁーにイタズラされる。未だその事実に気付いていない。
ユウ、偽りのお父様絶対殺すウーマン。
12 現状確認とナザリックの面接と
ナザリックスパリゾートでムササビさんの半生を聞いてから丸一日以上が経っていた。
昨日は朝からカルネ村で王都に帰るガゼフさんを見送った。その時にムササビさんは何かの書状を受け取っていた。
昼からは今後の計画書を読んだり、冒険者としての設定を覚えたり、今日行われる
その間もムササビさんは忙しく動き回っていた。その後ろにはいつもの様にユウがついて回っている。ユグドラシルにいた時から変わらない懐かしさを感じる見慣れた光景。ユウにムササビさんの妹――
現在のムササビさんの姿に勝ち組の生活を捨てた後悔など微塵もない。あまり努力をしてこなかった俺なんか、ユグドラシルに課金を出来るだけの給料がもらえているだけでそこそこ満足していた。そんな俺と比べられないほどの努力して、ムササビさんは社長の地位に就いたのに。ムササビさんは自分の事を空っぽだと評したけども、その妹さんが死んでからも努力を重ねて来たはずだ。妹さんが死んだのはもう七年も前なんだ。それ以降に大した努力をしてこなかったなんて事はないはずだ。ヘロヘロさんの事だってそうだ。自分の会社に招く為にどれほどの労力を掛けたか。社長の権限でヘッドハンティングする事も出来たはずなのに、わざわざ活躍できる場所を用意までした。会社を私欲の為に使う人間なんて幾らでもいる。これだけ見ても、妹さんとは関係ない努力だ。ムササビさんにはリアルでの友人もいただろう、色んな人脈もあっただろう。なのに、その全てを捨て去った。どれほど妹さんを大事にしていたか良く分かる。
今日はムササビさんと、この会議室でプレアデスと守護者達の面接を行う予定だ。NPC達にはこれで現地で活動する人選をすると告げてある。まだ開始までにはしばらく時間があり、俺は今日の予定をもう一度確認する。
はあ、気が重い。ちゃんと出来るか自信が無い。ムササビさんも成功するかどうか分からないと言ってたからなぁ。
ちなみに、この会議室はムササビさんがシモベ達に作らせたものだ。なんでも会議室は百年以上前からあまり変わっていないそうだ。ホワイトボードとスクリーンに長机とパイプ椅子というリアルでもよく見た作りになっている。この備品は全てムササビさんが前のギルドで使っていた私物だと、昨日ユウが教えてくれた。
「モモンガさん、お待たせしました」
ムササビさんとユウが会議室に入ってくる。あの話をして以来、ムササビさんはナザリックにいる時は『無貌の選面』を着けて、リアルの菱川周佑をモデルにした顔で生活している。
長机に座っていた俺の向かいにムササビさんは座る。一緒に入ってきたユウは壁に立てかけているパイプ椅子を運んできて、ムササビさんの横に座った。今までのユウならムササビさんのそばに立っていただろう、それがなぜ俺達と同じテーブルを囲んでいるのか。
それは俺の発案でユウをギルドメンバーとして迎え入れたからだ。とある事情でアインズ・ウール・ゴウンの新規加入が無くなってしまったが、別に門戸を閉ざしたわけじゃない。身元がはっきりしていて信用できる人物で異形種ならギルドに入る資格がある。後はアインズ・ウール・ゴウンのルールに則って、多数決で加入の是非を決める。
だから昨日、俺はユウのアインズ・ウール・ゴウン入りの発案をした。それは俺とムササビさんの賛成により可決された。
ムササビさんとユウの話を聞いたら、こうするのが良いと思った。いや、そうじゃないな、俺が迎え入れたかったんだ。ユウがギルドメンバーになったら、楽しくなりそうだと思ったんだ。あの輝かしい時は還ってはこないけど、それでも、これからが楽しい時間になりそうだと思ったんだ。
ただムササビさんの提案でギルメン扱いするのは三人の時だけになった。あんまり特別扱いしすぎるのは良くないという理由だ。それには異論がないので賛成した。今が微妙な時なのは分かっている。無用な不和を
俺としては
それだけじゃないな。
昨日、ユウが一人の時に話をした。その時に俺は久しぶりにユグドラシルの話をした。長い間ムササビさんともユグドラシルの話をしていなかった。インの時間が合わなかったとのもあるし、たまに時間が合う時は冒険に出かけていたからな。この世界に来てからはそんな暇なんてなかった。だから思い出話に花が咲いた。ムササビさんが前のギルドにいた時の話もたくさん聞いた。リアルの話もいっぱいした。ユウにはユグドラシルでNPCとして過ごした記憶も当然あった。ユグドラシル時代のユウがいる前でギルドメンバーがしていた会話の内容も覚えていた。それなら、もうギルドメンバーと違わないんじゃないか。ユウの中には間違いなく
なにか理由がいると言うのなら、百年先の事を考えるとリアルを知る者の重要性は大きい。プレイヤーとしての知識と戦術もユウの中にはある。……うん、あんまり理由になってないな。ここは、ムササビさんがもっとモモンガさんはワガママを言っていいと言ってくれたし、俺のワガママって事にしよう。それだけでも、十分な理由だろう。ナザリックの安全に何か影響がある訳でもない。
なんだか言い訳を並べているみたいになってしまったな。俺は自分に言い訳をしているのかな。アインズ・ウール・ゴウンに新しいメンバーを入れる事を。
「さて、モモンガさん。今日は特に報告する事は無いですね。プレアデスも大きな問題は無いようですし」
俺が思考の迷路に迷い込みそうになったタイミングで、ムササビさんが話し掛けてくる。もうユウをギルドメンバーにしたんだ。それを取り消せない。それよりも今は、先の事を考えよう。
現地での活動の練習として、昨日からプレアデスに捕虜達の世話をさせている。いや、既にムササビさんがニグンさんを始め捕虜の全員を懐柔したから、捕虜はおかしいか。全員、ほぼ自発的にナザリックへ恭順の意を表してくれたそうだし。この人は本当に口が上手いから、いったいどんな言葉を並べたのだろうか。
世話をさせて分かったのだが、ニグンさん達にとってナザリックのNPC達はプレアデスに限らず絶世の美女ぞろいらしい。もちろん人型のNPCに限っての話だが。ペストーニャやニューロニストまで絶世の美女扱いだったら美的感覚が違い過ぎて困惑してしまう。
「ボクも絶世の美少女扱いですよ。ちょっと照れてしまいますね。やっぱりボクも女の子ですから嬉しいですね。用事も無いのに、ちょいちょい行ってしまいましたよ」
ユウは少し照れた顔をして、頬をかいている。
「お父様も絶世の美男だと驚かれていましたね」
「ふ、ユウの親なのだ。美男でないはずがなかろう」
ムササビさんは顎に手を当てて決め顔で言った。芝居掛かったセリフと仕草は、とてもムササビさんらしい。この異世界に来てからはあまり見なくなったが、アインズ・ウール・ゴウンの全盛期ではずっとこんな感じだったな。ウルベルトさんとはよく意味も無い詠唱を唱えてから魔法を放ったりしていたし、たっち・みーさんがモンスターとの戦闘で『正義降臨』の文字を出せば『影武者登場』と文字を出していた。その後に「影武者なのをバラしてどうするんですか」というツッコミに「秘密を知られたからには――もう殺すしかない」と言ってモンスターとの戦闘を開始するのが、定番のネタになっていた。今思い返すと特に面白くもないのだが、まあ、その時のノリと言うものだな。あぁ、懐かしいなぁ。割とムササビさんはオチ担当だったなぁ。よくよく思い返すと俺もオチになる事が多かったような。
「まあ、俺は冴えない顔らしいですけどね」
こんな感じで自分からオチになっていたような気もするな。今の顔はリアルの時よりも整えられているはずなのに、この評価だ。ムササビさんの顔は絶世の美男なのだが、俺の顔はそうでもないらしい。どちらもムササビさん制作のはずなのにな。ムササビさんは、イラストを元にした顔とリアルを元にした顔の違いじゃないかと言っていた。俺は元々の差もあると思いますけどね。口には出しませんけど。
「いえいえ、モモンガ様の少しくたびれた中年の顔も味がありますよ」
ユウはウインクをしてサムズアップしている。いやいや、それはまったくフォローになってないよ。この世界に来てからはちゃんと睡眠も食事もとっているから、くたびれた顔もしてないし。文明レベルが下の異世界に来た方が健康的な生活を送っているのもどうかと思うけど。
「ところでモモンガさん、今日の予定は頭に入っていると思いますが、現地での予定はどうですか?」
「大丈夫ですよ。まずはニグンさんから提案されたエンリの冒険者登録ですね」
エンリがタレントの能力でゴブリンを使役できるようになった事にして、冒険者登録をする。なんでも冒険者は徴兵できないらしいので、これで王国と帝国の争いに巻き込まれないで済む。さらにゴブリン達がカルネ村にいる理由付けにもなる。
「エンリの登録を終えた後の予定は大丈夫ですか」
「えっと、その時に俺とムササビさんとニグンさんとリスタの四人も冒険者登録をして、マッチポンプでもいいので活躍して、最高ランクであるアダマンタイト級まで駆け上る、って流れですよね。冒険者ってのが思っていたのとはかなり違うみたいですけど、それでも今から楽しみですよ」
ユグドラシルが6人パーティー制だったので、今日の面接の結果次第では最大二人増えるかもしれない。6人パーティーの方が慣れているからな。それにNPCと冒険するのも悪くない。あの頃の様に楽しいだろうな。でも、今はそれよりも100年後に対する準備の方が重要だ。ちゃんと人間と接する事が出来るNPCじゃないと後々に影響してしまう。それにどこまで増えてもニグンさん達が外れる事はない。二人にはこの世界の案内人をしてもらうからだ。それ以外の理由もある。
法国に対する餌だ。どちらに食い付くかで、あっちの出方を見る計画になっている。
「ボクも冒険するのが楽しみです」
ユウは顔を輝かして子供の様に手を上げた。ユウは俺達とは別行動をして、在野や裏の人材のスカウトやコネクション作りをしてもらう予定だ。逆に俺達は英雄になって表の人材を担当する。やはり英雄に黒い交際はよろしくない。かと言って、裏の人間だからと優秀な人材を確保しないのは惜しい。そもそもナザリックは悪の組織だからな、ロールだけど。社会人ギルドだから綺麗事だけではやっていけないのを良く知っている人間ばかりだし、問題にはならないだろう。
ただ俺個人としてはユウを別行動にするのは心配なのだ。レベルは30だが、ステータス自体は低い。ユウは魔法レベルが2倍成長する代わりにステータスがほとんど伸びない職を取っている為だ。ムササビさん
このように初めから戦闘を想定したビルドをしていないのだ。これでは現地で活動するのが不安になるのも仕方がない。
「大丈夫なんでしょうか。装備品でステータスの底上げはしてますけど、それを加味しても近接の戦闘力はレベル20程度の戦士くらいしかないんですよ。いや、現地では十分な強さだとは思いますけど」
「モモンガ様、心配無用です。ボクは勇者ですからね」
ムササビさんの前に乗り出して、ユウは自信満々の顔で答えた。それはなんの答えにもなっていないと思うんだけど。それ言う為に身を乗り出したの。ユウの顔でムササビさんが見えないよ。ムササビさんは手で、机に乗り出したユウをスッとどかして話し出す。ユウの扱いが慣れてる。
「ユウには護衛をつけますから大丈夫でしょう。それに残念ながら守護者やプレアデスでは低レベル層の強さの違いが分からなかったですからね。そうなるとユウ以外に適任者がいません。もちろん他にも理由はありますけども」
なんて言っているけど、ムササビさんはユウを冒険させたいんだろう。ただ、ワガママを通すんじゃなくて、ちゃんと理由を用意しただけだ。実際、人型のシモベの中でレベル20程度の強さの違いが分かるのはユウだけだから、異論を挟む余地がない。このレベルの違いが分からなければスカウトもくそもない。
ムササビさんもユウが心配なのは変わらないはずだ。誰を護衛にするかは決まってはいないが、シモベ以外にも今日の面接者から選出される可能性は十分にある。ただ、こちらは出来るだけ少人数にする予定だ。裏社会を相手にするのだ、小回りは利くに越した事はない。
「エ・ランテルの近くに死を撒く剣団という野党の集団がいるらしいんですよ。まずはそこに向かわせようと思います。何かアクシデントがあっても、最悪、全滅させて証拠隠滅が出来ますからね」
物騒な発言とは裏腹にムササビさんも笑顔だ。ユウに冒険させて上げられるのが嬉しくて仕方ないんだな。まあ、俺も嬉しいけど。
現在、エ・ランテルにはシャドウデーモンを一体だけ忍び込ましている。死を撒く剣団の情報も、そのシャドウデーモンから得たのだろう。一体だけなのは俺達の成長の為だ。不測の事態に陥っても冷静に対処できるようアクシデントに慣れる訓練だ。それにはあまり情報を知ってしまっては効果がない。この世界をあんまり知らない今だからこそ、練習になる。あと王国で何かあっても王国ごと切り捨てられるも大きい。帝国や法国と比べて王国の重要度は低い。そもそも現在の計画の中に王国は組み込まれていない。手に入ればいいなぁ、くらいだ。
「ボク、少女漫画のような初恋してみたいですね。現地を冒険すれば色んな出会いもあるでしょう。初恋は実らないといいますけど、でも憧れるんですよね」
うっとりとしたユウの瞳が虚空を
それに対してムササビさんが微妙な顔をしている。嬉しいような、もの悲しいような、微笑ましいような、寂しいような、そんなよく分からない顔だ。妹さんの事情を考えるとそうなるのかな、俺は兄弟がいなかったからよく分からないな。
「そ、そうか。もし恋人が出来たら、お父さんに紹介するんだぞ」
ムササビさんの声が上ずっている。妹さんの事だとこうまで簡単に動揺するんだ。さっきまでの芝居がかった動きが無くなってますよ。
「お父様、安心してください。ボクはずっとお父様を近くで見ていますから、そこらの男ではなびきませんよ」
「お、おう、そうか。ちゃんとお父さんにも紹介するんだぞ」
ムササビさんが照れている。こんなに分かりやすい反応をするなんて、これが家族って事なのかな。俺なんてもう、記憶もおぼろげなのにな。
ムササビさんはワザとらしく咳払いをする。
「話がそれましたね。オレ達がアダマンタイト級になってからの予定は覚えてますか」
ムササビさんは頬はまだ少し赤いままだ。ここでもっと掘り下げても良かったけど、話を戻そう。
「俺は英雄活動を続けて、ムササビさんは王国の上流階級とコネクションを作り、そこでこの世界の社交界を勉強するんですよね」
「ええ、あまりナザリックの力を――特に武力を使わないで鮮血帝を味方にしたいですからね。ただ、ナザリックの力の一切を使わないという訳にはいかないでしょうけど。やっぱり直接、自分の目で鮮血帝を確かめたいですし。こちらが値踏みをすると言う事は、相手もこちらを値踏みすると言う事ですから。オレはそこで鮮血帝のお眼鏡に適わないといけません。適わなかったとしたら、そこはナザリック頼みになってしまいますけど」
「ムササビさんなら大丈夫ですよ。リアルでも優秀な人間だったんですから」
ムササビさんは俺とは違ってレベル100の力が無くても十分に凄い人なんだから。
「どうでしょうかね。鮮血帝と比べたら大した人間ではなかったですからね。まあ、そこはあんまり気にしても仕方がないですけど。重要なのは百年後ですから。先に王国の『黄金』と呼ばれている姫様と会ってみたいですね。話を聞く限り、鮮血帝よりも一段劣るみたいですし、その人で練習してみるのも悪くないですね。まあ、その姫様でもオレより上なのは確実ですけど」
「王国の『黄金』ですか。たしか、とっても民想いの美しいお姫様だとか。俺も会ってみたいですね。そんなおとぎ話みたいなお姫様。それもムササビさんよりも凄いかもしれないとかなると俄然興味が湧きます」
「ボクと同じ16歳なのに凄いですよね。美しく優しいお姫様なんて女子の憧れですよ。ボクと友達になってくれないかな」
ユウってこんなに女の子だったんだな。ユウは口が悪いからなんか意外だな。いや、口が悪いのは前のギルドの影響って言ってたっけ。学生を中心とした廃ゲーマーが集まるギルドだから、分からないでもないか。こうやってギルドメンバーとして接してくれるまで全然分からなかった。アインズ・ウール・ゴウンに
「『黄金』はナザリックのスカウト対象だから、王国を切り捨てる事態になったとしても会えるさ」
俺はユウにそう話すと、ムササビさんは首を振る。
「それは法国の出方次第ですけどね。王国内には法国のスパイが大勢入り込んでいるようですから、どうなるか分かりませんよ。『黄金』が拒否するかもしれませんし。無理強いしても能力が発揮できるとは限りませんからね。それに法国と『黄金』では、今のところは法国の方が優先順位が上ですから。どちらか一方を取る事になったら、法国を取りますよ」
ムササビさんはユウが会いたがっているなら強引な手を使ってでも合わせてあげると思ったけど、そうはしないようだ。なんでムササビさんは、そんなにも法国を重要視しているんだ。俺にはそこまでの価値がどこにあるのか分からない。
「ムササビさんは、どうして法国にそこまでこだわっているんですか。いざとなったら守護者一人でも殲滅できる程度の戦力しかありませんよね。確かに六大神が残したユグドラシルのアイテムとかは注意が必要だとは思いますけど。プレイヤーはいないんでしょ」
「
う~ん、これは答えになってないような。ムササビさんは
「お父様は国が欲しいのですか。一国一城の主は男の夢ですからね」
ユウはうんうんと頷いている。それに首を振ってムササビさんが答える。
「違うなぁ、ユウ。そもそも今から大陸を支配しようとしているのに、その夢は小さ過ぎるだろ」
確かにそうだけど、一国一城の主を小さいと一蹴できるのはすごいな。いやいや、今の俺達の力からしたら当然なんだから、そういう感覚も身につけないと現地の人間と重大な齟齬を生みかねない。今の俺は絶望のオーラⅤを垂れ流して散歩をするだけで国が滅びるんだから。
「一国の主が小さいとは、お父様は言う事が違いますね」
ユウも同じ事を思ったようだ。ただ皮肉のような言い方なのがユウらしい。と、言うかさっきと同じようにうんうんと頷きながら言っているから、これはボケたんだろうな。
「ふ、我は大邪神ムササビ改め創造神ヒマクルイだからな。人間とはスケールが違うのだよ」
ムササビさんはそのボケに乗っかって『無貌の選面』をずらしてオーバーロードの顔をのぞかせる。これから先を考えると邪神を自称するのは良くないと、オーバーロードの姿の時は創造神ヒマクルイと言う設定にしたのだ。それをどういう風に生かすかはまだ知らないけど、すでにナザリックの皆に知らせている。
「で、お父様、なんで法国が重要なんですか。モモンガ様が不思議に思っているようなので、遊んでないで早く法国の重要性を説明してあげてください」
いや、今のはユウが話の腰を折ったよね。ボケに乗っかったムササビの梯子も外したよね。でも俺がわかってないのは確かだから、これはユウが気を利かせてくれたのかな。
「もう、モモンガさんは仕方がないなぁ、じゃあ分かりやすく説明しますね」
「え、俺のせいですか?」
「お父様の顔にモモンガ様が悪いと書いてありますから、間違いありませんね」
「オレもそう思う」
「それって、実質ムササビさん一人だけじゃないですか。ひどいなぁ」
そこで俺達は笑い合う。この二人のノリもちょっとわかってきた。そう言えば、こんな感じの事がユグドラシルでもあったな。
「では簡単に説明しますね。法国は宗教国家ですけど、三権が分かれているんですよ。軍事も分かれています。これは近代国家と言ってもそう間違いはないでしょう。封建国家が普通のこの世界で、近代国家を実現できている技術力を得られるのは貴重ですよ。多分、六大神の中に教養のある人がいたんでしょうね」
法国に近代国家の技術力か、それは凄そうだな。近代ってどの程度かは知らないけど。中世と何が違うのかなんて分からない。機械があるかどうかだろうか。
「もしかして銃とかもあるんですか。シズみたいなガンナーとかもいるんですかね」
「それは無いと思いますよ。この世界だと、銃はあまり実用的ではないみたいですからね。
「ニグンさんを撃ったんですか!?」
話の途中で驚きの声を上げてしまった。そんなにさらっと人を銃で撃ったとか言わないでくださいよ。回復魔法がある世界だから簡単に治療できますけど、発砲はエグいですよ。
「ええ、とある実験の一環で。火薬の素材がなくて実弾を作れませんでしたから、銃とは言ってもエアガンの一種ですけどね。それでも22世紀初頭ではテロ犯御用達だったので、ちゃんと殺傷能力のある銃だったんですけど、血が
「ちなみにボクは、その時に逃げようとするニグンさんを羽交い絞めにして動けなくしました」
羽交い絞めのポーズをしながらドヤ顔のユウ。前から思ってたけど、ユウもムササビさんに似て容赦無い所があるよな。見た事もないアイテムを向けられて逃げようとしたニグンさんを躊躇なく捕らえるなんて、普通出来ないよ。こういう所が兄弟だなぁ。
「ふふふ、このボクの性格のような慎ましやかな膨らみが当たって、ニグンさんも喜んだ事でしょう。なんと言ってもボクは絶世の美少女ですからね」
ユウはいい顔で頷いている。ユウが慎ましやか? いや、膨らみは慎ましやかだけど、それを押し付けられたとしても感触はあったのだろうか。どちらにしても、その時のニグンさんには、そんな余裕はなかったのは間違いない。
「オレはユウによく抱き着かれているが、膨らみを感じた事は無いぞ」
「お父様、それはあまりにも御無体です!」
ユウがしなだれるように床へ手と膝をついて倒れこむ。さながら舞台のワンシーンのような光景だ。この二人、ホントに楽しそうだな。ぶくぶく茶釜さんとペロロンチーノではこんな会話は絶対にしないよ。ぶくぶく茶釜さんはそういうのに厳しいから。兄弟でもこんなに違うんだな。
ユウはいきなり立ち上がり、俺に抱きついてきた。え、何、いきなりどうしたの。あ、なんかいい匂いがする。
「どうですか、モモンガ様。感触はありますか? どうぞ正直にお答えください」
ユウは潤んだ瞳で見上げてくる。……無い。感触が無い。いや、俺のローブも分厚いし、ユウも旅人が着るような厚手の服を着ているからだ。そうに違いない。ユウ、そんな真剣な顔で俺を見つめないで。ここで正直に答えたらユウが傷ついてしまう。でも、「ユウの胸の感触はあったぞ」なんてユウの父親であるムササビさんの前で言えないし。いや、ムササビさんがいなくても言えないよ。ここで気の利いた言葉でも出ればカッコいいのになぁ。童貞にはハードルが高いよ。三十路を過ぎてもそれは変わんないよ。
「モモンガ様ぁ」
ユウは甘い声で俺の名を囁き、抱きしめる腕に力を入れていく。ユウのステータスを考えると全力とも言えるほど力を入れて抱きしめられる。心なしか、さらに胸を押し付けられているような。ただ、感触が感じないので押し付けてられているかどうか判別できない。ユウ、どうしたの。それにちょっと、顔も近づいてきているような。ニグンさん達じゃなくても、ユウの顔は万人が可愛いと断言できるほどに整っているんだから、そんなに近づけないで。あ、これは俺の心臓がバクバクいってるのが、ユウに聞こえてしまうよな。
「ユウ、モモンガさんが本当に困っているからやめなさい」
「はい、わかりました、お父様」
ユウは何事も無かったように席に戻った。あ、さっきのも全部、演技だったのね。そういえばムササビさんが、ユウの性格はモモンガさんが思っているより凄いですよ、と言っていたなぁ。
ユウは人差し指を立てて口に当て、こちらを見ている。え、何、それってどういう意味。何が秘密なの。
「モモンガ様、この事はアルベド様には内密にお願いします。あの人は少し嫉妬深い所がありますので」
……なら、しなければいいのに。冗談にどれだけリスクを掛けてるんだよ、ユウは。
ちょっと焦ったけど、このバカをやっている感じは懐かしいな。アインズ・ウール・ゴウンの会議ってこんなんだったな。みんなもけっこう好き勝手に話し出してたよな。脱線し過ぎたら、誰かが話を戻してたし。大体はギルド長の俺の役目だったけど。今はムササビさんが話を戻してくれる。
「まあ、それで、ニグンさんを銃で撃ったのは陽光聖典の身体能力を測定する一環だったんですよ。彼らは凄いですよ。全員メダリストクラスの身体能力でしたよ。その上、身体の頑丈さは人間を大いに上回っていました。ニグンさんに至ってはオリンピックで全種目金メダルを取るなんて余裕ですね。砲丸もオーバースローで投げられますよ、あれ。あの身体能力からみて、虎くらいなら間違いなく素手で倒せますし、グリズリーでも殴り合いで勝てますね」
一瞬、凄いと思ったけど、ユグドラシルでは神や悪魔も雑魚だった事を思い出す。レベルが20台だと野生動物くらいになら勝てるか。そう考えると銃なんてあまり役に立たないな。すぐに量産できるならまだしも、それまでには色々なコストがかかるもんな。それなら、そのリソースを他に回す方が理に適っている。
「でも、それなら法国を重視する必要がないんじゃないんですか? 技術力的には銃が無い程度なんでしょう?」
「いえいえ、技術力っていっても科学的水準だけではないですよ。例えばですけど、モモンガさんが営業職に着いた時にある程度のマニュアルとかを教えてもらったでしょう。知識の蓄積も含めた技術力ですね。ある意味、そういうマニュアルも営業の技術でしょう?」
「ええ、まあ、そうですね」
いくらブラック企業だからと言って、全く何も教えない訳ではない。それではあまりにも非効率過ぎる、かと言って手厚く教えてもらえた訳ではないけど。
「安定した国家にはそういう色んな技術があるんですよ。例えば1500万もの戸籍を管理できる技術とかね、それを丸ごと頂きたいな、と。百年先を考えたら、ここは押さえておきたいんですよ」
「それなら王国や帝国よりも先に手を付けてもいいような気がしますけどね。あぁ、でも、ユグドラシルのアイテムとかを持っているのを考えると、情報も無しに行くのはまずいですね」
俺の言葉にムササビさんは腕を組む。どう説明しようかと悩んでいるようだ。
「う~ん、それよりも宗教国家って言うのは曲者なんですよね。日本人であるオレ達はあんまりピンと来ませんけど、宗教って厄介なんですよ。あれだけの制度を六大神が作ったとしたら、教義の中にプレイヤーの事が書いてあってもおかしくありませんし。それに宗教の為なら自殺や自爆が出来る人ってそこそこいるんですよ。一度こじれると百年単位で尾を引くなんてザラにありますし。だから、こちらから接触したくはないんですよね」
「ああ、だからニグンさんとリスタを冒険者にして一緒のパーティーを組むんですね」
どちらに食いつくかとか、あちらから接触させる為とか以外にも理由があったんだ。国から独立している冒険者になった二人に法国がどう出るかも見るのか。そういう技術力も長けている可能性は十分にある。本当にムササビさんは効率的だ。一手でいくつもの効果がある。じゃあ銃の実験も何か違う理由があるはずなんだよな。なんだろうな、う~ん、ダメだ、まったく思いつかない。そんなにすぐに頭が良くなるなんてないんだよなぁ。諦めて聞こう。聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うし。
「ムササビさん、銃の実験は他にどんな意味があったんですか」
「良い質問ですね。モモンガ君」
ムササビさんは掛けてもいないメガネをクイっと上げる仕草をする。多分、教師のマネをしているんだろう。小卒の俺にはあまり馴染みがないから、ユリのマネをしているようにしか見えないから、違う意味で面白い。この辺は過ごしてきた環境の違いが出たな。ムササビさんも俺の反応の鈍さに気付いて教師のマネをやめる。この空気を読む早さはすごいな。これはDQNギルドの渉外役も務まるよ。
「銃はですね。鮮血帝へのお土産にならないかなっと。織田信長よろしく戦術に組み込んでくれたら、めっけものだったんですけど。この世界の人間を始め生物全般がリアルと比べ物にならないくらい屈強なんですよね。魔法もあるし、現時点ではあまり銃のアドバンテージはないですね」
「それはリアルの銃ですよね。なんでユグドラシルの銃を持って行かないんですか? やっぱりユグドラシルの技術が流出するのを警戒してですか?」
わざわざ自分達のアドバンテージを失うマネは良くないもんな。俺だったら技術は独占すると思う。それが発展して、いずれナザリックを脅かす存在になるかも知れないからな。
「技術の流出はそれほど危険視してないんですよね。それよりも積極的にもっと文明レベルを上げて、いわゆる科学兵器を作りたいんですよ。核とか航空兵器とかの。化学兵器は多分、全部毒系と病気系に分類されて魔法で治療されると思うので、純粋な熱量や物理でダメージを与えられる兵器が欲しいんですよね」
ムササビさんは俺とは逆だった。ムササビさんにはそれをコントロールする手段があるのだろうか。あ、でも、リアルでは一般の人間が銃を手に入れるなんて出来なかったんだし、支配者層だったムササビさんなら何かしらの方法を知っていても不思議ではないか。
「でもムササビさん。そんな物を作れるんですか?」
「作るわけないでしょう。オレはチートキャラじゃなくて生身の人間なんですから」
「そんな真顔で言わなくても。だったら、どうするんです?」
「それはですね。スーラータンさんやペロロンチーノがナザリック学園を作りたいとか言っていた時にですね、ユウの為の教材を集めていたんですよ。アイツは学校に行けてませんからね。各種学術書から色んな雑誌やら教科書まで手に入る物なら何でもかんでも
ムササビさんって誰にでも絡んでいるよな。これはコミュ力お化けだ。俺からしたら、それはある意味チートですよ。
「お父様、NPCであるボクにそこまでして下さるとは」
ユウは手を組んで、アニメや漫画のキャラがするような感激のポーズをする。それに対してムササビさんは大きく手を広げる。この兄妹はボディーランゲージが激しい。
「ふふふ、あらゆる資料があるぞ。それこそ約二百年前の軍事兵器の設計図までね。知り合いの軍事マニアからいただいたんだ。こういう時にコネクションが役に立つ」
「うっわぁ~、それには流石のボクも引くわ~」
ユウはススっと椅子をずらして、ムササビさんから距離をとる。これには俺もちょっと引いた。その時はNPCだったユウの為にコネまで使って軍事兵器の設計図を手に入れるって。やっぱムササビさんはどっかおかしい。
「ちょっと、二人して引かないでくださいよ。まあ、それがあったから手元に貴重な資料があるんですから。
「前から思っていましたけど、お父様は頭が狂ってます」
ユウって、物言いがストレート過ぎるよな。でも、他のNPCなら絶対こんな事を言わないだろうな。あぁ、あの輝かしい時に戻ったみたいだ。ユウをギルドメンバーにして本当に良かった。
あっ、また話が逸れてしまった。ここは俺が話を戻そう。
「でもムササビさん。それって知識があるだけで作れるようなものなんですか」
「そこで技術力がある法国が欲しいんですよ。こういうのは一つだけの技術があればいいと言うものでは無いですからね。色んな技術がいるんです。科学は総合力ですよ。どれほど知識があってもそれを実現できる技術力がないと話になりませんからね。それに六大神に教養のある人がいたとしたら、何かしらの技術や知識が残っている可能性もありますし」
「なるほど、それで法国丸ごと欲しいんですね。でも帝国とか王国で代用は出来ないんですか?」
「王国はまあアレですけど、帝国でも良いんですけどね。だから手土産に銃を持っていこうと思ったんですよ。出来るなら法国の方が良いだけです。両方手に入れば最上、優秀な頭脳をいくらいても足りませんからね。どちらか片方でもなんとかなります。帝国には魔法省と言う研究施設や魔法学院という学校もありますからね。これも欲しいですね」
「いくら優秀な頭脳がいても、こんな中世のような科学水準から100年でそこまで行くとは思えないんですけど」
俺の疑問に「それはボクも思います」とユウも同調する。
「まあ上手くいけば、ですからね。戦闘機やミサイルなんかも開発できるかもしれませんよ。例えばですけど、この世界の人間はすでに〈
約1.5倍の年月があるのか。そう思うと実現できそうな気がする。よく考えたら俺の人生の三倍以上もあるんだもんな。
「例えば、2000年初頭程度まで科学技術が発展すればですけど。相手のギルドに
よく分からない単語が羅列される。そっち方面はあんまり詳しくないんだよな。
「
「え~と、簡単に言いますと、
……容赦無い。流石『ギルド一の容赦無いさん』だ。考える事が違う。100年かけてファンタジー世界に軍事兵器を持ってこようとするなんて。マジで頭おかしいわ。普通そこはレベルアップとかそういう修行系じゃないんですか。この話を聞くまで、俺達が百年掛けて強くなって、現地の人間も支配下に置いて、育成して、戦力にして、後はポーションやスクロール等のマジックアイテムでも量産して、なんとかすると思ってましたよ。そこにプラスして、まさかの科学の発展からの軍事兵器の量産って。
「そこまで高度に科学が発達しなくても、例えば強力な爆弾だけでも開発できれば、デスナイトを量産して、それに爆弾を搭載して、相手ギルドに特攻とか面白そうですけどね。デスナイトは一撃では倒せませんから、止めるのは難しいと思いますよ。こういう単純な物量と火力が実は厄介なんですよね。これはモモンガさんが死体から作ったデスナイトがこのまま永続的に存在できる事が前提になりますけど。死体で上位アンデッドが作れたらそんな小細工もいらないんですけどね」
しかも、さらに自爆テロの次善策付き。うん、間違ってもムササビさんを怒らせないでおこう。いや、そんな事はないだろうけど。
「そんな手があるなら別にフレンドリィ・ファイアの有無なんて関係なく勝てるじゃないですか。なんであの時に言わなかったんですか」
「実現可能かどうかがわからないからですよ。この世界にそれを作れる物質があればいいんですけどね。そもそも、この世界に石油とかあるんですかね? それよりもリアルと同じ原子があるかも怪しいんですけど」
ああ、そういう事か。どうなんだろう。ミスリルをはじめとするリアルに無い金属があるんだ。リアルにあって、こちらに無い物質があっても不思議じゃないか。
「モモンガさん、お忘れかもしれませんけど、こう見えてもオレって、グローバル企業の経営者ですからね。アーコロジー戦争があったヨーロッパにも支社が幾つもありますしね。テロ等でプランが丸々台無しになるなんて事もありますから。次善の策は当たり前、リスクコントロールにリカバリーの方策などもちゃんと考えてますよ。あの時に言ったのは現時点でも確実に実行できる方法だけですよ。軍事兵器が作れるかどうかはまだ未知数ですから、それを前提には出来ないでしょう。流石に勝てる方法が一つしか思いつかないのに、勝てますとか断言しませんよ。やっぱりちゃんと勝てる見込みがないとね。それにルール無用の世界ですから、普通では絶対取らないような、えげつない方法も取れますし」
「え、もっとえげつない方法があるんですか?」
「まあ、それこそ口に出すのも
割と二日前に聞いた。フレンドリィ・ファイアを利用して戦うと言う方法もえげつないと思ったんだけど。それってつまり同士討ちさせるって事だからなぁ。自分で人を殺せる人間はそんなにいないと言っておきながら、仲間を殺させる手を使うんだから容赦ないなぁと思ったんだけど、それより酷い方法もあるんだ。
「えっと、じゃあ、参考までに聞きますけど、他にどんなプランがあるんですか」
「そうですね、では実現可能性が高いプランの説明をしましょうか。この世界のオリジナル第一位階魔法で香辛料を生み出す魔法があるんですよ。2138年現在でも科学はこの魔法の域まで到達していません。無から有を、無から安定した質量を生み出すなんて偉業は達成できていないんですよ。逆に超位魔法の威力ですら、約200年前に作られた爆弾の足元にも及びません」
「200年も前の兵器がですか!? へえ~、そんな凄い兵器がそんなに昔からあるんですねぇ」
あれ、ムササビさんとユウが微妙な顔をしている。なんでだろうか。ユウにまでそんな顔をさせる発言はしたとは思えないんだけど。
「……今は小学校では原爆の事は習いませんからね。その爆弾って核兵器の事ですよ」
核兵器ってそんなに昔の兵器だったんだ。いや、核兵器の威力が超位魔法より凄いのは知ってるけど。大体、そんな広範囲超威力の魔法があったらPVPが大変な事になってしまう。
「まあ、そんな訳で方向性の違う魔法と科学を融合させられれば、まったく新しい技術が生み出せるかもしれません。そこで帝国の魔法省と魔法学院ですよ。だから手始めに、銃を帝国に持ち込もうと思ったんですよ。宗教色が薄いので有用なら広まるのが早そうですからね。権力も一個人に集中してますから、導入も王国や法国よりも簡単ですよ」
ここまで周到に準備しているとなんだか病的だなぁ。いや、冷静に考えたら俺も大して変わらないか。もし一人でこの世界に来る事になっていたら、どれだけ準備しても安心できるとは思えないもんな。
「モモンガさん。もしかしてですけど、監視網って人力でどうにかしようとか思ってませんか? そんなのブラック過ぎますよ。それは最終手段です。そんなやまいこさんみたいな脳筋な事を考えてませんよね」
そんな脳筋な事を考えてました。じゃあ、どうするんだろうか。
「普通に監視衛星とか監視カメラを考えてますけど、ユグドラシルを復活させるにはネットとコンピューターは必須でしょう。なら、この程度の通信技術がないと話になりませんよ。もちろんこれも実現できるか分かりませんけど、代替え技術が開発できるとは踏んでますけど。いざとなればオレのスキルで
もう全部ムササビさん一人でいいんじゃないかな。これ、俺はいらないだろう。いやいや、ムササビさんは現地の人間の力を利用するという事を言っているんだから、それは違うか。
「まあ、その為には現地の言葉に翻訳する所から始めないといけませんけどね」
ああ、そうだった。言葉が通じるから忘れそうになるけど、文字は謎の力で翻訳されてないんだった。
「そういう訳で優秀な人材の確保は欠かせないんですよ。あらゆる分野でね。だからオレ達が直接現地に行くんですよ。これはその辺のリアルの事が理解できるオレ達やユウじゃないと難しいでしょうから。それに娯楽分野の人材も確保しないとね。ユグドラシルでまた遊びたいですしね」
そうだ、ユグドラシルを復活させる為にはクリエイターも必要だよな。確かにこれはナザリックの面々では無理そうだ。ユグドラシルを復活させても、なんのイベントもアップデートもないと面白くないもんな。そういうのを開発できるクリエイターも確保しないとな。どれくらいかかるか分からないけど、楽しみがあると仕事にも張り合いが出てくる。
「さて、そろそろ面接のお時間ですよ。モモンガ様、お父様」
時計を確認すると、後十分ほどで面接の時間だ。途中からユウがあまりしゃべらなくなっていたのは時間を気にしていたからか。そう言えばムササビさんがユウは秘書としても優秀だと言っていたな。やっぱりユウは気が利くんだな。こういう所もムササビさんに似ている。
「では、ボクはユリお姉様を呼んできますね」
ユウは部屋を出ていく時にブンブンとこちらに手を振ってから出ていった。うん、ホントに十代の女の子だ。他のNPCとは違うなぁ。ギルドメンバーに迎え入れて良かった。
ユウがユリを呼びに行った。その後、ユウはリスタと遊ぶのだそうだ。そんな事を〈
娘達はとても仲良くなっている。もっと苦労するものと覚悟していたのだが、相性が良かったのか、ここまで早く馴染むとは思ってなかった。ユウが喜んでいるなら、それでいい。願わくば、これからあるだろうユウの初恋も実らんことを。これは多分、本心……だと思いたい。いや、どうだろうなぁ、オレってドシスコンだからなぁ。まあ、今は目の前の仕事に集中するか。
オレとモモンガさんは長机に並んで座っている。オレ達の前には、少し距離が離れてパイプ椅子が置いてある。ちょうど就活の面接のような感じになっている。
隣に座るモモンガさんの機嫌がすこぶる良い。ユウをギルドメンバーに迎え入れたからだろうな。モモンガさんにとって、アインズ・ウール・ゴウンは特別なんだ。それはオレにとってのユウに等しい。そこに新しいメンバーが加わったのだ。嬉しくないはずがない。アインズ・ウール・ゴウンの一人であるオレが喜んでいるのも、モモンガさんが上機嫌の一因だろうけど。でもねモモンガさん、オレは貴方がアインズ・ウール・ゴウンに新しい人を迎え入れたのが嬉しいんですよ。貴方がアインズ・ウール・ゴウンに対して、妄執のようなものを抱いているのは分かっていますからね。それが緩和されていると言うのなら、一人の友人として、とても喜ばしい。
「ムササビさん、俺達が面接する側なのに、なんだか緊張してきました」
このまま上機嫌で面接を始めるのかと思われたが、後はユリが来るのみという段まで来ると流石に緊張してきたようだ。モモンガさんはすぐ顔に出るからな。冗談で言ったのではなく、本当に緊張しているのがわかる。
「気楽に行きましょう。あんまりこっちが緊張すると、受ける側も緊張してしまいますよ。それにオレ達はあの子達にとって造物主とも言える存在なんですから。多少の、多少じゃなくてもですが、へまをしても大丈夫ですよ」
これからプレアデスと階層守護者を面接して、現地の人類と接する者を選出する。
具体的には王国の潜入員に帝国の潜入員とオレ達のパーティーのメンバーだ。NPC達はパーティーメンバー狙いなんだろうけど。でもこちらとしては、優秀な者には潜入員になってもらいたい。
セバスはすでにカルネ村での実績があるので面接は免除。現地の潜入員になってもらうのは決まっている。人当たりも良いし、そもそもカルマ値が極善だし、礼儀作法も完璧だ。安心して任せられる。やはり見た目は重要だ。ある程度の歳をとっていないと信用されにくいのは異世界でも一緒だった。リアルと現地の人間の価値観に大きな差異はないようだ。それが六大神がもたらした価値観なのか、元々あったものなのか。
守護者統括であるアルベドはナザリックを任せるので、今はまだ外に出す気はない。代わりになる者がいないのでこれは外せない。なので、面接はしない。
ガルガンチュアとヴィクティムはそもそも外に出す気は無いので、この二名も除外する。
これから面接をする者には、どのような褒美が欲しいかを考えてもらっている。これはナザリック外の人材への褒美の参考にする為もある。オレ達へ奉仕するだけで幸せ等や、至高の御方の話を聞かせてほしい等の、ナザリックのシモベしか喜ばないモノは除外するようにと念を押している。
面接中はモモンガさんとオレを、冒険者モモンと冒険者ササビという
面接での他のルールは、本心を偽らずに述べる事、面接の内容は他言しても良い事だ。
まあ、ぶっちゃけると、
部屋にノックの音が響く。ユリが来たようだ。
「さあ、モモンガさん。面接を始めますよ」
――ユリの場合。
ユリの面接はとてもスムーズに進んだ。オレ達との接し方は少しぎこちないけど、気になる程ではなかった。欲しい褒美に関してもティーセット等のお茶会に使える小物と、割と普通の物だった。ただ、ナザリックの物を使っているユリのお眼鏡に適うものは現地にあるかどうかだな。あれだけの意匠を凝らした物を作れる技術力があるとは思えない。オレが〈備品創造〉でリアルの高級品を作って上げてもいいか。3Dデータなら何でもあると言っても過言では無いので、そういう方面では困らない。褒美としてなら、オレ達から何か物を上げるのもありだな。
「ここまでの受け答えは完璧ですね。カルマ値プラス勢は伊達じゃないですね」
オレはユリに聞こえないようにモモンガさんに小声で話し掛ける。
「いいですね、人当たりも柔らかいですし、文句なしですね」
モモンガさんも高評価だ。まだ一人目だ、先は長いし難しい質問をしてみて終わろうかな。
「それでは最後の質問だが一般市民が悪人に襲われている。その悪人の中に現地の人間にしては非常に強い者がいたとする。ただしその悪人の強者はお前に比べて遥かに弱い為、どの程度の能力を持っているかは分からないとする。お前ならどうする?」
さて、ユリはどう出るか。民の安全を優先するか、悪人の退治を優先するか、それともスカウト対象になるかもしれない強者を確保するか。
「そうですね。とりあえずレベルが20程度以上なら死なないと思われる攻撃を悪人に加えてみます。生き残ったならスカウトリストに入れれば良いと思います」
脳筋~! 知的な顔をして知的なメガネを掛けてと外見は完全に知的なのに、こういう所はやまいこさんにそっくりだわ。殴ってから考える。殴った反応で次の手を考える。いや、効率的だし理に適ってはあるんだけどね。オレもエンリを助ける時に似たような事をセバスに命じたしね。時間が無い時はこれがベターなのよね。
「そうか、悪くない手だ。その時はちゃんと死なないように手加減をするんだぞ」
ユリの顔に喜色が浮かぶ。そこまで褒めている訳ではないんだけど、訂正するのも無粋だ。この対応が特に問題がある訳でもないんだし。
これくらいなら現地でも上手くやっていけるだろう。合格だな。これはオレ達のパーティーで使うのはもったいない。ユリには悪いが潜入員になってもらおう。
ユリ、合格。現地で活動決定。
――ルプスレギナの場合。
ユリに引き続きルプスレギナも優秀だ。カルマ値が凶悪だから、もっとアレなのかなって思ってたんだけど。
「どうすっか、モモンさん。私、優秀っすよ。ナザリックの外に行ってみたいっす」
このコミュ力すごいな。オレ達を冒険者として接しろと言ってはいるものの、ユリは若干硬さが残っていたのに、ルプスレギナにはまったくない。隣のモモンガさんにも好感触のようだ。
じゃあ、こういう質問はどうかな。
「カルネ村が襲われて全滅の危機に瀕していたら、お前はどうする?」
「そうっすね。助けを求められたら助けるっすけど、土壇場で裏切るっすかね」
ほう、これがカルマ値凶悪か。さてさて、どこまで影響しているのか。それともルプスレギナの性格か。
「この世界の者とは友好的に接するっという方針は知っているな」
「知ってるっすけど、全滅したら誰にもバレないっすから。あの村には優秀な人間もいないから大丈夫っすよ。あ、でも、エンリとネムだけは助けます。あの二人はムササビ様の物ですから」
ルプスレギナは俺達の心境に気付かず、屈託なく笑っている。後半部分はオレ達と言うより、至高の御方ムササビに向けた言葉のようで、口調と雰囲気が変わったし、一応は考えてはいるんだな。ふむ、ここは話を合わせておこう。
「確かにそうだ。だが、100年先の事を思えば、無駄な人死にを出す事もないだろう」
「そうっすけど、影響を与えない程度の裁量を与えるって言われているっすから。娯楽は大事だとムササビ様も仰っていましたので」
確かにそんな通達はしたけど。でも、そういう目的でしたんじゃないんだよ。この子、計画の趣旨を理解してないな。頭も対応力も悪くはないんだけどな。なんでなんだろう。
「大丈夫っす。ナザリックに敗北は無いっす。至高の御方ならどんな敵にも負ける筈がないですから」
あぁ、違うか、この子はナザリックに対する信頼度が半端ないんだな。オレ達、至高の御方に向ける信頼もだ。だからこその、この思考回路か。
この子は割とストレートな物言いだからわかったけど、他の子も似たような事を考えているかもな。うん、これは収穫だな。オレ達では聞き出せない類いのモノだし、注意して見ておくか。
ルプスレギナは要教育だな。このまま一人では外に出せないよ。とりあえずはユウの護衛につけて様子見をするか。
ルプスレギナ、保留。ユウの護衛につけて様子見。
――ナーベラルの場合。
ナーベラルはカルマ値どうこう以前の問題だった。ユリ、ルプスレギナと続いた幸先の良さが完全に砕け散った。ナーベラルは陽光聖典の隊員の名前を一人も憶えていなかったのだ。それどころかオレ達と一緒に冒険する予定のニグンさんの名前すら憶えていない。いつからニグンさんがガガンボになったんだ。一文字も合ってねえし文字数が増えてるよ。しかも、それだけじゃない――。
「――ナーベラル、この場合はどうする」
「はい、モモンさ――ん、その場合は
「――この場合はどうする」
「はい、ササビさん、その場合も
この様に、時と場合を考えないで気軽に殺そうとする。サーチアンドデストロイである。しかも、とてもキリリとした顔で言うのだ。大陸を荒らし回った魔神をも倒す最上位天使よりも高レベルのナーベラルを世に解き放ったら、この世界に破壊神ナーベラル・ガンマが誕生してしまう。
それと気になるのは『モモンさん』を一度もつっかえずに言えないのだ。なのにオレだけはすんなり言えてる。なんなの、これ。モモンガさんに比べてオレの扱い悪くない? いや、これに関してはナーベラルだけじゃなくて、シモベ全般に言える事だけど。う~ん、モモンガさんよりも地位が低いからかな。でも、そういうのとは違うんだよな。
はあ、ダメだな、ユリは見た目の年齢がオレとそんなに変わらなかったから思わなかったけど、ルプスレギナやナーベラルは20歳前後にしか見えないから、本物の就活生に見えるんだよな。それで、この頓珍漢な受け答えで、礼儀作法は出来てて表情は真面目、……心が痛くなる。ユウが姉と慕っているのだから、もうちょっとしっかりしてほしいと思うのは親のエゴだろうか。
弐式炎雷さんはこういう見た目綺麗系でポンコツなのが好みだったのかな。貴方、ピーキーなビルドを好んでましたけど、女性の好みも落差が激しいのがいいんですか。まあ、彼女はピーキーな性格とは真逆ですけど。むしろナーベラルを姉と慕うユウの方がピーキーな性格をしている。
そういえばユウがナーベラルをナーベお姉様と呼んでいるのは、同じドッペルゲンガーだからと思っていたけど、ユリにもお姉様を付けるんだよな。でも、ルプスレギナやソリュシャンに付けないところを見ると、これはユウの設定を書き込んだ人が作ったNPCに対してだけ、そう呼んでいるんだな。ユウに設定を書き込んだオレを含めた六人は、ユウの中では親も同然なのだろうか。造物主はオレだと言う認識はあるみたいだけど。
「ムササビさん、どうしますか。私はしばらく外に出さない方がいいと思いますけど」
「俺もそう思います」
だと思った。それくらいナーベラルは酷い。この子が同じパーティーだと苦労するのが目に見えている。かと言って、目の届かない所に置くのも、オレとモモンガさんの胃が持ちそうにない。オレの胃は無くなっているけど。いっそ、誰か現地の人間をつけて喋らせずに使うか。例えば、ニグンさんが抜けた陽光聖典とセットで使うとか。竜王国を滅ぼされる前に助けて、あそこの女王に恩も売りたい。真なる竜王と呼ばれる種族しか使えない始原の魔法を行使できるらしいし、その力も手に入れたい。幸い陽光聖典は竜王国に定期的に助けに行っていて面識も土地鑑もあるし、悪くないな。まあ、どっちにしろ、すぐにとはいかないな。
ナーベラル、不合格。要教育及び当分は現地人との接触禁止。
――ソリュシャンの場合。
ソリュシャンの面接は今までで最高だった。あらゆる対応が完璧だった。オレやモモンガさんの意地悪な質問にも的確に答えていた。いや、対応力ならオレ達二人よりも上だな。さっきのナーベラルで生じた疲労が癒される。最後に欲しい褒美を聞く。
「そうですね、子供が欲しいですね。無垢な赤子なら、なお良いですね」
ソリュシャンが欲しいモノは赤ん坊だった。まさかソリュシャンからそんな言葉が出るとは思ってなかった。ソリュシャンは子供が好きだったのか、外見が子供好きそうには見えないから意外だな。
「ソリュシャンが子供を欲しがるなんて意外ですね。ムササビさん」
オレも同じ事を思ってました。ただモモンガさん、貴方、いい歳しているんだから、これくらいの話題で顔を赤くしないでください。子供が欲しいと女性が言うだけで顔を赤くするのは、逆にセクハラだわ。何を想像しているんですか、まったく。ソリュシャンはスライムですから、オレ達が思っているような行為をするか分かりませんよ。それよりもソリュシャンの相手はいるのだろうか。ソリュシャン好みのイケメンスライムを探さないとな。……いやいや、美形のスライムとかいるのかよ。アイツら不定形だぞ。これは良い美不定形なスライムだ、って意味が分からんな。
「赤ん坊か……う~ん、それはちょっと難しいかもな。他にはないか」
「胎児でもいいですね」
「胎児……」
これは思ってたのとは違うんじゃないか。オレとモモンガさんは顔を見合わせる。モモンガさんも雲行きが怪しいのを感じ取ったようだ。うん、なんか、この流れは前にもあったな。確か前はソリュシャンの指を食わされそうになったな。これは完全に
「それをどうするんだ?」
「じっくり丁寧に溶かして楽しみます」
じっくり丁寧に溶かしますって、シチューじゃないんだから。そんな妖艶な顔で言われてもね、恐怖しかないよ。オレ、感性はまだ人間だからね。多分だけど。
モモンガさん、隣で引かないでくださいよ。そんなに顔に出したらソリュシャンなら気付きますよ。いや、まあ、後でフォローしておこう。それはそれとして、だ。
「これはただの好奇心で聞くんだが、胎児を溶かすってどうするんだ?」
ソリュシャンは指を細く変形させて、うにょうにょさせる。はあ~、それで中に入るのか。なんか、すっごい。それを下から入れるのね。これはユウには見せられないな。こんなもん18禁だ18禁。ユウにはまだ早い。
うわぁ~、モモンガさんはドン引きしてる。しかも、聞いたオレにも引いてるよ。いや、ただ気になったんですよ。好奇心が旺盛なモノで。やっぱ、知らない事は気になるじゃないですか。貴方もけっこう好奇心旺盛な方でしょ。
はあ、もうソリュシャンの面接はいいな。合格決定だし。まだまだ面接する子はいるんだから。
「完璧だ。ソリュシャンは現地の潜入員で決定だ。希望はパーティーのメンバーだと思うが、ここは我慢してくれ。では、シズを呼んできてくれ」
ソリュシャンはイスから立ち上がるが、そこから動かずにこちらを見た。やっぱり、パーティーメンバーから外れたのは不満だったのかな。
「その前に、少しだけお時間を
面接が終わっているからだろう、口調が至高の御方に向けるものに変わっている。それはつまり至高の御方としてのオレ達に対して何かがあるのだろう。横のモモンガさんを見ると、心当たりの無さそうな顔をしている。先を
「ムササビ様、ヘロヘロ様と最後のお別れをする機会を与えて下さり、感謝いたします」
ユグドラシル最終日のあれか。そういえばソリュシャンの中ではNPC時代の記憶はどうなっているんだろうか。NPCはリアルに関する事を理解できないようで、リアルに関する単語は知っていても意味は分かっていない。まあ、それを完璧に理解できていたら、自分の行動をプログラムされている時の記憶もあるはずなので、自分達がゲームのNPCとわかるはずだ。それ以外の事柄はそこそこ覚えている事を考えると何かしらの補正がされているのだろう。ユウは
「ヘロヘロさんの部屋で、オレとヘロヘロさんと三人で何をしたか覚えているか。ソリュシャン」
「はい、ムササビ様は私をベッドに押し倒しました。その後、私を弄り回しました」
「ちょっと、ムササビさん。何してたんですか」
「何もしてませんよ。モモンガさんが考えているような事をしたら、バンされるでしょ。運営は18禁に厳しかったんですから。ヘロヘロさんにプログラムを教えてもらっていただけですよ。ベッドで横になるモーションを作っていたんです」
それがこんな風に記憶が変わるのか。これもユウには聞かせられないな。
「その後、ヘロヘロ様が私に覆いかぶさりました。ここをこう弄れば、もっと反応が良くなると仰って――」
こんな風に変わってしまうのか……。これじゃヘロヘロさんが、ただのやべえヤツじゃないか。
辻褄が合うように記憶が改変されているとはいえ、言った言葉自体は全て覚えているのか。――はあ、精神が沈静化した。これは恥ずかしいな。ユウが覚えているのを知った時も精神の沈静化が起きたけど、こっちの方がきついわ。オレ、NPCに話し掛ける人間だからなぁ。独り言を全部聞かれているのと一緒だもんなぁ。ああ、それに鼻歌も聞かれているのか。はあ、なんかシモベ達と会うのが恥ずかしくなってきた。
あ、でも、そうか、だからか。オレとモモンガさんで対応が違うのはそれか。NPC達はオレと数年以上も直接会話をしていたみたいな記憶があるのか。ゲーム的に言えば好感度が上がっている状態、現実的に言えば気心が知れている状態か。もっと直接的に言うと、二人っきりの時に鼻歌を歌うくらいの仲なのか、それは、もう、なんか、ゴッキゲンな至高の御方様だわ。うん、なら、まあ、こうなるわな。逆にモモンガさんはほとんどNPCと絡まなかったから、オレと比べてNPC達の距離があるのか。怪我の功名だわ。精神の沈静化が無ければ致命傷だったけど。はぁ、オレの独り言どれだけ覚えられてんだろうな。みんなの忠誠心やオレ達に対する崇拝ともいえる感情を考えると、一言一句覚えてるだろうな。オレはもちろん覚えてないぞ。オレは一体何を口走りながら作業をしていたんだろうなぁ……考えてもしょうがないし、切り替えよう。何を覚えられていたとしても、至高の御方を崇拝している事には変わりないんだから、大丈夫だろう。これ以上考えていると精神の沈静化が起きそうだ。
ソリュシャン、合格。王国に比べて重要度の高い帝国での潜入活動決定。
――シズの場合。
シズに関しては初めから結果が決まっているようなモノだったので、モモンガさんが主に面接をしている。この子とエントマに関しては正直、使う場所を決めあぐねている状態だ。この二人の面接はプレアデスと守護者全員を面接するという形を整える為みたいなもんだからな。予想を上回っていればどこかで使えるかもしれない、そんなのがあればラッキー程度だ。
面接に呼んでおいてなんだけど、会話が持たねえ。まあ、モモンガさんも面接する機会なんてなかっただろうしね。でも、これから先を考えたらオレもモモンガさんも色々な経験を積んでいた方がいい。
オレもモモンガさんから色々学習しないといけない。特にPVPに関してだ。オレはPVPにおいて、モモンガさんの天敵のようなものだけど、モモンガさんもオレの天敵のようなものだから、有意義な物になるだろう。オレ達はどんなプレイヤーが現れても対応できるようにしないといけない。
う~ん、シズがほぼ一言しか返さないから間も持たないな。至高の御方が相手じゃないと、こんな対応なのね。オレと話している時はもっと口数が多いから、ここまで重い空気になるなんて思わなかったな。モモンガさんには悪い事をしたな。
モモンガさん、困った顔でこっちをチラチラ見ないでください。貴方がシズの面接をするって言いだしたんでしょ。オレは助けませんよ。それとこれとは話が別です。それにシズは普通に話すなら、けっこう可愛らしくて、表情は乏しいけど感情は豊かなんですよ。だから打ち解ければ大丈夫ですよ。
シズはカルマ値も性格も悪くないんだけど、コミュ力が難点だな。それにこの子の頭の中にはナザリックのギミックと解除方法が全部入っている。外に出すのは完全な勢力圏になって安全を確保してからになるかな。
人の形をしているだけでも貴重だから、現地で使いたいんだよな。帝国か法国で銃の使い方の指導とかかな。
そうだ、陽光聖典に銃の扱いを教えるか。この世界の人間はオレ達とは違い、修めている『
オレがあれこれ考えている間もモモンガさんはシズの相手に四苦八苦していた。普通に話すだけなら、ここまでならないんだろうけど、面接って事で気を張ってるからかな。こういう口数が少なくて表情の変化に乏しいとコミュニケーションが難しいですよね。でも、このタイプは慣れたら楽なんですよ。
小さい頃の
困っているモモンガさんには悪いけど、シズの知らない一面を見れたし収穫はあったな。
そう言えばユウに一円シールが張られた時はビックリしたな。うちの娘が大安売りだ~って思っちゃったもんな。オレのローブの裾にも貼られてたし。そのままだとシズがユリに怒られてしまうだろうから、裏側の見えない所に貼り直している。ちなみに今着ているローブの背中の裏側にそのシールがある。オレとシズだけの秘密だ。
さて、そろそろ時間だし、切り上げて次に行くか。モモンガさんのテンパりも頂点に達しているしね、
プレアデス最後の面接はエントマである。
忌憚のない意見を言えば、オレはエントマが苦手である。厳密に言うと虫が苦手である。
――エントマの場合。
甘ったるい声と話し方以外は他のプレアデスと同様、完璧な礼儀作法だった。ちなみに欲しい褒美は人間だった。もちろん食用。肉質は柔らかい方が良いらしい。それってつまり子供の肉って事でしょ。まさか柔らかい肉ってデブの脂肪と言う訳じゃないだろう。ナザリック、マジ悪の組織。
「何か、現地でやってみたい事はあるかい?」
「はいぃ、そうですねぇ。巣を作りたいですねぇ」
現地で巣作り。響きがやらしいな。下らない冗談は置いといて、どこかで作れるように考えておくか。悪人が相手なら捕食するのもいいかもな。
そんな他愛無い事を考えているとエントマの裾からゴキブリが
え、ちょ、ちょっと、オレ、ゴキブリだけはマジでダメなんですけど。
ヤツはカサカサとこちらに向かってくる。ガタっと、椅子から立ち上がる。ひぃ、一直線に向かってくる。ちょ、ちょ、ちょ、マジ、止まって。――あ、精神が沈静化した。ふう、ここは冷静に対処だ。
「〈
ゴキブリは死んだ。
「ちょっと、ムササビさん。いくら苦手だからって、ゴキブリ相手に第八位階魔法はどうかと思いますよ」
「冷静に考えて、一番無難な倒し方かな、と」
「ハハハ、そんな真顔で言っても、全然冷静になれてませんよ」
笑われてしまった。苦手なモノはしょうがない。三十路手前の男がゴキブリ一匹で慌て過ぎたな。この場にユウが居なくて良かった。ゴキブリがダメなのは知られていても、こんな
オレは何事も無かったように立ち上がった拍子に倒れた椅子を直して座る。エントマがこちらをじっと見ている。仮面だから表情が読めない。オレの失態に驚いているのか、オレが怒ると思っているのか。
「エントマよ。恐怖公の眷属を食べるのは止めはしないが、それを外には持ち出すのを禁じる。
エントマは少し戸惑った後「はいぃ、分かりましたぁ」と返事をした。面接が終わってないから、冒険者ササビに対して返事をしたのだろう。こんな状況でもちゃんと設定に即した行動をとれるのは評価できるな。恐怖公の眷属を外に出さない事を厳守してもらえれば他に言う事も無いので、ここで面接を終わらせる。エントマは次の面接者であるシャルティアを呼びに行った。
う~ん、エントマはな~。どうしようかな。見た目に難があるんだよな。人型だけど、顔が仮面だし、どう見ても子供だし。人の中で運用するのは難しい。さて、どうしたものか。これはいっその事――。
「よし、エントマを倒すか」
「ええ! そんなに怒らないでくださいよ、ムササビさん。許してあげましょうよ」
「いやいや、違いますよ。ちょっと現地での使い方を考えていたんですよ」
これはデミウルゴスと相談だな。
さて、次から守護者だ。初めはシャルティア。ユウとは『ぺったん娘同盟』なるモノを組んで仲良くしてもらっている。と言うか、ナザリックの皆から好かれている設定があるユウだが、シャルティアとはそれを差し引いても仲が良い。そもそもの性格が合っているのかもしれない。
――シャルティアの場合。
シャルティアはおバカだった。思っていた以上に酷かった。これは面接して良かった。最後に欲しい褒美を聞く。
「シャルティアはどんな褒美がほしいんだ?」
「はい、ムササビ様の寵愛がほしいでありんす」
シャルティアの何気ない全開好き好きオーラがオレに襲い掛かる。面接中のオレはムササビじゃなくてササビでしょ。て、言うかオレら関係以外だって言ったじゃん。もう、ホントにおバカなんだから、この子は。
「はっはっはっ、ササビさんはモテますね」
モモンガさん、他人事みたいに言ってますけど、貴方がアンデッドのままだったらシャルティアの愛を向けられていたのはソッチだったんですからね。そうなったら、アルベドとシャルティアで争いが起きていたかもしれないんですよ。と言うか、これオレだからモテてるんじゃなくて、高レベルのアンデッドだからですからね。ネクロフィリアのシャルティアにとって高レベルアンデッドが好みのドストライクなだけですよ。決してオレ自身がモテているんじゃないですから。そんなので喜ぶ程オレはもう子供じゃないです。でもシャルティアはとても可愛いから、高校生くらいならヤバかったかな。例えそれが、俺達の絶望のオーラⅤをくらって下着を濡らす変態でも。
面接が終わった変態は退出していった。おっと間違えた、シャルティアはコキュートスを呼びに行った。
ここからはモモンガさんとの意見交換だ。
「モモンガさん。どうでした、シャルティアは」
「そうですね。まあ、端的に言うと――」
「「バカですね」」
ハモった。モモンガさんなら多分そう言うと思ってましたから、タイミングを合わせてみたが上手くいった。
でもモモンガさんは報告書を詳しく読んでないから知らないと思いますけど、シャルティアって割と真面目ですよ。ちゃんと巡回してますし、シモベの意見の取り纏めもしてますし、報告もしっかりしてますよ。おバカですけど、報告書の内容はちゃんとしてますからね。それこそ情報管理のしっかりしているリアルで働いても、十分やっていけるレベルのちゃんとした文章を出してきますよ。
情報管理と言えば、ニグンさんやリスタの話を聞く限り、法国の情報管理もしっかりしている。これはリアル由来の管理術かもしれないけれど。それから考えるとニグンさんが所持していた
「シャルティアは外には出せませんね。〈血の狂乱〉もありますし」
モモンガさんはため息交じりにそう言った。
「そうですか。オレはむしろ〈血の狂乱〉をどの程度まで制御できるかを、死を撒く剣団を使って見るのも手だと思いますよ」
ペロロンチーノはシャルティアに〈血の狂乱〉を発動させるのが前提の戦術を組んでいた。NPCがどこまで造物主の影響を受けるかは分からないが、そういうのはどうなるのだろうか。オレの予想では、NPC達は造物主の望みを最優先に実現するように動いている。なら、こういう場合はどうなるのだろうか。ぶっちゃけると〈血の狂乱〉をどれほど制御できるのか、それを発動させずに戦闘をこなせるかの確認もしておいた方が良いと思う。
もしも〈血の狂乱〉が発動してしまっても、
「確かにそれも一理ありますけど、今する必要がありますか。その死を撒く剣団っていう野盗くらいなら死んでも惜しくはありませんけども、やっぱりリスクの方が大きいと思います」
「そうなんですけどね。まあ、なんて言うか。オレ個人としても、経営者としても、上に立つ人間としてもですね、役職に見合わない小さくて地味な仕事をちゃんとやっている者には、やりがいのある仕事を振りたいんですよね」
「う~ん、それは俺もそう思いますけど、それでもちょっとリスクにリターンが見合ってない様に思うんですよ」
このあたりは主観によってしまう。モモンガさんは従業員的な物の見方で、オレは経営者的な物の見方をしている。リスクヘッジ重視かリスクテイク重視か。どっちも正しいから答えが出ない。なのでここは、どちらがよりよいプレゼンをするかに掛かっている。
「それにですね、面接が始まる前に話した科学を発展させて兵器を開発するプランも上手くいくとは限りませんから。百年後に対する計画が軌道に乗るまでは、取れるリスクは取っていった方が良いと思うんですよ。なので、ユウのアクシデントに対応する訓練も兼ねて、シャルティアを護衛に付けるって言うのはどうですか」
「まあ、確かにまだプランが上手くいく保証はないですからね。あの二人もとても仲が良いみたいですし。ユウも仲が良いシャルティアと外に行くのは喜びそうだけど」
さっそくモモンガさんが揺らいでいる。モモンガさん、ちょろい。これはもう一押しでいけそうだ。
「それにシャルティアなら、仮にワールドチャンピオンが相手でも全員を撤退させるくらいなら出来ますから、より安全を確保できますよ」
「もう、わかりましたよ。そこまで言われたら、反対なんてできませんよ。私も真面目に仕事している人には報いたいですからね。やっぱり、恩には恩で報わないとですね」
モモンガさんが折れた。まあ、そもそもモモンガさんも、そこまで反対する気もなかったようだから、譲ってくれたんだな。
シャルティア、〈血の狂乱〉の制御実験及びユウの護衛。
――コキュートスの場合。
コキュートスが巨大なパイプ椅子に腰かけている。この椅子はオレが作成したものだ。面接は流石は武人と言うもので問題はなかった。最後に欲しい褒美を聞く。
「――モモンガ様ノ御世継ギガ欲シイデス」
「世継ぎ、か」
「ハイ、世継ギデス」
なるほどな、コキュートスの設定から考えたら不思議はない。それにしてもモモンガさん、コキュートスが世継ぎが欲しいと言う度にお尻を浮かせるの止めてもらえませんか。笑いそうになるんですけど。まあ、武人建御雷さんはコキュートスに「ウホッ、良イ骨」なんて言わしていましたから恐怖を感じるのは分かりますけど。大体、今は骨じゃないでしょ貴方は、それに子供も産めないでしょう。まあ、確かにコキュートスに襲われたらひとたまりも無いでしょうけど。男色で蟲姦なんてどこに需要があるんですか。業が深すぎますよ。
「それは少し褒美の趣旨とは外れているな、他に何かないか」
「デハ、
「う~ん、それも訓練の一巻として実施する予定だし、他はどうだ」
「……軍ヲ率イテミタイデス」
「軍……。そうか、軍か、それはどうしてだ」
「武人建御雷様ガ別レノ餞別ニト幾ツモノ兵法書ヲ授ケテ下サイマシタ」
コキュートスがインベントリから一冊の本を取り出した。それには『誰でも分かる六韜三略』と書いている。そういえば武人建御雷さんが引退する時コキュートスに沢山の本を上げていたな。
「武人足ル者、兵ノ
そうか、コキュートスにやる気があったのは
100年後に来るギルドを封殺できなかった場合、やはり野戦を想定しないといけない。そうなると軍を率いる者がいる。アウラを据えようかと思っていたけど、動かせる軍は多いに越した事はない。これはデミウルゴス案件だな。コキュートスはデミウルゴスと一緒に使うのは決定しているのでちょうどいい。どう考えても、コキュートスは人の街では使えないもんね。
それはそれとして、どれも褒美とは言えない物ばかりだ。こっちでサムライっぽいモノでも考えておくか。武器とか領地とかかな。それこそ、世継ぎか。この世界にコキュートスの交配できる種族とかいるのかな。虫の苦手なオレとしてはあんまり考えたくないけども。
「それも褒美とは言いにくいな。まあ、今回は漠然とした指示だったからな。こちらでも何か考えておこう。モモンガさんの子供は、大陸の支配がある程度進んでからになるだろうな。アルベドの手が子供にいっては計画に支障が出るかも知れないからな」
いや、でも、世継ぎか。もしかして法国が他の国よりも英雄級が多いのは、プレイヤーの血が混じっているからかもしれないな。それなら『青い血の繁殖計画』は少し修正するか。モモンガさんの精神の安定の為と戦力増強の為の計画だったけど、現地の人間との間に子供を作れば、レベル的に優秀な人間が増えるかもしれない。家族がいると精神の安定が段違いだからな。身体面で死ぬ事がほとんどなくなったオレ達にとって心のケアが一番重要だ。精神力は無限だと言う人間がいるが、精神力が無限なら過労死などないのである。仮に精神力が無限なら、過労死する前に仕事を辞める判断能力が残っているはずだし、肉体の限界も認識できるはずなのだ。むしろ、肉体の限界を超えて働き続ける事をもって精神力が無限だと言う者もいるが、結局それで死んでいるのなら、それは有限だった証左だろう。無限の精神力で死なない判断を下せばいいだけなのだから。それが出来ないのは精神力が有限で消耗するからに他ならない。なら、肉体が無限と変わらなくなったオレ達が、精神を摩耗してしまえばどうなるか。判断力が低下して認識能力が無くなれば、それはナザリックの皆にさえ危険が及ぶ事になる。それはオレにとって死よりも恐ろしい地獄だ。そして、それはモモンガさんも一緒だろう。
オレ達にとって一番の敵は、百年毎に現れるプレイヤーではなく、オレ達自身なのだ。
「次はとうとうアウラとマーレの番か」
コキュートスが退出した後、モモンガさんがため息交じりに呟いた。
「モモンガさん、分かってますよね。いつまでもアウラと微妙な距離が開いたまま、という訳にも行きませんからね。オレ達もナザリックを空ける事が増えてくるんですから。その前に地盤を固めておかないと。昨日も散々練習したでしょ」
「そうですね。あんなに練習したんだから大丈夫ですよね」
モモンガさんは苦笑いをして答える。あのねモモンガさん、子供が相手ですよ。そんなに気張ってたら相手が怯えてしまいますよ。モモンガさんは子供嫌いではないと思うんだけど、リアルでは子供と触れ合う機会なんてあまりないからな。まあ、大丈夫か。なんだかんだ、モモンガさんならちゃんとやってくれる。そうじゃない人なら、オレはリスタの話を聞いた時に、貴方を誅殺する方向で進めていましたよ。ユウの安全の為に。
この世界で一番の敵は、オレ達自身なのだから。
――アウラとマーレの場合。
緊張した様子のアウラとマーレは並んでパイプ椅子に座っている。子供が大人の表情を窺っているのを見るのは、あんまり気分の良いものではない。特にアウラがモモンガさんに向ける、少し怯えた目が
アウラとマーレをざっと、面接をした結果、分かった事は守護者の中で一番の常識人と言うか、一般人に近い感性なのは、この二人かもしれないと言う事実だった。それでも、そこそこかけ離れているんだけどね。
欲しい褒美もアウラが新しい魔獣で、マーレは植物系モンスターだった。要するにペットと言ったところだろう。子供っぽくて癒される。何かいいのが居たらお土産にしよう。
この後に本題も残っている事だし、面接は終わりにする。
「あの、なんで私達は二人一緒だったんですか」
アウラは遠慮がちに疑問を口にした。
「汝らに与える仕事はすでに決まっているからだ。これは代えが利かぬ」
「僕達にしかできない……仕事ですか」
マーレが答える。これはアウラが発言を譲ったと見るべきだろう。こういうさり気なく気が利く所がぶくぶく茶釜さんっぽいなと思う。なんというか姉御肌と言ったところか。
「アウラには今までと変わらず森――トブの森と言うのだが、その探索を続けてもらう。先の通達の通り、社会性のある種族とこの世界基準での強者の発見と監視だ。マーレには拠点をいくつか作ってもらう。具体的な内容に関しては、アルベドやデミウルゴスと相談しながら進めていく形になる」
どちらもこの二人にしかできない。他の誰かが出来たとしても、今現在この二人を、人間に接触させるのはよろしくない。話を聞く限り、人間の世界ではエルフは奴隷階級のようなのだ。そういうのには、まだ触れさせたくない。いずれは軍を率いさせようという外道が言う事ではないけれども、やっぱり教育に悪い。出来ればもう少し後で、と思ってしまう。それはこの二人がぶくぶく茶釜さんの子供同然の存在と言う事もある。仮に赤の他人の子供でも、それをしてしまえば人では無くなってしまうだろう。身体が人では無くなってしまったのに、人の心まで無くしたくはない。
隣のモモンガさんが口を開く。
「アウラ、マーレよ。私とぶくぶく茶釜さんなら、どちらについていく」
アウラもマーレも答えあぐねている。本人を前で答えあぐねたら、ぶくぶく茶釜さんについていくと言っているような物なんだけど、この辺は子供だな。じゃあオレも、モモンガさんの話に乗っかってあげますか。すぐに本題に入るのもなんですしね。
「なら、我とぶくぶく茶釜さんなら、どうだ」
「「ぶくぶく茶釜様」」
即答である。
しかも食い気味である。
本人の前でそんな事を言うと傷つくんだよ。この辺も子供だね。オレはそんな事を気にするほど子供もないので、逆に微笑ましい。なんというか、小さい頃の
隣のモモンガさんは二人の即答に面食らっているようだった。子供の言動を真に受けてもしょうがないですよ。子供は機嫌は山の天気より変わりやすいですからね。
さて、モモンガさん。そろそろ本題に入ってもいいと思いますよ。オレは肘でモモンガさんをつつき、合図を送る。モモンガさんはちらりとオレを見て、話し出した。
「あ~、アウラよ。デミウルゴスやアルベドが言っていたぞ。私に殴られた所を触るのが癖になっていると」
「え、えっと、それは」
可愛そうなくらいアウラが小さくなる。それを見て、モモンガさんは慌てて次の言葉を継ぐ。
「いや、責めている訳ではないのだ。アウラよ、これはアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターであるモモンガではなく、ただの一個人のモモンガとしての言葉だが、良く聞いてほしい」
かたいわ~。モモンガさん、かたいよ。緊張がアウラにまで伝播しちゃって、今度はカチカチになってますよ。でも、ここでオレが口を出したら意味が無いので見守ろう。モモンガさんなら大丈夫、多分。
「アウラが私を恐怖状態にした事を気に病んでいるのは知っている。私がどれだけ気にするなと言ってもそれは無駄だろう。それとお前に会う時に、少しよそよそしい態度になってしまうのはだな。それは、その、今の私が弱体化しているのは知っているだろう。それに私が元人間だと言う事も知っているな。今の私の知能と精神は人間の頃と変わらなくなっているのだ。だから、その、あのアウラに恐怖状態にされた記憶が
モモンガさん、口調は至高の御方なのに話の内容が素になってますよ。もう何が言いたいやら。オレはモモンガさんに
『もっとスパッと言って下さい。これじゃ何を言っているのか分かりませんよ』
モモンガさんの動きがピタッと止まってしまった。ちょっと、この人、小心者過ぎない。アウラが不審がって「モモンガ様」とつぶやく。それに反応して、モモンガさんは咳払いをした。
「アウラよ。私が何を言いたいかと言うとだな。私はもっとアウラと仲良くなりたいのだ。まだ私はお前の姿を見ると一瞬止まってしまうかも知れないが、それはアウラのせいではないのだ。私の精神がひ弱な人間に戻ってしまったからなのだ。これはただの反射のようなものなのだ。だから、どこかで私を見かけたら、そのような事を気にしないで話し掛けてくれないか」
「はい! モモンガ様!」
アウラは元気な返事を返した。うん、これでアウラは大丈夫だな。ただ、モモンガさん。色々喋ってましたけど「私はもっとアウラと仲良くなりたいのだ」と言った時からアウラの表情は輝いていましたから、そこから先のセリフはいらなかったかもしれませんけどね。
それはそれとして。オレは隣で一仕事終えた顔をしているモモンガさんの脇腹を肘でつつく。オレに促されたモモンガさんは立ち上がり、アウラの前まで歩いていく。モモンガさん、せっかくなんですから最後までしますよ。それに子供にはスキンシップが必要ですからね。
「あの、モモンガ様。どうかしましたか?」
モモンガさんは、椅子に座ったまま見上げるアウラを抱きしめる。アウラは顔を真っ赤にして慌てている。そのアウラの頭をモモンガさんはなでる。その隙にオレはマーレを抱っこする。これくらいの子供は兄弟に嫉妬しやすいですからね。まあ、人間の子供だったらだけど。設定上はオレ達よりも倍以上アウラとマーレの方が年上だけどね。でも、この二人の振る舞いは子供のそれなので、見た目通りの扱いをしても良いだろう。
さて、オレも仕事をしますか。
「マーレよ。お前が我の腕を折った事は我の
そう言ってマーレの頭をなでる。髪がサラサラだ。モモンガさんもアウラをギュッとしてナデナデしたし、これでアウラと話すハードルも下がるだろう。……て、言うかモモンガさん。何時までなでているんですか。いや、アウラが嫌がってないからいいんですけど。これ、もしかしてモモンガさん、やめ時が分からない感じですか。まったく、あの人は。それとマーレ。アウラを羨ましそうに見てるけど、オレも今、同じ事してるよね。モモンガさんの方が良かったの。オレの扱いが軽いんじゃなくて、オレの価値が軽いのかもしれないな。まあ、いいや。これくらいの子供ってこんなんだもんね。
「マーレよ。お前もモモンガさんにギュッとしてもらうが良い」
「え、でも……」
「これは命令だぞ」
戸惑うマーレにオレはウインクをして言った。マーレにしては珍しく元気の良く返事をしてからモモンガさんの元に走り寄って行く。早いよマーレ。一瞬じゃん、なんの
「アウラよ。ニグンさんに殺意を向けるのは止めるように。
アウラからの返事がない。これは聞こえていないのだろうな。まあ、いっか。こんなに子供が良い顔してるんだ、邪魔をするのは無粋と言うもの。後から業務連絡として伝えればいいさ。しかし、良い話風にまとまったけど、
アウラとマーレは存分にモモンガさんの感触を堪能した後、次の面接者であるデミウルゴスを呼びに行った。
さて、ここまでの面接はおまけみたいなものだ。それでも収穫は十分にあった。だけど、ここからがこの
デミウルゴスの知恵は100年先を考えれば、必要不可欠だ。だが、デミウルゴスは先回りをして用意するのが自分の役割だと思っている節がある。止めろと言えば止めるだろうが、それを止めさせてしまえば、オレ達よりも遥かに優秀なデミウルゴスの良さが死んでしまう。何よりも、
だからオレ達はデミウルゴスに理解してもらわなければいけない。カルマ値が極悪のデミウルゴスでは、オレ達と思想が根本的に異なる。この差を埋めなければいけない。この面接でカルマ値による影響も大体把握した。カルマ値が極悪だからと仲間に対して敵対的でもなく、カルマ値が極善だからと言って、敵に容赦がある訳でもない。となると、ルプスレギナの例からもわかる通り、これは中立者に対するスタンスの違いなんだろう。もちろん、それだけではないが。
「本当にしなければいけないんですか?」
「モモンガさん、人類史上大陸を友好的に支配した者なんて存在しないんですよ。これは武力があればなんとかなる類いのモノではないんですよ。知恵が必要なんです。人知を超えた頭脳が必要なんです。そんな偉業はチートでも使わないと不可能です。つまりデミウルゴスの能力は必要なんですよ」
「そうですけど、でもですね。ナザリックの皆が人間をどう思っているかを考えると、大丈夫なのかなっと不安になるんですよ。最悪、デミウルゴスが反旗を
「その為の計画でしょう。昨日散々打ち合わせしたじゃないですか。大丈夫かなじゃなくて、何とかするんですよ」
勝負所だ。これが成否で百年後が決まる。リスクを取る価値は十分にある。その為の秘策も用意してある。アウラとマーレの反応から見ても、オレの狙い通りだった。NPCにとって自分の造物主が一番なのだ。なら、それを利用するしかないだろう。リスクがあったとしても。
「モモンガさん、覚悟は良いですか。デミウルゴスに
デミウルゴスを抱き込むにはこれしかない。さあ、正念場だ。オレ達の力でデミウルゴスを抱き込む。自分よりも優秀な者をどう使うかが、経営者の腕の見せ所だ。
この話を楽しみにして下さっている皆さま、申し訳ありません。更新が大変遅くなりました。次回はもっと早く更新出来ると思います。
この作品は位階魔法習得7レベル刻み説と冒険者3レベル刻み説を採用しています。
独自解釈及び補足 ニグンのレベルについて
この作品では、原作中のアダマンタイト級冒険者の評価で、弱いもしくはアダマンタイト級を疑問視されている者はレベルが22~24、強いもしくは文句なしと称されるのはレベル25~27としています。これより強ければガゼフ級=レベル28、英雄級レベル29~としています。ニグンは英雄級が大勢いる法国で戦闘を担当する特殊部隊隊長をしている事と難度83相当のギガントバジリスクと戦える事から考えて、強いアダマンタイト級はあるだろうと25以上を想定しています。身体も鍛えていて、野外での活動をメインとしている為、身体能力がレベルの3分の1の戦士に相当する系統の魔法詠唱者ではなく、身体能力がレベルの半分の戦士に相当する系統の魔法詠唱者を想定しています。
次回は本当にウルベルトさんの事をバラします。デミウルゴスを抱き込む布石は今までの話で打っています。なので肩透かしな内容にはならないと思います。
ユウのギルドメンバー入りも出来るだけ違和感が無いように布石を打ってきましたがどうでしょうか。
このユウのギルドメンバー入りは鈴木悟救済ルートにおいて重要な役割があります。それの一端が表れるのは数話先になる予定です。
次回題名は『デミウルゴスと一緒に話をしようと』です。