元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

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前回のあらすじ


モモンガ、ユウをアインズ・ウール・ゴウンのメンバーに迎え入れる。
ムササビ、ゴキはダメ、絶対。
ユウ、美少女扱いでご満悦。



ニグン、ユウに羽交い絞めにされて銃で撃たれる実験をされる。結果は痛い。


13 デミウルゴスと一緒に話をしようと

 面接を受ける為にデミウルゴスはムササビが作った会議室の前まで来ていた。

 この部屋はデミウルゴスでは知る由もない『りある』にある会議室を()して作られている。この非常事態に態々(わざわざ)ムササビが作らせたのだ。至高の御方の中でも知恵者として知られるムササビがだ。そこに何かしらの意味があるに違いない。

 ナザリックのシモベの中において、ムササビの知恵に疑問を(てい)するものはいない。例え、その至高ともいえる叡智(えいち)がいささか失われていようとも。モモンガの叡智は失われてしまった現在において、ムササビの知恵を超える者はこの世に存在しないのだ。さらにムササビにはナザリック一の知恵者であるデミウルゴスですら知らない『りある』に()る知識を数多く有している。知恵のみならず知識さえも超える者はいないのだ。正に知の頂点に立つ人物だ。だが、そんな至高の存在であるムササビと、昔はムササビと変わらぬ知をもっていたモモンガが、今はデミウルゴスの方が上だと事ある毎に言うのだ。

 それをデミウルゴスは期待だと解釈している。もっと上を目指せと言っているのだ。だからデミウルゴスはさらに上を目指す。そう望まれるから。

 ゆえにデミウルゴスは考える。()()()()()()()()()()()()()()()()、この意味を。知の体現者のごときムササビが態々(わざわざ)そう通達したのだ。そこになんの意味も無いと思うほどデミウルゴスは愚かではない。この異世界に来てからの短期間に、態々(わざわざ)と形容できる事を繰り返しているのだ。そこに意味が無いと思う者は知恵者でなくても、そうはいないだろう。これを解き明かさなければ、デミウルゴスはナザリック一の知恵者を名乗れないと考えていた。だが、仮説はいくつも思いつくものの、そのどれもが決定打に欠けていた。今のデミウルゴスではムササビの深謀を読み切る事が出来ない。

 何か参考になるかと面接を終えた者達の話を聞いていたが、そのどれもがごく普通の内容だった。結局、一番有力な答えの補強程度にしかならず、やはり確信を持てるまでには至らなかった。

 デミウルゴスは至高の御方の期待に未だ応えられていない。

 重い気持ちのまま、デミウルゴスは会議室へと入る。

 この会議室を見ても、『りある』は機能美に溢れているのが分かる。どれも洗練されている。これが百年以上前から存在していて、『りある』には珍しくもないありふれたものなのだ。それだけで『りある』がどれだけ進んだ世界だったのか分かると言うものだ。ただ、美術的には何とも味気ない。面白味が無いと断じても良い。そこには余裕を感じられない。これだけでも『りある』が過酷な世界である事が見受けられる。

 しかし、その反面でデミウルゴスは期待もしていた。『りある』の一部を再現した、この部屋を作った意図の一端がこの面接で分かるだろうからだ。ムササビは大変なイタズラ好きであり、サプライズ好きでもある。この面接でも何かあるに違いない。いったいムササビがどんな知を見せてくれるのか。それに期待しないシモベなど存在するはずがないのだ。

 色々な感情がない交ぜになったデミウルゴスが席に着くやいなや、モモンガから声を掛けられる。

 

「デミウルゴスよ。お前の面接は終わりだ」

 

 デミウルゴスは、なるほどと心の中でつぶやく。これで確信を得る。この面接の意味と()()()()()()()()()()()()()()()()と言う通達の理由を。

 

「その顔は我の考えが分かったようだな。流石はデミウルゴスだ、話が早い」

 

 今度はムササビに声を掛けられたデミウルゴスは、少しは期待に添えられた事を心の中で喜ぶ。

 

「この面接自体がカモフラージュ、という訳ですね」

 

 デミウルゴスの言葉が予想した通りだと言わんばかりにムササビが微笑む。それに心が満たされる。

 

「早速だがデミウルゴスよ、お前に質問がある。このナザリックの防衛において、お前達シモベが担っている部分を除いた、所謂(いわゆる)ギミックや構造の中に一つ大きな穴がある。どこだか分かるな?」

 

 デミウルゴスは、この質問を何時ものジョークだと考えた。ムササビはこの(たぐ)いのジョークに限らずユーモアを良く口に出す。それに、この質問をする為にカモフラージュを施してまで、この場を設けたとも考えにくい。

 

「御冗談を。至高の御方々が御創りになられた、このナザリックに穴がある筈など――」

 

 デミウルゴスの言葉をムササビが(さえぎ)る。

 

「いや、あるのだ。デミウルゴスなら分かるだろう」

 

 これは冗談で言っているのではないとデミウルゴスは理解した。現在ナザリックには課題が山積みされている。その中の重要な案件の一つにナザリックの防衛力がある。百年先とは言え、必要になるかも定かではないとは言え、それでも現状、至高の御方を満足させる防衛力に達していない。

 これに答えねば、知恵者のシモベとして生み出された意味が喪失(そうしつ)してしまう。ナザリック内に関した、知りうる限りの知識を動員する。

 いや、そんな事をしなくても、()()()()()()()()()()()()。ただ、それを述べるにはあまりにも()()である。そんなマネをする者はただの愚か者だからだ。だから、そこには何かしらの理由があると考えていた。しかし、それが財政やその他の理由ならば、やはり愚かだとしか言えなかった。それは他のモノを削ってでもするべき、優先されるモノだからだ。つまり、それを指摘するのは、それをした者は愚か者だと言うに等しい。そして、それをした者は間違いなく至高の御方であり、許可したのは至高の御方の過半数に他ならないからだ。アインズ・ウール・ゴウンでは多数決が取られていた為、これは確実である。つまり、至高の御方の過半数以上が愚か者と言うに等しい。天に(つば)する行為なのだ。しかし、この異世界に来て、初めの忠誠の儀にて発せられたムササビの言葉を思い出す。

 『我々は例え不敬だろうと、その真意を重視する』。

 これは試されているのだ。あの時の様に。

 

「……玉座の間へ続く扉、でございますか」

 

 デミウルゴスは声を絞り出す。デミウルゴスには永遠にも思われた沈黙は、現実にはただの一拍に過ぎず、何事もなくムササビが話し出す。

 

「そうだ、流石はデミウルゴスだ。では、その場所にトラップが無い理由は分かるか」

 

 デミウルゴスには見当もつかなかった。ワールドアイテムでもある玉座も鎮座しているナザリック最深部の、唯一の入口である扉にトラップが無い理由。至高の御方々がそうお決めになられた理由。そこには計り知れない理由があるはずだ。その前には『ソロモンの小さな鍵(レメゲトン)』と呼ばれる半球状の大きなドーム型の部屋がある。至高の御方と同等の能力をもった12人ものプレイヤーを退けられるほどの部屋。ここを抜けられたとしても、多大な被害を負っただろう侵入者達を迎撃するには最高の場所が、その至高の御方自らが穴だと言う扉だ。そんな場所に何のトラップが無い理由などわかるはずも無い。そこになんの合理性もありはしないのだから。

 いくら熟考しようとも、デミウルゴスには答えが出なかった。

 

「いえ、私には……」

 

「そうか、今の汝には分からぬか」

 

 ムササビの言葉にデミウルゴスは今すぐ消え去りたくなる。発せられた言葉には失望こそ含まれてはいなかったが、それでも知恵者として理由を聞かれて(こた)えられないのは恥だ。この身を御身の前にさらしているのが、罪にすら感じる。

 

「落ち込むことは無いぞ、デミウルゴス。あの扉にトラップを仕掛けない事を決めたのは汝の造物主、ウルベルト・アレイン・オードルさん、その人なのだからな。『悪の親玉らしく、奥で堂々と待ちかまえるべきだろ』と言ってな」

 

「ウルベルト様が!」

 

「そうだ。これこそがウルベルトさんが目指した『悪』なのだ。どうだ、汝が考えている『悪』とはかなり違っているのではないか。この『悪』を理解できるか」

 

 これが『悪』である理由。デミウルゴスはいくら熟考しても答えが出なかった。

 

「……わかりません。何故、そのような事をするのが『悪』なのか、理解できません」

 

 デミウルゴスは今すぐに自らの命を断ちたかった。喉までその許可を求める言葉が上っていた。このような者が、今までナザリック一の知恵者を名乗っていたのだから。それはナザリックの恥。命で(あがな)っても足りない。

 

「だろうな。だが、さっきも言ったが落ち込む事はない。今の()()()()()()では分からなくて当然だからだ」

 

 ()()()。デミウルゴスにはこの言葉の意味が分からなかった。これ以上レベルアップが出来ないレベル100である自分が()()()。だからムササビが自分に成長を促したのか。懊悩(おうのう)とするデミウルゴスに、面接の終わりを告げてから何もしゃべらなかったモモンガが声を掛ける。

 

「デミウルゴスよ、お前に言わなければいけない事がある。その為にムササビさんがこの場を設けたのだ」

 

 デミウルゴスはさっきまで自分を悩ましていたものを一時、棚上げする。至高の御方のトップであるモモンガが声を掛けたのだ。その言葉の前では自らの悩みなど、些事(さじ)である。何よりも至高の御方々が労力を()いてまで自分に言わなければいけない事よりも重要なものなどは、シモベには存在しない。

 

「お前の造物主、ウルベルトさんの事だ」

 

 その言葉にさっきまでの考えが全て吹き飛ぶ。NPCにとって、至高の御方の話は何よりも聞きたいもの。まして自分の造物主とならば、尚更(なおさら)である。

 モモンガの言葉を引き取って、ムササビが口を開く。

 

「さて、まずは我々が元々人間なのはすでに知っているな」

 

「はい、もちろんでございます。この異世界に来て、初めての忠誠の儀の折に仰っておられましたので」

 

「だが、我々が人間である時に、社会のどの位置にいたかまでは知らないだろう。これから話す内容は汝だから伝えるのだ。他の者には、あまり話してもらいたくない。汝が話しても大丈夫だと思う相手にだけ話す事を許す。それだけ重要な話だ」

 

 緊張のあまりデミウルゴスの喉がごくりと鳴る。まさか、これほどのサプライズが用意されているとは考えてもいなかった。自分を軽々と越えていくムササビとモモンガと言う存在に恐怖すら覚える。

 

「その前にデミウルゴスよ。我々が人間だった頃は、どんな存在だったと考える」

 

 至高の御方々が人間だった頃。デミウルゴスは当然のように、素晴らしい人間だったと考えていた。レベル1の時代からすでに、戦闘力以外は完成されていたと思っていた。だが、ムササビがこう質問するのだ。そして自分だけに話すと言うのだ。と、なれば、その答えは(おの)ずと分かる。これは、()()()()()()()()()()()()()()だ。一大事と言っていい。その意味する()()()()()()()()()にデミウルゴスの身体が知らず震えてくる。

 ――由々しき事態である。

 自分の行動如何(いかん)によっては、ナザリックのシモベの行く末を決めてしまいかねない。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もちろん、その中にはデミウルゴス自身も含まれている。

 デミウルゴスは震えそうになる声を抑えて、努めて冷静を装う。

 

「なるほど、そういう事ですか。至高の御方々が()()()()()()()()()()を理解しました。それはつまり――」

 

「それは違うぞ、デミウルゴス!」

 

 ムササビは身を乗り出し、普段では考えられない程の大声でデミウルゴスの言葉を(さえぎ)る。その先を言ってはならないと言わんばかりに。

 その隣でモモンガは大いに驚いている。デミウルゴスはそれを見て、自分の考え過ぎだと悟る。では何故、このような事を話したのかが分からなかった。

 ムササビは咳払いを一つしてから話し出す。

 

「そうだな、汝ならばそう誤解する可能性は十分にあったな。これは我の落ち度だ。これを他の者に秘密にしておいてほしい理由だが――」

 

 そこまで話した所でムササビは首を振った。隣に座るモモンガが(いぶか)し気にムササビを見遣(みや)る。デミウルゴスはその先を固唾を飲んで見守る。

 

「その前にデミウルゴス。これは信頼の証として、今から汝を、いや、()()をアインズ・ウール・ゴウンのメンバーと同等に扱う。ゆえに今からはギルドメンバーに接する時と同じ口調にさせてもらう。モモンガさんも良いですね」

 

「もちろんです」

 

 モモンガはなんの躊躇(ためら)いもなく快諾(かいだく)する。

 シモベに過ぎない自分を至高の御方と同じ扱いをする。それはどれほどの事か。さっきの大声に驚いていたモモンガも、これにはなんの驚きも示さずに同意している。つまり、これは面接が始まる前から決まっていたのだ。いったい、この場でどれほど重要な情報を話そうとしているのか。膨大な情報の波をも乗りこなすナザリック一の知恵者でも、混乱の渦に飲み込まれていた。

 

「まずはデミウルゴス、お前の考えは半分は当たっている。この異世界に来た当初のオレ達は、()()を危惧していた。だが、今のモモンガさんの反応を見ても分かるように、現在はそれを微塵も思っていない。お前達の忠誠を(わず)かでも疑ったオレ達を許してほしい」

 

 ムササビは深々と頭を下げる。ムササビの話を聞いて、意味を理解したモモンガも同じく深々と頭を下げた。さながら、それは謝罪会見のようだった。だが、デミウルゴスは謝罪会見を知らないので、それを連想する事はないのだが。ただ目の前の想像を絶する光景に固まってしまっていた。自分の愚かな振る舞いによって、至高の御方々が机につくほど頭を下げている状況に思考までも固まってしまったのだ。自分が動けないでいる間も、至高の御方々は頭を上げなかった。このままでは至高の御方が何時までも頭を下げているつもりだと思い至ると、弾かれたように身体が動く。

 

「……モモンガ様! ムササビ様! 頭をお上げください。疑われるような我々がいけないのです!」

 

 パイプ椅子の倒れる音が大きく鳴り、先ほどのムササビよりも大きな声が部屋に響いた。それは慟哭(どうこく)にも似た叫びだった。常に思考で(おお)いつくされているナザリック一の知恵者の頭が、真っ白になっていた。

 狼狽(うろた)えて至高の御方に救いを求めるように虚空をさまようデミウルゴスの手の先で、ムササビは顔を上げる。

 

「それは違う。お前達の働きは一切の疑いを生じぬモノだった。これはオレ達が脆弱(ぜいじゃく)な人間の精神に戻ってしまったからだ。恥ずべき事に疑心暗鬼に陥ってしまっていたのだ」

 

 ムササビの言葉が真実とするならば、そうなったのは自分達シモベが不甲斐なかったからだ。ならば、それはシモベの責任だ。ナザリックの者なら誰でもそう思うだろう。デミウルゴスが何かを言おうとしたのを、ムササビは制した。

 

「どちらが悪かったと言う話は終わりにしよう。それはとても不毛だ。これは本題ではないのだし。だからデミウルゴスも、この話は忘れてくれ。オレ達はお前達を一瞬でも疑った事を恥じているのだから」

 

 そう言われてしまっては、デミウルゴスには何も出来ない。至高の御方々が恥だと思っている物を話せる訳がない。忘れてほしいと願うなら、聞かなかったことにするしかない。そう望まれているのだから。

 

「まあ、それよりもデミウルゴス。とりあえず椅子に座らないか」

 

 モモンガが気軽にそう言った。今までのモモンガでは考え慣れないほどのフレンドリーさだった。そこでデミウルゴスは自分が椅子を倒して立ち上がるほど取り乱していたことに気付く。至高の御方が深々と頭を下げる事は、ナザリック一の知恵者を取り乱させるほどに大きい。

 冷静さを取り戻したデミウルゴスがパイプ椅子に座り直すと、ムササビが口を開く。

 

「さて、話を戻そうか。お前が思っているように、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーには下層の生まれが何人もいる――」

 

「それはウルベルト様ですね」

 

 ムササビの話の途中にも関わらずデミウルゴスは言葉を発した。普段のデミウルゴスならば決して行わない不敬である。しかしデミウルゴスは、ムササビが礼よりも(じつ)を取る人間だと熟知している。至高の御方が自分をギルドメンバーと同等に扱うと宣言した以上、こうする事がムササビの望みであると確信していた。

 

「話が早くて助かる。そうだ、ウルベルトさんは元々下層の生まれなのだ。お前達に分かりやすく言うなら、奴隷のようなモノだ。アインズ・ウール・ゴウン随一の魔法の使い手が、下賤な人間の中でも、そのような存在だったのは幻滅したか?」

 

 この問いかけはムササビのイタズラ心が多分に含まれたユーモアだ。それを(かい)するデミウルゴスは、自らの美声をより響かせ、背筋を伸ばし格式張って答える。

 

「いえ、滅相もございません。何を幻滅する事があるのでしょう。私達シモベは至高の御方々に奉仕する事こそ至上の喜び。むしろ、そのような生まれから、アインズ・ウール・ゴウン随一の魔法の使い手にまで登り詰めた事が誇らしくあります」

 

 ムササビはくくっと笑いを噛み殺す。デミウルゴスは(わず)かに口角を上げた。

 モモンガは良く分かっていなかった。それを察したムササビは少し赤面する。さながら上質な映画のワンシーンだったものが、喜劇のワンシーンになってしまったからだ。

 

「あ~、モモンガさん、これはですね、いや、いっか。笑いの説明ほど興醒(きょうざ)めするものもないし。ある意味シリアスな笑いって言えなくもないし」

 

「ちょっと、説明してくださいよ。デミウルゴスが心配していた事は分かったんですけど、さっきのやり取りは良く分からなかったんですよ」

 

「もう、そのままの意味ですよ。無粋だなぁ。あ~、デミウルゴスよ。この反応を見ても察せるようにモモンガさんも下層の生まれだ。そして、同じく察せるようにオレは王族や貴族のような支配階層の生まれだ。やまいこさんやたっち・みーさんはオレより一段下がって上層の生まれだ。死獣天朱雀さんは上層の生まれでオレの恩師だ。ヘロヘロさんはどちらかと言うと下層の生まれに入れた方がいいのかな。そしてリアルには中層と言うのはほとんど消滅している。言わば、上層が中層のようなモノだ」

 

 ムササビはモモンガを半ば無視して話を進めた。それを見て、デミウルゴスは確かに今この時、シモベである自分をギルドメンバー――至高の御方と同等に扱われているのを感じた。このようなやり取りを至高の御方はよくしていたからだ。

 デミウルゴス感激で身体が震えそうになるのを必死にこらえた。まだ至高の御方の話は続いている。心を落ち着かせて、次の言葉を待った。

 

「デミウルゴスは、ウルベルトさんとたっち・みーさんの仲が良くなかったのを知っているな」

 

 デミウルゴスは肯定の沈黙で返した。いくら自分が至高の御方と同等の扱いを受けているとしても、それを言葉にするのは(はばか)られた。

 

「直接の原因となった事件はあるのだが、それ以外にも上層に位置するたっち・みーさんへの嫉妬(しっと)も幾分かは含まれているのだ。自分の造物主がそんな小さい男だと知った気分はどうだ」

 

 ムササビの言葉に、デミウルゴスは咄嗟に答えられなかった。例えウルベルトがどんな人物だろうと、忠誠が揺らぐことがない。しかし、戸惑いが無いわけではなかった。それを見て取ったムササビは、デミウルゴスの答えを待たず話を続ける。

 

「ウルベルトさんの両親は、上層の人間によって奴隷のように扱われ、そして死んだのだ。遺骨さえ戻ってはこなかった。もちろん、それとたっち・みーさんは何の関係もないのだがな」

 

 造物主を襲った悲劇にデミウルゴスは悲嘆(ひたん)を、そして、その()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()

 ――当たり前だ。

 至高の御方々は、自らの造物主は、()()()なのだ。ならば、親がいるのは当然だ。だが、その事実に今の今まで思いもよらなかった。自らの至らなさにデミウルゴスは困惑する。こんな自明の事に、自分がすぐ気づかないとは微塵(みじん)も思っていなかったのだ。これではまるで愚か者だ。

 

「そういう経緯があって、ウルベルトさんは上層の人間が嫌いなのだ。それでも支配階層に位置するオレには良くしてくれた。それは多分に、たっみ・みーさんとの仲がこじれてしまった反省が含まれていただろうけども」

 

 ムササビは昔を懐かしむように話す。その目には、その時の楽しかった情景が浮かんでいるようだった。

 

「むしろ、ウルベルトさんはその社会構造に対して怒りを覚えていたのだ。出自で全てが決まってしまう世界に。モモンガさんもそれは知ってますよね。ウルベルトさんは、たっち・みーさんよりも社会構造に怒りを覚えていたことを」

 

 隣で何かを思い出しているようだったモモンガも、ムササビと同じような口振りで話し出す。

 

「そうですね。ただ、怒りよりももっと悪い、そう、ドロドロとした恨みようの感情を持っていましたね。その話をした時は確か、このナザリックを攻略している時だったかな」

 

「へ~、攻略中にですか。オレはウルベルトさんが、そんな話をモモンガさんとしたとしか聞いてなかったんで、それは知りませんでした。そう言えばデミウルゴスは、アインズ・ウール・ゴウンの前身であるナインズ・オウン・ゴールの事はどれだけ知っている」

 

 デミウルゴスはナインズ・オウン・ゴールの事はほとんど聞かされてなかった。なので「あまり存じ上げておりません」と返す。内心はナインズ・オウン・ゴールの話を少しでも聞ける事に高揚していた。

 

「そうか。まあ、オレも在籍していた訳じゃないからモモンガさんほど詳しくはないけどな。ナインズ・オウン・ゴールは異形種狩りが横行する世界で、その異形種狩りを狩るのを目的の一つとして作られたんだ。その時のモモンガさんにオレも助けられたんだぞ」

 

 至高の御方は元人間であり、レベル1から現在のレベル100まで成長した存在。ならばその間は狩られる側に立っていたのは明白だ。なのにムササビの言葉を聞くまではその事に考えが至らなかった。ムササビが狩られる側だった事と自分の未熟さにデミウルゴスは二重の衝撃を受ける。

 

「まあ、モモンガさんにとっては数いる助けた人の一人でしかなかったから、オレの事は覚えてなかったけどね。でも、その方が悪のギルドらしくはありますけど」

 

 ムササビはオーバーに肩をすくめた。そこにどこか自嘲が混じっているようにデミウルゴスは感じた。それは何に起因するものだろうと考えを巡らすと、それに気づいたムササビが口を開く。

 

「デミウルゴスよ。お前はアインズ・ウール・ゴウンが悪のギルドだと思うか。だが、そのような目的をもったクランが前身のギルドが、ただの悪だけのギルドな訳がないだろう」

 

 そもそもデミウルゴスはアインズ・ウール・ゴウンをただの悪のギルドだとは思ってはいなかったが、悪のギルドとは思っていた。何故なら、至高の御方々は悪のギルドを自称していたからだ。至高の御方々がそう称するなら、そうに決まっているのだ。シモベにとって疑問など生じるはずもない。だが、ここでムササビが悪だけのギルドではないと言うのだ。ならば、どういうギルドなのか、デミウルゴスには見当もつかなかった。

 

「お前は何故、この悪のギルドたるアインズ・ウール・ゴウンに、たっち・みーさんやセバス、それにユリやペストーニャなどの善の存在がいると思う。ユウやシズのような中立の存在もだ。本当にただ悪を成すだけのギルドなら、悪の存在以外などいないはずだ。その理由を考えた事があるか」

 

 デミウルゴスにとってナザリックの在り様に疑問を持つのは、人間が世界の在り様に疑問に持つのと変わらないのだ。そうなっているから、そうなのだ。ゆえにデミウルゴスは考えた事もなかった。それが不敬であると言うのもあるが、そもそも疑問さえ持たなかった。それが例えば、72あるはずの像が67しかないのであれば、それを疑問に思う事もあるだろう。だが、そうでないのなら、それはそうであるだけで完全なモノなのだ。ナザリックは至高の御方がお創りになったものなのだから。

 

「初めてこの世界の夜空を見た時に、オレがウルベルトさん達と世界征服のプランを考えていたと話しただろう。オレはそのプラン以外に、世界征服を終えた後をどうしようかという話をウルベルトさんとした事があるのだ。ウルベルトさんは世界を支配した(あかつき)には、正義を成すつもりだったのだ。自分のような境遇の人間を生まぬように、な」

 

「ウルベルト様が、そのような事を……」

 

「そうだ。ゆえに、デミウルゴスよ。無益な、いや、有益だろうと、オレ達が知らない所で悪行を成すのは控えるように。特に善人を殺すのはウルベルトさんの意思にすら背く行為だ。ウルベルトさんが理想とする世界には多くの善人が必要なのだ。もちろん、世界を支配する上での悪まで否定はしない。その中で善人が死ぬ事もあるだろう。理想よりも現実の方が大事なのだから、そこは見誤るなよ。どこまでいっても控えるだけだ」

 

 デミウルゴスはムササビが言わんとしている事を理解する。あくまでも百年先を見据えているのだ。ウルベルトの理想の実現は、それに付随(ふずい)しているに過ぎない。

 

「それにだ、ウルベルトさんとオレでオリジナルの魔法が作れたら良いなぁ、と話していた事があるだろう」

 

「はい、しておられました」

 

「現在、我々には新しい魔法を生み出す(すべ)を有していない以上、むやみに現地の人間を殺すのはあまりにも惜しい。万が一、ウルベルトさんがナザリックに帰ってきた時、理想だった善の世界と、新しい魔法を生み出せる人間が大勢いれば、ウルベルトさんも喜ぶとは思わないか」

 

 ウルベルトに理想の世界を献上する姿を幻視するデミウルゴス。

 それがどれほど確率が小さいか十分に理解はしている。ムササビの計画に他の至高の御方が戻ってくるプランが無い事からも、どれほどゼロに等しい確率か分かるというものだ。けれどムササビもモモンガも完全にゼロと考えていない事も、二人の言葉の端々から(うかが)える。だから幻視してしまう。実現する確率がどれほど極小だったとしても、例えそれが数万年先だとしても、それ程に魅力溢れるモノだった。造物主の理想を献上するなど、NPCにとっては極上の喜びなのだから。

 だからパイプ椅子からはみ出ているデミウルゴスの尻尾が、子犬のように揺れているのも無理もない事なのだ。

 

「オレとモモンガさんはこの異世界を、ウルベルトさんが理想とした世界にしたいのだ。優秀の者がいれば、どこの生まれだろうとナザリックに加えるつもりだ。それこそがウルベルトさんが夢見た理想だからだ。もちろん、ウルベルトさんだけの理想ではないがな。他の皆も多かれ少なかれ、そんな世界を理想としていたはずだ。もちろん、モモンガさんやオレ自身もだ」

 

「なるほど、異形種のみで構成されているギルドに、それ以外の種族であるアウラやマーレなどがいた理由もそれですか。リスタ様を養子にしたのも、ナザリック外から人物を招き入れた時の緩衝(かんしょう)、という訳ですね」

 

「ふ、そこまで考えてはいないかもしれないぞ。ただ、あの子の境遇が憐れに思っただけかもしれない。あの子の自己犠牲に胸を打たれただけかもしれない。もしくは、ただ娘を持つ者としての()()かもな」

 

 またムササビ様が御冗談で謙遜していらっしゃると、デミウルゴスは思う。これほどまで(あつら)えたように物事が進んでいるのだ。そうであるはずが無い。もし、そうだとするならば、どれほどの幸運が重ならなくてはならないのだ。そんな確率はほぼゼロに等しい。

 だからデミウルゴスは野暮な事は言わずに、

 

「流石はムササビ様、とても慈悲深くていらっしゃる」

 

 と、返した。そんな偶然が起きない事など、ムササビならば当然に理解しているに決まっているからだ。

 

「はっはっはっ、ユウの父だからな。知性は失われようとも、心まで失う訳にはいかないのだ」

 

 何時もの軽口のように見えるが、デミウルゴスには違った風景が見えていた。

 やはりムササビ様の心は蝕まれているのだと、そう推測した。

 デミウルゴスはムササビから、この異世界に来てから精神が高ぶれば強制的に鎮静化すると伝えられている。ムササビの感情表現の豊かさはナザリックの誰もが知っている常識だ。だが、今では()()()()()()。ムササビが初めて、この異世界の空を見た時の、あの()()()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。それがデミウルゴスをはじめとした、シモベ達が良く知るムササビの本来の姿なのだ。

 ムササビという至高の御方は慈悲深くて飾らない人物だ。造物主に去られて傷心のNPCの元へは、必ずその日に訪れていた。本当に鼻歌を歌いながら、気軽に会いに来てくれた。そこで造物主の話を独り言のように呟きながら、寄り添ってくれていた。時にはシモベでは知る事もできない()()が上手く行ったと、クルクル踊っている事さえあった。それはシモベから見ても奇異に映るものではあったが。それを口に出すシモベはいない。

 しかし現在、ムササビの精神が正体不明の力で強制的に抑えられている。ならば、人間の精神に戻られたムササビ様は本来の心を保つ事が出来るのだろうか、とデミウルゴスは憂慮(ゆうりょ)していた。それはこのナザリックの瓦解(がかい)につながる程の危機だ。最悪の場合、ナザリックが二つに分かれる事になる。

 そこでデミウルゴスは思い至る。ムササビが実務だけを(にな)い、実権を持たなかった理由を。デミウルゴスはそれを、モモンガに実務を執り行う能力が失われてしまった事による暫定的な処置だと思っていた。だが、ここに至ってムササビのギルド一と称される慈悲に気付いたのだ。ムササビが自らの心が変質してしまった後の事まで考慮していたのだ。

 ナザリックが二つにならないように手を打っていたのだ。

 命令の優先権はモモンガにある。そうなれば、もし対立した場合、倒されるのはムササビだ。それはつまり、自らを犠牲にして、このナザリックを存続さえようと言うことに他ならない。シモベの為に自身の力を失ってしまった上に、まだ自己を犠牲にしようというのだ。そして空いたムササビの穴を、成長したデミウルゴスで埋めるつもりなのだ。なんという慈悲深さ。自らが死んだ後もナザリックを存続させる手を打っているのだ。

 そこまで思考を進めて、デミウルゴスは違和感を覚える。ムササビは、あの至高の御方々の中でも知恵者と知られる存在だ、他にも策を張り巡らしていないはずが無い。その時、デミウルゴスは気付く。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「デミウルゴスには、人間は『楽しみ』がないと生きていけないと教えていたな」

 

 デミウルゴスは心臓を鷲掴(わしづか)みにされた気分だった。何故ならムササビが掛けた言葉は、デミウルゴスの心を見透かしたようだったからだ。そう、この言葉はアウラとモモンガの心の安定の為に、ムササビがデミウルゴスに教えたと思っていた。だが、それは違った。真の意図は、この言葉をナザリックに広める為だったのだ。そしてデミウルゴスとアウラは、ムササビの意図通りにナザリックの皆に教えた。当たり前が、至高の御方の情報ならば、どのような些細なモノでもナザリックのシモベは聞きたがる。ましてやそれが、至高の御方の為になる物ならば尚更だ。勝手に広まるのは言うまでもない。それを知ったシモベはどうするか。至高の御方に『楽しみ』を捧げようと動く。それは結果的に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。アウラと、弱体化して人間に戻ってしまったモモンガの心のフォローをしつつ、ムササビ自身の心もフォローもしたのだ。ムササビの深謀にデミウルゴスは改めて敬服する。

 

「今のオレ達の精神は人間なのだ。楽しみがないと百年も精神が持たないかもしれない。そこでだ、デミウルゴスよ。お前にはストーリーテラー、TRPG(テーブルトークアールピージー)におけるゲームマスターの役をしてもらいたいのだ」

 

 現在デミウルゴスが受けている命令は大きく三つだ。一つは反社会的勢力の掌握。もう一つは外で活動するシモベのサポート。

 最後の一つが本命と言っていい。魔皇ヤルダバオトを名乗り現地の敵になる事だ。それにより国際情勢のコントロールと現地の人間の成長を促すのが目的だ。そして最終的には、英雄になったモモンとササビによって倒される筋書きだ。

 だから魔皇ヤルダバオトとして、冒険者となったモモンガとムササビを楽しませろと言っているのは察せられた。だが、他の意味が分からない。態々(わざわざ)、そう態々(わざわざ)それだけの為に、こんな事を言うはずがないのだ。

 

「さて、そこでだ。お前が人間をどの程度の知能が有していると考えているのかを知らなければならない。そうじゃないと中身が人間に戻ったオレ達を楽しませられないからな。デミウルゴスよ。今の私が人間だった時の知性しか持ち合わせてないとして、これからの異世界に対して用意している策はどんなものかを述べてくれないか」

 

 デミウルゴスは(しば)し考えた後、滔々(とうとう)と語り始めた。

 現在ムササビが用意している策を、人間の中で頭の良い者がどう解釈するかを。

 国を(おこ)し、そこにアルベドを()え、民を受け入れ、シモベ達はどこか広い土地を開墾し食料を量産させ、創造神ヒマクルイと称するムササビが信仰の()り所を担い、モモンは英雄として人心を集め、ササビは王侯貴族と交流を持ち影響力を握り、ユウは在野の繋がりを持ち、デミウルゴスは反社会的組織を手中に収め、王国に行ったセバスは表の経済を取り、帝国に行ったソリュシャンは裏の経済を押さえ、そしてデミウルゴスが魔皇ヤルダバオトを名乗り、世界の敵になる。

 これにより、武力と食料と民はナザリックが興す国が、信仰はヒマクルイが、在野の人間はユウが、反社会組織はデミウルゴスが、経済はセバスとソリュシャンが、下々の人心はモモンが、上の人心はササビが担う事が出来る。社会を構成する重要な要素が全てナザリックで押さえる事になる。その上で魔皇ヤルダバオトを倒す事によって、友好的に()つ完全に支配できる。

 デミウルゴスが述べた内容にムササビはうなずく。

 

「完璧だ。今、お前が述べたモノが、オレの考えていた策の全てだ。流石はデミウルゴス。今のオレはその程度の知能しか持ち合わせていない。デミウルゴスもそのつもりでいてくれ」

 

 そして態々(わざわざ)、ムササビは自分を優秀な人間程度の知能しかないと念を押すのだ。そこに何か、あるはずだ。仮に今のムササビが唯の優秀なだけの人間だったとしても、これだけの為にこんな話をするはずがない。

 

「それでだ、クエストの難易度は今のモモンガさんを基準にしてもらいたい。あまり難しすぎても面白くないからな。始めの内は簡単なモノで構わない。そこから徐々にレベルを上げていってくれ」

 

 少し前までのデミウルゴスなら、この言葉の真の意味が理解できなかっただろう。だが、今のデミウルゴスは至高の御方の上を目指しているのだ。それも至高の御方に望まれて、より高みへ登ろうと研鑽の日々を送っているのだ。

 その成果が閃きという形で現れる。

 デミウルゴスの頭の中で、いくつもの情報のピースが綺麗にはまる。

 ――『我々は例え不敬だろうと、その真意を重視する』――この真意に気付く。

 不敬だからと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 あの時点でムササビはそこまで見据えていたのだ。

 デミウルゴスは自分を縛る思考の鎖を引き千切る。あぁ、自分はやはりムササビ様には敵わないと、デミウルゴスは感嘆する。この異世界に来てから今まで、どれほどのヒントを与えてくれていたのか。デミウルゴスが気付かなかったヒントもまだあるだろう。

 

「なるほど、そういう事ですか」

 

 無意識にデミウルゴスの口から言葉が溢れていた。

 

「ムササビ様が()()この部屋をお創りになられた真の意味が分かりました。そして、今までの行動の真の意味も」

 

 デミウルゴスの自信に満ちた表情をしていた。ムササビの深謀の一端に踏み込んでいる確信があったからだ。

 

「面白い。ぜひ、聞かせてくれ。この会議室を作った意味を」

 

「それはそのまま『りある』の一端を見せる為。これほど進んだ文明と、無駄と遊びをそぎ落とした物が百年以上も前から溢れる、恐ろしく過酷な世界。百年に現れるプレイヤーがいた世界。口で説明しても伝わりにくい事が、この部屋だけで十分に伝わります。それも、分かる者だけに。これはムササビ様が配慮してくださったのでしょう。他のシモベに無用な恐怖を与えぬように」

 

「ほう、なるほど。それで、他の行動の意味も説明してくれないか」

 

 ムササビの言葉には若干の固さが含まれていた。デミウルゴスはこれを己への期待と解釈する。ここは畳みかける場面。

 

「面接の内容を他言しても構わないと態々通達したのは、面接の内容に秘密が無いと思わせ、私にだけ極秘の指令を下す為、私に成長を促すのは弱体化されたモモンガ様の穴を少しでも埋める為。この私を事ある毎に至高の御方よりも上だと言うは、現状に置いて私の方が知恵が上だと知らしめる為。ゲームマスターの役目を与えたのはモモンガ様達の行動をコントロール出来るようにする為、マーレにムササビ様の腕を折らせたのも、正当な指令においては玉体を傷つけさせる事も(いと)わない姿勢を示す為、御身自ら現地に赴かれたのは友好的な姿勢をシモベに見せる為、ニグンを引き込んだのは現地で価値がある強者の基準とする為――……」

 

 デミウルゴスは出来うる限りの言葉を並べて自分が気付いた事の全てを披露した。一世一代の大仕事だと言っても良かったかもしれない。最後の結論から考えれば、ナザリックの者なら誰でもそう思うだろう。

 

「お、おぅ、そうだな」

 

 ムササビから言葉が漏れ出る。もし自分の考えが間違っていたなら、どうやっても(あがな)えぬものだろう。

 

「――そして、これが肝要。カモフラージュを施してまで私だけに伝えなければいけない話。それは現状、至高の御方よりも上の知を持つとする、このデミウルゴスに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と言うのですね」

 

 それはとんでもなく不敬な事だ。至高の存在に物を教え鍛えると言っているのだ。これ以上の傲岸不遜があるだろうか。

 だが至高の御方々自ら『我々は例え不敬だろうと、その真意を重視する』と言っているのだ。そして、この面接でも何度も同じような事を述べている。その上、デミウルゴスを至高の御方と同じ扱いにし、ゲームマスターの役目を与えたのだ。それはつまり、そう言う意味だ。

 ふう、とムササビは嘆息するとモモンガの方を向いた。モモンガもまたムササビの方を見ていた。二人の目が合った瞬間、ムササビは盛大に笑い声をあげた。

 

「あーはっはっはっ、デミウルゴスはマジでチートだわ。読み切ったよ。オレの考えを。どうやってそれを促そうかと悩んでいたのがバカみたいだわ」

 

「本当にデミウルゴスはムササビさんよりも遥かに頭が良いんですね」

 

「いや、ずっと言ってるでしょ。それとも、やっと実感がわいたんですか」

 

「ええ、まあ。こんなの見せつけられたねぇ」

 

 笑い終えたムササビは居住まいを正して、デミウルゴスと向き合う。

 

「お前の言う通りだ、デミウルゴス。オレ達はお前に鍛えてもらいたいのだ。百年先を乗り切る為に。デミウルゴスにナザリックの未来を預ける。今のオレ達では力不足なのだ。お前達が思っている以上に我々の力は失われている。それをお前に気付いてほしかったのだ。だが、これが広く知られれば無用の混乱を起こす。それにこれから目指す世界はウルベルトさんの理想に最も近い。これも他の者が知れば、やはり自分の造物主の理想を優先したいと考えてしまうだろう。だから、お前だけに話したのだ。お前が大丈夫と思う者だけにこの話をしてくれ」

 

 そこまで至高の御方々が自分に信頼を寄せてくれている。この事実の前では、いかに自制が利くデミウルゴスでも、ナザリックの皆に自慢して歩きたくなるほどだった。もちろん、決してそのような事はしないのだが、それでも、そうしたい衝動に駆られるほどの幸福感に満たされた。

 

「デミウルゴスにはオレ達の冒険をゲームマスターとして(いろど)ってもらいたい。我々の精神が摩耗しつくさないように、存分に楽しませてくれよ。もちろん、それは現地勢の育成とオレ達の成長を、そして百年後に対する備えよりも低い優先順位だがな。お前の肩にナザリックの未来が掛かっていると言っても過言ではないぞ」

 

「はっ!」

 

 デミウルゴスは力強く返事をする。至高の御方々の期待に弱気で返す訳にはいかない。

 

「とは言え、いくらデミウルゴスとて、いきなり言われても困るだろう。アドバイザーとしてユウをつける。オレもクエストの内容に関しての相談に乗ろう。当然だが、他のシモベに相談しても構わない」

 

「ユウ様を、ですか」

 

「ああ、アイツはオレ達を楽しませる事に詳しいからな。オレの娘として創造されているのは伊達ではない。それにオレ達の事も良く知っている」

 

「そうですね。ずっと一緒に居られましたからね」

 

 ユウはシモベの誰よりも至高の御方々の近くにいた。ナザリックで一番、至高の御方々に詳しいと言っていい。

 

「あっと、そうだ、デミウルゴス。お前が()()()な理由を言ってなかった。本来なら、ウルベルトさん自身が『悪』として生み出したお前に『悪の美学』を教えたかったのだ。自分の(こだわ)り、全てをな。それを一部とは言え、オレ達が横取りしてしまった。だから、この事はお前の造物主であるウルベルトさんにも内緒だ。もし、お前がウルベルトさんを見つけたのなら、いの一番にオレ達の元に連れて来い。あまり知られてほしくないプライバシーを話し、尚且つ、『悪の美学』を教えてしまったのだからな。真っ先にその事を詫びねばならない。詫びる前に知られては気を悪くしてしまうかも知れないからな」

 

 デミウルゴスは自分が造物主にどれほど愛せれているかを理解する。

 モモンガとムササビにどれほど頼りにされ、大切にされているかを理解する。

 溢れそうになる涙を堪える。これほど頼りにされているのに、そんな無様な姿は見せられない。

 

「それともう一つだけ、お前に言っておかなくてはいけない事があるのだが、これは流石のお前も分からなかったようだけどな。いや、オレ達からのお願いと言って方が良いか」

 

 デミウルゴスの思考が停止する。これ以上の話は無いと考えていたからだ。

 ムササビとモモンガが真剣な表情をして、こちらを真っすぐに見据えている。この事からも今まで以上の重要な案件だと分かる。先ほど自分が、これ以上の不敬などないと思ったというのに、それをムササビはいともたやすく超えていく。改まって至高の御方々がシモベであるデミウルゴスにお願いなどと、何があるというのか。()()、命令ではなくお願いをする意味はなんなのか。

 

「デミウルゴスよ。もし、もしもだが、オレ達が感情に任せて愚行を、そう、具体的に言えば100年先の未来に悪影響を及ぼすような決断をした時は、お前の判断でオレ達を止めてくれ。これはオレ達自身が連名で解除しない限りは何を置いても優先する。金科玉条だ。それがどれほど、オレ達が激怒していてもだ。お前が止めてくれ。今の我らの精神は愚かな人間なのだから。お前に頼らせてくれないか」

 

 至高の御方々がお願いと言った理由。一時の感情で発した命令を無視してまで、自分達を止めてくれと願っているのだ。これは事実上、一時とは言えデミウルゴスの判断が、至高の御方々の判断を超える事を意味している。己が思っている以上に至高の御方々は信頼を寄せてくれいていた。

 デミウルゴスは自分に至高の御方々の命運が掛かっている重圧に押し潰されそうになる。だが、デミウルゴスは潰れる事はありえない。それさえも成長の糧にする。それ以上をもって応える。正にナザリック一の知恵者として。

 

「これは現ギルドメンバー全員の意思だ。ギルド長モモンガの言葉よりも重い。それはつまり、これよりも重い言葉など、この世には存在しないと言う事だ」

 

 だから、デミウルゴスはすぐに応える。頭の中で情報が真実に向かって組み上がっていく。それは遥か頂きへ続く塔を積み上げていくが如く。

 

「それは新しくアインズ・ウール・ゴウンのギルドメンバーになったユウ様の意思もある、と言う事ですね」

 

 驚くモモンガとムササビの顔を見て、デミウルゴスは会心の笑みを浮かべる。

 

「そうか、バレていたか。上手く隠していたつもりなのだがな」

 

 アインズ・ウール・ゴウンは多数決が取られている。重要な案件には必ず多数決を取る。だが二人では多数決が行えない。ならばどうするか。

 三人目を加える。

 本来なら発想すら出来ぬ不敬。しかし、今のデミウルゴスの思考を縛る鎖は無い。なら、その先に思考が進む。誰が三人目に相応しいか、と。

 それはユウである。ムササビの娘として生み出され、常に至高の御方の会議に同席していたNPC。ナザリックの全てのシモベに収まらず、全ての至高の御方から愛されているNPC。論理的にも、心情的にも、これ以上に相応しい存在などいない。

 

「そのおつもりのようでしたので、ここで披露させてもらいました。このデミウルゴス、今のムササビ様を超えてみせましょう。これはその決意表明でございます」

 

 デミウルゴスは立ち上がり、優雅に礼をした。

 

「ハハハハ、もう今のオレなんかはとっくに超えているよ。さっきお前が述べた予想は本当に全て当たっていたんだよ。今のオレの知略は、この程度しかないのだ。幻滅したか」

 

「いえ、ムササビ様がそう仰るならば、このデミウルゴスが以前の英知を取り戻させましょう」

 

 不敬とも取れるデミウルゴスの発言にムササビはくくっと笑いを噛み殺す。それを見てデミウルゴスは(わず)かに口角を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 デミウルゴスの面接が終わったオレとモモンガさんは、第六階層の森の中の開けた所にポツンと建つ、ユウの支配領域『勇者の小屋』に来ていた。見た目は二階建てのログハウスだ。

 オレ達をここの主であるユウと同居人のリスタが出迎えくれる。ユウがいつもの勇者のような出で立ちで、リスタが白いフード付きのローブなので、なんだがとてもファンタジーの雰囲気に合っている。ちなみにリスタは、ここの二階の一室に住んでユウと寝食を共にしている。

 

「上手く行きましたね、お父様」

 

 ギルドメンバーになったユウには面接の結果を〈伝言(メッセージ)〉で伝えてある。これはモモンガさんが提案した事だ。仲間外れは良くないと。なんともあの人らしい理由だ。あの人にとって、どれだけギルメンは特別な存在なのだろうか。

 

「さあ、疲れたでしょう、お父様。コーヒーを()れております」

 

 オレ達はユウに連れられて『勇者の小屋』に入る。中も外と変わらず簡素な作りになっている。リビングは幾つかの家具と暖炉以外は、とても質素な木製の四角いテーブルが中央に置かれているだけだ。調度品の類いは一切置いていない。

 オレ達はコーヒーの用意されているテーブルに着く。オレ達の向かいにユウとリスタが座る。テーブルにはファンタジーには不釣り合いな大きなマグカップが四つ。オレとモモンガさんにはコーヒーが、ユウとリスタにはホットココアが用意されていた。お茶請けとして、クッキーやらチョコレートなどの洋菓子から煎餅(せんべい)饅頭(まんじゅう)などの和菓子まで大きなお皿に盛られている。なんだか、リアルに戻ってきたみたいだ。でも、モモンガさんはそうではない様子だった。この人、リアルだとボッチ気味だったらしいし、こういうものに縁が無かったのかな。うちの娘達なんて、すでにボリボリとお菓子を頬張(ほうば)っているのに。ユウもリスタも縁が無かったはずだよね? いや、娘達の仲が良いのはすごく嬉しいんだけど、仲良くなるのが本当に早いなぁ。年頃の女の子はこんなもんなのかな。

 オレはユウとリスタがじゃれついているのを眺めながら、コーヒーをすする。娘達の輪の中に()ざろうかと思ったが、精神的に疲れていたので止めた。隣に座るモモンガさんも半分呆けた顔をしている。緊張の糸が切れたんだろう。デミウルゴスを相手にしたんだから、さもありなんだ。

 予想以上にデミウルゴスを抱き込むのが上手く行った。

 オレが独力で百年掛けて鍛えても、あのデミウルゴスには及ばないだろう。

だけどデミウルゴス(チート)の力を利用すれば、あるいは届くかもしれない。これは百年先に向けて必須だ。保険として、デミウルゴスにブレーキ役も任せられた。これでオレ達が暴走する確率も減った。

 いや~、しかし本音を言われてもらえば、デミウルゴスが「何を危惧しているのか~」って言いだした時は危なかった。全部言わせてしまえばデミウルゴスの立場が無くなってしまうから、大きな声が出てしまった。それにデミウルゴスがあの答えに行きついたのは、オレ達の言動も少なからず影響しているはずだ。それを考えると、ここでオレ達や他のギルメンの(たか)を教えたのは良かったと言えるな。

 それに会議室を作った真の意味が~、とか言い出した時は焦った。なんとなく、社会人が見慣れている会議室の方がモモンガさんもやりやすいかなくらいにしか考えてなかったのに、あんな解釈をされるとは思ってもみなかった。その後に続いた数々の理由もだ。全部デミウルゴスが勝手に良い方へと解釈していってくれた助かった。たまたま前にしていた行いも振りになって良い結果につながった。これほどの偶然なんて、そう起こるものじゃない。

 だからこそ、あれだけ嘘を並べなければいけなかったのだが。万が一、ギルドメンバーが現れても口裏を合わせてもらおう。事情を説明すれば協力してくれるくらいには、みんな大人だ。後はギルドメンバーを見つけたシモベは、いの一番に報告に来るように命じておけば大丈夫だろう。これで誰が来ても口裏が合わせらせるだろう。

 それにしても、この世界に来てから何もかもが上手く行きすぎている。今までの経験上、この後に何をしても裏目に出る時が来る。

 なんともギャンブラーの誤謬(ごびゅう)()みた心理。バカな事だとは思うが、ここまで良い目ばかりが続いたのだから、そろそろ逆の目が出そうだと不安に思うのはしょうがないだろう。死ぬまで運が良いなんて事はありえないのだから。

 そんな幸運の星の下に生まれていたなら、祐紗(ゆうさ)はまだ生きているはずなのだから。

 五体満足で生まれてきて、普通の生活を送れたはずなのだから。

 ここは用心の為、シャルティアにはフル装備でユウの護衛をしてもらうか。これだと、例えワールドチャンピオンクラスが相手でも十分に時間を稼げる。超位魔法を数発喰らっても倒されない耐久力がある上、即死に対して完全耐性がある為、一撃で倒される事はまずありえない。それにフレンドリィ・ファイアが解禁された今となっては、召喚モンスターをスポイトランスで突き刺すだけでHPが回復できるようになっているので半分チートキャラ化しているはずだ。

 さらに念押しとして、ユウにはレベル40以下の状態異常無効の効果があるマジックアイテムを装備させておくか。後、念には念を入れてリスタとニグンさんにも渡しておこう。このアイテムを装備しておけば、現地においては、ほぼ全ての状態異常無効と同等の効果があるだろう。その代わり、防具は現地の物とあまり変わらないようにしておこうか。あまりにもかけ離れた装備は怪しまれるだろうし。戦闘力の面ではシャルティアがいるから十分だろう。そもそも一撃に倒せる攻撃なんて、よほどレベルが離れていないと不可能なんだから。

 

「そうだ、お父様、良い知らせと悪い知らせがありますが、どちらから聞きますか」

 

 リスタとじゃれついているユウが、クッキーを齧りながらそう言った。まあ、この聞き方で深刻な知らせはないだろう。頭のネジが外れているユウだが、身内の贔屓目とかではなくて割と常識人ではある。

 

「じゃあ、ユウが話したい方からで」

 

「お父様ならそう言うと思ってましたよ。では、悪い知らせから、火薬が燃焼反応を起こしませんでした。お父様達が面接をしている間、リスタと花火をして遊ぼうとしたのですが、花火に火をつけてみたら、一向に火薬には点火しませんでした。火を付けた線香花火がただただボクの手に向かって燃えていく様は中々シュールでしたよ」

 それは確かにシュールだわ。それを見たリスタは、頭のおかしいお姉ちゃんが出来たとでも思ったのだろうか。お菓子を片手に報告をする姉はおかしいので、そう思っていても間違いではないけれども。

 

「そうか、まあ、それは想定の範囲内かな。回復魔法を掛けたら、腕が生えてくる時点で質量保存の法則には反しているしな。他の法則が機能していなくても不思議じゃない」

 

 科学兵器に関してはあまり期待度の高いものではなかったし、妥当な結果と言えるだろう。プランは他に幾らでもある。むしろ早くに分かったのはラッキーだった。これで、この方面のリソースを他に回せる。いくらチートを抱えるナザリックでも、無限のリソースがある訳でないからな。失敗に囚われていても仕方がない。

 未だに妹の英雄(ヒーロー)になりたいと思っているオレが言えたセリフではないが。

 

「でも、安心してくださいお父様。次は良い知らせです。この世界には花火と言う概念はあるようです。念の為、ニグンさんにも通じるか試しましたが、花火という代物を知っていました。ニグンさんの説明を聞く限りは、この世界の花火は魔法を込めてリアルにある花火のように見せている物でしたね。以前に来たプレイヤーが伝えたのでしょう。そして花火同様に家電のようなものを魔法で再現しているアイテムがあるようですよ。とりあえず、扇風機と冷凍庫はあるようでした。過去に来たプレイヤーと目される『口だけの賢者』が考案したそうですよ。ただ、その原理が分からなかった為に『口だけの賢者』と言われたらしいですけどね」

 

 オレ達よりも前に来たプレイヤーの中にも、科学を扱おうとした者がいたのか。まあ、これは誰でも思いつく類いのモノだから、それはどうでもいいとして。その人が科学知識を持ち合わせていなかった層の人間なのか、この世界の法則が違うから実現できなかったのかどちらだろうか。もし後者なら、その研究データを手に入れられれば大変(はかど)る。

 いや、そんな事よりも問題なのは、そのプレイヤーが死んでいるという事だ。殺されたのか、単純な寿命か、精神がに異常をきたしたか、もしくは狂う前に自殺したか。過去に来たプレイヤーも調べないとなぁ。オレが思っている以上に、異形種の精神に近づくのが早いのかも知れない。

 調べると言えば、物理法則が違うんだし、ここの人間の身体の構造も調べるか。ニューロニストに腑分けをしてもらおう。ドクターのジョブも持っているし、拷問には人体の知識は必須だからな。あらゆる種族の腑分けをしてもらおうか。それを元に医学の発展させるのもいいな。回復魔法があり『手術』と言う概念が『口だけの賢者』が現れるまで無かった世界で医学が発展している可能性は極めて低いからな。効果的なトレーニングには高度な医療は必須だ。強くなるアプローチはいくらあっても良い。それにこの世界には人を食べる種族がいるんだ。技術が進めば、他の物で代用できるかもしれない。そうなれば、ぐっと支配が楽になる。

 

「そう言えばですね、お父様。ニグンさんにはどこまで話しますか」

 

 ユウはリスタをクッキーで餌付けしながら、そう言った。ユウが指でつまんでいるクッキーを、リスタはカリカリと(かじ)っている。オレの娘達はなんてフリーダムなんだ。まあ、場に馴染め切れていないモモンガさんを気遣っての事なんだろう。それが通じているかどうかは定かではないけど。て、言うか面食らっていると思うけど。ユウの、と言うか祐紗(いもうと)の対人経験はゲーム越しばかりだから、リアルとノリが違うんだよな。ユウとしてはナザリックの常識しかない訳だし、ズレた行動も仕方がない。これは外に出て、色んな人間と触れ合えば改善されるだろう。

 

「それはある程度は制限しようと思っている。ナザリックの皆にはあまり評価されていなかったけど、あの指揮能力はかなり貴重だよ。実戦で指揮をとった経験自体貴重なのに、ニグンさんは指揮能力自体も高い。あれを伸ばせば良い戦力になるはずだ。その上、あの人には召喚モンスターを(わず)かとはいえ強化するタレントがあるからね。例えば、魔封じの水晶に第十位階の召喚魔法を込めて持たせれば、プレイヤーに対する戦力の一部にできる。その為にニグンさんにもオレ達と同様に成長してもらいたい。人間は自分の命が掛かっていると本気になるからね。まあ、人間と言うか生物全般だけど」

 

「ほ~、お父様はニグンさんにかなりの期待をしているのですね」

 

 カルネ村で敵対している時のニグンさんは、それこそ命乞いでもしそうな雰囲気だった。それでもリスタの姿を見て駆け出していた。子供の為に命を投げ出せるなら、それだけで賞賛に値する。そんな行為など当たり前だと言うのは、自分が英雄(ヒーロー)に至れると思い込んでいる現実を知らない子供くらいだろう。大人になってまで言っている者は人間という存在に向き合った事がない愚か者だろう。

 そんな大人の部下を見捨てても一人の少女を見捨てきれなかったニグンさんだからこそ、英雄(ヒーロー)には至れないような凡人だからこそ、オレみたい人間は期待してしまう。同じ、英雄(ヒーロー)に至れなかった人間として。もしかしたらと。

 

「大人物ではないけど、十分な良識と常識を(わきま)えた人だよ。信仰にも狂ってなくて、理も通じて、危険な場所へも任務に(おもむ)く。これを評価しない人間は、他人に夢を見過ぎているんじゃないかな。自分に命の危険が迫れば裏切るのが、そんなにマイナスポイントなのか。ブラック企業も青褪(あおざ)めるほどの悪辣(あくらつ)さだわ。オレはナザリックをブラックにするつもりはないからね」

 

「ボクもそう思います。ただナザリックの皆からすると、至高の御方を裏切るという行為は万死すら生温い所業ですけどね」

 

 わ~お、ブラック。流石は悪の組織だわ。あんまりユウの口からは聞きたくないな。ユウもそんな存在なのは分かってはいるけどね。

 

「そこもどうにかしないとな、優先順位はかなり低いからまだ手を付けてないけど」

 

 大陸を友好的に支配するよりも、その後の方が大変なんだよな。だからこそ、がむしゃらに支配を進めるようなマネはしない。支配を急がない訳ではないけど、シモベ達の教育をおろそかにするつもりはない。

 

「それではもう一つ、シャルちゃ――おほん、シャルティア様に『血の狂乱』の実験の事は話しますか」

 

「そうだな、シャルちゃんには――」

 

 マグカップの中のコーヒーが少しだけ揺れる。ユウにテーブルの下で足を蹴られてしまったからだ。レベル60以下の物理攻撃無効が発動したから痛みは感じない。ただ隣のモモンガさんが、あっ、て顔をしているのは感じた。

 

「――シャルティアには言わないでおこう。それを含めてコントロールできるか見てみたい」

 

 命令して『血の狂乱』が制御できても意味がない。普段からどれだけ制御をできているのかが重要だからな。現状を把握しないで教育など出来ない。それにシャルティアは人型だし、見た目も良い。人の中で使えるなら使いたいのもある。

 

「あ、それは俺も賛成です」

 

 今まで黙っていたモモンガさんが賛成を口にする。それを見たユウは、にぃと笑う。

 

「やっと喋ってくれましたね、モモンガ様。ここには菱川家の人間(ボクとおとうさまとリスタ)しかいないのですから、もっと肩の力を抜いてください」

 

 ユウに微笑みかけられたモモンガさんは顔を赤くしている。三十過ぎたおっさんが女子高生くらいの子に笑いかけられたくらいで、そんなに照れないでくださいよ。

 

「ふふふ、モモンガ様は可愛すぎるボクに照れてますね」

 

「いや、そ、そんな事はないぞ」

 

 モモンガさんはどもりながら否定する。ホント、すぐ態度に出るんだから、この人は。アンデッドのままで、この世界に来た方が良かったのではないだろうか、とすら思えてきてしまう。

 

「どう見ても、そんな事ありますけどね。でも、まあ、うちの娘はとびきり可愛いから仕方ないですけどね」

 

 オレはドヤ顔で言った。

 

「一見ただの親バカ発言ですけど、ボクを生み出したのはお父様で、ボクをデザインしたのもお父様ですから、その発言は遠回しですけど、文字通りの自画自賛ですね」

 

 そう言われてしまうとその通り過ぎる。オレは娘自慢をする度に自画自賛している事になるのか。気軽に親バカになれないな。

 

「確かに。そう考えるとあんまり照れないでいけそうな気がしてきたな」

 

「ほほう、そうですか、モモンガ様。では、このお菓子、美味しいですよ。はい、あ~ん」

 

 ユウは一口サイズのチョコレートをモモンガさんの口へと向ける

 

「あ、いや、それは……」

 

 モモンガさんはますます顔を赤くさせる。さながら女子高でからかわれる先生のようだ。ユウは学校に行けなかったから、憧れでもあったのだろうか。

 

「冗談ですよ、モモンガ様。そんな事をしたら、しばらくアルベド様を避けて生活しなければいけなくなりますからね」

 

 モモンガさんは「それならやらなければいいのに」と漏らす。すみませんモモンガさん、ユウって、こういう子なんですよ。

 

「ふふふ、だから面白いのですよ、モモンガ様。それにしばらくは外を冒険するので、アルベド様とはお会いしませんけどね」

 

 お茶会がユウに引っ掻き回されている。う~む、このままでは機会を逃しそうなので、確かめておきたい事を先に聞いておくか。

 

「モモンガさん、デミウルゴスの事はこれで本当に良かったんですか」

 

 オレ以上にモモンガさんは、NPCをギルメンの子供のように思っている。そしてオレと違って、モモンガさんは元々のNPCの意思は最大限に尊重したいと考えている。この辺りはオレの懸念だった。

 

「ええ、まあ、その、スワンプマン、でしたっけ。もし、そのムササビさんの仮説が当たっていたら、いつか、ギルメンが帰ってくるかも知れないじゃないですか。その時に自分のNPCが意味も無く人殺しをしているって知ったら悲しみますもんね。特にウルベルトさんなんて、自分が嫌っていた上層の人間みたいな事をデミウルゴスが行っていると知ったら……」

 

 なので、オレはギルメンがNPCの悪行を知ったら悲しむ、という方向でモモンガさんを丸め込んだ。オレの予想通り、モモンガさんの中では今いるNPCよりも、ここにいないギルメンの方が上だった。オレにとっては、ここにいるNPCの方が重要だ。NPCが生きているのなら、いつまでもそのままであり続ける事はありえない。現実に即して変化していくだろう。だから元々の設定よりも、NPCの将来の方を取る。それには、万が一ギルメンが帰ってきたとしても、仲良くしていられるようにするのも含まれている。今のままのNPCだと、モモンガさんがパンドラズ・アクターと会いたがらないのと同じように、NPCを避けるギルメンもいるだろう。造物主に奉仕するのがNPCにとって最大の喜びなら、それは双方にとって不幸だ。NPC達にはギルメンが帰ってきても、ちゃんとやっていけるように教育を施す必要がある。もちろん現地の者とも、それなりにやっていけるようにもしなければいけない。

 

「あ、しまった。リスタの前で話す内容じゃなかったですね」

 

 モモンガさんは口を手でふさいだ。それを見てオレの代わりにユウが話し出す。

 

「いいえ大丈夫ですよ、モモンガ様。リスタはモモンガ様とお父様を神様のようなものだと思っているので、どんな話をしても大丈夫です。天上の話だと思いますから、ねえ、リスタ」

 

 ねえ、とユウはリスタに笑いかけた。急に話を振られたリスタはこくりとうなずく。

 

「ユウはリスタの事をよく理解しているんだな」

 

「そうですよ、モモンガ様。ボクとリスタは一緒にお風呂に入って洗いっこする仲ですからね」

 

 我が娘ながら距離を詰めるのが早いな。まだ、会って丸二日経ってないんだぞ。

 

「ユウとリスタは本当に仲が良いんだな」

 

 モモンガさんも半ば呆れながらも感心しているようだった。

 

「当たり前ですよ。リスタはたった一人の大切な妹なのですから。ただ一つ不満があるとすれば、姉であるボクよりも胸が大きい事でしょうか」

 

「お姉様が不満だと仰るなら、この胸を(えぐ)り取りましょう」

 

 リスタはナイフを取り出し、一切の躊躇(ちゅうちょ)なくそれを自らの胸に振り下ろす。その手をユウはすんでのところで止める。

 

「おわぁ! あっぶねえ! ダメです! ジョークですから! ボクの可愛いジョークですから! ちょっと、お父様。この妹はボクより頭のネジが外れていますよ」

 

 ふふふ、さっきまで場を掻き乱していたのに、リスタに振り回せれてるな。お前もネジが外れたヤツの相手をする苦労を知るが良い。とっても楽しいぞ。オレはこの為にいままで生きてきたようなものだからな。

 隣でモモンガさんが「……ネジが外れているという自覚はあったんだな」とつぶやいた。モモンガさん、心の声が漏れてますよ。人の可愛い娘になんてことを言うんですか。まあ、オレも散々ネジが外れていると言ってますけどね。

 

「そもそもボクに妹が出来た時点で追い抜かされるのは分かっていましたからね。お父様の意向でボクの胸はぺったんこなんですから」

 

「ちょっと待った。その言い方は誤解を生む」

 

「お父様が望むなら、私は断食をしてこれ以上大きくならないようにいたします」

 

「早速、リスタに誤解された!」

 

「ダメです! ジョークですから! リスタはいっぱい食べて健康に育たないといけません。ボクはお父様に似て、とてつもないドシスコンですから。我が家では、妹は愛される存在なんです。これは家訓といっても過言ではないですからね」

 

「お姉様、それほどまでに私の事を……」

 

 娘二人がヒシっと抱き締め合う。

 逆に二日でここまで仲良くなられると怖いわ。このリスタって子も大概ネジが外れているな。あと、さらっと途轍もないドシスコンとか言うな。自覚はあるけど。

 

「あ、お父様。ボク達はそろそろ外に出る準備をしないといけないので、お(いとま)させてもらいますね」

 

 まるでカットの掛かった映画のように、さっきまで抱きしめ合っていたユウとリスタは何事も無く手を繋いで出ていった。リスタはユウの切り替えの早さについていけるのか。娘二人が仲良く出来るか心配だったけど、今はオレがあの二人についていけるのか心配だな。

 嵐のような騒がしいユウと台風の目のような静かなリスタが出ていって、おじさん二人が取り残された。

 休憩も終わりにして、オレも準備を始めるかな。

 

「モモンガさん。オレもワールドアイテムを携帯していいですか。用心として、持っておこうかなと思っているんですよ。この世界のどこかにワールドアイテムがある可能性は十分にありますからね」

 

「え、ああ、そうですね。それがいいですよ。ムササビさんは何にしますか」

 

「『強欲と無欲』にしようかなと。骨の手も隠せますし、経験値も貯められるか実験が出来ますからね。もし、貯められたら、それを利用して〈星に願いを(ウィッシュ・アポン・ア・スター)〉の実験をしましょう」

 

「あ、それは良いですね」

 

「じゃあ、モモンガさん。これからパンドラズ・アクターに会いに行きませんか」

 

「あ、それは嫌です」

 

 早い! ちょっとユウに影響されてませんか、モモンガさん。まったく、どれだけパンドラズ・アクターに会うのが嫌なんですか。今なら、流れで会いに行くかもと思ったのに。オレはカッコいいと思うんだけどなぁ、パンドラズ・アクター。まあ、いいか。やりようはいくらでもある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺がパンドラズ・アクターに会うのを断った為、ムササビさんは一人でワールドアイテムを取りに宝物殿へ行った。異世界に来てからムササビさんが、何度かパンドラズ・アクターも会いに行っていた。俺も会いに行った方がいいのは分かっているんだけど、やっぱり勇気が出ないんだよな。

 一人残された俺は、このファンタジーの世界観に場違いなマグカップの中の冷めたコーヒーをすする。ナザリック内では貴重な、とても馴染みのある()()()()()()()。懐かしいリアルの苦みで、パンドラズ・アクターを作った当時を思い出す。

 一人、また一人と引退していくギルドメンバー、そんな中で在りし日のアインズ・ウール・ゴウンの姿を残す為にパンドラズ・アクターを作った。だからパンドラズ・アクターには全てのギルメンの外装データが詰まっている。そのデータの中には、もちろん俺のもムササビさんのも一緒に入っている。

 お茶請けの煎餅(せんべい)をかじり、もう戻ってはこない輝かしい時を思い出す。ナザリックの豪華な食事も良いけど、こういう素朴な味の方が俺には合っているよな。庶民の味と言うか、家庭の味と言うか、液状食料みたいなのは嫌だけど。

 俺にも好物があったんだよなぁ。今ではもう味わえなくなったけど。俺のもう一つの楽しい記憶。こちらは輝いてはいないけど、けっして不幸せではなかった。だけど俺の中には、もうほとんど残っていない。家族との思い出の残滓が、かろうじてあるだけだ。

 なんの調度品もない質素なこの部屋が、俺には落ち着く。ログハウスなので家庭的とは言えないけど、ナザリックの自分の部屋よりはいい。あそこは豪華すぎて居心地が悪いんだよな、なんか落ち着かないと言うか。

 はあ、気分が沈んでるな。こんなんじゃ駄目だな。楽しい事を考えるか。当面の問題はあらかた片付いたんだから、いつまでも暗いままだと良くない。ムササビさんだって、『楽しみ』が無いと人間は生きていけないと言ってたし。

 やっぱり一番の『楽しみ』は冒険だよな。まだしばらく準備に時間が掛かるけど、もうすぐ冒険に出掛けられる。思っていた冒険とは違うモノになりそうだけど、それでも自然豊かな景色を眺めているだけでも楽しめそうだ。デミウルゴスが用意するクエストもどんなものになるんだろうか。アドバイザーとして、レトロゲームの中でも特にRPGが好きだった祐紗(ゆうさ)さんの記憶を持つユウが就く。百年以上も昔のゲームなんて知らないから、どのような物が用意されるのか予想も出来ない。

 このワクワク感、なんだかユグドラシルに戻ったみたいだ。あの時の仲間はムササビさんしか残ってはいないけど、今はユウが加わった。一緒に冒険するとはまだ先になりそうだけど。それでも楽しみに変わりはない。

 そんな感傷にも似た懐かしい感覚に浸っていると、それを打ち破るかのように扉が勢い良く開かれた。

 

「ただいま、モモンガさん」

 

 そこから軍服に身を包んだムササビさんが現れた。手にはしっかりとワールドアイテムの『強欲と無欲』が装備されている。ムササビさん魔法詠唱者(マジックキャスター)なのに、軍服にごついガントレットでパワーファイターみたいになってますよ。

 

「いやあ、どうですか、この軍服。パンドラズ・アクターを見たら着たくなりまして。元々オレもモモンガさんと一緒で軍服が好きでしたから。それに動きがオレとそっくりでしたよ。こんな風に」

 

 ムササビさんはクルリと回って、さながらアクターの様にポーズを決める。俺も多分そうじゃないかと思っていたんですよ。うわ~、やっぱり行かなくて正解だわ。こんなの見たら、卒倒しちゃうよ。それに『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』ってユウに言われても、あれだけ精神的ダメージを喰らうのに、動く黒歴史(パンドラズ・アクター)に言われでもしたら。はあ、考えたくないなぁ。俺の身体がアンデッドのままだったら間違いなく精神沈静化が起きてるよ。何回も連発しちゃうんじゃないかな。いやぁ、流石にそこまではいかないかな。

 ムササビさんは上機嫌で向かいの椅子に座り、ニコニコ顔のまま机に身を乗り出す。

 

「モモンガさんも一緒に来れば良かったのに。中々カッコ良かったですよ、パンドラズ・アクター」

 

 本当にそうだろうか。ムササビさんがカッコいいと感じているだけのような気が。たっみ・みーさんの『正義降臨』の文字エフェクトをカッコいいって言う数少ない人だし。その感性から言うと多分、ダサいはずだ。

 

「何、本当にそうだろうか、みたいな顔しているんですか。もしかして軍服もカッコいいと思わなくなったんですか?」

 

「軍服は今でもカッコいいとは思っているんですが、その、動きが、ねえ、ちょっとアレじゃないですか」

 

「モモンガさん、それ、オレの動きがアレって言っているようなモノなんですけど」

 

「いえ、そういう意味じゃなくて、その、今の歳であれを見ると黒歴史を見ていると言うか。なんだか気恥ずかしくなりそうで」

 

「オレとモモンガさんって、そんなに歳は離れてないんですけど。それってオレは現在進行形で黒歴史級の恥を振りまいているって言っているようなもんなんですけど」

 

 あぁ~、どんどん墓穴を掘っていく。テンパり過ぎだわ、俺。ちょっと落ち着け。ムササビさんも、そんなにイジらないでくださいよ。

 

「あれ、もしかしてモモンガさん。パンドラズ・アクターの事、嫌いですか?」

 

「えぇ!? いや、そんな事は無いんですよ。ただ、やっぱり恥ずかしいと言うか、その、作った当時のカッコいいと思ったものを詰め込んだから、今見ると、ね。それにパンドラズ・アクターを作った理由が理由ですから」

 

「まあ、分かりますけどね。オレもアインズ・ウール・ゴウンは長かったですから。やっぱりギルメンが辞めていくのは寂しいものがありますからね。初めからいたモモンガさんなら、もっとでしょう。それに自分の黒歴史と会うのは勇気がいりますからね」

 

「……そうなんですよ。やっぱり会うのはちょっと、と思ってしまって一歩が出ないんですよ。この非常事態に何を言っているんだって思われるでしょうけど」

 

 はあ、ダメだな。ムササビさんに頼りっぱなしなのに、その上この(てい)たらく。自分が情けない。

 

「その非常事態ですから、パンドラズ・アクターの頭脳を使わない手は無いんですよね」

 

 パンドラズ・アクターはデミウルゴスとかと同等の頭の良さがある。それを宝物殿に置いておくだけではもったいないのは確かだ。ムササビさんは俺に気を使ってパンドラズ・アクターを使っていないだけだ。

 

「モモンガさん。はっきり言って他のギルメンが戻ってくる確率はほとんどありません。もちろんゼロとは言いませんが」

 

「スワンプマンでしたよね。仮に俺達がスワンプマンだとしても、奇跡のような確率なんですもんね」

 

「だから、今いるオレ達でなんとかしないといけません。それには、わだかまりがあるのは良くないですよ。それに個人的にも、モモンガさんにはパンドラズ・アクターと仲良くしてほしいんですよね。嫌っている訳でもないんですから」

 

 そうなのだ、俺は別にパンドラズ・アクターが嫌いな訳じゃない。ただ気恥ずかしいだけなんだよな。ようするにワガママなのだ。

 

「実は、ちょっとパンドラズ・アクターには悪い事をしているなぁ、と思っているんですよ。本当はすぐに会いに行かないといけなかったんですよね。ムササビさんは俺に気を使って、直接は言いませんでしたけど」

 

「そう言うと思って、パンドラズ・アクターに来てもらってますよ」

 

「え」

 

 バーンっと扉を開かれる。そこにポーズを決めた立つパンドラズ・アクターがいた。ぽっかりとした穴が三つあるだけのつるりとした顔が、軍服を着てポーズを決めてもカッコよさのカケラも無い。

 ダッサイわ~。これはダサい。ムササビさんがしていても、そこまで思わないのにパンドラズ・アクターがしていると心にくるものがある。これが黒歴史か。

 くるりと回って俺の隣の椅子に座る。うわ、本当に動きがムササビさんそっくりだ。これはキツイ。

 

「お久しぶりでございます。私の創造主たるモモンガ様」

 

 パンドラズ・アクターはビッと敬礼をする。イタイ、これはイタイ。もう直視できない。

 

「さあ、モモンガさん。息子との感動のご対面ですよ」

 

「あの、まだ心の準備が」

 

「オレ達がナザリックを空けるようになるから、地盤を固めておこうって言ったでしょ。アウラやデミウルゴスもそうですけど、パンドラズ・アクターもその範囲に含まれていますからね。このままという訳にはいかないですよ」

 

「うう、はい、そうですね」

 

 正論過ぎて何も言えない。確かに冒険に出掛けるようになったら、さらに会う気が湧かなくなるだろう。俺の事だ、何かと理由をつけて先延ばしにするのが目に見えている。

 

「気を張らなくても大丈夫ですよ、NPCが幻滅する事はないのは十分理解したでしょう。どう接しても問題無いですよ」

 

 それはデミウルゴスとの面接で良く分かった。ナザリックの皆は、俺達がどんな人間でも受け入れてくれるはずだ。そしてNPC達がどれほど造物主を特別に思っているかも良く分かった。あのデミウルゴスが子犬みたいに尻尾を振ってたもんな。

 パンドラズ・アクターは黙って俺の方を見ている。これは俺からの言葉を待っているんだろうか。なんて声を掛けたらいいんだ。「元気にしてたか」とか、なんだそれは。「今日は天気が良いですね」とか、営業のイロハかよ。

 ちらりとムササビさんの方を見ると目が合ってしまった。なんでそんなに俺をじっと見てるんですか。こういう時はムササビさんが何か話を振ってくれるんだけどな。このまま沈黙し合っていても仕方ないし、恥を忍んで頼んでみよう。

 

「あの、ムササビさん。せめて、何か話題を提供してくれませんか?」

 

 そんな助けを求めた言葉に、ムササビさんは首を振って答えた。うぅ、どうしよう。ここは支配者のモモンガとして振舞うか。いや、そうじゃないなよなぁ。ムササビさんは俺個人として、パンドラズ・アクターと向き合ってほしいんだと思うんだよな。モモンガとしてなら、別にここまで俺とパンドラズ・アクターを引き合わせるのに労力を使わないよな。

 あ~、思考の袋小路に迷い込んでる気がするな。

 

「もう! ボク達はどんなモモンガ様でも受け入れるんですから、ボクと話しているみたいに、話題は何でもいいんですよ」

 

 隣に座るユウが励ましてくれる。この世界に来てから、ユウには何時も助けられている気がする。

 

「って、ユウ!? え、いつの間に! あれ、そこにはパンドラズ・アクターが座ってなかったっけ。どっから湧いてきたの?」

 

「どっから湧いてきたって、ボクをなんだと……モモンガ様、落ち着いてください。さっきまでいたパンドラズ・アクターはボクが変化(へんげ)した姿ですよ。ボクもドッペルゲンガーですから、変化(へんげ)はお手の物です。まあ、モ〇ャスの再現ですね。〇シャスの」

 

 ああ、そうか。ユウはドッペルゲンガーだった。外装だけなら完璧にコピーできる。中身まではそうはいかないが。

 それとモシャ〇ってなんだろうか。再現って言っているから、某国民的ゲームの魔法かな。ユグドラシル以外のゲームは詳しくないから分からない。

 俺の驚く姿を見て笑っていたムササビさんが話し出す。

 

「多分こうなるだろうと思ってユウに変化(へんげ)してもらってたんですよ。そんな態度をとったらパンドラズ・アクターでも傷付くかもしれませんよ。まあ、大丈夫とは思いますけど」

 

「モモンガ様。分かり合おうとする者同士に限り、本心を誤魔化さずに話せば分かり合える、ですよ」

 

 ユウは以前言っていた言葉を述べながら俺に向けてウインクをする。俺の好みはアルベドみたいな女性だからタイプじゃないけど、それを差し引いてもユウは相当可愛い。決して可愛いからギルドメンバー入りさせた訳じゃないけど。

 それと地味にムササビさんがユウのセリフでダメージを受けている。そう言えば、これはムササビさんの言葉だと言ってたもんな。自分が言うのは良いけど、娘が言っているのを見るのは気恥ずかしいんだろうな。

 

「モモンガ様。少し練習してみてはいかがですか。ボクはナーベお姉様より一つ種族レベルが高いので、空いている枠に外装データをストックできるのですよ。なので、今ここでパンドラズ・アクターさんに変化(へんげ)できますよ」

 

 そう言ってユウはパンドラズ・アクターの姿に変わる。

 

「ステータスは変わりませんけどね」

 

 パンドラズ・アクターの声だが、口調はユウのままなので違和感がある。ドッペルゲンガーは記憶を読み取ってコピーしている訳ではなく演技をしているだけなのだから、パンドラズ・アクターの姿でも中身はユウのままというのも出来るのか。

 

「さあ、ボクをパンドラズ・アクターさんだと思って何でも言って下さい」

 

 パンドラズ・アクターの姿をしているユウに促される。なんだか目からの情報と耳からの情報がちぐはぐで混乱する。

 

「さあ、なにか無いんですか。モモンガ様」

 

 パンドラズ・アクターの姿で、そんな女の子みたいな動きで迫らないで。なんだか黒歴史そのものよりも、恥ずかしく感じてしまう。

 

「う~ん。急に言われても、ちょっと待って」

 

 思うところがない訳じゃないけど、いざとなると何をどう言ったものか分からない。別にパンドラズ・アクターが何かしたとかではないんだし、結局は俺だけの問題なのだ。最悪、俺が我慢すればいい。

 俺があれこれ思い悩んでいると、ムササビさんが助け舟を出す。

 

「モモンガさんはNPCの中でパンドラズ・アクターが一番大切じゃないんですか。オレはもちろんユウが一番大切ですよ」

 

 パンドラズ・アクターは一番ではない。大切でない訳ではないんだけど。じゃあ、どのNPCが一番なのかと考えると――。

 

「――俺が一番大切なのは、ユウかな。祐紗(ゆうさ)さんの記憶がありますし、それに、もうアインズ・ウール・ゴウンの一員になりましたから。パンドラズ・アクターは、ギルメンの外装をコピーしておいて、その姿を残す為のものだったから、なんと言うか……」

 

「おぉぅ、この姿のボクを口説くとか、流石はペロロンチーノ様と仲が良かっただけはあります。レベルが高過ぎてボクではついていけませんね」

 

「え? あ、違う、口説いた訳じゃないぞ。確かに一番大切だけど、そういう意味じゃないからな。NPCの中ではって事だから」

 

 慌てて否定する。何を言っているんだ。ユウの言う通り口説き文句みたいじゃないか。

 

「モモンガ様。アルベド様の前では絶対に言わないでくださいね。流石にこれはボクが謀殺(ぼうさつ)されてしまいます」

 

 ユウがマジな顔でそう言った。

 アルベドってそんな事するの。タブラさんは設定厨でギャップ萌えだったから、何かそういうのがあるかもしれない。

 

「父親のオレの前で、自分で作ったNPCの姿をしたユウを口説くとは、流石は嗜好の御方ですね。おっと字が違った。至高の御方ですね」

 

「ホント勘弁してください。そう言うんじゃないんですから」

 

 ムササビさんとユウはケラケラと笑う。パンドラズアクターの姿のままで、いつものユウと変わらない仕草で笑っていると何とも言えない違和感がある。

 それにしても、ユウとムササビさんの笑う仕草がそっくりだ。そしてとても仲が良い、さっきのお茶会の時も思ったけど、世の親子と比べても相当に仲が良いんじゃないかな。親の顔もほぼ忘れている俺でも、羨ましいと感じてしまうくらい幸せそうだ。もしかしたら俺とパンドラズ・アクターも、あんな関係になれるかもしれない。

 

「モモンガさん。オレはNPCをギルメンの子供同然に思っているんですけど、モモンガさんもそう思っているんでしょ」

 

 なんともタイミング良くムササビさんはそんな事を言う。俺がパンドラズ・アクターに会う気が湧かないのは、俺がパンドラズ・アクターを他のNPCよりも特別に思っていて身構えているだけなのしれない。

 

「そうですね、オレもNPC達をギルメンの子供同然だと思っています。だからパンドラズ・アクターも俺の息子同然かなって気がしますね。ムササビさんとユウの姿を見ていたらかそう思えてきたのかもしれませんね。それに実はちょっと、ムササビさんとユウが羨ましく思っているんですよ。俺とパンドラズ・アクターもあれくらい仲良くできたらいいなぁって」

 

 俺が言い終えると、ムササビさんの姿がパンドラズ・アクターに変わっていた。

 

「モモンガ様、この私を息子と……」

 

 パンドラズアクターが感動で震えている。

 え、どういう事。じゃあ、部屋に入ってきたムササビさんは初めからパンドラズ・アクターだったって事? あれ、じゃあ本物のムササビさんはどこに。え、じゃあ、これって、もしかして……。

 

「ムササビさんのイタズラ!?」

 

「イタズラはヒドいな~、モモンガさん」

 

 ムササビさんが奥の部屋から出てきた。後ろにはリスタもいる。

 

「モモンガさんは知らないと思いますけど、この『勇者の小屋』は勝手口もあるんですよ」

 

「そんなことは聞いてませんよ。なにしているんですか」

 

「モモンガさんにパンドラズ・アクターと会って一緒に話をしてもらおうと。さっきまで隣の部屋で聞き耳を立てて、パンドラズ・アクターに〈伝言(メッセージ)〉を送ってたんですよ。だからスワンプマンに関する事も受け答えは完璧でしたでしょう」

 

 パンドラズ・アクターに会わすのに、こんな二重構造のイタズラを仕込んだんですか。この人のイタズラは手抜かりがない。

 

「これだけの為にパンドラズ・アクターにワールドアイテムまで装備させたんですか」

 

「もちろんですよ。ワールドアイテムを装備出来たパンドラズ・アクターは、文字通りの狂喜乱舞でしたよ」

 

 ムササビさんがリスタが揃って、グッと親指を立てる。いつの間にか元の姿に戻っていたユウも同じように親指を立てる。この親子、息が合い過ぎている。家族になって二日も経ってないんでしょう。ムササビさんにいたってはほとんどリスタと会ってないはずなんだけど。

 

「いやぁ、ボクの事が一番大切なんて、これはもうモモンガお義父様と呼んでも問題無いですね。今度からはパンドラお義兄様と呼びましょうか」

 

 ユウは頬に手を当てて、クネクネと身悶(みもだ)える。それにムササビさんは、後ろからユウの頭にボスっと手を乗せてツッコむ。

 

「ややこしい事になるから止めろ。それに創造された順で言うと、お前がお姉さんだ」

 

 それを聞いたパンドラズ・アクターが胸に左手を当て、ユウへ右腕を伸ばし、右手の平を上へ向けて話し出す。

 

「では、これからは姉上とお呼びいたしましょう」

 

 それにユウは腕をバツの字にして答える。

 

「ノー! ボクが妹です。ボクを姉と呼んでいいのはリスタだけです」

 

「お姉様、それほどまでに私の事を……」

 

 ユウとリスタがヒシっと抱き締め合う。それ、さっきもやってたよね。この二人のお決まりのパターンなのだろうか。二日も経たずに、そんな関係になれるものなのか。

 でも正直、羨ましく思う。アインズ・ウール・ゴウンにもそういうのがあった。もうこの二人は、それくらい仲が良くなったんだろう。

 抱き締め終わったリスタは、ユウの座る椅子にぴったり椅子をくっつけて座る。

 ユウとリスタは、まるで昔から本物の姉妹だったみたいだ。なんだかんだ言って、ユウもムササビさんと似て、人と仲良くなるのが上手い。俺はあまりそういうのは得意ではなかった。仕事ならそこそこ出来ていたとは思うんだけど。結局、友達と言えるのはアインズ・ウール・ゴウンにしかいなかった。

 でもムササビさん達を見ていると、俺にもあの時の仲間に匹敵するくらいの仲間が出来るかもしれないと思えてくる。ギルドメンバーにユウを迎え入れたように。なんだか、ムササビさんとユウにはそんな人を引き付ける力があるように感じる。

 ムササビさんはパンドラズ・アクターの隣に座る。二人は同じような軍服を着ているので、なんだかペアルックみたいになっている。

 何時の間にか席を立っていたユウが、俺達の前にマグカップを置いて回る。中にはコーヒーが淹れてある。ユウとリスタはホットココアのようだ。皆に飲み物を配り終えたユウが着席するとムササビさんが話し出す。

 

「さて、ちょっと話が逸れましたが、こうやって()()()()()()で一緒に話をしようと思いまして。これから大陸を支配していくにあたり、否が応でもオレとモモンガさんが中心になります。そこで両家は()()付き合いになるんですから。ここの仲が良くないと友好的な支配に支障をきたしてしまいます。歴史を紐解いてみても、家族関係から支配体制が崩壊するのはよくある話ですからね。それは小さい齟齬(そご)から発展する事もままありますし」

 

 ムササビさんは遥か先を見ている。俺と菱川家の仲が悪くなるのは考えられないけど、それと同じくらい俺とパンドラズ・アクターの仲が悪くなるのも考えられない。それなのに俺はパンドラズ・アクターを避けていた。だからムササビさんはこの場を設けたんだ。

 

「いつかアルベド様もここに加わりますけどね。ね、モモンガ様」

 

 そんなにプレッシャー掛けないで。支配者(しごと)としてなら話せるけど、鈴木悟(プライベート)としては何を話していいかすら、まだ分かってないんだから。

 

「モモンガ様、家族っていいモノですよ」

 

 ユウはいつもの(まぶ)しい笑顔を向ける。一度家族を失っているリスタもこちらを見ている。表情が乏しいので分かりにくいが、ユウと同じことを訴えかけているようだった。ここにいる者は俺を含めて、みんな家族を失っている。

 ――あぁ、だからか、俺にも家族を、と言う事か。息子同然と言っていいパンドラズ・アクターと会わせたかったのは、これから先の事もあるけど、単純に俺の為を思ってもあるのか。

 そしてパンドラズ・アクターの為を思ってもあるんだ。俺は母親の顔も思い出せないくらいになってしまったけど、この三人は今でも忘れてなんかいない。パンドラズ・アクターが父親と会えないのは寂しいだろうと思ったんだ。この三人がそう思うのは当然じゃないか。

 俺の前に座るパンドラズ・アクターを見る。

 さっきまでムササビさんとしていたと思っていた会話は全部パンドラズ・アクターに言ってたって事になるんだよな。それじゃ、もう話さなくてもいいような。いや、そういう訳にもいかないか。ここまでお膳立てしてもらったんだから、何か話さなくちゃ。

 

「パンドラズ・アクターよ。いや、今更こんな話し方なんて意味が無いよな。……その、すまなかったな。今まで会いに行かなくて。さっきまでの会話でも分かったように、俺がお前に会うのが気恥ずかしかっただけなんだ」

 

「いえ、私はモモンガ様の心の内を知れて嬉しく思っています。私に気恥ずかしさを覚えると言うのなら、どんなモノでも改善いたしましょう」

 

 うわぁ、すっごいオーバーアクションだ。ダッサイわ~。ホント、ダサいし、イタイ。俺がパンドラズ・アクターのリアクションに圧倒されていると、隣に座るユウが口を開く。

 

「モモンガ様、今思っている事を正直に言えばいいんですよ。本音で話しましょう」

 

「いや、でも、これは俺がパンドラズ・アクターに書き込んだ事だから」

 

 他のNPCには設定を尊重しているのに、パンドラズ・アクターは尊重しないというのは(よろ)しくないと思える。

 

「モモンガ様、NPCにとっては造物主が一番大切なんです。造物主の為なら、どんな事でもできますよ。命すらも捧げられます。そもそもNPCにとって至高の御方の為に命を投げ捨てれるのは名誉な事ですから。もちろんボクも同じ思いですよ。お父様もモモンガ様も、それをお望みになっていないと分かっているボクでも、この気持ちは変わりません。これは本能みたいなモノなんです。()いて言うならば、ナザリック(だましい)ですね」

 

「ナザリック魂ってなんだよ」

 

 ムササビさんがツッコミを入れた。俺も初めて聞いた単語だ。

 

「このナザリックで生を受けた皆が持っている本能ですよ。ナザリック魂はボクの造語ですけどね。でも、この気持ちは全てのシモベが持っていますよ。POPモンスターはもちろん、反逆を宿命づけられたエクレアでもね」

 

 反逆を宿命付けられたと言われるとエクレアもカッコよく思えてくる。こういう表現の仕方はムササビさんにそっくりだ。平たく言うと中二病。

 

「それをナザリック魂と呼ぶなら、私にもあります。モモンガ様の為なら、この命など捧げましょう」

 

 俺の黒歴史でもある過去の中二病(パンドラズ・アクター)はオーバーな動きで胸に手を当てる。やっぱり何かくるモノがあるな。むしろ、この歳でも中二病を楽しめるムササビさんが凄いのか。

 

「当然ボクも大好きなお父様の為なら、お父様を殺して死ぬ覚悟はありますよ」

 

 ユウが冗談には聞こえない調子で言う。それはどういう覚悟なのだろうか。神が望むなら神も殺すという感じなのだろうか。

 

「ユウよ。そこはお父さんを殺さない方向で調整してくれないか」

 

 と、またしてもムササビさんはツッコミを入れる。

 

「それはお父様次第ですね」

 

 ユウはニヤリと笑って答えた。なんだかユウが本気だ。そういう設定に書き込まれているのかな。出来るだけNPCの設定を尊重しようとは思うけど、流石にそれは尊重できないなぁ。何かあった時は止めよう。

 

「モモンガ様。今、ボクの設定を尊重できないと思ったんじゃないんですか」

 

 この親子は俺の心を読めるのだろうか。それとも俺が読まれやすいだけなのかな。でも、確かにそうだ。それなら別にパンドラズ・アクターに対しても、同じ事をしてもいいのではないか。禁止させるならともかく、控えてもらうだけならいいんじゃないか。徐々に慣らしていくのもいいかもしれない。何時かはムササビさんの様に、自分の黒歴史を笑って見れる日がくるかもしれないし。

 

「あ~、パンドラズ・アクター。そのオーバーアクションは控えてくれないか」

 

「『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』」

 

 グハッ! パンドラズ・アクター本人から言われると、こんなにダメージを受けるのか。

 

「『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』」

 

「いや、ユウは言わなく良いから。流石にオレは慣れたけど、モモンガさんに追加ダメージが入っているから。もうモモンガさんのリアクションを面白がってるだけだよね」

 

「『我が神のお望みとあらば(Wenn es meines Gottes Wille)』」

 

「いやいや、リスタも言わなくいいから。これはオレとモモンガさん両方にダメージが入ってるから。その言葉は誰に教えてもらったの」

 

「お姉様に」

 

「やっぱりか」

 

 ムササビさんは呆れたようにつぶやく。

 

 ユウもムササビさんに負けず劣らずイタズラ好きだわ。でも、こんなに遠慮してない性格だからこそ、すぐに仲良くなれるんだろうな。もちろん、それはユウの気遣いとセットではじめて効果があるんだろうけど。

 

「そう言えば、この言葉ってムササビさんが教えたんですか」

 

「いえ、オレじゃないですよ。そんな設定も書き込んでませんけど。ただ、この言葉自体は気に入っているので、ユウの前で言った事はあるかもですけど」

 

「この言葉は、るし★ふぁー様から(もたら)されたものですよ」

 

 ユウは無邪気な笑顔で答える。

 

「あんの腐れゴーレムクラフター、何してんの。ホント、トラブルメーカー」

 

「アッハッハッ、モモンガさん。本音が駄々洩れになってますよ。そのセリフがいやならパンドラズ・アクターに言えばいいじゃないですか。不満はため込まないで言った方がいいですよ」

 

 ムササビさんの言う事も(もっと)もだ。そもそも、その為にこの場を設けてくれたんだ。ユウも言っていたじゃないか。分かり合おうとする者同士に限り、本心を誤魔化さずに話せば分かり合えるって。俺はパンドラズ・アクターに気兼ねし過ぎてるんだな。

 

「そのパンドラズ・アクター、ドイツ語だったけ。俺の前では控えてくれないか」

 

「はぁ」

 

 なんでそんなに微妙な顔をしてるの。

 

「モモンガ様、何かパンドラズ・アクターさんに命令してあげるのはどうでしょう。至高の御方に命令されるのはシモベにとっては御褒美ですから。それが造物主となれば、格別です」

 

 その言い方だと、ナザリックのシモベが全員ドMに聞こえてしまう。確かにユウの言う通りだろうけど、なんだか釈然としない。

 まあ、パンドラズ・アクターが喜ぶと言うのなら、何か命令をするか。やっぱりちゃんとしたのが良いよな。それでいて何か特別な命令。

 そうだな。父親として、何か言うか。それが今まで会わなかったせめてもの罪滅ぼしだ。

 

「パンドラズ・アクターよ。父である俺が困っている時は助けに来てくれ」

 

「この命に代えても()せ参じます。父上」

 

 父上って呼ばれるのはなんだか、むずがゆい。でも、これは止めさせられない。俺とパンドラズ・アクターは親子なんだからな。

 一緒に話をする事によって、家族の記憶もほとんど消えかけている俺に新しい家族が出来た。




前回に続き今回も更新が大変遅くなりました。話の流れはほとんど出来ていたので早く出来ると思ったのですが、デミウルゴスのパートを実際に書いてみると、なかなか満足のいく出来にならず、時間が掛かってしまいました。


今作ではドッペルゲンガー(種族レベル)の設定はweb版準拠 多分、書籍版でも変わらないと思いますが記述が無いので。
独自解釈  ドッペルゲンガー(種族レベル)がコピーできる外装データは何時でもコピー、デリートが可能。この設定でないとPCがドッペルゲンガーの種族レベルを上げた時にあまり意味が無い為。パンドラズ・アクターが至高の御方の能力を80%使えるのは種族レベル由来ではなく、職業レベル由来の為。


ナザリック教育ルートのタグは、ナザリック(勢が、特にデミウルゴスが至高の御方や現地勢を)教育(する)ルート、ナザリック(勢を、至高の御方が)教育(する)ルートの二重の意味があります。全部ひっくるめてのナザリック教育ルートです。

デミウルゴスに悪を行わないようにする為の説得材料は、原作にある情報だけで行っています。こういう感じに話を持っていけば、デミウルゴスの悪行を事前にやめさせるくらいの説得力があると思うのですが、どうでしょうか。

デミウルゴスにモモンガとムササビを育てさせるように仕向けた材料は、この作品で出した情報で行っています。これくらいすれば、デミウルゴスが至高の御方を教育すると言う不敬を自発的に行わせる事ができると思うのですが、どうでしょうか。

分かっているとは思いますが一応解説しておくと、ムササビが造物主に去られたNPCの元にその日に訪れていたのは、NPCの所有権を譲られたからで、シモベが知る事も出来ない何かとはプログラムの事で等、前回の話でムササビが危惧していたNPCに見せていた奇行は全て覚えられています。もちろんリアルに関する事はうろ覚えなのは原作と変わりませんが。NPCもムササビの事を変わった所がある至高の御方だなぁと思っています。


この話でデミウルゴスは原作とは違い悪行をしなくなります。デミウルゴスがあれほどの事をしておいて、鈴木悟救済は無理がありますからね。原作者がデミウルゴス牧場をアインズが知っても苦悩するが黙認すると言っているので、アインズ救済だったら大丈夫でしょうが。


次回から冒険の開始です。やっとニグンさんが活躍します(棒)
今度こそ早く更新できるように頑張ります。出来れば今月中に更新。

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