元オーバーロード鈴木悟と元人間ムササビと   作:め~くん

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前回のあらすじ

守護者一同、ムササビに暴言を吐く
ムササビ、暴言を吐かれつつ、るし★ふぁーさんが他にもイタズラしているはずと確信する
アルベド、玉座の間でモモンガがノリノリで演じていた内容は、本当なのかと真面目なトーンで聞く
モモンガ、絶望のオーラをまき散らすわ、帰る気満々だったムササビの評価を聞いて足止めするわ、皆が感激している中、空気を読まずにお腹を鳴らすわと魔王に相応しき傍若無人ぶりを発揮する
ユウ、るし★ふぁーから受けたイタズラをお父様にも秘密にしている



セバス、二話にまたがり、一時間半もナザリック周辺を探索したのにセリフが「……」のみ


4 食事と沼と

 アンフィテアトルムから帰ったオレ達は、モモンガさんの部屋の丸いテーブルに向かい合って突っ伏していた。

 自分たちだけで重要な会議をする、という名目でお付きのメイド等、供回りの者達は全て部屋から退出させている。この異世界――そう表現していいのかはまだ不明だが――に来てから、初めてNPCがいない時間。

 しばらく、だらけているとセバスがソリュシャンと連れ立って来た。同じ名目を使い部屋には入れないで、ドアの前で待機してもらっている。

 

「……疲れた」

 

「……オレ達の評価、高過ぎじゃないですか。あれじゃ完全に神様扱いですよ」

 

「あ゛~」

 

「はぁ~、ちゃんとオレ達に対するハードルが下がってるかな」

 

「……しんどい~」

 

「……オレの話を聞いてます、モモンガさん?」

 

「あ~、このまま何もかも忘れて寝てしまいたい」

 

「ちょっと、寝ないでくださいよ。まだやる事は残っているんですからね。そうホント、まだまだ山積みですよ~」

 

 はあ、と二人揃ってテーブルに頬をつけたまま溜息をつく。オレ達のような一般人、オレは一般人とは言い難いかもしれないが、別にやんごとなき生まれという訳じゃないから、こういう敬意の払われ方は初めてだ。上司と部下という訳でもない、この関係にどう対処すればいいか。

 ちらりと時計を確認する。そろそろユウが戻ってくるかな。外の二人には、後から来るユウは中に入れろと命じたから問題ないだろう。

 さて、悩んでいても仕方がない。まずは情報の交換だ。

 オレが顔を上げると、モモンガさんも顔を上げる。さっきまでのだらけた雰囲気は消えてなくなり仕事モードの顔だ。このやる事は言わずともやる感じは、ちゃんとした社会人ギルドだよな。わざわざ当たり前の事を説得しなくすむんで、とても楽だ。

 

「NPCの性格は概ね設定どおりで、設定にない部分はどうやら作った人の性格の影響があるみたいですね」

 

「確かにどことなく面影があるような感じがするNPCもいますね。まるでギルドメンバーの子供みたいだ」

 

 モモンガさんもオレと同じ感想を持ったようだ。でも、モモンガさんは名前も忘れていたくらいだから、設定もほとんどわからないだろうし、全く同じでは無いはずだ。とはいえ、それは些細だ。そこを詰める必要はないだろう。物事には優先順位というものがある。

 

「そうなんですよね。ただアルベドだけ、なんか違うんですよね」

 

 モモンガさんの動きがピタリと止まった。すでに目も泳いでいるんですけど。これは絶対に何かある。

 

「ああ~、アルベドだけ違うんだよなぁ~」

 

 肩と首を回しながら、白々しく言ってみた。モモンガさんから冷や汗がだらだらと流れ出している。

 

「う~ん、アルベドだけどうして違うんだろうな~」

 

 思いっきり背伸びしながら棒読みで言ってみた。……もう一押しかな。だけど、ここでガムシャラに押すだけなのは子供、大人はスマートに相手の緊張をほぐしつつ聞き出すものだ。

 オレはおもむろに椅子から立ち上がり、モモンガさんの隣まで行って、物凄い速さで腕立て伏せをしながら「ア・ル・ベ・ド・だ・け・違・う・ん・だ・よ・な!」と言った。

 

「わ、分かりました。言いますよ。アルベドだけ違うのは俺が原因なんですよ」

 

「なんだって! それは本当なのか、モモンガさん!」と腕立ての体勢のままモモンガさんを見上げて、オレは迫真の演技で驚いて見せた。

 

「もう、なんなんですか、それ」

 

「スケルトン・筋トレ・ジョークです。大胸筋に効いているのかは不明ですけどね。それでアルベドだけ違う理由はなんですか」

 

 オレはモモンガさんの向かいの椅子に座り直す。モモンガさんは訥々と一部始終を話してくれた。

 

「――なるほど、書き換えた事を気に病んでいたと」

 

 モモンガさんは消え入りそうな声で「はい」と答える。

 

「まあ、書き換えた時はこうなるなんて夢にも思ってなかった訳ですし、ダブラさんには残ったNPCは好きにしてくださいって言われてますから」

 

 好きにしてってのはウソなんだけどね。でも引退してオレが貰い受けたんだから、言われてなくても好きにしていい権利は一応あるはず。だったら、このウソは許されるだろう。ダブラさんはちゃんと良識をもった人だし。嘘も方便だ

 

「それでも、やっぱり勝手にした事ですから」

 

「なら、設定に書いてある事を本当にしましょう。アルベドを虜にするくらいカッコよくなればいいんですよ」

 

「……そんな事ができますかね」

 

「泣く子も黙るアインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターに不可能はないですよ。多分ですけど、今の我々にも設定が効いているっぽいので寿命もなさそうですし、時間ならいくらでもあります」

 

「それ、褒めてるんですか、貶してるんですか」

 

「両方ですよ。ギルマスとして優秀なのは承知してますけど、恋愛関係で優秀そうには見えませんしね。嫉妬マスク持ってるし」

 

 嫉妬マスク――正式名称、嫉妬する者たちのマスク――クリスマスイヴの19時〜22時の間に2時間以上ユグドラシルにログインしていると強制的に入手するジョークアイテムだ。

 

「嫉妬マスクはムササビさんも持ってるでしょう」

 

「本物が持っているのに影武者が持ってないのは不味いと思いまして」

 

 アイテムボックスから嫉妬マスクを出して装着する。モモンガさんも嫉妬マスクをつける。珍妙な仮面をつけた二人が向かい合ったまま黙っている。これは何かボケないと、この均衡状態が破れない気がする。

 

「嫉妬の炎がメラメラと~!」

 

 モストマスキュラ―のポーズを決めて叫ぶがモモンガさんは不思議そうな顔をしていた。うん、これはスベッたな。やはり骨の体でボディビルダーのポージングはシュールが過ぎたかな。もしくはこのポーズは前傾姿勢になるから、オレの中身が丸見えになるからか。どう考えても元ネタを知らない可能性が一番高いか。

 

「まあ、これもらった時は彼女がいたんですけどね」

 

「裏切者ォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼」

 

「ただいま戻りました――って、お父様がモモンガ様を裏切ったー!」

 

「ムササビ様、何故モモンガ様を裏切りになられたのですか!?」

 

「私は何があろうとムササビ様につかせていただきます」

 

 グッドタイミングでノックも無しにドアを開けたユウにより、モモンガさんの心のこもった「裏切者」発言がセバスとソリュシャンに聞かれてしまった。

 

「違う! これは私の勘違いだ! ムササビさんは何も裏切ってないぞ! みんな落ち着け!」

 

 慌てるモモンガさんをしり目に、ユウ、セバスがなんのためらいもなくモモンガさん側についた中、唯一味方をしてくれたソリュシャンへ感謝の念を送る。いい子だわソリュシャン。オレが裏切ったと、なんの躊躇(ためら)いもなく信じたとしても。しかし、ユウよ、お父さんの信用度低すぎない? 知ってる、オレってお前を作ったんだよ?

 モモンガさんがセバスとソリュシャンの誤解を解いて外に出す。

 ユウはオレの隣に椅子を持ってきて座った。コイツ切り替えが早いとかじゃなくて図太いだけなんじゃ……。

 

「では、ご報告いたします。守護者様達のお父様達への忠誠度は天元突破、死ねと言われたら嬉ションしながら死ぬレベルです」

 

 嬉ションって、餡ころもっち餅さんが飼っていた犬かよ。でも表現は悪いけど、オレも同意見だわ。アレは狂信の類いだ。恐ろしい。

 

「次の報告です。モモンガ様とお父様が発したオーラでボクは死ぬ直前でした」

 

「「ごめんなさい」」

 

 間髪入れずに二人で謝った。蘇生魔法が機能するかわからない状況で娘殺しってヤバ過ぎる。機能しててもヤバイけどね。

 

「ゴメンですんだら、警察(たっち・みー様)はいりませんよ、お父様」

 

「オレだけ!? モモンガさんは? そもそもモモンガさんが急に絶望のオーラを出すから」

 

「あれは決して悪気があったわけでは。あまりの事態にスキルが出ちゃったっていうか」

 

「それで、次のご報告ですけど――」

 

「早い、切り替えが早すぎる。この後、オレ達が責任の押し付け合いをする社会人寸劇が始まるんじゃないか。クソッ、オレはこのスピードについていけるのか……。いや、考えても仕方がない。デミウルゴスの様子はどうだった」

 

 モモンガさんは呆れながら「ムササビさんも大概切り替えが早いですよ」とつぶやていたが、今は報告の方が大事なので聞こえなかった振りをする。

 

「デミウルゴス様がモモンガ様とお父様の能力の低下をお嘆きになっておられました」

 

 それは悪い事をしたな。でも、オレ達じゃ期待に応えられないから、ああするしかないよな。

 

「それと繁殖実験をしたいと言ってました。少しでもナザリックの戦力を高めたいと」

 

 流石はデミウルゴス、すでに先を見据えているか。

 

「後、マーレ様の服装を不思議がってました。全員そんな恰好しないといけないのかとも仰ってました」

 

 なんだとデミウルゴス、やはりオレら関連は弱いのか。デミウルゴスやセバスがスカートとか穿いて、忠誠の儀なんかされたら失笑を禁じ得ないな。コキュートスは……全裸だからないか。これは最優先で誤解を解かないとな。異世界まで来てブラクラとかマジ勘弁。

 

「後ですね、シャルティア様がお父様に会ってパンツが濡れたと言ってました」

 

「「……ペロロンチーノォ……」」

 

 ハモった。オレ達二人の共通の友人は、変態だった。知ってたけど。

 シャルティア、アンデッドなのに体液分泌してんの? え、それともペロロンチーノさんが態々設定に加えたの。そんな事は書いてなかったような気がするんだけど。いや、深く考えても仕方がないか。

 

「変態のお父様とお似合いですね」

 

 にっこりと微笑むユウを見て、そう言えばオレが変態だという誤解を解いていなかったの思い出した。ホント、やる事が多過ぎる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ユウは報告が一通り終わると退出していった。

 間を置かず、二人分の料理が運ばれてくる。大きく分厚いステーキが皿に乗っていた。

 モモンガは初めてステーキなるものを見た。付け合わせも盛られていたがモモンガにはどうでもよく、もっぱらその興味は未知なるドラゴンの味に注がれていた。次点で興味があるとすれば、ムササビがどのような秘策をもって飲食するのかであり、モモンガの食への関心の低さが現れていた。

 

「さあ、モモンガさん。頂きましょう」

 

 そう促されてもテーブルマナーなどモモンガに分かるはずもない。そもそも食事に関心がなかった上に、こういう高級な物に縁がないから知る機会もなかった。流石にフォークとナイフの使い方くらいは知っているが。

 

「嫌だな、モモンガさん。今はオレしかいないんだから、マナーなんてどうでもいいですよ。堅苦しいのはオレも好きじゃありませんし」

 

 さっきは思わず裏切者と叫んでしまったが、気遣いができて、顔も良く、財力もある、彼女がいてもなんの不思議もない。今も目上のモモンガがまだ食べていないから、手を付けていない。マナーなんてどうでもいいと言いながらこれだ。

 折角の料理が冷めてしまってはいけないので、モモンガはさっそく一切れ口に運ぶ。

 

「――美味しい、凄く美味しいですよ。ムササビさん。こんなに美味しいモノなんて食べた事がないですよ」

 

 モモンガはすでに二切れ目を口に放り込んでいる。

 

「そ、そんなにですか。ではオレもさっそく」

 

 ムササビはステーキを切り分け、口に入れると、そのまま下あごを通り過ぎ、テーブルにべちゃりと落ちた。

 

「「あ」」

 

 気まずい空気が流れる。落ちた肉は真っ白なテーブルクロスにシミを作っていく。

 

「しまった―。オレ骨じゃん! ゲーム中に何かを味わうなんてなかったから、すっかり抜け落ちてた。体が骨になったのは、生まれた時からそうだったみたいな感覚があったからずっと自覚があったけど、これはなかった」

 

 モモンガはどう声をかけていいか分からなかった。自分自身も最後に『人化の秘宝』を使っていなかったら、オーバーロードの体のままだったのだ。もしかしたら、自分がムササビの立場になっていたかもしれない。正直、人間の身体であるというのは安心感がある。

 

「しょうがない、このユニークアーティファクト『健啖家の暴食』を使います」

 

 ムササビは舌の上にハエが乗っているような形で、手の平サイズのアイテム『健啖家の暴食』を取り出した。

 

「ああ、それを使うんですか。いやあ、懐かしいなあ。その存在を忘れてましたよ」

 

 『健啖家の暴食』は何度も使用でき、一度使用すると24時間効果が持続する。飲食不能の種族が飲食可能になるのにとどまらず、飲食不可能の物やアイテムまでも飲食可能になる代わりに、無効化無効の空腹倍加と食事量の増大のペナルティが付く微妙アーティファクトの一つである。

 ユニークアーティファクトの中でも初期に発見された為に、物珍しさも手伝って一時期アインズ・ウール・ゴウンでは何でも食べるのが流行した。例えば、データクリスタルを食べてみたり、ナザリックの外にある沼を啜ってみたり、破壊可能なオブジェクトをかじってみたりというふうにだ。異形種の集団が手当たり次第にモノを喰らう姿は異様を極め、アインズ・ウール・ゴウンの悪名を広める一翼を担っていた。しかし、ほとんどが『お腹を壊した』とメッセージが出て、毒になったり、ステータスが下がったりと散々な結果で終わった。

 

「人生には楽しみがないと。オレ、食道楽なんですよ」

 

 ムササビにはユグドラシル以外にも様々な楽しみがあった。ひるがえって、モモンガには何もなかった。だからリアルになんの未練もない。しかしムササビには色んなやりたいことがあったはずだ。未練がないはずが無い。モモンガとは違うのだ。

 

「ムササビさんは元の世界に帰りたいと思わないんですか?」

 

 モモンガは口にしてしまった。ムササビも()()を避けている節があったのに。しかし確かめなければいけなかった。帰りたいと言うのならば、その方法を探そうと、それを頑張ろうと。独りになってしまうけれど。

 

「しまった、骨のまんま何か食べたら、口の中が丸見えじゃん」

 

 ……ムササビには未練がある、とモモンガは思っている。今の状況を楽しんでいるように見えるが、これはいつもの事だ。ムササビはどんな時でもポジティブなのだ。帰る方法がわからない間は、この世界を楽しんでいるだけかもしれない。

 

「この『選面の無貌』を使おう」

 

 ムササビは見た目が白い洗面器型のユニークアーティファクト『選面の無貌』を取り出した。底にはシロリンと大きいフォントで書かれている。

 これはアバターの顔とそれに名付けた名前を千パターンもストック出来て、使用者の顔と名前を、ストックした顔と名前に変化させるアイテムだ。

 顔を変えている間はどんな手段を使っても、元の名前を見破れないので他人の振りが出来たりする。用途は敵対勢力の撹乱やイタズラなど多岐にわたるが、あくまでも変わるのは顔と名前だけなので首から下はそのままである。故に敵を撹乱するには、その顔のデータを入手しなくてはいけないし、装備の外装も揃えなくてはいけない。色々と応用できる可能性は大いにあるが、その労力を他に振り分けた方が有効な、正に微妙アーティファクトである。さらに装着時は火属性のダメージが二倍になってしまうデメリットもあった。

 ムササビが『選面の無貌』を顔に被せる。すると『選面の無貌』が波立つように蠢き、顔を覆いつくす。徐々に色味に黄色が混じりだし、黒髪が生えてくる。ゆっくりとムササビのリアルな顔になった。しかし、身体が骨のままなので異様である。

 すぐにムササビはステーキを口に入れた。首から上が人間のスケルトンが、蕩けるような顔で見悶える。飲み込まれた肉はどこに行くかと首を見ていたモモンガだが、そこを何かが通る事はなかった。

 食べた肉はどこに消えてしまったのだろうかと、考えていたモモンガだが、はたと誤魔化されたのではと気付く。ムササビが聞かなかった振りをしてくれているのだろうと推測できたが、モモンガはもう一度さっきと同じ質問をした。ここは避けて通れない。ちゃんと聞いておかないといけないからだ。

 

「ムササビさんは元の世界に帰りたいと思わないんですか?」

 

 ムササビは食事の手を止めて、モモンガに視線を向ける。その表情は真剣そのものである。モモンガの喉がゴクリとなった。

 

「モモンガさんはどうですか」

 

 静かな響く声だった。

 

「……私は無いですね、まあ負け組ですから。家族も恋人もいませんし、趣味もユグドラシルくらいでしたし」

 

「そうですか」

 

 ムササビはワイングラスを傾けて、ふう、と小さく息を吐く。

 

「せっかく優雅な食事を前にしているのですから、少し上品な話でもしましょうか。いつもバカばかりしていますから、たまには知的な会話もしないと裏口入学だと思われますからね」

 

 ムササビは生まれの良さを上手く隠しているつもりなのだろう。しかし仕草の端々にそれが表れている。

 これはバカな事を聞いたモモンガへの、ムササビ一流の心遣いなのかもしれない。上流階級とは縁のなかったモモンガには、それを判別する事はできなかった。

 

「モモンガさんはスワンプマンの思考実験を知っていますか?」

 

「スワンプマンですか。ユグドラシルのモンスターとかじゃないですよね。いやぁ、知らないです」

 

「簡単に説明するとですね。ある男が沼の近くで雷に打たれて死んだのですけど、偶然近くの沼にも雷が落ちて、その死んだ男が雷に打たれる直前の状態と全く同じ男が生まれたんですよ。記憶から着ていた服まで何から何まで全く一緒のね。その沼から生まれた男をスワンプマンと言うのですが、そのスワンプマンは自分を、その雷に撃たれた死んだ男だと思っています。同じ思い出と経験をもっているんですから当たり前ですよね。それで生まれたばかりのスワンプマンは死んだ男として生きていきます」

 

「なんだかドッペルゲンガーみたいな話ですね」

 

「もしくは無限POPするモンスターみたいなね。モモンガさんは、このスワンプマンを死んだ男と同一人物だと思いますか?」

 

 ムササビの問いにモモンガは最後の一切れを口に入れて思案する。

 

「う~ん、別人でしょう。だって、男は死んじゃってますし」

 

「なるほど、モモンガさんはそう思うんですね。なら、仮にオレがスワンプマンだとして、モモンガさんは見抜けますか?」

 

 モモンガは考える。何もかもが同じ人をどうやって別人とわかるのかを。何か特別な、その人しか知らない質問をしても、その人と同じ答えが返ってくるだろう。なら、どうやって見分けるのか。モモンガの頭脳ではどれだけ考えても答えなど出るはずもなかった。

 

「……無理ですね。全部一緒なんでしょ?」

 

 ムササビは品よく首肯する。普段のムササビからは別人に見えるくらい洗練された振る舞いであった。これはワザとなのだろう。このような話をしているから、ゲーム中では見せない一面を出しているのだ。

 

「そうですよね。もちろんオレもモモンガさんがスワンプマンだったとしても見抜けません。しかし、モモンガさん自身も自分がスワンプマンだと分かりません。オレも自分がそうなら無理です」

 

 当たり前の回答だった。モモンガ自身では考えつかないような秘策があるのではと密かに期待していた。その表情を見て取ったのだろうムササビが、さらに話を続ける。

 

「それを判別できるとしたら、スワンプマンの元になった人が死んだ瞬間か、スワンプマンが生まれた瞬間を見た人だけです。つまり、それ以外の人には、その男は死んでいないのと一緒ではないでしょうか。もちろん、これは例の一つに過ぎません。まったく同じ物質で出来ているなら、それは同一だという考え方もあります」

 

 見分け方の答えを聞いて、モモンガはこれが前振りであったのを理解する。次に結論が来るのだろう。

 

「オレはですね、モモンガさん。オレ達はサーバーがダウンした瞬間に生まれたスワンプマンだと思うんですよ。そして、それを目撃したのは誰もいません。オレ達すらその瞬間はお互いを見ていませんから」

 

「つまり、今ここにいる私達は、本物が死んだときに生まれたスワンプマンで、本物に成り代わっているだけだと?」

 

 結論を聞いたモモンガは、感じた疑問をそのまま口に出す。それが分かっていたかのように、ムササビは話を続ける。

 

「ええ、そして、これに関してはオリジナルも存在し続けているんじゃないかなって思うんですよ」

 

「どういう意味ですか?」

 

「言葉通りの意味ですよ。もしかしたら、今頃リアルのモモンガさんは出社して、オレも働いているかもしれません」

 

「という事は、本物はいつも通りにリアルで過ごしていて、同時に私達はこちらの異世界で生きているって意味ですか。それだと、こちらの世界が丸ごと偽物かもしれないと?」

 

 言い知れぬ恐怖がモモンガを包み込む。自分はもう死んでいるけど死んでいない。考えても切りがない疑問が頭を渦巻いていた。

 

「『我思う、故に我在り』という言葉を知っていますか?」

 

 悶々としているモモンガを見かねたのか、ムササビが言葉をかけた。

 

「ギルメンの誰かがそんな事を言っていたような」

 

「平たく言うと、世界が全て虚偽だとしても思考している自分は確かに存在している、て感じですかね」

 

 未だ要領を得ない顔をしているモモンガを見たムササビは、噛み砕いて説明をする。

 

「だから、この世界がゲームだろうと、現実だろうと、偽物だろうと、あれこれ考えている自分は確かに存在しているんですよ。存在している以上、偽物も本物もコピーもオリジナルもありません。そもそもモモンガさん、いつから自分がそんなイケメンだったと錯覚してるんですか? 俺は自分がリアルで骨だった記憶がないんですけど?」

 

「あ」

 

 モモンガはそこで今の自分の姿はリアルと一緒ではないのを思い出した。なまじモモンガが見ている世界はゲームと似ているので頭から消えていた。

 

「そういうことですよ。もしリアルにオレ達がいても、この姿のオレ達じゃない別人ですよ。中身が一卵性双生児もびっくりのそっくりであるだけで、見た目は人間と化け物くらいの差がありますからね。双子の心身逆バージョンとでも思っていてください。自分達は思考している至高の御方になったって事ですかね」

 

 ムササビは軽いジョークで締めたが、モモンガは重い気持ちになる。

 

「なんだかゾッとしますね。私達は自分が本物と思っているけど、実際は中身もガワもすでに違っているスワンプマン以下の存在だと。うう、なんだか頭が痛くなってきた」

 

 モモンガは恐怖した。すでに自分はモモンガらしきモノでしかなかったかも知れない事実に。いくら、思考している自分は存在していると言われても、その存在している自分はいったい何者なのか。ムササビのジョークのように思考している至高の御方――つまり、NPCが自我をもったように、アバターが自我を持ったに過ぎないのだろうか、と。

 

「そんな怖い話ではないですよ。さっきモモンガさんがリアルに帰りたくないんですかって聞いたから、その答えと理由を言ったまでです。モモンガさんにとっては、怖い話ではないでしょう」

 

「へ?」

 

 ムササビは上品な微笑をたたえている。モモンガには意味がさっぱりわからない。

 

「帰る気が無いという意味ですか?」

 

 ムササビはゆっくりと首を振る。

 

「帰る場所がないって意味ですか?」

 

 また、ゆっくりと首を振る。

 

「俺の解釈が間違っていますか?」

 

 ゆっくりと首を振る。

 

「じゃあ、どういう意味なんですか? 教えてくださいよ、ムササビさん」

 

 ふふっとムササビは笑った。

 

「帰る場所はナザリックと言う意味ですよ。オレ達はここで生まれたんですから、ここが我が家で、ここが帰る場所でしょ。リアルには別のオレ達がいるかもしれませんからね」

 

 つまり、リアルに帰る気が無い――例え、帰れる方法があったとしても帰らないと言う意味だ。モモンガの疑問を、不安を、ムササビは根底から払拭したのだ。

 それでもモモンガには違和感があった。

 ムササビは何か隠している。モモンガは営業職をずっとしていたんだ。こういう経験はそれなりにある。何か本当の理由があるけど、それを相手が言っていない時の違和感があったのだ。それでもムササビが元の世界に帰る気が無いのは確かだ。それだけ分かっていれば十分で、ムササビもそれだけ分かってもらえれば十分と考えているのだろう。だから、それを詮索しない。

 ここは栄光あるアインズ・ウール・ゴウンで社会人ギルドなんだから。あれだけ数々のイタズラをした、るし★ふぁーすら無理な詮索だけは一切しなかった。

 話をしている間に二人は食事を終えていた。食べ終わった食器を、ムササビはセバスとソリュシャンに片づけさせる。

 二人が片づけている間、モモンガはずっと考えていた。自分も、このNPCと一緒で元々ゲームの中の存在かもしれないと。違いはリアルを理解できるかどうかに過ぎないと。もちろん、これが真実がどうかは分からない。

 再び部屋にはモモンガとムササビの二人になる。

 ムササビはずっと、この世界で暮らすつもりだ。それならモモンガには、ムササビに伝えなければならない事があった。たとえ自分が何者でも、ここで生きていくのだから。

 

「私はムササビさんにギルドマスターをしてほしいと思ってます」

 

 ムササビに帰る気があるなら言うつもりはなかった。自分一人で、このナザリックを維持していくつもりだった。当然、この世界のどこかにいるかも知れないギルメンを探す気でいた。それも帰りたいと言うなら、帰る方法を探す意思はある。積極的に探せるかは自信がないけれども。

 

「リアルで経営者をしているムササビさんの方が、私なんかよりも上手く組織を運営できる。ずっとここで暮らしていくのなら、そこはちゃんとした方がいいと思うんです」

 

 ムササビは戸惑った表情で沈黙する。この異常事態が発生して、まだ数時間しか経っていないのだ。モモンガ自身も無責任だと感じている。しかし冷静に見たら、ムササビがギルドマスターに就任した方がナザリックの為になるのは明白だ。ユグドラシルや他のゲームでもギルドマスター経験者であり、リアルでも組織運営のプロ中のプロなのだ。ここはリアルなのだから、リアルの経験が活きるだろう。

 

「それにムササビさんはアインズ・ウール・ゴウンの渉外役をして頂いてました。ムササビさんのゲーマー仲間の人脈もありましたが、何より交渉が上手く、弁も立ちましたから。これから――存在すればですけど、未知の文化との交渉もあるかもしれません。そうなったら、海外で異文化交流の経験もあるムササビさんがギルドマスターをしているのが良いと思うんですよ」

 

 ムササビは黙ったままである。何を考えているかモモンガには計り知れなかった。愛想をつかされたのだろうと不安になる。自分でも並べ立てた言葉は、ただの言い訳のようだとしか思えなかった。この大変な時期に何を言っているのだと怒られても仕方がない。

 しかし、本心でもある。

 ブラック企業が横行する現代において、ユグドラシルに掛けた以上の歳月を社会人として生きていたのだ。社会の仕組みと言うものは分かっている。

 企業のブラック化とは、例えるならドーピングのようなものなのだ。短期間でこれほど安パイに成果を出すモノはない。もちろんドーピングには副作用が付きものだが、企業の場合は副作用が出た部位(人間)を切り捨てればいいだけなのだ。

 この世界ではブラック企業だからと、なんのペナルティーも無い。そんな中で特出した才能も技術もなければ、ブラックになる以外に生き残る道は皆無と言っていい。善良な経営者とて家族を、従業員を、取引先を路頭に迷わせるくらいならブラック化を選んでしまう。それを責められる社会人など、そうはいまい。だから、どこもブラックになる。

 そんなドーピングが蔓延する社会において、大学卒業から三十路になる前の僅かな期間で、ブラック化をせずに成果を上げたのは紛れもなくムササビの卓越した手腕によるものだ。だからモモンガは恥を忍んで、このお願いをした。

 どんな事態に陥っても、ムササビならナザリックをブラック企業のような、ヘロヘロを苦しめたモノにはしないだろうと。

 自分のようにNPCよりも過去の思い出を優先する事もないだろうと。

 静寂が二人を包む。モモンガは生きた心地がしなかった。呆れられただろうか。胸中では後悔が渦巻いている。やはり言わなければよかったと心が囁くのだ。

 ムササビは意を決したように口を開く。

 

「オレはモモンガさんを頂くアインズ・ウール・ゴウンだから入ったんです。ギルドマスターがモモンガさんじゃないアインズ・ウール・ゴウンはアインズ・ウール・ゴウンじゃない。オレはモモンガさんが思っているより、モモンガさんは優秀な人だと思っています。もちろん、尊敬もしています」

 

 はっきり言って、教育の機会を奪われた現代において、なんの資格も特殊技能もいらない営業という職は競争率が激しい。そんな世の中で、ブラック化する事が当たり前な企業が、ボーナスを出してでも手元に置いておきたいくらいの人材ではあるのだ。

 モモンガ自身がアインズ・ウール・ゴウン以外の友好関係がないから気付かないが、そこそこ有能な人間なのである。

 アインズ・ウール・ゴウンには勝ち組である公務員の警察官(たっち・みー)教師(やまいこ)、希少な知識層の大学教授(死獣天朱雀)、クリエイティブな職業で成功している声優(ぶくぶく茶釜)漫画家(ホワイトブリム)などが在籍していたため実感はなかったのである。これが特出して有能ならば気付けただろう。

 

「ギルメンがいなくなったことをあれほど悲しんでいたナザリックのみんなが、ギルマス交代なんて知ったら次はモモンガさんが居なくなると不安がりますよ。そんなナザリックのみんなを悲しませるマネは、オレがさせません。

 この世界にはもしかしたら、ギルメンが、そうじゃなくてもギルメンのスワンプマンがいるかもしれないんですよ。他のギルメンに会うまでは、貰い受けたNPCはオレが守ります。

 それに、もしですよ。もしも、ギルメンと再会したら、影武者が本物に成り代わるとかベタなって言われちゃいますよ。さっきユウに裏切ったって言われたところなのに、そんなそんな」

 

 ムササビは舞台俳優のように大袈裟に首を振る。

 

「ギルドマスターになるのは辞退すると」

 

 その言葉にムササビが睨むようにモモンガの目を見る。

 

「いえ、オレがモモンガさんに代わりナザリックを運営します。ですが、これはモモンガさんの肩代わりをする訳ではないです。モモンガさんの苦労を分かち合うんです。オレ達は同じギルドの仲間なんですから、当然です。適材適所は組織運営の基本ですからね。モモンガさんは何をこんな当たり前の事を遠慮しているんですか。アインズ・ウール・ゴウンは多数決が原則でしょう。今は二人しかいないんだから、提案を出すのに、何の遠慮がいるんです。満場一致以外の採決がありえないんですよ。わかってますか」

 

 身を乗り出し強い口調で捲し立てるムササビ。モモンガはその迫力に気圧される。

 

「もしかして、怒ってますか?」

 

「はい、怒ってます。アインズ・ウール・ゴウンのギルドマスターはモモンガさんを置いて他にいません。ギルメンのみんなも、モモンガさんだからついてきたんですよ。それなのにモモンガさんはそれを辞めようなんて。モモンガさんがギルドマスターでなければ、ユグドラシルが終わるよりも早くアインズ・ウール・ゴウンは終わりを迎えていました。他のギルメンと、この世界で再会できてもギルマスがモモンガさんじゃなかったら悲しみます。だからオレはギルドマスターは辞退させていただきます。引き続きギルドマスターはモモンガさんでお願いいたします」

 

 ムササビは頭を下げる。モモンガが慌てて、ムササビの顔を上げさせる。

 

「い、いえ。俺がバカでした。俺がギルマスをやります。やらしてください」

 

 今度はモモンガが頭を下げる。

 

「ギルドマスターを引き受けてくれてありがとうございます」

 

 ムササビはニッコリと笑った。そして何事もなかったかのように話し始める。モモンガは、ユウの切り替えの早さは設定だけではなく、ムササビの影響も足されているのではないかと思い始める。なんと言うか、そっくりなのだ。

 

「では、今後の基本方針を決めましょうか。実務はオレが引き受けますから、モモンガさんは象徴を引き受けてください」

 

「象徴ですか……」

 

「簡単に言うと、モモンガさんが天皇でオレは首相かな。とりあえずモモンガさんの仕事としては支配者らしく振舞うのと魔法やスキルなどのゲームとの違いの検証をお願いします。まあ、適材適所ですね。モモンガさんの方が使用できる魔法の種類も多いですし、魔法にも詳しいですから。それに支配者ロールがかっこいいですし。今から支配者らしい振る舞いに磨きを掛けていてくださいよ。オレはリアルでの得意分野である実務と内部統制の構築をしていますから。もちろん、モモンガさんの命令を優先するようにしときますからね」

 

「え、私の命令が優先で大丈夫ですか」

 

「大丈夫ですよ。オレの命令とバッティングした時は確認させるようにしますから、そんなに気にしなくても問題ないですよ。これでも組織運営のプロなんですから」

 

 ムササビはドヤ顔をする。これは笑いを取りに行っているとモモンガでもわかる。モモンガを安心させようとしてくれているのだ。

 

「それでは今度はオレから提案があります。これはモモンガさんに、ではなくて鈴木悟さん個人に対して」

 

 ムササビはニヤリと口元をゆがめる。

 さっきムササビを怒らした後である。それがわざわざリアルの名前を出して提案するのだ。どんな要求が来るか分かったものではない。

 

「な、なんですか?」

 

モモンガは恐る恐る尋ねる。

 

「モモンガさんはもう少しワガママを言ってください。そんなに気を使ってたら、早々に参ってしまいますよ。こういう事態だからこそ健康に気をつけていかないと。どこまで長期化するかわからないんですから」

 

 モモンガはこの年下の男に敵わないと改めて感じる。ムササビはモモンガが提案した後の、あの短い沈黙の間にナザリックだけにとどまらずモモンガの先をも考えていてくれたのだ。自分の事だけで精一杯だった己とは大違いだ。流石は『アインズ・ウール・ゴウンの周瑜』である。孔明には敵わないかも知れないが、モモンガではその周瑜にすら勝てる気がしなかった。

 

「まあ、オレ達が一番に気を付けないといけないのは決まってますけどね」

 

 ムササビはモモンガの目を見て、ニンマリとする。モモンガはムササビが何を言わんとしているか、すぐに察する。やはり、この二人の付き合いは長いのだ。ペロロンチーノとぶくぶく茶釜のような喧嘩染みたものはさっきの一回しかなかったが、十年近い年月を仲よくやってきているのだ。お互いの性格も知っていようものだ。

 

「「発言ですね」」

 

 二人は静かに頷き合った。失言の多い男と上に立つのが苦手な男。今や神にも等しい男二人が気にするのは、言葉に決まっている。しかし、二人そろって「まあ、しちゃうんだろうな」とお互いが思っている事を知らない。




独自設定、ユニークアーティファクト全般とそれに付随するエピソード
独自設定および解釈、この世界のモモンガさん達はスワンプマン的存在



鈴木悟救済には苦労を分かち合う人と叱ってくれる人と肯定してくれる人が必要だろうと、その役目をしばらくはムササビが一手に担います。
モモンガさんは変わらずナザリックのトップですが苦労は激減します。



四話目にして、やっとこの作品の根幹に触れられました。この作品ではこういう世界観で話が進行します。
ここまでの話を読んで、ムササビとユウには何かしらの秘密を仕込んであるなぁとか、あの反応は伏線なのかなぁとか思いでしょうが、あいかわらずスローペースで進むので、それらの一部が明かされるのはカルネ村から帰った後の予定です。あまり大した秘密ではありませんが、気長にお付き合いください。



やったねヘロヘロさん、ブラック企業から脱出できるよ

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