高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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これが潤の思考回路だ!
これが生ぬるいと感じたあなた、私に外道の法理を教えてください。


4-3 デュノア社の野望

「それで男のつもりか女。 俺を舐めるな」

「……平和ボケした奴らなんて簡単に騙せる、そんなの嘘じゃないか!」

 

突然豹変した潤に、状況を上手く飲み込めずに当惑してシャルルだったが、代表候補生として訓練していただけにすぐさま状況に対応した。

ISスーツに隠されていた仕込みナイフを手にして刃を出す。

潤は自分から離れて臨戦態勢を整えたシャルルを、意外そうに眺めるだけだった。

 

「悪いけど、僕はなりふり構ってられない。 デュノア社の為にも、君か一夏の情報を得なきゃいけないんだ!」

「仕込みナイフ手にしただけで、随分な言い草だな」

「何か言った!?」

 

その言葉を最後、突如体を伸縮させた様に相手の懐に飛び込む。

シャルルが気付いた時には、既に潤はナイフの間合いの中だった。

慌てて体を後方に下げ、ナイフを振り下ろすもなんとも無いと言わんばかりに潤はすり抜ける。

潤の頬を撫でる風に、シャルルが意外に鍛えられている事を知るが、流石に死線を潜り抜けた戦争屋には劣っている。

振りぬいたシャルルの肘を右手で加速させ、体の向きを変えさせる。

これでシャルルは無防備な背中を潤にさらした。

 

「え!? ちょ……」

 

ナイフを握る手を蹴り上げる。

シャルルの顔が苦痛に歪み、呆気なくナイフは宙に舞った。

振り上げた足を利用して今度は踵を脇腹に向かわせる。

どんなに屈強に鍛えようが、脇腹に肩や胸板の様な筋肉はつかない。

筋肉の薄い無防備な場所に、人体で最も固い肘や膝、踵が当たれば大の男でも悶絶する。

 

「かはっ! はっ、はぁ、くぅ」

 

素人だ、こいつ。

潤は床に転がる仕込みナイフを拾いつつ、ほんの僅かな手合いで相手の力量を評してそう感じ取った。

殺る気満々で入隊してきた新兵のダンスの方が、よっぽどマシと思えるレベルの力量である。

スパイの割に携帯している武器が、仕込みナイフ一つというのもいただけない。

胃袋の中に手榴弾を隠すとか。

指1つを作りものにして、爆弾にしておくとか。

体そのものに管を植え付けて、毒ガスをまき散らすとか。

ざっと考えてももっと有用な武器もあるし、何より武器を構えて使わないとはいただけない。

どんな行動をするか、どんな武器を持っているのか警戒して距離を取っておいたのが馬鹿馬鹿しく感じる。

もし逆の立場だったら、ナイフを出した瞬間に接近して手足の腱のどこかにナイフを突き立てた。

そう物騒な事を考えながら、未だに痛みから呼吸を整えられないシャルルに近寄る。

 

「今から生爪を一つずつ剥がしてやる。 何個目で協力的になるか見ものだな」

 

口から洩れる残虐非道の言葉にシャルルが肩を震わせる。

シャルルから見た潤の瞳は、まるでほの暗い水の底の様な色で、まさに悪意の塊だった。

仕込みナイフが、親指の爪にあたった時、シャルルの理性は限界を迎えた。

 

「う、ひっく……い、痛いの、痛いのやだぁ……」

「はぁ?」

「やだよぉ。 痛いのやだよぉ。 ママ、助けてぇ」

「……まさか本当に毛が生えただけの素人に男装させただけかよ」

 

――幼児退行おこしやがった。

丸まって泣き出すシャルルを見て、殺意で蓋をした心から、平常心が見え隠れする。

 

「なんなんだお前。 頭おかしいんじゃないか?」

「君にだけは言われたくないよぉ!」

 

泣き叫んでシャルルが否定する。

……だ、ダウンロードしてみるか。

まさかまさか、本当に素人だったのか、デュノア社はこんな素人を男装させて送ってきたのか。

シャルルの肩に手をかける。

人体への直接的なダウンロードは、複雑な感情をも読み取ってしまうので負荷が大きく禁じ手だが、どうも本職に見えないシャルルに困惑する。

 

ダウンロード開始

年齢、性別、体重、身長、血液型、etc、etc……。

そして、感情取得……ほ、本気でビビってやがる。

 

「IS学園に男だと隠し通して入学させるバックがいて、妙に男装が上手かったことから、俺はてっきりお前がしっかりした組織のプロだと思っていたんだが……。 その様子じゃあ、違うみたいだな」

「……違うもん、刺客とかじゃないもん」

「じゃあ、話してくれるか。 素直に言ってくれれば、俺は危害を加えたりはしない」

「……うん」

「まず、はっきりさせたいが、お前はデュノア社のスパイ、これはこれでいいのか?」

「うん……」

「デュノア社から何を言われた? 黒幕は誰だ? お前とデュノア社の関係は?」

 

床に座りながら、デュノアはポツポツ自分の身の上話をし始めた。

シャルルはデュノア社の社長の愛人の子らしい。

母が亡くなって、その時にデュノア社の者がやってきて初めて知ったそうだ。

それは一向に構わない。

もっと酷かったり悲惨だったりした奴等も潤は見てきている。

潤の感覚からすれば、生贄として生まれて、部屋から出ることもなく死んだ、なんて割と普通でよくある話である。

名家の長ならば妾や愛人などを囲うなど普通のことだし、本家の妻が愛人の子を嫉妬に狂って殺すことなんて日常茶飯事過ぎて、言ってしまえば『ふーん』で済んでしまう。

 

それから少し経って、デュノア社は経営危機に陥った。

第二世代最後発のデュノア社は資本力の少なさから第三世代の開発が遅れており、データも資金も時間もノウハウも無い。

欧州連合の防衛統合計画『イグニッション・プラン』から徐々に引き離されており、このままでは政府からの新世代開発支援金を打ち切られるとのこと。

そして、後のないデュノア社に止めを刺した企業がある。

フィンランドの大企業、ISのシステム、装備などで名を挙げていた企業がイグニッション・プランへ参戦したこと。

小栗潤の専用機を開発している、『パトリア・グループ』である。

 

「IS関連の技術は開示する、その話は知っているよね」

「ああ」

「パトリア・グループが九月から市場に出すと発表した『FIF-PM01』、『カレワラ』。 おそらく潤の特殊装備を取り除いたダウングレード機体だけど、国別の第三世代型兵器を搭載可能して、なお余りある大容量のバススロット。 しかも、ダウングレードしたっていうのに機体の性能全てが完璧に近いんだ。 そしてデュノア社が頭を悩ませた最大の原因は……」

「あれが、ラファール・リヴァイヴの完全上位互換であること」

「そうなんだ。 あれはデュノア社の部品をライセンス生産すれば簡単に量産できる。 機体をライセンス生産するよりも、よっぽど安く済むから機体のコストも段違い。 そして、リヴァイヴと同等の安定性と汎用性を兼ね揃え、機動性は第三世代機を脅かすほど凄い。 もうどうしようもないね」

 

あれが完成した日には、デュノア社は政府の支援を打ち切られる。そう言ってシャルルは愛想笑いをした。

そこで、第三世代の実験場とかすIS学園に機体情報を得るために送られたのだろう。

一夏と潤、白式と近々の内に来るであろうパトリア・グループが送り出す『本命』の情報を得るために。

 

「とまあ、そんなところかな。 でも、もうバレちゃったしね。 きっと本国に呼び戻されるかな」

「そうか」

「騙してごめん。 でも話したら楽になったよ」

 

情報を集めて考える。

潤の考えは、シャルルの話とは違った見解に行き着いた。

恐らくデュノア社の真の狙いは、データや白式ではない。

ならば――。

 

「聞かなかったことにしてやる」

「……え?」

「聞かなかったことにしておいてやると言った。 お前は今までどおりクラスメイト、三人目の男、『シャルル・デュノア』だ」

「え、ええっと……、いいの?」

「一夏の情報を盗む程度なら俺は気にしない。 俺に何かあるなら普通に頼めば協力してやる。 さ、着替えて飯を食いに行こうか」

「う、うん」

 

シャルルは呆気にとられた表情で潤についていく。

心の中で潤が、『そんなだから利用されるだけなんだ』と呆れているのも知らずに。

デュノア社の本当の狙い。

恐らくそれは、……一夏そのもの、というより一夏の遺伝子だ。

 

 

 

 

 

各々昼食をとって、午後は午前中に使った機体のメンテナンスの授業だった。

3年が今度行われるトーナメントに備えて機体の全整備を行うとのことで専用の工具が少なく、二、二、一に別れて工具を共有することになった。

 

「ん」

「ん」

 

鈴に工具を手渡し、潤は先ほどのシャルルの話を考える。

マルチタスクという技術を有しているので、班に整備の話をしつつ、作業をするくらいできる。

シャルルの話が全て本当だというのであれば、社長はシャルルが女だという事実を隠し通せると判断した、ということになる。

そこが最もありえない。

素人目で見てもシャルルは女性よりの体と顔をしている。

もしも、潤がエルファウスト王国の特殊部隊に所属していた時に同様の任務を受け、シャルルに性別を偽ってスパイとして送り込むならもっと色々やった。

頬骨を砕き、顔の皮や脂肪を削ぎ落とし、新たに男らしい顔を作成して貼り付ける。

胸部に脂肪を削って、ドーピングして胸板を作って男らしい体つきを作る。

女性器を取り除いて男性器を付ける程度、何の感慨もなくやっておいただろう。

 

「ん」(返せ、的ニュアンス)

「ん?」(何を、的ニュアンス)

「ん」(さっき渡したの、的ニュアンス)

「ん」(ハイよ、的ニュアンス)

 

鈴に声をかけて、貸していた工具を受け取って整備を進める。

何故か周囲の視線が集まっているが、何か可笑しいところがあっただろうか。

デュノア社は素人同然のシャルルを急増のスパイに仕立て上げ、バレれば社命を左右する状況にも関わらずゴーサインを出した。

プロを雇うでもなく、直ぐにでもバレそうな変装をし、社運をかけたギャンブルをする。

そのありえない行動から、本来女であるシャルルが男として情報を得るよりも他に大事な狙いがある可能性が浮かび上がる。

つまり、女だとバレてもいい、もしくはバレるからこそ出来る行動があるのではないか、と潤の考えはそこに行き着いた。

ルームメイトにでもなれば、女だとバレるのは時間の問題で、季節が本格的に夏となれば薄着になって秘密が露呈する可能性はもっと高まる。

なぜ薄着になりだすこの季節に、身体を隠さねばならない人間を送り出すのか。

秋や冬ならまだ分かる。

つまり、隠す気は毛頭無いとでもいうのだろうか。

と、なると、ルームメイトに女だとバレるのが、デュノアの父親の最初の目的。

潤は学園側からほぼ二十四時間監視を受けているので、外部から手を出しにくい状況が完成されている。

しかし、一夏はそこまで監視が強くなく、もし第三の男が出てくれば付け入る隙がある。

しかもフランス代表候補生として身分がしっかりしているのであれば、一夏のルームメイトはシャルルになる可能性は多いにあるだろう。

 

「ねぇ、一夏。 さっきから、潤と隣のツインテールの女の子とが『ん』だけで会話してるんだけど」

「なんか知らないけど、あの二人すげぇ仲いいんだよ。 コンビネーション見たらもっとびっくりするぜ」

 

シャルルと合同で整備する一夏の視線の先には、ニュアンスだけで会話する二人がいた。

周囲の生徒から驚愕の目で見られていることなど意に介さず、潤の頭の中を占めるのはデュノア社の狙いだけだった。

何時か露呈するシャルルが女という真実。

その時、一般的男性ならどうするか。

先に騙していたのは女で、秘密を握っているのは男。

二人は傍から見れば男同士、しかも秘密を一方的に男が握っている状態で同棲生活をしていくことになる。

シャルルの顔と、体つきは、中々悪くない。

下種な男なら秘密を武器に一方的に、一般的な男でもシャルルと同棲を続けていけば、何かの拍子で肌を重ねる事もありえなくない。

 

 

デュノア社の本当の狙いは一夏そのもの。

シャルルはいい時に湧いてきた適齢の生贄。

 

 

恋人として紹介してくれるのが最高の形。

その後に事が露呈しても、社長の令嬢に手を出したとなれば自陣営に引き込むことは容易いだろう。

何しろ世間は女性有利の色を強めており、いくら伝説を残している千冬の弟としても責任くらい背負わせることができる。

シャルルが一夏を庇って『僕たちは本気なんです!』とでも言えば笑いが止まらないだろう。

自分なら酒の肴にして、大笑いしながらスコッチ三本くらい開けられる。

令嬢とその恋人を保護するという分かりやすい名分を掲げ、自社で保護している間にシャルルが子供を身ごもってくれれば計画は完了する。

夫婦の寝室に入り込めば、コンドームの中にある精液を調べることもできる。

会社の後継者として専門的教育をするとでも言い繕って子供を確保、人目から遠ざけてモルモットにすることも出来るだろう。

ISの適性が遺伝するのであれば、男性で動かせる一夏と、適性の高いシャルルの子供ならば、男でも動かせるかもしれない。

こう考えれば、女だとバレても何も問題なんてない。

むしろ一夏に対してさっさとバレてしまった方がいい。

 

「……自分の汚さが嫌になるな」

「なんか言った?」

「いや、何も……」

 

そして潤は、それを黙認した。

汚いかもしれないが、一夏に降りかかる問題で、潤はより大事に扱われるだろう。

この世界の暗部がどう動くかわからない以上、表側の束縛は強くなればなる程いい。

強すぎれば問題だが、犬を飼うくらいの束縛は潤を守ってくれる鎖になる。

 

一夏の危険と、自分の安寧。

 

天秤にかけて自分をとり、一夏を見捨てる選択を取ってしまう自分の思考。

そこに自己嫌悪して苛まれるのは、潤がまだ暗闇に染まりきっていないからかもしれない。


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