高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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簪さんがメインヒロインじゃいかんのか?


5-8 Open Your Heart

ラウラと潤の決着がつく直前、管制室で山田真耶と織斑千冬は2人の対戦を食い入るように見つめていた。

ISの戦闘を何度も見てきた真耶は、この異常な光景を理解しきれずにいた。

 

「……これ、口合わせとか、している訳じゃ無いですよね」

「山田君、気持ちは分かるが、ボーデヴィッヒがそんな生徒でないことくらい分かるだろう」

「それは――そうですが」

 

何度も繰り返される、潤のAICの先読みカウンター。

むしろカウンターの方が若干早いという、先読みというよりは予知に近い。

ラピット・スイッチと呼ぶには余りに早すぎる量子展開。

シールド裏で隠し、マニピュレータで隠し、重ねて隠蔽してなお飽き足らず、間合いに入るまで刃を出さなかったビームサーベル。

教師陣の中では毎日陸上部の練習に参加し、その後でトレーニングルームにも顔を出して鍛錬している真面目な潤に好印象を抱いている者が多い。

土日にはしっかり申請してISの訓練までしている。

もう教師たちの中では、潤が弱いと思っているものは居ないだろう。

それにしても、まさかここまで強いとは。

 

「強いですねぇ、小栗くん」

「そうだな。 強さを攻撃力と同一だと考えているボーデヴィッヒには、小栗の強さなど理解できんのだろう」

「それにしても、気持ち悪い戦いですね」

「ああ、随分異質に感じる」

 

いかにデータ上知っていても初めて戦う相手とは戸惑うものだ。

国家代表の座を争って戦った山田真耶と、モンドグロッソで頂点に立った織斑千冬も避けられない事実。

不規則な相手の行動、その動きを予測しながら狙い撃たねば、相手にはあてられない。

言うは易く行うは難し、それが出来てこその国家代表だが、何も完全な先読みが出来る必要はない。

そう、画面の先で行われているような百%の先読みを実行できる人間など、存在するはずもない。

 

「機体そのものが量産機と考えればまだ先があるのだろうが、これが小栗の全力だろう。 データはしっかり取ってくれ」

「分かっています。 ……IS適性は【S】、一年六月末のデータとしては、いえ世界的に考えても驚愕のデータですね」

 

通常の人間の戦い方に比べ、相手の感情を先読みし、マルチタスクで処理を行う。

尋常な人間同士の戦いしか知らない二人は、異世界人の戦い方を質が違うと評した。

そんな中、画面の先ではパイルバンカーを取り出した潤が瞬時加速してラウラの間合いを詰めた。

 

「決まったな」

「しかし、瞬時加速中に前宙するなんて。 骨折していませんよね?」

「……小栗の自己責任でやったことだ。 放っておこう」

 

優勝は小栗潤と更識簪ペア。

それを呼称しようとする直前、異変が起きた。

装甲をかたどっていた線は全て粘着性の高い液体に変化し、まるで泥水のようになってラウラの全身を飲み込んでいった。

 

『ああああああ! ち、違う! こんなんじゃ、あああ! 誰か、助け、誰かぁ!』

「織斑先生!」

「……状況、レベルDで警戒用意」

「はい」

 

泥が徐々に姿を変えていき、細い装甲、顎と後頭部から始まって透明な膜を残して集約した頭部装甲。

カメラから覗き見たラウラの瞳は、意識知識のない人間でも異常を疑う有様だった。

 

『簪、箒! 奴の攻撃に当たるな! 絶対回避しろ!』

 

今までにないほど切羽詰まった潤の叫び声が聞こえ、対象の2人が回避行動に専念すべく逃げ場を確保する。

そして、―――次の瞬間気の弱い真耶は、その先のことを未来永劫忘れないほどの恐怖を知ることになる。

考えるよりも先に、手が動いた。

まるで吐き出るものを防ぐように、口を両手で押さえる。

体から爆発するように込み上げる悲鳴を、必死で押さえるために。

カメラ越しにラウラを捉えている。

体が震えた。

ソレと、目が合った。

 

「うわぁぁぁぁ」

 

目が合った瞬間、絶叫が管制室に響いた。

涙が止まらない。

鬱になったかの様な感情が心を支配する。

画面の先では、一瞬でシールドをボロ雑巾のようにする超兵器を繰り出しているが、叫ぶ方が真耶には大事だった。

潜在的な恐怖を強制的に植え付けられるなど、この世界では有りえない事だったのだから。

隣で絶叫する同僚を前に、若干固まっていた千冬、その間に事態は最悪の方向に流れていた。

 

『簪ぃぃっ!』

 

解析不能の警告を出しているその光を、簪を庇って犠牲になった。

その瞬間を、鍛え抜かれた動体視力が捉えてしまったのは、幸運な事だった。

カレワラの絶対防御が貫かれている。

どれ程強烈なダメージを受けようとも、絶対防御が発動する手合いで、ISのマニピュレータが消滅することなどありえない。

潤がカレワラを強制解除した後、マニピュレータどころか、椀部パーツ全てが消滅した。

パイロットの潤はアリーナの遮断シールドを突き破って、観客席に突っ込んでいる。

その酷い有様に、思わず目を背けた。

 

「非常事態発令! トーナメントは全試合中止! 状況をレベルDと認定、鎮圧のため教師部隊を送り込む! 来賓、生徒はすぐに非難を開始すること! 繰り返す!」

 

どんな旧友にも見せたことがなかった焦りの表情を浮かべて非常事態を宣言する。

何としてでも他の生徒は傷つけずに返さなくては。

義務感だけが、千冬を恐怖に縛り付けずにいさせる要因だった。

 

 

 

 

 

防壁が閉まって暗くなった空間。

偶然にも潤は良く見知った人の近くに倒れ込んでいた。

鏡ナギのすぐ真横、奇しくも最初に1030号室で隣に倒れ込んだ潤と全く同じような状態で顔を突き合わせている。

投げ出される肢体が、曲がらない場所で曲がり骨が丸見えになった右腕が、骨折して骨が突き出た赤いふくらはぎが、ナギに最悪の結末を突きつける。

しかし――

 

「う――は、あ……」

 

赤い絨緞を広げ、その中央で寝ている潤は、その胸を動かした。

呼吸をしている、つまり――生きている。

 

「小栗くん!? 小栗くん! 潤! 潤!」

 

肩に触れて、少しだけ揺さぶる。

彼は答えない、彼は喋らない、話す事は出来ない。

錯乱するナギを、背後から本音が抱き留めた。

 

「かがみん止めて! 動かしたら死んじゃうかもしれないんだよ! ゆーちゃん止血に手を貸して!」

「――!」

 

普段はのほほんとした本音が、有りえない真剣な表情で止める。

そして、血だるまの潤に近寄ると、的確な処置を開始した。

口に耳を当てて呼吸をしているのを確認し、血液が詰まってないか確認する。

 

「おぐりん、おぐりん! 意識ある!?」

「き、ぐ、くぅぅ。 ……う、ふ、ふぐ、はぁ、う、煩い」

「――わぉ、呆れるほどタフネス」

 

声を聴いて、ようやく癒子が復活した。

それにしても、コンクリートを破壊するほどの衝撃を受けて、何故潤が無事生きていたのか誰もが不思議に思った。

身体強化――それもあるが、最後の最後まで潤は諦めていなかったのが大きい。

右足で着地し、右ひざで更に衝撃を軽減。

正面からぶつかれば即死も有りえるので、右側を下にして肘と肩で内臓を守った。

そのせいで右側がくまなく重体だが、即死だけはしないで済んだ。

異世界で死にかけなれるなんて冗談でも嫌だが、そのおかげで友人の目の前で、ニュースの隠語、『全身を強く打って死亡』とならずに済んだ。

大きな欠損があり、原型を留めておらず治療不可能な状態、なんて姿を晒さずに済んだのだから、何が役に立つかは分からない。

 

「かがみん、右脇確認してあげて」

「小栗くん、触るよ?」

 

重症の右手を少し動かして、脇腹に手を当てる。

ほんの少し右手で触れただけなのに、潤の顔は痛みに歪んだ。

それでも脇腹に手を当てる。

もし、肋骨が折れていたらかなりの重症、ISスーツに包まれていようと折れる可能性は充分にある。

不自然に変形していない、脇腹から激しい痛みを感じる様子がない、痛い部分はあるみたいだが腫れてはいない。

結論、打撲か炎症程度で済んでいる。

 

「大丈夫、肋骨は折れてない」

 

小栗君ごめん! そう言って、止血の為に傷口にタオルを押し当てている癒子と本音に報告する。

目の前で親しい人物が重傷を負った衝撃で錯乱したが、本来ならばIS学園の生徒は応急措置の学習を何度も習ったことがある。

滅茶苦茶になった右腕、特に肘あたりは手を付けられないが、手首より先は止血できた。

 

「……状況は? ラウラ、どうな……いつっ! くっ、は、簪は?」

「分からない、よね?」

「かんちゃんは、攻撃こそ当たってないけど、その後は……」

「鎮圧のため教師部隊を送るって言ってたから、さっさと避難しよ! 安心して休めるところに行かなくちゃ」

 

痛みで思考回路が焼きつきそうだが、それでも思考を加速度的に働かす。

カレワラはD.E.L.E.T.E.粒子の浸食から体を守るために強制解除して捨ててきた。

教師たちが鎮圧するらしいが、今まで絶対神話だった防御が破られた事実は、教師と言えど殺し合いを経験したことのない彼女達を恐怖させるだろう。

それに魂魄の能力で、魂を縛り付けられれば常人は行動不能になる。

強い意志を持って立ち向かわなければ、死体の山を作るだけ……やはり最良なのは、同じ魂魄の能力者であり、魂の呪縛を無力化できる潤が戦うのが筋だろう。

しかし、それを行う力が無ければ……何か、何か手札は残ってなかったか?

 

 

 

――……ァァ。

 

まるで、雛鳥の産声の様な、か細い鳴き声を聞いた時、潤の体に電流が走った。

 

 

 

 

 

小栗潤は、簪にとって、数少ない理解者であった。

 

何故か知らないが、こちらの考えていることを正確に察して気を使ってくれる、不思議な人だった。

クラスメイトの噂話、表情が硬くて怖いから嫌いといった理由で織斑くんの方が人気だねぇ、とそう言っていたのを覚えている。

一週間共に行動すればそんな噂誤解だって分かるのに。

彼はとっても優しい。

きっと、自分と同じで、世界の優しさを欠片も信じていないから、人が優しくしなければ優しさなんて伝わらないと、そう思っているから。

こと、自分だけがその事実に気付いたのを、少しだけ誇らしかった。

それに、彼は自分を『簪』と呼んでくれる。

姉と同じく更識と呼ばれたくなくて、ついつい言及した結果、彼は普段通り相手を呼び捨てで自分を名前で呼んだ。

 

「簪」

 

何気ない表情で、さも当然とばかりに自分の名前を呼ぶ潤を思い浮かべる。

下の名前で呼ばせるという事は、更識家の女には重要な意味がある。

部屋に備え付けられているシャワールームで、幾度となく言葉を浮かべてみた。

『じゅ』『ん』……、赤くなって考えるのを止めた。

名前で呼んでみたかったが、中々機会を見いだせないで言えずに時が経ってしまった。

それもいずれ何とかなる気がする。 何時呼んだとしても決して嫌がることなんかせず、名前で呼ぶのを許して受け入れてくれる。

本人は否定していたけど、やっぱり彼はヒーローだと思う。

やっと見つけたヒーローは、強くて、自信に溢れて、でも少し打たれ弱さも持った人間味に溢れる人だった。

 

――小栗、潤。

 

彼となら決勝まで残れた。

想定すればするほど不利に思えるフランス代表候補生との戦いも、全く怖くなくなっていた。

『よし、これで行こう』そう言って戦う前に、不安とコンプレックスを忘れさせるほどの自信をくれる人。

 

 

その背中を見て後ろを歩いていれば、不思議な活力が湧いてきた――――筈だったが、今はそれも惨状に砕かれている。

 

 

突然の変異、自分を助けてくれた小栗潤は、酷い有様になって隔離防壁の向こう側にいる。

死んでいるかもしれない。

現れた教師陣が、見たこともない兵器に翻弄されて、少しずつ追いやられている。

ラウラだったものは、着実に教師たちを追い詰めていった。

潤を瀕死に追いやり、今もなお教師たちに最大の警戒をされている光は既にチャージが完了されている。

その光が怖くて誰も接近戦を仕掛けられず、かといって銃撃戦で相手をすれば、ものの数秒でシールドエネルギーを空にする兵器が待っている。

それに、一番教師の行動を阻害するのは、無理やり植え付けられた恐怖心の塊だった。

当然戦闘範囲、アリーナ脇まで降下してがたがたと噛み合わない歯を鳴らしながら両目と両耳を塞ぐ簪も、恐怖に囚われていた。

心の中には居ない筈の姉の姿、更識楯無の幻が浮かんでくる。

 

「ひっ……!」

 

完成された美、優れた頭脳、常人を超越した肉体能力、多くの人心を掴んで離さない魅力。

恐ろしい。

恐ろしい、恐ろしい、恐ろしい。

幻が耳元で自分の名前を囁く。

耳を塞ごうにも脳に直接話しかけ、瞳を閉じようとも網膜に焼付くように現れ、決して消えない幻。

 

『あなたは本当に無能なのね』

 

直接突き放たれる言葉は、うずくまって震えるだけの自分にはさぞかしお似合いだろう。

せっかく、全ての一年の中から自分だけを見てくれる人が居たのに。

せっかくその人と、一人では決してできなかったであろう、姉の様に決勝まで歩めたはずなのに。

そんな片割れは、無能な自分を守ってここにはいない。

心が、体が、耐え切れない。

 

「――――」

 

気付けば、箒は遙か空に逃げており、教師たちは遠巻きで牽制するだけ。

アレに最も近くにいたのは簪だった。

潤をアリーナから退場させた光がチャージを終えていた。

 

――たす……けて……。 誰か、助けて……!

 

何かに祈るように、すがるようにただひたすら念じる。

こんな時、ヒーローがいてくれたら、きっと自分を助けに来てくれるに違いない。

どんな状態でも、どんな時でも、例え教師達だってどんどん距離を離して、遠巻きに離れて逃げ出したくなる程恐ろしい相手にだって立ち向かうヒーローはいるはずだ。

風を纏って颯爽と、闇を切り裂いて堂々と、ヒーローは現れるんだ!

しかし、世界は本当に優しくなんてない。

光が確かに簪に向けられたのを見て、再び素早く目を伏せた。

 

「………っ!?」

 

それは、余りにも簡単に、かつ直感的に死という恐怖を連想させるのに充分だった。

圧倒的な死の予感。

誰もがやられると思った、その時。

身体全体にかかるGが、痛み以外の感覚を簪の体に刻み付けた。

変わりに耳が捉えたのは、ここ最近で聞きなれた男性の声。

簪の体が横にされて持ち上げられて、何かに密着した腕は、確かに人間の体温を感じ取っていた。

恐怖はもうなかった。

 

 

「簪、無事か?」

 

 

声を聴いて、恐怖心から一転して得た安堵から、目頭が熱くなった。

助けられたこと、自分がおそらく救われたことに安堵して、涙が邪魔をした。

抜けるように澄み渡る青空を背に、機体各所の隙間から赤色のナノマシンを僅かに噴出させ、太陽がそれを綺麗に反射させた煌く機体。

重症などなかった、とでも言いたげな表情のその人は、

強敵を前にして敗北などありえぬ、と鉄の意志を物語る顔で、

絶対の死を感じさせた異常な機体を前に、欠片の気負いも無く、アリーナに舞い戻った。

 

「……なんで、どうして助けて……」

 

もっと言いたいことはあっただろうが、別の言葉がもれる。

怪我はどうしたのか。

どうしてもっと早く来てくれなかったのか。

これほどの脅威を承知で、何故助けてくれるのか。

聞きたいことは山のようにある。

しかし、それでもその全ての質問を消し去るように、単純で明確な答えだけが頭を支配した。

 

 

優しさが、とても嬉しかったのを、

自分を救いだしてくれた時の嬉しさを、あの頼もしさを感じる声を、

その全てを、例え自分がどんなに成長しようとも、はっきり思い出せると潤の横顔を見ながら思った。

 

 

簪にとってのヒーローは、確かに――目の前にいた。




次話投稿は……金曜日の19:00かな?
2013/10/06 現在

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