意味は「真実の友」
「こちら、小栗潤【ヒュペリオン】です。 戦線に参加します」
アリーナにいた総てのISに、新型機から通信が入る。
逃げるタイミングを逃して端の方で固まっていた箒も、その声を聞いていた。
目の前で簪を抱えて上空へ舞い上がったその機体、どうやら噂の専用機なのだろう。
白と黒のツートンカラー、装甲の僅かな隙間から赤い粒子が少しずつ漏れている。
今まで教師達の中心で超然と君臨し、挑みかかってきた相手をあしらう程度だった敵機が、ヒュペリオンを見つけた途端ミサイルポットを展開した。
それは、ようやく現れた好敵手を見つけた決闘者の様で、ヒュペリオンが来るのを待っていたかの様でもあった。
「簪、離れるんだ。 ……簪?」
片腕を肩から首にかけて回して支え、もう片方を膝に回して簪の体を抱きかかえてD.E.L.E.T.E.粒子から回避したが、その簪が動かない。
俗に言うお姫様抱っこの状態で、潤の顔をぽけーと見たまま微動だにしない。
出遅れた形になったが、ヒュペリオンにはマニピュレーターを使わなくていい武装もある。
「行け! フィン・ファンネル!」
アンロック・ユニット、シールド裏に設置されているファンネルラックからフィン・ファンネルが射出されていく。
閉じていた棒状のマシンがコの字型に開いていく。
潤が後方に下がるのと反比例して、全十二個のビット兵器がミサイルを捉え、一斉に火を噴いた。
それらの砲門から放たれたファンネルは、宙を複雑かつ勢いよく動き回ってビームを連射、一瞬にして敵機から放たれていた三十二のミサイルを貫いていく。
ファンネルの弾雨から逃れた一、二発のミサイルが迫るが、その程度なら簪を抱えたままでもビーム・ライフルで撃ち落とすことが出来る。
はたして、箒の佇む場まで辿り着く頃には三十二のミサイルはただの一つも残っていなかった。
箒は徐々に自分に近寄ってくる潤を見て唖然となっていた。
命中率云々はこの際置いておいて、箒はフィン・ファンネルと似たような兵器を知っているので、その兵器の特性をよく知っている。
ブルー・ティアーズは毎回命令を送らねばならず、使用中は制御に集中するためにそれ以外の行動が難しくなる筈ではなかったか。
そんな箒の内心などいざ知らず、ミサイルを全て叩き落とした潤が箒のすぐ近くまで後退した。
「箒、簪を頼む」
「……名前で呼ぶな……。 まあいい、後は任せろ」
「……あ」
箒に簪を手渡す。
腕から離れた瞬間にようやく簪が声を出したが、逆に潤の方は避難していく二人に勘付かれない様になんとか絶叫を我慢している有様だった。
粉砕骨折したであろう肘と膝から、抗いがたい激痛が今なお続いている。
癒子とナギに抱えられるようにして格納庫まで避難した後、本音も加えてヒュペリオンの装着を手伝って貰った。
最後の最後まで三人揃って出撃に反対していたが……。
無人機の襲来と同じくドアは閉ざされており、出血が酷い状態でただ待つ位ならば、出血時に止血等の応急処置を行ってくれる操縦者保護機能を頼りにした方がいいという正論を振りかざして運んでもらったのは悪いと思う。
やはり、これだけは譲れない。
『おい! 小栗、何をやっている!』
「織斑先生、何って、ラウラの救助です」
『そんなボロボロの体で何が出来る! いいからお前も教師部隊に任せて後方に下がって体を休ませろ!』
「その教師部隊は何をしてるか知ってますか? 後方で怯える位なら新兵でも出来ます。 簪だって危なかった」
『それはそうだ――』
「なんということだ。 通信妨害か」
心にもないことを口に出し、自ら通信を遮断する。
言っている事実には賛同するが、魂魄の能力に対抗するには尋常でない強い心が必要不可欠。
それか、自分も魂魄の能力者であることで対抗できる。
この世界では、強制的に恐怖を植えつけられる経験などない事を考えれば、まともに戦えるのは潤だけかもしれない。
「ラウラ……」
意識のない混濁した瞳。
何も考えていないであろう抜け殻のような状態だが、潤にはラウラが泣いている様にしか見えなかった。
そのラウラが、泣きながらパルスライフルを実体化させる。
「意識を取り戻すんだ! そんな事をしちゃいけない!」
轟音を上げて弾を射出するラウラの周囲を旋回して回避する。
正確だが、それだけに読みやすくもある。
潤は弾丸の滝の最中に接近する決意をすると、思い切りよく機体を傾けると一気にラウラに向かって突撃する。
「力に振り回されて、無駄に傷をつけて! そんなんだから心の弱さにつけ込まれるんだ!」
何故か知らないが、ラウラを撃墜する意思が低く説得することを主眼に行動する潤。
武装を取り除こうと、接近してパルスライフルをビームサーベルでなぎ払う。
そのなぎ払い直前にパルスライフルを量子格納し、高周波振動ソードで受け止める。
ビームコーティングがなされているであろう高周波振動ソードは、ビームサーベルの刃を難なく防いだ。
そのまま片手に大型のライフル、レールガンを実体化させる。
「聞くんだラウラ! 武器を捨てて話をしよう! ラウラぁ!」
無力化が不可能と悟り、言葉通り武器を量子化して手を広げて話しかけた。
無論、それが意味をなさないのは、潤も知っていた。
知ってはいた…………知ってはいたが。
レールガンが機体スレスレを通り過ぎて地面に着弾する。
――やはり、駄目か、駄目なのか。
今なお銃口を下ろさないラウラ、潤はかつての自分を重ねていたのに気づく。
説得したかった理由に気づいたが、結局かつての自分同様にどうしようもないことも理解してしまった。
迫り来るラウラと、その手に握る高周波振動ソードが、止まらない思考とは別にやけにゆっくり動いて見えた。
俺たちはよく似てるよ、ラウラ。
お前の強さは俺によく似ている、ひたむきな姿も、我武者羅に力を求める姿も。
虚ろな瞳も、静かに泣いてる様な無表情な顔も、一度俺が通った道さ。
だけど――俺と同じ轍は踏ませない。 導いてやるよ、俺が泣いた最後と違って、ラウラが笑顔でいられるように。
――――……ァァ。
産声の様な、か細い鳴き声をもう1度聞いたとき、ヒュペリオンが急激な反応を示した。
「小栗! おい小栗! クソ、通信を切ったのか」
管制室から全てを見ていた千冬は、その苛立ちを表すように通信機を叩いた。
倒れていた真耶がようやく復帰したというのに、怒気に煽られて肩を震わせる。
ラウラに対して話しかける映像を見て、少なくとも戦えるのは分かるが、潤は死にかけという言葉が当てはまるほどの重症を負っていたはずなのだ。
操縦者保護機能を頼りに避難したのだろうが、あの怪我では死ぬために行くようなものだ。
『織斑さんですか? どういうことです!? なんでヒュペリオンが起動しているんです!?』
怒鳴り込む様な問いかけが通信機越しに伝わってくる。
画面に映ったのは、パトリア・グループの立平だった。
片手に持ったノートPCをなんとか画面に映るように見せつけ、必死の形相で問いかけている。
「どうも何も、小栗があれに乗って無断出撃した」
『小栗さんが? ――おい!」
立平の後ろで慌ただしく社員が右往左往する。
千冬には聞こえないようにしたが、ヒュペリオンのデータを開く様に指示を出した。
ヒュペリオンは今回潤の意向で使用が避けられており、様々な作成用システムが内蔵されていた。
その中に機体の情報をノートPCに転送して保存する物もある。
ログに蓄積された情報をそのままPCに表示すれば、潤の戦闘情報をほぼリアルタイムで見ることもできる。
はたして立平の持つPCに、説得を諦めたのか、改めてラウラに立ち向かう潤の姿が表示された。
迫り来るラウラと高周波振動ソード。
突然、瞬時加速をしたかのような速度でヒュペリオンが動いて躱した。
そのまま、ISを知っている人ならば瞬時加速と信じて疑わない速度を維持してラウラの周囲を移動する。
円の中心でレールガンを構えるラウラだったが、円周を移動する潤に攻撃を当てることができない。
「なんですか、あの機動?」
真耶の画面には、立平が見ている映像と全く同じ映像が映し出されていた。
瞬時加速さながらの速度を維持したまま、潤が鋭角に機体を反転させてラウラを翻弄している。
時折カーブを描いてタイミングを逸したりするものの、高速のまま鋭角に曲がる機体に対し照準が追いついていない。
そのまま速度を維持して背後に移動。
ラウラを蹴りつけて、間髪入れずにビームサーベルで背中を何度か切りつける。
「……小栗の専用機、あれが? しかし、装甲が先程と違う」
「赤い粒子が、開いた装甲全体から吹き出てますが、あれは一体……」
画面の先では、目で追うどころか『消えた』と表現出来る程の殺人的加速と静止を繰り返す潤の姿が映されてされている。
『可変装甲、これ程の物とは……。 予想を超えている』
「「可変装甲?」」
真耶と千冬の声が重なった。
立平はヒュペリオンの基礎的な知識を2人に開示し始めた。
この緊急事態に潤がヒュペリオンで出撃している以上、最低限の情報開示は必要不可欠。
それに、その後の救助や潤の身体的負荷等のリスクを知って貰わねばな、取り返しのつかない事がおきかねない。
『小栗さんの専用機【ヒュペリオン】には特殊関節機構と超高機動対応可変装甲が搭載されています』
イギリス代表候補生との戦闘データの結果、潤には瞬時加速を多用する癖があると思われた。
その為、機動面の継戦能力を向上させるために装甲自体を変形させ各所に模擬スラスターを作成し、常時瞬時加速をしているような機動性を確保しようと考え、それが可変装甲となって設計された。
しかし、この無茶な仕様はISに守られているパイロットにおいてなお、常時七Gの負荷をかける命知らずなシステムであり、これを軽減するために機体各処の可動部に対してパイロットを守る特殊関節機構が搭載された。
フレキシブルにスライドさせることで可動域と衝撃吸収用に特化させ、常時衝撃のかかる関節部への負荷から守るための専用ナノマシンを散布した。
デメリットとしてナノマシンが帯電しているので、可変装甲起動中はパイロットを電磁波が包み込むことになったが……。
「普段関節内部で発生されているナノマシン。 それが開いた装甲から吹き出ているから機体そのものが赤を纏っているように見えるのか……」
「機動は凄そうですが、その特殊関節機構、防御力に難が有るように思うんですけど」
『極限まで起動性を上げ被弾しないことを前提とし、防御力の低下を無視して導入されてますからね。 日本支部からも苦情を入れましたが、本社がやたら乗り気でして……』
説明を頭の中にいれ、再び画面に目を向ける教師二人。
常時七Gもの負荷をかける命知らずなシステム、電磁波が包み込む可変装甲。
日曜日に繰り返し行っていた訓練は、この機動を成し得るためのものだった。
その危険極まりないISは、泥に包まれたラウラ本人を救出すべく、周囲を超高速で飛び回っている。
ビームサーベルで各所を少しづつ削り落とすべく、近づいては離れ、通り過ぎれば再び剣の間合いに入るために反転し接近する。
『おおおぉっ!』
超高機動状態から更に瞬時加速を重ねて使用。
雄叫びを上げ、その声の速度を遥かに置き去りしにして、ヒュペリオンが宙を舞う。
ばしゃあ、という粘着質な音を立てて、ラウラを包んでいた機体に線が走った。
瞬間、倒れこむようにして解放されたラウラを潤がそっと抱きしめた。
『終わった』
泥が崩れていく。
それを見届け、潤もまた意識を途切れさせた。
精度が低くなった感情操作では、痛みを和らげる程度も難しく意識を持たせることもできない。
そもそもヒュペリオンは今回使わないことが決まっていたので、現段階において完全ではなく、戦闘中も随所にエラーが出続けていた。
その結果、操縦者保護機能が完璧ではなく、更には四肢が血まみれの状態で、体はボロボロ。
そうなっても仕方がない。
それでも、自分がしてしまった最悪の罪を、ラウラにさせずに済んだ満足感は、その誉は、確かに潤の腕の中にあって――。
潤の顔は、その惨状を忘れさせるような笑顔だった。
決勝では使わないと潤が断言した影響から、完成日の照準を合宿に合わせていたヒュペリオンはエラーを出し続けている。
それが原因なのか、致命領域対応が行われずに、ヒュペリオンが量子格納され潤の体が崩れ落ちた。
四肢から溢れ出した血液が、バチャバチャ音をたててアリーナを汚す。
精神的支配から解放された教師部隊は、その光景を見て急いで潤の方に降り立っていく。
「各員、小栗をそのまま病院に連れて行け! 市街地飛行の手配は私の方でしておく!」
「何所かいい場所があるんですか?」
管制塔から千冬の怒声が響き、真耶から目的地までの最短経路が送られてきた。
「急げ! これは時間との戦いだ!」
「織斑先生、ボーデヴィッヒさんは?」
潤に抱きかかえられるようにして眠るラウラが引きはがされる。
既に恐怖は感じないものの、ラウラを握る教員の手は、若干震えていた。
「ISを取り上げて拘束しておけ。 ドイツには私からも言っておく」
アリーナに一人だけ残し、その一人にラウラの処理を押し付けると潤を目的の病院まで運び出す。
数人がかりで、なるべく揺らさないように注意しながら、最良の速度で運搬していく。
「IS学園からの急患です! 道を空けて医者を!」
駐車場に降り立つと、ISをまとった人間が三人も現れたことに対して野次馬が集まってきた。
だが、時間がない。
バイタルサインが徐々に弱まってきている。
「心室細動が起こってます! このままじゃ!」
「除細動用意、チャージ開始! 死なないでよ!」
「手術台に乗せて! いきます!」
心室細動が治まり、心臓が正常に戻ったのを確認し、若干安堵する空気が流れる。
しかし、傷自体は何の解決も見ていない。
医者が現れ、現場を引き継ぐまで、IS学園の教員は慌ただしく潤の容態を少しでも改善すべく忙しなく動き回った。
その日、千冬は手術の監視を行い、手術後は潤に付添う事となって眠れぬ夜を過ごした。
あれから潤は三度目を覚ました。
手術後五時間後に一回目、これはただ瞼を開けただけであり、千冬が何を語りかけても反応せず、十分程で再び眠りに就いた。
それから更に十時間後、再び目を覚ました潤は、千冬からの問い掛けに何度か反応して喋ろうとするも、意識が混濁しているのか言葉にならない声を発するのみだった。
再び、何も起こらず潤は眠りにつく。
三度目の覚醒はそこから数十分後、今度は簡単な受け応えが可能なほど体力が戻っており、医学的に考えられないと医者を驚愕させた。
しかし、記憶の混濁が見られ、会話も殆ど出来ずに混乱したまま眠りについた。
この間に、次に起きた時はある程度、会話が可能と判断され、ラウラを召還。
今のラウラが寝ている潤に接触するのは危険かとも思われるが、今回の件の処遇に色々問題があるので千冬の監視付きで待機。
そして、手術後およそ三十時間が経過したとき、潤の意識が戻った。
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目を見開いて瞠目する。
白い天井、時間を忘れさせる白い電灯の明かりが眩しく潤を照らした。
全く動かない全身に、しばし困惑するが、ようやく戻ってきた思考から対パワードスーツ戦の怪我を思い出す。
包帯やギプスで全身覆われているならば、この体の重さも納得できる。
怪我自体慣れたものだったが、頭の傍で鳴り続ける規則正しい医療機器の電子音が、やけにうるさく感じた。
全身に行き届いた麻酔が切れかかっているのか、頭も、左半身も、右半身もくまなく痛い。
なんとか起き上がって状況判断をしようと思い、頭を上げようとした所で――額を誰かに押さえつけられた。
「体を起すな。 機器が邪魔でどうせ起きられん。 素直に寝ていろ」
「お、ら、せぇぇい?」
首も固定されていたので、抑えている手の元、千冬の方に目だけ這わせる。
どうやら寝ていないであろう疲労した顔で、確かな怒りの感情がありありと浮かんでいた。
「お、ぇ、は――」
「今回は意識と記憶がはっきりしているようだな。 今は素直に休むんだ。 全身の打撲、筋肉も炎症筋挫傷やその他多数。 骨折はほぼ全種類コンプリート。 確実に後遺症も出るだろう。 全治は不明、左側は二ヶ月程度だそうだがな」
特に酷い右腕は全く見通しがたってないと、静かに千冬は告げた。
潤としては最悪切断もありうると踏んでいたので、オペを担当した医師は随分頑張って対応したのだろう。
当然その優秀な医師を手配し、潤が手遅れになる前に運搬した教師たちも同様に。
「あ、ぃ、ぅ、は……?」
あろうじて、『あいつは?』と潤の言葉を認識した千冬は、その言葉を飲み込んだ途端、やりきれない怒りが渦巻くのを感じた。
「……一番初めに聞くことが、何で自分の怪我じゃなくてあいつの事なんだ馬鹿野郎!」
先ほど潤の体がどれ程重症か説いていた姿勢から一転、千冬は激昂したまま胸ぐらを掴みかかろうとする。
真剣なその表情の裏に、教師として彼女がどれだけ生徒の身を按じていたのか今の潤でもわかった。
その千冬も、相手が重症患者である事は頭の片隅にあり、更には胸部全体を機器に覆われているのを見て、直様やるせなさそうに再び傍の椅子に座り込んだ。
「お前という奴は……」
「――すいま、せん」
「いや、私が大人気なかった、許せ。 それと、もう喋れるようになったのか。 医者も言っていたが、たいしたものだ。 日ごろの鍛錬の成果だな。 ――それで、今回の件についてだな?」
潤が僅かに顔を揺らしたことで、それを同意と捉えて千冬は話しだした。
一応、重要案件である上に機密事項であるが、今後事情聴取をするにあたり潤のコメントも必要だった。
それに、もう一つの問題にも潤の意見が求められている。
「今からの話は委員会に提出するもので、記録として音声を録音させて貰う。 今回の案件、ヴァルキリー・トレース・システム、通称VTシステムと呼ばれるモンド・グロッソの部門受賞者、ヴァルキリーの動きをトレースする代物がボーデヴィッヒのISに搭載されていた事が原因だ」
「ぐ、しか、し……」
「今は喋らなくていい、今は少しでも体を休ませろ」
口を開こうとする潤を制して千冬は言葉を続ける。
VTシステムは研究も開発も禁じられていたはずだが、それは巧妙に隠されて搭載されていた。
搭乗者の精神状態、機体の蓄積ダメージ、操縦者の願望によって現れるようになったトレースだったが、今回の問題はそれがヴァルキリーのトレースではなかったことにある。
既に問題の研究所はドイツ軍の手で制圧され、研究所の資料は委員会に提出しているが、あれが何のトレースなのか判明していないらしい。
正体不明の高威力武装、ISの絶対防御を無力化する光の粒子、そして周囲総ての人間に対するマインドコントロール。
委員会は研究員に対し尋問を繰り返しているが、研究員は口を揃えて『織斑千冬』のトレースを施していたと言い、事実研究所の書類には彼女のデータが多かった。
そこでシュヴァルツェア・レーゲンを詳しく調べた結果、VTシステム起動時にコアが通常とは違う状態――そもそもコアの情報がブラックボックスなので不確かだが――になっていたことが判明。
VTシステムの起動で、コアに何かしら影響が出たというのが委員会の見解となり、VTシステムは、今後、より禁忌の技術として語り継がれることになるだろう。
なお今回の様な異常が発生したトレース・システムを、以後アンノーン・トレース・モード、UTモードと呼称するのが決定した。
「話に分かるようにボーデヴィッヒは今回被害者側だが、問題はお前の怪我だ。 知っているだろうがお前には世界の男性人口分の二という希少価値がある。 ボーデヴィッヒは学園に入学している生徒なので処罰の主導権はあるが、何もなしでは示しがつかない。 よって今回最大の被害者であるお前の意志を処罰の参考にしたい」
「――」
録音されてなければ聞き返したい事があったが、潤は口を閉ざして考えた。
言葉は途切れとぎれであったが、確かに潤の意志の現れだった。
「ラウラは、馬鹿です、けど、素直で、尊敬できる、いい奴なんです。 もしも、正しい導き手があれば決して誤ったりはしなかった」
「…………」
「誰にも揺るがされず、自分の生き方を自分で定め進んで行けたはず。 ラウラはそんな強い女です」
この言葉を話し終えるまで十分はかかっただろうか。
千冬は黙って聞いている。
潤は、嘗て迷った昔の自分が、いかに弱かったのか知っている。
今は強いのか、と問われれば首を傾げるが、踏み躙ってきた死者のためにも強くあろうと思う決意がある。
以前潤がそういう道を辿り、今ラウラに正しいあり方を示せるのならば、自分も少しは強くなったと胸を張って言えるかもしれない。
もしそうなら、このうえ無いほど幸せなことだ。
「そうか。 それで?」
「ラウラが、自分を見つめなおし、しっかりとした『ラウラ・ボーデヴィッヒ』として強い個を得るまで、いかなる罪も執行を猶予するのが妥当と思います」
執行猶予。
犯罪を犯して判決で刑を言い渡された者が、執行猶予期間に他の事件を起こさずにすめば、その刑の言渡し自体がなかったことになる制度。
つまり、ほぼお咎めなしと潤は言った。
「わかった――以上で録音は終了する。 ふふ、しかし『執行猶予』か。 ――そういうことだ、ボーデヴィッヒ」
言い放ってカーテンを開き、ベッドからドアが見えるようにする。
どうやら話を全て聞いていたであろうラウラは、扉の近くで静かに泣いていた。
嗚咽をなんとか漏らさないように苦労していたであろう彼女は、全身を覆う包帯とギプス、潤の重症を示す医療機器の数々に目を這わせる。
千冬に導かれ、ベッド脇まで誘導されて隣に座らされたラウラだったが、最早溢れる涙をどうしようもできずに俯いて黙ってしまった。
「私は……私は、――お前に……なんて言えば」
ボロボロだった。
ズタズタだった。
それでも、潤は許すといった。
自分を認め、尊敬し、許し、受け止めた。
そんな事を言ってくれる相手は今までいなかった。
謝ればいいのか、感謝すればいいのか、どうしたらいいのかラウラには分らない。
「いいんだ、考える時間も、悩む、時間、も、……ある。 ゆっくり、考えればいい」
傷だらけの左腕がゆっくり動き、ベッドの端をやるせなさそうに動く手を握る。
ラウラの手に、潤の手が触れた時、ラウラは泣き笑いのような顔で微笑んだ。
潤は体中が悲鳴を上げているのを承知でラウラの話に付き合う姿勢を見せた。
本来、それを止めるべき立場にある千冬だったが、どうしても今だけは止める気がおこらなかった。
「……強いんだな、お前は。 なれるかな、私も、お前みたいに」
「なれるさ。 ラウラなら。 案外簡単にな」
それから二人がゆっくり話しだしたのを確認し、千冬は席を立った。
寮の入口から始まり、決勝の戦いで、二人の間にいざこざがあったことは知っているが、今なら二人きりにしても大丈夫だと判断した。
「なあ、潤……。 友と呼んでいいか? お前のことがもっと知りたい。 お前みたいに本当に強い者に私はなりたい」
「もう友達だろ? 違うか?」
「いや、違わないさ――――ありがとう、潤」
残された病室に残った二人。
その間には、千冬と一夏とは違うものの、まるで仲のいい兄妹の様な雰囲気すら感じ取れたのだから。
そのまま二人の会話を聞き続けていたが、徐々に潤の声が小さくなって途切れ途切れになり、最終的に何を喋っているのかも分からなくなってしまった。
ラウラの寝るように促す声を最後に病室は静かになり、暫くするとラウラが病室の外に出てきた。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ!」
「は、はい!」
「――あそこまでやってくれる馬鹿は滅多にいないぞ。 感謝しろ。 大切にしろよ」
「……はい。 必ず」
言い切ったラウラの瞳は、今までで一番澄んでいた。
アニメ一期分はほぼ終了。 潤の戦いもほぼ終了。
え? 合宿? 福音戦? この怪我で参加しろと?
追記
10/14 19:00に更新します。