高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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一期の潤の戦いはもうちょっとだけ続くんじゃ。

19:00にちょっとした用事ができたのでこの時間に投稿。
こちらの都合で変更して申し訳ない。


6-3 在りし日の如く

面会時間が終了し、あれから二日連続でやってきた簪と、久しぶりに来た本音、癒子とナギを見送って嘆息する。

更識姉妹の仲は改善の兆しが見えない。

潤が仲介に入っていないと傍にも寄ってくれない時点でお察しのレベルだが、それでも大いに会長は満足しているらしい。

隣に座ってくれただの、挨拶を返してくれただので喜ぶ会長。

そこまで姉妹仲が冷えていたなんて知らなかった潤は、ただただ会長の歓喜の報告に振り回されている。

そんなに簪が好きか会長。

 

「その作品を読むの三回目だけど面白いの?」

「ユニーク」

「何が?」

「斬新」

 

簪から送られたPDAで今日も今日とて読書三昧。

これで読書をしていると簪が喜ぶので、既に一度読んだ作品だとしても繰り返し読み返す。

読んでないと頬を膨らませて怒る。

話しかけても謝らない限り、ぷいっとそっぽを向いて無視するあたり反応が子供そのもので若干面白い。

その裏で会長が黒い雰囲気を出していなければ、本音張りに和む光景なんだが、人間関係とは難しいものである。

 

「読書もいいけど、包帯取りかえるついでに体をタオルで拭うから服を脱いでね」

「はいはい、それと引っ付かないでくれませんか?」

 

胸を押し付けられた程度では欠片も揺らぎはしない。

その手の誘惑で驚かしたかったら、素っ裸で馬乗りになってみろ。

リリム同様ぶん殴ってやるから。

 

「反応が面白くな~い」

 

ぶーぶー口を尖らせて会長が拗ねながら、病院から支給されているパジャマを脱がせる。

両腕、前面、股下と、各所にファスナーが加わり、より着替えや清拭がスムーズに行える骨折患者用なので、介護者が居れば簡単に脱がせられる。

さくさくっとパジャマと包帯を取って左腕を露出させる。

 

「体の治りが早いわね。 小さな不完全骨折や剥離骨折で済んだ左腕は後一月半っていった所かしら」

 

完全骨折した左手の薬指と小指を除けば、回復が早くこのままなら新学期には解放されると楯無は判断した。

少しでも衝撃を与えないように、極めて慎重にお湯で濡らしたタオルで拭いていく。

もしこの傷を簪が受けていた可能性を考えると、未だに楯無は戦慄を抑えられない。

簪の代わりに傷を請け負った潤には感謝している。

それゆえ順調な傷の回復は自分の体の如く喜ばしい事だが、IS学園上層部がその回復を理由に病院から警備しやすい場所に戻れと命令するのには釈然としない。

 

「……ごめんね」

「――? 何がですか」

「私にもう少し発言力があれば、せめて七月末まで病院で静かに過ごせたのに」

 

楯無の言葉は、もしもIS学園で容態が急変したら対応できない事を暗喩していた。

内臓も腹膜炎や内出血とダメージは酷く、七月五日にしてようやく栄養水を口から飲んでみましょう、という状態で学園に移すのが嫌だと言っているらしい。

回復の速さの秘密は、魔力が強制的に体を生かそうとしている本能である、そういう事情を知っている潤には痛し痒しである。

 

「好きで簪を庇ったんです。 今回の件は誰の責任でもないですよ。 それより学園でも会長が看病するんでしょう? 私はそっちの方が気がかりです」

「……まったくふてぶてしい一年ね。 お姉さん感心しちゃうわ」

 

潤は言うだけ言って今後の話に切り替えた。

暗部の一族出身というだけあって、決して額面通り受け取らず暗に自分を慰めてくれたのだと楯無は気付いた。

帰る場所は無く、記憶を無いものとしての人生を強制され、卒業後どころか明日にもモルモットとして死ぬ危険があるのに気負った様子を見せない、こいつは宇宙人か何かと疑ってしまうのも仕方がない。

普通なら半狂乱になって塞ぎ込んでも仕方がないのに自然体で生きている。

どうやら根は本当に優しいらしい。

相手は年下なのに、まるで年上と接しているかのような錯覚を覚えてしまう程には頼りがいがある。

包帯をちょっときつめに巻いてしまい痛がられるまで、驚くほど平穏な空気が病室はあった。

 

 

 

 

 

七月五日―――

週末の日曜日、天気は快晴。

織斑派と比べて小規模な小栗派は、こぞって潤のお見舞いに行こうとしたが何故か一切の許可が出なかった。

この日の朝に、生徒会メンバーや教師たちが協力し、潤を学園に移動させる予定だったからである。

身体的問題からもう少し時を開けろと生徒会長から慎重意見も出たが、何しろ金銭という、避けようがない問題に直面している。

十五歳の潤には言いたくない類の話だが、本人は仕方がないというスタンスで了承してくれたので、日曜に移動が決定した。

明日から一年生は、臨海学校で移動するので寮も静かになる。

 

「わー……。 おぐりんだ~……」

「朝早くから悪いな本音。 ほら、部屋に帰ったら好きなだけ寝ていいから少し頑張れ」

「うーん……」

「なんか本音ちゃんと、お姉さんとで扱いの差が酷くない?」

 

早朝六時には起こされたであろう本音は、何時もの八割増しで眠そうな顔でドアから顔を覗かせる。

ベッドを見るやいなや、ぽてぽてと擬音が似合いそうな足取りでやってきて、シーツの中に入ってきた。

 

「おやすみー」

「いや、駄目だろ本音、起きなきゃ」

「そうよ、さっさと移動しないとね」

「服に皺が出来る」

「……あなた、本音ちゃんに毒されてない?」

 

出発前に一悶着あったものの、本音は会長に一喝されて何時もどおりの状態に戻った。

何時もどおり眠そうで、相変わらずのスローペースで、足取りが危うい状態に。

あんまり変わってないようでなにより。

 

「所で、なんで本音が来たんです?」

「これから私も二人の部屋に泊まるんだから、ルームメイトの本音ちゃんが事情を知ってないとでしょ」

「それもそうですね」

 

モノレールで学園に変える最中も本音は幸せそうに眠っていた。

それに本音がいれば、会長の暴挙を防いでくれる的な意味でも、心理的な意味でも若干楽な気持ちだった。

しかし、当然潤は知らなかった。

この二人が生徒会という場所において少しだけ特殊な上下関係ではなく、もっと強い力関係である主従関係にあることを。

会長の言に本音が一切逆らわないという事実を。

少し先のホーム降りると久しぶりでいて、何も変わらない風景が出迎えてくれた。

正面から入ると色々騒がしくなりそうなので、寮に入るには裏口を使用することになったが、意外な人物が迎えに来ていた。

 

「ラウラ?」

「ふむ時間通り、〇七三〇時過ぎに合流。 ここからは私が先導しよう」

「臨海学校の準備はいいのか? 色々物が必要だろうに」

「なに、私が起こした不始末でお兄ちゃんがそうなったんだ。 それに、最低限の準備は既に終わらせている。 水着も学園指定の物があるから問題ない」

「お兄ちゃん? 何、そういうプレイなの?」

「急に元気にならないでください会長」

 

ラウラの反応を楽しそうに見ながら、ぱんっと扇子を開く会長。

そこには『兄妹愛』と書いてあった。

既に分かっているのに言っているな、これは。

 

「プレイでも何でもありません。 まぁ、なんといいますか、ママゴトの延長のようなもので――」

「失敬な。 私は尊敬を込めて、本当のお兄ちゃんの様に思ってるぞ!」

「そうか、もうそれでいいよ、うん……」

 

むっとした表情で言葉を遮るラウラを宥める。

閉じた扇子で笑みを隠し、不敵に笑う何故か会長が一番嬉しそうだった。

寮に入ってから誰とも合わずに『1030号室』前に到着した。

用は済んだということでラウラが背を向けて帰っていく。

ありえない位他生徒へのエンカウント率が低いのは会長かラウラが手を回してくれたのかと、少しだけ会長を見直して――――直ぐに訂正することになった。

 

「は~い、おかえりなさ~い! ようこそ私達の愛の巣へ」

「――――……あ、え、はぁ?」

 

口から変な音が出ているのがわかる。

その目に写っていたのは、異界になっていた潤の元癒しの空間だった。

簡易的に付けられているクラブの照明のような物が付いており、壁紙が白から薄ピンクに変更されてハート模様が随所についている。

潤のベッドだった代物が普通サイズから、二人でくんずほぐれつしても余裕なくらいになった巨大なベッド、『YES枕』がそのベッドに二つ。

会長がベッドの淵に腰をかけてしなだれる。

 

「えっ、ちょ、まっ、えええぇ!? 」

 

何その満足気な目? やっと驚いてくれて満足ですみたいな表情しやがって、リリムだってここまで馬鹿なことはしなかったぞ?

一緒に寝ろっていうのか? 誰と? 会長と? 病院みたいに簡易組立式のベッドを用意してないの? なんで?

ナニコレ、ドコココ、ラブホテル?

 

「いやいやいやいや、オカシイよコレ。 ちょ、本音コレ!?」

「かいちょーがこうしたいって言うからしょうがない」

「なんだその言い分? なんだそのグッドポーズ? その指へし折るぞ!? なんで異議の一つも唱えないんだお前!」

「むかーしから、更識家のお手伝いさんなんだよー。 うちは、代々」

 

これだけ改変したら元ネタが分からなくなるだろ、と謎の電波を受信するのもつかぬ間、ベッドに移動される。

広くてシーツの質が良くて、ベッドそのものは寝心地が良さそうだが、これはない。

 

「どう? お姉さんのコーディネートは?」

「NO枕はどこだ?」

「最初にお姉さんに言うことがそれ?」

「本音は何処に寝るんだ? あっ、俺と本音が大きなベッドで寝るんですね?」

「なんかおぐりんの目が、数百年光が入らなかった沼の底のヘドロようになっていますよー、かいちょー」

「それとも俺は床に寝るんですか? 怪我人相手に冗談キツイですよ会長」

「……いい加減戻ってらっしゃい」

 

ペチンと額を叩かれて、諦めてベッドに横になる。

……『YES枕』は割と上質な素材で出来た枕だった。

 

「ラウラぁ!」

「なんだ、どうしたという?」

「頼む救護、援護? いや救援だ、頼む」

「なんだこの部屋は!?」

 

破れかぶれで叫んだら、まだ聞こえる範囲に居たのかラウラがやってきてくれた。

電話先の相手から色々教えられて変になっていたラウラだったが、この部屋が異常であることは分かってくれたらしい。

 

「うむ、察するに、この女のせいでこうなったと。 教官から更識楯無という人物に任せると聞いて介入する気はなかったが、これなら私が看病したほうが良かろう。

 お兄ちゃんはこの色ボケ部屋が片付くまで私の部屋で寝れば問題あるまい、目標を撃破する」

「あら、血気盛んなこと」

 

ラウラは指先から順番にISを展開させ、AICを発動する。

ほぼ同時にプラズマ手刀を形成すると切り込んできた。

余裕を持って笑みを浮かべて会長はそれを迎え撃った。

素早く抜き放った扇子を、未だに展開が間に合っていなかった額に当てる。

一瞬怯んだラウラの硬直を見逃さず、今度はピンと扇子を開いて頚動脈の部分に当てた。

 

「なっ……!?」

 

それは鮮やかな手並みだった。

魔力なしの状態ではほぼ潤と互角のラウラが手玉に取られている。

最初から相手を殺すための戦闘ならば勝ったのは会長だろう。

敗北を悟ったラウラは、悔しそうに奥歯をきつく噛み締めるとISを解除した。

 

「知らないのなら教えてあげる。 IS学園において生徒会長の称号は、最強の証だってことを」

 

胸を張った会長は確かに威厳がありそうだったが、この部屋では限りなくミスマッチだった。

本音は潤が帰ってきていることを他言しないよう言いつけられていたのか、誰も『1030号室』に訪れる者はいない。

翌日の早朝、悪戯用に貼っていたピンク壁紙を会長が剥がし、普通に戻った潤の部屋に来た千冬が唯一の訪問者である。

流石にYES枕を見て頬を引きつらせていたが、会長の性格をよく知っていたのか何も言わなかった。

変わりに、潤がよく見知った腕時計をはめる。

 

「明日、一年の教師が抜ける関係で学園の警備が緩くなる。 よって、自己防衛の為に専用機を返却するが、あくまで最終手段として使うように。 いいな?」

「わかりました」

「更識、頼むぞ」

「任せて下さい。 何かあっても生徒会長の名は伊達ではないと証明してみせます」

「そうか、任せたぞ」

 

そう言い残して、一組のバスに乗って臨海学校のために移動した。

何時ものように眠そうな本音も会長と二人で見送った。

翌々日も何事もなく部屋で、今日も今日とて寝て過ごす。

魔力が作られた端から回復に使われていくので、隣の会長の存在も影響してか精神的にも回復できない。

 

 

そして、その日の朝、事態は急変した。

 

 

会長が朝食を持ってくると移動し、部屋に一人きりになった場面、図ったかのようにヒュペリオンに通信が入ってくる。

許可されていないISの展開は禁止されてる、それを破ってISからISに対して通信が送られてきている。

それは、ISを使用せざる事態が起きているという事を示している。

 

「――何が、起きている?」

 

とても寝ていられず、上半身を起こす。

自分の傷を気遣うことのない運動に、頭や腕から熱せられた鉄を押し付けられたかの様な激痛が走る。

無理矢理痛みを飲み下して、ISのセンサーのみを起動する。

ヒュペリオンが受信した信号は――鈴からのエマージェンシーだった。

それと共に、織斑先生と山田先生、それからIS委員会から直接ISの登場許可が下されている。

飛行許可も同時に発行されてり、その許可区域は鈴も行っているであろう合宿先まで一直線。

 

「……鈴、いったい何が――」

 

生物兵器に感染した、戦友を思い出す。

血まみれになり、真っ赤に血走った奈落の様な瞳を向けた相棒を。

リリムと同じように、潤の手が届かない所で、今度は鈴がエマージェンシーを出している。

無意識の内、全身の激痛を無視して窓に近寄っていた。

 

 

――頼む、ヒュペリオン、今度こそ後悔しない為にも、俺を助けてくれ。

 

 

ギプスが量子変換されて格納され、代わりにヒュペリオンが展開されていく。

ISには生体機能を補助する役割もあり、常に操縦者の肉体を安定した状態へと保というとするので幾分楽になった。

しかし、脳を焼かんばかりの痛みは変わらない。

久しぶりの空、しかし、そんな事より気になるのは、在りし日の如く助けを求める鈴の安否だった。




10/25 18:00に更新します

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