高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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気づかなくとも何の問題もないけど、胡蝶の夢云々はここのフラグね。


6-6 疑問と答え

――違う。 あいつが現れる訳がない。

 

幾度となく繰り返される自問。

しかし、潤の頭には既に答えまでの道筋は完成されていた。

ただ、ひたすらその終着点を否定する事しか出来ず、自分を認められないでいる。

何かの見間違いか、頭でそう思っても、直ぐに理性は俺が奴を見間違うはずがないと否定した。

度重なる下らない自問に、肩がぶるっと震えた。

現実をしっかり見ろ、そう制されたようで何でもないのに自分自身に潤が酷く怯える。

 

そう、最初に違和感を察したのは、リーグトーナメントの一回戦、一夏の試合を観戦した後。

鈴との話を終えて、本音にこう言った『……なんか、今の鈴と俺の会話変なところなかったか?』と。

鈴と話しかけている時の違和感は、それが正体だったのかも知れない。

リリムの魂魄の適性は上書き、潤の魂に多少残っていたリリムが上書きした魂の残滓――。

 

 

つまるところ、潤の中にあったリリムの魂が無くなっていたのだから。

 

 

潤が鈴に近寄るだけで起こっていた、リリムの鈴への干渉は、トーナメント付近から一回も起こってない。

病院のあれは、そもそもの鈴がそういう性格だったから起きた偶然だろう。

学園の保健室では、潤が触れるまでリリムは一向に起きなかった――当然だろう? そうでもしなければ鈴の中にあるリリムが起きるなんてありえないのだから。

近寄っても潤の中にあるリリムの魂が無ければ共感現象のレベルは大分下がる。

あそこが違和感の始まりだとするならば原因は、……原因は、……ヒュペリオン――篠ノ之束博士。

科学的側面から、魂の観測が可能だと言うなら、潤の過去はいくらでも調べられる。

 

 

ダウンロードの酷使したような力が脳を突き抜けたこと。

コア側からの強烈な接触。

頭の中を隅々まで見られたかのような違和感。

まるで浸食されているような――いや、もう奪い取られるようと言いなおそう。

 

――そりゃあダウンロードも暴走するさ! ダウンロードに不備はないさ!

――あの糞女! 俺の大事な物を奪っていきやがった!

 

頭で整理が終わり、理性がそれを認識すれば、その後に浮かび上がるのはウサギ耳らしき機械を付けた博士への怒りだった。

嘗て、怒りにかまけて剣は持たないと自分を律したが、それでも限度はある。

何時かあの素首跳ね飛ばしてやる、とやり場のない怒りがぐるぐる頭の中で渦巻いた。

 

「小栗くん? あの、辛いのなら、やはり断った方が……」

「黙れ!」

 

普段から目上の人には敬語を用い、クラスの女子たちから渾名を付けられてからかわれる真耶にも、そう接していた潤が目上の真耶を威圧する。

ある程度回復して多少動かせていた左手で、襟首がつかまれている。

その憤怒の表情と、凄惨な瞳に気圧される。

 

「やめろ、小栗。 何を熱くなっている」

 

潤が聞いた千冬の言葉で、怒りが限界を超えたのが手に取るようにわかった。

乱暴に扱った左手を、労わるように離して、真耶に頭を下げる。

人間怒りが限界を超えると逆に冷静になれると知ったのは、今まで生きてきて初めての経験だった。

 

「しかし、それほど辛いなら辞退してもいい。 お前は怪我人だ」

「いえ、――俺が行きます」

 

これほどの因果を、誰に託せばいいのか、それを考えれば誰だって託せる相手はいない。

他者に決着を委ねる……自分の与り知らぬところで、布団の中で休んでいる最中に全てが進んでいく。

周囲の専用機持ちを次々落として、時期に到着した千冬の手によってリリムは、二度目の死を迎えるのだ。

朝起きて、帰ってきた、もしくは帰ってこられなかった専用機持ち達、千冬の存在を目視して、真実を知る。

 

馬鹿な、なんて無責任なんだ! 俺は!

 

考えるだけでもおぞましい。

今回の事件の経緯は、例えどんな小さな魂でも共にありたいと願い、リリムの魂を消さなかった自分の弱さが原因だ。

例え、その魂を博士に利用されようが、因果や結果がどうなろうと、それは潤の責任になる。

 

「俺に行かせてください」

 

怒りを超越したその表情は、笑顔の成り損ないみたいな笑み。

真耶はその表情を見て、純粋に怖いと思い、その顔を見て平然としていられる千冬を改めて尊敬した。

潤の中で、感情の嵐が吹き荒れる

博士を憎む気持ちはある。

かなり悲しい。

でも、子供じゃないから、ケリは付ける――きっとそれは、苦しいだけだろうけど。

リリムを消す事で、怒りは収まるのか?

収まらない、きっと更に酷くなる。

殺す事で、一体状況はどう変わるというのか?

少なくとも、死んだ親友より、生きているクラスメイト達を救う方が有意義だと思う。

それが、IS学園の教師の意思だからと逃げていないか?

先ほど決断したばかりだ。 自分のケツは自分で拭く。

呆れるほど潤の思考はクリアだった。

噛みしめすぎたせいで、口から滴る血には、無理やり意識を逸らして逃げた。

 

「そうか……。 何を考えているのか知らないが、無茶はするな。 時間を稼ぐのがお前の役割だ」

「――任せてください」

 

ヒュペリオンを身に纏う。

ヒュペリオンは、操縦者の脳波で動く―――意志を形に変えてくれる、そんなのは嘘っぱちだった。

この機体は、潤の大切な物を奪うために博士が作った機体だった。

その事実に、機体に対する拒否感があふれ出すも、今は非常事態と呑み込んだ。

UTモードに変更した時点で福音の性能は不明。

福音はリリム同様の魂魄の制度をもって、代表候補生たちの精神を侵して、空中で漂っている。

きっと博士は、リリムと潤を戦わせたくてああしているのだろう。 あの時のラウラ戦をなぞるが如く。

 

「行ってしまいましたね……」

「ああ」

 

二人は不思議なくらい激情を露わにする潤を見送った。

その背を見て、何故か真耶は潤が泣いている様な錯覚に陥った。

 

「これで、良かったんでしょうか……」

 

思わず、そんな言葉が漏れてしまった。

 

「仕方があるまい。 それに、本人の承諾は得ている」

「そういう事を言っているのではありません! 織斑先生、お言葉ですが、自分の責務から逃げていませんか? 彼は、生徒で、重症患者なんですよ!?」

「知っているともさ、小栗に無茶をさせていることは。 それに奴なら大丈夫だと、私はそう思っている」

「それは言い訳です」

 

言い捨てて大型の空中投影ディスプレイの前に座る。

少しでも潤を正しくオペレーションしてやらねば、あまりの不甲斐なさに泣きそうになってしまう。

今回潤が出撃する要請が下された背景に、真耶と千冬の発言が最大の原因となっている。

潤の怪我は重傷だが、千冬と真耶は表向きの組織全体に対して五ヶ月程度で完治すると報告していたのだ。

女性権利団体や、潤の身柄を取り押さえようとする強硬派を欺くための物で、仮に全治に一年以上かかります等と馬鹿正直に報告すればどう転ぶかわからない。

潤が一年以上病院で過ごすとあれば、国際的な治療を受けられる場所に移動されるなどと言ってモルモット送りとなるかもしれない。

事情を知っているドイツ軍は、部下が全人口分の二という貴重な人間を殺しかけた等とは公表したくなく、利害の一致を背景に団結した。

そして、思いのほか日本政府も、潤を自国固有の財産にしたいという理由からそれに手を貸した。

良かれと思って、潤の為になると思ってした事だったが、報告通りに潤の容態を処理したアメリカ・イスラエルから、潤の参加要請が来てしまった。

軽傷の証拠に、UTモードの機体と戦っている最中の映像を用いたのも災いして、尚更引けなくなってしまった。

本人が拒否してくれればと思ったが――、それも叶わなかった。

 

「小栗くんが、私の部屋で寝ている最中、何があったか勿論ご存知ですよね?」

「更識から聞いているとも。 毎日、麻酔が切れて痙攣するそうだな」

「なら何故、小栗くんを行かせたんです?」

「私とて何も考えずに行かせるわけじゃない。 束が奴の専用機に『生体再生』機能を付けたと聞いて、それを考慮した上で行かせたんだ」

「……机上の理論通りに上手くいけば苦労はしません」

 

生体再生機能、世界初の戦闘用ISの『白騎士』に搭載されていた、搭乗者の傷を癒す機能。

束博士はヒュペリオンのデータを取るついでに、その機能を黙って追加していた。

基本的な制御は束博士の手が加わっているので、簡単だったと博士は言ったが、潤すら気付かない早業だったのは言うまでもない。

 

「まあ小栗を信じて、私用にカスタマイズした打鉄が来るのを待とうじゃないか」

「……そうですね。 もう、サイは投げなれた訳ですし」

 

そう言って、ヒュペリオンのデータを目で追う真耶。

千冬が何故そこまで潤を信じられるのかは定かでないが、真耶には千冬がかなり潤を信頼しているように写る。

――ところが、実際のところ千冬も何故自分がここまで潤を信頼しているのか分かっていないが。

何故か、そう本当に何故か知らないが、千冬はまるで潤が自分の事のように信用でき、信頼できてしまうのだ。

理論的な部分など関係なく、何でもないのに潤を信じられるのが千冬自身怖いくらいなのだが――。

 

「小栗くん、聞こえますね。 そのままなら後十分程でターゲットとコンタクトします」

『うるさい! 黙ってろ!』

 

こんな状態でも信じられるのだから、本当に不思議である。

 

 

 

真耶の通信をぞんざいに扱って、粉々になりそうな意志を奮い立たせる。

吐き気がする。

展開装甲は使いこなせていないが、それでもヒュペリオンは高速で目的地まで移動している。

その目に写った全ての景色がグニャグニャに歪んで、歪な芸術品のように見えてくる。

 

一夏が羨ましい。

もっと優しい友達と遊んでいたかった。

何も考えずに守りたいものを見つけて、簡単に守るなんて言えて、明るく笑ってられる一夏が。

もっと自分が馬鹿だったのなら、こんなに苦しむこともなかったのだろうか。

――駄目だ! 苦しいなんて思うな! 殺意で蓋をしろ!

 

首を振って思考を遮断する。

会ったところで奴はクラスメイトの魂を拘束しており事態は一刻を争っている。

懐かしい会話なんぞ出来るはずもなく、そもそもアレは潤の中にあった僅かなリリムのデッドコピーであり昔語りなんぞ出来るはずもない。

出会い頭から殺し合うしか選択肢はなく、自分の手で完全に壊しつくす絆に縋ろうなんて、なんて無意味な行いだろうか。

 

「コンタクト!」

 

ハイパーセンサーの視覚情報が自分の感覚のように目標を映し出す。

一夏、箒、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラ……Unknown――リリムと接触した。

旧科学時代に作られたパワードスーツ、ヒュペリオンを身に纏ったリリムは、嘗ての記憶のまま面妖に微笑むと潤に向かってゆっくり移動を始める。

毎日鈴を見るようになって慣れたとも考えたが、やはり奴に会って目頭が熱くなった、と思う。

しかし、表情には欠片の変化もなかった。

押し寄せる魔力の波を打ち消すように突き進み、最後尾にいたラウラを追い越したあたりで、魂を束縛されていたラウラが若干意識を取り戻した。

 

『ア、アア、ア……』

 

少しばかり意識が外に行ったのを、元に戻さんとするかの如くリリムが口を開く。

言葉にならないその音は、今から殺そうとしている相手に対して、余りにも穏やかで、――その記憶通りの優しさが……酷く恐ろしかった。

 

『アアァ、アアアアア……!』

 

会えて嬉しい、そんな様な意識がダイレクトに伝わってきた。

縋るな!

助けを求めるな!

俺はお前の敵なんだ!

ビームサーベルを量子展開し、リリムは唖然として斬りかかってくる潤を見つめた。

刃がリリムの首に届く前に、高周波振動ソードに阻まれ、二人の武器は盛大に火花を散らしてぶつかり合う。

逃げるようにリリムが後方に下がり、ほぼ同タイミングで潤は追従し再び斬り合い、互いにぶつかり合っては離れ、そしてまた打ちかかる。

 

『ァァッ!』

 

愚直に突き進む潤の攻撃を、難なくリリムは回避していく。

空中で幾度となく制御を失うも、何故か安定して視線は潤へ。

 

「くそっ!」

 

振りかぶって力任せに振るわれるビームサーベルを掻い潜って側面に移動。

慣れない感情の濁流に翻弄されているのか、攻撃は早いが直線的過ぎる。

潤と比べれば接近戦に長けてないリリムが、その潤相手に攻撃をかわせる位には。

何度も何度も回避行動を繰り返し、それに振り回された潤は呆気なく間合いに入り込まれてしまった。。

ふと、瞳を閉じて――血を流しながら開いたリリムの瞳孔が、猫の様に縦に細くなっているのを見てしまった。

元々翡翠色だった瞳も、血以外の黒っぽい赤に変色している。

体が震えた。

ソレと、目が合った。

直感が告げる。

世界の移動で弱体化し、今なお怪我で能力がほぼ使えない状態では、これ程濃密度の魂の呪縛には抗えない。

しかし、体は動かない。

 

「――――」

 

歌が、聞こえた。

何だったか、何処で聞いたか、そもそもそれが音なのか、あれ歌……?

瞼が下がった、意識が落ちる。

これでは精神世界に呪縛される――残る意識で自分の中に喝を入れる。

夢に引き摺り込まれる、いいか潤、今から見るのは夢なんだ。

騙されるな! 囚われるな!

 

ここに、教師陣が思っていた最悪の事態――、専用機持ち全員がマインドコントロール下に置かれるという状況に陥ってしまった。


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