高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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虚淵さん作品のリスペクトとオマージュあり。
なお、潤にとどめを刺したのはヤマヤだった模様。

どうやら日刊ランキング六位を頂戴したみたいですね。
一桁代は久しぶりです。 ありがとうございます。


6-7 胡蝶の夢

優しい歌声を聞いて、ぼんやりと意識が戻っていった。

メガネをかけた金髪の女性に膝枕をされて、少しの間眠っていたらしい。

労わるように繰り返される、頭を撫でる手がくすぐったくて仕方がない。

 

「ティア……」

「おはようございます、隊長。 もう起きられたんですか。 最近働きすぎですから、もう少し休んでもいいのでは?」

 

潤は大戦作戦従事中に知り合った人物――スラム街で痩せこけ餓死一歩手前だった少女――を拾い、その才能を見抜き部隊に拾い上げる。

大戦終了間際に両者大怪我を負ったものの、その怪我すら縁となって恋人となった。

名前をティアーユ・フォンティーヌと言い、勿論孤児だった彼女の本名ではなく潤が付けた名前だった。

周囲では王族との付き合いがある潤が、元は卑しいスラム街の孤児を恋人とすることに反発があったが、そのティアが魂魄の能力者とあって声は小さかった。

 

「いや、余り怠けすぎると部下に示しがつかん」

「わかりました。 でも、無茶はやめてくださいね?」

 

窓の外ではしんしんと雪の降り、暖炉の火が部屋の温度を高めていた。

そんな休憩室で、体を休めている間に寝てしまったようだ。

しっかり休んだのだから、休んだ分を挽回すべく仕事をしようと起き上がる際に、水色髪の女生徒が怪訝な表情で見下ろしている顔を幻視した。

 

 

ドクンっ

 

 

ティアの顔を見ていたが、不意に心臓が跳ねる。

金髪で飢餓状態の孤児だったの影響から体の細いティア、水色髪でふくよかな双丘と扇子を持った女性。

なんで、こんなはっきり違うのに幻視なんて起こるのか。

 

「どうしました?」

「いや、確かに疲れているらしい。 仕事が終わったら今日はさっさと寝てしまおう」

 

笑顔で彼女は頷いた。

そう、彼女が水色髪だなんて、見違うはずがあるわけなく、そんな幻視ありえない。

立てかけてあった愛剣を腰に指すと休憩所を出る。

執務室中央にデカデカと備え付けられている机は、否応にも男の地位を顕にしている。

精々が十人程度を率いる特務隊の隊長に、何故こんな権限が付与されているのかというと、この国の特殊な事情が絡んでいるので説明が難しい。

この国では魂魄の能力者であるというだけで、相当な優遇処置を取られる土壌がある、とだけ覚えておけばいい。

横の机に座ったティアと一緒に書類の山に挑む。

権限が増えれば、それに伴って責任と仕事はどんどん増えていく。

その都度処理しなければならない案件は増え、その都度陳情にこられても面倒なので紙に書かせて提出されればこのザマである。

元々特務隊は潜入やら暗殺やら、特殊状況下での部隊指揮を行う組織で政務を任せられる人間が少なく、猫の手でも借りたい状況だったのでティアにも簡単な仕事だけをやらせている。

 

「あの、予算配分についての抗議書だらけなんですが……」

 

怒鳴り込む陸軍派を宥め、不満を漏らす海軍派を脅して公表した予算配分だったが、方々から抗議文が届いていた。

戦争が終了し、軍縮が行われている最中に、予算を獲得できた一派は大きな発言力を得る事が出来る。

それを思えば当然の反応と言えた。

 

「仕方があるまい、程々の奴は直接話し合って説得する。 が、度を越して煩い連中は纏めてこの世から退場させよう。 発言過激度の高い奴らはリストアップしてくれ」

「わかりました」

 

過激な発言と取られるかもしれないが、割とこの国ではスタンダートな方である。

この国では人の命が愉快なほど安い。

鉱山で働く連中、主に戦犯や書類場存在していない捕虜達に至っては、きつい、汚い、危険、生きて帰れない、給料が安い、平均寿命三十歳未満と地獄を見ている。

そうこう言いながらも仕事は進んでいく。

 

「それでは、書類を提出してきますので」

「ああ、頼む」

「失礼します」

 

執務室から出て行くティアを見送って、冷たくなった紅茶を一息で飲み干す。

手持ち無沙汰になったので引き出しから小説を取り出した。

再び目と脳を使うことになるが、娯楽が少ないこの時勢で、空いた時間でできることは限られている。

――そういえばPDAで読まないと、また簪がいじけるな……。

 

 

ドクンっ

 

 

再び強烈な鼓動。

簪? ……簪って――……、髪の毛を止める道具だったか?

まだ、もう少し、もう少しだけ――頭を振って詮無き思考を止める。

 

「潤っ!」

 

侵入者対策として鶯張りに改良した廊下を、事もあろうか全く音を鳴らさずに移動し、ノックをする事もなく、ツインテールが扉を開いた。

ベビードールとガーターベルトだけの服装、相変わらず頭のネジが狂ってるとしか思えない。

言い張るつもりか? ソレを服装だと言い張るつもりなのか? ただの下着じゃないか。

固まった体を少し動かして解していく。 ついでにいきなり険しくなった眉間も揉みほぐす。

 

「反応しなさいよ!」

「リリム、仕事をしないのは……、いっそ許してやる。 貴様の趣味も、公の場以外で行う場合は認めてやる。 だが俺の仕事の邪魔をするのは許さん」

 

今度はティアに見せられない真っ黒な内容が記された書類を取り出す。

何人の要人を殺しましたや、敵対国の諜報結果、人体実験の報告書、非人道的な治験実験の結果等、もし平成世界の人権団体に見せれば開戦理由になりかねない代物である。

今回の強化内容は潤が考案した人体強化、精神操作等を中心として強化され、薬物を抑えてコストパフォーマンスを考えた代物である。

脳に手を加えたため三十まで生きられないのがネックだが、薬物で強化された連中と比べて維持費の少なさが目立つ。

遺伝子弄繰り回して生まれた連中より、安価で大量に作れるのがこの連中のアピールポイントだ。

結果に満足し、自分の手が血で汚しる事実に溜息を吐いて、机上に置いてある判を取る。

後は名前を書いて、判を下ろすだけ――。

判が押される直前で、問題の書類をリリムに奪われた。 机に押される判。

 

「書類を取るな馬鹿。 机を汚してしまったじゃないか」

「無視すんなっての!」

「何が起こった、何をしでかした? それと、貴様には明日中までに提出する重要書類があったな、さっさとソレを――」

 

そこまで喋って、机を思い切り叩いた音に阻害された。

そして、ツインテールを振り回し、真剣な表情で身を乗り出す。

 

「明日出来る事は、明日やればいいじゃない!」

「…………」

 

さて、何と言って反論すればイイのやら、真剣に悩むのも馬鹿らしく感じる。

色々考えている間に手を取られて連れ出され、その手をリリムに握られながら、そっと潤は考えた。

一年と数ヶ月前出会った珍妙なパートナー、とにかく厄介事を持ってくる馬鹿だが、どうにもこいつには強く出られない。

しかし、何故かコイツといると悲しい現実から目を逸らして生きていける。

覚めない夢は無く、時間は常に動き続けている。

何時か、この幻想も終わる。

だから、リリムを戦友として考えてはいたものの、何時でも一人になれるよう自分の世界だけは守ってきた。

何時でも切れる様にだ。

笑顔なんて必要ない、思いだって儚くてもいい。

大体そんな感情は特務隊で任務を重ねる最中、雪の降る山で捨てた筈だ。

だから、きっとこの表情も気のせいなのだろう。

 

 

――――口が、顔が、綻んでいるのは……。

 

 

そう、覚めない夢は無い。

だけど、もう少し、もう少し――いや、起きなきゃダメだ……。

瞬間、ガラスが勢いよく割れて、床に破片が散らばるような音が響いた。

そして、その音に合わせて外の景色が一変、雪の降る白の景色は、一寸先も見えない本当の暗闇になってしまった。

寒さも、空気の流れも、何も無い暗闇。

廊下だった場所は、何時の間にか元の執務室に戻っている。

知ってる、これが夢だって、誰よりも知っている。

大戦終了時点の状況において、ティアに膝枕されて撫でられている、この時点――実は最初から夢だと気づいていた。

 

「そう、ありえない、ありえないんだ……」

 

戦争終了時点、ティアがどんな負傷を負ったのか、忘れるわけがない。

それでも、“有り得なかった”幸せを、元気な恋人を見て、その幸せを噛み締めていたかった。

ティアに足があって、優しく歌えて、頭を撫でてくれる?

全部ありえない。

 

――当時世界最強の剣士と名高い騎士を打ち破るため、その孤児の少女と性的なパスを作成。

――疑似的な共感現象を発生させた後に、後方の部隊と緻密な作戦を遂行し勝利。

 

その勝利の代価は大きかった。

孤児だったティア、戦士として訓練された強化人間の潤、そんな地力の差がある者同士でパスを形成し、戦闘中の強烈な魔力をやり取りすればどうなるか、当時は思いつかなかったが冷静になればわかる。

ティアの限界量はあっという間に通り過ぎ、体内から潤に壊し尽くされた。

最強の剣士を倒して帰って――最初に見たその姿。

両手と右足の切断、両目はほぼ失明、味覚消失、半身不随、まともに機能していたのは聴覚だけだったというのに。

 

 

膝枕?

片足しかなく、半身不随の相手にできるか。

 

書類で仕事?

手動弁、眼前一メートル以内で動く腕の向きが分かる程度のティアが?

 

歌える?

まともに喋れなくなったのに歌うだなんて……。

 

頭を撫でてくれる?

両手を奪ったのは俺なのに、なんて自分勝手な妄想か。

 

 

どれもこれもが、体を槍で貫かれたように悲しさがあり、飛び上がって喜びたくなるほど嬉しい夢だった。

有り得ない程の幸福、もう少しだけ寝ていたかった。

 

「――リリム」

「なんで起きようとするかなぁ? 起きてても、アンタ、辛いだけじゃない?」

「そうですよ隊長。 何時モルモットになるか分からない世界に戻る必要なんてありません。 此処で一緒に暮らしましょう」

 

名前を呼べば、二人の人間が直様声をかけてくれた。

死んだ親友、死んだ恋人、夢ってのは……何でこう、儚くも美しいのか。

頬を涙が伝って、初めて自分が泣いていることに気がつく。

夢でも良かった、ティアが元気でいてくれて、体が無事で、歌えて、一緒に過ごせて。

俺が居ないと生きていけない体で、ティアが退屈しないように本を朗読してあげてるより、こちらの方が余程良い。

塩キャラメルを作ってあげた時に味覚さえも失った事実を知った時、それまで食べ物を美味しいと言ってくれたのが優しい嘘だと知った時、どれ程この光景を夢見たか。

 

「俺も――帰りたくない、かな」

 

ここで死ぬまで暮らすのも悪くない。

此処では辛い現実も、失った物も全て揃っている、夢の箱庭。

潤の言葉を聞いて、リリムは今までにないくらい満面の笑を浮かべ、釣られて潤も泣きながらも笑を浮かべた。

そうだ、何も考える必要はない――ここで失った大切な人と一緒に暮らす方がいい。

親友と笑い合い、夜は恋人と共に眠り、何もない執務室で、全ての幸せを手にして暮らす。

――けど。

 

「私も隊長さえ一緒にいてくれれば、それだけで幸せです」

「俺も、――ティアの事を本当に愛してる。 だからティアが一緒にいてくれるだけでも幸せだ」

 

五体満足で抱き合う二人の恋人、そんな二人をリリムは満足げに見ていた。

どの世界も潤には寂しく、辛い現実しか突きつけず、彼に救いをもたらすことなんて無い。

実際にこの世界でも潤は誰かに本当の意味で身をゆだめることが出来る相手がおらず、狙われ、利用され、奪われそうになって、やっぱりボロボロになる。

だったら――この箱庭で暮らす方が何よりの救いになる。

 

「愛してるよ、ティア。 そして――」

 

その男は、ティアの頭を優しく撫で――――

 

「さようなら」

 

腰に差してあった愛剣で、恋人の首を薙ぎ払った。

 

「ティア!? 潤! アンタ、何を!?」

 

首がコロコロ転がって、部屋の隅に転がっていく。

潤は不思議なくらい穏やかな表情で、顔にかかった血と目尻に溢れる涙を拭こうともせず、その行方を見送った。

リリムが目の前の戦友の亡骸を受け止めるが――それより早く自らの心臓を潤の剣で貫かれた。

 

「ガッ――! なんで、……なんで!? どう、して! こんな――!」

 

心臓付近を貫かれてもリリムは健在で、戦友で、目の前の恋人だったはずの少女の死に嘆いている。

そんなリリムの首を、潤は力のあらん限りをもって締め付けた。

まるで、何も聞きたくないと言わんばかりに。

 

「……ぁ……ぐ…………なんで、幸せを、――自分の夢を……拒む……ぁ」

「ただの生きている顔なじみ、六人。 死んだ親友と恋人の、二人……」

 

喋らせないように、左手も使って首をさらに締める。

 

「だけど………………、俺は……………………俺は」

 

リリムの魂を消さなかった自分の弱さが、リリムを、ティアを、大切な人を道具のように扱われた。

これはティアであって、ティアではなく、リリムも同様にただの幻覚だ。

だから、こいつらは潤にとって都合の良いことしか言わない。

自分の弱さから死んだ二人を利用され、生きている友人が囚われている、そんな状況で何故原因そのものがが幸せに包まれる事を許されるのか。

本当に、無知なまま生きていたかった――。

こんなに苦しいのなら、こんなに悲しいのなら――、ずっと前からこの箱庭にたどり着きたかった。

 

「それでも……、……」

 

頬を涙が伝い、鼻水は垂れ、涎が口から漏れた。

 

――殺せるわけないのに何をやっているんだろう?

 

リリムを床に叩き付け、血の付いて両手で頭を掻き毟った。

首を絞める手に、力が全く入らない。

迷った。

また、迷った。

だから、また苦しむ。

 

「ごめん、なさい。 ……ごめんなさい。 俺が、……弱かったから。 残して、おいたから。 ……弱い俺のせいで、こんな、ことに……」

 

倒れているリリムに目をやる。

あいつの目は冷たかった。

戦友の視線ではない。

まるで敵を見る様な、戦場で、敵を見るかのような視線だ。

 

――許さ、ない……

 

血を吐きながら、弱弱しくも、潤の謝罪を否定する。

 

「ごめん……、俺が駄目な奴だったから、皆が迷惑しているんだ。 こうしなきゃ、駄目なんだ」

 

突き刺さっていた剣を引き抜き、その細い首を――

 

 

 

 

 

----

 

 

 

 

 

目が覚めた。

随分濃い夢で、感覚的には数時間眠っていたようだったが、ヒュペリオンのセンサーが告げるに眠っていた時間は僅か三分程度だった。

切れていたビームサーベルのエネルギーを再び入れ直し、リリムを殺すべく刃の部分を伸ばす。

狂えるように真耶から通信が入るが全て無視――少しでも邪魔が入れば泣き崩れて何も出来なくなってしまいそうで怖かった。

 

「ぉ……うおおおおおおお!」

 

可変装甲が潤の悲哀に応じるかのように開き、これまた潤の心を表すかのように青く、若干黒いナノマシンが機体を包んだ。

無理矢理雄叫びをあげて真正面からリリムに接近する。

ヒュペリオンの展開装甲起動中の瞬時加速――、すなわち世界最速。

その潤を前に、リリムは全く動くことなく、不思議なことに両手を広げて受け入れるポーズを取った。

その動作に思わず現実世界でも涙があふれる。

超高機動状態の最中で、センサーの影響からか体感速度がずいぶん遅く感じた。

 

 

――『あんた、軍人やってけないタイプね。 優しすぎるわ』

極寒の最中川に飛び込んで逃げて、互いに裸になり体温を分かち合って夜を明かしたの記憶。

まだまだ潤も、ダウンロードの経験が浅く、数の暴力で押し込まれて命からがら逃げ出した。

初めて感じた異性の柔らかい肌、ソレを意識してしまって気恥ずかしくなって喧嘩してしまった事を思い出す。

あの時の体温を、温もりを、今でもはっきり覚えている。

 

 

体が焼き付くように痛い。

元は展開装甲使用時の瞬時加速は御法度――これを体験してフィンランドでは人身事故が起きた。

距離は後五メートルもない。

既に剣の間合いに注意せねばならないが、潤の心中にあるのは他ならぬ思い出だけだった。

 

 

――『笑いたいときに笑えなくなれば死んだも一緒』

その声色を今でもはっきり思い出せる。

あれは、何時だったか、テロリストの首魁暗殺の任で、現地に溶け込むために老人夫婦の家にご厄介になった後の事。

息子が戦死した老夫婦は潤を実の子供のように可愛がってくれたが、その老夫婦こそがテロリストの首魁で――潤は老夫婦に国外逃亡を勧めたが、結局手を下してしまった。

その亡骸を見て、今後は感情制御を使って――ただの国のための部品になることを誓った。

ああ、今でも、彼女の優しさを覚えている。

 

 

ビームサーベルが届く、――届いてしまう。

頼む、逃げてくれ。 世界中の手や目が届かないところまで行って、好きなだけ生きて、時たま馬鹿な同僚を思い出してくれさえしてくれれば良い。

そう思っても、奴は受け入れる体勢のまま動かない。

そんなことより、今は少しでもリリムとの思い出に浸っていたかった。 ――今後は思い出すのも罪になりそうだから。

 

 

――『そこまでよ。 私たちはお互い巡り合せが悪かったのよ。 何も謝る必要はないわ』

この世界に来て、初めて心の底から嬉しかった。

二度と会えぬと知って、リリムの死を何時までも背負っていこうと覚悟して、やっと直接話せた歓喜の瞬間だった。

何でもない風でいたけど、あの一言でどれだけ救われたか、それがどれ程の救いとなったか、誰でもない潤が知っている。

その声は、はっきり耳朶に残っている。

 

 

もう少し、もう少しだけ思い出に浸っていたい。

あとちょっと、もうちょっとだけ。

ずっと一緒に居て、一緒に魔法の勉強をしよう、一緒にご飯を食べよう、一緒に笑い合おう、信じ合って、馬鹿をやって、俺を―――赦して。

 

夢はいつか覚める――――、刃は、届いてしまった。

 

それは、真耶達外部の者からすれば一瞬の出来事であった。

UTモードの敵は手を広げ、相手を抱きしめる様な仕草をして待ち受け、潤は稲妻のごとき怒涛の速度で突き進んだだけ。

ビームサーベルがシールドエネルギーを削っていくというのに、リリムは潤にもたれかかり、そっと頭を撫でた。

終わった――余りに呆気ない終わり方だった。

潤の頭を撫でていたリリムだったが、エネルギーが完全に無くなったのかアーマーが消え、スーツだけになった操縦者と成り代わって露と消えた。

操縦者を受け止めて月を見る。

 

――見ていてくれたか? お前一人を殺すことで、追加で一人、七人もの人を救ったんだ。

――だから、俺を褒めて……ほめ……!

――ふざけんなよ、あの腐れウサ耳女が。 何時か絶対ぶっ殺してやる。

 

「ああああぁぁぁぁぁああああああああああああああっっ――――!」

 

ありったけの声で泣き叫ぶ。

その声を浴びて、夢に囚われていた専用機持ち達が、意識を取り戻しかける。

徐々に覚醒が始まっているのか体が動いているので――数分もすれば元通りだろう。

 

『最後不思議な事が起こりましたが……、小栗くん、お疲れ様です。 よくやりましたね、おめでとうございます。 帰投してください』

 

真耶が作戦終了を告げる通信をしてきたが、その言葉を聞いて愕然とする。

よくやりましたね? おめでとうございます?

 

「ふざけるな……。 ふざけんな! 馬鹿野郎ぉ!」

『え、っちょ、小栗くん?』

 

通信画面を開いていた真耶が愕然とした。

怪我をしても泣き言一つ漏らさず、どんな状況さえも淡々と受け入れていた鉄のような男が泣いている。

潤は答えることなく、福音のパイロットを、早くも目を覚ましたラウラに押し付けた。

ラウラは起きた瞬間人を押し付けられ困惑したが、潤を見てもっと困惑した。

 

『おい、お兄ちゃんが泣いている? 管制塔、どういうことだ。 これはなんだ?』

「馬鹿にしやがって! 何なんだよお前は、何様だよ! なんだよ、なんなんだよ! 本当に死んだ方がいいのは俺じゃないか!」

『お、小栗、何を言って……』

 

なんと潤が赤子の様に丸まって、無様に泣いている。

罪の全てを許し、泣きじゃくるラウラを慰めた兄のように思う恩人が、人目もはばからず、子供のように泣き叫んでいる。

その潤は、アサルトライフルを展開、フィン・ファンネルも射出すると、全ての銃口を自分に向けた。

 

「――――!」

 

最後に潤が何を叫んだのか、誰にもわからなかった。

顔付近に降り注ぐライフル弾、体を包むように降り注ぐファンネルの光がそれを遮ったのだから。

 

「お、おに――潤!」

『ラウラァ! あの馬鹿を止めろぉ!』

 

千冬が叫ぶのとラウラがAICを使用したのはほぼ同時だった。

ラウラが抱えた二人目の人間、潤はぐったりとして目を閉じていた。

あらん限りのエネルギーを使い自分を攻撃した結果、たやすくエネルギーは消滅し、ISの操縦者絶対防御、その致命領域対応が発動。

全てのエネルギーを操縦者の命を繋げる為に費やされるこの状態は、同時に深くISの補助を受けることになり、それ故にISのエネルギーが回復するまで、操縦者は目覚めることはない。

 

「え、あ、ええ!? 教官、お兄ちゃんが! 私の兄が!? 無事か!? おい――! シャルロット、手を貸してくれ! 誰でもいい、誰か、誰かぁ!」

 

混乱し、悲壮な声をあげるラウラを最後に、今回の事件は幕をおろした。




次は、11/4の15:00に、確定です

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