高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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お待たせいたしました。
しかし、今度は仕事が忙しくなりそうで安定更新はやばくなってきた模様。

これでこそ、僕たちのワンサマー


1-4 夏の思い出・食堂にて

習慣を変えてみたり、何時もと違う行動に移してみたり、前準備を少し変更してみたりしなければ人というものは変わらない。

とにかく、人が変わるためには決意や意志に関わるものではなく、ちゃんとした行動に表れるものでなければならないのだ。

これを裏付けるかのように、著名な大学で修士号や博士号を習得し、世界の大企業やアジア・太平洋における国家レベルのアドバイザーとして活躍している起業家の一人がこう述べている。

 

『人間が変わる方法は三つしかない。

 一番目は時間配分を変える。

 二番目は住む場所を変える。

 三番目はつきあう人を変える。

 この三つの要素でしか人間は変わらない。

 最も無意味なのは『決意を新たにする』ことだ』

 

この言葉の解釈は色々あるだろうが、大凡の人に伝わるのは『思いや考え方を変えただけでは人は変わらない』という事だ。

ダイエットに置き換えると非常にわかりやすい。

痩せようと思って体重が減る訳はなく、深夜に取っていた食事を九時前に変える、運動できる場所を探して体を動かす、食事を小食に変えてゆっくり食べる、などして行動に移さねば変化は訪れないのだ。

長々前置きに割いたが、IS学園において、ある日を境にとても変わった人が居る。

クラス代表なのにクラス対抗戦は辞退する、何時も窓際で何かのプログラムを弄っている、暗くて、喋らないで、コミュニケーションを取らない生徒。

その生徒の名前を、更識簪という。

タッグトーナメントの練習期間前から少しずつ変化し始め、決勝戦後のドタバタを境に一変。

怪我したパートナーの為に、毎日申請してお見舞いに通ったりするのは序の口で、どっさり機械類を買い揃えてPDAまで作成する有様である。

相手の反応を思い浮かべているのか、気持ちがしぼんできたのか物思いにふける表情に変わったり、ぱぁっと表情を明るくすると少し微笑んだりする。

出来上がった機械を手に、どこか嬉しそうに撫でながらデータをインストールしている仕草など同性からしてみても可愛らしく感じる。

 

「ふふっ」

 

頭の中でどこまで進んだのか知らないが、ほわーっとした様な声で微笑む姿も入学初日からしたら考えられない。

赤くした頬を両手で押さえて、左右に『いやんいやん』とかぶりを振って身悶えする仕草など可愛くて仕方がない。

ここまでなら『恋ってすごいね』で済んでいるのだが、簪のルームメイトの話を聞くにここ最近はもっと凄い。

合宿以後、どういう訳か知らないが小栗潤に合えなくなったのが関係しているのかもしれない。

眼鏡用の投射ディスプレイに何かの動画を写しているらしく、休み時間でも希に見ているであろうそれ。

詳細は分からないが、何か嫌な事があって不機嫌になるとそれを見て、生徒会長に何か言われた直後にそれを見て、何か嫌な事があるとそれを見ているようだ。

問題は見終わった後。

教室なら机に突っ伏して、部屋なら枕に顔をうずめて足をばたばた動かしてなんか悶えているのである。

 

「もう駄目だわ。 気になって仕方がない」

「おっ、ついに行きますか」

 

そして今日も、会長の妹さんなのだからと、普通の生徒相手にはされない簡単な用事を教師陣に言われる。

簪の中では禁句に近い発言をされ、その場こそ何もなかったがストレス発散の為に、簪はその何かを見つめていた。

見終わった後に、恥ずかしくなって枕に突っ伏すまで同じ動作である。

最近同じ光景ばかり見せられて、ルームメイト以上の付き合いが無かったクラスメイトも、その部屋に遊びに来たクラスメイトその二も奇行の原因を知りたがっていた。

 

「さっらっしっき、さん。 毎日何を見ているのかな~?」

「っ……!?」

 

恍惚とした表情から一転、普段からルームメイト以上の付き合いが無かったクラスメイトから声をかけられて現実に引き戻された。

何かから自分を守ろうとするかのように両手で肩を抱える。

そのままバランスを崩してベッドから落ちていった。

 

「チャンスだわ、眼鏡と端末を奪い取るのよ!」

「御用だ、御用だぁ!」

「あっ……やっ……ちょ……や、やめ、やめてぇ」

 

抗議の声も空しく、女子高の様な悪ノリで襲い掛かられ、あっという間に諸々の道具を奪われた。

 

「お、おおう……。 これはっ! 小栗くんの専用機の映像……! 強い、圧倒的に強い……!」

「きたぜ。 ぬるりと。 ピンチに表れて救出、お姫様抱っこ、その状態のままミサイル迎撃……なにこれキュンキュンしちゃう」

「だ、だめぇ……、やめてぇ」

 

簪が姉に掛け合って頂いた、対UT戦の映像。

UT戦に対するあらゆる情報は統制されていたが、なんとか簪はそれを確保していた。

知人から恋愛対象として、意識の変化が起きたのがこのシーンだったので、記念に映像を貰い受けたのだが……。

マインドコントロール下の恐怖一転、救出後の心理的負荷の軽減という吊り橋効果もあったのだろうが、自分がお姫様のように見えて気分が高揚してしまう。

ちょっと機嫌が悪くなれば、気晴らしの為に自分が助けられたシーンを見るようになった結果が、例の奇行である。

 

「六月末まで一緒に訓練とかしてたんだよね!?」

「進展とか、何か無いの!? 教えてプリーズ!」

「い、いや、潤とは――」

「『潤』!?」

「もう名前で呼び合う関係に?」

「い、いや……、まだ、潤には言ったことは、な、ないけど。 それに、特別な事は、まだ何も……」

 

流石にUT戦の全容は収録されておらず残念がる二人だったが、そんな事より他人の恋バナの方が気になって仕方がない。

普段会話なんて殆どしないのに、友人同士の語らいの様に熱が入る。

いくら学園全体で一夏の方に人気が傾いていても、それはそれ、これはこれ。

 

「何もないのに、普通はこんな助け方しません!」

「小栗くんと仲のいい女子が少ないんだから、数少ない一人の更識さんには話す義務があると思います! さあ、吐きなさい、全部!」

「の、飲み物を買って貰ったり、手を握って貰ったりしたことはあったけど、……二人が期待している様な事は、なにも……」

 

自分から頼んでパートナーになって貰ったので、訓練終了後にちょっとジュースか何かを奢る程度は度々あったがプレゼントと言うほどではない。

十代特有とも言うべきが、他人の恋バナに好奇心を抑えられずに会話が弾む。

しどろもどろになりながらも、何とか話をする簪に迫る二人。

 

「「手を握って貰ったところ詳しく!」」

 

そして奇跡のハーモニー。

 

「病院でお姉ちゃんと偶然会った際に、ちょっとした成り行きってだけで……」

「だから、もっと詳しく!」

「そ、それだけ! 本当に成り行きだけだって……。 本当にただの成り行きってだけで……」

 

そういえばただの片思いだった事実に思い至ったのか、気持ちがしぼんだかの様に憂鬱気な表情に変わる。

その変化を見て、思った以上に男女としての進展が無いことを悟った二人が身を引いた。

 

「流石小栗くん。 鉄壁ですね」

「どう切り込んでも華麗に回避されると、陸上部に嘆かれるだけのことはありますね」

「――と、なると、ライバルも少ない、わかるよね?」

「脈がありそうなのは更識さんを除いて六人、二人は織斑くん派だから実質四人か。 織斑くんを狙うよりチャンスがあるんじゃない?」

 

追い詰める展開から一転、簪の恋を応援する内容に話が変わり、不思議な圧力から解放された。

そうなれば一つの事柄で話す女子三人。

今まで話したことも無い関係だけれど、姦しい声で盛り上がる。

 

「六人って誰?」

「谷本さん、鏡さん、布仏さん、この三人は入学初日から比較的仲が良かった面子かな」

「後の三人は転校してきた、凰さん、デュノアさん、ボーデヴィッヒさん。 でも凰さんとデュノアさんは織斑くん狙い」

「よく話題に出るけどボーデヴィッヒさんってどうなの? 小栗くんの怪我の原因で、なんで仲良くなってるの?」

「よくわかんないけど病室であった時にはもう仲良くなっていた……」

 

簪からの話を吟味して、潤とラウラの関係を考える。

 

「なんかごっこ遊びの延長って感じじゃない? 二人とも兄妹と思っている様にしか思えないけど」

「でも、その感情が『好き』にならないって訳じゃないし、一旦方向性が変われば後は一直線かも、って言われてるよ?」

「谷本さん、鏡さん、それと……、いや二人は?」

「谷本さんはボーデヴィッヒさんと一緒のパターンで、ただの仲が良いってだけかな、恋心はないって話だよ」

「鏡さんは、あれだね。 『ひっこみ思案な文系少女、近くにいるだけで幸せ』のパターン。 気はあるけど、間違いなく現状で満足してる」

 

いくら世界中から集まる才女と言えど、その実噂好きの普通の女子。

特に男子二名が在籍している一組の話題は枚挙にきりが無く、あることないこと頻繁に行き来する。

一夏の周囲は分かりやすい程に好意をぶつける面子で、あれはあれで面白さがあるが、他人の恋路関連を邪推する相手としては積極的な手合いが居ない潤の方が面白い。

 

「最後は……布仏さん、だね」

「目下最大の強敵だね」

 

最初に聞いた時もそうだったが、何故ここで本音の名前が出てくるのか。

しかも最大の障壁とは……。

確かに一回戦、アリーナで出会った時には本音を連れ添っていたけど、――確かに仲は良さそうだったが。

最大の恋敵が、自分の従者とか、反応に困る。

もしも、何かあったら譲ってくれないかな、等としょうもないことを考えてしまった簪を誰が責められようか。

 

「なんで、本音が……?」

「えっ! 知らないの? 布仏さんと小栗くん、ルームメイトじゃない」

「――何言っているの? 私理解できないけど」

 

余りに衝撃的な発言のせいで、なんか普段と違った口調になってしまった。

Q.誰が、誰と、ルームメイト? A.本音が潤と。

 

「キスもしたことないし、そういう雰囲気にもなったことないって聞いたけど、そろそろ四ヶ月も一緒に暮らしてるし、夏は恋の季節っていうし、何か進展あるかも」

「朝食も夕食も一緒に取ってるし、たぶん学園で一番小栗くんに近いのは間違いない」

「……えっ、嘘でしょ? 嘘よね? 嘘だよね? 本音と潤が一緒の部屋で寝泊まりしているだなんて――」

 

俯いて危うげな感じで小言を呟く簪。

虚ろな雰囲気だったが、突然再起動すると近場にいた女子の両肩を掴み、前後に揺さぶった。

 

「そんな冗談みたいな情報いらないからね、今なら怒らない。 冗談だよね?」

「えっ、なにこの迫力? 簪さん、そういう人だったっけ?」

「冗談でしょ!? 冗談なんでしょ!? 冗談だったって言いうの! ね!?」

「ちょ、ちょっと落ち着いて!」

 

更識簪――普段大人しくとも彼女は更識家の血縁者であった。

 

 

 

 

 

方々で話題をかき集めている男子二人は、現在食堂で遅めの昼餉を取っていた。

荒みきった心に、どう扱ってもいい知り合いが一人しかいないからしょうがない。

周囲で思い思いの時間を過ごしていた女生徒が、一際不穏な雰囲気を醸し出す一夏を取り囲む専用機持ち四人組みも居るようだが、素直に諦めよう。

割って入ってこないだけ、彼女たちからすれば遠慮しているとも言える。

 

「そういえば、さっそく連れまわされたって聞いたんだけど本当か?」

「ん? ああ、昨日のことか。 気晴らしにもなったし、大した用でもなかった」

「お前がそれでいいならいいんだけど。 お前無茶してないか?」

 

うどんを啜りながら取りとめのない会話をする。

IS学園の調理担当にうどん県民が紛れているのかうどんの種類に気合が入りすぎている。

ざるに、ぶっかけに、温玉に、しょうゆに、釜揚げに、美味しくて胃に優しい。

 

「多少、無茶はしている」

「そういうの、あんまり良くないぞ」

「と言っても、もう何日も休んだんだ。 何か行動に移して、やり方や、あり方を変えていかないと何も変わらないからな。 それに大分回復しただろ? 間違いではなかったわけだ」

「お前がそれでいいならそれでいいさ、――ん?」

「相席良いか」

 

円状になっている机にラウラが割り込んできた。

聞き耳を立てて、二人を伺っていた周囲の女生徒が、出し抜かれたとばかりの表情を浮かべている。

専用機持ち達の席から、不穏な気配を感じ取ったがあえて無視する。

悔しかったり、羨ましかったりするのであれば自分たちもそうすればいいのだ。

潤の隣に座ったので、スペースを空ける為に一夏と潤が少しずつ移動する。

 

「相変わらずの間抜け面だな、織斑一夏。 こんな所で怠けていては、教官やお兄ちゃんはおろか、この私にすら追いつくことは出来んぞ」

「はいはい、分かってますよ」

「なんだ、お前ら。 何時の間に仲良くなったんだ?」

「仲良くなどなってはいない。 ただ、お兄ちゃんが全力で戦った唯一の相手が私だけだったからな、こいつはお兄ちゃんとの実力差を図るために私に接触してきたにすぎん」

 

頼りたくなるくらい強くなって見せろ、と以前言った事を本気で実施しようと思っているらしい。

結果は――勝ち誇るラウラに、苦々しい表情の一夏、これ程わかりやすい結末は無いだろう。

 

「話がそれたが、無茶だとしても逃げて目を逸らしたって何も変わりはしない、傷は隠しても膿んでいくだけなんだ。 ――そうだな……、もしお前の目の前で、戦友がトラップにかかって下半身丸ごと吹き飛んだとしよう」

「物騒だな」

「その時、戦友の亡骸を抱いて嘆くだけでは、何れトラップにかかった戦友を偵察しに来た敵兵がやってくる。 それも四方八方からだ。 長年連れ添った戦友の死を嘆くのは良いだろう、その亡骸を手にして涙するのもいいだろう、だが、そのまま蹲って打ちのめされているだけでは、何れやって来た敵兵に包囲されて自分も死ぬ。 トラップの種類や対策を別の戦友に伝えることも可能で、襲来した敵兵と応戦すらことも可能で、逃げる事も可能であるのにだ」

「…………」

「可能性があるならば、どんな単純なことでも、出来る事を何か一つでもやっていかなければ何も解決はしない。 昨日のナギの件を受け入れたのは、行動に移すのに丁度いいと判断したからだ。 時間が経って、手札がどんどん無くなって、気付けば何の変化もなく状況が最悪の方に向かってしまう。 それほど馬鹿げた事はあるまい」

 

そこで聞き耳をたてている専用機持ち達、お前らと一夏の関係だ。

 

「随分手厳しい言葉だな」

「今の話は真理だぞ。 お前がそう思うのは平和ボケした日本人ならではだな」

「良いじゃないか、平和ボケ。 戦争ばっかりで荒むよりいい変化だと思うね」

「私は意識の切替えの悪さを言っているのだ。 雪羅の荷電粒子砲とバリア、剣での接近戦への切替え、ISでも同じことが言えるんだぞ」

「……一理、あるのか?」

 

潤の話は一旦置いておいて、二人がISに関する技術的な話や、訓練方法などを話し合っている。

これは、随分面白い関係、一夏にとって今までにないクラスメイトとの関わり合い方、ライバルの様な関係を築いているように感じる。

言葉に棘こそあるが、雰囲気は以前ほどではない。

ラウラも千冬に出会う前は、ISに関しては落ちこぼれだったと聞くし、一夏にとっていい影響になるに違いない。

 

「所で、その用って鏡さんと二人で、だったんだよな? いいのか?」

「何がだ」

「いや、だって簪さんだったっけ? タッグトーナメントでの潤のパートナーの子、どう考えてもお前のこと好きだろ」

「……は?」

 

男子二人の会話に聞き耳を立てていた女子が、一斉に不思議な踊りをし始めた。

飲み物を拭きだしたり、むせ返ったり、机に額をぶつけたり、そして再び注目が集まる。

先ほどより重厚に。

 

「なんか俺は嫌われているみたいだから直接話してないけど、そういう風に思ってくれている人が居るのに、別の人と二人でなんてかわいそうじゃないか」

「お、おま、脳に、お前の頭に異性の好意を認識する力があったのか?」

「当然だろ。 あれだけあからさまなら」

「……――あ、ああ、あ、……謝れ! 鈴に謝れ!」

「な、なんだよ急に、なんで鈴が出てくるんだよ?」

「煩い! ついでに箒に謝れ! セシリアにも謝れ! シャルロットにも謝れ! 今すぐ誠心誠意謝ってこい!」

「もしかしてシャルロットは――むぐ」

「言うな、言っちゃだめだ。 良いな?」

 

慌ててラウラの口を塞いで言い聞かせると、こくこく頷いて了承してくる。

言ったら最後、一夏の動向次第ではシャルロットが、シャルロットは良くてもそれ以外の三人が殺意の衝動に身を委ねかねない。

 

「謝れって、なんでだよ?」

「なんでって……。 た、例えば鈴がお前に好意を抱いているからとか?」

「ははは、ISで殴りに来る奴がか? ないない」

 

食堂の一角から凄まじい殺気があふれ出た。

これは酷い。

 

「箒は?」

「鈴と同じく。 あいつは木刀だけどな」

 

再び異様な気配が食堂の一角から場を侵食していく。

察しのいい女子が徐々に食堂から逃げていく。

潤も逃げ出したかったが、ここで逃げたら後が怖い。

 

「……シャルロットとセシリアは?」

「お前は知らないだろうけど、二人からも殺されかかってるからな? ブルー・ティアーズとバイルバンカーで。 ないない。 俺の話はもういいだろ、お前はどうするんだよ」

「お前に女心を説かれる日が来るとは……、落ちぶれたもんだな、俺も」

「ははははは。 そんなに大事みたいに言うなよ」

「ははははは」

「――何時か本当に殺されるんじゃないか?」

「何時か、じゃなくて――今日かもしれないがな!」

 

怒声、怒号、悲鳴、叫び、しかも一夏周りで良く聞く声色を四つ耳にしつつ、全力で逃げ出す。

戦場の彷彿とさせるような憎しみが、魂を通じてダイレクトに伝わってくる。

紛れもなく、ここは戦場だった。

首根っこを掴まれて後ろを向いていたラウラが、AICで援護してくれたことも相まって、何とかISを展開した四人を振り切った。

一夏は駄目だった。

 

「ふぅ、奴の異常な感性で酷い目にあった」

 

食堂から少し離れた場所でラウラを下す。

三時ごろのロビーは空調が効いているにもかかわらず、ドアの開閉がある度に熱い気温が流れ込んでいるせいで人は少なかった。

 

「それで、どうするのだ?」

「何がだ」

「簪とやら、――トーナメントでのパートナーだったな」

「……俺から簪に対する感情は隅に置いといて、少し様子を伺おうと思っている」

「時間を置きすぎて、ああなっても知らないぞ?」

 

今しがた逃げてきた食堂の方向に頭を振る。

流石に簪はああならない筈、たぶん、そう信じたい。

何故だか知らないが、簪が例の四人同様に強かになった光景が浮かんだが、幻覚と信じたい。

 

「簪にな、軽度対人依存症の兆候が見られる」

「軽度対人依存症?」

「ラウラにとっての、織斑先生に対する状態と同じだ」

 

その言葉を聞いてラウラが押し黙る。

ラウラの左目を覆う眼帯、その瞳にはISとの適合性向上のためヴォーダン・オージェと呼ばれる措置が施されている。

その能力を制御しきれず、以降の訓練では全て基準以下の成績となってしまい、軍からは出来損ない扱いされ、存在意義を見失っていたが、赴任した千冬の特訓により再び強者に返り咲いた。

この経緯から、ラウラは千冬を尊敬して『教官』と呼んで親しんだが、その千冬に汚点を付けたという理由だけで一夏を敵視し、彼を排除しようと画策した。

情報の出所が殆ど本音と言うあたり、少しだけ気が引けるが、情報を整理すれば簪にも似たような事が言える。

幼い頃から優秀な姉と比較され続けて心が鬱屈し、しかも簪本人は他人に対して能動的な行動を取るのは甘えであるとの考えから泣き言を言えなかったため、徐々に心を閉ざしていった。

そんな境遇から、『誰かに認めて欲しい』という欲求と、『自分を助けに来てくれるヒーロー』という憧れが、彼女の中で渦巻いていただろう。

更に、欲求を満たす相手は、姉の手が一切入り込んでいない人でなければならず、更に当の本人は内気で臆病、他者を遠ざける傾向があるという、欲求を叶えるのは不可能な状態に陥っていた。

そんな中で行われたタッグトーナメント、日本代表候補生としての力量を頼みに一人の生徒が接触、『自分にしか出来ない事』という理由を持って。

そこまでなら、ただの仲が良い友人になった程度で済んだかもしれない。

尤も、その相手が、自機に着弾すれば死亡の可能性もあった攻撃から身を挺して守ってくれて、魂魄の能力者からの精神汚染から救われ、再度行われた攻撃から救ってくれた。

光が差し込まない暗闇に投げ込まれた一筋の光、地獄に垂れ下がった蜘蛛の糸、十年近く無かった握ることのできる手、IS学園に来てようやく欲求を満たしてくれる相手を彼女は見つけたのだ。

その相手が、簪の中でどれほど影響力を持つかは想像に難しくない。

 

「もしも、ラウラが入学当時のラウラだったら、織斑先生の命令に背くような事はしなかっただろう?」

「そうだな、かなり無茶な事でなければ順守していた」

「無条件に自分に対する信頼を求めたり、織斑先生によって自分が成長できると考えたり、自分より先生を優先したり、程度に関わらず拒絶されれば不安を抱くだろう?」

「確かに」

「それを精神的に依存していると言う」

 

自分を認めて欲しいと思い、専用機の作成よりPDA作成を優先したり、潤のお見舞いに時間を割いたり、PDAを触れていなければ不安を抱く。

これらがもっと酷くなれば完全な依存に移行してしまう。

 

「しかし、それが何の問題になる。 私は教官が居たからこそ、今の私が居るのだぞ?」

「ラウラの様に軽度程度なら問題ないが、これ以上深化したら問題なんだ。 俺以外の人間とコミュニケーションを取りたがらなくなり、俺が離れれば不安になって、最悪の場合には精神的に不安定となって病み始める」

「ふむ。 ……いささか心当たりはあるな」

「もしそうなったら、それこそ簪が可哀そうじゃないか。 俺は、あいつにそうなってほしくない」

「随分大切にしているんだな。 お前も好意があるのか?」

「好き、嫌い、普通で分類するのならば、『好き』の分類になるかな」

「ほう、――ちなみに私はどこだ?」

「好きの分類だ」

「そうか、それは、……なんだ、あれだ、嬉しいな。 ふふふ。 私も潤の事は好きだぞ」

 

少し照れ臭かったのか、頬を赤く染めてはにかむ。

そこには、入学当初から表情の変化に乏しく、他者を寄せ付けない威圧感を放っていた、『ドイツの冷氷』と評される人物はいなかった。

今の二人には数こそ少ないものの、此処でも聞き耳を立てている連中が居る事に気付かなかった。

静まり返った廊下、その隅で息を潜めている者達三人。

 

「イイナー」

「ワンチャンアルー」

 

赤くなってプルプル震えている簪の両脇を固めてルームメイトプラスワンが片言で会話する。

部屋から出て廊下に出たと思ったら食堂から潤がラウラを抱えて爆走している光景が目に入った。

最近はお見舞いすら許可されない状態だったので、現在潤が何処にいるのかも知らない簪だったが、一番驚いたのは潤が回復していたことである。

先ほどまで話していた二人に茶化されつつ、ちょっと話をしようと潤が走っていった方向へ向かって行き、偶然耳に入ったのが今しがたの会話である。

潤とラウラの間に存在する『好き』は、異性間の『好き』ではないが、あれだけ自然に『好き』という言葉が異性間で出てくるのは珍しい。

LikeとLoveにどれ程の隔たりがあるのか知らないが、簪もあれくらいは好かれている。

それを考えると、自然と頬が赤くなり、恥ずかしさから俯いてしまう。

 

「アレホドタイセツニオモワレテルナンテー」

「ウレヤマシイナー、アコガレチャウナー」

「や、やめてよ。 ……二人とも」

 

完全に脈アリとして話が進んでいる。

簪は潤がどう思っているのか分かってしまった。

 

「それで、更識さんはどうするの?」

「何か、二人っきりになれるような、そういった積極的なイベントを起こさないと!」

「…………」

「何か無いの? 心当たりがないか」

「……あった」

 

簪の呟きに反応して沸き立つ二人。

そんな事など思考の彼方に追いやり、簪の脳裏に浮かぶのは、未だ完成の目処が立たない、自分の専用機開発だった。

 

 

 

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あれから数時間後、昼前にIS四機による集中攻撃が行われた食堂は一時的に使用不能となった。

多くの生徒は食堂でゆっくりするのを諦めて、隣接しているカフェに避難していた。

冷暖房完備、年中無休のここでは本格的なドリンクと、四季折々のスイーツが用意してあり夏休みでも学園生徒の姿が絶えない。

クラリッサという部下のために秋葉原に行って本を買うというラウラと別れ、潤は一人で並んでいた。

その目の前で、見慣れた二つの茶色いテールがヒョコヒョコ動いている。

連動して根元を纏め上げているリボンも、これまた見慣れた色のものがヒョコヒョコ動いていた。

身長も体型も、四年間程の長期間において毎日見てきた奴にそっくりで、もし格好がネグリジェだったりベビードールだったりしたら見分けがつかなくなる。

そういえば、とふと思うのだ。

最初の世界移動と、とある貴族の元でのイザコザを抜かせば、あらゆる物事の原因はこいつが原因の一端を担っているのでないかと。

死んだ後も平然とストーキングしてくるし、これは自分の中にある奴の魂を放置していたことが原因だが。

もう一度世界移動した後も、今度はISを乗っ取ってまで姿を現し、大変なダメージを与えてくれやがったし、これはウサ耳博士が原因のようだが。

色々考えたが、やはり目の前のツインテールの人物にも原因の一端があると思う。

目の前のツインテールの身長は百五十cmほど、自分は百八十cm、少し見下ろす形となるので、旋毛とリボンとツインテールの動きが分かる。

徐々にムカムカしてきた。

その髪型が似ている、その目が似ている、その背格好が似ている――というより、見た目で区別が出来ない。

どうしてお前は何時も楽しそうにヘラヘラしているのに、相方の俺は何時も苦労しているんだろう。

仕事は全て回し、面倒事からは逃げ、この世界でも――!

 

「大体お前のせいだ、このツインテール!」

「ぎゃあっ!」

 

昨今では、喧嘩で髪の引っ張り合いになり、片方がくも膜下出血で死亡するという事例があり、首を急激に後ろへ引っ張るのも、死亡事故に繋がる要因となる。

髪の毛引っ張られて頭皮が浮いてしまい、水が溜まってしまったという事例も知っている。

よって、手加減をしつつ痛いと言う感情が伝わる程度にツインテールを後ろに引っ張った。

嘗ての相棒と、声までそっくりであるツインテールは、悲鳴を上げてのけぞった。

何時もは振り回される側だったので気付かなかったが、誰かを振り回すのは存外楽しかった。

レベルアップ――潤は八つ当たりを覚えた。

 

「な、何すんのよ! バカー!」

「ぐっ!」

 

その代償として頬に回し蹴りを受けて口の中を切ってしまったが。

 

 

 

鈴と一緒に食堂に来ていた少女、ティナ・ハミルトンというらしいが、彼女は鈴がISで朴念仁に八つ当たりした時点で別のグループへと移動して一人になったらしい。

鈴の一夏がらみの奇行を知っているのか辟易しているようで逃げたとも言える。

そして今しがたも、髪の毛に尋常でない被害を受けて怒っている鈴と一緒に、テーブルを囲っていた。

 

「女の髪の毛をなんだと思ってるのよ! 命よ! い・の・ち!」

「そう怒るな。 何のために蹴られて、ついでにスイーツまで奢ってやったと思っているんだ」

「開き直るんじゃないわよ、馬鹿!」

 

ノリと勢い、僅かな懺悔から、潤が購入した一番高いパフェ、一つ二千五百円を頬張りながら鈴が捲くし立てる。

 

「それで、あんたはどうなのよ」

「表向き大分治っているだろ。 これなら普通どおりに生活できる」

「いきなり女の子の髪の毛引っ張る状態で治ってきている? 冗談は程ほどにしときなさいよ、だってあんた、未だに人の笑顔が――」

「お前の小言を聞きたいがために顔を合わせているわけじゃない」

 

魂の共感といった理屈でない部分から根本的問題へ、直接言及を始めようとした鈴を強引に封じ込める。

無理矢理押さえつけられた鈴は、不満を隠そうともしなかったが、潤が懐から取り出した物を見て直ぐに面持ちを改めた。

取りだされたものは紙切れ二枚。

 

「えーっと、なにこれ?」

「二枚やる。 一夏を誘って二人で行って来い」

「え、ええっ! ま、マジで!?」

 

その紙に映し出される文面、それは八月にオープンされるウォーターワールドの無料招待券だった。

話はパトリア・グループの立平さんから、退院祝いに新規オープンのウォーターワールドのチケットを頂いた事から始まる。

お友達と一緒にどうぞ、と六枚も頂いたのだが、あいにく行く気が全く湧いてこない。

使う気はないが、せっかく頂いたものなので贈り物として有効に使おうと思い、転入直後から迷惑をかけていた鈴にあたりに渡してやろうと思った次第。

 

「六枚頂いて幾つかは配ったが、お前にもなんだかんだ世話になっているからな。 もらってくれ」

「の、残りの四枚は誰に配ったのよ! まさか箒とかに……」

「安心しろ。 渡したのは本音と癒子に二枚ずつだ。 あの二人なら、お前と一夏の邪魔はしないだろうよ」

「そう……そっかぁ…………にへへへ……」

「……トリップしているとこ悪いが、上手くやるんだぞ。 じゃあな」

 

合宿とは違う、学内行事ではない二人で行くプール、まさにデートである。

新しい水着の新調やら、日程やら、当日の事やらを考え出し、潤の言葉を遙か彼方に置き去りとなったのを見て席を立った。

ああなってはもうどうにもなるまい。

鈴がくねくねしつつ、顔を真っ赤に染めつつ、妄想に耽っているツインテールを背にしつつ食堂を出た。

途端に見覚えのある気配が肌を包む。 ――これは会長か?

なんで会長が急に、と考え事をしていたからだろうか、廊下を曲がった先で誰かにぶつかる。

購買で買ったパンらしき物が廊下に散らばった。

 

「すま――ああ、簪がいるからか」

「……!? あ、え、ああ、じゅ、潤、こ、こんばんは?」

「何を混乱しているのか知らないが落ち着くんだ」

 

妹をストーキングしている姉、何も変なところはない、通常運転である。

そのストーキング対象である妹は、現在本人に対して脳内でしか使っていなかった名前で呼んでしまい絶賛混乱中だった。

散らばった紙パックの飲み物やらパンやらを手渡す。

 

「じゅ、潤、潤……あの、その――」

「俺が理解できる名称なら好きに呼べばいいさ。 それで、何か用か?」

「ん、ゥン……。 その前に、なんで治ってるの?」

 

喉の調子を整え、寮方面に歩きだした潤の隣に並ぶ。

その言葉は、若干潤の不興をかったが。

怪我が治った理由、生体再生の採用、篠ノ之束博士の介入、リリムとティア、――かぶりを振って思考を中断する。

今ここで博士に対して憤っても仕方がないだろうに。

 

「ヒュペリオンに、白騎士に搭載されていたのと同じ生体再生機能があったようだ。 それが致命領域対応に反応して起動したと聞いている」

「致命領域対応? なんでそんな……」

「それは言えないんだ、悪いな」

 

福音戦に参加しなかった時点で、簪が合宿に参加しなかったのは明白。

 

「でも、致命領域って、……それに、潤は合宿には――」

「これ以上の情報は合宿に参加しなかった簪には関係の無い事だ。 悪いが引き下がってくれ」

「ご、ごめんなさい……」

 

簪はそれ以上、問いかけることも出来なかった。

足の動きも止まり、まるで自分が校内にある立木の一本にでもなったかの様で、変な孤独感が胸に積もっていく。

ヒーローとしての偶像を潤と重ねている簪にとって、そのはっきりとした立ち位置の区別は疎外感を持たせるのに充分だった。

やや速足な動きについてきた簪が、その足を止めたことでようやく潤が彼女の心理を理解したのか、バツの悪そうな表情を浮かべる。

 

「あ~、悪い、言い過ぎた。 最近いろいろありすぎて、まいっているんだ。 気にしすぎないでくれ」

「あ、うん……」

「カフェで何か奢るよ。 それで許してくれ」

 

何か都合のいいように話が進んでいると簪は思った。

自分から何か言い出した訳でもなく、潤から進んで何かをやってくれると言っている。

夏休み前には見ることのなかった、余裕のない表情に、少しだけ悪い気がするが何か頼みごとをするに都合がいい。

 

「そ、それなら、代わりにお願いがあるんだけど!」

「?」

「その……お願い! 私の専用機作成を手伝ってくれない?」

 

パンッ! と手を合わせて、いきなり拝まれる。

その姿に何となく会長の姿が重なって見えた。

 

 

 

何やら簪側からの頼みごとが非常に珍しく感じて、対して考えもせずに了承してしまい、場所を第二整備室に移す。

 

「それで本当にいいんだな?」

「うん。 大丈夫だよ、潤。 二人で作った方がいいと思う」

 

会長に曰く、一人で完成させるのに拘っているとも聞いていたので、他人の手を加えていいのか再三問いかける。

しかし、二人で、という所を強調して言う簪には届いていないように思う。

簪が良いというなら良いのだろうが。

 

「潤は……良かったの? まいっているって……」

「いいよ。 こういう時は何かやっていた方が楽になるってもんだ。 さて、早速だけど機体を見せてくれないか」

「おいで……『打鉄弐式』……」

 

簪の右手にはめられていたクリスタルの指輪が反応する。

するとぱぁっと簪の体が光に包まれると、装甲が展開されて重厚な音をたてて整備室にその姿を現した。

打鉄の後継機と聞いていたが、実際に打鉄を操ったことのある潤には、同一の部分を探すのが難しいほど外見が変わっている。

スカートアーマーと肩部ユニットはウイングスラスターになっており、腕部装甲もスマートな代物となっていた。

一夏が保有する専用機、白式と開発元が同じだけあって、特徴的なシルエットは似通ったものを感じざるを得ない。

打鉄弐式の外見を頭の中に叩き込んでいると、ISを跪かせて装着解除した簪が傍に近寄る。

 

「それで、これはどこまで開発が進んでいるんだ?」

「基本的な部分は……、まだちょっと甘いかな? 武装と、稼働データ、装甲のチェックやシールドエネルギーもまだで……」

「大体全部か」

「うん……」

「とりあえず、武装は後回しにして、機体その物の完成を優先するか。 出来上がった頃に丁度いい大会もあるしな」

「それじゃあ……、目標は『キャノンボール・ファスト』まで……?」

「上手くいけばな」

 

キャノンボール・ファストとは九月末に開催されるISの高速バトルレース。

本来は国際大会として行われるが、IS学園がある関係から市の特別イベントとして学園の生徒達が参加する催し物で、一般生徒が参加する訓練機部門と専用機持ち限定の専用機部門が存在する。

機動系に特化している打鉄弐式には相応しい舞台となるだろう。

 

「間に合うかな?」

「目標を持たずにダラダラやるより余程いいさ」

 

期間は二ヶ月程度と短く感じるが、不可能だとは思わない。

廃棄された施設で、何時エイリアンが襲いかかってくるか分らない状況で基礎プログラムを作成したこともある。

二人がかり、参考資料がある状況ならむしろ充分過ぎるほど時間があるとも考えられる。

 

「よし、機体調整から始めるか。 俺も基本的なプログラム作成を手伝うから、出来上がったら弐式に合うように微調整してくれ」

「お願い」

 

ヒュペリオンのコンソールを開いてデータを受信する。

全く知識の土台がない第四世代であるヒュペリオンは、その開発経緯から現場で基幹OSに手が加えられるように設計されている。

理解が難しいのであれば、ヒュペリオンそのものに開発用ツールが内蔵されていると思えばいい。

専用機であればそれ程おかしな事ではないが、量産機においては弄る必要のないパラメーターまで変更可能になっているのは特殊だろう。

初めてヒュペリオンに搭乗した際に、まともに歩くことすら出来なかった裏側には、OSが複雑過ぎるのも一因になっている。

結局これらの問題は、束博士の高スペックな制御モジュールで解決してしまい、今となっては必要でない機能だが、打鉄弐式の開発には大いに役立つことだろう。

机に座って早速機体情報を精査して手を加えていき、その隣に簪が腰を掛けて、同じくコンソール画面を開いた。

その後、簪が躊躇いがちに用意された椅子をほんの少しだけ近づけ、ほぼ密着するかのように座りなおす。

 

「ちょっとそっちのデータ見せてくれないか? 機動のバランスを取るのがちょっと難しいんだけど」

「え? あ……そこは……」

 

機動型はその特性だけで勝敗を左右する力を持つが、その裏には制御が難しいという弱点がある。

『良い鉄砲は撃ち手を選ぶってことわざ知ってるか?』から始まる台詞がとある漫画にあるが、機動型も同じような状況に陥りかねない。

そうならないように、そのプログラムも、使い手も、完璧に近い確たる『形』が必要になる。

そういった考えがあったから詳細を聞いたのだが、並んで座っている簪の画面を覗きこむようにして顔を近づけると、傍目から見ても分かる程顔を赤く染める。

 

「……そこは、こうして――」

 

簪は気恥ずかしさこそあったものの、真剣な表情で指示を出していく。

第二整備室を包む夕日の赤色が、隣り合わせに座る二人を易しく彩っていた。


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