一年間(7/14)までに完結したいなぁ……。
この小説の目玉は、残すところ更識姉妹と博士くらい、不可能でないと思いたい。
階段の上に会長が居る。
潤がちらっと簪の方を見ると、いそいそと背中に逃げ場を確保して、肩越しに会長を見ている。
トーナメントでのマインドコントロール、恐怖の侵攻でこうなっているわけだが、この姉妹は一体何時になったら仲良くなるのだろうか。
ぼーっとしていると突然の突風に煽られ、会長のIS学園のスカートの裾が捲りあがり、パンスト越しに紫色のデルタゾーンが露わになる。
ちょっと恥ずかしげに頬の色を桜色に染め、スカートを押さえる会長。
偶発的な色仕掛けに、潤がどんな反応をするのか気になったのか至近距離で顔を除きこむ簪。
動じない潤。
「俺たちは何も見てない。 いいな?」
「え……、あ、う、うん」
簪に了解を取って、一旦歩道に戻るとエレベーターの方に足を向ける。
恥ずかしそうにする会長を見て居たたまれなくなったので一切合切を無かったことにした。
エレベーターの扉が開くと、再び会長が目の前にいた。
「お帰りなさい、二人とも」
「なに無かった事にしてるんですか会長」
「……な、なんのことかしら?」
「ああ、そうですか。 で、なんの用です?」
会長が潤の右側に陣取ったため、簪が左側に移動していく。
「ズバリ――」
「ずばり?」
「ズルいじゃない! 簪ちゃん、その、今日は……楽しかった?」
潤越しに会長が妹の簪に問いかける。
普段の更識家ではまともに会話できないが、病院での一件から潤越しになら会話できる。
まさか自分に話しかけられるとは思っていなかったが、今日の総括を求められて思わず笑顔になる。
「……楽しかったよ。 とっても」
「俺としては複雑な心境だ。 だけど、簪がそういうなら良かったよ。 また二人で何処か行こうか」
「今度は……、潤から誘って。 わ、私は、何処でもいいよ?」
体が半分くらい水に入るだけで動きがギクシャクし始め、体ごと顔がつかると溺れる。
そんな相手とプールに来た、面白くないに決まっていると思ったが、簪が満足げなのでほっとした。
簪としても次のデートの約束までこぎつけることができ、更に満足である。
「それよ! 簪ちゃんばっかりズルいじゃない! せっかくの夏なんだしー、私だってー、いちゃいちゃしてみたいー」
「……私には会長のキャラが分かりません」
「それなのに、知り合いの男の子はちっとも私に構ってくれない。 このままじゃ人生でたった一度しか来ない十六歳の夏が終わっちゃうじゃない!」
「それで?」
「更識家の別宅でバーベキューするから、参加してね。 えっと……簪ちゃんもどう?」
ようは食事に誘いに来たらしい。
会長に言われ、手を取っていた二人が顔を見合わせてちょっと相談する。
簪は潤が参加するならいいよ、といったような感じで、潤は姉妹仲が少しでも良好になるなら別にいいかと判断した。
「別宅って、何処なんだ?」
「…………ごめん」
「IS学園のすぐ近くよ。 ここからでも歩いて行けるわ」
会長が指差した方角へ足を向けた途端に、右側から会長が腕を取って体を密着させる。
会長は日本人なのか否か、髪の毛の色や肌の色からして純粋な日本人ではないのか、日本人なら普通に出来ない事を平然とできている。
そこに痺れないし、憧れない。
その手の手合いはお腹一杯です。
怪訝な表情を浮かべる潤とは裏腹に、手を握られているだけの簪は気が気でなかった。
何やってんだこの人、といった言葉がのど元まで出かかっているのは明白だが、さりとて振り払う気配はない。
色々考えた結果、簪は左側から腕を絡めた。
するとどうだろうか、会長は『思い通り! 思い通り! 思い通り!』と新世界の神の様な表情で潤から腕を離し、簪だけが潤と腕組みしている状態となった。
「今日は振り回す対象が二人で楽しそうですね」
「まったくもって可愛げのない後輩ね。 ちょーっと簪ちゃんを――」
「お姉ちゃん」
「おっと、……ごめんなさい」
ぱんっ、と勢いよく扇を開くとそこには『反省』の二文字が。
若干沈み始めた太陽に向かって歩く三人、その影が長く伸びていく。
怒られたものの、潤を挟んでいるとはいえ、疎遠だった妹と並んで歩けるという光景に、ほんのり嬉しそうに微笑んだ。
そんな会長と一緒に、三人並んで整えられた遊歩道を進んでいくと、周囲の近代化された建物とは裏腹な木造建物があった。
外見は海産物の名前が特徴的な国民的アニメのようでいて、基本に忠実ながらも質素でかつ壮麗で荘厳という素晴らしい物件だった。
昔懐かしいガラガラ音の鳴る扉を開けた会長は、ゆったりと振り向いて口を開いた。
「さっ、上がって頂戴」
そういえば、まともに誰かの家に招待されたのなんて初めての事か、そう思いながら靴を脱いでお邪魔させてもらう。
靴を脱いで、どうしたものかと会長か簪の説明でも待とうとしていたら、ドア越しに聞きなれた声と、若干大人びた声が聞こえてきた。
「おかえり」
「ただいま戻りました、会長」
「わ~、おぐりんだ~」
「本音? ……生徒会役員だったな、そういえば」
玄関に入ってきた意外な人物に驚くも、その手に持つ重そうなビニール袋を受け取ろうと手を差し出した。
本音も声を掛けられずとも潤の行動を理解してビニール袋を渡そうとする。
しかし、直前で隣にいた女性に待ったをかけられた。
「駄目よ、本音。 相手はお客様。 私たちが招いている立場なのよ」
「てひひ、怒られちゃった。 お姉ちゃん、ごめんね~」
「お姉ちゃん?」
「申し遅れました。 私は布仏虚、妹は本音」
眼鏡に三つ編み、いかにも、お堅いが仕事は出来るキャリアウーマンといった風体。
そんな彼女は本音の姉を名乗ったが、……これは、まったくもって――似ていない。
簪もそうだったし、箒もそうだったし、本音もそうだが、姉と妹とは似て非なる生き物なのだろうか。
「本音、私はお茶を入れるから、その間にお客様を居間にご案内しなさい。 その後にケーキを用意してね」
「は~い、じゃあ、おぐりんこっちだよ~」
本音の後に続いて、これまた古風な和を感じる居間に通され、誘われるままに座布団を借りて座る。
そして当然の如く、簪が隣に座った。
「布仏先輩が会長と呼んでいたからには、布仏姉妹は二人とも生徒会所属なのか?」
「布仏家は、代々更識家の……、お手伝いさん、みたいなものだから」
「簪は?」
「……入ってない」
その後、取りとめのない話をしていると、お茶やケーキを持ってきた布仏姉妹を伴って会長が入ってきた。
本音と正反対とも感じられる布仏先輩が、カップ一つ一つにお茶を注いでいく。
その仕草はちょっと齧った程度の手腕でなく、秘書のようで、お手伝いさんというよりはあたかも仕えるものの雰囲気を感じられた。
「簪さまも、小栗くんもどうぞ」
「おぐりん、ここのケーキはね~、ちょお~おいしいんだよ~」
会長と潤に挟まれる形の場所に座った本音が、最初にケーキを自分の皿に配るとフィルムに付いたクリームを舐め始めた。
何度か見た光景ながら、布仏家ではどんな教育のされ方をされたのだろうと思ったが、姉がああならきっと本音がどうしようもなかったのだろう。
厳格そうな姉が立ち上がる前に、本音の旋毛付近を手の甲で軽くはたいた。
「汚いから止めろって何時も言っているだろ。 ほら、俺のケーキをやるから我慢しろよ」
「わ~い」
「何時も……? ――その、妹がお世話になっています」
「いえ、俺も結構助け、たす……。 ――はい、お世話しています」
「ん~?」
お客様扱いの潤のケーキまで貰って大満足な本音には、虚に対する微妙な返しに一瞬理解が追いつかなかったようだ。
簪と会長は、そんな三人のやり取りを楽しげに見ていた。
「ところで、いいんですか? 未だに妹が男と同居し続けていますけど。 会長が押し寄せてきた時に隠しカメラを撤去したんですから、もういいのでは?」
「最初は色々やきもきしたり、心配になったり、反発もしたけれど、結果としていい方向にいったみたいだし。 それにお嬢様の決定ですし」
「あん、お嬢様はやめてよ」
「失礼しました。 つい癖で」
「……なんで、潤と、本音が? ……虚さん、その、せ、説明してほしい、……のだけれど」
「……そうですね、ちょっと深くは話せないのですが――「ハニートラップ対策、監視網の作成、間違いを起こさないかのテスト、ですよね」
言いづらそうにしている虚から、潤が言葉を引き継いだ。
前々から分かっている事だったので覚悟も出来ている。
獣みたいな感じで見られているのは釈然としないが、普通の高校一年生の男子が性に興味がないなんて考えられない。
もし、普通の男が来たら、野獣になってしまうのではないか――その心配は当然あった。
そしてIS学園の生徒はおおむね顔面偏差値が非常に高く、授業で着用するスーツは、その特性上ノーブラノーパンで着用する必要がありってカットも際どい。
一夏なら織斑家という所在があるので性癖程度なら調べられるが、反面潤は全く情報が無い。
ハニートラップ対策や、監視網を用意することの他に、潤が三年間女の園に在籍しても大丈夫かのテストが必要だったに違いない。
教師と共に対策を練っていた生徒会長にとって、短期間で手軽に用いる事の出来る手札が、『布仏本音』と、『更識簪』しかいなかった。
そして、会長は妹を簡単に手ごまと考えられなかった。
「こんな所でしょうか」
「大体正解ね。 簪ちゃんも満足してくれた」
「……うん」
「さて、私は手筈通りに話を進めてくから、二人は食事の用意をお願いね」
「わかりました。 本音、行くわよ」
「おぐりん、ケーキありがとね~」
布仏姉妹が台所へ移動してから、改まって会長が簪と潤に向き合う。
これは、真面目な話が来ると思って姿勢を正す。
会長は若干の間の後、簪に対しては少しだけ言いづらそうに、潤に対しては割と楽しげに視線を合わせてこう言ってのけた。
「さて、食事の前に、本来の目的について話をしますか。 ――二人とも、生徒会役員になる気は無い?」
言葉の意味を考え、一瞬石になった。
簪は一度誘われているのか、その言葉を聞いても動揺は少なく、困惑で固まる潤に目を合わせて彼の答えを待っているかのようだった。
「冗談……って感じではありませんね。 理由を伺っても?」
「IS学園の生徒の長である存在は、最強であれ。 生徒会長は何時でも襲っていい、そして勝ったものは生徒会長になる。 そしてそれは私だけでなく次代の会長にも言える事なのよ」
「トーナメント優勝、か……」
「察しが良くて何より」
声を揃えて今回の勧誘の原因を口にした潤を、会長が嬉しそうに扇で唇を隠して上品に笑う。
会長の言葉通りなら、生徒会長は正しく最強でなくてはならない。
半端な人間に任せても簡単に会長が変わってしまうし、そうなっては安定しないし面倒ごとが多すぎる。
今は更識楯無が君臨しているが、次の会長のあてがなく、タッグトーナメントがその後継者候補を探し出す場になっていた。
そして、その優勝者が簪と潤なのだ。
「生徒会は、現状は三人で動かしてはいるのだけれども、二学期は色々行事も多いから人手が欲しい、というのもあるわ。 公募すれば大抵人手が集まるから、それで済ませてきたけど、やっぱり正式なメンバーは欲しいのよ」
こんな感じが動機ね、と締めくくる。
口調こそ軽いものの、普段から考えられないほど真摯な思いが伝わってくるし、何より雰囲気が真面目だ。
「男の俺が次期生徒会長筆頭候補となれば不満続出と思いますが」
「それでも生徒会長が最強でなければならないという規則は変えられない。 トーナメント決勝戦での実力を鑑みるに、普通の二年生じゃ勝てるか疑問だわ。 それに、不満ならあなたに勝てばいいのよ」
「――それで、俺は会長とは戦っていませんよ? どうするんです?」
「私に勝てなくとも、私は来年の秋には会長の座から降りなければならない。 今、潤くんを生徒会入りさせるのは、全校生徒に対する前報告ね」
「それで、私は……どうなるの?」
「簪ちゃんは一般役員。 潤くんは私に勝つか、私が生徒会を抜けるまでは副会長。 勿論、別の人が私に勝てば白紙に戻るけどね」
負ける気はないけど、と不敵に会長は笑う。
打ち合わせるでもなく簪の方を見ると、簪はずっと潤を見ていたのか、視線が噛み合った。
その簪が恥ずかしそうに眼を逸らしたが、それは『潤が入れば私も入る』と宣言しているようなもので、旗色が良いと判断したのか会長が畳み掛けてきた。
「勿論、二人ともやるべき事があるし、潤くんの場合は陸上部に仮入部している、そこらへんは考慮するわ。 勿論行事の際には仕事してもらうけどね」
「しかし、俺は――」
「在学中、及び卒業後の身の保障をしてくれる組織、欲しいんじゃない?」
「……更識家が後見人になると?」
「最低でも私が卒業するまでは危険をシャットダウンする。 卒業後は、所属組織が出てきても調査や交渉に手を貸す。 どう?」
会長に振り回されるのは癪だが、何かしらの庇護が必要だった潤には魅力的な提案に思える。
それに、そういった事務仕事が不慣れという訳でもなく、断る理由も特にない。
「分かりました、副会長の件はお受けいたします。 ただ、生徒会長の話は時期早尚なので返答できません」
「そっ、まあいいわ。 簪ちゃんは?」
「……潤が、は、入るなら……私も」
おずおずと追従してきた簪も生徒会へ入会し、会長にとってのメインイベントが終了した。
「それじゃ、当初の予定通り、歓迎会を始めますか」
「今日のバーベキューって、そのつもりだったんですか」
突然の来訪と食事の誘い、ここまで考えていたとなれば生徒会への加入は、この人の中では必然だったのかもしれない。
今までの上品な笑みとは違う、まるで子供のような破顔した顔つきに、ちょっとだけ潤は後悔した。
それはまさに、悪戯が成功したガキ大将の様な笑みだったのだから。
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「それでは、小栗潤くん、簪ちゃん、生徒会着任おめでとう」
「おめでと~」
「おめでとうございます、簪さま。 小栗くんもこれからよろしく」
今日のゲストである潤と簪を包むように三方向からクラッカーの音が鳴る。
話の最中に布仏姉妹が用意していたバーベキューグリルを囲っての事だが、綺麗に整えられた庭を考えれば妙にミスマッチだった。
瑞々しい緑葉が池に浮かんでいるのを見て、苔が張り付いた、何でもない岩まで季節のうつろいを感じさせる程の深い趣を感じる。
「いいのよ。 庭なんて使うためにあるのだから」
「心を読まないで下さい、会長」
仲が良いのか悪いのか、会長と潤の言葉を皮切りに食事会が始まった。
随分巨大なロブスターをまるまる一匹バーベキューグリルに乗せて焼いているあたり、更識家は凄い名家であるらしい。
名家の令嬢と親しくなるのはこれで何回目か、知り合いに公爵家ご令嬢が二、子爵様一、王様二、王子一と華々しい知人が沢山いた頃を思い出してしまう。
その他にも代表的な食材、ウインナー、タマネギ、ピーマン、牛肉、鶏肉、スペアリブ、あまりに脂ギトギトなメニューに嫌気がさしたのか、簪は野菜ばかり口にしている。
いかにもアメリカ人が好みそうなメニューを、会長と本音と潤で少しずつ消化していく。
「潤くん、随分食べっぷりがいいわね。 小食じゃなかったっけ?」
「入れようと思えば入る胃袋なので。 それより会長、食べすぎると肥りますよ」
「その辺の匙加減は完璧だから大丈夫。 それに、私は、お・っ・ぱ・い、に栄養が行くから」
「いきなりシモに走らないでください」
「簪ちゃんに食べさせてあげたら? 大きくなるかも」
「……駄目だこの人。 簪、助けてくれ」
「……無理」
一縷の望みをかけて、しなだれてくる会長を常識人である妹に押し付けたら返された。
会長がちょっとだけしんみりした表情になったが、すぐさま立ち直って空になっていた潤のコップに飲み物を注ぎ込んだ。
ジェスチャーで飲むように急かされて、申し訳程度にちょっと飲み込んだ。
「……酒じゃないですか」
「チューハイは苦手? ビールの方がいい?」
「どちらかというと麦酒の方が好みですが。 って、そういう話じゃありません。 日本では未成年の飲酒と喫煙は禁止ですよ」
「この家ではおねーさんが法律です」
無駄に実った胸を張って会長が宣言する。
これは駄目なパターンだと判断して、食材を焼くのと、程よく焼かれた食材を配ることに徹していた虚に目を向けた。
「布仏先輩良いんですか」
「虚でいいわ。 まぎらわしいでしょ?」
「では、虚先輩で」
「お嬢様――楯無さんがそう言っているのだから、それでいいのよ」
諦めて簪の傍まで歩み寄り、元々生徒会役員だった三人の話を聞いている内に、潤にも色々な事が分かってきた。
まず、更識家は裏方の様な仕事を防ぐ仕事、対暗部用暗部という特殊な家系であるようだ。
IS学園の侵入者やデータ盗難の防御など多岐にわたり、会長はその当主で、楯無とは当主の称号であり本名ではないらしい。
「会長の本名ってどんななんだ?」
「お、お姉ちゃんの名前、き、気になるのっ?」
「……聞いたら不味い類の物なのか。 すまん、忘れてくれ」
会長の存在は不気味で戦力分析が上手くできない。
IS学園に侵入した際の仮想敵として考え、――今は自分が特務隊所属でないことを思い出して思考を破棄した。
次、布仏虚。
ルームメイト、本音の姉。
顔立ちは似ているし、体のラインも良く似てはいるが、外面以外のあらゆる要素が真逆に位置している。
篠ノ之姉妹に比べれば月とすっぽんだが、しっかり者の雰囲気と、眼鏡に三つ編み、妹の本音と違いお堅い雰囲気を醸し出している。
ちなみに生徒会での仕事は会計で、整備科に通う優等生らしく、本音も整備科に進む能力を持っているとかいないとか。
「本音、虚先輩が飲むならいいが、お前が飲んだらただの事故だ」
「くぁwせdrftgyふじこlp?」
「……本音、お酒臭い」
「駄目だこりゃ。 ……ウォッカなんて飲むから」
今度打鉄弐式のパーツ作成についてそれとなく聞いてみようかと思ったが、不安しかない。
空になったウォッカのビンを片手に、縁側に寝そべって簪に膝枕されている本音を見てため息が出た。
もう片方に握っているコップ、その中に半分ほど残っていたウォッカは潤が美味しく頂いた。
「……わ、私も、飲んでみたい、かな?」
「やめとけ。 酔うと目の前の男がオオカミになるぞ」
「潤、酔ってる?」
「最近夢見が極端に悪くてな。 寝付いても直ぐに起きてしまうから、三日に数時間程度しか寝てなくて――そのせいか酔いが早い」
「大丈夫なの?」
「うん? まあ、大丈夫さ」
潤がほろ酔い気分になって口が軽くなった頃に、簪もちびちびチューハイを飲みだした。
虚は『私は片付けがありますので』と酒の類は飲まなかったが、会長を含めてだらだらした宴会は一時間程続いた。
「潤くん、肩こっちゃった。 おっぱい揉んで」
「飲み過ぎです、会長。 あと、死んでください」
「お嬢様、明日の公務に触りますからその辺になされては?」
「夏休みのたった一日くらい良いじゃない」
缶チューハイを何本も開けた会長が、心地よさそうに笑って虚と会話を重ねる。
程よく出来上がっているようで、靴下を脱いで、上着のボタンを二個外し、胸の谷間を露出させていた。
諌める虚を振り切ると、簪の隣で座っていた潤にもたれ掛かり、新たな缶のタブを引いた。
「潤くん、私酔っちゃった。 息苦しいの、ブラのホック外してくれる?」
酒乱に絡まれて助けを求める為に、潤はほぼ素面状態だった虚に助けを求めるが梨の礫とばかりに首を横に振られる。
その間にも酒乱がフロントホックらしいブラを外させようと潤の手を取ろうとしている。
手を取ろうとする会長、防ごうとする潤、カンフー映画のワンシーンみたいになった。
やれやれといった表情で虚が片付けを始め台所に消え、救いは無いと思ったら簪が手を差し伸べる。
「駄目、お姉ひゃん」
「なに~、簪ちゃんも邪魔するの?」
「これ私のらから」
「お前も泥酔状態かよ」
簪の脇を見ると、空になったチューハイやらビールやらが小山を築いていた。
呂律のまわらない口調といい、赤く染まった頬といい、もしかしたら一番やばいかもしれない。
「簪ちゃんばっかりズルい。 お姉ちゃんにも分けて頂戴」
「駄目――私の。 ん」
「ぅん!?」
簪は、姉と格闘をしている潤の胸元を掴むと、強引に自分の方を向かせると、自分の唇で潤の口を塞いだ。
瑞々しく柔らかい物が触れ合う。
「えへへ、キスしちゃった」
横で会長が呆然としている、簪の膝で爆睡していた本音が起き上がって呆然としている。
簪は頬を押さえて恥ずかしがり、潤は複雑な表情をしていた。
唇を合わせる程度なら人工呼吸含めて何度も経験しているし、リリム関連で耐性が出来ているので妙な感傷に囚われたりしないが、簪のこれは色々わけが違う。
「な、……嫌らった?」
「嫌じゃないが……、酔いすぎだ。 水でも飲んで一旦休んだほうがいい」
会長はさぞ嬉しそうに笑いながら屋敷の中に入っていった。
本音は未だに二人の様子を伺っている。
潤の目の前にいる簪は、強く、寛大で、豪胆で、強気で、寛大、それらの全てを持っているような気がした。
「………………なあ、簪。 実は、俺、そ――」
「そ、そんなに、ジロ、ジロ、見る男子、……嫌い」
潤が簪に話しかけようとした時、酔っていた簪が言葉を遮った。
出鼻をくじかれた潤は、気勢がそがれたのか、変に何かを悟ってそこから先を言う事は無かった。
「そうか。 そりゃあ、そうだよな、おかしいよな」
とだけ言って縁側から立ち上がった。
良い感じにアルコールが回っているので、更識家で寝泊まりしてもいいのだが、外泊届を出していないので千冬に迷惑が掛かってしまう。
その事を簪に告げると、帰寮するために荷物を取りに屋敷に入っていった。
「かんちゃん」
「ん~?」
「今のはまずかったよ」
「さっきのは、意味があっひゃの~?」
「――しょうがない、私がやるか」
何か意味ありげな事だけいって、本音は潤の方へ歩いていった。
おぐりん、私も帰る~。 何言ってんだお前。 名目上監視が必要じゃん、私が一緒にいてあげるよ~。
そんな二人の会話を耳にして、もう一缶手にしてタブを開ける。
ぼんやりと唇に残る、甘い感覚を楽しみながら喉を潤した。
潤の過去の時系列プリーズって感想きたけど、せっかくだから、『高みを行く者』がくぅ~、疲れましたwしたら連載小説としてあげますわ。
それでいいっすかね。
次は1/8に更新します