高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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我ながら思うけど、アニメだと考えて、一話がセシリア戦で、二話目の学園祭でこんな大一番もってきたら、もたんよなぁ、色々と。


2-5

取りあえず無線代わりに携帯電話を常に開き、ラウラは武装するために寮に走っていった。

時間がない可能性が高いので、メイド姿のまま戦ってもらうことになったがラウラが乗り気なので何も言うまい。

気に入ったのだろうか、あの服装。

そして、潤は腰にさしてあった剣を、――某有名アクションアドベンチャーに存在する時の神殿の台座に刺し込むように、ウサ耳の中央に剣を突っ込んだ。

 

「ちっ、手応えがない。 ダミーか」

 

しっかり刺し込んでのこの一言。

頭があったらなんて、今の潤にはあまり関係がない。

それに――この状態で潤を待ち構えていたらどうなるか、そしてその結果に起こる事態にどう対策するか、それをしっかり考えていると思っての一刀でもある。

しかし、どこかでこの光景を見て笑っているのは間違いない。

全神経を索敵のために割いていると、上空から何かが高速に接近しているような音を捉えた。

空を見上げると、イラストチックにデフォルメされたニンジン、そんな飛行物体が盛大に地面に突き刺さった。

 

「あっはっはっ! やっぱりいっくんと同じ反応してくれるね、じゅんじゅん!」

「でたな諸悪の根源。 何のつもりで俺の前に来た! 言ってみろ糞女郎」

「ヒュペリオンで行っている実験が上手くいっているから、ちょっと今後に備えてじゅんじゅんと顔合わせにね。 今後、また会うだろうからね!」

「そんなの俺は御免だ。 何でほっといてくれない!?」

「何いってるのかな? コアにしろ第四世代にしろ、これは束さんの愛の形なんだよ。 私にとって特別な三人にプラスワンで入れるんだから、光栄に思って実験に必要な試練という名の愛を受け入れるべきだよ」

「――いい度胸だ。 その素首跳ね飛ばしてやる!」

 

不思議な国のアリスで有名なアリスが着ている服装のようなワンピース、そして潤の足元にある耳と同じようなものを装着している。

しかし、そんなファンシーな服装をした女性の口から出た言葉は、潤にとってこれ以上ないくらい不穏当なものだった。

実験に必要な試練……ティアや、リリムに対する想いが、この博士にとっては実験に使われる物程度でしかないらしい。

博士にとってはその他の中の二人だろうが、潤にとってはその二つは、大切なものだった。

距離は二十メートル程度、その距離から潤が剣を出したまま腰を低く落とし――まるで二人の間合いが無くなったかのように潤が急接近した。

まるで地面が縮小したかのような、魔法じみた歩法だった

 

「縮地かな、っと! こういったのは砂浜でやりたかったよ!」

「その減らず口を塞いでやる」

 

落葉、瞬歩、無拍子、時に落ち行く葉のように軽やかに、時に稲妻のように早く、時に動きも律動も鼓動も緩急も無く迫っていく。

流派も時代も関係なく潤には使用することが出来る。

今や、完全に死に絶え、口伝されることも無く失った、それも伝説とされる技術が目の前で開帳されている。

剣の刃が不可視となり、太陽によって反射した刃がまるで月輪の様で、美しいと束は思った。

しかし、その月輪が鉄で出来た代物を切り落としたのを見て、逃げて正解だったとも確信した。

 

「刃を潰した鉄の剣で、鉄で斬るなんて非常識だなぁ」

「潤! 援護する!」

 

遠距離からラウラの声が響き、訓練用の爆発しないグレネード弾が束博士の足元に着弾した。

その行動を予測していたのか、博士は軽やかに回避していく。

潤の歩法も、ラウラの銃撃もなんのその。

メイドと騎士の、ウサ耳博士を追いかけるアトラクションは始まったばかりである。

追いかけっこが始まった時、IS学園の正面ゲート前において、招待用チケットのチェックを一任されていた布仏虚の耳に、ちょっとした騒音が入ってきた。

暫くすれば本音と交代なので、泣き言は言わないが、何かある度に自分が借り出されるのは嫌になってきた。

このパターンは先ほど一夏の招待用チケットを持って、他校の男子生徒がやって来たパターンと全く同じである。

とりあえず様子を見ようとして、数瞬息をするのも忘れかけた。

この世ならざる者のような威圧感。

その男は、美しく、気高く、絶対的なものとして映った。

周囲の生徒は何も感じていないのだろうか、と周囲を見渡すも、どうやら同じく謎の威圧感に飲み込まれて動けないでいるらしい。

 

「申し訳ございません、少々よろしいでしょうか」

「許す。 述べるがよい」

 

高圧的な言い方も、その人を前にすると嫌ではなくなる。

まるで天と地、森羅万象、遍く全てに語りかけるような声色に、思わず身ぶるがした。

 

「誰の招待か、チケットを確認させていただけませんか?」

 

下らない些事のために呼び止められたと言わんばかりの顔をしたが、栓無きことと思い直したのか虚に招待状を指し出す。

 

「配当者は……あら、小栗くんでしたか」

 

男は虚から手渡されたチケットを受け取ると、校舎の中に歩みを進めていった。

正面ゲートは結構な人に溢れていたが、男の前ではモーゼが海を割るかのごとく、自発的に人が裂けていく。

チケットを確認しているメンバーが通常通り作業を再開できたのは、男の後ろ姿が見えなくなった後になった。

しかし、息を付くまもなく別の厄介ごとが起こったようだ。

校内から、何かを筒から発射したと思わしき音と、聞きなれない女性の笑い声、女生徒の黄色い声がそれを彩っている。

 

「なんて逃げ足の速いウサギだ!」

「あの速さで走って、耐狙撃制動が出来るとは」

「あっはっはっ、本当にここが砂浜だったらいいのに! 捕まえてごらん~、あはははは」

 

ラウラの弾が吸い込まれるように博士の足に迫るが、直前になって華麗なステップで彼女は回避する。

少しのステップで潤が迫るが、まるでその剣先が何処を通るか知っているかの様にあしらっていく。

潤の目の先、博士が美術部のクラスに入っていった。

勿論ラウラと潤も後に続く。

 

「芸術は爆発、だ……?」

「その通り、爆発だ。 てや~!」

「ああ! 私たちが徹夜で作った爆弾がぁ!」

 

爆弾解体ゲームをやっていた美術部のクラスに入っていった博士は、スカートの中からスモークグレネードを取り出すと床に投げつけた。

ついでとばかりに美術部が用意していた爆弾を適当に投げつける。

 

「ラウラ、煙幕の外で廊下の監視! 俺は煙の中に突っ込む!」

「了解!」

 

煙を見て一歩踏み込んだ潤に対して、足を止めたラウラ。

これはサーマルを警戒するかしないかの差であり、異世界とこの世界における軍人の差であった。

そうとは知らず一瞬たじろぐラウラを見て、脊髄反射で煙の外で待機するように命じる。

人間には得手不得手があることを、よく心得ているのだ。

煙の中に入った潤は、迷いなく博士の元に急接近、矢のように弾けた。

 

「いただきだよ!」

 

急速に動き、博士の言葉を聞く前にバックステップした。

額の部分に何かが掠った様な気がし、椅子が落下したことでその予感が本当だったことを知る。

その次に潤を襲ったのは美術部が精魂込めて作り上げた爆弾、その塊を切り裂いて前進する。

 

「小賢しい……」

 

無理が無く、素人目には舞のようにも見える優美な走り。

金を払ってもいいような古武術固有の歩法で回避していたが、爆弾は雨のように押し寄せている。

 

「念流――霜柱」

 

それは奇跡を起こせる何かの武術だったか、最早知る者はいないが、刃は形を示す。

本当ならば拳闘による武術の名だったが、魔力の力と剣を合わせる事でオリジナル、言うならば小栗流に近い代物となっている。

宙を、まさしく霜柱の如く煌めかせる刃は、潤に迫りくる二十近い爆弾を一瞬で薙ぎ払った。

そのまま慣性を利用して、現代医学的にありえない角度で屈み込み、もう一歩踏み込んだ。

 

「ルームクリア! ラウラ、博士が窓越しに下に降りた! 一緒に降りるぞ!」

「了解! 援護してくれ!」

「よし、こっちに来たら俺が先に降りる! 降りたら手伝ってやる」

「すまない!」

 

煙がなくなった先では、束博士が窓から下の階に逃げている姿しかなかった。

障害物レースでこういった場面を想定した櫓が用意されているのは、割と各国共通の特色なので大丈夫だろうとラウラを呼び寄せる。

煙の中を突っ切ってきたラウラを見た潤は、安心して紐無しのダイレクト降下で下の階に行った。

勿論ラウラもそれに倣って降りていく。

 

「何、今の?」

「……生徒会の余興じゃない?」

「爆弾、真っ二つのもあるんだけど? 本当に余興?」

「ウサ耳女性を追いかけるナイトとメイド……やっぱり余興じゃない?」

「まあ、煙で少しあれだったけどカッコいい写真が撮れたから私はそれでいいや」

「撮ったの?」

「うん、凄い剣技だったよ」

「後で一枚頂戴」

「私も私も」

 

取り残された美術部は、妙な勘違いをしていた。

 

 

 

----

 

 

 

不思議な国のアリスの恰好をした束博士が、騎士の潤と、メイドのラウラと追いかけっこに興じている頃、一組の教室にとある男が入店してきた。

金髪、赤眼、まるでどこかの王だと言わんばかりの高貴な雰囲気が感じ取れる。

クラスメイトが身体を硬直させる。

高貴な人と会う機会の多かったセシリアですら、どのように振る舞ったらいいのか決めあぐねている様子だ。

 

「いらっしゃいませ」

 

そんな中、一切の影響を受けていない男が一人。

客人は一夏の様子を見て、ようやくお目当ての人間を見つけたことに満足した。

エルファウスト王国の国王、彼は魂魄の能力を完全に極めている。

魂魄の能力者はそのあり方から、出会ったら死を覚悟しろ、その能力者は人類の天敵である、とそこまで恐怖されるものであり、意図的に力を押さえなければ絶対者として周囲の人間を勝手に魅了してしまう。

この能力に影響が殆どない人間は、同じ魂魄の能力者か、魂レベルまで影響力を持つ人間に他ならない。

しかし、彼にとってもっと気がかりだった事の真実を知ったとたん、その口がゆがんだ。

 

「成程、世界がずれた要因はこのためか。 はっはっは、存外よい余興だった」

「それでは、こちらへどうぞ、ご主人様」

 

何故だか心の奥底から嫌悪するような哄笑で、一夏を凝視している。

前の客から解放された一夏は偶然にも、その男の近くに居たため、マニュアル通りに接客を開始した。

 

「こんなあばら家で何を飲めというのだ、俗物めが。 ――しかし、潤の顔を立ててやるのも一興か」

 

どうせ口に合うものは無いと言わんばかりの態度であったが、何を思ったのか上機嫌に、悠然と微笑した。

何時の間にか空いた席に、どかっと腰も下ろしている。

 

「潤の知り合いなんですか?」

「まあ、な。 遠い国から縁に導かれ」

「(フィンランドの事かな?) 潤なら今は休憩中で――」

「よい、別段会いに来たわけではない。 潤がここにある意味を知りに来たのだ。 父や、母、といった魂の道標もなく、ここに奴が居る意味を」

 

この男が何を言っているのか理解できない。

理解できるように言っていない可能性が大いにあるが、思った以上に深い意味があるのかもしれない。

 

「遠路から来たんですよね? IS学園はどうですか?」

「許しがたい程醜悪だ、人も建物も。 俺のいた国では民は生きる意味を持ち、あるべくしてあった。 しかし、この世にはなくてもよい愚物があふれている。 そして、この学園とやらも、ただただ機能性だけを追従した結果、『魂』が存在しない、あるだけのあばら家としか映らん。 これでは十全などほど遠い」

「て、手厳しいことで」

「しかし、我が庭でもない俗世の端、俺自ら手を下すこともあるまい」

 

どう聞いても不穏な返ししかしない男は、一夏からカップを受け取り、喉を潤すまで延々期限の悪いままだった。

アイスハーブティーを何か思慮深く飲む姿に、一夏だけでなく教室全体が安堵した雰囲気に包まれた。

 

「美味しかったですか」

「いや、安葉らしい不味さだった」

 

一杯の茶を飲みほした男だったが、しかし嫌悪も露わに顔をゆがめる。

 

「しかし、この茶には『魂』があった。 故に飲むに値する」

「は、はあ、そうですか」

 

もしも、この時の、この光景を、先ほど一夏に接していた企業の女性が見たら驚きと共に呆然としただろう。

この男の食事はとにかく金がかかるのだ。

一流ホテルで、一流の素材を用いた最高級品を、一流シェフが手間暇かけて作った料理を食すのだが、たいてい一口食べただけで捨ててしまう。

彼に言わせれば、魂の込められていない食事など口にするのもおこがましい、らしい。

飲みきる、それはすなわち、それら一流に勝っていると彼に思わせたと言う事だ。

精魂込めて、日本から古く伝わる考え方だが、それが本当に出来る人材は少ない。

ちなみにアイスハーブティーを淹れているのは癒子で、これは彼女が潤に近しい関係で、長期間一緒に居たため精魂込めるといった行為をしやすくなっていたのが原因である。

暫く上機嫌と、不機嫌の境でアイスハーブティーを飲んでいた男は、何かを鋭敏に察知して席を立った。

 

「会計ですか。 潤ならその内帰ってくると思いますけど……」

「よい。 どの様な道を辿ろうとも、今一度見える事に疑いの余地はない。 会うべき時に、必ずまた相見える」

「そ、そうですか。 えーと、お値段は……」

「はした金なぞ持っていない。 釣りはいらんから持っていくがいい」

 

そういって男は、金のインゴットを机の上に乗せた。

表面にかかれているグラム数は三百、時価なので価格は上下するが、概ね百万~百五十万ほどの値打ちがつく。

 

「せ、セシリア……?」

「なんですの?」

「これ、本物?」

「――……、…………。 本物ですわね」

 

三百程度では言い表せない重さに手が震える。

釣りはいらないと渡されたが、これではどうやっても問題が起こる。

今しがた出て行った男を追いかけようとした一夏だったが、教室から出ようとした矢先に急に入ってきた女性とぶつかって押し戻された。

かなりふくよかで、柔らかい、ボールみたいな感触。

混乱する一夏をよそに、その女性は入ってくるなり鍵を閉めた。

 

「これはいっくん! それも、執事服。 とっても、とっっっっっても似合ってるね」

「た、束さん?」

「そうだよ、束さんだよ! はろー」

「ね、姉さん!?」

「おっ? おおおおおおおお!? いっくん見た? いっくん見たあ!? 箒ちゃんがメイド服だよ? 滅茶苦茶かわいいよ! お持ち帰りしたいくらい! そうだよねぇ、いっくんかわいいよねぇ?」

「姉さん、なんで?」

「本当ならリボンでくるんでお持ち帰りしたいくらいだんだけど、今砂浜で騎士とおまけと追いかけっこしている最中なのだよ。 ごめんねー」

 

嵐がやって来て、何もかも掻き乱して、嵐が調理室に消えていった。

一夏は次々変な事が起こって、本当に混乱している。

ここは砂浜じゃないのに、彼の頭の中はこれで精一杯だった。

しかし、更なる嵐が迫ろうとしている。

そう、博士を追いかけている潤とラウラである。

潤、鍵をかけられた、ブリーチする。 ラウラ、ハンドガンをくれ。 発砲には注意するんだ。扉の向こうに何があるか判らんぞ。 分かった、仕掛けるぞ。

こんな会話の後、バンッと大きな音がドアから響いて――爆発音とともにドアが吹き飛ばされた。

 

「クリア」

「ルームクリア。 ラウラ、奥の調理室だ!」

「なはははは! 間に合わなかったね、じゅんじゅん! そいじゃ、さよなら~」

 

扉を爆破した二人が勢いよく突入してくる。

ハンドガンと、グレネードランチャーを向けられた一組総勢は、突然の事態に口ぽかん状態に陥った。

ただ、代表候補生と、最近潤に鍛えられている一夏は床に伏せていたが。

 

「移動用ヘリ?」

 

誰が操縦しているのか知らないが、確かに博士は空中に垂れ下がった梯子につかまっている。

 

「博士を見失う訳にはいかん! 飛び移れ!」

「スカートで動きにくいのにこれか!」

 

文句を言いながらも、梯子に飛びついた潤に続いて、ラウラが教室の窓から飛び出す。

潤が真ん中付近、ラウラがギリギリ一番下に飛びついて――下の梯子がちぎれた。

手に持つ梯子の切れ端を手にして、ラウラが信じられないと言った面持ちで潤を見上げている。

即座にシュヴァルツェア・レーゲンを起動させようと意識を集中し、何かに抱きかかえられて精神が乱れた。

 

「ラウラぁ!」

「何故飛び降りている!」

「戦友は見捨てない! 今度こそ落ちるなよ!」

 

足早に話し終えると、抱きかかえていたラウラを窓がある方向に投げつけた。

特務部隊の人間は、決して仲間を見捨てたりはしない。

例え世界が変わっても、彼らの顔が記憶の中で薄れようとも、記憶だけは残される。

ラウラが何とか外壁につかまり、落ちていった潤の方を見やる。

奇しくも木が邪魔で見えにくいが、その木がクッションとなったのか、重たい何かが地面に落下する音が響くまで、枝をへし折るような音が響いた。

 

「潤! ……潤?」

 

居てもたってもいられず、自らも下に降り立ったラウラだったが潤の姿は、影も形も見当たらなかった。

束博士はいつの間にか居なくなっていた。


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