高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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ちょっと仕事が忙しすぎてなかなかPCの前に座れません。
完走の返信は後でします


2-6

ぼやけた視界に女性の面影。

優しい歌声が耳朶を叩く。

次第にようやく意識が覚醒し、視界がはっきりとする。 ……しかし、身体が動かない。

瞼が鉛のように重かったが、それでもゆっくり開けると薄い小豆色のような髪の毛、細部は違うがピットのような光景が目に写った。

背中が痛い……、少し固めの椅子か何かに寝かされているようだ。

何があったか、ここは何処なのか、何で身体が動かないのか、その原因を探るべく、ゆっくり記憶をさかのぼっていく。

 

――確か、ラウラと一緒に博士を追いかけていて……、そうだ、ラウラが落ちたから助けるために俺も…………それから?

 

小豆色をした長髪の女性が、頬をぺちぺちと叩いてくる。

その感覚にようやく意識が覚醒し、寝ているのでなく、横になって何かの装置に入れられていることに気づいた。

潤の意識がはっきりし始めたことを気づくと、満面の笑みで顔を近づいてくる。

 

「やあやあ、おはよう、じゅんじゅん。 まったく無茶する人だね。 束さんがいなかったら頭からアスファルトの上に落ちて、轢かれたカエルみたいになってたよ?」

 

その女性が博士のものだと認識した時、全身の力が抜けていくのが分かった。

ラウラと一緒になって追いかけて、ヘリ落ちて、こうなっているという事は捕まったのだろう。

 

「くっ……殺せ」

「う~ん、相変わらず物騒な常識しか持ってないんだなぁ、君は。 せっかく束さん自ら助けたのに殺すわけ無いじゃん」

 

身体は、何かの機械に拘束されて動かない。

目の前には得体の知れない博士。

 

「あんたはなんで俺に色々やってくる? 何をしにIS学園に来たんだ?」

「人として正しく感情を表し、素直に喜び、素直に怒り、素直に悲しむ、君をそんな真っ当な人間にしてあげたい。 君は苦しみや絶望に苛まれ、ルームメイトの女に助けられながらも期待に応えて、失った強い心を取り戻してくれた」

「あんたのせいでまた道を外しかけたよ。 もうほっといてくれないか?」

「私のおかげて殺意以外の怒りを持てるようになったじゃない。 君にそういった負の感情を効率的に与えられることが出来るのはこの束さんだけだよ?」

「……汚れ役が、自分で汚れ仕事をしていると主張してどうする…………」

 

人の感情を取り戻すため、人として外れた道を、正しい道に戻すため。

あらん限り強引なショック療法だったが、確かに効果覿面だった。

まったく感謝の意識が生じないといえば嘘になるが、思うところが無いわけではない。

 

「違う、違う、そうじゃない。 会話の流れを切るな。 あんたは俺に接触して、何がしたいんだ?」

 

核心に触れた潤を、束博士はじっと見つめた。

博士の考えている、個人的に潤に期待している、ある事は順調に進行している。

しかし、ここで話してしまってもいいものかどうか、束博士の期待していることは今までに無い事柄だ。

分かってやることが正しいことなのか、それともわかってやった方がいいのかどうか、それですら定かでない。

 

「じゅんじゅん、君は結婚相手に付いて考えたことはあるかな?」

「ふざけているのか?」

「いやいや、本筋から何も外れていない大切な質問だよ」

 

真剣な表情に、質問に対する確かな答えであることを悟る。

しかし、結婚なんて今まで考えたことも無い。

恋した回数が一回、恋人がいたのもほんの僅かな期間だけ。

 

「……自分が思う『いい奴』を好きになればいい。 政略結婚ならば、好きになれる様にいい所を見つけて好きになればいい。 すまないが結婚願望なんて持ったことが無い」

「束さんはね、こう思うんだ。 いっくんやちーちゃんと結婚するならともかく、どうでもいい奴らの中から結婚するのなら、相手に完璧を求めたいって」

「こんな意味の分からん告白を受けたのは初めてだ、くそったれが」

 

つまり束博士は、潤に対して自分の恋人を重ねていたと、そう言いたいのだと潤は判断した。

言葉通りだが、これ程意味の分からない告白は始めてである。

俄かに頭が痛くなってき始め、胃がキリキリした頃に、次の博士の言葉を聞いて思考まで停止してしまった。

 

「それに、子供が出来たなら、真っ当に育ってほしいと思うのが親だと思うんだ。 束さんが言っていいセリフじゃないと思うけどね」

 

子供、チャイルド、最早言葉の意味は分かっても、それがどういった意味で発せられているのか読み取ることが出来ない。

本当に心の底から、自分に子供が出来て、潤が育てているような意図を持って話しかけているのが分かる。

真剣な、確かな愛情をもって、潤をその場に縫い付けて離さない瞳。

背筋がぞわぞわする。

好奇心、モルモットを見るような、似ているが少し違う。

 

「昔色々あったのは可哀そうだと思うよ? 同じ目にあったら正気で居られる自信は無いって、束さんもそのくらいの感性はある。 けど、それとこれとは別だと思うんだ」

「俺も正気でいられなかったんだがな……。 あと、それとこれってのは?」

「君が作った便利な人格と、情緒教育」

「俺が誰を相手に情緒教育するってんだ。 一夏か?」

「気付いていないのか、気付いているけど気付いていないふりをしているのか。 どちらかというと前者かな?」

 

束博士は肝心なところを喋る気は無いらしい。

不思議な感傷につかってしまい返事を詰まらせてしまった。

それでも何とか博士と問答に興じるために口を開く。

 

「……あなたは俺に何を期待しているんだ?」

「ISの進化、その鍵」

 

頭がどうにかなってしまいそうだった。

 

「進化の鍵?」

「君は魂魄の能力によってISを使えるようになった。 そしてISは操縦者に合わせて無制限に自己発達可能な機能がある。 その二つが合わさった結果、現在ヒュペリオンに用いられているコアに科学的には考えられない変化が起こった。 私はその進化の果てにあるものを、この目で見たい。 じゅんじゅんは試練に打ち勝ち、正しく進化の鍵としての役割を果たして最初の扉を解き放った。 ほっといてくれと言われたけど、たぶん進化が明確に分かるまで会う事は無いよ」

「そうかい、そいつは朗報だ。 もし、その進化とやらが俺にとって有用ならば、次会う時は多少歓迎してやるよ」

「最後に一言だけ。 ISを使っている最中、どうしようも無くなったとき、次の言葉を忘れないで。 『ISに心を重ねて』、いいね」

 

その言葉を聞いたとき、急に下に引っ張られるような感じがして、視界が急激に開けた。

落下している――それに気付いたのは、ほんの数秒たってからだったが、その数秒で事態も急降下した。

どうやら束博士はヘリで空中ラボか何かにいたのではないかと推測、なにせIS学園の第四アリーナ上空に生身で放り出されていたのだから。

第四アリーナ、フィールドではなく、更衣室か何かの施設の屋根がぐんぐん迫ってきている。

 

「ひゅ、ヒュペリオン!」

 

ぎりぎりになってISを起動させるが、勿論機体は屋根に突っ込んでいった。

姿勢制御スラスターをマニュアルで起動させて地面に対して垂直になるように戻し、両足のスラスターでブレーキをかける。

天井を突き破って床に着地。

 

「……ちくしょう、痛かったぞ」

「おぐりん?」

「……本音? 癒子とナギも一緒みたいだが」

「ど、どっからやってきたの? どうやって入ってきたの?」

「待て、落ち着け、いいな? 何が起こったのか正確に教えてくれ」

 

更衣室内部には結構な数の生徒居たが、皆一様に顔色が悪く、固まった表情をして部屋の片方で震えている。

部屋の反対側には誰も寄り付いてなく、震える彼女らの主な感情は、恐怖と、怯え。

ただ事ではない。

ナギと癒子が落ち着くまで待つ間、周囲から情報を集めようとする。

遠くで鳴り響く緊急時のアナウンス、非常用電灯以外消灯している明かり、ほとんどがロックされている扉。

鈴と一夏が戦っている最中に、無人機が乱入したときを思い出すような光景が広がっている。

 

「おぐりん、上から落ちてきたんだよね?」

「そうだが」

「上の穴から、人が出入り可能だと思う?」

「何時崩れるか分からないから止めた方がいいと思う」

 

周囲の確認をしている間に、本音が落ち着きを取り戻し、たどたどしく今までの経緯を話し出した。

生徒会の出し物、『シンデレラ』を開催中に、敵性IS四機でもって乱入。

会長は第四アリーナで、シンデレラに協力出演していた専用機持ち達を率いて交戦中とのこと。

ドレスを着たかっただけのラウラも、シャルロットに協力するために参加し一緒に戦闘中。

簪はシンデレラ開催中、照明などの担当を担っていたため、第四アリーナの司令室の様な場所にいたため巻き込まれていないらしい。

そして用意周到なことに学園祭に工作員が潜入していたのか、隔離障壁やドアにハッキング攻勢を仕掛けており、避難できない状況が完成されていたようだ。

思いのほか亡国機業は動員人員、能力、戦力ともに充実した組織らしい。

そして、完成された密室から脱出しようとしていたメンバーが部屋をくまなく捜索していると、爆弾らしきものが仕掛けてあるのを見つけたらしい。

 

「爆弾か……。 解体は当然試したんだよな?」

「それが、今まで見たことないタイプで……。 そもそも、爆弾っぽいってだけで、それが爆弾かどうかも…………」

 

誰も寄り付かない部屋の反対側に足を運ぶ。

爆弾は人間の頭部ほどの大きさで、内部は魔法的に意味のある配置にされており、要所、要所に、これまた魔法的に意味のある液体が筒状のカプセルに入っている。

はたしてそこにあったのは、かつて潤が居た世界でありふれていた、設置型時限式攻撃のための魔道具の一種だった。

何故これが此処にあるのか知らないが、これなら本音やその他の生徒たちが理解できなくてもしょうがない。

下手に中身を弄れば、その場で炎と金属片が周囲の人間を襲うだろう。

 

「小栗くん、分かるの?」

「すみませんが、俺ではどうしようもない事だけしか……」

 

解析する限り、潤のレベルではどうしようもない。

こういったトラップの解析には一家言ある潤だが、その知識の限界を大幅に上回る物が目の前にある。

爆弾らしき物体を丹念に調べる潤に、少し期待した声を投げかけた二年生は、その返答を聞いて露骨に肩を落とした。

落胆する生徒を目にしつつ、潤は高速で思考を巡らせていく。

この際、これを誰が作ったのか、亡国企業が保有するコア数はいったい何なのかはどうだっていい、……今はここにいる十人以上の生徒の身の安全を確保しなければ。

 

「ナギ、脱出経路は?」

「何処も開いてない。 ヒュペリオンで道を作れない?」

「いや、無闇に壁を攻撃して、向こう側に設置されていた爆弾がドカンっといったら目も当てられない」

「小栗くんが一人ずつ上に運ぶのは?」

「時間切れが先だな。 十人ほど犠牲になる」

 

ナギや癒子、本音とともに対策を話し出し、周囲の生徒も話し合いに加わる。

しかし、出てくる意見は全て別の誰かに否定される。

次第に出てくる意見は無くなり、最初の悲壮感あふれる雰囲気だけが場に残った。

潤は考える。

あの爆弾は相手に威嚇する程度の代物で、威力も熱量もそこまでではなく、見せしめや、派手さを追求した威嚇目的のものだ。

しかし、狭い室内では、その威嚇目的でも充分威力を発揮する。

酸素は、複雑な心境だが博士が潤を突き落として出来た巨大な穴から供給されるし、熱された空気やガス、煙もソコから排出される。

問題は瞬間的な火力と、…………いや、火力だけか?

 

「……これならやりようがあるか」

「何か手があるの!?」

「みんな、俺を中心にして部屋の中央に集まって密着してくれ。 ――ファンネル」

 

ファンネルを十個切り離し、残りの二つは量子格納してしまう。

その間に本音が抱きついてきたが、結果としてみんな集まってきてくれた。

 

「密着って……、それでどうするの?」

「ヒュペリオンのフィン・ファンネルには面白い技術が備わっているんだ。 その名も『アルミューレ・リュミエール』。 熱流も、ガスも、設定しだいでなんでも遮断する鉄壁の防御だ。 二重起動なんてしたことが無いから、安定させるために俺も中央に入らなければならないが」

 

エネルギーの関係で、五分間の展開が限度であり、充電の為にファンネルラックに戻せばエネルギーを八割食うという燃費の悪さで、試合中は一度しか使えない。

爆発の際に生じる熱を遮断するために、二重に張り巡らせて中の人間を保護する。

そのため内側の三角錐は大分小さくなるので密着する必要があり、広くしすぎれば第二波が来た際にもう一度展開させるエネルギーが無くなる。

それにアルミューレ・リュミエールは本来面展開する事を前提に考案されており、三角錐状に展開するのは潤の能力によるものだ。

二重起動するには本来の機能、自機を中心にした観測機能を有効にしなければ。

全員がヒュペリオン付近に集まったのを確認し、一度だけアルミューレ・リュミエールを起動させる。

 

「……ギリギリだね」

「潤、右側の子が危ないからもう少しだけ広げられない?」

「分かった。 微調整する。 ……しかし、本当にギリギリだな。 もう一人いたら拙かった」

 

安全圏ぴったりにするかの如く、三角錐いっぱいに生徒が入りきる。

しかし、これで助かることを知った周囲は安堵した。

束博士、まさかこれを知っていて? と考えもしたが、今はそれどころでないとかぶりを振って振り払う。

 

「爆発十秒前までエネルギーを節約するから爆弾のタイマーを知りたいんだが、誰か読み上げてきてくれないか?」

「分かった、私が行って――

「――残り三百三十四秒だぞ、潤――」

 

久しく聞いたことの無かった、懐かしい声色が潤の耳朶をたたいた。

思わず声の元に目を向ける。

今まで何処にいたのか定かでないその男は、堂々たる長身、放つ輝きは太陽よりも眩しい金髪。

血よりも鮮やかで、それでいて禍々しい双眸は明らかに人知を超越した代物で、見つめられた人全てを捉えて放さない魔性のカリスマを備えている。

文字通り神の化身。

完璧な造詣。

世界が愛した究極の芸術。

かつて、潤が王と呼んだ男がそこにいた。


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