高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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半分ほど作ったら8000字オーバーしたので5000字で一区切り。
こういう設定を公開するだけの話を作るの凄い好き。

設定集で一話作っている方々を批判するわけじゃないけど、こういう風に話しに組み込んでしまえば、ストーリーに厚みを持たせられていい感じになるよって教えてあげたい。


2-3 強化人間 -ブーステッドマン-
3-1


今日も元気だ、バリウムが美味い。

 

精密検査のために強制的に千冬から入院させられ、様々な細密検査をまる一日かけて実施した結果、どうでもいい知識を習得した潤。

元々軽金属の類だったバリウムがバナナ味に改造されているなんて、科学の力はなんて偉大なのだろうとお気楽なことを考えている。

ヒュペリオンを解除した瞬間、テレビの電源を切るかのごとく意識が途切れたが、まさか限界を超えるほどの苦痛が身体に回っており、ヒュペリオンが強引にそれを遮断、もしくは

吸収しているなんて気付かなかった。

勿論気付きようもない。

潤が精密検査をしている間、現状の仕様を重く見た楯無と千冬が可変装甲の展開と同時に機動に制限を加えることで、急速な方向転換の際に生じる負荷を軽減させるセーフティー機

能を開発し、当然勝手に搭載した。

方向転換時に二テンポ程遅れるが、負荷が十Gまで軽減できるといったものだ。

それでもなお、人間の限界を超えたGがかかっているので、システムの起動限界は五分が限度、それ以上の使用は厳禁とのこと。

ヒュペリオン最大の武器である機動力に障害を作られ、感情の高ぶりで勝手に起動するなど制御の難しい可変装甲に、なお制限時間まで設けられるなんて中々に横暴だった。

変形中は痛みを感じないし、『死な安』という格言もある、制限など必要でないので解除を。 と説明したら、千冬は『こいつはもう……』と呆れ顔に、楯無は引き攣った笑みを浮

かべた。

簪はというと、涙を目じりに貯め、今まで見たこともない憤怒の表情を浮かべ、思いきり平手打ちをしてきた。

結局潤が何を言おうとも、涙目になりながらも、何時ものおどおどした弱気な態度などかけらも見せず――

 

「駄目」

 

「提案は却下されました」

 

「駄目」

 

「提案は却下されました」

 

とエンドレス全否定を繰り返してシステムの追加を強制する簪。

そんな姿勢に根負けし、結局ヒュペリオンには制限がかけられることになった。

固定が難しく、暴力的な負荷にさらされた両手両足の各関節が、剥離骨折を起こしているので非常に暇だったので、自分しか閲覧できない領域をチェック中に、セカンド・シフトし

た結果、新たに追加されたシステムを見つけた。

高負荷に晒され、小さな怪我を負った身体を元に戻す機能で、ゲーム風に表すならオートヒールとでも言えば聞こえがいいだろう。

お見舞いに訪れた一組の面々と、陸上部の面々、結構な人数の生徒と病院の食堂で夕食を取っている間に、一夏と意見交換する。

どうやらシステムの大本が、旧科学時代のパワードスーツと、束博士が追加した生体再生機能を参考にしているようで、同じく生体再生機能が存在する一夏のデータがほしかったの

だ。

一夏と話していると、眠たそうなジト目をしている、いつも通りの本音がやってきた。

キョロキョロ周囲を見渡した後、潤の姿を発見するとパタパタ走ってきた。

 

「おぐりん、何してるの?」

「食事」

「違うよ。 剥離骨折してるんだから、ベッドで安静に、って言われてたよね?」

「本音、剥離というのは折れていないから骨折ではない。 つまり、怪我じゃない。 確かに痛いが、ただ痛いだけだ。 直ぐに慣れる」

「……ダメだコレ」

「命はもっと粗末に扱うべきなのだ。 命は丁寧に扱いすぎると、よどm――――」

 

いきなり本音に殴られた。 しかも、グーで。

何を言っても中々治らない、潤の怪我に対する軽視に、彼女も怒っているらしかった。

怪我で踏ん張れない潤の襟首を掴むと、ズルズル病室まで連行していった。

剥離骨折を折れていないから怪我じゃないと言い張り、命はもっと粗末に扱うべきなど意味不明の持論を展開し始めた潤に呆れた一同は、誰も潤を助けようとしなかった。

 

 

 

さて……散々目をそらしていたが、そろそろ考えねばならないな。

 

 

 

前回同様護衛の難しさの観点から、怪我は治っていないが明日退院する。

寝床で天井を見上げながら考えていた。

シックザールを操る少女、潤の中では狂犬と名前すら決めている。

あの機体は、マッドマックスというセシリアに語った潤の盟友にして、最後の最後で敵対しヒュペリオンと死闘を演じた仇敵の機体。

D.E.L.E.T.E.無き今、どうやれば倒せるのだろうか。

遠距離攻撃はあれには通じない。

接近戦は奴の機体の特性上、可能なのは千冬か潤のみ。

ISである以上エネルギー切れを起こさせるため多数で包囲し時間を稼ぐのが得策だが……、国家代表クラスを集められるだろうか?

無理だ。

昔出来たことがこの世界で出来なくなっているとは考えにくい。

しかも、前世界の情報のみでなく、プラスαの能力を持っている可能性を考慮せねばならない。

考えるべき事はまだある。

千冬から個人的に、あれがこの世界にいる理由を尋ねられたが潤にはまったく覚えがない。

また王様がくだらない考えを起こして介入してきた、と意見の一致はあったものの、それによって彼が何を手にするのかさっぱり分からない。

理解可能な人間でないことは重々承知だが、今回もまた理解しがたい。

最終局面で狂犬が現れなければ、最低一人から完全勝利が得られ、捕縛することもできたはず。

 

……いや、理解できない事を延々考えても仕方が無いか。

 

あの狂犬の感情。

あれは、紛れも無い『憎しみ』の感情だった。

問題は、その感情が潤以外に何故かシャルロットに向いていたような気がしたのだ。

脅威の度合いにおいて一番低かったシャルロットが、何故か一番被弾している。

何故シャルロットなのか。

今考えている潤が、魂魄の能力者に狙われるなら理解できる。

しかし、何故……。

そして、結論は出ないまま翌日を迎え、午前中に少しばかり最終検査を終えた後――、すぐさま一瞬で会長に捕まった。

病院を出て直ぐに、会長が乗っていた黒塗りの外車に拾われた。

当然運転手は別に居る。

 

「……授業はどうしたんです?」

「あれだけのことが学園で起こって直ぐに普通には戻れないでしょ? 後始末ってことで合意しているわよん」

「それで都心に向かっているようですが、何処に行くんです?」

「六本木のホテル。 はい、これが招待状だからなくさないでね」

 

金縁の上質な紙を受け取る。

パトリア・グループ株主総会後の、晩餐会への招待状がそれの正体だった。

こんなんに参加したら最後、演説の具にされ、シッチャカメッチャカにされる未来しか見えない。

 

「参加するんですか? 私が?」

「勿論。 こうでもしないと潤くん休まないじゃない。 それと名目上は来年度の生徒会長だから、逃げようにも逃げられないわよ」

「会長云々はしょうがないとしまして、休まないとは?」

「安静にしていろ、と言われて安静にしているとは思えないし、みっちり身体だけは休ませるわよ」

「……ははは、はは、は――。 嘘だろ」

 

休めるわけ無いじゃないか。

 

「所で喋っちゃいけないことを喋るほど迂闊じゃないと思うけど、本当にだけなことだけリストアップしたから見といてね」

「……これ、文庫本ですか?」

「お姉さん特性の解説付き一覧表よ」

 

二百枚くらいか、と思ったら両面印刷になっていた。

この厚さは、最初期に真耶から頂いた『IS機動におけるルールブック』の半分くらいの量だ。

 

「私がドレスを選んでいる間に、最低限マークされている箇所だけは読み終えてね」

「会長も参加するんですか?」

「ええ、護衛としてね。 それと、パトリア社の製品を仕入れたから、IS学園関係者である学園長や学年主任らか招待されているのよ。 私は生徒会長としての出席ね」

「……持つかなぁ、精神」

 

早速パラパラ用紙をめくりだした潤を、楯無は静かに観察していた。

 

 

 

---

 

 

 

「はああぁぁぁ……、毒ガスはもう沢山だ。 いい空気を吸いたい」

 

ネクタイを緩め、皺になったら困る上着だけ脱ぎ捨ててベッドに寝転がる。

楯無がレンタルしたドレスは煌びやかで美しく、彼女にとても似合っていた。

ただただサイズが合えばいいといったレベルで選ばれた潤のスーツとは大違いだ。

が、それのせいでとても苦労した。

更識家は後見人になっているのは周知の事実、その長たる楯無を連れ添い、何処に出しても可笑しくない紳士として振舞う潤がとてもお似合いに見えたらしい。

冷やかしに、潤を日本よりにしたい人たちからの警告に、ロシア寄りしたいらしい参加者に。

礼儀作法もほれぼれするほど美しく、パーティーマナーとして、柔らかい笑みを浮かべていた潤を、楯無ごと囲うように人が集まった。

もうこうなると誰が主賓だか分からない。

 

「パトリア・グループ、フィンランド本社、社長よりご挨拶を――」

 

本社の社長から始まったお決まりの開会式終了後も人の波は尽きなかった。

社長の演説において、ヒュペリオンのセカンド・シフトが認められたことが発表され、潤自身も即席のスピーチをするはめになった。

楯無が止めに入るかと期待した潤だったが、行ってこいと言わんばかりの視線を見て諦めるしかなかった。

 

そこでも潤は全く失点らしい失点を出さなかった。

 

コレで晩餐会参加者の潤に対する評価は、最上級レベルで固定されてしまったらしい。

王族さえも出席する晩餐会に参加した、国を代表する指揮官だったのだから旧関係者ならば納得だろうが、そんなことをこの晩餐会に参加している面々が知るはずが無い。

楯無は、ただただそれを静かに観察していた。

先ほど渡したレポート、その禁句に触れそうな情報のみを上手く交わしながら、古狸たちと渡り合う潤の姿を。

 

 

「是非、我が社にも一度足を運んでいただきたいくらいですな」

(美人局待ちの魔境に押し込むみたいのか?)

 

「一学期のトーナメント、拝見させていただきました。 ところで、我が社の製品を一度……」

(……金目当てかな? 比較的まともだな)

 

「女性社会の中で大変でしょう? その中で生徒会長になるのはもっと大変だと思いますわよ? どう思っていらっしゃるの?」

(女の特権の学園で、男が頂点になるのが嫌、と。 もう少し隠す努力をだな……)

 

 

まるで戦場だ。

潤の精神はストレスのオールレンジ攻撃を受けている。

それゆえに、晩餐会が終了の時間になったときには、あまりの嬉しさに我先に会場を後にした。

面目上、最近カレワラのレポートやら、副会長としての仕事やら、先日の事件の疲れを前面に押し出した。

そして、部屋に入って最初の一言が――

『はああぁぁぁ……、毒ガスはもう沢山だ。 いい空気を吸いたい』だった。

そうして暫く身体というより心を休ませていると、事前に楯無と取り決めたリズムでドアがノックされた。

 

「どうも、こんばんは」

「お疲れ、潤くん。 ちょっといいかしら」

「ええ」

 

自然なしぐさで楯無を部屋に招き入れる。

お決まりの様に廊下を確認したものの、楯無の能力をある程度評価している潤は、チェックを最低限に部屋に戻った。

部屋の奥の椅子に座った楯無は、いきなりミステリアス・レイディのナノマシンを散布し始めた。

聞かれたら相当拙い話をするのかと思い、潤が姿勢を正した。

 

「よし、盗聴器やら隠しカメラの類は無いわね。 とりあえず、シャンパンを一杯どう? どうせ料理の味なんて分からなかったでしょ?」

「是非」

 

話に集中するため、またひっきりなしに人が押し寄せてくるので食事を口にする暇も無かった。

もっとも、口に物を入れたとしても楯無の行ったとおり、味など楽しむ余裕は無かっただろうが。

そのまま、しばらく相手のコップに注いだり、注がれたりする音だけが場を支配していた。

 

「…………」

 

何かを言いよどんでいるようだ。

決心が要る何か。

口に出すのを迷っているのだけがはっきり分かる。

暫くして意を決した楯無は、一度大きく深呼吸をすると、しっかり潤の目を見て口を開いた。

 

「潤くん、貴方は、何者なの?」

「さてさて、何が聞きたいのか知りませんが、とあえず動物界、脊椎動物門、哺乳綱、霊長目、ヒト上科、ヒト科、ヒト属、ヒト(種)であることだけは保障しますよ」

「ふざけないで」

 

はたして、この質問は、如何なるものなのだろうか。

真剣な楯無の眼差し。

なる程、ある程度、情報を手に入れているらしい。

さて、どうしたものか。

排除するにも相手はこちらが最も不得手とする水を使う人間で、相応の実力を持つ暗部の人間、後見人であり、簪の姉であり、本音の主人。

――仕方ない。 死中に活を求めるか。

 

「その質問に答える前に、正直に一つだけ答えていただけませんか?」

 

さあ、会談を始めよう。

何処まで話していいのか、何処から話しちゃいけないのか。

シックザールの件もある。

出来れば、不和の種はまきたくない。

 


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