過去最大のスランプは二ヶ月で四千字しか作れなかったとき。
もう少しでそれに匹敵するレベルだった。
まだまだ書きたかったけど書けなかった部分があるので、それはまた次回。
うん。
この会話イベント次回も続くんだ。
楯無の回想から始まってね。
もうちょっと進展は待ってね。
「答えるのはいいけど、自分の立場をちゃんと弁えてね。 私はね、あなたを庇うことを止める事すら視野に入れているわ」
「……」
「簪ちゃんとは引離す、監視や盗聴などは再開させてもらうわ。 簪ちゃんの件もあるから忍びないけど、当主の私にとって一番大事なのは更識家を守ることなの。 ここで明らかな嘘をつくようなら覚悟してもらうわ」
「さては余程のものを掴んだようですね。 で、その切欠となった情報はなんです?」
「――――」
なんだ。
これは――怒ってはいない、怒りならば潤にとって分かりやすく馴染み深い感情だから、直ぐにでも分かる。
見た目ほど潤を自分のテリトリーから押し出そうと思っていない。
しかし、楯無が変わらない顔色の裏で今抱いている感情は……。
……この戸惑いは、同情しているのか?
千冬はありえないと判断、博士はもっとありえないと判断。
なんなんだかなぁ。
「はじめに言っておくけど、出てきたものは、まあショッキングだったけどそこまでじゃないわ」
「出てきたもの、ね」
「問題なのは、あれ程の物を作れる程の強大な組織が、私が血眼になってもまったく尻尾を出さないことなのよ」
まあ、組織の大本が異世界にあるなんて誰も知りようも無い。
何が出てこようが、楯無が全てを知ることは出来ない。
千冬のようなケースでなければありえない。
出てきたというニュアンスから、身体の調査から得たということ線が一番だが、簡単に採取できるような物はなかったと把握している。
「で、何が出てきたんです?」
「なんで潤くんの方が興味津々なのよ」
「身体をいじくられた事を認めますけど、そんな雑な後始末をするような連中じゃないと思っているので、何が出てきたのか、私も知りたい」
楯無からカルテを受け取る。
紙をざっと見て、正直、潤本人も始めて知ったことが列挙されていた。
血中に存在するナノマシン。
老化の遅延化、それによる身体能力低下の防止、全身活性化による身体能力の微増、毒物、薬物、病気に関する耐性強化、怪我などの早期回復の手助けなどなど……。
ペストでもインフルエンザでも、エイズだろうとこのナノマシン単体で回復可能らしい。
これは、医療ナノマシンとして学会で発表できたのなら、ノーベル賞の受賞は確定的だ。
他にもトーナメント時の入院中に、口腔粘膜細胞やら、精液やら回収されていたらしい。
硬くなくても出せるらしいし、骨盤が折れたわけじゃないから、前立腺辺りを電気ショックで刺激すればいけるのか。
自分が逆の立場でも色々採取すると思い、その話題は隅に流す。
「まあ、画期的ですけど、ドイツでも似たような事をしているはずですが。 これだけであの質問ですか?」
「……私はね、私の専用機、ミステリアス・レイディを自分自身で作ったのよ」
「知っていますけど」
「だから、ナノマシンに関しての知識は世界でも最上級クラスである自負があるの」
「このナノマシン、そんなに凄い代物なんですか?」
楯無が追加のレポートを押し付けるように潤に手渡す。
とぼけられていると思っているのか、若干楯無は荒立っているようだ。
実際は潤も何も知らないのだが。
受け取った第二の資料に目を通したときに、ほんの一瞬、楯無が気付けるか否かといった微妙な瞬間のみ潤の顔が引きつった。
とある実験で判明したことだが、言ってしまえばこのナノマシンはどうやっても移植が出来ないということだ。
このナノマシンは血中に一定数存在し、互いに信号を出し合って全体数を管理しており、ある割合より数が少なくなるとなんと勝手に増殖する。
それだけでも驚きであり、かつ、幾らでも移植可能と思うだろうが、他人の血液に移植すると勝手に自壊するのだ。
脅威のテクノロジーを含んだ、いや、エントロピーやら質量保存の法則やら完全に無視しているのだから、神の領域へ手をかけているといっていいだろう。
そして、移植実験をした後判明した、更に凄まじい真実。
このナノマシンは潤の身体の信号圏から離脱し、もう一度潤の身体に戻した場合も自壊する。
ということは、どうやってこのナノマシンを潤の血中に注入したのだろうか?
もしかして最初の一定数は自壊処理が走らないと思って、ナノマシンゼロの潤の血液にナノマシンを含んだ血液を混ぜたら、これまた自壊したほどの代物。
考えられる可能性は四つ。
一、ナノマシンコミュニティの信号から離れたら自壊するとなれば、信号の発生機を潤の身体に埋め込んで最初からコミュニティを作成してあげればいい。
NO、それらしき金属物質は潤の体内に存在しない。
二、親ナノマシンなるものが存在し、その親ナノマシンが潤の血液を認知し、その親が認知した血液コミュニティでは自壊を食い止められる。
NO、提唱された当初一番可能性が高かった案だが、ナノマシンの詳細な解析結果から、その可能性は極めて低いらしい。
なお、その理由はレポート数十枚規模のロジックが生まれるため割愛。
三、心臓付近にナノマシン製造機を直接結合させ、新品のナノマシン入り血液を体中に送り込む。
コレが一番危険性が無く、自壊の心配も無く、体中にナノマシンを散布できる。
が、その機械のメンテナンスは相当な難しさになることだろう。
四、体中の血液を抜き取り、製造段階で患者の血液にあったナノマシンを作成し、身体に流し込む。
これもありえる。
しかし、体中の血液を抜き取るとは、それは……。
……四だろうなぁ。
三だと断定しているような楯無を見ながら、頭の冷静な部分はそれを否定していた。
頭蓋骨から脳みそを摘出して保管できる組織である。
組み立ててからわざわざナノマシン製造機を接続するより、血液を作ってから組み立てたと考えた方が利口だ。
間違いない。
そして確信する。
なる程、これは異常な事態だ。
楯無のことだから精一杯調べたのだろう。
金もコネも使い、ここまで人体を弄くりたおせる巨大組織の存在を。
こういった事は個人で出来るものではなく、必ず組織ぐるみで行われる。
彼らの組織が持つ人脈、物資、金は想像も付かないほど巨大な可能性が高い。
そして、それだけ巨大な組織の情報が漏れ出てこないということは、それだけで不気味だ。
「最後に…………」
「――?」
ここからが核心、か。
さて、何を知ったのだろう。
楽しみでもある。
更識楯無という人間をはかる機会になる。
「私はここ数日、潤くんの事を改めて監視し、改めてあらゆる情報を見直したわ。 切欠はサラちゃんとの戦い。 ――そして、見つけたのよ、あなたの頭蓋骨のレントゲン写真から、僅かな切れ込みがあるのを」
シャンパンが入ったコップを床に落した。
それは、あの、狂った、研究所の――自分の――。
「普通の倍率じゃ見えない。 ISのセンサーじゃないと見れない。 だけど、その切れ込みを推察するに、脳みそそのものすら取り出せるほどに、頭蓋骨を開くことが出来る。 あなたは、――なんなの?」
「……お見事です。 まさか、それを見つけるとは」
「ISのセンサーでもないと駄目ね。 見つけたのはミステリアス・レイディのテスト中、全くの偶然だったわ」
次、唸るように出てきた説明に楯無は、最初何を言っているのか良く分からなかった
「第四世代ブーステッドマン……。 ファースト・プランの失敗を経て離別した研究プランの合流を目指した、最新世代。 そのたった二つだけの成功体の一人」
「ブーステッドマン、強化人間? ラウラちゃんと似たようなもの?」
「プランの片割れに似たようなものがあったと記憶していますが、詳しく知りません」
「じゃあ、知っている限りのこと、教えてくれる。 その、プランのこと。 貴方のこと」
「『マトリクス』は正直詳しく知りません。 知っているのは遺伝子操作で四肢の付け替えすら可能で、ラウラを生み出した試験管ベイビーの類似技術だと。 もう一つ、『ブースト』は此処で知っている限り話します」
第一世代『ファースト・プラン』、元の名前はアダム。
アダムの流れを汲んだ後続の研究が幾つも誕生したため、全ての始まりであるこのプロジェクトを後にファーストと呼ぶようになった。
このプロジェクトの根幹にあるのは、数百年前に実在した『聖人』と呼ばれた偉大な能力者と同等の強さを持った兵士を作ることである。
楯無には便宜上、超能力者ということにした。
間違ってはいない。
聖人と同等の強さを持つならば、聖人の遺伝子を利用しようと判断した研究者たちは、国内に隠れ住んでいた聖人の子孫を母体とすることにする。
しかし、半年以上掛けて一人しか赤子が作れないことから、一つの偉大なプロトタイプを生み出した後に、計画は鎮座。
失敗を活かした二つのプロジェクト、『マトリクス』と、『ブースト』が誕生した。
第二世代『ブーストプラン』
そもそも時間の掛かる赤子を生み出すなんて間違っている、生きている大人の人間を改造して聖人レベルの戦士を作ればいいんだ。 との考えから生まれたプラン。
とりあえず片端から薬物を投与し、弱い部分を片端から手術で強化を行い、効率よく敵を殲滅するため感情はマインドコントロールで徹底的に消され、さらに一般人では耐えられないほどの戦闘訓練を施す。
しかし、満足のいくレベルまで強化すると、三十分に適量の副作用制御薬を投与されないと発狂して死んでしまうまでになってしまう。
また強引なマインドコントロールの結果、正常な判断力も無くなっており、暴走を繰り返した挙句、副作用抑制剤が切れると戦闘不能状態になるなど、兵士として使用するには致命的な欠陥も抱えていた。
この制御と持続時間向上を目指し、一旦投薬と手術での強化を停止し、別のアプローチへの模索として『ブレイン』に移行した。
第三世代『ブレインプラン』
前回のやりすぎを反省し、人間の限界を定めている脳に手を加えることを主眼にしたプラン。
人体の限界に挑戦するため、人体の崩壊を防ぐために常識的な範囲でブーストプランを採用することで完成にこぎつけた。
非現実的な能力を発揮することが可能だが、脳の完全な把握は済んでおらず、その調整バランスは非常に難しかった。
それを補うため薬物以外の強化を模索し、効率は最低であるものの、ほぼ聖人モドキまで作り出せるようなっていた『マトリクス』との合流を目指した。
「そう、ブレインプランの発展が、貴方なのね」
「そうなりますね」
「……」
また、楯無が口ごもった。
確かに身近な人間がそんなだったら色々考えるだろうが、少々多感に過ぎるきらいがある。
理想が先行するのは若さ故だろう。
それに、悪い状況ではないと判断した潤は、特に楯無の甘さを咎める気は無かった。
「……そう。 じゃあ、大事な事を聞くわね。 その、組織の本拠地は何処?」
黙って真上を指し示す潤。
嘘は言っていない。
もしかしたら、どこかで繋がっている可能性も否定できない。
「上の階? ふざけているの?」
「いえいえ、至極まじめですとも。 それともっと遠い場所です。 ――月よりね」
「宇宙!? そんな、まさか……、はぐらかそうと――――」
「それは織斑先生も認知していることです」
落ち着いた、潤の声には驚かなかったが、その発言内容に背筋が凍った。
千冬が、知っている。
楯無が驚いている最中に、話していい内容の線引きを改めていく。
自分が強化人間であることは何れ話さなければならなかったのでどうでもいいが、異世界の事を全て話すのは色々な意味で危険だ。
全てを話しても信じられない妄想の類、ふざけているとして思ってくれない。
真実と嘘を織り交ぜ、千冬を巻き込むようにして、押し通す。
幸い宇宙空間にコロニーを作りあげた、なんて証拠を得ることは不可能だ。
「わ、わかったわ。 なんか、壮大すぎて意味わかんないけど、あの先生が信じているのなら、ええ、私も信じましょう」
「目が可笑しいですよ、会長」
「しょうがないじゃない。 まったく意味が分からないわ。 調べるなんて不可能じゃない」
「でしょうね。 で、そこを踏まえてなにか質問は?」
「……とりあえず、潤くんは、どうして地球にいるの?」
「すいませんが、シックザールとの戦闘後、少し後から意識が無かったもので」
シックザールの言葉を聞いて、ほんの少し弛緩した空気が引き締まる。
そうだろう。
潤も楯無が最も聞きたいことはそこだとあたりを付けていた。
何も言わない、はぐらかされる、それらを引き起こさせないために行ったのが口頭での脅し文句。
ああ言えば、どんな人間でもこれからの話を真剣にするしかない……が、まだまだ青いな。
その程度は交渉の常套テクニック、潤を飲み込むには至らない。
「シックザール……、あの学園祭で攻撃してきた最後の襲撃者の機体名ね?」
「ええ、会長には話しておかなければ、と思いタイミングを見計らっていたのですが、丁度いい機会です。 話しておきましょう」
「どう考えても釣り合っていない時間と操縦技術。 トーナメントでの絶対防御を貫く光への警告。 あなた、ひょっとしてアンノーン・トレースの大本になっている機体のパイロットじゃないの?」
「正解です」
現状証拠ながら真に迫っている。
D.E.L.E.T.E.粒子への警告。
医学的に考えられないほどの回復スピード。
未だに大本の分かっていないアンノーンに対し、急激な感情変化を起こした潤。
信じられないほどの操縦に関する熟練度。
楯無ですら尻尾を掴めない巨大組織。
点と点はそれぞれ孤立しているものの、こうも揃ってきていると無視出来ない一つの事実にたどりつける。
「俺は、あのアンノーン……いえ、ヒュペリオンのパイロットでした」
「ヒュペリオン?」
「験担ぎですよ。 あの機体は最後まで俺を守ってくれた。 最高の相棒だったんですから」
「なら、あの操縦技術はその組織での訓練で?」
「いえ、実戦でのたたき上げです。 潜った死線の数が違いますよ」
模擬戦と実戦は、それぞれ同じ様な事をしつつも、得られる経験値は段違いだ。
的を撃つにしても、安全が確立された場所と、死が彷徨う戦場では得られるものが違う。
「じゃあ、次はそのシックザールと、マッドマックス。 これらの事を聞きたいのだけれど」
「ここで話してもいいですけど、シックザールは人数を幾ら増やしても対策をしっかり取らないと無意味なので、後日しっかりとレポートを提出しましょう」
「そう、お願いね」
「押さえ込める実力を持ているのは対戦経験のある私と、織斑先生、ギリギリのラインで会長だけでしょうけど」
会長の顔が歪む。
こちらの最高戦力を投じなければ、押さえ込むことは出来ない。
しかも潤は「勝てる」と断言していない。
「マッドマックスは?」
「人物名です。 コードネーム『マッドマックス』。 シックザールのパイロットです」
「……そう」
ここで唯一潤の顔色が変わった。
直ぐに元に戻ったが、今度は楯無の目に映るほどはっきりした変化だった。
何かあるのを察したが、地雷の可能性が高いので今回は控えることにする。
「今回の敵、潤くんが元所属していた組織が、亡国機業と関わっているみたいだけど、その狙いは?」
「正直、理解できません」
「いや、どうなのよ、それ」
「う~ん、考えても無駄ですよ。 理解できない事を理解しようなんて思わないことです」
楯無が露骨に落ち込む。
潤が素直に話をしても、結局相手に対して先手を取るには至らない。
何が起ころうと、受身になって備えるしかないとなれば落ち込むのも仕方が無い。
「じゃあ、もう一つ。 今回のシックザールのパイロット、前と違うみたいだけど、誰か分かる?」
「分かりません。 分かりませんが……」
「なに?」
「ブーストプランの強化人間だと思います。 あれはまともな生物じゃない」
潤の顔は笑っていたが、目はあまり笑っていなかった。
その笑みに何を見たのかは定かでないが、楯無は満足げに何度か頷く。
「なら、三十分以上の持久戦を行ってみるのが面白いわね」
そこから楯無は様々な観点から質問を繰り出したが、潤が譲ると決めた部分以外からは踏み込めなかった。
楯無は潤が組み立てた真実と虚実を織り交ぜた情報をただ受け入れるしかなかった。
尤も、潤の説明が如何に筋が通っていたとしても、『何かまだある』ことに疑いは無かった。
だが最終的に、これまでの実績から潤を今までどおり抱え込むことにした。