高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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案件を仕切るようになってから結構忙しくなった。
お客様(自分を一瞬で首に出来るえらい人)相手にプレゼンしたりレビューしたりするのは、はっきり言って大変だ。

うん、すこしのあいだ、じぶんが、さくひんを、つくっていることもわすれていました。
俺の定時って21時だったっけ?


3-4

一夏の誕生日にクッキーでも作ってプレゼントしようと思っていたシャルロットは、放課後、お菓子作成の練習のため食堂に足を運んでいた。

プレゼントする当人である一夏は、潤が定期的に行っている戦術講座に出席中するためアリーナにいる。

今回の主題は白式最大の弱点、シールド・エネルギーの消耗を抑えるのが目的で、刀身の長さを意図的に短くするため訓練だそうだ。

白式のワンオフ・アビリティー『零落白夜』は自らのHPともいえるシールド・エネルギーを使用することで、ただの一撃で相手を葬り去る諸刃の剣。

しかし、一夏はそのデメリットに対してあまりに無頓着だ。

同じ系統にヒュペリオンのプリセットであるビーム・サーベルがあるが、エネルギーをドカ食いするその武装に対し、潤は細心の注意を割いている。

消費エネルギーはだいたい同じなのに、威力だけは比較に出来ないって不公平だと思わないか?とは潤の談である。

標的への接触直前までは、その長さを親指程度までしか伸ばしていないのが、まさしくその対策だ。

篠ノ之流剣術で得ているノウハウを近接戦闘に反映させている一夏は、そもそも剣の長さを自在に変えるという発想に至らなかったのだろう。

ちなみに、今日は一夏と潤、それと箒で行うが、明日から鈴、シャルロットでローテーションを組んで実戦形式で学ぶらしい。

一時期潤にばかり教えを乞うようになっていたので、また一夏と一緒にトレーニングが出来るようになってシャルロットはすこぶる機嫌がいい。

近接訓練から省かれたセシリアは、回避運動訓練の際には専属になるとのことで溜飲を下げた。

 

閑話休題。

 

シャルロットが食堂に来たのは、来たるべき一夏の誕生日にクッキーをプレゼントするためである。

合宿直前にプレゼントしてくれたブレスレットのお返し、しかもペアルックに見えるような代物を、してみようかと思ったら、白式の待機状態関連で断られたが。

時計にすると、潤と並んだ時に見劣りするし、――ヒュペリオンの待機状態は、その価値億にも届く世界で最も高価な腕時計――で結局こうなった。

 

「くそっ、根性の無いオーブンだ」

「……なにやってるの、ラウラ?」

「ケーキを作っているんだが、どうにもこうにもスポンジが膨らまない。 ぺったんこになってしまう」

 

難しい顔をしながら、一見マドレーヌにも見える巨大な塊を睨むラウラ。

もしも彼女の予想通りの成果が得られたのならば、円柱状に膨らんだ立派なスポンジが出来るはずだった。

 

「ラウラも、まさか……、一夏に?」

 

作っているのがケーキと知って、もしかしたらラウラも、と思ったシャルロットが尋ねる。

ラウラと一夏は徐々に仲良くなっているが、一夏が何を言ってもジト目で睨んでいる印象が強すぎて誕生日にケーキなんてイメージは無かった。

びっくり、と思うより、ライバルが増えて面倒だ、と思ってしまうけど。

 

「私が、アレに? 無いな。 別件だ」

「そっか、ドイツの人たちってケーキ好きだもんね。 ラウラも好き?」

「ああ、部隊のものも何かにつけてパクパク食べているからな。 私もよく食べていた」

 

ドイツでは老若男女問わずケーキ好きが多い。

誕生日や季節行事はもちろん、パーティーではお手製のケーキを焼いてもてなすことも、ちょっとしたティータイムを楽しむためにもケーキを食べることがある。

週末のカフェでは初老のカップルが、大きなケーキに生クリームをたっぷりのせたものをペロリと平らげてしまう光景も目にする。

当然、甘さが控えめで、意外と軽く食べられるように工夫がされている。

シャルロットの祖国であるフランス菓子のように繊細とは言えないが、シンプルで素朴なケーキが多い。

それ以外にも、ドイツは結構おいしいお菓子が多い。

一夏を見送った後、珍しくラウラから口火を切る。

年頃の女の子らしくお菓子雑談に花を咲かせつつ、泡立て方やら、粉の混ぜ方やらを教えて、スポンジ作りを手伝うシャルロット。

並んでお菓子作りに精を出していると、まるで姉妹になったみたいで、自然とシャルロットの頬が緩んだ。

 

「ところで、別件って、潤のこと?」

「ああ、違いない。 最近、亡国機業の連中に頭を悩ませているからな。 息抜きになってくれればいいが」

「最後の敵機のことだよね。 あれは……何で僕の事を狙ったんだろう。 客観的に見れば狙う必要なんて無かったのに」

「そういうことも含めてな。 運用としての考えは銀の福音と同じだが、性能は段違いだな。 まともに戦えるのは、教官に潤、ギリギリ生徒会長が入るくらいか」

 

勝てるかな、と聞き返してきたシャルロットに、ラウラは沈黙という返答をした。

それだけ、最後に出てきたあの機体は異常な性能を持っていたのだ。

ラウラはセカンドシフトしたヒュペリオンの性能を知っている。

馬鹿みたいな機体コンセプトを更に先鋭化したような馬鹿な機体だが、扱えるのであれば配備されている専用機の中でも最強の一角となるだろう。

しかし、それでも、有効打は得られなかった。

 

「あら、シャルロットさん?」

 

暫く二人で黙々とお菓子作りに励んでいると、今度はセシリアがやってきた。

エプロンをしているところを鑑みるに、シャルロットと同じ理由できたらしい。

 

「せ、セシリア?」

「奇遇ですわね」

「そ、そうだね。 奇遇だね、えーと、まさか……」

「日本には殿方の心を掴むには、まずは胃袋から、という慣わしがあるとのことです。 わたくしもそれに倣って手料理で一夏さんのハートをキャッチしようと」

「うん、掴むのは良いけどブレイクしないようにね」

 

別の意味で一夏をイチコロにしそうな発現に、シャルロットの笑みが引きつる。

滅多に見る事の出来ない、腕まくりした気合の入った姿も不安要素かもしれない。

 

「あっ! ははん、考えることはみんな一緒ってね」

 

聞きなれた元気のいい声、調理室のドアを開けたのはエプロン姿の鈴だった。

箒は一夏や潤と一緒にトレーニングしているからしょうがないとして、結局何時ものメンバーが揃うのかと、誰からとも無くため息が出た。

 

「ふむ、この面子が集まって男が居ないとは珍しい。 ちょうど良いからで聞きたいことがあるんだが」

 

一夏の誕生日をどうやって祝うかについてけん制し、連携しようと話し合いを進めようとしていたが気勢をそがれてしまった。

今いるメンバーは、セシリア、鈴、シャルロット、ラウラから見るこのメンバーにはある共通点がある。

 

「お前ら、あの男のどこが良くて惚れたんだ?」

 

ラウラからそんな言葉が出てくるとは思いもよらず、そして千冬と全く同じことを聞くラウラにちょっと驚いた。

実は七月に行われた合宿初日、ラウラを除く全員が千冬に似たようなことを問いただされたのだ。

弟とは姉のものだから渡さないぞ、奪い取れ。 と、叱咤激励(?) を受けただけだが、あの教官にして、この部下ありなのか。

 

「私もそこまで鈍感ではない。 最近視野も広まって、今まで分からなかったことも、分かるようになった。 奴の良い所も分かる。 女心を抉る、というのは未だに理解しがたいが、……それを考慮しても、実に不可解だ」

 

一夏は潤とは違った方面において、役立つ知識と技術を持っている。

家事とか、マッサージとか、一家に一人いれば大助かりだろう。

こういった部分に関しては潤も及んでいないだけあって評価するしかない。

 

「わ、私は……小学生の頃から……」

「いや、言っといてあれだがお前はいい。 子供のころから一緒にいて、共有した時間の長さから、いつの間にか。 というのは他人に理解しがたいものだからな」

「な、何よそれ……」

 

ちょっと恥ずかしかったのか、鈴がたどたどしく話し出したものの、ラウラが綺麗さっぱり流した。

鈴がツインテールの先をクルクル弄って文句を言う。

鈴とこの場に居ない箒はどうでもいい。

貴重な思い出というものは、何事にも代えられない大事なものだ。

そうした物の積み重ねが続いて、友情がいつの間にか男女の情に移るのだって仕方がないと思う。

 

「だから、私が聞きたいのはお前ら二人だ」

 

シャルロットとラウラはルームメイトなので色々話す機会があった。

それだけに、察しはついているものの、潤を尊敬しているラウラにとっては納得できないとも思っている。

ほぼ名指しで指定された二人は、お互い顔を見合わせると、これまたお互いに顔を真っ赤に染めてあたふたし始めた。

 

「あ、あの……ラウラ? 僕は――」

「笑わないから言ってみろ。 私は純粋に疑問なだけだ」

「いや、僕も一緒だからね? 一夏とルームメイトになって、一夏の優しさを知って、一緒に訓練して、試合に勝った喜びと、負けた悔しさを共有してそういった共有している思い出から好きになっただけだから」

「では、きっかけはあいつとルームメイトになったことだと?」

「そ、そうだよ」

 

潤の友人関係の中で、最も友好的関係を築いているのは本音だ。

惚れた主要因が優しさだというのならば潤も負けていないと思うが、先ほどラウラ自らがしょうがないと言った事を利用されては食い下がれない。

時間の短さが気がかりだが、あの一戦を境に心を入れ替えたラウラが言って良いことではない。

力の意味を、責任とはどういったものかを、生きることの難しさを、友の大切さを、そういった優しさ以外の部分まで教わった身からすれば、希薄なような気もするがこれはこれでいいだろう。

次いでセシリアに向かう。

 

「ようやく一番気がかりな奴の意見が聞けるな、セシリア・オルコット」

 

ラウラの目がセシリアに向く。

まさか自分が一番気がかりとは、と無駄に胸を張ってセシリアが答えた。

 

「一夏さんの強さに触れて、ですわ」

「ない」

 

そしてバッサリ切り捨てられる。

 

「織斑一夏と小栗潤を比べて、潤の方が弱い部分を探す方が難しいぞ。 二人の強さにはそれだけ大きな隔たりがある。 私に中々勝てないアイツと、私が手も足も出ない潤だぞ?」

「そうですけど――」

「お前とて一学期中の考えでは、織斑一夏は教える側、潤には好敵手として強さの違いを認めているだろう」

「そうではありません。 わたくしの言いたいことは一夏さんの心の強さのことです」

「それこそありえん。 合宿でのことを言っているかもしれないが、あれは特殊な事例だ」

「ラウラさん、声が大きいですわ。 ……まあ、確かにあれは特殊ですし、潤さんも強いお方ですけれども」

 

調理室を何度か見渡して誰も居ない事を確かめ、ほっと息を付いた。

今の話はトップシークレットの類だ。

セシリアとて、究極の選択を迫られ僅かな間で取捨選択できるのが、どれ程難しいことか知っている。

自分が子供のころから世話になっているメイドのチェルシーか、一夏かを選べと言われて、簡単に選択できると思わない。

もし選択したとして、一時的に心が病んでしまうのも、弱いことではないと思う。

身近に居る大切な人を殺したとして、その死に何も感じなくなってしまっては、転校初日のラウラと一緒だ。

『こんなの最悪だ、私たちには出来ない』と誰かが言っても、『いや、俺ならやり通せる』と言って挑戦し、例え傷だらけとなって膝をついたとしても、再び立ち上がって挑戦を続けられるのならば、その不屈の心は称賛されるべきものだ。

 

「お前だけなんだ。 織斑と潤の双方の魅力を同時に知って、それでいて織斑を取ったのは。 どうして奴なんだ?」

「勉学での成績は、……潤さんが上ですわね、一年全体で五番以内と言われていますし。 ISの技能と身体能力は――」

「論外だ」

 

訓練を施す側と、訓練生が同じレベルでは、そもそも訓練なんて成り立たないのは道理である。

それに――実はセシリアとて、潤に教わりたいと思っている側なのだ。

どうにもプライドが邪魔して言えないでいるが、潤のBT兵器の扱い方を教わりたいと思っている。

全周囲包囲しての乱射攻撃、銃撃しながら接近しブレードで決定打を与える。

その間、ビット兵器の攻撃は一切手を緩めない。

今のセシリアにはあんなの絶対出来ない。

BT適正で勝っているが、使い方と稼働率では潤に劣っている、その状況下で、BT兵器のフレキシブルが出来る人間が出てきては代表候補性として立つ瀬がない。

 

「……やはり、父の影響でしょうか」

「父親?」

 

セシリアの両親はとある事故ですでに他界している。

生前、母親は家のために尽力していたが、婿養子で卑屈な父親には怒りを覚えていた。

そこに世界的な女尊男卑の風潮が直撃し、基本的に男性を軽視する考えがセシリアにはあったし、そういった卑屈で弱い男を見抜くのは得意だった。

セシリアが最初に潤に会って抱いた感想は、まいっている、折れている、だった

相次ぐ争乱で患った心理的障害が主な原因だが、潤と会った当初のセシリアは、――どちらかというと軽蔑の感情を抱いたものだった。

 

「……一夏さんと戦った後は、軽蔑なんてしていませんでしたし……。 きっかけは一夏さん? いえ、あの当時二人には一つ除いて特別な繋がりがあった訳では……」

 

どうしてあの時、潤の技量に対し、素直に称賛の念を抱いたのだろう。

もし最初に潤と戦っていたならば、軽蔑からくる嫌悪感で好敵手などと思わなかったのではないだろうか?

一夏に強い男らしさを見たから、潤を一人の男として見ることが出来、それで冷静に彼の中にある確かな強さを見つけることが出来た、とでもいうのだろうか。

それならば辻褄はあう。

しかし、あの当時二人には特別な関係はなかった。

世界中でたった二人だけの特別、そんな関係ではあったものの、それゆえ一夏と潤の好感度が被るはずもない。

うんうん唸って考えていると、父親という言葉から複雑な事情があると勘違いしたラウラが遮った。

 

「察するに色々家庭からくる事情があるのだな。 そういうことなら仕方がない」

 

納得出来ないが、まあ理解できないわけではないと、椅子から立ち上がって会話を自ら切った。

セシリアは最後まで考え込んでいた。

変に閑散となった調理室に、ちょうどいいタイミングで誰かが訪れた。

扉から現れたのは、鼻歌交じりで、半ばスキップしそうなほど足取り軽い、見えている方も幸せになるくらいの満面の笑みを浮かべている簪だった。

 

「ボーデヴィッヒさん、次、オーブン借りていい?」

「ああ――いや、よくは無いんだが……。 何時までたっても上手くいかないから、少し本を読んで勉強していよう。 その間は使ってもいい」

「ありがとう」

 

簪は朝からずっとこうだった。

そう、打鉄弐式の完成である。

朝の食堂で衆人環視なんて物ともせず、歓喜の抱擁をし、ついでに本音とハイタッチ。

弾けたようなまぶしい笑顔が、確かな疲労と辛さが、この瞬間に報われた事を表していた。

一夏が『更識さん、あんな顔も出来るんだな』といってガン見して、一緒に食べていた何時ものメンバーに大いに顰蹙をかっていた。

全員から一通り頭をはたかれ、ついでとばかりに潤や本音、なんと簪まで頭を叩いた。

 

「なんか、打鉄弐式の開発が滞って当初からもやもやして、時にはイライラしたけど、こうやっていっぱいいっぱい思い出が出来て、本音や潤と仲良くなって、苦しくても一緒に頑張って、……そうしていざ完成したら、織斑くんの事なんてどうでもよくなっちゃった」

 

不思議なことだが、ぶつ権利があるけど、面倒だからしない、とまで言っていた蟠りは消えたらしい。

放課後は一緒に、簪が手作りした抹茶のカップケーキで、潤が淹れた紅茶を用意して、潤の部屋でささやかな打ち上げをする予定だ。

抹茶のカップケーキは、簪の数少ない得意料理。

喜んでくれるだろうか、いや、喜んでくれなくてもいい。

二人の間にあるのは、そんな浅いものではないと信じている。

今はただただ喜びを共有したい。

カップケーキは、本当にただのおまけだ。

 

「……ケーキ、作れるのか?」

「え? ……抹茶ケーキは、得意だけど……」

「ふむ……、お兄ちゃんと、この女は仲がいい。 むむむ」

「えっと、どうしたの?」

「ものは相談なんだが――――」

 

それは、ラウラに耳打ちされ、簪が驚きの声を上げる数秒前までの光景だった。


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