高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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死んでないよ。 生きてるよ。
今回の話は中休み回。
私自身のリハビリもかねて。


3-5

もしものために陸上部の部長さんが、付きっ切りで見守る中、潤は淡々と走り続けている。

このために陸上部に所属しているといっても過言でない、トレーニングルームの一角。

ただし高酸素・低酸素室にいるのは潤一人。

間違っても二人いてはいけない。

現在の設定は標高約二千五百メートル付近。

富士山で言い表すならば六合目あたりに該当し、高山病にかかる山のラインに該当する。

そんな酸素濃度でキロ六分台を維持し、もうそろそろ五キロに迫る所まで走り続けている。

 

「なんか、最近小栗くん、トレーニング過多じゃない?」

「鬼気迫る感じだよね」

 

五キロを通り過ぎた後、頭痛が酷くなり始めたので、流石の潤も速度を緩めながら部屋の外に出た。

シックザール……、凡人には決して変えられぬ運命を決する機体。

防御は鉄壁。

攻撃は苛烈にして強烈。

究極の破壊であるD.E.L.E.T.E.粒子による攻撃が出来ない今、潤のヒュペリオンでは勝てる要素は無きに等しい。

どうやったら――いや、バカバカしい。

そうやったらなんて考える必要など意味を成さない……、それは勝つ方法が三つしかないのだから。

 

相手のエネルギー切れによる自爆待ち。

相手が不安定な強化人間である事を加味して考えれば、永延と距離を維持して持久戦を展開して割とあっさり勝てる見込みもある。

しかし、箒の紅椿のワンオフ・アビリティー、絢爛舞踏の様にエネルギーを増幅させる能力を持っていた場合嬲られて終わるしかない。

もう一つの制限時間、薬切れによる禁断症状も量子格納できるISを纏っている時点で安心できない。

薬が詰まった容器をマスクの中に出現させる、もしくは装甲の下に何かしらの仕掛けを用いているかもしれない。

なら、そう、……もう答えはこれ以外しかないのだ。

 

 

次は零落白夜の一閃。

 

 

……。

…………。

………………。

駄目だ、一夏が接近してシックザールを叩き斬るイメージがまるで浮かばない。

潤のヒュペリオンと組んで、アルミューレ・リュミエールを展開、バリア越しに攻撃……、駄目だな、ファンネルを壊されて白式が倒される未来しか見えない。

なら、もう、最後の一つ。

異世界で潤が取った戦法、そこからD.E.L.E.T.E.粒子による攻撃を取り除いた戦法を取る。

接近して戦闘不能になるまでボコボコに殴り倒す。

シックザールは遠距離の相手に対して無敵の防御と破壊力を持つ変面、接近された際には何も出来ない愚図になる。

飛行機に例えるならシックザールは爆撃機、ヒュペリオンは新旧ともに戦闘機なのだ。

戦闘続行に支障が出るほど攻撃し、アンロック・ユニットの砲台を壊せれば相手は何も出来ない。

なお、対空防御の弾幕がルナシューターでも匙を投げること請け合いなので、三つの選択肢の中で最低、下の下の手段である。

しかし、それしかない。

だから無駄だと分かっていても、自分を鍛えて不安を軽減させたくなる。

 

「小栗くん、大丈夫? 意識しっかりしてる?」

「ええ、大丈夫です。 ちょっと歩きながら安定させますね。 ――酸素缶、ありがとうございます」

 

今度は普通のランニングマシーンに向かってよろよろ歩き出す。

急に止まるのはむしろ身体に毒。

休むのもしっかりしたトレーニングの一種、今は何でもやって不安を軽減させたい。

それが、実戦では無意味だとしてもだ。

 

「明日は……、日曜か」

 

毎週日曜は完全休息日。

毎日トレーニングしてもいいのだが、やりすぎると無理やり暴食しないと体重が減ったりする。

しっかり休むのも立派な鍛錬の一つだ、といわれたからだが、あながち間違ってもいない。

読書して過ごすか、なんてのんきな事を考えながら、今度はシャワールームに向かって足を進めた。

 

 

 

 

---

 

 

 

「んぁ……」

 

日曜日、先日決めたように今日は読書して過ごすことにした。

一週間のうち、八時頃まで眠れるのは日曜日だけ。

このまどろみの中で、緩やかにゆっくりと時間が進み感触を楽しむのは、愚かしい行為と知りつつも中々止めがたい。

平日ならすぱっと止めるが、日曜日は止めない。

 

 

ふに。

 

ふにふに。

 

……や、やわらかい?

 

 

寝返りをうとうとしたら、左側に何かが乗っているらしく、うまく動けなかった。

なんかぐにゃ、っていうか、ぷにゅっていうか、暖かくてすべすべしている何かがある。

 

「ん…………」

 

確かに自分でない人間の声が聞こえた。

本音じゃない。

本音だったら引っ込んでいる所と出ている所がはっきりしているので、すべすべやっている間に分かる。

色々すとーんといった形だったので、抱き枕か何かだと思ったら声を出した。

 

「ふ、ふふ、ラウラか。 そこまで疲れていなかったのに、俺を起こさず潜り込むとはたいした奴……。 だが、なぜ裸なんだ」

 

触っていて気付いたが、身に着けているのは左目の眼帯と、右太もものISの待機状態である黒のレッグバンド。

撫でていたのはラウラの背中だったようだ。

うん。

結構幼児体系だよね、ラウラって。

 

「ん……、起きたのか……」

「おはよう。 取り合えず、服を着ようか」

「おおっ、そうだったな」

 

ベッドから抜け出て、見慣れた制服に着替えるラウラ。

はえてないのか。

実にラウラらしい。

このタイミングで本音が起きてなくて本当に良かった。

隣でちょっと会話した程度では、涎をたらしながら枕に抱きついて眠っているのが普通の本音が本当にありがたかった。

こんな光景見られたら、数時間後にはIS学園全体に知れ渡って、千冬に個室に案内されてお話しするハメになっていたところだった。

 

「ところで、何で全裸なんだ」

「うむ。 私は特別なことが無い限り寝るときは全裸だ」

「なる程、で、なんで隣で寝てたんだ」

「日本の兄妹とは、まれに寝るとき添い寝する文化があると聞いたからだ」

「もう、お前に日本文化を教え込んでいる相手からは、何も聞くんじゃない。 分かったな」

「しかし、そうなると誰に聞けばいいんだ? 相談できる相手が少ない。 お兄様とクラリッサしかおらん」

「(なんでお兄様?)そのクラリッサとやらから聞いた後、聞いた内容に関して俺に相談してくれ。 そうすれば、マシになるんじゃないか?」

「そうか。 では、今後はそうしよう。 で、お兄様は今日の予定は何だ?」

「今日一日読書して過ごす」

 

昨日確保しておいた色々な小説を枕元に置いていた。

推理小説からファンタジー物、文学からホラーまで計二十冊。

読書とは心や精神の成長を促進させるもの。

本は先人の知識知恵の塊であり、例えそれがどれほどチープな内容であっても何かしらかの物を得ることが出来る。

ここでエッセイやら、コラムやら、体験談を纏めたものやらが出てこないのは、心を察することなんて、嘗て日常茶飯事だったので習慣がないだけだ。

 

「私も数冊借りて読んでいてもいいか」

「勿論」

 

枕と布団を積み上げるように重ねて寄りかかる。

ラウラが持ち出したのは『100万回生きたねこ』……、実にラウラらしいチョイスです。

 

「潤は何を読んでいるんだ?」

「……『レクイエム』」

「どんな本だ?」

「作者不明、自己出版。 だが……、いや、どこにでもあるファンタジー小説だ」

「内容は?」

「貴族に惚れて裏切られた馬鹿な男が改造されて人造人間になった挙句、紆余曲折あって世界最強の剣士に勝利し、これまた色々あって人類の無意識圏に融合して死亡する、といったなんちゃって英雄譚だ」

「そうか、後で読ませてくれ」

「断る」

「ナニゆえ!?」

 

なんか、渡してはいけない気がした。

なんでこんな物がこの世にあるのか不思議でしょうがない。

全ての登場人物の名前や、地域の固定名称などは違うものの、この物語の主人公は小栗潤であり、この物語は事実として存在していたのだから。

ただ静かに本を読み進めること四時間余り。

本をめくる音、本音の寝息、雀の鳴き声、若干涼しくなってきた残暑の風。

本の中では物語中盤、ヒュペリオンを装着し巨大宇宙生物の決戦中に差し掛かった頃。

突然の癒子来襲。

 

「暇ぁ!」

「……煩い。 読書中なんだから静かにしてくれ」

「私も暇だし、小栗くんも暇みたいだし、テーブルゲームとかボードゲームとか一緒にしようよ」

「暇じゃない。 今日は読書して過ごす予定なんだ」

 

言うな否や瞬く間に本を奪われた。

潤自身非常に情けない顔をしながら癒子を見上げる。

こちらから何かしようと思ったときは全く乗ってこない癖して、こちらが何かしている最中はそれを無視して擦り寄ってくる。

物陰からじーっと無意味に観察していたり、本に限らず新聞を読んでいたら堂々とど真ん中に物を置いたり読み物と顔の間に手や顔を割り込ませる。

やはり猫か? こいつは猫なのか?

 

「こないだ人生ゲームの最新版買ってきたから、一緒にやろねー。 そうだ、本音も起こしてみんなでしよ!」

「だから俺は読書中……」

「私が本音起こしている間に小栗くんは紅茶淹れといてね。 うん。 ナイスアイディア」

「fufu…… 話を聞いてくれません。 便!」

「小栗くんって賭け事得意?」

「俺が勝てると思わないことだ」

 

本音、もう直ぐ十一時じゃない! いい加減起きなさい!』と起こされている本音、実はやたら運が良い。

勝てるわけが無い。

賭け事、幸運値最低の潤には勝ち目など無いのだから。

 

 

 

---

 

 

 

「よし、スリーカードだ」

「フォーカード」

「……馬鹿な」

「おぐりんよっわ」

 

八連続でブタ、ハイカード。

直近二十回でワンペア四回、ようやく勝ち得る役を手に入れたら相手はフォーカード。

 

「いや、後ろで見ていたが兄やのセミグラフの考えは決して悪くは無かった」

「にいや?」

「ああ、日本には兄をそのような名称で呼ぶことがあるようだ。 しかし、しっくりこないな、私的にはお兄様がベストチョイスだった」

「……もういいさ、好きなチョイスで好きなように呼べばいいさ」

 

ポーカー総当たり戦、潤華麗に全敗中である。

不貞寝気味に寝転がっても仕方が無いのである。

あまりに完璧に負けるため、わざとしているのではないかと疑われたものの、基本に忠実に決して悪くない手を選んでいる。

ラウラもそれが最善手だ、と思う手を潤が取るものの、結果はブタ、ブタ、ブタ!

ハイカードの競り合いになったことが一度だけあったものの七とキングの圧倒的敗北。

次は全勝中の本音。

カードを配る癒子。

 

「おっ?」

「……ナッツ」

 

ラウラが小声をあげる。

エースが三枚、キングが二枚。

変える必要なんて無い。

本物の賭け事をするときには相手を降りさせないように、駆け引きを楽しむものだがここまで負けこんでいて、突如としてこんな大物手が来るとは思うまい。

 

「ベット、五百円な」

「すかさずレイズ~。 五百円追加ね」

 

本音が強気だ。

え、なにそれ怖い。

だらだら長く続けられるように設定された金額上限各五百円。

しかし、お互いが上限金をかけて開帳、結果は……。

潤 :フルハウス、しかもキングとエース。

本音:ロイヤルストレートフラッシュ、勝確。

 

「FUCK YOUぶち殺すぞゴミが!」

「はははっ、ほんと運悪いよな、お兄様は」

「……いや、あれだ。 うん。 人生においてギャンブルなんて必要ない。 あったとしても本当に必要な一つにさえ勝てればそれでいいんだ」

「本当に必要な賭け、なんて何時来るんだ」

「もうやった後だ。 だから幾ら負けたってどうだっていいのだ。 いや、まだ途中なのか?」

 

あの賭けはどうでも良い。

したのかどうかも分からず、結局結果を見届けることが出来ないわけだし。

 

「どんな賭けを。 誰としたの?」

 

やたら本音が乗ってくる。

何かを確信しているのか、どうしても聞きだそうと躍起になっている。

なんでこんなに、察しがいいのだろうか。

 

「マッドマックス」

「まっど、まっくす?」

「映画、じゃないよね? 気が最高に狂った人?」

「そうだな。 色々と正しい」

「で、どんな賭けを?」

 

人類は、過ちと醜さを直視し、変わっていくことが出来るか、それとも直視できずに朽ちていくのか。

潤は人類が変わっていく事に賭け、マッドマックスは管理でもしなければやがて人類は朽ちていくことに賭けた。

辛気臭いったらありゃしない。

結局その内容では二人は結局結果を見届けることなど出来ないのだから。

人類の無意識圏に対してダウンロードし、リリムの力である植え付けを用いて正常な意識に戻す。

だから、あらゆる負の感情と、正の感情を知らねばならなかった。

パンドラの箱にあるように、正負の感情は圧倒的に負の感情の方が多く、それゆえに多くの良くないことに潤を巻き込ませるように王が謀った。

何人にダウンロードしたと思っているんだ。

全人類に対するダウンロードなんて死ぬに決まっているじゃないか。

 

「うん。 まあ下らない賭けだな。 自分にとって間接的でしかない罪に対し、過ちを認められるか、認められないかだ」

「なにそれ。 たいていの人は認められないんじゃないの?」

「道理だな」

「おぐりんはどっちに賭けたの」

「過ちを認めて、改めること」

「なんだ、やっぱり負けてんじゃん」

 

あの本の最後は、内容は、きっと笑い話だ。

自分の過去なんてそんなものさ。

 


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