すぐ直近に大会があるので、アリーナの空きが全く無い。
これ幸いとばかりに潤は千冬にちょっとした頼みごとをしたり、IS学園の敷地を探索して採取行動をしたりしていた。
トカゲのしっぽ、蝙蝠の頭、ヘビの眼球、藁人形が作れる程度の藁、魂魄の能力者の生き血、相手の魂を記憶させるための呼び水、等々。
どう見ても黒魔術の儀式です。 本当にありがとうございます。
潤のような裏側の人間にとって、正義の味方のように正々堂々相手を迎え入れて戦うなんて最後の手段であるといえる。
戦う前に相手を呪殺して何が悪い。
暗殺されるほうが悪いのだ。
一夏に絡んでいたあのOL風の女には、それを骨の髄まで味わってもらおうじゃないか。
唯一気になるのは、狂犬。
同じ魂魄の能力者として、呪いに耐性があるし、もしかしたら仲間に呪い対策をしているかも知れないし、攻撃をしてくるかもしれない。
千冬の許可の下、IS学園の敷地範囲内に限定にして『交通安全』と『無病息災』等の結界を張っているので、何かあれば察知できる。
潤が察知できないような小規模の攻撃なら安心だが、潤本人を対象にした呪い返しなら簡単に結界を突破しかねない。
念のため、潤に代わって呪い返しを受ける藁人形も、一緒に用意しておくつもりだ。
「ま、まあ、程ほどにな……」
「ええ、程ほどにしますとも。 勿論ね」
真っ黒い笑みを浮かべて、千冬に怪しげな物の取り寄せを頼む潤を見て、千冬は隠すことなくドン引きしていた。
そして一時間ほど経った後に、一夏の訓練と本音の訓練を一緒に行う。
「セシリアと一緒か……、今日はどんな訓練なんだ?」
「今日はわたくし、ですか。 やっとですわね」
一夏の言葉通り、今日はセシリアが講師。
やることは唯一つ、回避訓練である。
ヒュペリオンの基本的運用論理に『極限まで起動性を上げ、防御力の低下を回避力でカバーする』というのがある。
セカンド・シフト後には改善したものの、第一世代相当の防御力しかなかったシフト前のヒュペリオンは、格闘戦になると攻め込んでいるのに敗北することになる。
話がそれたが、白式のエネルギーを最大限使うために最も気を付けるべきなのは、『敵機の攻撃に当たらないこと』である。
HPを削って攻撃力に転換する白式は、そのHPがどれだけ残っているのかが最大の鍵になる。
だからこそ、手数を多く運用できるセシリアに頼むのがちょうどいい。
他にも、もう一つ考えがあるが。
「それじゃあ、俺は白式をキャノンボール・ファスト仕様に変更するからちょっと待ってくれ」
「そうか……、セシリア、時間が着たらブルー・ティアーズで一夏を包囲攻撃するぞ。 俺もフィン・ファンネルを展開するからフレンドリー・ファイアには気をつけてくれよ」
「……ええ、やりきってみせますわ」
セシリアが放課後一人黙々と訓練しているのを潤は知っている。
その理由も、どうすれば解消できるのかも理解しているが、これは教えてどうなるものではないことも知っている。
「ところで、潤はキャノンボール・ファストどうするんだ? 可変装甲が任意で開ければ優勝筆頭候補だろうけど」
「ん? ああ、織斑先生も言ってなかったな。 俺は出場しないんだ」
「ええ!? 何でだよ!?」
「そ、それはどういうことですの!?」
「表向き、全治数ヶ月の怪我していることになっているからな。 直った経緯については機密だし、怪我を理由に辞退って訳だ」
「ああ~、ああ。 そういえばそうだったな」
「合宿前まで確かにそんな感じでしたわね」
「それに……」
「それに?」
「前回の大会のことで中国とイギリスがな」
「それは――」
「いや、セシリアが悪いわけじゃない。 気にするな」
タッグトーナメントの決勝リーグに残ったのは、最も多かったのが日本。
そこからフランス、イタリア、アメリカ、ドイツと続き、無国籍の潤が入る。
代表候補生を送り出して、専用機まで持たせているはずの中国とイギリスは、まさかのドイツ代表候補生との練習で不参加。
ISの開発はスケールが小さくなった戦争だ。
各国の技術力と経済力、工業力と人材を競い合う。
その代理戦争ともいえるISでのトーナメントで、国家代表候補がドイツに惨敗して不参加になったのだ。
しかもイギリスと不仲のフランスが、同じく中国と不仲の日本が残っている。
そういうわけで、今回の大会は中国とイギリスにとっての汚名返上、名誉挽回の機会であり、その最大の障壁であり前大会の優勝者にちょっとした嫌がらせをしただけだ。
千冬と潤、楯無が、その挑発にとある理由から自分たちから乗って、今回潤は大会に参加しない。
「さて、この話題はもういいだろ。 準備はいいな!? 飛べ!」
「お、おう。 行くぞ、白式!」
「一夏、一回の被弾で腕立て十回くれてやる。 今日は二十分一回のインターバルで六回やるぞ。 死ぬほど腕立てしたくなかったら避けてみせろ!」
「マジか!?」
一夏に向かってティアーズとフィン・ファンネルが飛んで行き、完全に包囲する。
そして先ほどの罰ゲームのクリア条件が、無茶振りもかくやという閃光が降り注いだ。
「……セシリア」
「はい?」
攻撃開始から数分。
一夏の機動を撮影、判断を誤った箇所について自分なりのコメントを合わせて保存している最中、ふと潤がセシリアに呼びかけた。
「何について悩んでいるのか、俺には分かるつもりだ」
「そうですか」
「今日はいい的もあるんだから、好きなだけ試せばいい」
「……お心遣い、ありがたく頂戴いたしますわ」
セシリアは、白式が第二形態になってから勝率が極端に悪くなった。
理由は単純明快。
エネルギー兵器ばかり積んでいるブルー・ティアーズでは、エネルギー兵器を無効化する白式の楯を突破できないからである。
同じようにエネルギー兵器を多数積み込んでいるヒュペリオンが勝てているのだから、勝ち筋が無いわけではない。
しかし、それが尚更セシリアのプライドを悲惨な有様にしている。
そんな彼女にも、オンリーワンが、プライドが傷つかない領域があった。
BT適正Aという存在が国家代表候補生の中でセシリアしかいない――はずだった。
あのサイレント・ゼフィルスを操る謎の女が現れるまでは。
BT兵器のフレキシブルは、その稼働率が最高にならねばならず、その前提条件に適正がAで無ければならないというのがある。
「潤さんは、……BT兵器のフレキシブル操作が出来ますか?」
「俺はああいう超一流の領域にたどり着くのは無理だ。 俺が得意なのは模倣だからな。 一流と二流の境目をウロウロするのが俺の限界だ」
「ですが、潤さんはお強い方です」
「強さと、巧さは別物、ということだ。 正面きって勝てないのであれば、勝てる方法を見出せばいい。 俺はそんな所ばかり上手くなってしまったよ」
「それが、このフィン・ファンネルの操作に現れているのですね。 ところで、なんで漏斗なのですか?」
「気にするな」
セシリアの目には、一夏の白式とドッグファイトを繰り広げるフィン・ファンネルがある。
それと全く違う動き、狙撃用、ばら撒き用と並列同時運用をしているものも。
対して、セシリアのティアーズは横一列に並んだり、円状に展開して反応の裏をかく等したりしているが、機械的な動きをしているのがすぐに分かる。
相手の土俵に立つのではなく、自分の持ち味を生かして戦う道を選んだ結果が、あの有機的な、人間が乗っているかのようなBT兵器の動きに現れているのだろう。
「フレキシブル、BT兵器の運用方法、どちらも考えないことだ。 理詰めで考えていけば足りぬこと、出来ぬことだけだらけとなって満足に動けなくなる。 ビット兵器とは考えるものではない、感じるものだ。 かくあれかしと思い、結び、溶け込み、混ざれば、案外簡単にものは成る。 壁を作っているのは、セシリア、――お前の『理』なんだ」
「よくわかりませんわ……」
「考えすぎというだけさ。 少しここの力を緩めてみるんだな」
こめかみを刺しながら潤が言う。
それからウンウン唸ってティアーズのフレキシブル操作を試みるセシリアだったが、彼女のティアーズに変化は見られなかった。
三回目のインターバルが終了し、少し長めの休憩に入ったとき、意を決したのかセシリアから話しかけてきた。
一夏は腕立て二百六十回の刑、潤、実に容赦しない。
「潤さんは通常兵器と、BT兵器を並列運用していらっしゃいますけど、なにか秘訣があるのでしょうか」
セシリアがなにやら思いつめた顔で質問してきた。
一夏の回避技術を纏め上げ、改善点を映像から模索。
その片手間に先日の高機動訓練授業にて、ナギがカレワラを簡単にパージ出来た理由を探るためにカレワラのデータを洗っている。
一目でその異常性は分かるというものだ。
「無い」
「そ、そんなばっさり言われましても……。 わたくしもあれが出来るようになれば、かなりレベルアップできるはず。 何でもいいので、コツのようなものを」
「そうは言っても、機体開発の経緯から差があるんだから当然のことだぞ?」
一旦カレワラの調査だけを止めてセシリアに向き合う潤。
セシリアが使っている専用機のブルー・ティアーズ、それを扱う事を許されたのは、彼女が現在BT適正の最高峰だったからだ。
となると、ブルー・ティアーズに最適だったのがセシリアだったという図式が完成する。
逆に潤のヒュペリオンは、彼のために篠ノ之束という世紀の天才が作り上げた潤専門機だ。
この二つの差は大きい。
その経緯を説明すると、合宿から続く潤と束博士関連のことを知っているセシリアは成る程と頷いた。
コアも、武装も、開発理念も、潤をベースにして作られたヒュペリオンとは、機体相性の時点でかなりの差がある。
「潤さん、……脳波コントロールの試運転をわたくしにさせていただけませんか?」
「ヒュペリオンの脳波コントロールシステムを? いや、これは危険だ。 俺の脳波適正は計測至上最高値だったらいいものの、その安全性はまるで保障されていない。 カレワラとは違うんだぞ」
「いえ、いいのです。 何かしら新しい刺激になるかもしれません」
「……――、安全の保証は無い、そう言ったからな。 背中の首付近にある制御モジュールに額を付けろ。 フィン・ファンネルの操作を預けるから使ってみればいい」
「ありがとうございます」
セシリアのゴリ押しに根負けし、メンテナンスモードに移行すると、背中、首付近にある装甲を開く。
すると、束の形をした珍妙な制御モジュールが露になった。
なんらかの決意を秘めた瞳で、気合を入れなおしたセシリアが制御モジュールに額を付けた。
普段の半分ぐらいの速度でフィン・ファンネルが動き、あろうことかティアーズが一機同じように動いており、もう一つティアーズがプルプル震えている。
「おい、無茶をするな」
「大丈夫、ですわ。 このくらい、このくらい平気で出来ないと……!」
そのまま、別種のBT兵器を同時に操る無茶を二分ほど行い、見かねた潤が強引にメンテナンスモードを解除。
セシリアから脳波コントロールを奪取した。
気合だけで足腰を持たせていたセシリアが、フラフラしながらその場に腰を下ろした。
「大丈夫か? 無理しないで、少し休んだほうがいい」
「いえ、思ったより酷くは無かったのですが……。 頭が刺激されるといいますか、妙な感じで」
「やはり影響が出ているのか……。 保健室に行ったほうがいい。 一夏!」
「大丈夫です! 大丈夫ですから、少し休めば……」
「まったく……、それでどんな症状なんだ? 多少なら症状も分かるぞ」
セシリアから現在の容態を詳細に聞いていた潤は、その話を聞いていくにしたがって眉間の皺を深めていった。
そもそも脳波コントロールは潤すらよく分かっていない部分がある。
しかし、この症状は可変装甲を展開後、フィン・ファンネルすら全力で起動したあとの症状と、かなりの類似点が存在していたからだ。
確かめてみなければ分からないし、どの程度のレベルとは言えないが、脳波適正がセシリアにはあるらしい。
流石に魂魄の適正は無いが、……いや、魂魄の能力は全人類が魂という形で必ず持っている。
正確には能力者になる程の適正は無いが、普通の人より素養があるということだ。
重ね重ね言うが、能力者になる程才能は無い、が、無理やり魂魄の能力者用に作られたモジュールを使用したことで、その副作用が頭痛となって現れたのかもしれない。
「傍から聞けば分かる。 今日は無理だ、一日休め。 一夏! 今日は中止! セシリアがヤバイ。 保健室に連れて行ってやれ!」
「セシリア、大丈夫か」
「か、かっこ悪いところを見せてしまいましたわね。 申し訳ありませんがよろしくお願いしますわ……」
脳波コントロールシステムは魂魄の能力と密接なかかわりがある。
魔法の力を全身に作用させるシステムは、それゆえ科学的に考えられない事象を起こすこともありえる想像の埒外にある代物だ。
今日は、それを強く認識した潤だった。
---その日の夜---
高層マンションの最上階、贅という物を最大限に使われたバスルーム。
時刻は草木も眠る丑三つ時。
亡国機業の一人、蜘蛛型ISを用いるオータムが湯に浸かっていた。
彼女らは今度のキャノンボール・ファストで再び――彼女らの持つ画期的な第四世代期である『シックザール』の試運転を行う予定だ。
「それにしてもエルのヤロー……、第四世代なんて何処から……」
エルが提供してきたコア五つは、彼女たちの協力者から提供されたリヴァイブ四機に使用されている。
残り一つはエルが連れてきた、通称『ディー』が使用しているシックザールに使われている。
色々考えながら今度の襲撃に思いを馳せる。
その時、変な悪寒が全身を包み込んだ。
口から吸い込む空気が、湯気とは違った生暖かいものに感じる。
つめれば二人は居るのが限界程度の浴槽なのに、まるで何人もの人間が自分のそばに居るかのようで、あるいは人を食う猛獣が息を潜めている樹海の内部にいるかのようだった。
呼吸が荒くなる。
湯に写る自分を見た瞬間、思わず叫び声をあげてしまいそうなった。
水面に写っていたのは自分ではなく、血の池、針の山のような場所から、今まさに自分の居場所まで壁という壁を伝って、這い上ってくる大勢の裸の男女だった。
ここに居てはいけない――! 本能がそう叫んでいる。
湯船から立ち上がって逃げようとして……、立ち上がった瞬間、腰に誰かの手が絡みついた。
再び浴槽に身が戻り、首、口、肩、太ももまで掴まれて完全に全身が身動き取れなくなり、逆に浴槽に沈められる。
力が強い。
人間とは思えない強さだ。
湯越しに見るバスルームに、考えられないほどの人影がいて、こちらを嘲笑っている。
お前らがやっているのか! と怒りがこみ上げてくるものの、彼らはただニヤニヤ笑っているだけだ。 何もしていない。
そのまま、どんどん意識が薄くなって――――
力強い腕で、持ち上げられた。
「オータム、大丈夫?」
「ディー…………、なんだ、これ。 どうなってやがる……」
オータムを持ち上げたのは、どう見ても十歳程度の女の子だった。
少々癖のある明るい金髪、触れるもの皆傷つけるような鋭い眼光、アメジスト色の瞳。
その細腕でオータムを引き釣りあげたとは思えないが、流石に今はそこまで頭が回っていないらしい。
「ん」
「なんだ?」
「ん」
「……エルが作った首飾りじゃねぇか、って何で黒くなってやがる?」
ディーが手渡ししたのは、エルが作成した対呪術用の魔道具だった。
ディー本人には呪い返しの方法を教えていない。
エルがやった事といえば、潤がやってくる呪いを防ぐことぐらい。
何故そんな事をするのかは誰も知らない。
その宝石の様に輝く真っ白な鉱石が、今は真っ黒に染まっている。
「寝る時も、お風呂の時も、外しちゃ駄目」
それだけ言うとディーは歩いてリビングまで戻っていった。
黒い鉱石を見ていると、ゆっくり精神が正常に戻っていく。
何時しかそこは、オータムが知っている普通のバスルームに戻っていた。
一方潤は、予想通り呪いが防がれたことに嘆息しつつも、何の変化も無い藁人形を前に頭を悩ませていた。
呪い返しがされていない。
失敗した?
いや、こちら側に不備はない。
けど、成功したとは思えないし、あっ、コレは成功したけど呪い返しはされていないパターンか?
ナメプですか、ナメプですね。
野郎・オブ・クラッシャーすんぞ? ん?
潤が深夜帯特有のテンションで状況分析している頃。
とある男が、とある安いホテルに訪れていた。
その男を見る従業員の目と反応を表すと、『さて、どのタイミングで警察を呼んだものか』だった。
なにせ髭は伸びきっており、髪の毛も一月以上洗っていないのは明白、黒ずんだ肌のせいで白人の面影はなくなっている。
顔がそんななのだから、当然服装も酷い。
洗ってないのか黒ずんだジーンズ、よれよれの上着、典型的なホームレスだったからだ。
いくらやっすいやっすい路傍の三流安宿といっても、こんな客がロビーに居ては他の客の迷惑になってしまう。
見かねた従業員が声をかけようとしたその時、別の客に先に声をかけられてしまった。
「ミシェル! 見違えたぞ。 完全にホームレスじゃないか」
「ああっ、ピエールか。 随分大きくなったなぁ」
「おいおい、本当に脳をやられちまったのかミシェル!? 俺の名前はアランだ。 しっかりしてくれよ」
「そうだったか? 見ない間に随分大きくなって、最後に会った時はこの位だったろうに?」
そう言って自分の腹部やや上部付近を指し示す。
「なに言ってんだ!? つい三ヵ月程前までデュノア社で一緒だったじゃないか。 俺はミシェルの薦めで入社したのに!?」
「はっはははは! そうだったか?」
真剣に相手の事を気遣う紳士風の男。
話の内容を整理するに、IS業界で著名な業績を誇っているデュノア社の社員らしい。
そして、このホームレスのような男もそのようだ。
「ああ、ホテルマンか……。 こいつは有能な俺の叔父さんだったんだが、この通り実験中に頭をやられちまってな……」
「ええっと、それは――」
「今日ここで待ち合わせしていた小汚い男ってのはこいつの事なんだ。 お目こぼし、よろしく頼むよ。 安心してくれ、俺が面倒を見る」
「何かありましたら、室内の電話でご連絡ください。 私どももお力になれたらと思います」
紳士風の男はホームレスの甥だったらしい。
小汚いと聞かされており、事前に了承をしていたとはいえ、まさかホームレス同然の格好をしていたとは思わなかった。
客が帰った後、清掃が大変そうだと、従業員はため息を漏らした。
「開発部長、もう大丈夫です。 この部屋には盗聴器の類はありません。 専用の機器を用いて二時間かけて調べました」
「ありがとよ、アラン。 ……まずは身体を洗わせてくれ。 臭くてかなわん」
部屋に入ったとたん、先程の二人がデュノア社の肩書きを用いて話し出した。
先ほどまで常に薄ら笑いを浮かべ、狂人のようだったホームレスの男の眼光は、理性的な色に代わっている。
二人は確かに叔父と甥だったが、ロビーで話していた会話は、実は合い言葉だったのだ。
頭がおかしくなった叔父、探して介抱するために日本まで来た甥、他者が聞いたら非常に寒い思いをしたかもしれないが二人は本気だった。
「バスローブで悪いが私たちには時間が無い。 話を進めるぞ」
「本当です。 何でこんなことに……」
「本当だよ、いくら監視の目を欺くためだといっても、三ヶ月以上も障碍者の真似してホームレス生活をさせられるとは思わなかった。」
「こんな事を三ヶ月近くかけて、フランスの医師に偽の診断書まで作って、しかし、そうでもしなければあの馬鹿な女社長に――」
「言うなアラン、悲しくなる」
「それでは、本題に入りましょう」
そう言って紳士風の男が鞄から報告書を取り出した。
そしてホームレスのような男も、しわくちゃになりって一部分茶色になった用紙を取り出し、スーツに着替え始めた。
『K.R.R.F.』と表題にかかれている分厚い代物が机に乗る。
髭は無くなり、髪の毛は整えられ、パリジャンと言われても何の不思議も湧かない。
男二人の秘密談義は夜遅くまで続いた。
今日の日のため、幾重の苦難を乗り越え、半年以上前から準備を重ねてきた。
本来ならばこんな日が来ることが無い事を祈っていたが、来てしまったものはしょうがない。
書類に押されている、デュノア、パトリア・グループ両者の社長印が、ことの重大性を示していた。
---
翌日、IS学園にてキャノンボール・ファスト実行委員会の会合が開かれていた。
会議室に潤がついたころには、他の出席者の全員が揃っており、取り合えず空席になっていた簪の隣のパイプ椅子に腰をかける。
「おはよう」
「なんか、先生方は妙に殺気立ってるな。 気合入りすぎじゃないか?」
「……失敗続きだから。 私の打鉄弐式が亡国機業と戦えるかどうかのチェックも、なんか、気合が入ってたよ」
「やれやれ、もっと肩の力を抜いてくれないものかね」
湾曲したテーブルには楯無、虚といった生徒会の面々、真耶やその他の教員たちもずらっと勢ぞろいしていた。
教師達の多くはアリーナで劣化リリムに乗っ取られたラウラと戦っていた面々だ。
集まったメンバーの共通点を考えれば分かることだが、何かのイベントが起こった際に警備などを行っている面子である。
つまり、今回の会議はそういうものだ。
「では、始めよう。 今回の議題は言わずとも分かるだろう。 キャノンボール・ファスト開催の際の警備、防諜の打ち合わせだ」
IS学園は今年に限って、ただの一回もまともに行事を完遂させていない。
唯一まともに最後までいったタッグトーナメントも、優勝者が一組できた程度であり、満足に完遂したとは口が裂けてもいえない。
例え襲撃される側で、相手の行動も読めず、目的も定かでない連中、と言い訳できる要素は多数あるものの、積み重なれば苦しくなる。
故に、次こそは、今度こそは、と教師たちのボルテージも上がっている。
「まず、亡国機業の連中は間違いなく来ると思っていいだろう。 まずは敵戦力の解析からだ。 私から話してもいいが、実際に敵機と交戦し、一時的に前線の指揮を取った生徒会長から説明してもらおう」
「はい。 ――では、スクリーンの映像をご覧ください」
楯無が会議室の奥に足を進めて全体を見渡せるように身体の向きを変えると、背後にあるスクリーンに先日の戦闘の様子が浮かび上がる。
蜘蛛型IS、アクラネを操るオータムの襲撃から始まった亡国機業の襲撃。
実はこのパイロット、潤は千冬にしか言っていないが、呪いが原因でどうやってもキャノンボール・ファストには間に合わない。
殺すことは出来なかったが、地獄に足を半分ほど突っ込んでいたので影響が出ているだろう。
一度殺し損ねると呪いに対する耐性が出来てしまうので、今後は効果が現れにくくなるが、次の一回に限り襲撃など不可能だろう。
潤に魂を覚えられた、敵対者の末路である。
完全に呪い返しの対策がなされていれば防ぐことが出来るが、無事だった藁人形から推測するに、オータムは動けない。
そのオータムと楯無との戦闘から、リヴァイブ四機の参戦、代表候補生たちと箒の乱入、潤とマドカの乱入、それらを見て防衛を任されている教師たちがざわめく。
「リヴァイブを操っている四人はたいした事はありません。 それでも数で上回る代表候補生を相手取って負けない程度の実力はありますが……ですが、イギリスで開発されたと思われるサイレント・ゼフィルスのパイロットは驚異的です。
映像を見て得ることの出来るデータから推測するに、ドイツ代表候補生、ラウラ・ボーデヴィッヒを上回っているものと思われます。
また、ISのほうも完成してはいないものの、その能力はブルー・ティアーズより高いものでしょう。 ……ところで、潤くん、これ、修理が間に合うと思う?」
「間に合うと、いや、間に合わせてくると思います。 リヴァイブの利点は多くありますが、私は選択できる戦闘スタイルの多さこそが最大の利点だと思っていますので。 ですから――」
「つまり、口径も生産方法もバラバラな武装を取り揃えて襲撃してきている以上、幅広い種類の弾丸を生産可能な『何か』を有している、と」
「その通りです」
いくらISが優秀な兵器とはいえ、弾が全自動で精製されて、無限に射出可能なわけではない。
銃を作るのにも、それを撃つにも、しっかり訓練して代表候補生と戦えるようになるにも、相応な資金と時間、人材とバックが無ければならない。
リヴァイブ四機が、近接型、高機動奇襲型、防御型、重射撃武装型とバランスを考えたパーティーを組んでいるのもこの考えが正しい事を示唆している。
広範囲の運用が可能だと、そう言っているのだから。
それだけの力を有している以上、大規模な工場を有しているだろう。
密輸しても怪しまれにくいのは、リヴァイブ発祥の地でもあるフランスだが、――断定は時期尚早だ。
サイレント・ゼフィルスはボロボロだが、コア周りや機体の生命線となる部位はそれ程ぶっ壊れていない。
これは、機体に致命的なダメージを与えるより、継続戦闘能力を奪って捕縛しようとしていた潤の思惑からこうなっている。
それは楯無の背に写る映像を見ても明らかだ。
「それでは、――敵の最大戦力と思われる、第四世代機の説明に移らせていただきます」
「シックザールですか……」
「ん、他言して欲しくないが、実は小栗はあの機体を知っている。 なので、小栗に説明をさせたい」
その一言で会議室が喧騒に包まれた。
どういうルートから仕入れたのか、もしくは元々知っていたのか、柄が悪い物では亡国機業側に付き合いがあるのでは、と勘繰る者までいた。
「各々方、気になるのは分かるが、小栗も見たことがあるからとしか答えらないだろう。 もしかしたら奴の矛盾している記憶と関わりがあるのかもしれん」
「非常に興味深い事柄ではありますが、キャノンボール・ファスト遂行には潤くんの記憶ではなく、シックザールの性能を把握する方が大事でしょう。 話を戻しましょう」
「それでは、あれの性能を詳しく記載したレポートで配りますので、各自目を通してください」
連携して話を暈かす楯無と千冬。
二人に阻まれて矛を収めるしか無くなった出席者たちだったが、スクリーンに映る映像を見てそんな事直ぐに気にならなくなった。
会議室全員の目が集まるスクリーンには、ラウラを上回るサイレント・ゼフィルス、それを更に圧倒している潤が、あっさり拮抗状態に持っていかれる映像が映し出されていた。
潤の実力に対して正確に把握している教師たちは、第四世代を操る謎の襲撃者、その実力に驚く。
「それでは、小栗の方からシックザールの詳細を」
「はい。 このシックザールと呼ばれる機体ですが、概ね運用方法はアメリカ・イスラエル共同開発の『銀の福音』と同じであるといえます。 ただ、その防御力に関しては世界最先端の更に先を行く能力を有しています。 お手元の冊子を合わせてご覧ください」
シックザールは超重武装超装甲の広範囲爆撃用の機体である。
攻撃方法は映し出されているビームの反射と、右腕に備え付けられているビーム・クローからビームサーベルが伸びる程度。
雨の様にビームが降り注ぐ光景には唖然とさせられる。
もっとも、あの機体が本当に厄介なのは、攻撃より空の要塞と断言できるほどの防御性能にあるのだが。
「より問題なのは、あの機体の防御性能です」
「あの攻撃より、防御力の方が厄介だと?」
「ええ。 それはもう……。 あの攻撃を反射している半透明の力場ですが、あれは内側からの攻撃は反射しますが、外側からエネルギー兵器が着弾した場合はブロックするんです。 なお実態弾の場合は素通りさせます」
「それって……シールド代わりになるってこと?」
「簪の気付いたとおり、あの機体は対エネルギー兵器用のシールドをほぼ無制限に展開できます」
「じゃあ、通常兵器頼りになるってこと?」
「流れからして楯無会長の仰るとおり『実体弾での攻撃なら』と思うでしょうが、今度は『PS装甲』に阻まれます」
「PS装甲?」
「Phase Shift装甲、略してPS装甲。 一定の電圧の電流を流すことで相転移する特殊な金属でできた装甲で、物理的な衝撃を無効化します」
「は?」
「ですから物理攻撃をほぼ完全に無力化します。 電力を消費する、装甲で覆っていない箇所は攻撃が通る、都市区画ごと吹き飛ばせる攻撃なら通る、などといった弱点がありますが……」
「それを狙って戦うのは非現実的、と言いたいのだろう?」
「相手は固定式の砲台ではなくISです。 高機動で動き回ります。 そして雨あられとビーム攻撃をしてきます」
「そんな――、では、どうやって倒すんですか?」
「勿論、どうやっても倒せないわけではありません。 あの半透明の力場は仕様上自機からある程度離れた場所にしか展開できませんから、接近してエネルギー兵器で倒せばいいのです」
潤はあの機体を落とすため、零距離D.E.L.E.T.E.攻撃といった特攻を仕掛けた。
今回も似たようなことは出来る。
シックザールが爆撃機なら、ヒュペリオンは戦闘機。
機動力を武器に懐に入り込んで叩き斬るのだ。
なおシックザールの機動力は、紅椿よりほんの少し劣る程度といったレベルである。
おお、もう……。
高速で動き回り、遠距離攻撃を封殺するIS。
しかも絶対防御付き。
「アレに向かって……接近、する?」
「あ~、うん。 まぁ、ねぇ。 しかし、それ以外に倒す方法がありません。 相性がいいのは、エネルギー兵器を無効化でき、かつ一撃で戦闘不能に出来る白式なのですが……」
本当なら一夏が一撃で決めてくれれば……、と潤と同様の結論に至った千冬は、一夏の現在の実力を鑑みてため息を漏らした。
アイツにはまだ無理だ。
「――以上から判断するに、シックザールの性能は篠ノ之博士が直接手がけた紅椿と同等以上と言えるでしょう。 パイロットの技能は楯無会長よりやや下回りますが、国家代表レベルであるのは間違いありません」
「……まさか、紅椿と並ぶ性能とは……、ありえませんね」
「織斑先生、この機体に篠ノ之博士が関わっている可能性は?」
「いくらなんでも妹を差し置いて、更に高性能の機体を赤の他人に貸すわけがない」
確かにおかしいが、潤の中で第四世代の矛盾はある程度解決を見ていた。
文化祭に現れたオータムが潤にかけた一言と、セカンド・シフト直前にサイレント・ゼフィルスの一言。
『エル』
あの王の名前は『エーデルトラウト』。
魂魄の能力者であるあの狂犬のことも考えれば、あの王が関与しているのは間違いない。
彼が関わっているのであれば、第四世代開発が成功した理由になる。
ありえない話だが、もしも彼が直接出てくるようなことがあれば、色々と諦めるしかない。
「しかし、気になるのは、パイロットですね……。 どう見ても、小学生くらいの体格ですが……」
「山田先生、テロリストに年齢は関係ありません。 嘆かわしいことですが少年兵や少女兵は確かに存在するのです。 あの狂け……失敬、パイロットが何であろうと脅威であるのには違いありません」
「乱暴な言い方だが、分からない事をいくら考えても仕方がない。 問題はこれら強大な戦力を前にどのように作戦を立てるかだ」
議長である千冬の一言で、ようやく静寂が戻った。
知らない相手の詳細を議論しても意味はない。
今此処ですべきなのはキャノンボール・ファストを、正しくやり遂げることなのだ。
「小栗、お前なら相手はどう出ると思う?」
「……会場は市街地から外れ、海沿いに存在します。 会場付近から囮のリヴァイブ達を出して防衛戦力を引き離し、しかる後に、本命による攻撃が行われるでしょう。 その際、囮に釣られた戦力を釘付けにするため本命の攻撃と合わせてシックザールが来ます」
「どうして分かる?」
「亡国機業の狙いは何か分かりませんが、超広範囲包囲殲滅用の機体を街中で展開するわけがありません。 そんなことをすれば――」
「自衛隊も出てくるか……」
「広いところにおびき出すしかアレを出す方法はなくなります。 そのための囮、敵の防御を減らし切り札が出せる状況を生み出す。 シックザールを運用すれば目立ちすぎます。 国家そのものと正面から組み合う気は無いでしょう。 耐え切れば勝ちです」
千冬は満足そうに頷いた。
「なる程、本当なら囮など気にせずにいたいがリヴァイブも無視できない。 私たちの目的は会場到着前に敵機を叩くことだ。 そこで速度自慢のヒュペリオン、打鉄弐式を囮にぶつける」
「簪ちゃんを?」
「二人を釘付けにする奴の候補はシックザールだろう。 銀の福音にしろ、シックザールにしろ攻撃を絞るのは苦手そうだ。 とにかく私たちの戦闘目標は敵の殲滅ではなく、大会を遂行することだ。 攻撃、防衛、逃走と、刻一刻と変わる戦況に臨機応変に状況に対応するためにも小栗にはフリーハンドを預けたい。
その小栗と組ませるのに最適なのが、タッグを組んだ経験がある更識簪だ」
会議室に居る全員の視線が簪に集まる。
一瞬で話題の中心となってしまった簪は、少し怯んだものの、すぐに落ち着きを取り戻して静かに頷いた。
「大丈夫です」
「よし。 私と生徒会長はサイレント・ゼフィルスへのおさえに、内側に敵の捜索は山田くんと教師部隊各員に期待する」
反論はいくつかあったものの、千冬はその都度理路整然と反論していく。
最終的に、指揮官である千冬が決めたこととして、そのまま千冬の配置がそのまま通った。
「小栗、少しいいか?」
会議終了後、部屋に戻ろうとした潤に千冬が声をかけた。
本音と簪も一緒に足を止める。
「いや、小栗だけに話があるんだ。 お前らは行っていい」
「――俺だけ、ということは狂犬のことですか?」
会議室に残る二人。
千冬が潤だけにしか話せない内容、そこから連想される事を口に出した。
「たいしたことでないんだが、ちょっと気がかりなことがあってな……」
「気がかり?」
「お前、あれが何で狂犬だと断定できたんだ? お前は何か知っているのか?」
「……いや、本当に直感ですよ? 妄言の類だと思いますけど」
「……――、専門家のお前がそういうなら信じるが。 お前……いや、なんでもない。 呼び止めて悪かったな」
「いえ、それでは」
潤が出て行った後、千冬は一人で考える。
普段の魂魄の能力を上回る距離から、正確に察知することの出来た制度と反応力の向上。
シックザールのパイロットの気に惑わされ、制度が落ちた戦い。
潤が名付け、以前自分がそう呼ばれていた『狂犬』というあだ名、知識の共有
――共感現象が軽レベルで発生しているのではないのか?
ついぞいえなかった一言だが、本人が何もないといっている以上、信じるしかない。
千冬は知っている程度だが、潤は体感できる。
その潤が、妄言、直感、その類だといっているのだから。
千冬は、その一言をここで言わなかった事を、後に痛烈に後悔することになる。
どんどん感想くれてもいいのよ?