高みを行く者【IS】   作:グリンチ

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社会人特有の短い夏休みを満喫しました作者です。
ISの戦闘って文章に起こすの難しいね。


2-5 信じてくれ、オレなら出来る

セシリアと一夏のクラス代表決定戦は、最初から一方的な展開になっていた。

そもそも起動時間が少ない一夏と、習熟訓練を積んでいるセシリアでは全てに明確な差がある。

そして双方の機体、ブルー・ティアーズは遠距離戦闘用、白式は近距離戦闘用と得意の距離が明白に分かれている。

代表候補性として訓練しているセシリアが、簡単に相手を懐に入れるはずもない。

 

「一夏……」

 

青が狙い撃ち、白が回避する。

そんな白が苦戦する代わりのしなしモニターを見つめているのは箒だった。

祈るようなことはしないものの、手は宙をさまよい握りしめ、ブルー・ティアーズの攻撃が命中するたびに名前が口から洩れている。

模擬戦が始まって暫くは無様な飛行を見せていた一夏だったが、次第に軽快な飛行を見せ徐々にブルー・ティアーズに迫っていく。

 

「一夏っ!」

 

飛び回るビットを切り付け、時にはかわし、ようやく四機破壊し白式は猛然と突き進むも、残りの二つのビット兵器に逆に追い詰められた。

ミサイル二つは、空を逃げ回る白式を追いかけ、遂には爆発と光をもって白式を包んだ。

 

「あれがファースト・シフトか。 生で見たのは初めてだな」

「小栗……」

 

隣に来た一夏と同じくISを動かせるもう一人の男、小栗潤が箒の隣に立つ。

画面は、機械らしい凹凸はなくなり、滑らかな曲線がまるで鎧のように見える真の白式が映っていた。

箒もその映像を目に入れながら、意識は小栗潤に向かう。

箒はこの男が苦手だった。

物静かで、表情を顔に出さず、自分に厳しい人間という好印象を感じる所も多々あるのだが、それでも箒はこの男が苦手だった。

何より一夏が「不機嫌そうな顔してる時なんかそっくり」と言っていたのが気に障る。

それに、なんというか、箒の武人としての本能が叫ぶのだ、こいつには勝てない、と。

同じ男とルームメイトになったという境遇から、潤とどういう距離感で過ごしているのかや、潤の印象を布仏に聞く機会があったが、割と好印象で紳士的と聞いている。

しかし、やっぱりこの男は好きになれないなと箒は判断した。

 

「小栗、一夏をどう見る」

「なんとも言えないが光るものは感じるな。 磨けばいい代物になるだろう」

「そうか」

 

仏頂面をした二人の顔は、一夏の見た通り良く似ていた。

画面に戻り、一夏は新たに呼び出した近接用ブレードでセシリアに斬りかかる。

そして―――

 

 

 

『試合終了! 勝者、セシリア・オルコット』

 

 

 

試合終了の合図がアリーナに響き渡った。

織斑先生以外、皆そろって『なんで?』みたいな表情で固まる。

格納庫に、なぜか疲れた声色で嘆息する千冬の声が響いた。

何が起きたのか分からない、といった表情の一夏が格納庫に帰ってくる。

出撃前の気合が入った面影はなく、未だに困惑しているのが手に取るようにわかる。

 

「……『俺は世界で最高の姉さんを持ったよ』」

「ぐうぅっ!」

「負け犬」

「ちょ、箒まで」

『大馬鹿者』

「ぐぬぬ……」

 

容赦ない罵声が疲れ切った白式纏う一夏を出迎えた。

ISでの戦闘はシールドエネルギーがなくなると勝負がつく。

一夏の専用機の唯一の武装『雪片弐型』は自分のシールドエネルギーを攻撃用に変換して使用する諸刃の剣らしい。

つまり、彼が負けた最大の要因は自分の武器そのもの。

 

『武器の特性を知らんまま戦うからそうなる。 明日から精進しろ』

「はい……」

 

その後もクドクド千冬から通信で文句を言われつつ、真耶からも少しずつ注意が飛び交う。

 

『小栗くん、セシリアさんのメンテナンスが終わったそうです。 教師として申し訳ないことだと思いますが、さっき話したことお願いしますね』

「分かりました。 任せてください、やり通して見せますよ」

 

潤は簡潔に返事をし、機体のチェックを済ませていく。

その後先ほどの先生二人と話した内容を噛みしめながら打鉄・カスタムの歩みを進めた。

 

「潤、セシリアは強いけど、勝てないわけじゃない。 勝って来いよ!」

「ブレードだけが武装のデータ取得機でどうしろという。 まあ、全力で期待に応えてみせるさ」

 

淀みなく準備を進め、カタパルトに両脚部を接続する。

 

「小栗だ、【 打鉄・カスタム 】出るぞ!」

 

全身に懐かしい負荷を感じ、潤はアリーナへ向けて飛び立った。

 

「織斑、小栗の耳にも入っているだろうから、お前にも言っておく」

「千冬姉?」

「学校では織斑先生だと言っているだろう。 まあいい、今後お前ら二人は嫌でも比べられていくだろう。 ……だからしっかり見ておけ。 自分のライバルの実力を」

 

そう言われてモニターを見つめる一夏の目には、高みを悠然と飛ぶ潤の姿があった。

 

 

 

 

 

アリーナの空で少し待ち、今度はセシリアがカタパルトから射出されて小栗潤と対峙する。

 

「来ましたわね……。 さぁ、負けた時の――」

「オルコット、織斑との戦いはどうだった?」

 

突然の言葉を遮る不遜な問いに、セシリアは少しむっとしたが先ほどの戦いに思いを馳せると感情は全てそちらに流れてしまった。

考えさせられる事が多かった。

気高く、そして強い瞳をした男。

 

「そうか、いい方向に行っているみたいだな」

 

潤は言いよどむセシリアの姿を見て呟く。

ISのハイパーセンサーでは、先ほどの小声もきっと聞こえているだろう。

 

「あなたも……、強い瞳を持っていますのね」

「へらへら笑いながら剣など持てん性分でな」

「先ほどの模擬戦、わたくしも思うところがありました。 今度は、確かめたいこともあります。 覚悟はよろしくて?」

 

その会話後、合図を待つまでもなく、潤はブレードを展開し、セシリアはスターライトmk-Ⅲを構えた。

幾ばくかの静寂の後――。

 

「さあ! 踊りなさい!」

 

手に持つスターライトmk-Ⅲの閃光が試合開始の合図となった。

頭部めがけ放たれたレーザーは、あろうことか直進したまま体を捻って回避される。

 

「あなたも無茶苦茶しますわね! 行きなさい! ブルー・ティアーズ!」

 

急接近する潤を前に、後方に逃げ延びながらビットで弾幕を貼って壁を作る。

先ほどの対戦を観戦していたと聞いていたので、最初から手加減抜きで挑むつもりだった。

そして何より、潤が初めてISに乗ったとされる飛行機エンジントラブル事故。

映像の画質は悪かったが、あれを見る限り機動制御に関しては代表候補生にも劣らない。

 

「猪口才な」

「メインは後、先に前奏をご堪能ください!」

 

近寄ればビットのシャワー、遠ければスターライトmk-Ⅲでの狙撃。

まるで雨が降り注ぐかのような幻想的な風景。

その雨は早情けも容赦も無いセシリアによる連続射撃の証だった。

 

「すげぇ、全部避けてる……」

「全くだ。 動画でも見たが、機動操作に関しては感嘆するほかない」

「潤がいきなりバッと急接近してるじゃん、あれなんだ?」

「瞬時加速、スラスターにエネルギーをためてドーンと接近する技術だな」

 

アリーナ外からモニターで観戦する一夏にも、セシリアの銃撃はモニター越しで観戦できた。

観戦している二人が食い入るようにモニターを見ながら呟いた。

二人がそう言う間にもISを纏った潤とセシリアはアリーナを縦横無尽に駆ける。

ともすれば遠距離を主体とするセシリアが主導権を握り、間合いを詰めよらせずに一方的に攻撃しているように見える。

しかし、よくよく目を凝らせば、その光が一条たりとも打鉄の装甲に着弾していないのが見て取れた。

 

 

 

セシリアは先ほどから命中弾を得ようと、必死の思いで狙いを定めスターライトmk-Ⅲを操っていた。

狙いは頭部、もしくは胸部か腹部。

装甲のある場所を狙って少しでも面積の広い場所をめがけて引き金を引く。

だが、空を飛び迫りくる男は回避行動すらあまりしてこないで突っ込んでくる。

いや、正確には首やら、胴体の捻りなどで絶妙に回避して前進し続けてくるのだ。

そして、僅かでも隙を見つければ瞬時加速で間合いを詰めてくる。

セシリアはその度、ブルー・ティアーズで自分に被弾するのも覚悟で弾幕を貼って対処していた。

 

 

上手い!

 

その言葉は、セシリアがこの戦いを通じて得た、偽りない好敵手への賞賛の言葉だった。

負けはしたが最後まで強い意志を持ったままだった一夏にも言えたが、潤もまた心技体全てにおいて素晴らしい力を持っている。

少なくともISの基礎ともいえる機動制御、という側面に関しては既に自分の領域に迫っている。

もしくは先にいるか……。

それが、今まで軽蔑してきた男の1人がなしている事に驚愕し、同じクラスに居る男二人が共に強い男であることが嬉しくなった。

 

「――くっ!」

 

――報告! 敵ISに着弾を確認

 

三度目の接近を払いのけた後、ブルー・ティアーズから促された情報にセシリア自身が驚愕した。

何かの間違いではなくって? と自機に聞き返しそうになった。

 

――着弾点を拡大表示、敵IS右腕に着弾

 

「もしかして……」

 

ISの全方位視界接続は完璧だが――。

もし、先ほどの手足への着弾が真実ならば勝算はある。

狙いを頭から腕に。

胸部狙いから足に変えて射撃を繰り返す。

放った四発のうち、その全てが僅かだが装甲を削っている。

 

――ビンゴ!

 

セシリア・オルコットはやっと明確になった勝利への道筋に、胸を躍らせた。

何時の間にか目標が『身の程を教える』から、『彼に完全に勝利したい』に代わっていることなどお構いなしに。

 

「鍛えられた動体視力と反射神経、素晴らしいですわ。 ですが、その高い能力が仇になりましたわね!」

「……言ってろ」

 

ISの全方位視界接続は完璧。

そして、小栗潤は高い反射神経と動体視力に任せて完全に回避してしまう。

スターライトmk-Ⅲと四つのブルー・ティアーズをもってしても、反応任せに潤は回避できてしまう。

しかし、その実潤の反応は、『自分の体にとって危険か否か』によって大きく変わる。

頭、胸、腹部、肩など、もし生の肉体に当たれば戦闘不能になる場所は完全に回避される。

しかし、生身の潤にとって、本来存在せずに回避しなくても当たらない場所。

ISを装備することによって変わった手足の長さの分は、対応しきれていない。

 

「左足、いただきましたわ!」

 

ブルー・ティアーズ、五番、六番を開放し、ミサイルを次々発射していく。

逃げ場を塞ぐようにブルー・ティアーズを本人にあたるかあたらないかギリギリの場所に斉射。

意識をBT兵器からスターライトmk-Ⅲに切替え左足を狙う。

 

「……お膳立ては整ったか」

 

何か潤が呟くも、ミサイルの爆発がその音をかき消した。

逃げることが難しく、さりとて逃げてばかりでは決着がつかずじり貧のまま終わる。

潤が選択したのは、手持ちのブレードでミサイルを切り裂き爆発させることだった。

一夏の白式とは違い、データ取得用の第二世代では機動制御に負荷を掛けすぎたため爆発を振り切れない。

自機が爆発に巻き込まれてもミサイルに刃を当てたのは、ミサイル無きその道筋こそがブルー・ティアーズへの最短距離だったからだ。

 

「さあ、フィナーレと行きましょうか!」

「それはお前のフィナーレかもしれないがな」

 

ミサイルの直撃からか、一気に消耗したシールドエネルギーを見てか、瞬時加速を用いながら潤が反撃に出る。

焦っているともセシリアは考えたが、スターライトmk-Ⅲの攻撃をスレスレで、しかも前進しながら回避してくる光景を見て心を引き締める。

彼は何も諦めてない。

ブルー・ティアーズを後方に移動させ、スターライトmk-Ⅲで乱れ打つ。

事もあろうか、潤は間合いを詰めながらブレードで弾き返していく。

打鉄に着弾しそうだった光弾はサーベルと激しく干渉した結果、地面に着弾し爆発、アリーナの遮蔽シールドに接触して消えるなどして殆どが打鉄にあたることなく消滅した。

 

「な、何の冗談ですの!? 高速接近しながら撃たれた弾を弾く!?」

「もらった!」

 

試合開始から約六分。

ようやく打鉄が本来の間合いに入ろうとしていた。

 

「ブルー・ティアーズ、五番、六番!」

 

セシリアが腰に装備されているブルー・ティアーズからミサイルを発射する。

理論上、ほぼ光速といえるレベルで飛来するスターライトmk-Ⅲの攻撃を、サーベルで叩き落とす力を持った相手。

不用意に接近されればすぐにも負ける。

仕切り直しの為に多少の自機へのダメージは仕方がない。

 

「読み通り!」

 

しかし、爆発は起こらなかった。

潤は相手がミサイルを射出しようとすること察すると、更に速度を上げて接近した。

信管は近すぎると作動しない。

ライフルも間に合わない、確実に一撃が入るタイミング。

 

「わたくしも、読み通りでしてよ!」

 

にやり、と。

確かにセシリアが笑うのが見えた。

 

「インターセプター!」

 

振りかぶった大きな隙を付いて、ブルー・ティアーズ唯一の近接武器が打鉄に突き刺さった。

 

 

 

『試合終了! 勝者、セシリア・オルコット』

 

 

 

僅かな戸惑いの後、一年生レベルでは滅多に見られない拮抗した試合に、惜しみない賞賛の拍手がアリーナを包んだ。

 

 

 

 

 

意気揚々と引き揚げるセシリアをISの視界にとらえ、潤もピットに戻っていく。

 

『小栗、よくやった。 上出来だったぞ』

『小栗くん、ありがとうございました』

「先生方が満足のいく結果になって嬉しいですよ」

 

プライベートチャンネルで、観戦していた二人の教師が通信してくる。

一夏がセシリアと戦う前、潤は織斑先生からある話を聞かされた。

 

『小栗、すまないとは思うが、この試合、負けてくれないか』

『……わかりました』

『理由は聞かないのか?』

『一夏と違って敏感なので、なんとなく理由は分かっていますよ。 一週間色々迷惑をかけたようですので』

 

朝昼晩の食事の時間には布仏本音。

昼休みの打鉄・カスタムの慣らし運転時には更識簪。

放課後、グランドや体育館では織斑千冬。

郊外に出れば更識楯無。

一人の教師を抜かせば共通した事柄が浮かんでくる。

それは、彼女たちが生徒会関係者であること。

 

『織斑を迎え入れるに当たり、当学園は結構な無茶をした。 篠ノ之を織斑のルームメイトにしてハニートラップ対策に、過去に起こったような誘拐事件等を防ぐために教師も腕利きの私と山田君を据え、生徒からも目を光らせられるよう代表候補生を入れた』

『しかし、俺が現れ予定が狂ってしまった』

『そうだ。 しかも、お前がIS学園に来ると決まったその日のうちに十人程の生徒が新たに学園に入った。 この意味、お前ならばわかるだろう』

『スパイ、もしくはハニートラップ。 エージェントの類』

『教師陣はこのことを憂慮し、外部からの干渉を想定して更識家の関係者をルームメイトにすることで、有事の場合はこちらから攻撃することも視野に入れた布陣にした。 二十四時間監視していたのは許してくれ、私たちは当初お前という人間を信用できなかった。 どんなに情報を集めても何も情報の出てこないお前がな』

『一週間二人ともに模範的な生活をしてきていますし、今では周囲も安定してくれていますが、今後もそうとは限りません』

『ひよっことはいえ今の状態でオルコットに万が一があると困る』

 

もし、イギリス代表候補生が素人に負けたらどうなるか。

イギリスの評判がガタ落ちするだろう。

候補生の名前をはく奪されるかもしれない。

専用機を奪われるかもしれない。

セシリア・オルコットは男子二人が所属する一組に手出ししにくくなるような生徒側の要でなくてはならない。

 

『だから、お前は『素人が見たら善戦した』と錯覚させるように戦い、最後に負けろ』

『私たちは教員ですから片方に肩入れはダメなんでしょうけど、お願いします』

 

そして、この依頼を胸に戦闘に臨んだ小栗潤。

手足の先という命中させづらい場所を狙い打たせるために一芝居うち、セシリアが厳しいコースを狙うことが出来たと判断した時には回避せず当たった。

何度か自分からあたりに行ってしまったこともあるが、千冬も、真耶も仕方がないと次第点を出した。

勿論小栗潤という人間が、専用機を持っているがどうとでもなると思われればそれもまた悪い。

故に完全回避に専念することもあったし、あと一歩で代表候補生に迫るところまで追い詰めもした。

 

 

これがセシリア・オルコット対小栗潤の間に起こった裏話の全てであった。


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