ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第三話

 

 

 

夕日を背にした巨大な高層ビル。

海岸線に近い開発地に建てられたコの字型の建築物は数ヶ月後のオープンを控えており、敷地内は照明でライトアップされている。

コの字の位置する空間には展望台でもある巨大な球体が浮かんでいた。

有刺鉄線の一部が破れ、真新しいアスファルトは靴跡がくっきり残り荒れている。

 

「ビンゴね。行くわ」

 

亜梨子は侵入者と同じく破れた部分を潜り、中へ入ろうとする。

 

「あの…どうして、亜梨子さんが?その警察……とか……」

 

亜梨子に付き添ってきた少女が彼女の手を掴んで止めた。

 

「警察に知らせたいの?」

 

少女は考え、直ぐに首を横にフルフルと振った。

亜梨子は微笑む。

 

「だから、あたしが行くわ。あたしも彼に会って確かめたいことがあるの」

「確かめたい……こと」

「虫憑きって一体、何なんだろうね?」

 

言い、亜梨子はにっこりと笑い掛ける。

少女はキョトンとした顔をする。

 

「お前らは、邪魔だ。ここに居ろよ」

 

二人が話している中、すぐそばから、声がした。

亜梨子達は驚いて振り返る。

そこには漆黒のコートを纏った少年が立っていた。

 

「余計な手出しをすると、怪我じゃ済まなくなるぞ」

 

ゴーグルで顔を隠した少年は冷たく言い放つと、亜梨子達の横を通り過ぎようとする。

だが、亜梨子は腕を掴んで止めた。

 

「あたしたちを尾けてきたのね」

「播本くんを、どうするつもり?まさか、殺ーー」

 

亜梨子の言葉に少女は青褪める。

 

「殺しはしない。"虫"を殺して、欠落者にするだけだ」

「……欠落者?」

 

亜梨子が首を傾げると黒コートの少年は律儀に意味を教えるつもりか、口を開こうとする。

 

「そこまでだ、"かっこう"。一般人に話す内容を越えている」

 

三人の前に白いコートを纏い、顔にはゴーグルを付け、頭にフードを被った少年が現れた。

突然、割って入ってきた白いコートの少年に黒コートの少年…かっこうが怪訝な表情を浮かべる。

 

「誰だ?お前」

「零番隊所属、火種五号"ギラファ"だ。隊長の命により、アンタをサポートに来た」

「"アイツ"の部下かよ。随分遅かったな」

「隊長と同じ同化型のアンタと一緒にしないでくれ。俺ら特殊型はピーキーなんだよ」

 

あんまりな言い様に白コートの少年…ギラファが呆れ混じりの非難する口調で言い返した。

 

「それよりも、だ。女の子と遊んでないでサッサと済ませようぜ?でないと、隊長が来てしまう」

「はっ?アイツ来ないって言ってなかったか?」

「事情が変わってな…」

 

ギラファはゴーグル越しに亜梨子を一瞥したが、かっこうは意味が解らずに困惑する。

 

「ほら、さくっと片付けちまおうぜ?」

「わっ、押すんじゃねぇ!」

 

亜梨子に掴まれていたかっこうの手を解き、彼の背を押してギラファはフェンスを乗り越えようとする。

だが、そんな二人に飛び掛かる影があった。

亜梨子の友人らしき少女だ。必死にしがみつき、叫ぶ。

 

「あ、亜梨子さん……!」

「ナイス、多賀子!」

 

少年達が怯んだ隙に、亜梨子は破れたフェンスを飛び越えた。去っていく後ろ姿を二人は見送る。

 

「おい、どうすんだ?」

「ヤバい、ヤバい、ヤバい、ヤバい…殺される、殺される、殺される、殺される!!」

 

亜梨子に逃げられ、かっこうが聞いているのにギラファは錯乱したように喚き出した。

 

「全く……おい、早く離せ」

「離したら……潤くんに何かするんですよね?」

「それが仕事だからな」

 

それが少年の与えられた任務である以上、立場上、彼にやらないという選択肢はない。

 

「なら離しません。亜梨子さんの邪魔もさせません」

「あのなぁ、遊びじゃねぇんだよ。四の五の言ってると力づくでーーー」

 

黒コートの少年が剣呑な雰囲気を醸し出すのを感じ、少女…九条多賀子は目をぎゅっと瞑り、恐怖心を押し殺して二人を逃がすまいと更に腕に力を込めようとしたその瞬間。

 

「漫才をしている場合か?」

 

頭上から冷酷な声音が振ってきた。

二人を拘束していた腕から力が抜け、だらりと多賀子の身体が弛緩した。

二人は何事かと戸惑いつつ、気絶したらしい多賀子の身体から逃れ立ち上がる。

 

「"ギラファ"。お前がついていながらなんだ?この体たらくは?」

「た、隊長…」

 

声を掛けられ振り返ると、そこにギラファの上司にである裴晴がホルス聖城学園の制服のまま、腰に手を当て、不機嫌そうに立っていた。

 

「お前もだ。かっこう。一般人相手に何を遊んでんだ?」

「遊んでたわけじゃねぇよ」

 

かっこうが肩を竦めて答えた。

 

「お前はどうしたんだよ。今回は傍観者じゃなかったのか?」

「……ウチのお転婆娘は来てないか?」

「…あぁ…あの女か。知り合いなのか?」

「共通の友人がいるんでな。知らない仲じゃない」

 

曖昧な回答に、かっこうは怪訝な顔をするが深く追求はせずに、フェンスの向こうへと視線を移した。

 

「これ以上、邪魔が入る前に終わらせるか」

「そうだな。ギラファ、かっこうのフォローに回れ。奴の居場所を突き止めろ。俺はーー」

 

と、この後の行動を言い切る前に裴晴が何かに導かれるように視線を高層ビルのある一角へ向けた。

 

「どうした?」

「場所が割れた。彼処のフロアに亜梨子さんと播本が居る」

「何で分かるんだよ」

「俺の"虫"の能力だ」

 

裴晴は詳しい説明はせずにそう告げると、かっこうとギラファに向き直った。

 

「二人は播本の所に。俺はバックアップとして控えておく。顔バレするのはゴメンだからな」

「分かった。おい、行くぞ」

 

かっこうがギラファを伴ってフェンスを飛び超え、ビル内部に侵入していった。

ビルの中へ消えていく二人の背中を見送ると、裴晴は目標のフロアへ再び目を移す。

 

「……やっぱり…そこに居るんだな"摩理"」

 

確かにタツノオオムカデは他の虫を感知する特性を持っている。

しかし、今感じたのは捕獲対象のものではなく、裴晴にとって半身に等しい最愛の少女の気配がするのを感じとったのだ。裴晴は二人のフォローをする為に少し回り込んでビルの敷地へと足を踏み入れていった。

階段を上がり、上のフロアへと移動していくと、戦闘が開始され始めたようで、破砕音と衝撃による振動が響き、外を見るとキラキラと窓ガラスの破片が落ちていった。

 

(穏便にいかないのは毎回の事か)

 

特環に入局以来、素直に確保された虫憑きなど、裴晴は片手の指程度しか知らない。

だから今回の捕物もタダで終わるとは考えていなかった。別にモノが幾ら壊れようが、顔も知らない他人が傷付こうが裴晴にはどうでもいい事だ。

彼にとって尤も優先すべきなのは、亜梨子の身柄と彼女に取り憑く摩理の分霊…モルフォチョウである。

亜梨子と摩理は裴晴にとって唯一の弱点と云えた。

徐々に目的のフロア近くの階に差し掛かると、ビルの窓ガラスから衝撃がきた。

まるで爆発を起こしたかのように一斉にガラスが砕け散る。

 

(これはまた…)

 

いつにもまして激しい戦闘だな、と完全に第三者の目線でその光景を眺めていると、虫の残骸らしきものと一緒に小柄な人影が落下していくのが目に止まった。

 

(っーな、にやってんだーー!)

 

条件反射に近い反応速度で、裴晴は割れた窓ガラスから外に飛び出た。

上から下へ向かう地球の重力に逆らい、落下する"亜梨子"を抱え込むと、裴晴は腰辺りから彼の武器である強靭で硬くしなやかな触手を四本生やし、ビル壁面に突き立てた。

 

「あああああーーー!!」

 

咆哮を上げる。

ビル壁に突き立てた触手は刺した箇所で止まる事はやはり不可能であった為、壁面を破壊しながら勢いを殺していく。

どうにか叩きつけられる前に、落下の速度を相殺し、無傷で地面へ降り立った。

息を荒らげながらも、裴晴は抱えていた亜梨子の身体を地面に横たえた。

 

「全く…生きた心地がしなかったぞ…こいつめ」

 

悪態を突きながら、気絶している亜梨子の頭を小突いてやる。

うーん、と唸り返してきたが無意識で口に出たものらしく、手に見慣れた"銀槍"を握りながら起きる気配はまるでない。

このまま放置していこうかと悪い考えが脳裏を過るが、安心の観点から裴晴は眠る亜梨子を抱え上げて、背中に背負うとこの場から立ち去ろうとする。

 

「どういうことか説明しろ」

 

足を踏み出そうとしたその時、背後から鋭い声が聞こえてきた。振り返らなくても、一体誰か分かっていたので背を向けたまま、返事をする。

 

「何の話だ?」

「惚けんな。そいつは俺やお前と同じタイプの虫に憑かれてた。けど、そいつ自身と一体化していなかった。どういう訳だ?」

 

どうやらタイミング悪く、かっこうにモルフォチョウの姿を見られたらしい。しかも、物体に同化して武器化したのも目撃されたようだ。

裴晴としては芳しくない状況である。

どう説明したものかと、思案していると背負った亜梨子の身体が愚図りだすのを感じた。

 

(ヤバい…しくじった)

 

亜梨子を背負いながら裴晴は冷汗を流す。

かっこうの追求から逃れるよりも厄介な相手に絡まれそうだった。

背中から感じる気配で亜梨子が完全に覚醒しようとしているのを処刑台に上がる囚人の気持ちで待っていると、彼女は目を覚ました。

 

「は、い…せいくん?」

 

亜梨子が気絶から起きて最初に目にしたのは、いつも顔を合わせている少年の横顔であった。

裴晴はここに及んで下手な言い訳を考えるのは止め、彼女と普段通りに接し始めた。

 

「おはよう、亜梨子さん。随分と派手な登場だったね」

「ふぇ?あれ、あたし…なんで。裴晴くんもどうしてここに居るの?」

「覚えてない?ビルの上層から落ちてきたんだけど」

 

裴晴は窓ガラス全面が割れ、多大に壁面が損壊した高層ビルだったものを指差した。

 

「そ、そうよ…あたし、落ちたはずなのに、なんで生きて……」

「摩理の思し召しかな?都合良く俺の目の前に落ちてきたから助けられたよ」

 

冷静に考えると本当に神がかったタイミングの良さであった。

 

「あ、あの高さよ!?ど、どうやって?!」

「種明かしはまたの機会にしよう。それよりも後ろの輩に色々説明しなきゃならないんだが…良いか?」

「へ?」

 

裴晴が顎で背後の方にいるかっこうを指すと、亜梨子は彼の姿を見た瞬間、忌々しげな表情を浮かべた。

 

「どうして、コイツが居るの?多賀子はどうしたのよ?」

「大人しく寝てもらった。命に別状はねぇよ」

 

律儀に多賀子の安否を知らせると、かっこうは話の本題を切り出す。

 

「答えてもらうぜ?"オオムカデ"。なんでその女は虫憑きでもないのに俺らと同じ"虫"を持ってんだ?」

 

かっこうから裴晴への質問に亜梨子が一番驚いた表情を露わにした。

動揺はしているようだが、亜梨子は声を荒らげて喚き散らすこともなく、裴晴の代わりにかっこうの質問に答える。

 

「私の"虫"じゃないわよ?この虫の持ち主は意識不明でずっと寝たきりなの」

「はっ?他人の"虫"に取り憑かれたっていうのか?あり得ない」

「そうは言っても実際そうなんだもの」

「…どうして、虫憑きに関わろうとする?」

「知りたいから」

「何を?」

 

亜梨子は裴晴に背負われたまま、唇を噛み、言う。

 

「虫憑きって一体何なのか……どうやって生まれて、そして…どうして、あんな終わり方しか出来ないのか……」

 

亜梨子の言葉を聞き、裴晴とかっこうは押し黙った。

ただの興味本位ではないことは気づいていたが、そんな事を考えていたとは、裴晴も知らなかった。

 

「君らしいな…」

「……?」

 

裴晴の苦笑混じりの呟きに亜梨子は首を傾げる。

一体、何が亜梨子らしいのか全く意味が分からなかったが馬鹿にされている訳でないのは声音から察せられたので深く追求はしなかった。

 

「だ、そうだ。納得したか、"かっこう"?」

「あぁ…。でも、本部には報告する。良いな?」

「やむを得ないだろうな…」

 

実際、今の今まで隠し通せていたのが奇跡だ。

これで八重子に弱みを知られる形となったが、亜梨子は裴晴の後援者の一人娘である。

裴晴を追い落とす為に特環にも多大な影響力を持つ彼の機嫌を損ねる真似はしないはずだ。

 

「そういえば…"ギラファ"はどうした?」

「アイツなら播本を移送させに行かせた。駄目だったか?」

「いや、構わないよ。今のお前の所属は零番隊(ウチ)だし、俺と同じ一号指定だ。部下は好きに使ってもらっていい」

 

と、言って裴晴は亜梨子をおんぶしたまま、その場を離れていく。

 

「ち、ちょっと裴晴くん!もう、大丈夫だから下ろしてよ?!」

「駄目だ。人に心配を掛けた罰だ。暫く辱めを受けるといい」

「な、なによ、それぇ!?」

 

ぎゃあぎゃあと暴れて文句を言う、亜梨子を無視して裴晴は歩みを進めた。

 

「お疲れさん、かっこう。また本部で会おう」

「あぁ…」

 

背中を向けたまま、かっこうに別れの言葉を告げると夕日に染まる高層ビルの敷地を後にする。

彼らの無事を祝うように、銀色のモルフォチョウが翅を羽ばたかせ、空を舞っていた。

 

 

 


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