ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第六話

 

 

 

支柱とゴンドラを足場に裴晴は亜梨子達の乗るゴンドラへと駆け上がる。

中央本部から派遣された戦闘班の"虫"達は高速で移動する裴晴に気付かず、その異形な強靭な肉体をゴンドラへとぶつけていく。更には支柱を攻撃するように鋭い、大きな爪が虚空から生え、支柱を激しく攻撃的していた。

だが、支柱やゴンドラ本体の損傷は支柱を庇うように張り付いている光輝く"キリギリス"によって瞬く間に修復され、かろうじて大惨事に至る事がないように危うい均衡が保たれていた。

裴晴は一先ず、ゴンドラへの攻撃を中断させようと、襲い掛かっている分離型の虫憑きに接近する。

 

『よっーーと!』

 

同化状態になって出せる鋭く強靭でしなやかな尾のような触手を四本、腰の辺りから生やし、正確無比な速さを持って、飛翔する"虫"へ虚空で擦れ違いざまに叩きつけた。

飛び回る"虫"達は叩かれたハエの如く、四方へ吹き飛んでいく。

 

『おっ…と、と』

 

器用に身体制御をし、姿勢を安定させながら裴晴は亜梨子達の乗るゴンドラの屋根に着地した。

 

「な、なに?」

「だ、誰か飛び乗ってきたみたいですけど…」

「う、嘘…一体、誰が…」

 

突然、ガタンと音を立てた天井に中の彼女達は困惑する。亜梨子はゴンドラの窓を開けて顔を出す。屋根の方を見上げると大助が着ていたモノに似た黒いコートに髑髏の仮面を付け、フードを頭から被った裴晴を発見する。裴晴も亜梨子が顔を出したのに気付くと仮面越しから視線を交わせた。

 

『中の少女に支柱の修復にだけ、意識を割かせて消耗を避けさせろ。ゴンドラの方は俺が護る』

「………」

 

コクリと無言で頷き返すと、亜梨子が頭を窓から引っ込めて中の少女へ裴晴の指示を伝える。

仮面で顔は分からず、声音も変声器を使っているので人物を断定する事は難しい。

しかし、亜梨子は屋根に居る存在が、自分の良く知る少年だという事を薄々だが理解したのだ。

 

『さてーー()るか』

 

欠落者にしない為、本気は出さず、迎え来る虫をつゆ払うだけ。

加減は難しいのだがやるしかない。

四本の触手が裴晴の背後でゆらゆらと蠢き、体勢を整えて舞い戻ってくる虫に対して迎撃の姿勢を取る。

"虫"達も宿主からの命令がある以上、襲撃を止めるということはないが、先程思い切り吹き飛ばされたせいで、裴晴を激しく警戒し、一定の距離を取り、攻撃してこようとしない。

体当たりしかしてこなかったのを見るに先のように迎撃される愚は犯さないようだ。

飛行型でも遠距離からの攻撃方法がないのか、又は他のゴンドラに余り被害が出ないよう加減しているのか、どちらかだろう。

 

(下手に攻めて来られるよりは良いがーーっ)

 

周囲を旋回し、睨み合いが続いていたその時…支柱を攻撃していた爪が裴晴から近い空間に現出して強襲してきた。

迎撃体勢だった触手が反射的に高速で振るわれ、爪を薙ぎ払う。

爪は触手に当たると霞のように霧散し形を崩した。

 

(特殊型…しかも、この能力は…確か"霞王"って奴だったか?)

 

記憶の中にある該当する虫憑きを思い浮かべる。

決まった形状形態を持たない黒い霞を媒体とする多種多様に応用が効く能力。

憑いている"虫"は"死番虫"だったはずだ。

 

(《蟲喰らい》を使用出来ない以上、物理攻撃手段しかない。 簡単に退場はさせられないか…)

 

特殊型の殆どは分離型と異なり、確かな実体を持った"虫"ではない。故に特殊型の虫を殺すには物理による攻撃は有効ではなく、自然干渉系かそれに類する能力が必須となる。

裴晴の"虫"は特殊な能力を有してはいるが、それを使えないからには有効打を与えられない。

面倒だがゴンドラが下に降りるまで迎撃のイタチごっこを続けざる負えなくなった。

旋回する虫達は裴晴が霞を凝固した爪に意識が割かれたのを見て、体当たりを再開しようと勢いを付けるが……

 

『舐めるなーーー』

 

"死神"の手が虫達を再び叩き落とす。

例え、爪の方に注力していても他が蔑ろになる訳がない。

そもそも、裴晴の戦闘スタイルは多対一に向いている。

爪を迎撃しながら他の虫を落とすくらい訳なくやってのけられた。

千日手のような攻防が繰り広げられている間、ゴンドラは下降に入り、地上の側までやってきた。

あともう少しでこの遣る瀬ない攻防にケリが付くと、思っていた矢先、

 

(っーーなんだ?)

 

ピタりと特別環境保全事務局の攻撃が止んだ。

裴晴も動きを止めると、次の瞬間…ゴンドラを襲っていた"虫"達が何者かの攻撃を受けて、地上へ墜落していく。

裴晴との戦闘を利用し不意を突くよう形で、ゴンドラを包囲していた"虫"達へ逆に襲い掛かっているのは、やはり翅を広げた"虫"達。

まさか、こんな場所で仲間割れを始める輩は特環局員に居ない。

となれば、

 

『いち、に、さん、し…と四匹か…彼女の仲間数と合致するな…』

 

呑気に数えた逆襲する"虫"の数は四。

長身の少女の仲間と同じ数である。

現状から導き出される答えは一つ。

 

『一杯食わされたな。 あの阿呆どもめ』

 

ヴェスパーから聞かされた時から違和感はあった。

追い詰められて仲間を売る位なら、ここまでわざわざ逃走してくる必要はない。

追い詰められた、ではなくおびき出された……自分達に充分勝機が見られる戦場に誘導されたと見るべきだ。

裴晴の乱入というイレギュラーがあっても動揺もなく寧ろ利用して奇襲を仕掛けた事から行き当たりばったりの策にしては効果的で、してやられたと反省すべきだろう。

隙を突かれ、たった四体の"虫"達による奇襲で、特別環境保全事務局の"虫"達は次々と打ち斃されていく。

 

『結局、連中の尻拭いか…全く勘弁してーー』

 

激しい揺れはある中、ゴンドラがどうにか地上に辿りつこうとしたその時…

 

"ドォーーン!!"

 

砲撃音が木霊した。

大砲でも打ったかのような轟音。

 

『なんだっ?!』

 

驚きながらも冷静に音の発生点と思われる方向へ目を向かわせた次の瞬間、背筋に悪寒を覚えて裴晴は触手で自分の身体を覆い、対ショックの姿勢を取った。

 

『ぐっーーー』

 

防御に用いた四本の触手の内、二本が高速で飛来した何かに抉られた。感覚的にそこまで大きな代物ではない。

大口径の銃弾に何らかの強化を施したものだと、瞬時に把握した。

威力の衝撃に体勢を崩し、裴晴の身体がゴンドラの屋根から墜ちる。

誰かが名前を呼ぶ声が聞こえた気がしたが、それを確認するよりも裴晴は身体が地面に叩きつられる前にと、残った触手を巧みに操り、ゴンドラから少し離れて着地する。

 

『随分な真似をしてくれる…』

 

自分でなければ死んでいた。

主犯に心の中で悪態を付きながら、着地と同時に観覧車を見上げると夜空を飛んでいた四体の"虫"も裴晴同様に狙撃され、翅を撃ち抜かれて地上に落下してきていた。

亜梨子達が乗り合わせたゴンドラも地上に無事到着した。

すると、地上で待機していたのか。

髪を逆立て、ゴーグルで顔の大半を覆い隠し、漆黒のコートを翻した人物が佇んでいた。

片手に握っているのは既に"虫"と同化を果たし、一体化した大型の自動式拳銃。

黒色の悪魔が握る拳銃から無数の触手が飛び出した。

それらは瞬時に彼の身体に巻き付いていく。

ゴーグルを被った頬に緑色の模様が浮かび上がった。

 

「寧子っ!」

 

強引に開け放たれたゴンドラの扉と黒色の悪魔の間に傷ついた四体の虫が割って入った。

黒色の悪魔は立ちはだかる"虫"達に向けて拳銃を構える。

 

「やめ……てーーー」

 

長身の少女が顔を歪めて懇願し、手を伸ばす。

 

「やめさせるっ!」

 

亜梨子が吼えた。

それに呼応するようにモルフォチョウが開け放たれたドアからゴンドラに舞い込む。

亜梨子が咄嗟に握った金属の取っ手に停まると全身から銀色の触手を伸ばす。

触手は取っ手を引きちぎり、自らの躰を変形させて巻きついていく。

銀光を放つ四枚の翅が開き、一対は槍の刃と化し、残る一対は銀色の鱗粉を周囲に解き放つ。

漆黒のコートを纏う悪魔の握る拳銃から再び業火を噴いた。

 

「……っつ!」

 

亜梨子が四体の"虫"を守る為に銃口の先に躍り出て、直前で手にした銀槍で銃弾を遮った。

衝撃がゴンドラまで突き抜け、開け放たれたドアは吹き飛び、シートを残して屋根が無残に砕かれた。

 

「ちっーー」

 

舌打ちと共に、黒い悪魔、改め"大助"が"虫"めがけて拳銃を構え直す。

 

「やめなさい!」

 

怒鳴り、亜梨子が返す刀で頭上から振り下ろそうとしたが、

 

『両者、下がれ』

 

底冷えのする感情の起伏ない声音がその場に響いた。

それと共に本当に気温が下がったのではないかと錯覚するほどの冷たい殺意の波動が広場を満たしていく。

槍を掲げた亜梨子は勿論、拳銃を構えていた大助の動きがピタリと静止した。

それほどまでに"声の主"から放たれる覇気が彼らやその場に居た関係者の行動を著しく制限させた。

 

『"かっこう"、銃を卸せ。 その銃口の先は敵に向けてるつもりだろうが、その銃口は俺に向けているに等しい』

 

パンパンとコートの砂埃を払いつつ、裴晴が静かな足取りで近寄りながら言った。

 

「誰だ。お前」

『あぁ……そういえば、お前に俺の任務時の服装を見せるのは初めてだったか。 なるほど、先の銃撃は反抗行為ではなく、敵対者に対する銃撃だったか…』

「えっ……もしかして"オオムカデ"か……?」

『良かったな。相手が俺でなければ、あの一撃は死んでいたぞ?』

 

大助が拳銃を握る手を無意識に降ろした。

敵だと思って銃撃した号指定相当の手練が現在の上司である。

その動揺は計り知れないだろう。

しかも、その上司は仮面越しでわからないが、恐らく冷笑を浮かべて自分を見ている。

怒った姿を見たことがない上に、余りに静かな殺意をヒシヒシと当てられ、嫌か予感しか感じない

後で何をされるか分かったものではないと、大助はおとなしく頭を下げる。

 

「…悪かった…」

『謝罪から入るのは殊勝な心掛けだ。 別にいい、今回は俺にも非があった』

 

謝る大助に裴晴は初めて冷徹な口調を崩す。

凍りついていた空気が少しばかり和らぐ。

 

『さて…では、改めて任務に移るとするか』

「ーーっ」

 

髑髏の仮面越しの鋭い視線が亜梨子と長身の少女に向けられた。側には裴晴と大助が会話している間に来たのか、彼女の四人の仲間達も合流している。

亜梨子は背中に冷や汗を流しながら、眼前にいる特別環境保全事務局の局員としての裴晴と相対する。

 

『夜森寧子を売り渡したと見せ掛けて背後から奇襲を掛けるか…阿呆な戦闘班連中相手なら有効策だったな』

 

敵である四人へ賞賛の台詞を送り、騙された仲間へ侮蔑を込めて吐き捨てるように言った。

 

『だが残念、チェックメイトだ。大人しく同行してもらおうか?』

 

裴晴の宣告と共に大助が彼の横から再度拳銃を構えた。それに続く様に広場の並木林から白いコートを翻し、五人の特環局員が姿を現わす。

一人一人が並の気配ではなく、高い練度が垣間見えた。

裴晴の配下、零番隊隊員達が誘導を終えて集合したのだ 

長身の少女ーー夜森寧子の仲間達が自分達の"虫"と共に裴晴達へ向かい合う。

 

「逃げろ、寧子! こいつらは、俺達が何とかする! 

せめて道連れに……!」

「寧子、せめてアンタだけでも……!」

 

決死の覚悟で盾となろうとする寧子の仲間達。

こんな状況だからこそ、麗しき友情が花開くのだが、裴晴は彼らの覚悟を決めた態度に対して、疲れた様に溜息を吐きながら、大助の持つ拳銃に手を置いた。

 

『当初、君達を襲ったバカどもと一緒にしないでくれないか?』

「何を言ってーーー」

『夜森寧子、飯塚 明、志川真琴、氏森香菜。インディーズバンド《CRAWL(クロール)_LIVE(ライヴ)》のメンバー。赤牧市内だけではなく、関東圏では多大な人気を誇り、メジャーデビューも間近だったか? 凄いな』

 

困惑する仲間の一人の言葉をぶった切り、裴晴はつらつらと五人のプロフィールを口にした。

 

『しかし虫憑きになった以上、今まで通りに生活は出来ない。 全ての虫憑きは"虫"を暴走させる危険を孕み続けているからには、管理下に入ってもらうしかない』

「……だからって大人しく殺されろってか!」

『話は最後まで聞け』

 

裴晴は興奮するメンバーを宥めながら話を続ける。

 

『本来なら君ら程度の虫憑きは欠落者にして連行するのが通例だが、今回に限り話が違う。 俺は君達を勧誘しに来た。 そちらの夜森さんの"虫"の修復能力は非常に貴重な部類でね。 できれば、我々の仲間になってもらいたいんだ』

「それって、寧子を売れって事じゃないのか?! さっき俺達がやったみたい!」

『そうかもな。だが、君らにそう選択肢はないだろ? このまま、この場で逃げるために戦い続けていくか、又は我々と共に来て戦うか。大した違いはないがどちらにせよ、地獄への転落切符しか渡せない』

 

勧誘と言いつつも多分に脅しの要素が強い。

酷い詐欺師の手口を見せられているようであった。

彼らには最初から選べる選択肢なんてものなかったのだ。

でも…

 

「……戦う……」

 

寧子が口を開いた。

 

「そう……私達はまだ戦い続ける事ができるかな……」

 

寧子が顔を上げ、視線を一度亜梨子に、そして次に裴晴へと向けた。

 

「たとえ、どんなに辛くても…自由を奪われることになっても……生きてさえいれば、いつかきっとまた歌える…はずだよね……悪魔に魂を売ってでも、生き続けていれば……」

 

その場に居る全員の視線が、寧子に集まる。

今にも張り詰めた空気が弾けそうな中、寧子が深い溜息を零した。

溜息のはずなのに、そこには諦観の色はない。

何か決意のようなものが感じられた。

 

「"夢"を諦めない限りは…な」

 

裴晴が髑髏の仮面を外し、素顔で寧子と対面する。

彼の行動に零番隊全員から驚きの気配が漏れた。

それもそのはず…裴晴の素顔を知るのは本部長クラスの上位の職員か、同じ部隊のもの、局員で親しくした者以外は知らない。

まだ、局員にもなっていない虫憑きに素顔を晒すなど初めてのこと。

それだけ、寧子が裴晴の眼鏡に叶った事を示唆していた。

 

「君はこの先、地獄であろうと"夢"をが抱いて駆け抜ける覚悟はあるか?」

 

フードを被っていているが素顔を晒した裴晴の問いに寧子は消耗した蒼白い顔をしながら言う。

 

「さっきの…貴方の言葉は…信じていいの?」

「……零番隊隊長、千堂裴晴の名に掛けて誓おう。俺の保護化にある以上、何人たりとも君達を害しはしない」

 

大観覧車で起こった事件は、裴晴の誠意ある説得と信じるに足る対応によって誰一人欠けることなく、最後には穏やかな形で幕を降ろした。

 

 

 


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