ムシウタ:re   作:上代 裴世

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第三話

 

 

 

時計の針が午前一時を差した頃。

裴晴は同化させ黒化した制服姿にドクロの仮面を付け、月明かりの無い街中、雑居ビル群の屋上を足場に縦横無尽に駆け抜けていた。

目的は摩理とは違う意味での"狩り"。

 

彼の"虫"の能力の一つである《蟲喰い》に欠かせない行為。

 

裴晴の"虫"であるタツノオオムカデは、同族である"虫"を糧とし、際限なく力を増大させていく特性を持つ。

走力、腕力、膂力、肉体硬度を飛躍的に高めると共に内外傷に対する肉体の自己修復するなどと個体として最大級の身体能力強化がなされる。

また同化すると腰辺りからムカデの尻尾に酷似した触手を複数展開することができ、それを己が手足の様に自在に操り、多対一の状況でも無類の強さを誇る。

 

更にもう一つ。

現状、"始まりの三匹"…裴晴を虫憑きとした個体、アリア・ヴァレイと彼自身しか知らない能力がある。

その能力を行使する為にも、《蟲喰い》はとても重要な要素となるのだ。

 

「……や、やめて…くれ」

 

だから、裴晴は虫憑きを狩る。

どれだけ喚き泣き叫ぼうと慈悲の心はない。

目に映るのは彼にとって等しく餌だ。

 

「……これで27匹目…」

 

裴晴の腰より伸びる四本の鋭利な触手が、尻餅を付いて後退り逃げようとする少年の傍らにいる"虫"を容赦無用に蹂躙する。

原形を保てなくなるほど滅多刺しにされた少年の"虫"は断末魔を上げる暇もなく、光となって消失した。

"虫"を殺された事で少年の瞳から光が失われていく。

 

ーー欠落者

 

"虫"を殺された者の成れの果て。

自我を失い、他者からの命令なしには動かない人形の様になり、廃人と化す。

その姿を裴晴は一瞥すると、プリペイド携帯を取り出して119番にコールを掛けた。

 

「急患です。○○丁目の路地裏に救急車を一台お願いします」

 

通報を完了すると、裴晴はビル壁を足場に跳ね昇り、

廃ビルの屋上に上がると、光が灯る街並みを見渡した。

 

「さて…次の獲物はどこに居るかな?」

 

一度肉体と同化させていたタツノオオムカデとの同化を解いた。

裴晴のタツノオオムカデは他の"虫"の接近を知らせるセンサーの様な能力も備わっている。

それを使い、効率迅速に彼は狩りを推し進めていた。

一度同化を解かなければならないのが、欠点ではあるが、他者の"虫"を察知出来るだけでもかなりの有利性があるので文句はいえない。

少しばかり待っていると肩に乗ったタツノオオムカデがアゴをガチガチと打ち鳴らし出した。

どうやら次の獲物が掛かったようだ。

タツノオオムカデが、裴晴と同化する。

禍々しい"黒"が身体中を覆い、裴晴の身体に模様が刻まれ浮かび上がる。

 

「今夜は少し多いな」

 

普段では有り得ないペースで狩りが進んでいる。

別にそれは裴晴の目的としては喜ばしい事であるが、何か腑に落ちないものがあった。

 

(何者かの意思が働いているのか?)

 

年月を経るに連れて前世の記憶や知識が薄れてきているせいか、思いがけない事態に直面する事が最近多くなった。

摩理を生存させるという行為はこの世界の進み方としてあってはならない事態だ。

本来なら、世界の修正力とも云える力が働いてもおかしくはない事態であるにも関わらず、そんな兆候も見られない。

原作通りに世界が進んでいるのはある意味で喜ばしい事ではあるが、知識が少しずつ薄れていくと裴晴の最大のアドバンテージが無くなる。

 

(ま、虫憑きになったからプラマイゼロといったところだけど)

 

知識を失う代わりに、力を手に入れたと考えれば悪くない対価交換だ。

なにせ、裴晴の"虫"はアリア・ヴァレイの産み出した同化型虫憑きの中で相性的なものを抜かせば、紛れなく最強だ。

うまく立ち回れば、摩理に憑くモルフォチョウにも引けは取らないだろう。

無いものねだりはせず、現にあるもので打破していくしかない。

思考を巡らせているうちに現場に到着すると、そこでは既に戦闘が勃発していた。

分離型と呼ばれる虫憑きの宿す巨大化した"虫"が三体とその主と覚しき三人の少年、そして身に覚えのある銀の光。

 

「また…抜け出したのか…」

 

怒りを通り越し、呆れとなる。

今日も亜梨子という暴風のような少女のマシンガントークで気力体力が削がれて疲れ眠っていると思っていたが、存外適応能力が高かったらしく、元気に狩りに来ていたらしい。

 

ともあれ…このままでは折角の糧が摩理によって台無しにされてしまう。

既に一匹は摩理の銀槍の一閃で殺されてしまった。

残り二匹を殺らせる訳にいかないので裴晴は入り乱れる戦場にムリヤリ、姿を表した。

裏路地に吹きさす銀粉を散らし、"漆黒"が二者の間に降り立った。

着地でコンクリートの地面が割れ、小さな粉塵が周囲に舞う。

 

「なっ…」

「コイツは…?!」

 

粉塵が晴れ、裴晴の姿を確認すると生き残っていた少年二人が瞠目し、恐怖と驚愕が入り交じる声が漏れた。銀槍を振り回していた摩理も裴晴の出現にピタリと手を止め、身体を硬直させる。

 

「…"黒い死神"……都市伝説じゃなかったのかよ!?」

「ちっ!」

 

二人の少年は巨大化した虫を引っ込めると背中を見せて全速力で裏路地の反対方向へ逃げ出した。その後ろ姿を見据えながら、裴晴は背後にいる摩理へ告げる。

 

「アレらは貰う。構わないな?」

「……好きにして」

 

了承を得ると、裴晴は逃げる二人を追走していった。

同化によって強化した脚力は一息に二人を捉える。

腰辺りから伸ばした鋭利な触手が二人の身体に巻き付き、動きを拘束した。

 

「くっ…そ…はな、せ」

「……なん、で…貴様が…"ハンター"をかばう…?」

 

二人の少年は抜け出そうと抗うが、触手の拘束から抜け出すには、並みの子供の筋力では不可能。

意識はあるので、己の"虫"を使って触手を断ち切ろうと試みるが…

 

『キシャアアアア!?』

 

巨大な虫二匹は残った触手二本に串刺しにされた。

完全に殺すには至らず、地面に針で縫い付けられた様に固定され動けずに身体をジタバタさせる。

 

「エルビオレーネの虫憑きの中ではハズレだな。お前らは……弱すぎる。俺の糧となれ」

 

大人しく喰われろ。

本体を刺した触手が紅く発光し、まるで体液を吸い上げる様に"虫"の身体に蓄えられているエネルギーを吸収する。

 

「い…いや…だ…忘れたく…ない」

「や、やめて……殺さないで…助けて…」

 

虫は悲鳴じみた叫びを轟かせる横で宿主である二人の少年がこれから身に起こる欠落の恐怖に声を振るわせる。

裴晴は懇願に耳を傾けず、無情に虫達を吸い殺した。次の瞬間、二人の少年達は力が抜け落ち、身体を弛緩させ、瞳に感情の色が何も映らなくなった。

欠落者となった二人の少年を裴晴は触手の拘束から解いて、地面に横たえさせた。

再び携帯を取り出し、119番に通報すると踵を返す。

 

「律儀ね。貴方」

「まだ居たのか」

 

振り返った先には帽子にマフラーで顔を隠し白衣とハーフパンツ纏う姿…狩りをするときの服装をした摩理が銀色のモルフォチョウを従え、道を塞いでいた。

 

「さっさとこの場から離れた方がいい。最近、原因不明の爆発事故で警察、消防の対応が早くなっている」

「"アレ"が貴方の虫の能力かしら?」

 

裴晴の忠告を無視して摩理が尋ねた。

そういえば、虫憑きになってから一度も摩理とそういう関連の事に触れていなかったと思い出す。

 

「それがどうした?」

「"虫"を喰らう"虫"。ふふふ、総ての虫憑きにとってまさに貴方は天敵ね」

 

摩理が松葉杖を携えながら白衣の裾と首に巻いたマフラーを翻して近づいてくる。

 

「いつか、私の"虫"も食べる?」

「戯言には付き合いきれない。ほら、帰るぞ」

 

裴晴は摩理の脇を通り過ぎて来た道を戻ろうとした。

しかし次の瞬間、摩理が松葉杖をモルフォチョウに同化させ、銀槍に変化させ、

 

 

ーー銀光一閃

 

 

摩理の銀槍が裴晴の背後を捉える。

裴晴は弾かれる様に身を返し、制服越しで見えないが硬化した腕と膂力でぎりぎり防御して受け止めた。

 

「どういうつもりだ?」

「最近、邪魔されてるから大人しくしてもらおうと思って」

 

槍を弾き返し後退するが、摩理は銀槍の刺突を高速で繰り出しくる。

大人しくさせるどころか、完全に殺りに来ているとしか思えない攻勢だ。

 

「髄分と過激だな。気が立っているのか?君らしくもない」

「煩い」

 

槍を一閃。

穂先が銀粉が吹き荒れ、裴晴を飲み込もうと迫る。

 

「取り付くしまもなしか」

 

 

銀粉に視界を制限されながら槍の連撃を硬化した手で捌くと、キンキン甲高い音が鳴り、火花が散る。

同様に身体能力を向上させていても、摩理には戦闘技術という面がまだつたない。

実践を経て精錬されてはいるが、裴晴には遠く及びはしない。

彼の動体視力は銀粉で制限された視界内でも、突きによって生じる僅かな風の流れを的確に読み取る。

 

「くっーー」

 

槍の穂先をかち上げ、一気に距離を詰めた。

再びジリジリと鍔迫りあいになるが、膂力で勝る裴晴が銀槍をいとも容易く弾き返す。

摩理はふわりと後方に跳んで距離を開けると、銀槍の穂先を裴晴に向けてきた。

 

「本気みたいだな」

「えぇ。だから貴方も本気で来たらどう?」

「あいにくと友人を痛めつける趣味はないよ」

 

えらく好戦的になっているらしい。

裴晴はヤレヤレといった調子で肩を竦めた。

精神干渉系の能力に掛かった様子には見えず、文字通り八つ当たりをしにきている感じであった。

そもそも精神耐性が高い摩理に精神干渉系は聞きづらい。裴晴も同様だ。

 

「君のガス抜きの相手をするのはやぶさかではないけど、こんな形はゴメンだな」

「構えないと痛い目に合うわよ」

「本当に機嫌が悪いんだな……」

 

ここまで摩理が敵意を向けてくるのは初めての事で少々、裴晴は内心で動揺していた。

それほど、今日の"彼女"の訪問が衝撃的だったのだろうか。

 

「そんなに一之黒さんが気に掛かるか?」

「っーーなにを?」

「君が心を乱す理由はそれしかないだろ?」

 

今の摩理の心を強く揺さぶる存在なんて彼女位しか思い当たらない。

 

「何をそこまで動揺しているんだ」

「私は何も…気にしていない」

「嘘が下手だな、君は」

 

伊達に一緒に過ごしている訳ではない。

彼女の些細な変化は手に取るように分かってしまう。

 

「彼女が気に掛かるなら、もう狩りは止めろ。今ならまだ引き返せる」

「いきなり何を…なんで狩りの話なんて持ち出すの?」

 

怪訝そうな表情に戸惑いの色を入り混ぜて摩理が聞いた。

 

「君は"不死"を探す為、俺は力を得る為、理由は違えどその過程は許されるものではない」

 

摩理も裴晴も多くの罪を既に重ねている。

 

「沢山の虫憑きを手に掛け、欠落者にしてきた。それは、沢山の明日と夢を奪ってきた事に他ならない。彼らにも待っていた人達が居た事を知りながらも」

「あ……」

 

自分達の望みを叶える為に屍山血河を数多積み上げてきている。例え理由があっても決して許される事ではない。

摩理は裴晴の言葉に耳を傾けている内に自身の今までの行いが一体どういう結果を招いていたのか気づき、顔色を悪くしていった。

無意識に銀槍の穂先が下へ向く。

 

「あの子の事を思うなら"ハンター"は引退しろ。君の存在は既に特環や多くの虫憑きに知れ渡っているが幸いにも顔はバレてない。今なら"虫"の存在を隠せば誰にも知られずあの子の居る世界に戻れる」

 

少しでも準備時間が稼げるならと、裴晴は摩理には言わなかった事を告げていく。

 

「あな…たはどうなの?」

「何がだ?」

「このまま、続けるの?」

 

裴晴は苦笑しながら応える。

 

「あぁ…俺の"夢"を叶える為には数多の犠牲が必要だ。これからも多くの欠落者を生み出し、多くの虫憑きから怖れ、恨まれても止まるわけにはいかない」

 

君を救うために。

その一言だけは漏らすことなく、胸の内に押し留め、裴晴は今度こそ、この場を後にしようと歩き出した。

 

「なんで、そこまで…貴方の"夢"って何なの?」

 

裴晴が横を通り過ぎようとしたその時、摩理が震える声で聞いた。

問いに応える事なく、裴晴は横をそのまま素通りし、裏路地の闇に溶けていった。

 

 

 


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