霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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音響装置

大干ばつによるオアシスの集落群の壊滅で、岩山オアシスに避難した砂漠各地の民は、文化的な繋がりが薄いながらも、手を取り合って岩山オアシスの開拓を進めていた。

 

本来ならば、それぞれの村から出る事が無く一生を終える筈だった人々も、一か所に集まる事で交流が生まれ、出身の異なる者同士が結ばれることもあった。

 

そして、新しい世代たる子供たちは、砂漠にぽつりと浮かぶ岩山オアシスを遊び場として歩き回り、小柄故に狭い場所にも入り込むことが出来て、時に大人が見つける事の無かった発見をしたり、野生動物に襲われて怪我をする事もあった。運の悪いものは自然の摂理に従う事にもなるが・・・・。

 

「ねぇ、君・・一体何をしているの?」

 

「ん~?光る水晶を触っているの!」

 

岩山オアシスの内部・・・特に、地底湖は危険な生物はあまり確認されておらず、何処からか迷い込んだサソリに極稀に刺されるくらいしか野生動物の被害は確認されていない、つまり比較的安全な遊び場所である。

 

「不思議な石だよねー!透き通っていてぼんやりと、そして蝋燭よりも明るく光るんだもん。」

 

「砂鮫のお腹から蝋燭作っているみたいだけど、あの臭いってきついよねー・・・ぼくはこっちの方が好き!」

 

「あたしは別に平気だけど、光り方というか、このぼんやり具合が蝋燭よりも好きかな?」

 

迷宮核によって多数設置されている光源の水晶だが、村人たちはこれらの採掘を禁じており、開拓初期に極少量試料として回収されたもの以外は、そのままの状態である。

ちなみに、光る水晶は岩山オアシスの外部に出ると急に光が弱くなり、最終的に消えてしまうのでキャラバン隊の光源には使えないと判断された。

 

本当は、魔力を供給すれば発光する仕組みなのだが、迷宮核に信仰心を持つ村人は、砂漠の神の加護が消えてしまうからだと解釈してしまい、携帯可能な光源としての利用は試みられなくなってしまった。

 

「ここは昼でも涼しいから快適だよねー!」

 

「うまくいけばお魚さんも捕まえられるしねー!」

 

「えぇ?あんなすばしっこいの無理だよー?」

 

水汲みをしている大人が一応監視しているが、基本的に子供たちは自由に遊ばせているので、よっぽど危険な事をしない限り大人が干渉する事は無い。

夜遅くに水遊びする様な子供には流石に怒るが・・・。

 

(ふぅ・・・水脈の調整はこんなもので良いかな?さてと、この時間帯は子供たちが走り回っているな・・・。)

 

(ふふふ・・・かつてこのオアシスに来た子供たちは、今はもうこの子たちの親か、時が流れるのは早いものだ。)

 

(時々危ない遊びをしている子供が居るが、そういう時に声をかけることが出来れば・・・ふむ、やはり何かしら砂漠の民との意思疎通手段を考えるべきか?)

 

迷宮核がそう考えているのを知らずに、子供たちは岩山の地底湖周辺を遊び場に同年代の遊び仲間と走り回っている。

 

「あ!これ、おもしろい!」

 

「ピカピカ触ったらお父さんとか村のおじさんとかに怒られちゃうよ?」

 

「みてみて!石で叩いてみると変な音がする!」

 

「あ!本当だ!あはは面白~い!叩く場所かえると音が違うー!!」

 

光る水晶を手ごろな大きさの石で叩いて音を楽しむ子供たち、意外と丈夫な水晶は子供程度の腕力で割れる事は無く、軽快な音を発している。

 

(あぁ、懐かしいな、コップに水を入れて音階を楽しむ遊びは生前も子供たちの定番の遊び道具であったな・・・水晶でそれを再現しているのか・・・。)

 

(ふむ、音を反響しやすい材質の鉱物でも使って楽器が作れそうだな・・・うん?まてよ?)

 

村の様子と、従属核の状況をせわしなく確認しながら並行作業を進める迷宮核は、分けた思考リソースを僅かばかりに子供たちに向け、水晶を叩いて遊ぶ子供たちに何か引っかかるものを感じていた。

 

「キンキン音がして面白いね!」

 

「こするとまた変な音がするよ!あははは!」

 

(・・・・・・!!!)

 

子供たちが凸凹した石で水晶を擦り、細かく振動して独特の音を発したところで迷宮核の脳裏(?)に稲妻が迸った。

 

(振動・・・・そうか、スピーカーだ!)

 

(確か、音が振動する物ならば紙コップでもスピーカーが作れた筈、特に水晶は良く振動する性質を持つ物体だったな、もしかしたら地形操作能力を応用すれば・・・。)

 

・・・・ーーーーーーーこぉん・・・・。

 

「ふぇ?今の音は何?」

 

「はれ?あんな形の水晶なんて生えてたっけ?」

 

いつの間にか、地底湖の端っこに板状の光る水晶が生えており、まるで人為的に削られ成形された様な奇妙な形状をしており、明らかに浮いた存在感を放っていた。

 

「行ってみよう。」

 

「え?うそ・・・あたしこわいよ!」

 

「なんだい、どきょー無いなぁ。」

 

「あの、うしろついていっていい?」

 

「こわいんじゃ無かったの?べつにいいけどさ」

 

「だってきになるもん。」

 

 

未知の物体に対する好奇心と恐怖心、今は大人たちは魚を獲りに潜っていたり、水を汲んでいるので注意がそれている。今なら大人たちに止められることも無く、未知の物体に近づくことが出来るまたとない機会、好奇心旺盛な子供たちに止まる理由は無かった。

 

「ふぇぇ・・・綺麗、いつのも水晶とは違うみたい。」

 

「なんだろうね?コレ?」

 

『こ・・・おん・・・キーン・・・。』

 

「やっぱり変な音でた!」

 

『ヤア・・コドモタチヨ・・・ゲンキカイ?』

 

「っっっ!?」

 

「ひっ!!」

 

明らかに人間の声ではない、奇妙な音、自然に囲まれて暮らしている人間には一生耳にしないであろう合成音。もし、ここに地球人が居たならばロボットの声と表現したであろう。

 

『ソロソロ・・・クラ・ク・・ナル・ヨー?キヲツ・ケテ・カエルン・ダヨー?』

 

「ぴぎゃあああああああああ!!!」

 

「喋ったああああああああ!!!」

 

「キェアアアアア!!!」

 

光る水晶の板の放つ声ともとれる奇妙な音に、合成音に耐性のない子供たちは未知の体験すぎて恐怖心に駆られ大泣きしながら、洞窟の外へと逃げて行く。

 

(あらら・・怖がらせてしまったか、まだ調節が上手くできないな・・・だが、これでやっと砂漠の民とも意思の疎通ができる!!)

 

子供たちが悲鳴を上げながら洞窟から出てくる様子を見た大人たちが慌てて子供たちを追いかけたり、武器を構えた村の守り手が洞窟に突入したりと、大騒ぎになってしまったが、程なくして新たに設置された水晶板が発見され、魔術師を含めた調査隊が派遣されることになった。

 

「これは一体なんだ?光る水晶と同じ材質で作られているみたいだが、こんなものは生まれて初めて見る。」

 

「餓鬼どもが何か叫んでいたが、こいつが何かしたんだろうか?」

 

「ふむ?魔力の流れで明滅する以外、これと言って変わった部分はない水晶の板みたいね?」

 

派遣された調査隊が、水晶板を拳の裏で軽くたたいたり、撫でたりしながら検分するが、魔術的な仕掛けがされている訳でも無い、奇妙な水晶の板に首をかしげていた。

 

『ヨ・・・。』

 

「ん?なんだ?」

 

『砂漠ノ・・・民ヨ・・・。』

 

「な!?しゃ・・・喋っ・・。」

 

『我ラハ・・・コノ地デ、果テタモノノ魂ナリ』

 

「この声は・・・岩山の主様・・・いや、砂漠の神の声なのか!?」

 

『干バツノ、脅威ガ迫ル時モ、我ラハ共ニアル・・・忘レルコ・・ナカ・・レ・・・。』

 

途中で音が聞き取れなくなり、水晶板は罅が入り砕け散ってしまった。

調査隊の面々は、特に魔力の感受性の高い魔術師の女性は、感動のあまり唇を震えさせていた。

 

「偉大なる存在は確かに実在した!加護と共にあれ!!」

 

「魂がどうとか・・・そして我らとは?」

 

「神であれ、大地の礎となった英霊たちであれ、我らは大いなる存在に守られているのだ。これ程の栄光は他にない!」

 

「どう見ても何の仕掛けもない光る水晶の板だったのに・・・どのようにして音が・・・やはり神の奇跡だったのでは・・・。」

 

調査隊は例外的に、砕け散った水晶板を回収し、開拓初期よりも整った設備の魔術研究所で水晶板を調査した結果、魔力を込めると光る性質があるのを突き止めた、しかし、音が鳴る仕組みは解明することが出来ず、ますますもって偉大なる存在・・・砂漠の神の力が如何に特別か思い知る事となった。

 

(加減を誤って会話の最中に水晶板を破損させてしまった・・・破片が刺さらなかったのは不幸中の幸いであったが、上手くいかないものだな・・・。)

 

(だが、手ごたえは感じていた。これをもっとうまく扱えるようになれば、声は勿論の事、町内放送みたいなモノだって実現できるのでは・・・・?)

 

音響機器たるスピーカーの改良が出来ないかコアルームで試作品を作っては解体してを繰り返す迷宮核、彼を構成する魂の中で生憎機械に詳しい人間はおらず、齧った程度の素人知識で試行回数を増やして、実験するしかなかった。

 

そんな時に、先日悲鳴を上げて水晶板から逃げ出した子供たちが水晶板のあった場所に訪れており、砕け散った水晶板に頭を下げていた。

 

「逃げたりしてすみませんでした!」

 

「っ・・・でした!!」

 

「これからも、ぼくたち、わたしたちを見守っててください!」

 

「ください!!」

 

子供たちは、おずおずと腰の金具に引っかけてあったパピルス紙を取り出すと、中身を見せて、それを割れた水晶板の前において、そそくさと立ち去ってしまった。

 

(貴重なパピルス紙に謝罪文がびっしりか・・・子供はそんなの気にしなくて良いのに・・・?あれ?)

 

(パピルス・・・紙?・・・紙?執筆?・・・あ・・ああああ・・・!!)

 

迷宮核の脳裏に再び稲妻が迸る!

 

(最初から・・・最初から地形操作能力で文字を刻めばよかった・・・・。)

 

如何にして、こちらの声を砂漠の民に伝えるか考えていた迷宮核は、思考の袋小路に入り込んでしまい、彼らの頭脳から筆談と言う意思伝達手段をうっかり忘れさせていた様だった。

 

(ま・・・まぁ?筆談だと、こちらが文字を見せようと試みても、必ずしも読んでくれるわけでもないし、お陰で声を使っての直接的なコミュニケーションの実験を開始するきっかけも出来たし、悪い事ばかりじゃないんじゃないかなぁ?)

 

(・・・・かなぁ・・。)

 

迷宮核は何だか急に年を取った気分となり、微妙にブルーな気持ちとなるのであった・・・。


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