時折砂嵐が発生し、方向感覚を失う大砂漠、月や星を頼りにどちらを向いて歩いているのか調べる術を持つ者が、砂漠渡りの資格を持つが、それでも迷うときは迷うし、遭難して水も食料も尽き、自然の摂理に従う者も多い。
大砂漠の端に浮かぶ岩山のオアシスの迷宮核は、その現実を嘆き重く見ているのであった。
(遠征用フレームが干乾びた遺体を見つけた。もう岩山オアシスや近隣の村に近い場所まで来ていたのに力尽きてしまったのか・・・何と無常な・・・。)
砂地と岩地の入り混じる場所を走破するために、油圧式の四脚フレームで砂漠岩地を歩く従属核。
(時折酷い砂嵐が容赦なく吹き荒れて、数歩先の距離が分からなくなる事もあるので、そういう時はその場で風除け天幕を立ててしのぐしかないのだが・・・その隙に砂鮫や巨大サソリの餌食になる者も居る。この地では人間もその生態系の一部であり、それが摂理であるのだ。)
(この遺体には魂は残っていないな・・・やはり、原形を残したまま残留する魂は多くないという事か、魔力か何かに分解された後なのだろう。)
従属核は、名もなき遺体に祈りを捧げると、周辺に漂う若干濃い魔力を吸収し、ルートの巡回を再開するのであった。
(何か道しるべを・・・それも、砂漠の民でも真似ができそうな物を設置できれば・・。)
岩山オアシスの細かい調整をしながら迷宮核は砂漠の地形と砂嵐の頻度、危険生物の分布を調査しながら、オアシスとオアシスを結ぶ道しるべの方法を考えるのであった。
「くそっ、また砂嵐か・・・水も食料も残りわずかだと言うのに・・・。」
砂鮫の奇襲を受け、荷物の殆どを載せていたラクダが犠牲になり、命からがら危機を脱したと言うのに、運悪く砂嵐に遭遇してしまう給水キャラバン。
「どうするの?多分近くにオアシスがあった筈だけど、砂鮫に襲われたばかりだし、ここで砂嵐が去るまで待つのは危険すぎるわ!」
「だが下手に動くと本当に遭難してしまうぞ?砂鮫に見つからない事を祈って此処で耐えるしかないんだ。」
「そんな・・・どうすれば・・・。あれ??」
若い女性の隊員が、砂嵐で茶色く染まった視界の奥に、奇妙な影を発見する。
「ねぇ、あれって何かしら?」
「砂鮫・・・ではないな?誰か居るのか?」
砂嵐の奥に佇む細い影に一歩一歩慎重に進んで近づき、すぐそばにまで行くと、先端が輪になった岩の杭の様な物が突き刺さっていた。地球人がもしこれを見る事があるとすれば錫杖を連想する事であろう。
「何だこれは?柱?」
「ねぇ、よく見て!この杭、同じものが何本も並んでいるわよ!」
よく見るとその杭は、一定間隔で並んでおり、砂嵐で見えるか見えなくなるか絶妙な位置に突き刺さっており、何かの目じるしの様な物に感じた。
「誰かが設置したのだろうか?妙なところに誘導されないだろうな?」
「何にせよ、砂鮫に襲われないためには常に移動し続けた方がいいと思うの、この杭を辿ってみましょう。」
「そうだな・・・。」
それからも砂嵐は続き、給水キャラバンの体力を奪って行くが、杭を辿っている内に石板の様な物に辿り着き、歩きが止まった。
「ここが終点か、これは一体何なんだ?」
「岩の柱を削った石板みたいね?ちょっと砂埃で読みづらいけど何か書かれているみたい・・・。」
石板に彫り込まれた文字にはこう書かれていた。
『砂嵐に襲われて大地に還ってしまった友を偲ぶ。既に見えているだろうが、ここは小さいながらオアシスがある筈だ。砂嵐に襲われてしまった者はこの杭を辿ってみてくれ。』
「オアシスだって?砂嵐で全然見えないぞ?」
「待って!建物らしきものが見えるわ!」
「なんだって!?・・・本当だ、助かった!」
給水キャラバンの隊員たちが、砂嵐の奥に見えた干しレンガの建物に駆け寄ると、確かに小さなオアシスと集落があり、人間の気配が感じられた。
「おおい!アンタら給水キャラバンか?酷い砂嵐だ、早くこっちにこい!」
物音を感じて、岩の扉を開いた住民が、給水キャラバンの隊員を家に招く。
「すまん!」
「恩に着るわ!」
砂嵐から逃れるように、干しレンガの家に転がり込むと、住民はすぐに岩の扉をはめ込み、猛威を振るう外界から遮断した。
「道しるべが無かったら遭難するところだった。この村の誰かが設置してくれたのか?」
「道しるべ・・ねぇ、いや実は誰があんな物を設置したのか分かっていないんだよ。」
「え?それじゃぁ、村の人が設置したんじゃないんだ?」
「あぁ、この村の住民はだぁ~れも知らないのさ、いつの間にか立ち並んでいて、あの道しるべを辿って行ったら、岩山のオアシスに通じていたのさ。」
この干しレンガの家の主は両手を広げる手ぶりをしながら説明する。
「岩山のオアシス?それじゃぁ、反対方向に進めばあそこへ行けたのか!」
「まぁ、体感距離がありそうだったから、近いこっちの方に来て正解だったけどね。」
「アンタら給水キャラバンのお陰で干ばつに襲われる砂漠の民が命を繋ぐことが出来ているんだ。本当に助かるよ。」
「それはお互い様さ、砂鮫にラクダをやられて手荷物だけで逃げてきたんだ。保護してくれて感謝する。」
「そりゃ災難だったな、水瓶と保存食しか用意できないが、ゆっくりしていってっくれ。」
砂嵐は2日ほど収まらず、何度か家の主がオアシスの茶色く濁った水を汲みに外出するだけで、殆ど待機状態であった。
砂嵐がやむと、家から出てきた村人たちが軽く村の中に入り込んだ砂を掃除して、水瓶に新しく水を汲み始めた。
「あれだけの砂嵐に見舞われたのにオアシスが濁っていない!?」
「村ごと埋もれそうな砂嵐だったけど、何かこのオアシスだけ砂が避けている気がするわね。」
「ああ、そりゃだって砂漠の神様の加護がある泉だからさ!ほら、中央部に祭壇があるだろう?」
砂嵐でよく見えなかったオアシスだが、泉の中央部に佇む魔石の柱と砂漠の神の紋章が刻まれた社らしきものがそそり立っていた。
「流石に砂嵐の真っ最中は濁るが、砂嵐が収まると数時間ほどでこの通りさ、ちょっと砂嵐が長かったから濁った水を汲まざるを得なかったが、まぁこれはこれで畑に撒ければ良いし、干乾びるよりはマシさ。」
給水キャラバンの隊員たちは呆然と立ち尽くし、少しして我を取り戻すと、自分たちの皮袋や椰子の実水筒に水を補充して、オアシスの社に祈りを捧げる。
「そう言えば、お宅は砂嵐の最中に何か編んでいたが、ありゃ一体何なんだ?」
「私も気になっていたわね。」
給水キャラバンの隊員が干しレンガの家の主に尋ねる。
「あぁ、誰が設置したか分からんがあの目じるし穴が開いていただろう?それに綱を通しておけば、もっと分かりやすくなるだろうさね?」
干しレンガの家の主が、にやけながら答える。
「なるほど、1本1本の間隔はそれ程開けている訳でも無いし、時間をかけて杭同士を綱で結んで行けば・・・。」
「村同士の移動経路の安全性が高まるわね!!」
「このオアシスにはパピルスが持ち込まれているんだ、紙や紐を作ってアンタらみたいなキャラバンに売って生計を立てているんだ。あぁ、砂芋とかもあるぞ?」
「ふむ、岩山オアシスに戻って綱の増産をして貰うべきだな、あそこは大河の国と同じくらい植物が生えているから、繊維質の素材には困らないはず。」
「砂漠をもっと安全に横断できれば、大儲け大助かりよ!他のオアシスにも呼び掛けておこうかしら?」
水や食料を補充しながら、岩山オアシスに戻る準備をする給水キャラバンだが、ふと違和感を感じると、砂漠の向こうに光の様な物が見えた気がした。
「んぉ?」
「何・・・・あれ・・・?」
場所は変わって、岩山オアシスの村は大騒ぎになっていた。
何時ものように水モロコシの畑から収穫しようと農家たちが巨大湖へ行くと、突如地鳴りと共に岩山が動き、岩山の一角を突き破るように岩の柱の様な物がそそり立ち、何処かのっぺりとした陶器の様な質感を持った先端の構造物から青白い光が放たれ、そして先端の構造物がゆっくりと回り始め、1対の光の柱がくるくると岩山オアシス周辺を照らし始めた。
「おお!何という!」
「見ろ!岩山の主様の紋章が描かれている!」
「なんと神々しい!ありがたや!有り難や!!」
「あの柱・・・塔か?あれは一体何を意味するものなのだろうか?」
「こ・・・こんな事が有り得るのか!?このオアシスに神が居るとは本当の事だったのか!?」
岩山オアシスの村は最初は、岩山に生えた塔の様な構造物に驚き、どのような物なのか測りかねていたが、それは夜になって理解する事になる。
「おお!良く戻った!ラクダが居ないが、どうしたんだ?」
「あぁ、砂鮫に荷物ごとやられてしまってな・・・ところでアレは一体なんだ?」
「間違いなく岩山の主様のお力ですよね?」
長旅で疲れ果てた給水キャラバンの隊員たちが光る岩の柱を指差し尋ねる。
「我々にも良くわからん、だが美しい光だろう?夜だとよりハッキリ見えるな。」
「あぁいや、途中小さなオアシスの村に立ち寄っていたんだが、こっちに戻る途中でもまた少しだけ砂嵐に遭遇してしまってな、杭の様な目じるしを辿って歩いていたんだが、砂嵐の奥にあの光が見えて、そっちも目じるしにして来たんだ。」
「杭の目じるしを辿っていたからまさかとは思ったけど、やっぱり此処に通じているとはね・・・。」
そこで、村人の目の色が変わる。
「そうか!なるほど、そう言う事だったのか!!」
「あぁ、同じこと考えていた。岩山の主様は此処への道しるべを立ててくださったのだ。」
「酷い砂嵐でも見える光の道しるべ・・・まさに砂漠の神の御業ね。」
「あの杭を立ててくれたのも、岩山の主様かもな・・・いや、石板の内容を見る限りは設置したのは砂漠の民の誰か何だろうが・・・。」
「でも、あれなら私達でも真似できそうね?石工に頼んで岩の杭を作って貰おうかしら?」
「それもそうだな・・・。」
後日、各オアシスの集落は、移動経路を結ぶ目じるしを砂漠に設置し、パピルスやその他植物の繊維で編まれた綱を通し、オアシス同士を結んだ。
岩山オアシスを中心に放射状に広がる目じるしは、縦に横に集落同士を結び、さながら蜘蛛の巣の様に広がって行った。
(岩を削ったり、干しレンガを細長く成形したり、木製だったり・・・砂漠の民は色々と工夫するな、色んな種類の目じるしがある。)
(分身体を設置していないオアシスもあるから、道しるべとしてこっちも遠征用フレームに使わせてもらっているけど、これで砂漠の安全性が高まった筈。)
(まぁ、時々倒れちゃっている奴もあるから、それは見つけ次第立て直して置こうかな、生物素材由来の綱とかは用意できないけど・・。)
オアシスの村同士を結ぶ目じるしは砂漠の旅の安全性を飛躍的に高め、交易ルートにも設置させたそれは、国同士の交易を活発化させ、その目じるしは大河の国々にも知れ渡る事となった。
「岩の杭の目じるしか、砂漠の民も面白い事を考えるものだ。」
「交易隊によると、倒れた目じるしは自主的に取り換えたり、補修したりしている様です。」
「まぁ、良い試みだと思うぞ?我々も恩恵にあやかっているしな、砂漠の民用に綱を増産しても良いかもしれないな。」
「ははっ!」
「これは好機だ。水の魔石を調達する成功率がかなり上がったかもしれん。」
「渦巻き沼へ向かう交易隊は、帰り道は楽できそうですね。水の魔石があれば握り拳大で小さな泉を満たすことが出来ます。」
「焼け石に水だが、無いよりはマシだ。成るべく多く確保できればいざと言う時の保険になる。」
「しかし、これ程の大干ばつ・・・大地は我らを試しているのかもしれませんな。」
「そうだな・・・・。」
オアシスとオアシスを結ぶ綱、それは即ち人と人を結ぶ生命線であり、干ばつの脅威に立ち向かうための新たな力でもあった。
時折、岩の杭の傍に陶器の瓶が密栓されたまま埋もれており、中には澄んだ水が入っている事があり、誰が最初に始めたのか、集落同士の中間地点に水や食料を杭の傍に埋める習慣が出来た。
しかし、最初に発見されたその陶器の瓶には砂漠の神の紋章が描かれており、製造元が不明なそれは、発見次第砂漠の民は大切にその瓶をお守りとして家に飾ったという。
(本当に彼らの生きる力は素晴らしいな、自分たちにも出来そうなことは真似をするし、自分たちで考えて私が思いつかないような事をするし、それが人間の力の源となっているんだろうな。)
(しかし、この紋章・・・・すっかり定着してしまったな。椰子の実水筒、皮袋、陶器の瓶、キャラバンの鞄や背嚢・・・ありとあらゆるものに紋章が描かれている。本当は、遠征用フレームの識別用に作ったものなんだけどな。)
(まだまだ分身体の設置を急がないといけない・・・水の魔石で井戸を維持していたオアシスの村が、砂嵐で丸ごと埋もれてしまって救助待ちになった時もあるし、ただ単に井戸の水量を増やすだけでは駄目だ。)
(大雨でも降ってくれれば、水を生成する魔力を節約できるんだけどなぁ、まぁ私が神頼みしてもしょうがないか、岩山オアシスの地下には時々降る大雨や今まで生成した水が地下水として溜まっている。水量調節用の地下空洞を先に整備しておいて良かったよ。)
(もう、砂漠の民が渇き苦しむのを見るのはこりごりだ。私には私ができる事をするしかない・・・どうか砂漠の民に水の恵みあれ・・・・。)
年に数回降る筈の大雨の回数も少なくなり、降水量も減ってしまったこの地域の平穏を迷宮核は祈り続けた。しかし、彼が砂漠の地下の広範囲に整備した保水用の地下空洞は、時間をかけてその効果を発揮して行くのであった。
========================================---
砂漠の神の魔石灯台
岩山オアシスの上部に突如出現した塔の様な構造物は、強烈な光を放ちながら先端が回転し、砂漠を歩くキャラバン隊の道しるべとなっている。
ある若者が、塔に登って頂上へ行ってみたが、そこには巨大な魔石の塊が鎮座しており、鏡のように光を反射する筒に覆われた状態で回転し、それが砂嵐を貫く強烈な光を発生させていると判明した。なお、その魔石の塊は層に分かれており、魔石の中心は人間の頭部程の大きさの白い魔石が埋め込まれており、それが発光している様であった。
何故塔の先端が回転するのか、暫く謎であったが、巨大湖に降り注ぐ滝の穴を調査した者が、水流を受け止める車輪の様な物を発見し、それが直線状で結ばれ、光を放つ塔の丁度真下に巨大湖の滝がある事が分かり、塔の先端を回転させる動力が水流であることが判明した。まさに砂漠の神の英知であり、砂漠の民はこの機構を何とか自分たちで再現できないか知恵を絞る事になる。