霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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砂鯨の歌声

広大な大砂漠の多くは、岩石地帯や熱砂に覆われているが、その中でも人間を含めたあらゆる生物を拒む過酷な土地が存在する。

砂粒が非常にきめ細かく、ほんの僅かな重量の物体でも砂に沈んでしまうため、サボテンなどの植物が上手く定着できず、砂ネズミやトカゲなどの小動物も本能的に近づくことがない領域であるために死の海と呼ばれている。

 

降水量が極端に減ってしまった砂漠は、その死の領域が少しずつ範囲が広がっている様で、迷宮核も自らの支配領域の微妙な変化を感じて、間接的ながらその存在を観測していた。

その変化は、砂の粒の粗い、まだ人間が生存可能な領域に、死の海の巨大生物の出現と言う形で現れ、迷宮核は砂漠の変化を知るために神経の様なものを伸ばしながら、砂の粒子の質が違う領域を調査した。

 

(大砂鮫の記憶から、大体の方向はつかめた。しかし、探知領域外まで大砂鮫が泳いだ痕跡が続いているので、此処から先は遠征用フレームが必要になってくるな・・・。)

 

(今回の魔石パッケージはかなりの大型だ・・・抑えているが、今回ばかりは騒音が発生してしまうだろうな・・・だが、このオアシスまで砂に飲み込まれてしまう可能性を考えると何も調査しない訳には行かない。)

 

(分身体はいつもの3倍ほど、魔石も高密度化と不活性化処理をした状態でコーティングし岩石のカバーを取り付ける、炸薬の火の魔石も通常よりも高威力に・・・完成だ。)

 

通常よりも手の込んだ従属核パッケージ砲弾を作り、岩山の頂上の射出口に続く管に装填する。

 

(射出口付近に、動植物の気配なし、安全確認・・・発射!!)

 

岩山全体に重く響く音と共に、従属核砲弾は天高く打ち上げられる。

燃焼ガスを受け止める岩石の外殻を切り離した従属核は、重心の位置を修正しながら大気を切り裂き突き進み、あっという間に迷宮核の探知範囲を超えて、大砂鮫の移動した痕跡が続く砂漠の果てまで向かう。

 

(重量がある筈なのに、何時もよりも遠くに飛ぶな・・・火の魔石の燃焼を調節したお陰か、エネルギー効率が向上した影響もあるかもしれないが・・・。)

 

(って・・・大砂鮫の痕跡を追い抜いてしまった!?いかんいかん、高度を下げなくては!)

 

従属核は重心を下に向けて、地面めがけて急降下し、勢いよく着弾し砂柱を上げる。

 

(しかし、勢いよく突っ込んだとはいえ、何時もよりも深くめり込んだな・・・む!?違う!砂に飲み込まれて行く!流砂だ!!)

 

従属核がきめ細かい粒子の砂にどんどん沈んでゆくが、直ぐに地形操作能力を発動し、砂を凝固させて面積を稼ぎ、水の魔石で水を生成して粘度を増した泥に変え、砂の流れを食い止めた。

 

(危うく砂漠の地中深くまで埋まるところだった。丁度良いし、この即席の小さな泉を使ってホバーフレームが水上でも運用可能か調べてみようか・・・。)

 

死の海に突如生まれた茶色く濁った泉の底から、従属核が浮上しながら、砂の外殻を形成し、台形の奇妙な形状をしたフレームの下部から風の魔石が気流を発生させ浮力を生み出す。

 

(よし、水上でも正常に動作する様だな、砂上での運用は小さなラジコン型フレームで実験しているから実証済みだが、水深のある水上でも運用可能なら大河の国でも使えるかもしれない。)

 

(さて、どうやら此処が死の海とやらの玄関口にあたる場所なのかな?奥に進むにつれて砂の粒子がさらに細かくなって行く・・・・。)

 

ホバーフレームは、下部と側面から風を送り出し地上を滑るように移動し、死の海の奥まで進む。

ホバーフレームは、風を受け止めるスカートこそあるが地球のホバークラフトの様に大型のファンが取り付けられておらず、風の魔石自体から気流が生み出され側面の穴から圧縮空気を噴射しているので、見事な台形であり、どことなく空飛ぶ核融合炊飯器な怪獣決戦兵器を思い起こす形状をしていた。

 

(見事に砂だらけだ、サボテン1つ生えていない、しかもさっき泉を作った場所よりも更に砂の粒子が細かい、細かすぎて液体のように振舞うんじゃないだろうか?)

 

試しに握り拳大の石を砂を材料に形成し、砂に落としてみると、ずぶずぶと静かに沈んでゆく様子が確認できた。

 

(この程度の重量でも砂に飲み込まれてしまうのか・・・しかし、こんな環境の場所に生息する魔物とは一体・・・。)

 

オォォォン・・・・。

 

(・・・?なんの音だ?)

 

かすかに何かの音を感じると、振動が辺り一面に広がり、ホバーフレームのすぐ横に砂柱が立ち上った。

 

(うわあああぁ!?な・・・何だこれは?巨大な芋虫か?)

 

オオオォォォォン・・・・。

 

表面は分厚いゴムの様な質感で、砂にまみれており、頭部に当たる部分には光る触覚が数本うねっている。

目は無く、ぽっかりと空いた円形の口から唸り声をあげており、その反響音を触覚で拾って周辺の地形や生物などを認識している様であった。

 

(何と言うおぞましい生物!大砂鮫の4倍はあるぞ!?襲ってくる!このままでは、ホバーフレームが丸呑みにされてしまう!)

 

追撃から逃れるために蛇行しながら死の海の砂丘を滑るホバーフレーム、エコーロケーションで獲物の位置を特定する巨大な砂虫は驚くべき精度でホバーフレームに突進する。

 

(辛うじて回避しているが、このままでは外殻を破壊されてしまう!くそ!全身石ころで食べる場所はないぞ!?)

 

オォォォォン?

 

ホバーフレームを追尾していた砂虫は、突如頭をもたげ別方向へと進み、ホバーフレームから離れて行く。

 

(何だ?急に離れて行くぞ?・・・・あの方向は確か・・。)

 

従属核の探知能力で、砂虫の進行方向を確認すると、先ほど地形操作能力と魔石の力で生み出した小さな泉に頭を突き刺し、茶色く濁った泥水を摂取している様だった。

 

(なるほど、腹が膨れない石ころよりも水分の方が貴重か、助かった・・・しかし、こんな生物がこの死の海と言う領域にまだうようよしていると言うのか・・・・恐ろしい場所だ。)

 

距離を取って泉の水を飲む砂虫を観察していると、泉一帯が急に隆起し、砂虫と泉を支える合成岩ごと巨大な何かが丸呑みにする。

天高く立ち上った砂柱は、周辺を飲み込み、一時的に砂嵐の中の様に視界を奪った。

 

(今度は一体何なんだ!?ぐ・・・なんて大きさだ、高層ビルに匹敵するのではないか?)

 

人間なら視界を奪われて身動きが取れなくなっている筈だが、従属核は視界の他に探知能力で砂の中にうごめく超巨大生物をある程度把握していた。

 

(生前の世界のあらゆる生物とはかけ離れた大きさだ。形状は・・・まるで鯨の様な・・・。)

 

左右斜めに分かれた上顎と下顎の3つの顎を持つ鯨型の超巨大生物は、砂虫と泉の水分を丸ごと摂取して満足したのか、身震いをして低い唸り声をあげる。

 

ンボオオオオオォォォン・・・・・。

 

唸り声が周辺の大気や大地を揺るがし、ホバーフレームにも音が反響して、合成岩の板がビリビリと震える。

砂鯨は頭部を左右に振ると、従属核のホバーフレームをそのつぶらな瞳で一瞥し、背を向けて再び潜航しようとする。

 

(ふむ、あの超巨大生物・・・砂鯨と呼ぼう、砂鯨は先ほどの砂虫同様、音で周囲を探知するみたいだな。一応小さいながら目も存在する様だ・・・。)

 

ウボオォォォン・・・・。

 

(船の汽笛みたいな鳴き声だな、何となくもの悲しい鳴き声だ・・・・悲しい?いや、何か感情の様な物が流れ込んでくる・・・まさか?)

 

少しずつ砂に埋もれつつある砂鯨を追尾し始めるホバーフレーム、砂鯨は呼吸の為か頭部の呼吸器官を砂の上に突き出し、噴水の様に砂を噴き出している。

 

(やはり、この感情は砂鯨から放たれているものか・・・しかし、砂鯨の体表面が妙な感触がするな、これは生物と言うよりも・・・いや、一か八かやってみるか。)

 

ホバーフレームは突如光り輝くと、外殻がパズルの様にスライド・変形し、大砲の様な形状になった。

 

(残存魔力的にチャンスは1度きりだ、失敗は出来ないな。)

 

従属核本体が砲弾として装填され、火の魔石を合成して、砂鯨に照準を定める。

 

(発射!!当たれ!!)

 

ホバーフレームは、従属核砲弾を発射するとともに魔力を失い落下して砕け散り、砂鯨の外殻に撃ちこまれた従属核は、直ぐに地形操作能力を使い、砂鯨に張り付くフジツボの様な外殻を形成し、砂鯨に寄生した。

 

(やはり、この外殻は生体由来の物ではなく、圧力によって押し固められた砂の蓄積物!私の地形操作能力を受け付けるぞ!)

 

砂鯨は従属核砲弾の直撃をどこ吹く風と気にせずに、潜航し、どんどん深く砂の底まで潜って行く。

 

(こいつ1匹で凄まじい魔力だ。小さなオアシス村に匹敵する魔力放出量だ、魔石の合成とフレームの稼働で失われた魔力がどんどん補充されて行く・・・。)

 

ンボオオオオオォォォン・・・・。

 

砂鯨は定期的に鳴き声を上げ、周辺の地形を確認し、そのノイズに紛れて他の魔物の鳴き声らしきものが聞こえてくる。

 

(なるほど、これが死の海の生態系の形か・・・とは言っても、ほんの氷山の一角なんだろうが、興味深いな。)

 

(鳴き声を上げるたびに、砂鯨が歌うたびに感情が流れ込んでゆく、そうか・・・こいつは・・・・。)

 

(悲しいんだ、足りないんだ、不安なんだ・・・・この死の海も、本来は大雨の恩恵を受けていたんだ。渇いているんだ、食べるものが無いんだ、そして滅びを待つだけなんだ・・・こいつは、こんななりをして全てを悟っているんだな。)

 

砂鯨の膨大な魔力を受けて流動層と化し、水の様に振舞う砂は、その巨体を海の様に覆いつくし、死の海はさながら陸上の大海原であった。

そして、砂鯨程ではないが魔力を使った流動層化を利用して死の海を泳ぐ大型生物の楽園であり、死の海と言う名に反して生命に満ち溢れた生態系が広がっていたのだ。

 

(暫くこのまま張り付いて、死の海を探索しよう、砂鯨の気の向くままではあるがな、しかし干ばつの影響が此処まで響いているとは・・・。)

 

(彼らも滅びを待つだけなのか?岩山オアシス付近の生物さえ無事ならば、干ばつが治まった後も生態系を回復できると思っていた・・・でも、こいつのお陰でそれは間違いだったと思い知ったよ。)

 

(岩山オアシスを旅立つ前・・・と言う程ではないが、魔力は大分集まってきた、時々こいつにお礼をしないとな・・・・。)

 

砂鯨の外殻に寄生した従属核は、死の海を砂鯨と共に巡回し、地中の地形とその生態系情報の収集を開始する。

砂鯨の魔力を吸収した従属核は時々、水の魔石を砂鯨が呼吸しに浮上するタイミングで生成し、小さな泉を地表に形成するようにした。

従属核は、砂鯨が正確に寄生者の存在を認識する様な素振りを確認し、泉とは言え砂鯨にとってコップ1杯分に過ぎない水分の摂取で流れ込んでくる喜びの感情で魔力の吸収効率を向上させていた。

 

(感謝・・・か、魔物にそういう感情を向けられたのは初めてだよ。まぁ水くらいは用意してやれるけど生憎食べ物は無理なんだ・・・とは言っても、水を求めて向こうの方から君に寄ってくる様になったけどね。)

 

死の海の観測を続けるうちに何時しか、砂鯨に魔物がまとわりつく様になり、水の魔石で泉を作る際、水のおこぼれを狙ったり、泉ごと砂鯨に飲み込まれたりする独特の生態系が生み出されていた。

 

(私の分身体は、村人が祈りを捧げるときにだけ、何となく感情が分かるのだが、こいつと旅を続けているうちに、こいつが何を考えているのか、何をしたいのか、どんな気分なのか分かるようになってきた気がするな・・・・。)

 

(岩山オアシスの社の分身体ですら、村人の感情は深く理解できないが、長時間密接に関わっていると、その個体だけ感情や意識が読めるようになるのかもしれないな・・・。)

 

(肌身離さずに所持される分身体・・・か、検討してみるのも悪くないかな?)

 

迷宮核は、岩山オアシスや小オアシス群を管理しつつも、広大な死の海の調査をする手段を得て、その体験や調査結果をヒントに新たなる技能を身に着けて行く。

己の身を細かく分散しすぎて、若干体積が減った迷宮核だが、この世界に誕生したばかりの時よりも遥かに力を付けていた。

 

干ばつに襲われる砂漠は、意識を持った石とそこに生きる民と生態系によって、常に変化を続けるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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砂虫

まるで列車の様な大きさの巨大な芋虫で、低い唸り声を上げながらその反響音で周囲の状況を確認するエコーロケーション能力を持つ。

僅かに光を感じる細胞が背面にあるだけで目は持たず、頭部に生える触手束や、背中に生える産毛の様な棘と突起で反響音を拾い、獲物へ正確に狙いを付ける。

特に唸り声には水分の共振を起こす効果があり、地下水や雨水を見つけると他の生物の捕食よりも優先して水分摂取をする傾向がある。

恐ろしいほどの巨体ではあるが、まだ死の海の生態系の中では食物連鎖の中で中の下程度である。

 

 

砂鯨

高層ビルを思わせる超巨大生物であり、大砂鮫や砂虫を一飲みしてしまうサイズである。

左右斜めに分かれた二つの上顎と、下顎の合わせて3つの顎を持ち、エコーロケーションで見つけた獲物めがけて大きな口で砂ごと飲み込んでしまう。

外殻は分厚い岩石の層で出来ており、砂の中を泳ぐうちに高圧力を受けた砂が皮膚に蓄積して行き形成される。

思いのほか知能が高いらしく、好奇心旺盛で、比較的満腹で余裕を持っている時は、死の海の生物を観察する様な素振りが見られる。

肉食寄りの雑食動物なのには変わりないが、他の血気盛んな死の海の捕食者に比べて幾らか温厚な気質を持ち、豊かな感情を持つ。

従属核が調べた範囲内では、同族たる他の砂鯨は数体しか確認しておらず、この大砂漠の中での個体数は1桁の可能性が高いと結論付けている。

 

浮き輪サボテン

死の海の粒子の細かい砂の上でも沈まない空気を含んだ層を形成するサボテンの一種であり、常に転がりながら砂漠を移動する。

地盤のしっかりした場所では、浮袋が枯れて根を張り、通常のサボテンとして振舞うが、種子の状態からサボテンまで成長しながら一生涯を旅したまま過ごす個体が圧倒的多数であり、死の海の生物の食料として重要な役割を持った植物である。

果肉は非常に苦みが強く、青臭いので人間がこのサボテンを食用とすることは滅多にない上に、人間にとって微弱ながら毒性を示す。水分量はそこそこである。

種子は少量ならば鎮痛剤として使える。












作者本人の画力が残念ですが、大体こんな感じのイメージです。
お好きな絵師様に脳内変換してくださいです。


【挿絵表示】


タンカーみたいな大きさですが砂の中を泳ぎます。

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