霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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動植物保護区

岩山オアシス周辺の動植物は水源のお陰で大繁殖しており、干ばつの影響で大きく個体数を減らしていた頃から回復傾向にあり、局地的ながら砂漠の生態系は本来の形を取り戻しつつあった。

 

しかし、ひとたび岩山オアシスから離れると水滴一つない荒涼とした地が広がっており、従属核が展開している小型オアシス付近でしか水が確保できない。

 

野生動物にとって小型オアシスに村を作っている砂漠の民は貴重な水源を独占する邪魔な存在であるため、度々水を飲みに来た野生動物と村人が鉢合わせになり戦闘になる事がある。

 

大抵はお互い距離を取って水飲みを妨害することも無く穏便に済ませるのだが、血の気の多い村人や肉食の魔物の場合は視界に入れた時点で戦いが始まり、どちらかが命を落とす事になる。

 

迷宮核は、偶発的な戦闘行為が自然環境の破壊や水源の汚染など様々な問題を発生させるので、何とかして人間と野生動物を切り離してそれぞれ別の場所に住居を与える方法は無いか頭を悩ませていた。

 

 

(ふむ、困ったな、一応小型オアシスの地下に砂鮫侵入防止のフェンスは設けてあるものの、地表を這って岩などの障害物を器用に乗り越え泉に侵入してしまう個体が居る。)

 

(それ以外の危険な魔物も水を求めてオアシスの村に侵入してくるから、砂漠の民の被害も決して少なくはないし、年に数回程度とは言え犠牲者も出ている。)

 

(一応岩山オアシスから少し離れた岩地に砂鮫の繁殖地は作ってあるが、そろそろ手狭になってきたかもしれないな・・・。)

 

(地下から管を通して、それを足掛かりに水源や岩地を形成しているが、私の分身体を送って更に強固に作り直しておくべきか・・・。)

 

(砂漠の民が大河の国から色々な植物の種子や苗を持ち込んで来てくれているから、岩山オアシスに自生している分だけ失敬して野生動物の保護区を作ってみるか。)

 

 

迷宮核は早速専用の従属核フレームを生成し、砂を固めて作った四角いコンテナに、パピルスや水モロコシなどの植物の種子や苗を満載して、砂鮫の繁殖地である岩地の泥沼へと向かわせた。

 

ハーフトラックに酷似した四角い岩の箱が砂上を走行し、目的地に向かう道中に魔物の襲撃を受けるが、高密度に砂を固めて作られたフレームは強靭であり、攻撃がまるで通用していない事を悟ると魔物は捕食を諦めて去って行った。

 

窓も扉もついていない異様な形のハーフトラック型フレームは、コンテナ部分を泥沼の真ん中で切り離すと、コンテナに切れ目が入り、中から植物の種子や苗が放出される。

 

従属核は、地形操作能力で自らを沼の底に沈めた上で、移動に使ったフレームを再構築し従属核本体を守る外殻として楔状に沼底に要石の如く埋め込まれた。

 

 

大量の魔石をコーティングされていた従属核は、潤沢なリソースを元に、砂の上に乗っかっただけの皿状の岩地の地盤強化を行った。

 

砂上の浮島の如く岩山オアシスから延ばされたチューブと摩擦力のある突起によって辛うじて支えられていた岩の皿は、砂を固めて地底深く伸ばされ、岩盤と接続されて初めて一つの独立した一枚岩となった。

 

また、チューブを通して岩山オアシスの地底湖から送られ続けている水の他に、従属核自体からも水が生成されているので、粘り気のあった泥沼の粘度は幾らか低下し、光も通さぬ泥水から若干光を通す泥水になった。

 

環境の激変により、沼地に生息していた砂鮫の稚魚は若干弱っていたが、暫くすると新たな環境に慣れたのか落ち着きを取り戻した。

 

従属核のコンテナには植物の種子や苗だけでなく、岩山オアシスでポピュラーな食材として親しまれている肺魚の卵も含まれており、大きく拡張されて水深も深くなった砂鮫の繁殖地の生態系の一部となった。

 

これは、砂鮫の稚魚の食糧が乏しく、水を求めてやってきたサソリや砂ネズミなどの小動物を水面から襲撃したり、砂鮫の稚魚同士で共食いをしたりして食料を賄っていた問題を解決するために迷宮核が考えたプランであった。

 

最初は、砂鮫の稚魚と肺魚の稚魚を分けて繁殖させていたが、ある程度生育が進むと砂を固めて作った仕切りを解体して、2つの沼地を合体させる。

 

卵の栄養を腹の袋に残した状態から、自力で捕食可能まで成長した砂鮫の稚魚は、肺魚に集団で襲い掛かり骨になるまで解体し、共食いするケースは激減し、肺魚は肉食の近縁種から逃れるために、パピルスの茂みに逃げ込みやり過ごす。

誰に教えられることも無く、本能のまま行われるこの営みは、彼らの先祖が大河の過酷な生存競争で培われ遺伝子に刻み込まれていたものである。

 

迷宮核の目論見通り、砂鮫は個体数を増やして砂漠中に散らばってサボテンを食い荒らす草食動物を捕食する本来の営みを再開させるだろうと思われた。しかし、事は上手く運ぶことは無かった。

 

(あぁ、前知識としてこうなる可能性もあると気づくべきであった・・・。)

 

砂鮫は肉食性の大型肺魚である、そして元々大河の国周辺でも生息しており、水生生物でもあるのだ。

 

(まさか、砂漠のど真ん中で水生生物に形態変化するとは・・・。)

 

砂鮫も好き好んで水分も食料も乏しい砂漠に出て行くのではない。彼らの先祖が極端な環境変化に耐えるために、陸上でも生きて行くことが出来るように水に比べて抵抗の強い砂の中を泳げるように形態変化をして、良く見知った砂鮫としての姿になるのである。

 

今の姿は、茶色く地味な色合いの砂鮫ではなく、桜色と黒のストライプで見る物にある種の美しさと警戒心を抱かせる派手な色合いで、浮力の働く水中での生活で通常の砂鮫の三倍近い体格に成長していたのだ。

 

(これが、大河の国で人食い魚として恐れられる砂鮫の別形態・・・沼鮫か。)

 

従属核によって改造された岩地の泥沼は、改造前とは比べ物にならない程広大かつ深く作られているので、水深にも余裕があり、大柄な体格の沼鮫の生育を許容する環境であった。

 

・・・・・・砂鮫が沼地から出て行かない。

想定外の事態に迷宮核は焦るが、新たに作り出した動植物保護区たる沼地に許容限界があり、砂鮫と肺魚の個体数が増えてパピルスが生い茂り沼地のスペースが狭くなってきた頃、沼地から追い出される砂鮫が現れ始めた。

 

水中に適応変化した個体は上手く砂地に馴染めずに半数程度は命を落とすが、大型の沼鮫としての体格を維持したまま砂鮫へと形態変化する個体もおり、砂漠の民にとっての新たな脅威であると同時にその身は滅多に仕留められない大物として珍重されることになる。

 

沼鮫形態へと移行した砂鮫は新たなライバルとなる若い砂鮫を追い出し、追い出された砂鮫は若い個体が故に、砂地に適応しやすく砂漠の捕食者として砂漠中に拡散して行く。

生態系ピラミッドの下層である草食の肺魚は、同時期に沼地に放たれた水モロコシやパピルスの若葉や水苔などをかじり、捕食者の侵入できない浅瀬のパピルスの茂みに産卵して種を維持し次世代へと繋げて行く。

 

元々一人前の狩人となる試練の場として砂鮫の繁殖地を利用していた岩山オアシスの村人たちは岩地の泥沼の大変化に早い時期に気づいており、調査が行われ彼らが目にした物は以前来た時よりも遥かに水深の深い濁りつつも幾らか透明度のある沼地であった。

 

泥臭く岩山オアシスの湧水程飲用に適していない水質だが、緊急時には一度沸騰させて飲む事くらいは可能であり、肺魚も生息しているので利用価値は以前の泥沼に比べて大きく上がった。

しかし、沼地を詳しく調査しようと服を脱ぎ始めた調査隊の前に突如地面がせり出してきて、四角い石板が目の前に現れた。

 

石板は精巧に彫刻された絵が描かれており、砂鮫の成魚と思われる絵と、砂鮫に似た、そして見たことも無い姿の大型魚の絵が描かれていた。

 

良く見るとその横に、食用として知られる肺魚と岩山オアシスのあちこちに生えているパピルス、そして人間の絵もあった。

 

「人間や砂鮫等の大きさ比が非常に正確に再現されている。」

 

「では、この砂鮫の横に描かれている巨大魚の大きさは砂鮫の三倍ほどあるという事なのか?」

 

「まさか・・・この沼地に?」

 

沼地を泳ごうとしていた調査員の顔は青ざめており、太陽光線の届かない濁り水の深さと恐らくその中に生息しているであろう巨大魚の存在に戦慄を覚えた。

 

岩山オアシスの村にその調査報告が届くと、村はちょっとした騒ぎになり、砂漠の民を守護する岩山の主様が何故そのような危険な場所を作り出したのか議論されたが、命知らずの狩人たちによって事態は急変を迎えた。

 

沼地に挑んだ狩人たちは大型の槍を持って沼地に潜り、事前に用意してあった肺魚の腹を切り裂いて血をまき散らし、砂鮫の水中適応形態である沼鮫をおびき寄せた。

 

陸上とは勝手の違う水中での狩りに手間取るものの、砂漠の過酷な環境に鍛え抜かれた肉体を駆使して、沼鮫の首筋に大槍を打ち込む。

血に染まる沼地と、水柱を上げる人と魔物の塊、そしてそれを目じるしに次々と沼鮫に躍りかかる命知らずな男達、そして暫く経ち沼地は静寂を取り戻した。

 

命知らずな狩人たちに齎されたのは、砂鮫の三倍ほどある巨大魚であり、その血肉は死の海から迷い込んだ大砂鮫に匹敵するほどの資源であった。

 

「岩山の主様は我らに試練と恵みを両方創造されたのだ。」

 

「戦士たちの鍛錬の地として、あの沼地を使うべきだ。」

 

「飲み水には適さぬ故に、修行者の身は更に引き締まり、油断はなくなるであろう。」

 

迷宮核が動植物保護区として意図的に飲用に適さない水質の沼地を作り出したが、それは長期滞在を阻止して乱獲を防ぐことに繋がり、保護区の生物の個体数は常に一定数を保たれた。

 

結果的に岩山オアシスの村に副次的に恩恵を齎し、彼らの食事のレパートリーに砂鮫や沼鮫の魚肉が並ぶようになった。

 

動植物保護区たる沼地は岩山オアシスの守り手や狩人たちに管理され、うっかり旅人が危険な沼地に迷い込んだり、岩山の主様の物である沼地の生物が密猟がされない様に監視されている。

 

そして調査の副産物として、沼鮫が砂鮫の水中形態であるという仮説が魔術研究所や守り手達の中に浮かび、砂鮫の骨格と沼鮫の骨格の比較がされ、ほぼ一致したことからその説が岩山オアシス中で支持されるようになった。

 

これは、乾燥地と湿地が隣接する特異な環境が無ければ導き出されなかった仮説であり、大河の国ですら知り得ぬ情報であった事で、旅人を通じて岩山オアシスの存在はますます注目を浴びるのであった。

 

(元々砂鮫の骨格は天幕の補強材や武器などに利用されていたが、沼鮫の骨は更に大きく加工幅も広い。)

 

(内臓は天日干しにして保存食に加工できるし、煮込めば濃厚なスープになる、そして肉はあく抜きして泥臭さを取り除けば上品な味わいになる、血液は砂漠の生物の干物の粉末と混ぜる事で滋養強壮剤に加工される。)

 

(血・肉・内蔵・骨・皮、本当にどこも捨てるところが無いんだな、改めて見ると・・・。)

 

(戦士たちの訓練場所として使われるのは想定外だったけど、砂鮫も順調に数を増やしているし、彼らだけでなく砂漠をさまよう草食動物たちも繁殖場所に選んでいる・・・・動植物保護区を作って正解だったな。)

 

(時々肺魚を捕食するために里帰りする砂鮫も見かけるし、人間が襲われるケースも心なしか減った気がする。やはり獲物としてみると人間を襲うのは彼らにとってもリスクがあるんだろうな、だから食べやすい肺魚を狙うんだ。)

 

(それに、この激しい生存競争で生と死が目まぐるしく繰り広げられることで、魔力が私の分身体にかなりの量が供給されている。)

 

(岩山オアシスの次に多い魔力の供給源になるとはね、何があるか分からないもんだ。)

 

(早くこの干ばつが終わらないかな、砂漠は広大だ、こんな僻地でかろうじて種を存続させ続けるのはとても苦しい事だ。)

 

(砂漠を旅立った先で、せっかく生まれたこの命たちが、水を失い干乾びてしまうのはとても悲しい事だ、人も魔物も・・・。)

 

(神よ、どうかどうか、この乾いた大地に慈雨を齎したまえ・・・・。)

 

 

迷宮核はそう願わずには居られなかった・・・・。


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