「ジダン、まだその剣の重さは無理みたいだな、剣に振り回されているぞ?」
「うぅ、でもいつものは少し軽すぎるし、あれとこれの中間ってないんですか?」
「無いぞ、そもそも俺からしたら誤差の範囲でしかないから正直なんとも言えんな。」
「わぴゃっ!?」
「ほれ一本取ったり」
村長家の末弟ジダンは、砂漠の神の剣に選ばれて以来、父親のアリーやその師匠であるカシムに剣の稽古をつけて貰っている。
同年代の子供達よりも一つ抜けた実力を身に着けつつあるが、肝心の神の剣はあまり触らせて貰えない上に、実際に握っても上手く扱えないので砂神剣を持て余していた。
「うーん・・・この調子だと岩山の主様から授かった剣を活かすことが出来ないままに終わってしまいます。」
「その年で木剣をそれくらい扱えれば上等だろうよ。」
「男衆の指導をするカシムおじさん直々に剣を教えてもらっているのに、これでは何か申し訳なくて・・・。」
「ふむ、俺だってお前さんと同じ年の頃は剣なんてまともに振り回せなかったさ、だが、がむしゃらに剣を振り続けていればこれくらいの腕にはなる。自分を信じて練習しておけ。」
若干白髪が混じり始めた黒髪をオールバックにした戦士カシムは、かつて護衛として付き添っていた前村長の娘ラナの息子であるジダンを孫の様な感覚で厳しくも優しく指導していた。
砂神剣に選ばれてからジダンは、御神体の祀られている社へのお祈りをするようになっており、以前のように怖がらずに毎日それを続けていた。
そして、何かとバラバラに纏まらずそれぞれの遊び場で遊んでいる姉弟たちが集まる場でもあるので、お祈りの時間は家族水入らずの時間でもあった。
「へぇ、ジダンはもうそこまで剣の腕を上げたのね?」
「うんうん、お姉ちゃんとして鼻が高いよ!まぁ、私の腕には届いていないけどね!」
「姉さんは力任せにジダンを打ちのめしているだけじゃない・・・年の差も考えなよ。」
「うぅ、アイラお姉ちゃんは力も強いけど、ただ振り回しているだけじゃなくて芯があるから、まともに受けると木剣落としちゃうんだよ。」
「ラーレも、もっと剣の練習をしたら?ぶっちゃけジダンの方が剣術の腕あるよ?」
「わたしは、嗜む程度で良いのよ。それにジダンは砂漠の神様に選ばれし子だから砂神剣を扱えるようになるまで、剣の腕を上げなければならないと決められているよ。」
「う・・うううぅ、気が重いよぉ。」
「つーん!ジダンは羨ましいな、あ!そうだ!お祈りが終わったら私と剣の稽古しない?」
「お・・・お手柔らかにお願いします。」
「前みたいに、力任せに頭殴らないでね。ジダンが気絶しちゃって本気で心配したんだから・・・。」
守り手達が使う練習場の広場へ木剣を持ったアイラとジダンがやってくると、適当な場所に円を書いて、その範囲内で剣の稽古を始めた。
「行きます!!」
「かかってきなさい!」
カンカンと小気味の良い音が打ち鳴らされ、時に軸をずらして受け流したり、フェイントを入れつつ隙を見て攻撃したり、子供ながら侮れない実力で姉弟はやり合っていた。
「ふっ!!」
「いぃっ!?・・・・っこの!!」
「え?っうそ!?・・・・おふぅっ!!」
思いのほか鋭い一撃に一瞬青ざめるアイラだが、咄嗟に剣を握る力を緩めて剣撃を受け流し、剣を回転させながら持ち直して突きを放つ。
「あぁ、今のは思いっきり肺に刺さっちゃったね。ジダン、大丈夫?」
「だいじょばなぃぃ・・・・。」
木剣とは言え、それなりに勢いの乗った一撃が胸部に当たってしまったのだ。防具も身に着けず、衝撃吸収力が大して高くない布の服ではアイラの一撃はジダン少々堪えた。
「ごめん、何か肺から空気ぬける感触が・・・モロに入っちゃったね。」
「うえぇぇぇん!ラーレお姉ちゃーん!!」
「はいはい、よしよし、姉さん・・・もうちょっと弟に優しく出来ないの?」
「そりゃ末っ子だもん、可愛がるに決まっているじゃない!」
「姉さんの可愛がるは普通の可愛がるとは、ちょっと違う気がするんだけど?」
「大体、ラーレはジダンを甘やかしすぎだよ!これじゃぁラーレにべったり過ぎになっちゃうよ!・・・それに、私にあまり甘えてくれなくなっちゃうし・・・。」
「あら?アイラは私に甘えても良いのよ?」
「!?・・・お母さん?」
いつの間にか姉弟の後ろに立っていた母親のラナは、練習用の短剣を片手に背伸びをしつつ関節をクルクルと回して体を慣らしていた。
「えっと・・・何で練習用の短剣を?」
「あぁ、大丈夫・・・砂鮫の牙で作られているけど刃は潰してあるから・・・。」
「そういう問題じゃなくて・・・。」
「途中から見ていたわよ?確かにジダンの一撃はお見事だったけど、むきになって本気でつついちゃったでしょ?」
「ひっ!?」
「お稽古・・・しよっか?」
その日、アイラは稽古と言う名のお仕置きをされて、絶妙な力加減でぺしぺしと痣が残らない程度の手痛い攻撃を受けて轟沈した。
そして何気なく、ジダンの稽古が始まり、姉のアイラ程ではないにせよラナの短剣に木剣を弾かれたり、母の練習用短剣を握らされて型を教えられたりする事になった。
「随分と遅くなったと思ったら、お前たち剣の稽古をしていたのか・・・ほんの今さっきまで・・・。」
「ごめんねアリー、ちょっと興が乗っちゃって・・・。」
「ぺしぺし嫌ぁ・・・ぺしぺし怖いぃ・・・。」
「何か途中でわたし治療役やらされていたし、姉さん、ジダン、大丈夫?」
「ラーレお姉ちゃんの魔法が無かったら今頃、僕もアイラお姉ちゃんも動けなくなっていたよ・・・疲れたぁ。」
「はぁ、全く今から飯を作るのか・・・砂鮫の肉はまだ残っていたかな?」
「私が作るよ、アリーは子供たちをお願いね。」
ラナは木桶に溜めた水で手から肘まで汚れを洗い落として、黒曜石の短剣を取り出して塩漬けの砂鮫肉を捌き始める。
「あいつは、ああ見えて短剣捌きだけなら俺よりも上だからな、お前たち、どこか痛めているところは無いか?」
「え?うん、大丈夫だよ、お母さん短剣の稽古は怪我する事なんて滅多にないし、何処か血が出たらお母さんの方がひっくり返っちゃうし・・・。」
「あの過保護っぷりは何とかならないものかな?ちょっと魔法の方が得意だからって治療役に毎回連れ出されるこっちの身にもなってほしいわ。」
「ジダンを散々甘やかしているお前が言うものでもないだろうラーレ・・・。」
呆れ顔の父親をじとっとした目で不満の意思を伝える次女のラーレ、ジダンはそんな二人の視界から逃れようと、こっそりと離れている。
「こら、逃げるな。」
「に゛ゃっ!?」
アイラに首根っこを掴まれ、ぶらぶらと脱力するジダン。
「将来は魔術師になりそうなラーレは兎も角、貴方は神剣に選ばれし子なのよ?将来、砂漠の民を導かなければならない存在なの、だから毎日稽古とお祈りは欠かさず行わないといけないの。」
「うー・・・わかっているよぉ・・・。」
「そう言えば、お前と同じく神の声を聴いたという子供たちの一人・・・確かルルだったか、あの子も剣の道を選んだらしいな?」
「うん、お父さん、確か僕が神剣に選ばれたときだったかな?」
「あの子もあの子で少し特別だが、何で今まで剣に興味も欠片もなさそうだった娘が剣の道を志したのだろうかな?」
「よくわからないけど・・・なーんか、あの娘僕につっかかってくるんだよなぁ・・・。」
数か月前、守り手見習い同士の試合で準決勝で彼女とぶつかった時の事を思い出す。
「ふふん、神剣に選ばれたからって調子に乗らない事ね!あたし強いんだから!」
「まさか君が守り手見習いになっているなんて思わなかったよ・・・。」
「そうでしょ!そうでしょ!あたし意外と剣士の才能があった・・・じゃない!ジダン、貴方が神剣に選ばれるに相応しいか、このあたしが見極めてやるんだから!」
「どうかな?少なくともちょっと驚いたからって、ぴぎゃあああああ!なんて叫ばないもん!」
「そ・・それを言うなあああ!アンタだって喋ったああああ!って叫んでいたじゃない!」
「なんだって!もう怒ったぞぉー!!」
子供らしいどこか気の抜けた口喧嘩をしながら、子供にしては鋭い木剣の応酬をする二人、互角の実力だが幾らか腕力が上のジダンの振り下ろしに手がしびれてその隙を狙われ、木剣を首筋に突き付けられ勝負が決まった。
その後決勝で、少し年上の男子相手に際どく勝利したジダンは、砂神剣を模した木彫りの首飾りを授与され、岩山オアシスの村中に響く歓声を受けた。
「おめでとうジダン!流石神剣に選ばれし者!あたしを倒すだけあるわね!」
「ルルちゃん?あ・・・ありがとう?」
「力押しだけじゃなくて、受け流しの技術も相当なものなのね。年上相手だとどうしても力関係で分が悪いし・・・。」
「あのお兄ちゃんも強いけど、ルルちゃんの方が剣捌きは上だったよ?僕はたまたま運が良かっただけさ、もしかしたら君が優勝していたかも?」
「そ・・・そんなことは・・・でも・・・。」
誰にも聞こえない様に小声でつぶやく。
「ジダンに置いて行かれなくて良かった・・・もう少し傍に・・・。」
「ルルちゃん?」
不思議そうな顔で首をかしげるジダン。
「ふふふっ、剣の道を目指してやっぱり正解だったな、なーんて!」
「うん、実力を見ると僕よりもよっぽど神剣に選ばれそうだよ、ルルちゃんは強いよ!」
「か・・勘違いしないでよね?神の声を聴いた子供達なんて呼ばれて舞い上がっているところ、貴方が神様に直接選ばれちゃって焦って剣の腕を上げたんじゃないんだから!」
「ルルちゃん?え?早口で良く聞こえない・・・何を言って・・・。」
「何でもない!じゃあねジダン さ ま !」
「さま・・って・・。」
砂神剣に選ばれた事もあって、ジダンは村人たちに敬意を持たれ、敬称で呼ばれることも少なくない。しかし、年相応の子供として見ている部分もあり、複雑な気持ちながら成長を楽しみにしている。
それまでごく普通に一緒に楽しく遊んでいた同年代の子供達もジダンの事を敬称で呼ぶこともあり、何とも言えない気分になる事も多かったジダン。
それ故に、試合中ごく普通の同年代の子供と同じように扱ってくれていたルルに取ってつけたように様呼びされた事に妙に引っ掛かりを覚えるのであった。
「まぁ、ルルちゃんも結構強かったし、単純に僕の事をこーてきしゅ~?・・・として見ているんじゃないかな?」
「好敵手な、だが結局剣の道を目指した理由は分からずじまいか・・・。」
「アリーはそこら辺鈍いからねぇ・・・ふっふっふ、若者たちよ、砂鮫煮込みを持ってきたぞよ!」
「何だそのノリは?おお、美味そうじゃないか!」
「わーい!頂きまーす!」
「姉さん・・・何だか弟の行く先が見えてしまった気がするの・・・。」
「貴女はもう少し弟離れをすると良いわ。まぁあの子にお似合いじゃない。私とも気が合いそうな感じがするし、良いお付き合いが出来ると良いわね、色々と・・・。」
岩山オアシスに集まった砂漠の民同士の繋がりで生まれてきた新たな世代は砂漠の民の未来を担う存在であり、希望でもあった。
そして、神剣に選ばれし子供と言う象徴的存在が現れた事で、砂漠の民はますます未来に希望を持つのであった。
(ジダン・・・・あの子は祭り上げられてしまったけれど、それのお陰で砂漠の民のみんなから放たれる希望の感情が・・・魔力がより強力なものになっている。)
(ジダンが剣の才能があって本当に良かった・・もし、剣の才能がなく祭り上げられてしまったら、もし剣の事で追い詰められることがあったら・・・やはり、少し私は軽率だったかもしれない。)
(あの剣は、剣の技術があるならば砂漠の民の誰もが扱う事の出来る武器だけれども、こうなってしまったからには、調整をしなければならないな・・・。)
(特定の誰かが握りしめたときに、私の分身体を発光させてみよう。取りあえず村長家族全員に目印をつけて置いて・・・まぁ、こんなものだろう。)
(さて、まだまだやる事は沢山あるぞ、オアシス同士の結びつきや魔物が避ける通路と魔物を集め隔離する浮島を作るべきか・・・。)
(いや、大河の国近くの枯れた大河跡の地質調査が先か・・・魔力配分的に余裕がないし判断が難しいな・・・ふーむ。)
迷宮核の試行錯誤はまだまだ続く・・・・。
希望の象徴を得た砂漠の民は生きる輝きをより強めて行き、文明的に繋がりのない者同士でも結びつきを強めて、互いに力を合わせて砂漠の大干ばつに立ち向かうのであった。
それによって生み出された膨大な魔力によって各オアシスは、時間をかけ少しずつ強固な地盤となり、緑の帯と呼ばれる荒野はその大昔、かつてそこが平原だったころの姿を取り戻しつつあるのであった。