霊晶石物語   作:蟹アンテナ

21 / 92
大雨

迷宮核の力によって水源が維持されている岩山オアシス、干ばつに襲われる砂漠の中で数少ない人類の生存圏である。

 

元々乾燥した土地である砂漠でも大雨が降る事があり、年に数回の雨でその年の水分を保持し砂漠の生物は生を繋いでゆくのだが、干ばつにより年に数回の雨が激減してしまっていた。

 

しかし、年に数回から年にあるかないかに減った雨が久しぶりに降りそうな気配をしていた。

雲一つない空だった砂漠が朝なのにも関わらず薄暗くなり、空の隙間なく分厚い雨雲が覆っていた。

 

(これは雨が降りそうな気配がするな。私がこのオアシスを整備する前は貯水なんて考えていなかったから幾らか無駄にしたが、もう数少ないチャンスを逃すことは出来ない。)

 

(岩山オアシス周辺の地下には地底湖や地表の湖とは比べ物にもならない程の広大な空洞がある、地盤を補強しながら少しずつ広げていった貯水槽が今役に立つ時が来たのだ!)

 

地底神殿とも呼べる外観をした大規模貯水槽は何本も太い柱が天井を支えており、岩山オアシスの岩盤から繋がる分厚い岩の層を地形操作能力でくり抜き魔力で物質同士の結合力を高める事で高い耐久力と膨大な量の水を貯水する事ができる。

 

殆どの雨水は砂漠の表面を流れるだけで、地下まで浸透する事が無く海まで流れ去ってしまうようだが、網目状に伸ばされた排水溝が地中に埋め込まれており、大雨の日だけ地表に管が伸ばされて水を地下に流すのである。

 

「おお、久しぶりの雨の気配だ!」

 

「この砂漠に岩山の主様の加護が齎されて以来、雨が降らない年が続いても砂漠の生命は生き続けることが出来る。」

 

「それでも、だからこそ!この砂漠には雨が必要なのだ!」

 

「大いなる天よ!母なる大地よ!我らに生命の源たる水を与えたまへ!!」

 

ぽつりぽつりと、雫が落ち次第に数を増し、砂漠中が水没せんばかりの大雨が降り注ぐ。

 

「雨だ!雨だ!水瓶を用意するんだ!」

 

「村中から水が入れられそうな容器を出せ!雨が降ってきたんだ!!」

 

「雨だー!わーい!」

 

「こらこら、滑って転ぶなよ!お椀でも壺でも良い!何か水を入れられる容器を家の外に置いてくれ!」

 

岩山オアシスや各小型オアシスの村々は、久しぶりの雨で文字通りお祭り騒ぎであり、人もラクダも、砂漠に住む魔物すらも大雨に浮かれていた。

 

(交易路の村の行商人の話によると、大雨の後は海に流れる砂を含んだ泥水が漁業に大打撃を与えるらしいな・・・その殆どが、地表を流れ去って地面にしみこまないのも原因だと思うが・・・。)

 

(しかし、用意したのは地下貯水槽だけではない、この時の為に魔力を温存していたのだ!・・・上手くいってくれよ!)

 

数歩先の視界すらも見えなくなりそうな豪雨は、砂漠中の砂と言う砂を泡立たせ、砂漠の表面をなぞるように泥水が流れるが、迷宮核が用意した排水溝に雨水が流れ込み、地下貯水槽へと流れ込んでゆく。

 

枯れた大河跡は、大雨の影響で久しぶりにかつての水の流れを一時的に蘇らせ、鉄砲水となり、その直線上の物体を生物問わずなぎ倒し押し流してゆく。

恒例とは言え、大河跡を道として利用している行商人が犠牲になるが、雨の気配を感じたらすぐに大河跡から離れるという知識を持っていなかった無知の代償をその身をもって支払う事になるのだ。

 

迷宮核が生まれる前までは、年に数回の大雨が降った後は短時間で地表が乾燥してしまい、再び過酷な砂漠へと戻るのだが、今回は様子が違っていた。

 

(肺魚や砂鮫の体表粘膜の物質組成を参考に合成した吸水ポリマー・・・溜め込んだ魔力を使ってこの大雨のタイミングで一気に合成する!!)

 

迷宮核は砂漠中に散らばった自らの分身体・・・従属核に保水作用のある吸水ポリマーの一斉合成を命令し、岩山オアシスを中心とした各オアシスのコアから大量の吸水ポリマーが散布された。

 

砂漠の表面を流れる泥水は、次第に粘り気を帯び始め、泥団子の様な形状に固まったり、じゃりじゃりとした質感に固まったりと、変化を始めた。

 

(砂鯨が呼吸をする為に浮上するタイミングで水の魔石と一緒に密かに散布していた吸水ポリマーも無事にこの大雨を蓄えてくれている様だな。死の海の生物たちもこの大雨の影響で活性化している様だ。)

 

砂鯨の体表に撃ち込まれた従属核は、地形操作能力や各種センサーなどで死の海の生物を観測しているが、この大雨によって齎された久しぶりのまとまった量の水分に狂喜し、普段は深いところをねぐらとしている大型生物も地表に出て水分摂取に夢中になっているのであった。

 

死の海の細かい粒子の砂にも沈まない浮き輪サボテンは、吸水ポリマーの影響でゲル状になった塊に引っ掛かり、普段は風で転がり根を下ろさないが安定した地盤に触れると根を下ろす性質が現れ、死の海の地表に根を下ろした緑が現れ始めた。

 

巨体過ぎて泥水となった死の海に引っ掛かる砂鯨だが、大雨に喜びの感情をあらわにし、鳴き声を上げながら大量の水を飲み続けていた。

 

それから丸一日ほど雨が降り続けていたが、次第に雲が少なくなり、空が晴れ始めた。

 

何時もの砂漠なら、大雨が降ったことが嘘だったかのように短時間で乾燥して元の姿に戻ってしまうのだが、今回はどうにも様子が違った。

何時まで経っても地表が湿り続けており、砂とも土とも言えない泥状の地面は風で飛ばされてくる種子を受け入れる余地があった。

 

砂漠ではあり得ない、長く湿り気を残す地面は、次第に小さな植物の芽が生え始め、やがて迷宮核の支配領域の周りの砂地と言う砂地は草に覆われ、根が絡みつき砂を潜る生物の侵入を阻んだ。

 

それ故に、砂鮫などの捕食者は芝生を迂回しなければならず、岩山オアシス周辺に限り、砂鮫の襲撃件数は目に見えて激減した。

 

「大雨の後は、直ぐに地表が乾燥してしまうはずだが、こんな事が有り得るというのか?」

 

「砂漠が何日も湿り気を帯びている・・・これは一体・・。」

 

岩山オアシスや動植物保護区などから種が飛ばされてきたのだろうか?

少しずつ広がって行く緑は、岩山オアシスを中心として浮島の様な平原を作り出していた。

ラクダの餌となる雑草や豆類、時には休眠状態から目覚めた砂芋など、乾燥に耐えて発芽の時期を待っていた植物が次々と芽吹き、乳白色だった景色はまるで大河の国周辺のように緑に覆われたものになっていた。

 

(水の生成を一切止め、地形操作に集中したが大成功だった!)

 

(地下貯水槽はほぼ満タン、生成のタイミングがシビアだった吸水ポリマーの散布は望みうる最大効果を発揮した!動植物保護区に砂漠中の植物を集めて正解だった!)

 

(砂の粒子の細かい死の海に関して経過観察が必要だが、砂鯨に取り付いた私の分身が散布していた吸水ポリマーに一部の植物が定着し、個体数を増やしているので、死の海の食糧事情も幾らか解消されたと思われる。)

 

(恐らく大雨は今後さらに降らなくなって行くだろう・・・もうやれる事は全てやって魔力がかつかつで、砂漠を歩かせている私の分身体も動かしていない。)

 

(分身体と言えば、剣形態にしてある私の分身体の魔力も絞り出したから宝石部分が光を失っていたが、あの子の反応が少し面白かったな・・・まぁ、最後には泣きそうになっていたのは少々可哀そうな事をしてしまった気になったが・・・。)

 

(いつ降るかと備えていたが、私にできる最善は尽くした。後はそれこそ天に任せるしかないだろう。)

 

(神よ、この大地に生きる全ての生命を導きたまへ・・・。)

 

 

迷宮核は砂漠に生きる全ての生命たちに祈りを捧げるのであった。

 

 

 

・・・・とある大河の国。

 

「久しぶりの大雨だが、各領土はどうなっている?」

 

「一部の農民が、水かさの減った大河まで農地を広げたのですが、この大雨で大河の水かさが元に戻り、農作物の半分は水没、管理していた農民も作物を守ろうと手を尽くしている内に流されてしまいました。」

 

「・・・・全く、欲をかくからこうなる。」

 

「しかし、お陰で幾らか息を吹き返す事が出来ましたな、溜め池にも水を貯えることが出来たので当面はこれでしのげますし、濁流が肥沃な土を齎してくれました。」

 

「そうだな、それは喜ばしい事だ・・・・だがしかし・・・。」

 

「えぇ、恐らくこれから更に雨は少なくなって来るでしょう・・・。」

 

「そうならない事を祈るが、こうも雨が降らないと望み薄だな。」

 

「やがて雨粒一つ降らなくなる、なんて事にならなければ良いのですが・・・。」

 

「やはり水の魔石の調達・備蓄は急務か、急がせろ。」

 

「はっ」

 

迷宮核が行った砂漠保水作戦は大成功し、岩山オアシス周辺地域は動植物の楽園となっていた。

そしてそれらが砂鮫などの捕食者が潜みにくい草原を形成し、草木を踏みならして作られた道は、オアシスの集落同士を結ぶようになった。

 

砂漠の旅の安全性は飛躍的に高められており、村同士の交流も活発に行われ、それぞれの村の作物が物々交換され、砂漠の植生はますます多様化されるのであった。

 

その様子が大河の国に届くのはだいぶ後になってからであった・・・・。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。