霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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緑の帯

大砂漠と大河の国同士を結ぶように三日月形に地図を緑に染めるオアシス群、通称緑の帯・・・・最近になってひび割れた荒野も野草が進出し始め、特に水源が無い筈だがひび割れた荒野は草原に変化しつつあった。

 

つい最近、大雨があったとは言え、干ばつに襲われるこの地方の保水力では植物はあまり定着できないのだが、今回に限っては植物群の発芽が多く、ラクダなどの家畜の餌が確保できたので、砂漠の民や大河の国の民双方に恩恵があった。

 

行商人は、こぞって緑の帯の交易路を利用し、山脈や国を迂回したり砂漠原産の動植物の調達をしたりし、干ばつと言う危機的な状況にもかかわらずこの地方の経済を回していた。

 

次第に砂漠を横断するためのノウハウが蓄積され、砂漠用の装備や魔物の襲撃の対策、物資運搬の要たるラクダなどの家畜の運用など過酷な環境の対策が充実し、効率的な交易路の確立もした。

 

 

 

・・・・・とある大河の国

 

 

「渦巻き沼のトカゲ共から水の魔石の調達に成功した様です。」

 

「そうか、でかしたぞ!しかし相当搾り取られたのではないか?」

 

「は、希少価値の高い薬草やそれを材料とする霊薬、後は各種魔道具などと交換になりました。」

 

「全く・・・・常に雨雲に覆われている渦巻き沼では利用価値はあまりない筈の水の魔石なのに、連中はその価値を正しく認識しているのが恨めしいな。」

 

「彼らにとって水は空気と同じような物ですが、それ故にその価値を誰よりも重要視しているのでしょう、トカゲの亜人はこの地方の大干ばつを世界の終わりの様に見ているそうです。」

 

「そう言えば、普段は集落に引き籠っている中で外の世界を旅して回る変わり者も居るそうだな、もっとも乾燥に弱いのか常に水の魔石を加工した魔道具を持ち歩いて体表を濡らしているそうだが・・・。」

 

「乾燥に弱い彼らは砂漠の横断などもってのほか、という事なんでしょうな、最近水源が復活した緑の帯と呼ばれる交易路以外の場所を横断する者は居ないそうです。」

 

「そうだな、原因は不明だが交易路の水源が復活したのは嬉しい事だ、砂漠の民によって廃村が再び村として立て直されたので行商人の休憩地が確保されたのも良い。」

 

「しかし、一時枯れたオアシスを放棄して彼らは一体どこに避難していたんでしょうかね?我々の知らない無事なオアシスがこの大砂漠の何処かに存在するのでしょうか?」

 

「そこは与り知らぬ所だが、彼らが無事なのは良い事だと思うぞ?元は祖を同じとする民と聞くからな。」

 

「そうですね・・・。」

 

 

ある大河の国が水の魔石を確保し、干ばつに対抗する手段を模索する中、この地域の行商人たちは緑の帯を通りつつ、奇妙な噂を耳にしていた。

 

 

 

「いいなこれ、保湿サボテンの果肉を肌に張り付けていると皺だらけの肌が潤いを取り戻してゆくようだ。」

 

「その代わり味はえぐみと青臭さが酷くて食えたものでは無いがね。」

 

興味本位で保湿サボテンの果肉を齧った商隊仲間が渋い顔をする。

 

「緊急時はこのサボテンも食料とするらしい、実際にここの水源が枯れていた時はこれを食べて食いつないでいたらしいしな。」

 

「砂漠の民は逞しいな。ふむ・・・これは商品として売れるかもしれない。」

 

「美を追い求める貴婦人は何処の国にも居るからな・・・。」

 

その前に、故郷に置いてきた妻と娘の分も確保しなければと記憶の隅に置いておく商人。

 

「此処は生命にとって過酷な場所だが、それ故にか自生する植物の多様性は驚くほど多い、中には有毒な物もがあるが、このサボテンのように薬としての利用価値のあるものも存在する。」

 

「ひび割れた荒野・・・・今は草原になりつつあるが、更にその向こうの大砂漠には更に希少な植物が生えているという・・・。」

 

「この調子で、砂漠の緑化が進んでくれれば挑戦してみるのも悪くないが、遭難する危険性を考えると躊躇してしまうな・・・。」

 

「何、行動によって伴う危険性は世界中を旅して回る今現在もそう変わらんだろうよ、勿論対策も可能だが現在の装備であの大砂漠に挑むには無謀もいい所だろう。」

 

「ああ、そうだな・・・。」

 

彼らは商人であるがそれ故に、あらゆるものに興味を持ち、好奇心のままに知識を蓄えそれを商機とするのだ、それが商人と言う生き物なのである。

 

「大砂漠で思い出したが、砂漠に挑戦した商人仲間から奇妙な噂を聞いたんだが・・・。」

 

「奇妙な噂?」

 

「何でも彼らが本拠地としている大きなオアシスがあって、そこでは砂漠の神様が降臨して彼らが避難するための岩場や水源を作り出しているとかなんとか・・・。」

 

「なんだそりゃ?」

 

余りにも突飛な話なので、うさん臭そうな顔で眉間にしわを寄せる。

 

「この緑の帯のオアシス群の集落で見かけるようになった紋章がその神様を祭る印らしいな。」

 

「人は追いつめられるとそう言ったものを作り出したくなるもんなんだろうな。」

 

眉唾物な情報として切って捨てようとする商人、しかし商隊仲間は話を続ける。

 

「いや、どうにもそうでもないらしい、緑の帯や荒野で目撃される動く石像の噂は聞いているか?」

 

「いいや?」

 

「干しレンガだか岩だかしらんが、石像の様な物が重そうな体でのっしのっしと砂漠を歩く姿が目撃されているそうだ。」

 

「石像が動くなんて聞いたことも無い、魔道具でもそんな物作る奴はいないだろう、何かの魔物と見間違えたんじゃないか?」

 

「いや、実際知り合いの商人の親戚が蜘蛛の様な石像が歩いているのを目撃しているそうだ、で・・・その石像に緑の帯の集落に描かれている紋章が表面に刻まれていたそうだ。」

 

「な・・・砂漠の民にそんな魔道具を作り出す技術があるというのか!?」

 

「違うな、むしろ石像を崇めている様子だったと聞く。」

 

驚愕に顔を染めるが、少し考えこみ間をおいてから口を開く。

 

「・・・・それでは、砂漠の民があの紋章を思いついたのではなく、動く石像に描かれている紋章を模倣したという事なのか。」

 

「それが砂漠の民が言う砂漠の神なのかは知らんが、ごく最近この緑の帯の水源が復活した事と無縁ではなさそうだな・・・。」

 

「もし・・・もし、緑の帯を横断中にそいつと遭遇したらどうする?襲い掛かってこないだろうな?」

 

「さぁ知らんな、だが砂漠の民の様子を見る限りでは、こちらから余計なちょっかいをかけなければ問題はなさそうだが。」

 

「そうだな、目撃しても不用意に接近したりしない方が良いだろう、岩に槍を突き立てる羽目になるのは御免だ。」

 

「仮にそいつが砂漠の神とやらなら、ご利益でもあれば良いのだがな。」

 

「金銀財宝でも貰えるのかね?」

 

「はん、今はそんな生きるための道具よりも水の方が欲しいわ。」

 

「ごもっともだ、金はあっても水と食い物が無けりゃ生きて行けん。」

 

「さてと、女どもの水浴びもそろそろ終わるだろうし、俺たちも水浴びと物資の補充を済ませてしまおう。」

 

「ああ、気温が上がり始める前の明け方に出発だな。」

 

 

砂漠と言う過酷な環境で生きる砂漠の民と同じく、彼ら旅の商人達も干ばつと言う試練に耐え、過酷な環境の地を横断する事も商機があれば躊躇しない、逞しい者達なのである。

迷宮核が砂漠各地に仕込んだ地下構造物は、数少ない大雨と言う恵みを決して無駄にはしていなかった。

砂漠や荒野に広がる植物群は、地下貯水槽から点滴のようにじわじわと滲み出る水分を糧として、繁殖を続ける。

照り付ける地面は地表を覆う草木によって幾らかやわらぎ、灼熱の砂漠はほんの少し気温が低下し、そこに住まう生命たちの活動がしやすくなるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

保湿サボテン

 

緑の帯や荒野周辺に自生する黄緑色のサボテンの一種。

美しい黄色い花を咲かせて観賞用としての需要もあるが、乳白色の果肉に保湿効果と美肌効果があるので大河の国々では王族貴族を中心に需要が高い。

また、軽い火傷や肌荒れの薬効もあるので、薬品の材料としても少量流通する。

他のサボテンに比べて幾分か乾燥の耐性が無いので、大砂漠では疎らにしか生えておらず、オアシスなどの水源近くでは群生する。

味はえぐみと青臭さが酷く食用には向かないが、栄養は素晴らしいので滋養強壮剤や緊急時の食糧として使われることがある。

作物としての育成難易度はさほど高くなく、大河の国にも少量が生産されているが、過酷な環境で育った保湿サボテンの方が良質なので緑の帯で育てられている保湿サボテンの需要が高い。

岩山オアシスでは薄く切り取られて、日焼け対策に使われている。

 


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