霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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撃退

ウラーミア王国は、大河の国の連合軍と交戦する中、緑の帯から姿を消した砂漠の民の捜索と討伐の為に中規模の部隊を派兵する事にした。

 

蛮族討伐隊、通称:討族隊が編成され、国境沿いの戦いで得られた[戦利品]を一部借り受け魔術兵を中核とした遠征部隊が交易路へと進んでゆく。

 

緑の帯と呼ばれる交易路は、その名の通り荒れ地に絨毯のように青々とした草が続いており、馬やラクダなどの飼料を確保でき、点在する村々は小さいながらも旅人が体を休めることが出来る交易の要所であった。

 

しかし、そこに住まう住人たちは姿を消してしまい、緑の帯の村々は無人状態であった。

現在はウラーミア王国の兵が駐屯しているが水や食料は持ち込みで、当てにしていた湧水は全て干乾びてしまっている。

ますます砂漠の民に水の魔石の出所に対する不信感を深めつつ、討族隊は緑の帯の最も大砂漠に近い村跡地へと到着していた。

 

「ほう?この先の荒野を進めば砂漠の民の集落があると?」

 

「へぇへぇ、俺たちの村は砂に飲まれてしまいやしたが他の村の大体の位置なら覚えてやすぜ?」

 

「ふん、難民崩れの野盗でも使い道はあるという事か、この遠征が終われば恩赦がある、つまり貴様らは晴れて罪人ではなくなるのだ。」

 

「ははぁ・・・他の村の連中には悪いですが、これも生きるためです。なんでもしやすぜ・・・・。」

 

「余計な事を考えるなよ?もし妙な真似をすればアレの仲間入りだぞ?」

 

ローブの下に鎧を着こんだ魔術師が後方に控える死者の軍勢を親指を立てて指差す。

 

「いえいえまさか!罪を償う機会を与えて貰ったのにとんでもない!」

 

「まぁ、見ておれ、砂ネズミ共も何れこれと同じ傀儡となるだろう。」

 

難民崩れの盗賊は、鎖帷子を着込んだ骸骨の群れに息をのんだ。

鎧や鎖帷子で隠されているが、その中は白骨死体そのものであり、モノによっては腐った肉片がこびりついたままの個体もある。

 

(あんなのに・・・あんな姿にされてたまるか・・・。)

 

魔術師の命令で動くが、単純な行動しか出来ず、単体での戦闘能力はそこまで高くないが、魔力が続く限りは復活し、骨の体が破損しても仲間の残骸から使えそうな部位を取り換えて戦闘を継続するので扱い用によってはかなり強力な戦力なのである。

 

(くそっ、村の作物が全滅して井戸も枯れて命からがら大河へと逃れたと思えば、罪人扱いか!確かに飢えをしのぐために金と食いもんを盗んだり、畑の野菜を掘り出して食っちまったが、奴隷にされるほどの大罪人では無いぞ畜生!)

 

討族隊は砂漠の歩き方を知る難民崩れの盗賊の案内で、緑の帯から大砂漠に通じる荒野を歩き、一番緑の帯に近い位置に在るオアシスの村へと進軍した。

 

「おい、大砂漠と言う割には言う程乾燥していないではないか?」

 

「はぁ・・・確かに最近大雨は降りやしたが、こんな砂漠は俺も初めてですぜ。」

 

「水の魔石と言い、干ばつだと言うのに緑の帯の湧水の復活と言い、この地で一体何が起きているというのか・・・・。」

 

「砂ネズミどもめ・・・一体何を企んでいる?」

 

「まぁ良い、蛮族共の住処が見えてきたぞ、反抗する者と老人は殺せ、生き残りは情報を吐かせた後は奴隷にする。」

 

「くくく・・・了解、さぁ傀儡共よ!新たな同胞を作り出せ!砂ネズミ共を骸に変えるのだ!!」

 

黒い霧を纏った死者の軍勢が隊列を組みながらオアシスの村へと進軍する。

オアシスの村は、既に臨戦態勢であり、村の守り手が櫓や岩の上から弓をつがえていた。

 

「奴らついに大砂漠まで攻めてきやがった!」

 

「なんとおぞましい・・・あれは死霊術では無いか!外道め!」

 

「落ち着いて対処しろ、死霊の数はそれなりだが人間の兵はそれ程でもない、死霊を操る魔術師が居るはずだ、そいつを狙え。」

 

オアシスの村と討族隊双方の距離が縮まると、弓矢の撃ち合いから始まり、やがて槍や刀剣での近接戦闘になる。

 

「脆い!動きも単調だ!」

 

「油断するなよ、魔術師が居る限り復活する筈だ!」

 

「しかし、この数をどのようにして動かしているのか?一人二人の魔術師ならば行軍中に魔力切れを起こしてもおかしくない筈だが・・・。」

 

「あの人数全てが魔術師とは考えられんし、仮にそうだとしてもこんな小さな村に派兵するには過剰戦力過ぎる・・・何か仕掛けがある筈だ・・・」

 

死霊に混ざり人間の兵士が戦闘に加わり始め、疲れ始めたオアシスの守り手に被害が出始めた。

 

「死ね!蛮族め!!」

 

「ぐおぉっ!?こいつ、死霊を盾に・・・・。」

 

「下がっていろ!・・・くっ、やむを得ない後退するぞ!」

 

未だに死者は出ていない物の、多勢に無勢な為、守り手達は村の防壁まで撤退し、上部から石や岩石、干しレンガなどを投擲しウラーミアの軍勢を攻撃した。

 

「骨の奴に当ててもらちが明かん、生きて居る奴を狙え!何処かに死霊を操る魔術師が居るはずだ!探せ!」

 

「数は厄介だが、やはり人間相手の方がきついな、正規の訓練を積んだだけあって手強い。」

 

死霊に混じるウラーミアの兵士を弓矢で射抜き、確実に敵の数を減らして行くが、背を低くして体を隠していた兵士が炸裂魔石を防壁に投げ込んだ。

オアシスの村の干しレンガで出来た防壁は元々それ程防御力が高くなく厚みでそれを補っていたため何とか死霊の攻撃には耐えられていたのだが、炸裂魔石の爆発で容易く崩れてしまった。

 

「ぐ・・・しまった、防壁に穴が開いてしまったぞ!」

 

「負傷者は後方に下がれ!」

 

「俺はまだいける!それに此処を突破されたら最期だぞ!」

 

「奴ら死霊ごと吹き飛ばしやがった!死者を穢す外法・・・・何処までも外道なのか!」

 

瓦礫をどかして村の内部まで進攻しようとする死霊達、しかし村の守り手達が矢を放ち妨害し、空いた穴を塞ぐように槍と盾を構えた守り手達がウラーミアの軍勢とぶつかり合う。

 

「ぐぎゃあああああ!!」

 

「砂鮫の牙は骨すらも噛み砕く、死霊を盾にしようがこの矛先からは逃れられぬ。」

 

「格好つけてないで魔術師を探せ、死霊ごと貫けても隙は生まれる、死霊にまぎれた兵士に警戒せよ。」

 

ウラーミア側に被害が出始めた時、突如死霊の一部が動きを止め、頭蓋骨が黒く染まると破裂し、黒い霧が広がり始めた。

 

「なんだ!?」

 

「黒い霧?警戒しろ、迂闊に近づくな!」

 

拡散した黒い霧は、打ち取られたウラーミアの兵士の死体にまとわりつき、ぐらぐらと揺れながらゆっくりと起き上がる。

 

「なんという・・・。」

 

倒した筈の兵士が死霊に加わり、ぎこちないながらも剣を握りしめて襲い掛かってくる。

 

「その場で死霊化だと!?」

 

「馬鹿な、どれだけ魔力があると言うのだ!」

 

「生身の人間に被害が出れば撤退すると思っていたが、甘い考えだったな。」

 

「黒い霧に近づくな!魂を穢されるぞ!」

 

 

一方、ウラーミア王国側も動揺が広がっていた。

 

「馬鹿な、自軍の兵士も死霊化だと?」

 

「な・・・敵の死体を利用した死霊兵では無かったのか?」

 

「くくくく・・・なに、戦場では利用できるものはすべて利用するだけだ。」

 

ニタニタとローブを被った魔術師が骨で作られた不気味な杖を掲げながら笑う。

 

「王宮魔術師である我が師から預かった死霊軍、それに加われるなど光栄であろう?」

 

「・・・・・・。」

 

「そうだ、先ほど流れ矢に当たってしまったコレも再利用してやるか。」

 

ぐったりと動かなくなった砂漠の民の犯罪奴隷の頭を掴み魔力を注ぎ込むと、目が白濁とし口や鼻から黒い霧を吐き出しながら死霊と化する。

 

「ア・・・ぎご・・・ごえ・・・。」

 

「まだ魂が残っていたか、ふん、精々魔石の魔力の節約をさせて貰おうか、擦り切れるまで働け犯罪奴隷め。」

 

魂を魔力に変換しながら、僅かに残っていた自我すら失い、まだ腐敗していない死霊は魔術師に下された命令のままオアシスの村を襲い続ける。

 

砂漠の民とウラーミアの討族隊共に士気が下がりつつも、戦闘は続けられていた。

 

(ウラーミアの大地に眠る膨大な量の魔石、それを集め圧縮し一つの魔石にする事で小型化しつつ、魔道具や死霊兵の稼働時間を飛躍的に高めることが出来た。王宮魔術師研究室の成果を見せる良い機会だ。)

 

死霊が防壁の瓦礫を撤去し、村の内部に突入する準備が整いつつあるが、突如風切り音と共に土煙が舞い上がり、戦列が引き裂かれた。

 

「何事だ!?」

 

「魔法?・・・いや、投石器か!?なぜ木材もなさそうな砂漠で・・・。」

 

側面から現れたそれは、あまりにも異形であった。

ウラーミアの討族隊は思わず息をのんだ。

 

「あれは・・・一体なんだ?」

 

「岩で出来た・・・・蜘蛛?」

 

4つ足の蜘蛛とも蟹とも言えない奇妙な物体は、その背に巨大な弩砲を抱えており、ギリギリと音を立てながら太い弦を柱の様な部品がスライドして引き絞り、乳白色で滑らかな太い鏃が発射される。

 

「うわああああ!!」

 

「ば・・化け物だあああぁぁ!!」

 

4つ足の物体は、その背に弩砲だけでなく投石器を搭載している物もあり、人間の頭部程もある岩の塊を天高く打ち上げ、戦列に石礫を降らせる。

 

「死霊兵が粉々に!これでは再利用できないぞ!?」

 

「なんて威力だ!」

 

かなりの遠距離からの正確な狙い、攻撃をしようにもあまりにも離れすぎているし、あれに対処していれば穴の開いた防壁も障害物で埋められてしまうだろう。

 

「なんだ・・・あれは・・・。」

 

ウラーミアの魔術師は、顔面を蒼白にしながら目の前で自慢の死霊兵が粉々にされている光景を眺めていた。

 

「砂漠の民はあの様な魔導兵器を開発していたというのか?」

 

「畜生!辺境の蛮族じゃなかったのかよ!」

 

「有り得ない、ウラーミア王国は魔法帝国の後継者ぞ?あの様な魔導兵器聞いた事もな」

 

魔術師の思考はそこで途切れた。

4つ足の物体・・・・戦闘用従属核フレームの放つバリスタの直撃を受け、痛みすら感じずに肉片と化した。

 

「神様だ!砂漠の神が我らをお救いになった!」

 

「使者様やっちまえ!侵略者どもをやっつけろ!」

 

「何と言う巨大な弓だ、あんなものを撃ち込まれたら唯では済むまい。」

 

オアシスの村は歓声に包まれる。

最初こそ何が起こっているのか分からなかったが、轟音と共に敵が四散し、その原因を探していると見覚えのある影が砂漠の砂丘の上に見えたのである。

砂漠の神の使者の戦姿、何時もの砂漠を歩くだけの姿とは違う巨大弓を背負う勇ましい姿であった。

 

 

(何とか間に合ったか、まさかこのオアシスまで攻めてくるとは・・・。)

 

(砂漠の集落同士を結ぶ杭、それに取り付けられた縄を失敬してバリスタを作ってみたが、申し分ない威力だ。)

 

(水流操作を利用した油圧機構で弦を引くから消費する魔力も少なくて済むし、砂を固めれば幾らでも矢は作れる。)

 

(幾つか縄じゃなくて鋼線のバリスタも混ざっているけど、あそこまで行くと死の海の怪物だって屠れるんじゃないだろうか・・・。)

 

(魔力があればもっと派手に暴れる事も出来たけど、大雨の水を蓄えるための土地の整備で魔力を消費してしまったからこれが限界かな。)

 

(私の分身体も魔力不足で動けないものも多いが、この戦いで得られた魔力を使って再編成できそうだ・・・。)

 

(あまり気が進む方法でないが、仕方が無いか・・・まず、目の前の敵を倒さないと。)

 

 

魔術師の死亡により死霊兵達は、元の屍に戻り、遠距離から放たれる弩砲や投石器によって討族隊は壊滅し、ウラーミア王国まで撤退したのは僅か数名であった。

 

それにウラーミア王国は激昂するが、連合軍との戦いは戦況が悪化しつつあり、砂漠の民への更なる報復攻撃は先延ばしになるのであった。

 

「おのれ、蛮族どもめ!許さぬ・・・許さぬぞ!!」

 

ウラーミア王国は連合軍と砂漠の民に逆恨みし、憎悪を煮えたぎらせるのであった。

 

 

(しかし、死霊を使うとは・・・彼らの感情は、苦痛は・・・計り知れない。)

 

(触れれば溶け解けてしまいそうな魂、戦うたびに悲鳴を上げ擦り切れて傷つき、やがて何も感じなくなり、命令を聞くだけの装置と成り果ててしまう。)

 

(こんな残酷な魔術がこの世界に存在するとは・・・・。)

 

(此処まで崩された魂はどうにもならない、我々に加わることも無く魔力に分解されるだけ・・・すまない、安らかに眠ってくれ・・・。)

 

 

迷宮核は、この戦いで失われた命に祈りを捧げた。

自分自身があらゆる生命の魂の集合体であるが故に、壊れて魔力に分解してしまった魂の最期がどのような物なのか理解してしまった。

・・・・・・それ故、唯々その尊厳に祈りを捧げた。





【挿絵表示】


バリスタ型フレームのイメージ

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