霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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邂逅

大干ばつに襲われていた砂漠は大雨以降、その表面に草が生え始め、迷宮核が作り上げた地下貯水槽から配管を通って水が地表に滲み、効率的に水分を分配する事で緑が再生し始めていた。

 

ホトリア王国の使節団は、事前情報で大砂漠の過酷さを砂漠の民の難民から嫌と言うほど聞かされていただけあって、予想外の光景に暫し我を忘れた。

 

 

「これは一体・・・この大干ばつに襲われる砂漠で何が起こっているというのか?」

 

「ま・・・まさか本当に砂漠の神が降臨したというのか?」

 

「大河の国々は水不足に悩まされていると言うのに砂漠で・・・・・ぐおおおぉぉ!?」

 

 

緑が再生しつつあるとは言え、依然として不用心に砂地に踏み込む行為は危険であり、緑に覆われた砂漠の光景に驚いて無防備な姿を晒してしまった大河ほとりの国の使節団は、砂鮫の奇襲を許す事になった。

 

地中を泳ぐ砂鮫にとって多少動きにくい地形になってしまったが、植物を目当てに集まった小動物を捕食しやすくなったので、彼らも環境の変化に柔軟に対応していた。

現在でも、気を抜いた砂漠の民の給水キャラバンや子供などが砂鮫に襲われる事があるので緑に覆われているとはいえ、依然として危険地帯なのには変わりないのである。

 

 

「な・・・なんだこの化け物は!」

 

「砂鮫だ!砂鮫の群れが襲い掛かって来たぞ!!」

 

「これが砂鮫っっ!?」

 

砂鮫の突進を剣の柄で受け止め軸をずらし、無防備になった腹部に蹴りをお見舞いする。

 

「アルジャン王子の御前であるぞ!控えろ!!!」

 

「僕も応戦します!」

 

アルジャンの持つ王笏が光り輝き、緑色の閃光が迸る。

 

「風の精霊よ!邪気を払え!!」

 

王笏を勢いよく払うと空間が歪んだように空気が揺らめき薄緑色の真空刃が回転しながら直進し、砂鮫を両断する。

 

「お見事です!殿下!」

 

「魔物どもめ!我らに手を出した事を後悔させてくれるわ!」

 

砂鮫の突進に合わせて槍を突き、勢いを利用して地面に叩きつける。

砂の中から頭を出した瞬間に、斧でかち割る。

剣で弾き、横腹を一閃する。

 

砂鮫の群れは流れ作業のように駆除され、その勢いを無くしていった。

しかし、突如地鳴りと共に大地が揺れ、地面が盛り上がるとアルジャン王子の真下から巨大な砂鮫・・・沼鮫の陸生適応個体が襲撃したのだ。

 

「うわああああああぁぁぁっ!?」

 

「殿下ぁぁぁぁーーーーー!!」

 

通常の砂鮫とは大きさがかけ離れている沼鮫の襲撃は、ホトリアの使節団を混乱させ傷を負ったアルジャン王子を守るために多くの隙を晒した。

 

「う・・・うううぅ・・・」

 

「アルジャン殿下!お気を確かに!」

 

「まずい、手が付けられないぞ!こんな怪物が潜んでいるとは!」

 

「畜生!何人かやられた!」

 

沼鮫の突進で首をへし折られ即死した兵士と噛み砕かれて胴体を潰された兵士が砂地に転がり、そこに小さな砂鮫が集まってくる。

 

「くそ!そいつらに触れるな!食わせるものか!」

 

沼鮫が傷を負ったアルジャン王子を獲物として狙いを定め突進を開始する。

 

「突っ込んで来るぞ!守りを固めるのだ!」

 

鉄の盾では防ぎきれそうもない質量であったが、それでもホトリアの兵士は身を挺してでもアルジャン王子を守る決意を持っていた。

 

しかし、沼鮫の巨体が揺れると沼鮫の側面から血が噴き出し、無数の矢が飛来し兵士の遺体に集る砂鮫や、突進中の沼鮫に突き刺さりその勢いを殺した。

 

「誰かが襲われているぞ!魔物を仕留める!急いで救助しろ!」

 

矢に混じって投げ放たれる大槍が沼鮫に突き刺さり、苦しそうにその身を捩るが、返しのついた矢は簡単には抜けず、大槍も揺れて傷口を深めた。

 

「これは一体・・・砂漠の民が助けてくれたのか?」

 

「助太刀感謝する。」

 

正確な狙いの元放たれる弓矢は砂鮫を地面に縫い付け、兵士の遺体に近づけさせなかった。

 

降り注ぐ矢の間を縫うように、小さな影が砂鮫の群れを走り抜け、青白く輝く宝玉が納められた乳白色の美しい剣を振り上げ沼鮫に飛び掛かった。

 

「な!暴れる巨大魚に無謀だぞ!?」

 

乳白色の剣に納められた宝玉が一瞬眩い光を放ち、刃身が延長され巨大な刃となり沼鮫の首筋に振り下ろされ、そのまま地面に刃がのめり込んだ。

 

「な!なんだと!?」

 

「子供?・・・・あの少年があの怪物をやったと言うのか?」

 

「うぅ・・・子供、少年?・・・君は一体・・・。」

 

少年の握る大剣だったものは、いつの間にか元の大きさに戻っており、そのまま背中の鞘に納められた。

 

「旅人さん大丈夫?・・・わっ!みんな大変!男の子が倒れているよっ!!」

 

「砂漠の・・・民・・・・。」

 

「な!?あ・・アルジャン殿下!?アルジャン殿下ぁぁぁーーー!!」

 

アルジャンが気を失うと護衛の兵士たちが叫び、砂漠の民も慌てて応急処置用の医療器具を背嚢から取り出す。

 

 

それから砂漠の民は、沼鮫と砂鮫の群れに襲われていた遭難者を保護すると、彼らの本拠地である岩山オアシスで生存者の治療を行い、遺体も回収して彼らに埋葬をさせた。

 

そして・・・・・暫くして、アルジャン王子は目を覚ました。

 

「ここは・・・?」

 

見知らぬ天井、不思議な光沢を放つ石材で作られた部屋は簡素ながら彫刻が彫り込まれていたり、水晶を加工した置物が置かれている。

 

「あ、目を覚ました!君、大丈夫?」

 

「うぅ、痛っ・・・・君は一体?」

 

「僕?僕はジダンだよ。」

 

「僕は・・・いえ、私はアルジャン、アルと呼ばれています。」

 

少年は琥珀色の瞳を瞬かせ、笑顔になる。

 

「豊穣の風、生命の息吹・・・アルジャン、良い名前だね。」

 

「最上の敬意、美しき信仰の響き、君こそ良い名前じゃないかジダン」

 

「あ、皆に知らせてこなきゃ、またねアルジャン君!」

 

ベッドは堅い木材で作られていてお世辞にも寝心地が良いとは言えなかったが、寝袋に比べれば段違いに寝やすいし、ラクダや砂ウサギなどの獣の毛皮から作られたと思われる毛布の手触りも悪くはなかった。

 

たまに体勢を変えないと体が攣りそうになるが、この砂漠のど真ん中でこれ程の家具を作れる事にアルジャン王子は素直に感心していた。

 

「殿下っ!!あぁ、もし殿下に何かあればどうすれば良いかと・・・・。」

 

「いいえ、良く守ってくれました。」

 

「これで犠牲になった兵達も浮かばれます。」

 

「ごめんなさい、僕が不甲斐ないばかりに・・・。」

 

アルジャン王子が目を覚ましたという報告を受けて、岩山オアシスのまとめ役たちが病室に集まるが、いち早く駆け付けたのはアルジャンの配下の者たちであった。

 

「え・・・あの、殿下って・・・アルジャン君その・・・。」

 

「ジダン・・・・はぁ、私の息子の無礼をお許しください。」

 

「いえ、魔物に襲われている所、助けて下さり有難う御座います。」

 

「我らホトリアの使節団共に感謝しております。」

 

大河ほとりの国ホトリアの使者と護衛の兵士たちが頭を下げる。

 

「顔を上げてください、それよりも使節団と言いましたね。」

 

「はい」

 

「我ら砂漠の民に一体どの様なご用件で・・・?」

 

アルジャン王子が目配せをすると、使節の一人が頷き懐から巻物を取り出し机の上に伸ばす。

 

「大河の国々は貴方達砂漠の民を襲撃したウラーミア王国の蛮行を非難し、それが切っ掛けでかの国と交戦状態に入りました。」

 

砂漠の民の有力者たちの顔が歪む。

 

「我が国はかの国に襲われた砂漠の民が健在か調べると共に、何か支援が出来ないか提案するために緑の帯を超えて大砂漠に訪れました。」

 

「・・・・そこで、砂鮫の群れに襲われたと。」

 

「あの巨大魚の襲撃であともう少しで壊滅する処でした。本当に助かりました・・・。」

 

「いえ、間に合って良かったです、それよりも支援とは一体・・・。」

 

「我が国は貴方達砂漠の民を独立した民族と見ており、国交を結びたく思います。」

 

「国交!?しかし、我々は国と呼べる程の規模では・・・。」

 

「ウラーミア王国の尖兵を撃退する力をお持ちな時点で十分にその資格はあります。我が国は砂漠の民と交流を深め、共に繁栄して行きたいと考えております。」

 

「・・・・・・少し、考えさせて頂いて宜しいでしょうか?」

 

「いえいえ、急に押しかけてしまいこちらこそ申し訳ない。」

 

「アイラ、ラーレ、ジダン、これから村のまとめ役を集めて今後の方針を決めなくてはならないわ、暫くホトリアの使節の皆様のお相手をして欲しいの。」

 

「うん、任せて!」

 

「えぇ、傷の手当なら得意よ。」

 

「はい!よろしくね!アルジャン殿下!」

 

「アルで良いですよ。」

 

「えと、それじゃぁアル・・・君?」

 

アルジャン王子は目を輝かせると、ジダンの手を取る。

 

「アル君か・・・良いね、とても良い!よろしくお願いします。ジダン!」

 

ラナ村長と使節団の面々は何処か暖かい目で子供たちのやり取りを見守っていた。

 

「それではホトリアの使節団の皆様、不作法があるかもしれませんが、オアシスの村でごくつろぎ下さい、ささやかながら歓迎させて頂きます。」

 

「何から何まで申し訳ない。」

 

それから岩山オアシスの村は村のまとめ役である有力者たちと今後の方針を決めるために協議した。

その間、彼らの世話係に守り手の子弟や村長の子供たちが応対し、キビキビとした動作で魔法や医療器具で治療を行い使節団を感心させたり、夕食を落としそうになる姿を見せて微笑ましい顔をさせたりしながら交流を深めていった。

 

 

「へぇー王子様って大変なのね。」

 

「私はまだ子供ですけど、将来は国を背負い民を導かねばならない立場ですからね。」

 

「私も村長家の長女だから似たような感じね、うふふ、アル君になんか親近感を感じちゃうわね。」

 

アイラがアルジャンに顔を近づけながら微笑むと、アルジャンは顔を赤らめながら体を引く。

 

「い、いえ・・・僕は、私はまだ学んでいる最中なので大したことは出来ません。」

 

「アル君はジダンと同い年で戦士でもないのに遥々遠くから大砂漠に来ようだなんて凄いじゃない!あ、でもジダンよりも少しだけ年上なのかな?」

 

「ふふふ、実は同い年の友人があまり居なくて、ジダンと友人になれた事がとても嬉しいのです。」

 

「そうねぇ、あの子も友達居るけど神剣に選ばれてから、人間関係も変わっちゃったし気兼ねなく話せる友達が出来たのは姉としても嬉しいわね。」

 

「神剣?」

 

「え?あぁ、そうか、うっかりしていたわ・・・・でも話してよいのかな?」

 

「あの巨大魚を両断した大剣の事ですか?もしや、砂漠の民に伝わる魔道具とか?」

 

「まぁ、いずれ話す事になるから別にいいのかな?あの神剣は、私達砂漠の民が崇める砂漠の神様から直接あの子・・・ジダンに授けられた神剣なの。」

 

「砂漠の神から直接・・・?え、ジダンが?」

 

「そう、正確には砂漠の神様の使者様が剣の形をしているみたいなんだけれど、そのお陰であの子は将来砂漠の民を導かねばならない定めなの。」

 

「あの、砂漠の神様と言うのは・・・・。」

 

「それはアル君達の傷が治ってから村の方から説明があると思うから、それまで安静にしていてね。」

 

「はう、あの・・・アイラ、ち・・・近い・・・です。」

 

「あぁ御免なさい、それじゃぁまたね。アル君・・・うふ、アルジャン殿下?」

 

「もう、アイラ。ラナ村長に言いつけますからね?」

 

 

村長の子供達とアルジャン王子、子供同士で打ち解け合い、魔物に襲われた傷が癒えるまで交流を深めて行く。

アイラは、何処か弟の様に感じ、丁度同い年であるジダンと仲良くしてほしいと願い、一方アルジャン王子はアイラと会話する時に胸の高鳴りを覚えその良く分からない感情に戸惑うのであった。




一応、ホトリア王国の民と砂漠の民は遠い親戚の様な関係です。実際に村長家族とホトリア王家は遊牧民時代に遡ると血縁関係があったりします。

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