(大河の国の砂漠に面した国、ホトリア王国か・・・・。)
迷宮核は、砂漠の集落を訪れた大河ほとりの国の使節団の砂鮫に襲われて殉職した護衛の兵士の魂の記憶を砂神剣を通して読み込んだ。
(私の分身体の剣に取り込まれた魂の記憶から、かの国は大河の国の中でも信用して良い国と判断できる。)
(・・・・駄目だな、どうにもあの子、アルジャン王子に対して特別な感情を持ってしまう、新たに加わった私がどうしても畏敬の念と我が子のように愛おしい感情を抱いてしまう。)
(大河ほとりの国、かつて遊牧民だった頃の砂漠の民の元同胞、今でこそ複数の国の民族と混血が進んでしまっているが、根幹たる文化は彼らと多く共通する。)
(アル殿下・・・・いや初対面のアルジャン王子に親近感を覚えたのはその為か?彼らの魂を取り込む前から私は・・・・私の中の砂漠の民の魂が彼らに親近感を持ち心の壁が最初から取り払われていたように思う。)
(だが、王族が民から大切に思われていると言うのは、良い国であると言う事なのだろうな、愛国心や郷土愛だけでなく客観的に少し離れた目線から分析する事で理解出来る事もある。)
(願わくば、彼らが新たな同胞とならんことを・・・・・。)
怪我を負ったアルジャン王子は、何とか物につかまれば歩ける程度に回復し、ジダンがお付きに岩山オアシスの集落を案内しながら親交を深めていた。
「アル君、此処がこの村の大通りだよ、砂鮫や沼鮫を載せた荷車が通れるように広く作ってあるんだ。」
「へぇ、独特な光沢の石材が埋められているのですね、こんな石初めて見ました。」
「これも岩山の主様の使者様の外殻で出来ているんだよ。」
「岩山の主様・・・・砂漠の民が信仰する神様の事ですね?」
「うん、僕も実際に小さい頃、砂鮫に襲われた時に砂漠の神の使者様に命を救ってもらったことがあるんだ。」
「使者様に!?」
「すぐに守り手のおじさんが駆け付けてくれたんだけど、使者様の方が早く動いて砂鮫を追い払ってくれたんだ。」
「恐ろしい、僕がもっと小さい頃にあの魔物に襲われていたら砂地に近づけなくなっていたかもしれません。ジダンは凄いのですね!!」
「いやそれ程でも・・・・それで、守り手のおじさんに怒られている最中に命を助けてくれた使者様が砂の様に崩れ始めて、光る石がそこに残って、それが砂を集めながら剣の形になったのが砂神剣なんだよ。」
「砂漠の民が君を敬う訳です。ジダン、貴方は選ばれし者だったのですね。」
「まぁその事で色々と苦労もしたし、今でもちょっと息苦しい時があるよ。それに、いきなり砂鮫に対する苦手意識も取れなかったしね。」
「ああ、やはり砂鮫に対する恐れは残りましたか、心中お察しします。」
「でもね、近くに見守ってくれる存在が居ると思えば、怖さも薄れるんだ。」
「見守ってくれる存在?」
「この神剣に埋め込まれたこの石こそが本体で、剣の部分はこの石の力で作られた物なんだ。この石は使者様の本体でもあり、砂漠の神様の意思が宿っているんだ。」
「砂漠の神様の御意志が・・・・。」
「最初は他の場所に置いてもいつの間にか僕の傍に置かれていて、心が落ち着かなかったけど、何となく見守ってくれている様な感じがして、いつの間にか砂地も砂鮫も怖くなくなっていたんだ。」
「そうだったのですか・・・。」
「今はもっと強い繋がりを感じるよ、それにこの神剣の使い方も理解できるようになってきたし、きっと岩山の主様が加護を与えてくれているんだと思う。」
ジダンがアルジャン王子の手を引くと、岩山の山頂を指をさす。
「さて、村の大まかなところは見て回ったし、普段僕たちが遊んでいる遊び場に案内するよ!」
「え?えっえっ?ちょっと、ジダン!?」
アルジャン王子が転ばない様に、手を取って石材で補強された道を通り、滑り止めに木材が使われた階段を上がって山頂の広場に着くと、岩山オアシスの巨大湖に滝が降り注ぐ絶景が広がっていた。
「わぁぁ!綺麗です!」
「この広場の奥は大河の国から持ってきた木が育てられていて、小さな林になっているんだ。」
「こんな砂漠の真ん中に大きな湖と林があるなんて信じられません!まるで夢のような光景です!」
「岩山の主様がこの地に生命が宿るように水を生み出してくれるお陰で大干ばつを乗り越える事が出来たんだ!」
「も・・・もしや砂漠の神と言うのは・・・・え?ジダン?」
「にひひっ!これなーんだ?」
「ひっ!?さ・・・蠍じゃないですか!刺されたら死んじゃいます!」
「まぁ刺されると腫れが酷くて唸る羽目になるけど、油で揚げると香ばしくて美味しいんだよ!みんなで集めるんだ!」
「嘘です!駄目です!本で刺されると死んじゃう強い毒があるって書いてありました!」
「えー?砂漠の民は刺されても痛いだけなんだけどなぁ・・・。」
「砂漠の民が毒に強すぎるんですよ!」
アルジャン王子が涙目になっていると、突如表情が抜け落ち顔面が蒼白になる。
「あ・・・あ・・・あぁ・・・。」
「え?どうしたのアル君・・・・へ?」
ジダンが後ろを振り向くと、ごつごつした鱗に覆われた巨大なイグアナの様な岩トカゲの顔面が目の前に浮き上がった。
「は・・はひっ・・・はびゃぁぁぁぁぁあああ!!!?」
「わびゃああああぁぁぁ!!!?」
少年たちが腰を抜かして尻もちをつくと、岩トカゲの影から赤銅色の髪の少女が顔を出す。
「あっはっはっ!砂鮫を倒す剣士様が尻もちついてんのー!おっかしー!」
「アイラお姉ちゃん!酷いよぉ!!」
「はわ・・・はわわわわっ・・・。」
「あぁ、アル君も居たのか、悪いことしちゃったかな?」
「だ・・・大丈夫、全然大丈夫じゃないけど・・・大丈夫・・・・。」
涙声で震えるアルジャン王子、同じく目じりに涙をためたジダンが姉に抗議する。
「アル君と扱い違い過ぎないっ!?」
抱えていた岩トカゲを逃がしてあげると、悪戯が成功した顔でジダンをからかう。
「いいのいいの!この前の試合で一本取られちゃったお返しだからいいの・・・あべっ!?」
アイラの背後からローブを身に纏った少女が木製の杖で小突く。
「完全に私怨じゃない、長女なんだから大人げないことしないの姉さん。」
「ラーレぇぇ・・・杖の角で叩くのやめて・・・。」
「姉がすみません、アルジャン殿下、ジダンは粗相をしておりませんか?」
「いえ、ジダンは良くしてくれてますよ。ラーレ、いつも兵の治療を有難う御座います。」
「見習いとは言え、私は魔術師として当然のことをしているだけです。礼には及びませんよ。」
「その年で立派な心掛けだと思います。それと、アルで良いですよ?」
「いえ、一国の王子にその様な・・・。」
「駄目・・・・ですか?」
少年の上目遣いの目線に、ラーレは言葉を詰まらせ息をのむと、恐る恐る口を開く。
「アル・・・君?」
「はいっ!」
ラーレは無言で近づきローブを翻しアルジャン王子を抱きしめる。
「嗚呼、ジダンとは違う柔らかさ・・・弟が一人増えた様です。」
「え?ら・・・ラーレ?」
「こら、ラーレ!人を小突いておいてそりゃないわよ!」
「・・・・ふふふ、それでは姉と弟をよろしくお願いしますよアル君?」
「やっぱりラーレお姉ちゃんは優しいなぁ、お転婆アイラお姉ちゃんとは違って。」
「あれ・・・・何か弟が冷たい・・・。」
アイラが黄昏ていると、広場の入り口から叫び声が聞こえてくる。
「殿下!そのお体でこのような所に!まだ安静にしていなければ駄目ですぞ!!」
「いえ、ジダンが付き添ってくれているので私は大丈夫です。」
ホトリアの老年の兵士は、眉間にしわを寄せてアルジャン王子に近づく。
「もし殿下に何かあれば王に顔向けが出来ません!ジダン殿も、アルジャン殿下が我儘言っても無視して構いませんぞ!」
「わふん!?」
アルジャン王子が護衛の兵士に引っ張られて病室まで連れて行かれると、彼らと入れ違うようにラナが広場に訪れる。
「村の中を案内してとは言ったけど、こんな険しい道歩かせて無理させないの!」
「あ、お母さん。」
「はぁ、アイラもラーレも居るんだから弟を注意しなさいよ、本当に末っ子に甘いんだから・・・・。」
「に゛ゃっ!?」
ジダンの首根っこを掴むと、そのまま子猫のように摘ままれたまま村長宅へと連れ去って行った。
「・・・・私達も帰ろっか。」
「そうね。」
それから暫く、使節団の傷が癒えるまで砂漠の民と交流を深めて行き、大河ほとりの国ホトリア王国と砂漠の民は打ち解け合っていった。
砂漠の民が心を開き始め、砂漠の神こと岩山の主に彼らを会わせて良いと判断するまでそれ程時間はかからなかった。
大河の国々が砂漠の民と言う存在を強く認識し、その勢力を認めざるを得なくなる時は近づいていた。歴史が動くときが来る・・・。