「もう何にも掴まらずに歩けるわね。」
「はい、助かりましたラーレ。」
「砂漠を横断するにはまだ少し不安は残るけど、もう村の中を自由に歩けると思うわ。」
「えぇ、ジダンに頼りっぱなしと言うのも心苦しいですし、やっと自分で友と歩けるのは嬉しいです。」
「ふふふ、弟をよろしくね。アル君。」
「勿論です!ジダンはしっかりしてそうで、そうでもない所があるので友人として支えてあげないと!」
「あー、やっぱりアル君もそう思う?」
「アイラ?何時から聞いていたのですか?」
「あら姉さん、何か用?」
「用事っていうか、有り体に言えば村の方でホトリア王国の使節団の人達の対応方針が決まった感じ?岩山の主様の社に連れて行くんだって。」
「え・・・えぇ!?それ、大丈夫なの?」
「さ・・・砂漠の民の祀る神様の社ですか・・・。」
「・・・・・まぁ、ホトリア王国なら多分信用して良いと思うけど、うーん、まぁ村の有力者同士が話し合って決めた事だろうから私がどうこう言えたことでも無いか。」
「何だか緊張しますね。」
「私たち家族も立ち会うから大丈夫よ、砂漠の民にとって大河の国から交流の申し出なんて、大きな出来事なのだから神様にも報告しないといけないしね。」
「姉さん、今回限りはお祈り中に居眠りとかしないでね?ジダンにも注意しておくけど。」
砂鮫に襲撃されて負った傷も、砂漠の民の看病によって治癒され、遂に大河ほとりの国の使節団は砂漠の神と言う存在の社へと行く事となった。
今まで眉唾物として信じていなかった噂が現実であった。
岩山オアシスでの生活を続けるうちに、そう認識せざるを得ない奇跡の産物の数々を見せつけられた使節団は、畏怖と期待と不安を感じながらも砂漠の神が祀られている社へと案内されるのであった。
「岩山オアシスにこんな洞窟があるなんて・・・・。」
「アルジャン殿下、私が幼い頃に砂嵐から逃れるために偶然避難したのがこの洞窟だったのですよ?運命的と思いませんか?」
「そうですね、何だか胸が高鳴ります。」
「うふふ、きっと岩山の主様もホトリア王国との交流を歓迎してくださると思います。」
「えぇ、そうなると良いですね・・・・・。」
近くに巨大湖があり幾らか外よりも気温の低い村も日光が容赦なく降り注ぐため、暑さに耐性のない大河の国の住民にとって過酷な環境であるが、岩山の側面にぽっかり空いた小さな洞窟はむしろ涼しく、奥に進めば肌寒さすら感じるほどであった。
洞窟の地底湖手前に社が建てられており、格子で守られた台座にうっすらと虹色に輝く水色の大きな魔石が納められていた。
「これが、砂漠の神様の社・・・。」
「水色の魔石?いや、表面が見る角度によっては虹色に輝いている?これは一体・・・。」
「これこそが、砂漠の神様の御神体、砂漠の神本体からこぼれた欠片なのです。」
「さ・・・砂漠の神は石だったのですか!?」
「いえ殿下、昔先代宮廷魔術師殿から聞いた事があります。意志を持ち周りの者に繁栄と破滅を齎す石が存在するという事を・・・まさか、この社に納められている物は!!」
「そう、我々の村の魔術師もこの御神体を調べて行く内にある古書に辿り着き、この石の正体を霊晶石と突き止めました。その上で我々は神と共に生きると決めたのです。」
「このような、このような事が!!」
「そう言えばジダンの背負う大剣に納められている宝玉は神の使者様で出来ているとお聞きしました、まさか社に納められた御神体と全く同じものだったとは。」
「あははは・・・砂神剣とは長い付き合いだけど、やっぱり砂漠の神様から直接加護を貰った理由はまだ分からないんだ、こちらの想像もつかないような巡り合わせなのか、僕自身に何か重要な役割があるのか、何にせよ砂漠の民を導いて行かないといけない義務があるんだ。」
ジダンは「だからもっとしっかりしないと」と両手を握り力を籠める。
ラナ村長が祈り始めると、守り手の長、工房長、魔術長など村の有力者たちも祈り始める。
ホトリア王国の使節団もぎこちなくそれに倣い御神体に祈りを捧げると、社に納められた御神体が青白く明滅し始めた。
思わずその場の全員が顔を上げると、壁に光が走り、青白く発光する文字が浮かび上がってきた。
壁に刻まれた文字は、御神体と同じく明滅しており何処か幻想的であった。
「我等はこの地で果てし魂なり、干ばつの脅威が迫る刻も我等は共にある。」
「大地に命を、天に祈りを、黎明は来たれり。」
「我等が裔よ、我らが盟友よ、萌ゆる翡翠の大地に花を咲かせよ。」
「悲しみを産む者に怒りを、災禍を齎す民よ悔い改めよ、愚かな過去と決別せよ。」
「新たな盟友よ、渇きの大地を目指す勇者よ、その魂を讃えそれを尊厳と共に石に刻もう。」
突如壁に浮き上がっていた青白い文字が剥がれるように粒子が零れだし、凄まじい魔力が渦巻き光が収束し空中に複雑な色を反射する宝玉が生み出される。
「な・・・こ・・・これは一体!?」
「このような事がっ!?」
宝玉は青白い光を放っており、その中に虹色に輝く宝玉が閉じ込められている二重構造であった。
魔力が霧散し、輝きが治まりつつアルジャン王子の眼前に降りてくる。
アルジャン王子が思わず両手を差し出すとそれに収まるように石が浮力を失い落ちる。
「大河ほとりの国の王の子を守りし魂、その石に魂と意思を刻む、我等は共にある。」
新たに壁面に文字が刻まれると、突如宝玉の表面に光の筋が走り、見覚えのある紋章が刻まれる。
大河を意味する曲線と、その中央に国を意味する円と、大河に育まれる美しき自然を意味する点。
大河ほとりの国、ホトリア王国の国旗が宝玉の表面に刻まれていた。
なお、その背面には砂漠の民が使う紋章も刻まれている。
「そんな・・・嗚呼、こんな事が・・・彼らの魂が今ここに・・・ああ・・・あああぁぁ・・・。」
「で・・・殿下!」
「うああああぁぁ・・・・。」
アルジャン王子の目から涙が零れ落ちる。
王宮で時々顔を合わせる者も居た、旅立ちの時に初めて知り合った者も居た、この地を目指す道中理想を語り合った、魔物の襲撃を身を挺して庇ってくれた、守ってくれた。
幼き王子には重い現実であった、従者の死は、愛する国民の死は、アルジャン王子の心に癒えることのない傷を刻んだ。
確かに彼らは死んだ、しかし、今は彼らの魂は此処にある、水の魔石に似た宝玉に彼らの意思を確かに感じる、彼らは今此処に居る。
「岩山の主様は、砂漠の神は、確かに言ってくれた、我等は共にあると・・・。」
「お・・・おぉぉぉ・・・。」
アルジャン王子と共に従者達も膝をつき泣き崩れ、御神体の納められた社に跪き祈りを捧げた。
後に宝玉には糸が通されて首飾りとしてアルジャン王子の首に下げられ、大河ほとりの国へと持ち帰られる事になる。
その宝玉は、糸を通そうと決めた時点でひとりでに側面に小さな穴が開き、傷一つなく欠ける事無く輝きを放っていた。
一方、砂漠の民は目の前で起きた現象に畏怖を感じつつも、その表情は複雑であった。
「岩山の主様は、砂漠の神は彼らにジダンと同じ宝玉を託した、そして彼らを盟友として認めていた。」
「我らの同胞は大河の国に殺された、しかし、砂漠の神は彼らを認めた、それ故に我らも彼らを信じるに足る盟友として認めなければならない。」
「いや、彼らは盟友だ。危険を冒して砂漠を横断し、このオアシスへと辿り着いた勇者なのだ。」
「然り然り、砂漠の神の認める認めないは関係ないのだ、歴史的にも彼らはこの大地に生きる友であり、かつての同胞であったのだ。」
泣き崩れ、祈りを捧げるアルジャン王子にジダンが近づきしゃがみ優しく声をかける。
「アル君、君は・・・いや、貴方は砂漠の神から盟友として認められた。」
「ジダン・・・・。」
「その石からは確かに意思を、魂を感じる。砂漠の神様は亡くなった従者の人達を故郷に返してくれるみたいなんだ、僕は、私はそう感じる。」
ジダンの目がほんの一瞬だけ霊晶石の様に青白く輝く。
アルジャン王子はその異様な雰囲気に息をのむが、鎮火する様に彼の目に灯った光は消え、元の琥珀色の瞳に戻っていた。
「・・・・・っ!!」
「我ら砂漠の民の神に祈りを捧げてくれたこと、嬉しく思うよ。有難う、新たな盟友よ。」
ジダンの肩を借りる様に立ち上がると、手を取り合ってアルジャン王子は決意を込めた表情で宣言する。
「大河ほとりの国、王位継承権一位アルジャン第一王子としてここに誓います。砂漠の民を、独立した国として認め、新たな盟友とする事を!!」
ラナ村長は息子に神の気配を感じ、誇らしいような悲しいような複雑な表情で二人の少年たちを見つめていた。
「岩山オアシスの村長である私ラナは、大河ほとりの国ホトリア王国を新たな盟友として歓迎します。天と大地に黎明を!」
「砂漠の民に栄光を!ホトリア王国万歳!」
「盟友よ!」
「盟友よ!」
その後、ホトリア王国の使節団と砂漠の民は独立国として認められるにあたって、細かい内容を突き詰めて話し合い、それを纏めた書類をパピルス紙ではなく上質な羊皮紙に書き記し、最後には宴を開き彼らを見送る事になった。
砂漠の民の守り手の中でも精鋭である歴戦の戦士を護衛として、砂鮫の侵入できない荒野まで同行させ、緑の帯の集落跡地が見えてきた頃に別れた。
短い期間ながら岩山オアシスで生活し、親睦を深めてきた砂漠の民と大河ほとりの民は名残惜しそうに、それぞれの作法で敬礼し別れを告げる。
ホトリア王国の使節団は帰路に就く道中、一つの仮説を浮かべていた。
「枯れた大地に命を宿す神、生命を齎す者。」
「やはり、共通点がありますね。」
「砂漠の神は、霊晶石は、地母神ではないのだろうか?」
「ヤジード、ジダン、その意味は最上の敬意、美しき信仰の響き。」
「そう、元々彼の地が平原だった頃、彼らと我らが同じ地で生きる時代信仰していた大地に命を宿す神は地母神であった筈。」
「今でも大河ほとりの民である我が国も多くの者が信仰している神であるが、岩山のオアシスに祀られている砂漠の神と、伝承に描かれた奇跡の数々が見事に一致する。」
「砂漠の神に選ばれし者、神剣を振るう者、その名がジダンと言うのも奇妙で運命的なものを感じますね。」
「ジダン、僕の生まれて初めての親友・・・・。」
(また、またいつか会えるといいな。)
緑の帯の廃村で過ごす夜は、満天の星空が広がっていた。
使節団が本国に帰国し彼らが齎した情報は衝撃を国に与えた。
特に国王は我が息子が、王位継承権一位のアルジャン第一王子が、強大な存在に認められた事に衝撃を受けていた。
身を挺して王子を庇った従者の遺族は家族の魂が封じられているという宝玉に複雑な表情で祈りを捧げるも、呼応するように明滅した事で、泣き崩れ更に地母神の信仰を深めるのであった。
抜け駆けする様に砂漠の民へと接触を図ったホトリア王国に対して大河の連合から非難されるが、強大な力を持った存在、本物の神に認められたという政治的なカードは決して無視できず、敵対しているウラーミア王国は元より大河の連合に大きな衝撃を与えるのであった。
(新たに加わった私は確かに融合したけど、彼らに預けた私の分身体は原型を持ったままの彼らの魂を宿している。)
(融合して知識と記憶を共有はしてはいるけどまぁ、魂がセル別に独立させてあるから問題ないか。混ざって元と若干魂の性質が違うけど分厚い本を読む前の自分と読んだ後の自分ではまた別人っていう程度の違いだからそこまで深刻では無い筈。)
(魂を実体を持った結晶として固形化するには、彼らの魂だけではとても足りないので、社に納められた御神体の分をかなりの量分けたけど、力を発揮するにはちょっと厳しいかな?)
(まぁ、パッケージ化の要領で表面を高純度の水の魔石でコーティングしているから岩山オアシスの巨大湖の四分の一程度なら水を生成する事は可能だね。)
(うーん、何だかホトリアの人達を騙しているようで気が引けるけど、これで砂漠の民とは人口比率が段違いな大河の国へと分身体を運ぶことが出来た。)
(今でこそペンダントサイズの非力な分身体だけど、やがて魔力と魂を蓄えてこの岩山オアシスにも負けない程の力を発揮できれば良いな。)
(それに、あまり考えたくはないけれども、もし万が一私本体に何かあった時の保険として分身体が彼方此方に散らばっている方が都合が良いんだ。)
(我、種子を放てり・・・なんてね。)
(砂漠の民よ、大河ほとりの民よ、共に大地に生命を宿そう、共に黎明を迎えよう。)
大河の地へと新たな拠点の足掛かりを得た迷宮核は、同胞たちと新たな盟友に祈りを捧げた。
この地方を襲う大干ばつと、治安が崩壊しつつある大河の国々に不安を抱きながらも、未来を信じて祈り続けるのであった。