岩山オアシスから神の秘石を持ち込み水源が復活したホトリア王国は、秘石から湧き出る水を溜め池に溜めたり、閉鎖していた水路を解放したり作業に追われていた。
しかし、ホトリア王国の国民の目は希望に満ちており、生きる事に前向きで農作業や工事を行っていた。
「ふぅ、書類との格闘もこれくらいにしておいて水浴びでもしようかな?」
アルジャン第一王子が背伸びをして、体のコリをほぐして机を後にすると、庭裏の水路へと向かう。
「にぃさま!にぃさま!どこ行くです?」
「あぁ、アミルか、これから水浴びに行くところだよ。」
「水浴び!水浴び!暑いとき水浴びきもちいいです!」
「アミルも一緒に行くかい?それじゃぁ僕が流してあげるよ。」
「わぁーい!にぃさまだいすき!」
脱衣所で服を脱ぎ、庭裏の水路から桶で水を汲み、アルジャンは弟のアミルの頭の上から水を流してあげる。
「きゃぃん!冷たいです!」
「ああ、ごめん、水の温度に慣れさせてからかければ良かったかな?よっと!」
アルジャンは今度は自分に水をかけて汗や汚れを洗い流して行く。
「わふ・・・冷たい、うーん。」
「アルにぃさま、どしたです?」
「んー・・・何というか、物足りないというか、暖かいお湯を浴びたくなってきます。」
「お水よごれ落ちるです、お水で良いのに。」
「うーん、贅沢なのは分かっているんだけど、何だかなぁ、また行きたいなぁ。」
アルジャンは大砂漠の奥地、岩山オアシスでの療養中に入浴した温泉の記憶が忘れられなかった。
岩山オアシスの村長家族と打ち解け合って、怪我も大分治ってきた頃、湯治の為に秘湯とも呼べる地底湖の一角へと案内されたことがあった。
「ここが秘密の場所、って言う割にみんな知っている所ではあるんだけど、お湯の湧き出る場所なんだ!」
「わぁ、冷たい地底湖を眺めながら暖かい温泉に入るのですか!とても綺麗です!」
「一応岩の壁を掘って服を置ける窪みが彫り込まれているから、そこに脱いだ服を置いておけば良いよ。」
「え?今入るんですか?」
「勿論そのつもりだよ、じゃないと体を拭く布なんて持ち込まなかったし。」
「えぇとあの、ジダンは同じ性別だから幾らかそのアレですけど、えとその・・・家族以外とお風呂なんて入った事ないです。」
「そぉ?みんなで入ると楽しいよ!今は村のおじさん達はお仕事中だし、今の時間は僕たち貸し切り状態だよ!」
「でもでも!ここ地底湖見れる場所だし、誰かが来たらその、お肌見られちゃうと言うか・・・。」
「何か問題?んー・・・・アル君って結構恥ずかしがり屋なのかなぁ?」
体がまだ痛むアルジャンの服を脱がすのを手伝うジダン、アルジャンの服を脱がし終わると素早く自分の服を脱ぎ、岩の窪みへと服を放り投げる。
「さて、入るぞー!」
「何かちょっと熱そうですね。」
「あっ、そうだった!先ずはそこの小さい滝で頭を洗ってお湯に慣れさせれば良いと思う。」
「え?この小さい沢と言うか滝も温水なんですか?」
ジダンは縛った髪を解くとセミロングの長さに髪が下がり、童顔の為に一瞬少女の様にも見え、アルジャンは少し顔を赤らめるが、よくよく考えると自分も同じくらいの髪の長さだし、むしろ若干自分の方が長いようにも感じた。
「わぁ、アル君って髪の毛綺麗なんだね、砂漠を歩いてきたのに全然傷んでいないや。」
「母から香油を持たされているので、こまめに手入れしているのですよ、最も、此処に来る途中砂鮫に瓶を割られてしまいましたが・・・。」
ジダンが小さな温水の滝を頭からかぶって、汗や砂ぼこりを洗い流すとアルジャンの方へ振り向く。
「ぷはっ、こうやるんだよ!アル君!」
「はい、えと・・・・こうかな・・・痛っ!」
髪の毛を流水でほぐそうとしたアルジャンは、まだ関節が痛むのか手を動かそうとすると表情を引きつらせる。
「大丈夫?うーん、それじゃぁ僕が君の頭を洗ってあげるよ!」
「え・・・えぇっ!?そんな、あの、心の準備が・・・。」
「はい、此処座って!そーれわしゃわしゃー!」
「わ・・わわ・・・わふんっ!!」
少年たちが温泉でじゃれついている所、彼らの水浴びを覗き見する影があった。
「にひひぃー、少年たちよ、仲良くやっているかぃぃぃ~?」
「趣味悪いわよ姉さん。」
「そう言うラーレだって、何しにここに来たのさ?」
「私も入浴したかったんだけど、あの子たちが先に入っているなら後にするわ。」
「私も温泉目当てだったんだけど、はぁ、女の子に入浴待たせるなんて悪い子たちねぇ。」
「姉さん、あの子たちにバレないうちに帰るわよ。」
「ほっほぉ~?ジダン、しばらく見ないうちに体が引き締まって来たわね?」
洞窟の温泉を後にしようとしていたラーレの動きが止まる。
「アル君のお肌真っ白、髪の毛解くと女の子みたいね。」
硬直していたラーレがピクリと体を震わせる。
「あらあら、仲が良い事、髪の毛洗ってあげて、体も洗いっこしていて・・・。」
「く・・・くっ!くっふ・・・ぬぅ・・・。」
「ラーレ?どうしたのかなぁ~・・・。」
顔を赤面させ少し涙がにじんだ怒り顔でラーレは、岩陰からちらりと様子を覗く。
「友達と入る温泉は楽しいねー!」
「え?・・・あの、はい・・・・。ねーー?」
その瞬間ラーレは勢いよく右手で自分の顔を鷲掴みする様にして、岩陰から離れ、ほんの僅かな間隔で鼻から鼻血が噴き出し、手を盛大に血で濡らして蹲る。
「と・・・尊い・・・。」
「ら・・・ラーレ?」
若干引いた様子でアイラが妹に尋ねる。
「これが尊厳か・・・・にゃ・・・にゃん。」
ぐるんと、ラーレの目が上向きそのまま失神してしまう。
「あ・・あはは、ラーレったら、貴女も意外と・・・にゃふん!?」
アイラが言葉を続けようとしたときに勢いよくアイラの側頭部へ木桶が回転しながら飛来し快音を立ててぶつかる。
それよりも、数十秒ほど前・・・。
「この温泉はね、凄く濃い魔力を帯びているから、体の疲れとかも結構とれるんだよ?」
「そうなんですか?ん、確かに強い魔力を感じます。」
「アル君ってどちらかと言うと戦士と言うよりも魔術師っぽいから魔力の感じ方は敏感な方だと思うよ、僕はうーん、それっぽいのを感じるくらいかな?」
「まぁ魔術なら一通り嗜んでおりますが・・・。」
「多分岩山の主様が魔法で地下水を温めてくれているのかもしれないね、だから魔力が濃いのかもしれないよ。」
「な・・・・なるほど、それじゃぁ国に戻ったら魔石を入れた窯風呂で温まってみようかな?」
「窯風呂?人が入れるほど大きな窯があるんだ!それって・・・んんぅ?」
ジダンの目が細まり、刃の様に鋭い視線で岩の影を睨みつける。
「ごめん、アル君・・・少し僕から離れてくれないかな?」
「え?はい、ジダン。」
「くぉんのぉ!馬鹿ぁーーーー!!!」
カコーン!と言う快音と共に少女の悲鳴が岩陰から聞こえ、アルジャンがびくりと体を震わせる。
「は・・・はひっ、い・・・今の声は、あ・・・アイラ!?」
「ちっ、逃したか・・・・油断も隙もあったもんじゃない。」
一方、アイラの悲鳴で目を覚ましたラーレは、状況を瞬時に理解し倒れ込む姉の横腹に腕を差し込み、がっちり抱え込むと、そのまま洞窟の出入り口まで一直線に走り去る。
アイラだけに覗き見の罪をかぶせ自分は姉としての尊厳を保つために器用に自分の気配だけを消しながら・・・実に腹黒である。
「はぁ、お姉ちゃんたちも温泉入りたいみたいだし、そろそろ出ようか?え?アル君?」
「お・・・女の人に見られ、う・・うーん。」
「に゛ゃっ!?ちょっ、ちょっと!?アル君!アル君ーーっ!?」
ちゃっかりラーレの存在にも感づいていたジダンは、あっさりと姉たちの覗きをばらして、温泉から上がろうとするが、箱入り息子のアルジャンには刺激が強かったために湯あたりもあって、そのまま伸びてしまうのであった。
「はぁ、色々あったけど温泉は良い物です。」
アルジャンは岩山オアシスの思い出を振り返り、暖かいお湯に浸かる欲求を募らせてゆく。
「お風呂に?アル、それくらいなら別に良いと思うわよ?」
「で、でも国民の皆が国を立て直そうと頑張っているのに、お湯に浸かるなど贅沢を・・・・。」
何度か水浴びをするうちに、我慢が出来なくなってきたアルジャンは母親に相談するが、何故アルジャンがお湯に浸かる事を我慢しているのか理解できない様子で何てことない様に答える。
「確かに、今のホトリア王国では財政の立て直しも重要な事ですが、王族である我々が少し贅沢するくらいは許されます。たかだか温めのお湯を沸かす程度で財政が崩れるほど軟弱ではありませんよ。」
「あの、それでは・・・。」
「えぇ、さぁ使いを呼びますから入ってらっしゃい。」
「お母さま大好き!はっ!?い・・・いえ、母上、入ってきます。」
トコトコと足音を立てて、部屋を退室するアルジャンを眺めるホトリア女王。
「ああ何と言う事でしょう、今日は絶対幸せな夢が見れそうな気分です。うふふ、アルに大好きって言われちゃった!」
久しぶりに自分の息子の幼い部分が見れた事に満足したホトリア女王は一人身悶えるのであった。
それから程なくして、アルジャン第一王子は水浴びを何度かに一度、窯風呂に入浴する事に変え、体を温めながら汚れを落とす様にした。
入浴の習慣が加わる事で、適度に角質が除去され、体が暖められる事で血流が良くなり、髪艶も良くなり絹糸の様な光沢を放ち、元々モテていたアルジャン第一王子はますます貴族の令嬢の人気を高めて行くのであった。
(ふぅ、地底湖の整備はこんなもんかな?入りこんできた泥とかも固めて除去して、こんな感じかな?)
(やっぱり砂漠は砂埃で汚れる事が多いから地底湖の温泉は人気だなぁ、作った甲斐があると言うものだよ。)
(空洞に水を溜めて、そこに火の魔石を敷き詰めて沸騰させて、別の水溜まりと合流させる事で温度を調節する構造にしているから、火傷しにくい程よい暖かさになっている筈。)
(何でも、火の魔石の影響か、お湯の中にかなりの濃度の魔力が溶け込んでいるみたいだけど、私からすると誤差の範囲にしか感じないなぁ・・・そこら辺は人間の方が敏感なのかもしれないな。)
(何度か温泉に入る順番で男女間のトラブルが発生しているから、男女別々に作ってあげようかな、ただちょっと火の魔石を使う関係上コストがなぁ・・・。)
(まぁ、また魔力が集まってきたら作ればいっか、みんな頑張っているんだし、少しくらい労っても罰は当たらないよね?)
(ああでも取りあえず、隠れデートスポットにするカップルは爆発して貰おうか。)
迷宮核は、成るべく自然な形で岩山オアシスの村人たちが快適に過ごせるように、地形操作を行い、体を休めつつ自然な環境に見せた場所を作り出そうと頭を悩ませていた。
高コストだが、村人たちのパフォーマンスが向上した温泉は今更切る訳には行かず、魔力を大きく消耗した現在も稼働させていた。
疲労・魔力回復、血行促進、疾病退散など様々な効果があるために村人たちや岩山オアシスを訪れる旅人に好評で、別のオアシスから温泉に入る為だけに訪れる砂漠の民も居るという。
大干ばつに襲われるこの地方でも、ひと時の安息は訪れる。
その安息こそが、大干ばつに立ち向かう力の源の一つであった。