大河の連合とウラーミア王国の戦争は膠着状態に陥っていた。
ホトリア王国の支援があるとは言え、新型の魔道具による魔術兵の強化は相変わらず驚異的で、最近になって魔物の死霊すらも操り大河の連合を苦しめていた。
「畜生、奴ら大河に潜む大蜥蜴を死霊化して使役してやがる。」
「生前ほどの怪力は持っていないが、しぶとくて仕方がない。」
「ホトリア王国が支援物資を増やしてくれているのは有難いが、このままではジリジリと削られるだけだぞ?」
「くそ、何で干ばつで苦しい時に国際会議に破壊工作を仕掛けてきたんだ!!」
そんな中、ホトリア王国の国境に謎の石像の様な物体が出現したという。
多くの国はそんな噂話の様な些細な情報よりも目の前の敵の方が重要であったので気にも留めなかった。
しかし、当のホトリア王国は大きな変化が起きていた。
唯でさえ情勢の不安定な状況で治安も悪化していると言うのに、国境に得体のしれない物体が出現したとなると、無視できなかった。
だが、謎の石像の様な物体が出現したという報告とほぼ同時に神の秘石が納められた噴水の水量が増え、その神の秘石も一回り大きくなっているという報告も舞い込んだ。
「中々ウラーミア王国もしぶといな。」
「支援物資は送っているが、怪しげな黒い霧の毒に侵された負傷者が多くて医薬品が足りていないらしい。」
「薬草の栽培が追い付かんな、だが、優先するべきは食料の生産だ。」
「ほ!報告します!国境付近に奇妙な石像の様な物体が出現しております!」
「な、何だと!それは一体なんだ!?」
「陛下!大変です!噴水の神の秘石が!」
「今度は一体何なんだ!」
「神の秘石が大きくなり、水量が増加しています!」
「そ、それはまことか!?と、兎に角調査しろ!急ぐのだ!」
王命によりすぐさま調査隊が組まれ、噴水と石像の調査が進められた結果、石像には砂漠の神を崇める砂漠の民がその衣服や所持物に刻む神の紋章が刻まれており、報告にある神の使者と特徴が一致したことにより、神の使者の来訪によって秘石に何かしらの影響を与えたのだと結論された。
「おお、神よ!ホトリア王国に栄光を!」
「天に祈りを!大地に黎明を!」
「あぁ、あぁ・・・これで我が国は救われる、有難や有難や・・・・。」
ホトリア王国の国民たちはこれに大いに喜んだ。
神の秘石が齎される前までは、溜め池に貴重な雨水を蓄え、少しずつ作物が枯れない程度に水やりをしていたが、親愛なる王子が地母神様の分身ともいえる神の秘石を砂漠の奥地から持ち込み、枯れ噴水が地母神の祭壇へと生まれ変わり水源が復活したのだ。
神の秘石によって枯れ噴水が蘇ったとは言え、本来の大河の水量と比べると少なく、広大な畑に水は行き渡っていても潤沢に使える訳でも無く、干ばつで開拓を諦めた土地にまで新たに水を引くほどの余裕がある訳では無かった。
だが、神の使者の来訪により一回り大きくなった神の秘石は更に大量の水を生み出し、心なしか大地が水を蓄えられる力が増したように地面のひび割れが減り、防壁に覆われた都市の内部だけでなくその外側までその影響が広がり、ホトリア王国は本来の緑に囲まれた姿に戻りつつあった。
「干ばつが続き、水をかけてもすぐに流れて乾燥してしまっていた土が、すっかり水を蓄えるようになっておる。」
「やはり、神の秘石が大きくなった影響かも知れんのぅ。」
「これも地母神様の祝福か、俺たちが灌漑して土地を切り開くまでもなく地母神様のお力で大地に生命を宿すとは・・・。」
「おお偉大なる神よ、親愛なる王子よ、感謝の祈りを捧げます。」
今まで神の秘石から生み出される水は農業用水に優先的に回していたが、水量の増加によって生活用水の使用の自粛が解除され、ホトリア王国民は布の染色などの工業を再開させた。
大河の連合軍への支援物資の供給量も増え、緑の帯の集落の復興と水源復活が合わさり交易も軌道に乗り始めた。
「いやぁホトリア王国の乳製品は相変わらず質が良いなぁ。」
「あぁ、あの国の姫様はホトリア王国のチーズでなければ食べたくないと我儘言って王様を困らせていたらしいじゃないか。」
「あっちの国の王妃様はホトリア王国の草花の蜂蜜の味と香りが好みだから緑の帯の開通と同時に商隊を組んで買い占めるつもりなんだとさ。」
「蜂蜜は医療品にも使うから勘弁してほしいんだがなぁ。」
「まぁ、ホトリア王国の特産品だけでなく緑の帯から砂漠の貴重な植物も調達できるし、俺たちにとって稼ぎ時でもあるな。」
「間違っても今の時期にウラーミア王国なんかに行くなよ?サボテンの果肉の傷薬は良く効くから奴らに没収されちまうし、砂漠の民も敵に回す羽目になる。」
「わかっとるよ、しかしあの国の魔石は中々質が良いのが惜しいなぁ。」
膠着状態に陥っていた大河の連合軍は食料や衣服、特に医薬品の支援が助けになり、息を吹き返した連合軍が遂にウラーミア王国を押し返し始めた。
そんな中、砂漠の民の使者がホトリア王国に訪れた。
神のお告げにより御神体たる秘石が送られてくると言うのであった。
「砂漠の果ての地よりの長旅、ご苦労。我らが盟友よ。」
「はっ、我らは砂漠の神のお告げにより参上いたしました。」
「神のお告げとな?」
「我が砂漠の民の長が定時で行うお祈りの際に、御神体が光り輝き社の壁面に文字が刻まれ、ホトリア王国に新たな御神体を運ぶようにお告げがありました。」
「なっ!何だと!?」
「それから間もなく洞窟の奥から御神体である秘石を抱える神の使者様が現れ、村長家族に秘石を手渡すと再び洞窟の奥に戻られました。」
「しかし我が長は動けぬ身、代わりに夫である村長補佐とご子息とご息女の方々がお告げの通りホトリア王国へ御神体を運ぶことになりました。」
「お・・おぉ、地母神様直々にお告げが下されるとは、それに神の秘石を我が国に・・・何たる光栄。」
「砂漠の神は、この無益な争いと大河を襲う大干ばつを嘆き悲しまれている様子。ホトリア王国に分身を送るのは、大地再生の為でありましょうな。」
「うむうむ、大儀であった。館があるので旅の疲れを癒すが良い。」
神の秘石が新たに送られるという報告にホトリア王国の王宮は驚き、急ぎ国賓を迎えるための準備と岩山オアシスに使者を送り、砂漠の民の代表の来訪を待つのであった。
「陛下!ジダンが、砂漠の民の代表が我が国に訪れるのですか!?」
「あぁ、アルよ。確かお前は砂漠の民の長の長男と誼を結んでいたのであったな?」
「はっ、砂鮫の襲撃によって負った傷が癒えるまで、私に付き添って頂きました。」
「ふむ、砂漠の民の村長は残念ながら来れないそうだが、村長補佐と3人の子息息女達は全員来るそうだ。」
「え?ジダンだけでなくアイラとラーレも?」
「ふむ、確かアイラと言ったか。傷がまだ深い時に随分と尽くしてくれたそうではないか?」
「はぇ、あ・・・いや、あのアイラは確かに寝たきりの時に話し相手になってくれましたが、治療ならラーレが・・・。」
「くっくっくっ、顔を赤らめおって。砂漠の民の長の長女がそれ程気に入ったのか?ん?言うてみぃ。」
「えっ、えとその・・・陛下、何でにやついているのですか?」
「その人なりを見るまで何とも言えぬが、妃に迎えるならば砂漠の民と血縁が結べて悪い話ではないが?」
「そんな!ちがっ、アイラとは!」
「む?それとも次女の方かね?確か長女よりも・・・。」
「なな、何言っているのですか!父上!ラーレは確かにアイラより胸が、いや、からかうのは止めてください!」
「我は何も言っておらぬが・・・。」
「しっ知りません!もう!もうっ!!父上の馬鹿っ!」
アルジャン王子は怒って扉を開き部屋から出て行ってしまい、入れ違いに王妃が入ってくる。
「陛下、アルをからかいすぎですよ?」
「ぬぅ、すまん。」
「アルに相応しい上級貴族の令嬢を妃に迎えようと考えておりましたが、砂漠の民に恋心を抱くとは、あの子もやりますね。」
「まぁ、我らが遊牧民として平原を回っている頃に交流のあった部族の末裔であるからな。稀薄ではあるが我が民にも彼らの血が流れているのかもしれぬ。」
「あら?私は家系図にちゃんと砂漠の民と繋がる部族の血筋が載ってますよ?」
「ほほう?となると、少なくともアルとアミルには砂漠の民と同じ血が流れているという事か、面白いではないか。」
「うふふ。アルジャンが気にする女の子、会うのが楽しみですね。」
大河の連合とウラーミア王国の戦争、砂漠の民と神の秘石、この地方を襲う大干ばつ、それらが絡み合い情勢は複雑になって行く。
だが、大地に生命の源たる水を生み出す神の秘石は、この世界に光明を齎す存在であった。
迷宮核の力は砂漠を超えて大河にまでその影響力を広めて行くのであった。