霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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託宣

迷宮核の力によって砂漠に浮かぶ浮島の様であった岩山オアシス周辺は、所々砂地が露出しているものの草が覆い、迷宮核や従属核の影響圏に限るが草原が広がっていた。

 

吸水ポリマーによって水を蓄えたまま地表が濡れ続けたおかげで休眠状態であった砂漠の植物の種子が発芽し、強烈な太陽光線を浴びて葉を生い茂らせ凄まじい勢いで成長して行く。

本来ならば水分を節約しながら空気中の水気を吸収して育つのだが、吸水ポリマーに蓄えられた潤沢な水が、植物の遺伝子的なトリガーを刺激して彼らに成長と言う選択をさせた。

 

(砂漠の植物の種子も水分の多い所に吹き飛ばされるとすぐにそれを感知して発芽するみたいだな。)

 

(まばらに生えていたけど、吸水ポリマーで地表を湿らせ続けるとちらほら緑が姿を現す。)

 

(私が思っているよりもずっと多くこの砂漠の砂の中に植物の種が眠っているのかもしれないな。)

 

(発芽して本格的に生命活動を始めないと魔力吸収も生体感知も出来ないし、植物の種子がどこに埋まっているのか分からないのは残念だけど、まぁ嬉しい誤算かな。)

 

(生い茂る草木のお陰で大分飛砂防止に役立っているし、言い伝えにあるかつてこの砂漠に広がっていた草原を復活させる事も出来るかもしれないな。)

 

(どれだけの年月が必要か、見当もつかないけどね。)

 

元々は大河の原産の植物の遠い子孫である種類の植物も砂漠の砂粒の中に眠っており、基本的に高温高熱や乾燥に耐性を獲得しているが、大量の水分を感知すると大河近くに生えていた頃の様に大きく葉を広げるようになる。

 

それが、砂地の熱を下げ、植物が勢力を広げる迷宮核や従属核の影響圏は気温が幾らか低く、また根を張った植物が風によって砂を巻き上げるのを阻止し、砂嵐の勢いも若干低下する。

 

「最近砂嵐になっても道に迷いにくくなったなぁ。」

 

「そうだね、前ほど濃くないから道しるべの杭も見失いにくいし、草も生えているから砂もそんなに飛ばなくて、前に比べると移動が楽だね。」

 

「これも神のご加護か、まさか砂漠にこれだけ緑を目にすることが出来るとは。」

 

「生きている内にこんな光景が見れるとはねぇ。」

 

「お、岩山オアシスが見えてきたよ!あと一息だ!」

 

「神の塔からの導の光も有難い、神よ、感謝します。」

 

かつて干ばつによって滅びの道を辿っていた砂漠の民は、迷宮核の齎す水の恵みによって絶滅を免れ、死の象徴であった砂漠の奥地に緑に覆われた楽園が誕生する奇跡を目の当たりにし、より一層迷宮核を砂漠の神として崇めるのであった。

 

それから暫くして、干ばつによって荒れる大河の国々の中から、砂漠の民と同じ血を引く大河の一国の使者が訪れ、使節団に参加していた王族の少年と砂漠の民の長の子供たちが誼を結び、交友を深めた後、正式に互いを盟友として認め国交を結ぶことになった。

 

盟友となった大河ほとりの国ホトリア王国からの援助で緑の帯と呼ばれた交易路の集落が再建され、砂漠の民も砂漠原産の動植物から得られる特産品を商隊に売り、その交易の利益で本拠地である岩山オアシスや砂漠各地の村を繁栄・強化させていた。

 

「保湿サボテンの生産が追い付かない?そこをなんとかしてくれ!」

 

「そうは言っても、取引相手はアンタだけじゃないんだ、他にもこれを必要としている人が沢山居るんだよ。」

 

「困ったな、貴婦人の化粧品にはどうしてもあのサボテンが必要なんだ、もし手に入らなかったら俺の首が物理的に飛んでしまう。」

 

「はぁ、全くしょうがないな、紹介状を書くから隣の村の農家を訪ねてくれ、どの道どうあがいたってもうこの村には在庫が無いぞ?」

 

「隣村って、砂漠の感覚で隣村となるとちょっとした旅だな、まぁ首を刎ね飛ばされるよりはマシか、すまない、助かった。」

 

「緑の帯とは言っても、魔物は普通に徘徊しているから注意するんだぞー!」

 

交易で手に入れた資金を使って、乏しかった金属資源を大河の国々から輸入する事で、砂漠の魔物の牙や角を使用した武器はより頑丈に補強され、鋭さを増し、砂漠の民の守り手と呼ばれる自警団は大河の国に比べて人数は少ないものの、その練度と武装は侮れないものとなっていた。

 

「ぐぅ、お・・重い!」

 

「腰が入っとらんぞ!腰が!もっと鋭く突け!」

 

「丈夫になったのは良いけど、この巨大蠍の槍ちょっと重すぎませんか?」

 

「何情けない事言っている?そんな事では、沼鮫はおろか砂鮫すらも退治できないぞ?」

 

「くっ、しかしこれ以外にも盾や弓などを担いで砂漠を歩くのはちょっと無茶ですよ。」

 

「守り手の中では、その装備を身に着けた上で、大蠍にやられて片足の骨を折ったラクダを支えながら岩山オアシスに帰還した奴も居るんだ、甘い考えは捨てろ。」

 

「うげぇ、僕本当に守り手になれるのかなぁ・・・・。」

 

「まったく情けない、後で砂袋を背負って岩山オアシスの外周を3回走れ。」

 

「ひーっ!お許しをー!」

 

砂漠の過酷な環境が好戦的な大河の国の干渉を抑制し、砂漠の民の戦闘能力の高さと盟友となったホトリア王国の保護によって欲深な者が迂闊に砂漠の奥地に向かえない様になっていた。

大河の連合はウラーミア王国と戦争状態であるが、本来はその中に幾つか好戦的な国もあるのだ、ホトリア王国と砂漠の民は戦争が終わっても気が抜けないのである。

 

戦争の影響で荒れつつあるこの地方であるが、砂漠奥地の岩山オアシスは安定して繁栄の営みを続けていた、そんなある日の事である。

 

「もうお祈りの時間かー、何かあっという間に時間が過ぎるなぁ。」

 

「姉さんもジダンも剣の訓練に打ち込み過ぎよ、あまり根を詰めすぎると倒れるわよ?」

 

「そう言うラーレは、剣の訓練あまりにもやらな過ぎよ、ほっとくと何時までも魔術の実験ばかりやっていて、そっちの方が体壊すわよ。」

 

「私は嗜む程度で良いのよ、自分の進む道は自分で決めているから。」

 

「そんなこと言って、ラーレお姉ちゃん時々アイラお姉ちゃんに一本取るときがあるんだよなぁ。」

 

「嗜む程度には訓練するからね。」

 

「僕も大概だけど、お姉ちゃんたち集中し始めると時間忘れるからなぁ、嗜むっていったい何だろうね。」

 

「おーい、子供達ー!もうそろそろお祈りを始めるわよー?」

 

「あ、はーい!」

 

いつも通り、神の祈りを始める村長家族であるが、今回はどうにも様子が違っていた。

 

「傷を負いし岩山の主よ、我らの祈りと贖罪を受けたもう。」

 

「偉大なる大地の神よ、我らが守護祖霊よ、大地に生命を齎したもう。」

 

「萌ゆる翡翠を悠久の地となさん・・・・あれ?」

 

祈る為に手を組み跪き祈りを捧げている最中、突如社に納められた御神体が輝き、いつの日かホトリア王国の王子と盟友の誓いをした時と同じように、壁に光が走り、青白く発光する文字が現れたのである。

 

「我らが裔よ、紺碧の空と翡翠の大地を求む者よ、我が意志を託さん。」

 

「細まる大河の地へ赴き、我が種子を運べ、大地に命の雫を宿せ。」

 

「荒れたる大地、欲深な者の醜き心、歪な欲望を捨てよ、不毛な争いを止め悔い改めよ。」

 

「我らが裔よ、盟友の地へ赴け、大河再生の鍵は此処にある。」

 

「我、産魂の種子を放てり。」

 

壁に刻まれた文字が霧散する様に消えると、御神体の光は収まり、村長家族は呆然とするも、暫くすると洞窟の奥から比較的小型の神の使者が現れ、その背に社に納められている御神体と同じ神の秘石・分身体を背負っていた。

 

「これは一体!?また神様の御神託!?」

 

「あれは?砂漠の神の使者様?」

 

「あの石は・・・御神体!?まさかこれが大河再生の鍵と?」

 

小さな蜘蛛の様な形をした神の使者は、御神体の秘石を丁寧に地面に置くと洞窟の奥へと消えていった。

 

「これは大変な事になったわね、アイラ、ラーレ、ジダン、村の皆に伝えて。」

 

「うん、僕は守り手の訓練所に行ってくる、カシムおじさん今頃男衆の指導をしてる頃だし。」

 

「私は、魔術研究所の所長に伝えに行くわ、呑気に実験なんてしていられないわ。」

 

「んー、私は取りあえず工房組合の方に行こうかな?その後は畑の方にもひとっ走りしてくるね。」

 

「頼んだわよ、私はアリーと託宣の審議の準備しておかないと。」

 

託宣を受けた村長家族は、大慌てで村の有力者たちを集め審議を始めた。

 

砂漠の民の長である村長家族、特にその子供たちは祈り手と呼ばれるようになっていた。

砂漠の民の次世代の長と期待されている子供たちは、託宣の通り砂漠の民の盟友たるホトリア王国へと御神体の秘石を届けるため使節団として向かう事になった。

 

「むー、私だけ置いてけぼりかぁ、まぁ仕方ないよね私は村長だし。」

 

「母さんはやる事沢山あるんだから、また次の機会ね。」

 

「でもなぁ、子供たちの親友であるあの子のご両親と故郷の人達にも挨拶したいし、一度で良いから大河の国ってのを見てみたいなぁって思うのよ。」

 

「拗ねるなよ、ラナ、子供たちは俺が責任もって守り通すから、安心して村長としての仕事をこなせ。」

 

「いいなぁ、いいなぁ、お母さんは置いてけぼりかぁ、お父さんはいいなぁ。」

 

「はぁ、何だかお母さんアイラお姉ちゃんっぽくなっている、まぁむしろアイラお姉ちゃんがお母さん似なのかな。」

 

「ジダン?後でちょっと話があるの。」

 

「に゛ゃっ!?ご、ごめんなさい!」

 

砂漠の民の長たるラナは、砂漠の集落をまとめる役目があるために、泣く泣く最愛の夫と子供たちを送ることになり、出発前日まで拗ねていたが、仕事だけはしっかりとこなしていた。

 

岩山オアシスの村長家族と、砂漠の集落の有力者の子弟、そして腕の立つ守り手で構成された使節団は、盛大な送迎会を行った後に大河ほとりの国へと赴くのであった。

 

「荷物は忘れていない?ジダン。」

 

「うん、大丈夫だよルルちゃん。」

 

「ホトリア王国への旅かぁ、砂漠の村から出るのって初めてだから緊張するわね。」

 

「アル君の故郷ってどんなところだろう?きっと綺麗な場所なんだろうなぁ。」

 

「一応向こうに着いたらアルジャン殿下って呼ぶんだよ?うっかり人の目があるところでアル君と呼んだりしたら大問題だし。」

 

「うっ、気を付けるよ。」

 

祈り手の中でも神剣に選ばれ砂漠の民から神聖視されているジダンは、守り手として実力を伸ばしていっている幼馴染の少女ルルとは心許せる相手であった。

良い友人であり、好敵手である彼女を護衛に推薦したのは互いにその実力を理解していて、経験こそ少ないが大人顔負けの剣の腕を持つ彼女は自分の背を任せるにふさわしい者として認めていたからである。

 

「もう岩山オアシスの村があんな遠い所に、でもホトリア王国までまだまだ遠いなぁ。」

 

「なぁに?もう疲れたの?」

 

「ううん、全然平気!でもまぁ、今でこそ草に覆われているけど、ここが砂地のままだったらちょっとは疲れていたかな?」

 

「ふふっ、本当に砂漠の神様に感謝しないとね。」

 

「そうだね、お母さんたちは道しるべもないのにこの岩山オアシスまで村の人たちを率いて歩いてきたんだから、杭を辿るだけで緑の帯に行ける今の方がとっても楽に違いないよ。」

 

「私の両親も大変だったんだろうなぁ、普通に暮らしているけど岩山オアシスを見つけた時はどんな気持ちだったんだろう?」

 

「岩山オアシスの外は見渡す限り、砂、砂、砂、村の外の世界なんて本当に存在するのかなって疑問に思った事もあるけど、信じられないくらい太い川があって、その周りに信じられない程沢山の人達が暮らしているんだって、見てみたいなぁ。」

 

「私にとってもジダンにとっても初めての大河の国ね、ホトリア王国に着いて御神体を届けた後、どうしよっか?」

 

ルルはその深緑の力強い瞳でジダンの目を見つめた。

 

ジダンは何か言葉を言おうとするが、それは声にならず吐息となり、代わりに穏やかな微笑みで返すのであった。

 

「何よ、ふふっ。」

 

ルルはジダンの手を握りジダンを待つ本隊へと引っ張って行く。

 

「行くわよジダン!故郷を惜しむのはこれまで!ちょっと遅れ気味よ。」

 

「わわっ、もぅ!強引だなぁ。」

 

ラクダの背中に積まれた、御神体の秘石が納められた箱は精巧な装飾が施されており、厳重に密閉された上で布にくるまれ、キャラバンの中央に置き、厳重な体勢で運ばれていく。

 

砂漠の民の使節団キャラバン隊は、砂漠各地に突き刺さった道しるべの杭を辿りながらホトリア王国を目指すのであった。

 

(私の分身体を運ぶキャラバンはサポート圏外へ出たか。)

 

(草木に覆われているとはいえ、砂鮫や巨大蠍を追い払うに越したことは無い。)

 

(道中なにもなければ良いな、出来れば運ばせた私の分身体の魔力は温存したいところだけど、いざと言う時は責任をもって彼らを守らないと。)

 

(大いなる大地よ、偉大なる神よ、我らの裔と盟友を守り給へ!)

 

迷宮核は分身体を運ぶ使節団キャラバンの無事を強く祈るのであった。




プロットがあると夏バテと睡眠不足でも話を書き進められますから、大まかに骨組みだけを作っておく事って重要ですね。


【挿絵表示】


砂漠の長の娘たち大体のイメージはこんな感じです。
砂漠のオアシスで調達できそうな資源が限られているので金属部品はかなり少なめです。

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