砂漠の神の託宣を受け、神の秘石を大河ほとりの国ホトリア王国へ運ぶキャラバン隊は、途中途中で小型オアシスの村で補給しながらホトリア王国の迎えが居る緑の帯へと向かうのであった。
「世話になったな、村長殿。」
「いえいえ、砂漠の神様のお告げの為に御神体を運ぶという重大なお役目の助けになれて光栄です。」
「ああ、干ばつの被害を抑え大河を復活させる事は、砂漠の民の未来にも大きく関わって来る筈だ。」
「そうですな、大河の国々はこの大干ばつでどこも殺気立っていて恐ろしいです。大河が再生すれば情勢も安定を取り戻すと思います。」
「うむ、この大干ばつは砂漠の民だけの問題ではないのだ、不毛の大地の浸食を此処で食い止めねばなるまい。」
「えぇ、えぇ、ではご武運を。」
キャラバン隊は村の中央部にある泉から椰子の実水筒や陶器の瓶などの空き容器に水を充填し、日が傾き気温が下がり始めた頃に村を発った。
従属核が生み出した泉は、砂漠を横断する旅人にとって欠かせない存在であり、また人間だけでなく野生のラクダや岩トカゲなど砂漠に生きる動物にとっても生命線である。
既に人が集落を築いている水源には基本的に砂鮫や巨大蠍などの魔物は警戒して寄り付かないが、あえて互いに不干渉を貫く事で砂鮫が村の泉で水分を補給した後砂漠の海に帰って行く事もある。
砂漠の民も砂漠に生息する動植物たちも安定した水源が各地に点在する事に気づくと余裕が生まれるのか、遭遇してどちらかが命を失うまで争う事は激減し、水源付近を中心として砂漠の動植物の個体数は増加傾向にある。
「緑の帯が見えてきたぞー!」
「へぇ、あれが緑の帯かぁ。岩山も滝もないけど確かに草原が広がっているね。」
「なんでも、大河の水脈が地下に流れていて部分的に地表に到達しているから帯状に植物が生えているらしいわね。」
「ラーレお姉ちゃん物知り!でも、少し前まで此処も砂漠になっていたという話だけど?」
「多分だけど、砂漠の神様がこの地に祝福を齎してくれたのかもね。神の紋章の刻まれた祭壇が緑の帯の村々にあるみたいだし、水脈を復活させてくれたのかも。」
「はぇぇ・・・あたしそこまで考えてなかったよ。ラーレさん凄いなぁ。」
「ルルも本を読む習慣を持つといいわよ?最初は目が疲れるかもしれないけど、本を沢山読むことで読むという事に慣れてきて楽しくなってくるから。」
「ラーレは本の読みすぎよ。うっかり食事忘れて倒れたことあったでしょ?」
「むぅ、姉さんだって剣の訓練のし過ぎでジダンを疲れ果てさせて気絶させちゃったじゃない。自分が倒れるなら兎も角かわいい弟を痛めつけるのは感心できないわ。」
「アイラお姉ちゃんもラーレお姉ちゃんも極端すぎる所があるからなぁ、僕も剣の訓練は程々にしておこっと。」
子供同士で雑談をしていると、隊の先頭から大声で呼びかけがある。
「見えてきたぞ!あれが迎えのホトリア王国の兵が待つオアシスの村だ!」
「そろそろ暑さが厳しくなってくる時間帯だ、オアシスの村で十分に休憩を取った後、翌日の早朝に出発するぞ!」
「了解!!」
砂漠を超え、荒野を超え、遂に緑の帯に到達したキャラバン隊はホトリア王国の兵士と合流し、休憩と交流を兼ねてオアシスの村で一晩過ごし補給を行った後、オアシスの村を後にした。
「しかし、中々の大所帯ですな。あの過酷な砂漠の大移動は大変だったでしょう?」
「ははは、確かに、だが我々にとって砂漠を移動し村同士の交流が無ければ生きていけませんので嫌でも慣れる事になりますよ。」
「砂漠の民は逞しいですな。我が国の若者にも見習わせたいところです。」
「しかし、此処まで来ると砂漠とはまた違った光景が広がってきますな。」
「ええ、我々にとっても砂漠に近い異質な雰囲気を感じますが、砂漠の民にとっては緑が広がる場所に近づいている感覚なのでしょう?」
「生命溢れる地と不毛の地の境界線という事でしょうな。砂に足を取られる事は無いにせよ、湿り気を帯びた草を踏みしめる感覚はまだ慣れませんな。」
「わぁ、凄い!遠くまで緑が一杯だ!綺麗!」
キャラバン隊の中央付近を歩く子供たちが植生の違う景色に興奮の叫びをあげ、大人たちは微笑ましい顔で彼らを見つめる。
「あの少年少女たちは一体?」
「あの子たちは砂漠の神に仕える祈り手であり、砂漠の民を守る守り手であります。幼いながら侮れない戦士であり護衛でもあります。」
「護衛!?あの年で?」
「我らが長の長男であるジダン様は砂漠の神に直接選ばれ、神剣の使い手として実力を伸ばしていっております。彼は年齢的な力の制限はあれど大人の戦士を打ち倒しうる力を秘めております。」
「あの少年が・・・。」
「えぇ、我々の未来はきっと明るいものになるでしょう。彼らが砂漠の民を導く長となる時が楽しみです。」
砂漠と大河の境界を越えて、本格的に大河付近の植生が広がる領域に到達したキャラバン隊は、砂漠とは全く違う景色に驚き、まだ見ぬホトリア王国の首都への思いを募らせてゆく。
大河付近にも危険な魔物は生息しているが、流石に大所帯のキャラバン隊に襲い掛かるようなことは無く、彼らに見つからない位置から遠巻きに警戒するだけで近づく事は無かった。
特に戦闘もなく迎えの兵士の案内で順調に道を進み、遂にホトリア王国の首都へと到着する。
「凄い・・・。」
「こんなおっきな石の壁を人が作り上げるんだ。」
「ふふふ、驚きましたか?石を厚く積み上げ魔物や敵軍などの侵攻を防ぐのです。」
「僕たちが再現しようとしたら岩山オアシスの一部を丸ごと切り崩さないと、とても石材は足りないよ。本当に凄いなぁ。」
「ようこそホトリア王国へ、歓迎しましょう。」
分厚い金属の門が重々しく開かれると、城下町は砂漠の民を迎えるホトリア王国民の大歓声が鳴り響いた。
砂漠の使節団であるキャラバン隊は、空気を響かせる大歓声に、そして何よりも砂漠の集落とは比べ物にならない程の人の多さに驚いた。
「大歓迎だな。」
「凄い、こんなに人が暮らしているなんて。砂漠だと砂漠中の集落の人達を一か所に集めないとこんな光景見れないよ。」
「あんなに遠くまで建物が広がっている、信じられない。」
大河の国々と商談をする大人達は慣れている者だが、子供たちはその光景に圧倒されるのであった。
「ジダン!」
「アル君!?い、いや、アルジャン殿下!!」
ホトリア王国の兵士の案内の元、王城前広場の噴水まで歩くと、見覚えのある少年の顔が見えた。
「お久しぶりです、アルジャン殿下。」
「こちらこそ、ジダン、さぁ王がお待ちです。」
使節団キャラバン隊の代表と村長家族が、御神体の秘石を入れた箱を丁寧な手つきで運び、噴水広場で待つ王族の前に置き跪く。
「大地の神の神命により、御神体を持参致しました。」
「うむ、砂漠の果ての地よりの長旅、大儀であった。」
「面を上げよ。」
「はっ。」
砂漠の民の代表たちは、そのままの態勢で顔だけ上げて国王を見る。
「ふむ、そなたらが息子の言っていた祈り手か、息子が世話になった様だな?」
「ふぇ?・・・は、はっ!」
「緊張せずとも良い、息子は年の近い友人が少なくてな、今後も仲の良い付き合いをしてやって欲しい。」
「はっ、恐れ入ります。」
「国王陛下、こちらが御神体の秘石です。」
丁寧に布を取り、箱を密封している包装を解いて行く。
「おおっ!これぞまさしく・・・。」
青白い光を放ち虹色の光沢をもつ美しい秘石が現れ、その場に居合わせた者たちが息をのむ。
「では、早速祭壇に・・・む!?」
御神体の秘石を受け取ろうと手を伸ばした王は、秘石が眩い光を放ちながら浮き上がった事で手を止めて、秘石が祭壇の噴水へと飛んでいく光景を呆然と眺めた。
神々しい光と共に祭壇の御神体と融合し大きさを増した秘石は、次の瞬間大地をなぞる様な光の波を発生させ、街中に光の粒子が舞い上がった。
噴水広場の周りを円を描くように光が迸り、ほんの一瞬だけ砂漠の神の紋章が浮かび上がり、光が収まって行く。
「な、これは一体!?」
「おお神よ!!」
完全に光が消えると、次の瞬間噴水広場の噴水が今まで見たことも無いような水量の水を噴射し、虹が発生する。
あまりの水量に水路が冠水してしまわないか心配した者も居たが、不思議と水嵩はそこまで上がらず、設備が損傷することも無かった。
「ああ美しい、神が我らの未来を祝福してくださる様だ。」
「おお、ホトリアへ栄光を!新たなる盟友砂漠の民に黎明を!」
「盟友よ!盟友よ!」
砂漠の民の使節団と彼らの祀る神にホトリア王国民は、再び歓声を上げる。
目の前で行われた契りと、神の奇跡に敬虔な地母神教徒は砂漠の民を同胞と認め、滅びゆく筈だった砂漠の運命に抗う勇者として彼らを心の底から盟友として敬愛した。
砂漠の民を迎える式が一通り終わると、歓迎会が開かれた。
和やかな雰囲気で、砂漠の民とホトリア王国民の交流が行われていく。
「とても良い式でした、改めてお久しぶりですジダン。」
「あはは、まだお久しぶりって程でもないよ、暫くぶりかもしれないけど。」
「実はこのまま干ばつで大河が細まり、干乾びてしまったらどうしようと思っておりました。でも、大地の神様のお陰で希望が見えてきました。」
「そうだね、砂漠の神様は大河に生きる人々にも心を痛めていたんだと思うよ、アル君、あ・・アルジャン殿下だったかな?」
「もぅ、アルで良いですよ、ジダン。」
ぷくりと頬を膨らませるアルジャン王子に苦笑いをするジダンは、ふと会場の端で何やら騒ぎがあるのを見つける。
「あれは?」
「どうしましたか?ジダン。」
ふと視線を向けると、一人の少女が貴族らしき男性に絡まれているのが見えた。
「砂漠の民に混ざりウラツァラル人が何用か。」
「あたしはれっきとした砂漠の民よ。」
「しかし、その深緑の瞳、湧き上がる魔力、ウラツァラル人の特徴だ。」
「確かにウラツァラル系だけど、もう殆ど砂漠の民だし、そもそも色んな文化の民が寄り集まって砂漠の民を作っているの、人種がどうこう関係ないわ。」
「ルルちゃん!」
「む、祈り手・・・ジダン殿か、ぬぅ!?アルジャン殿下も!?」
心配そうな表情をしたジダンと僅かに怒りを帯びたアルジャン王子が駆け寄ってくる。
「我らが盟友たる砂漠の民を迎える歓迎の宴に、何をしているのです?」
「あの、それは・・・。」
「ルル殿、ご無礼をお許しください。」
「え?あ、あのアルジャン殿下?」
「ルルちゃん大丈夫?」
アルジャン王子は貴族の男性をきっと睨みつけ言い放った。
「恥を知りなさい、もう下がって結構です。」
「は・・・ははっ!」
逃げるように貴族の男性は去ると、アルジャン王子は頭を押さえながらため息を吐く。
「全く、ホトリア王国にもウラツァラル人の混血はあると言うのに、よりにもよってこんな時につまらぬ事を・・・。」
「アルジャン殿下、有難う御座います。」
「え?あぁ、いえ、岩山オアシスでお世話になった頃の様にアルと呼んで良いですよ、ルル。」
「そ・・・そう?じゃぁ有難うね、アル君。」
「うーん、まぁ砂漠の民の中でもウラツァラル系の人達の風当たりが微妙になっていると言うのは無くもないけど、皆が協力しているから普段意識する事は無いかなぁ。」
「砂漠の民も大変なのですね、ルル、ジダン。」
「まぁ、ウラツァラル帝国自体とても大きな国だったから、ウラツァラル人は大河中に居るらしいし、帰化した人もきっと沢山いたんだろうけど、はぁ。」
「ウラツァラル人の国がやらかすと困るよね。」
「あたしのご先祖様は今でいうツラーミア方面から追放されて砂漠に住み始めた貴族の政治犯が元となった民らしいの、一応こう見えてあたし育ちもお嬢様なんだよ、ジダン?」
「その割にはお転婆、痛いっ!?」
ルルに頬っぺたをつねられて涙目のジダンと、考え込むアルジャン王子
「ツラーミア公国・・・旧・帝都ですか。」
「具体的にご先祖様が何をやらかしたのかは知らないけど、僅かな記録から何かを止めようとしていたらしいの、それが何だったのかまでは分からないけどね。」
「政治犯かぁ、なんかろくでも無さそうな臭いがするなぁ。」
「ウラツァラル帝国ですからね、そう言えば片割れであるツラーミア公国の動きが無いのが何か不気味です。」
「大河の国の事はあまり詳しくないけど、何もないと良いね。」
「そうねぇ、ろくでなしな国はさっさと黙らせてウラツァラル系の印象の改善はあたし達が頑張らないと。」
「さて、少し微妙な空気になってしまいましたが、交流の場を楽しみましょう。」
「そうね、辛気臭い話は此処までにして食べるわよー!」
「食べ過ぎは厳禁だよ、無理して食べると太、痛ったぁ!?」
「ルル、怖い・・・です。」
若干の障害はあったものの、砂漠の民の歓迎会は終わり、今後の方針の取り決めや交易の話し合いにうつる。
水源が復活した事で農業や工業が息を吹き返し、今ある備蓄の分を解放して大河の連合軍に支援物資として回しても問題ない事や、ウラーミア王国との戦争が終わった後の戦後処理の話など会議は続いた。
キャラバン隊が持ち込んだ砂漠の特産品は大河の国々で珍重されており、ホトリア王国も自国の特産品を見せる事で互いに何が必要なのか何を欲しているのか認識し合い、今後の交易で何を運ぶのか記録して行く。
商人は商人同士、商談を行い、双方の長は政治的な話から個人的な親族同士の交流も行った。
引き締めるような顔つきで話す事もあれば、親としての顔で息子たちの交流を語り合う事もあった。
アルジャン第一王子は弟のアミル第二王子を紹介し、祈り手三姉弟は第二王子を弟の様に可愛がった。
大人たちは、特にホトリア王妃は微笑ましそうにその光景を眺めていた。
砂漠の民とホトリア王国の本格的な交流を結ぶ記念すべき一日は、熱烈な歓迎と多少の障害の中、穏やかに終わる事になる。
砂漠の民の使節団は暫くホトリア王国に滞在したのち、別れを惜しみつつも手土産を持たされて大河ほとりの国ホトリア王国を後にするのであった。
(今まで分身体の力が足りなくて手が伸ばせなかった枯れた水脈に手を加えることが出来た。)
(すぐに影響が出る訳でも無いけど、最終的に地下水脈は大河に放出されるようにしたから、少しは大河の水量も増えるはず。)
(ホトリア王国の位置からだと上流の方まで手が出せないけど、下流域は大体カバーできるかな?)
(まだ無理だけど、その内そちらも何とかしたいなぁ、まぁホトリア王国は大河の地への橋頭保だし、此処を足掛かりにして上流の方の地質もゆくゆくは改善しよう。)
(今は水が足りなくて苦しむ人たちを一人でも減らさないと、思っていたよりも大河の状況は悪い。)
(私にできる事は最善を尽くすけど、この先もっと世の中が良くなれば良いなぁ。)
(偉大なる大地の化身よ、荒ぶる大地の怒りを鎮め給へ、渇きの地に命宿す雨を降らし給へ!)
迷宮核は心の底からこの地に生きる全ての生命に祈りを捧げた。
人間同士が傷つけ合い、憎しみ合う世界が消え、生命が溢れる楽園に人種の関係もなく互いに手を取り合って生きて行く日が来ることを夢見ながら。