霊晶石物語   作:蟹アンテナ

46 / 92
導きの使者

迷宮核の支配領域の広範囲に広がる草木により砂嵐の勢いは大分低減されたが、それでも依然として砂嵐によって遭難する者が当たり前の様に出る大砂漠。

 

かつてほどでもないにせよ、砂漠で方向感覚を失った末に砂鮫などの魔物に捕食されたり飢えや熱射で命を失う者も珍しくは無いのだ。

 

(久しぶりの砂嵐だ、岩山オアシスの村は霧の壁で覆って物理的に飛砂を落としているが、遠征中のキャラバン隊は巻き込まれているだろうな。)

 

(私の分身体から幾つか反応を感じるが、きっと近隣の村のキャラバン隊だろう。)

 

(緑の帯の交易路が復活した影響か、村々での物資の運搬が活発になっているのは良いが、やはり拠点から離れると危険度が一気に跳ね上がる様だな。)

 

(む、どうやら巨大蠍を撃退した様だな、だが目印の杭を見失って迷走中か、待機中の分身体が居るから救助に向かわせよう。)

 

(あの位置には集落の分布も疎らで、砂地が露出している部分も多いみたいだな、後で魔力に余裕が出来たら水源を作っても良いかもしれない。)

 

(まぁ、先ずは救助が先か、助けなければならないのは彼らだけではないんだ、砂嵐が止むのを待っていられない。)

 

 

岩山オアシスの開拓用の工具や資源を運ぶ道中、砂嵐に遭い方向感覚を狂わされた隙をつかれ砂中から巨大蠍に襲撃されてしまったキャラバン隊。

護衛の戦士が巨大蠍の甲殻の隙間に砂鮫の骨槍を突き刺して撃退し、難を逃れたがラクダと商人が負傷、目印の杭も見失って立ち往生していた。

 

「くそっ、油断したか。まさかこんな所で巨大蠍に襲われるとは!」

 

「幸い俺も相棒も毒針は食らわなかったが、相棒の足が一本折れちまった。」

 

「不味い、不味いぞ・・・・再び奴が現れる可能性もある、あとは血の匂いを嗅ぎつけて砂鮫が集まってくるかもしれん。」

 

「砂嵐さえ止めば大体の位置が割り出せるはずなのに!」

 

依然として視界を遮る砂嵐は、ごうごうと不気味な音を奏でている。

傷口を塞ぐためにボロ布をちぎり、患部に巻き付けるが傷口に砂が張り付いているので衛生面であまり良くないが、出血死するよりはマシである。

ラクダの足に杖を包帯で巻き付け固定具にすると、商人の男は体をさすり慰めながらラクダを歩かせる。

 

「辛いか?頑張れ、ここで野垂れ死ぬ訳には行かないぞ、近くに村がある筈だ。」

 

「くっ、目印の杭さえ見つかれば・・・・うん?」

 

護衛の戦士の男は、砂嵐で薄黒く染まった視界の端に、奇妙な光を見つける。

 

「?何だあれは・・・・。」

 

奇妙な光は段々と大きくなって行き、何かが近づいて来る気配がした。

 

「っ!何か来る!」

 

護衛の戦士が骨槍を構えると、商人の男はラクダを庇うように前に出る。

 

「な、まさか、砂漠の神の使者様っ!!」

 

「ああ、ありがたや、ありがたや・・・。」

 

砂嵐の薄闇の中から現れたのは無数に発光する眼を備えた砂漠の神の使者であった。

巨大な蜘蛛の様な甲殻類の様な姿をした砂漠の神の使者は、柱の様に太い足の底部に奇妙な螺旋構造を備えており、ずんずんと砂を踏みしめ、キャラバン隊に近づいて来る。

 

「我らを導いてくださるのだろうか?」

 

「しかし、ラクダの足がやられてしまい身動きが取れないのです、どうすれば・・・・。」

 

砂漠の神の使者は、足を延ばして胴体を接地させ、背中が開き、箱の様な空洞が現れ外殻の一部分が砂地に倒れて道が出来ていた。

 

「まさか、使者様の背に乗れと言う事でしょうか?」

 

砂漠の神の使者の目が返答するかの様に青白く点滅する。

 

「た、助かりました。この御恩一生忘れません!」

 

「さぁ乗れ乗れ、奴がまた戻ってくるかもしれん。」

 

「よしよし、頑張ったなぁもう大丈夫だぞ相棒。」

 

ラクダを支えるようにゆっくりと進みながら商人の男は砂漠の神の使者の背中に乗り込んだ。

再び砂漠の神の使者の背中が閉じようとしたとき、砂が盛り上がり巨大蠍が現れる。

 

「うわああぁぁ!!」

 

「こいつ、使者様にも襲い掛かろうと!!」

 

既に砂漠の神の使者の外殻が閉じられて暗闇に染まり、外がどうなっているのかよく分からない、だが外殻を叩く巨大蠍の音が不気味に響き渡るのみである。

 

次の瞬間、硬いものが砕けるような音と、生々しい何か液体が飛び散る様な音が響いた後、静寂が支配した。

 

「い・・・一体何が起こったのか?」

 

「俺たちは助かったのか?」

 

それから暫くして、砂漠の神の使者が移動を開始したのか揺れ始め、それと同時に暗かった内部に明かりが灯された。岩山オアシスの地底湖で見られる光る水晶を光源としているらしく、天井と床面に小さく切り分けられたそれが優しい光を放っていた。

 

「む・・・眩しい、何処かに付いたみたいだな?」

 

「見ろ!中継拠点のオアシスだ!あそこなら治療設備も整っているから、もしかしたら骨折も何とかなるかもしれない!」

 

長い間揺られていた様だが、消耗が激しかったのかいつの間にか眠りについていたらしく、眩しい太陽の光によって目を覚ます。

 

よたよたと起き上がり、ラクダを支えながら砂漠の神の使者の背中から降りると、その砂漠の神の使者は奇妙な姿で蹲っていた。

まるで四足歩行の動物が体を伸ばして寝そべっている様な姿で、どこか滑稽な姿であるが、揺れの感覚からしてこの姿勢を維持しながら移動していた様だが、どうやってこの体勢で移動出来ていたのかキャラバン隊の面々は疑問を感じざるを得なかった。

 

「もしかして、このお姿のまま我らをオアシスまで運んだというのか?」

 

「這いずるにせよ、若干無理な姿勢では?一体どうやって・・・・。」

 

その疑問は、再び砂漠の神の使者が移動を開始した事で判明する。

 

「なっ!?」

 

「なんと奇妙な!螺旋の柱が回転して移動するのか!?」

 

蜘蛛型の砂漠の使者の足の底部は、すべて螺旋状の柱の様な部分があり、それが回転しながら砂を掻き分け移動しているのであった。

地球でアルキメディアン・スクリューと呼ばれていたその構造体は、形状自体は単純な為、迷宮核的に修理しやすく、武器に転用しやすいので試験的に履帯型フレームと共に運用されていたのだ。

 

「もしかしたら、あの螺旋構造に何か秘密があるのかもしれない。」

 

「む、写生するのか、準備が良いな。」

 

羊皮紙に螺旋構造の脚部を持つ砂漠の神の使者の姿を描く商人の男。その書き写した姿は、後に井戸水の汲み取りポンプを始めとした様々な分野に応用され、ますます砂漠の神の英知に畏敬を覚えた砂漠の民は、信仰心を深めて行くのであった。

 

地に這いつくばる姿のまま砂煙を上げて砂漠の奥に消えていった砂漠の神の使者を見送ったキャラバン隊は、無事中継拠点のオアシスで治療を受け、ラクダも一命をとりとめた。

しかし、ラクダはもう荷物の運搬が出来なくなってしまい、その余生を仲間たちと穏やかに過ごす事になった。

キャラバン隊の運んでいた荷物はキャラバン仲間に引き継がれ、無事に岩山オアシスに金属製の工具と資材が送り届けられ、更なる発展に貢献した。

 

(履帯の足もそうだが、スクリュー状の足も中々悪くない強度だな。)

 

(摩耗する傍から修復するからよっぽどの事が無いと行動不能になる事も無いし、悪くないかもしれない。)

 

(しかし巨大蠍を砕いた時は、まるでドリルパンチみたいだったな。思ったよりもえげつない威力だった。)

 

(巨大蠍には悪いけど、彼らは砂漠の民の希望を背負っているんだ。その身は砂鮫の糧になったみたいだし、巨大蠍の死は決して無駄では無かったし、魂は我らと共にある。)

 

(勝手に命を奪っておいて言う事ではないけど、納得していないのは理解するけど、この荒涼とした砂漠を生命に満ち溢れさせる可能性を持つ生物と言うのは彼ら人間なんだ。)

 

(彼ら人間は凄いぞ。巨大な山も風穴を開けることが出来るし、深い森すら切り分けて街を作る事だって出来る。あれだけ可能性に満ち溢れた生物は滅多にお目にかかることが出来ないんだ。)

 

(だから、共に見届けよう、万人の道を行き偉大なる多数に加わった我らと共に、今の時を生きる彼らの姿を。)

 

(多くの魂は転生する事なく、魔力へと還る。偶然無数の魂の集合体として生まれ変わることが出来た私は幸運だったのかもしれないな。)

 

(・・・・・或いは呪いか、だが今は静かに見守ろう。)

 

 

相変わらず過酷な砂漠の環境であるが、迷宮核の支配領域では砂漠の民の生存率は非常に高い。

蜘蛛の巣の様に張り巡らされた命綱となる目印と、岩山オアシス周辺を照らす導きの灯台、点在する中継拠点、そして砂漠の神の使者の直接的な介入。

十数年前まで絶滅の危機に瀕していた砂漠の民は、砂漠の神の生み出した揺り籠の中で繁栄を続けるのである。

 

乳白色の景色が続く砂漠は、元々砂漠の砂粒の中で休眠状態だった種子や、砂漠の民が持ち込んだ大河の植物が芽吹き、かつて平原だったその姿を取り戻しつつあった。

霊体や魔力が集い魂となり、魂は生命と意志の力である魔力を放つ、物故せし者たちが集いて形を成し、意志を固着し世界を形作る。

文字通り大地を形作る基盤となった彼らは、これからもこの偉大で残酷な大地で生きる者達に踏みしめられながら見守り続けるのである。

 

 

 

 

 

 

 

アルキメディアン・スクリュー搭載型従属核フレーム

 

 

基本的な4足歩行フレームの脚部をアルキメディアン・スクリューに換装した試作型フレーム。

スクリュー部分が非常に頑丈に作られており、構造も迷宮核の感覚からして修理しやすいので、履帯型フレームに変わる遠征用フレーム候補として期待を寄せている。

しかし、重量もそこそこあるので、流砂などに足を取られた場合、身動きが取れなくなり立ち往生する可能性もある。

その場合、魔力残量に余裕があるならばホバーフレームに作り直す事で回避は可能だが、行動範囲は大幅に減少するであろう。

 

 

 

 





【挿絵表示】


おまけ、作者の画力的に全身複雑骨折している様な形状になっておりますが、大体のイメージです。各自お好きなメカ絵師様の絵で脳内再生してください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。