霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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産魂の種子

大河の国々の連合軍とウラーミア王国の戦争は相変わらず膠着状態であったが、大雨で一時的に増水した大河の水量は減少し始め、再び大河は細まり始めた。

今でこそ船を使えるが、前の雨が降る前まで枝分かれした川が殆ど沢と成り果てていた所もあった。

大河の国々は再び水量が減り始めた大河の様子に不安に駆られて、連合軍とウラーミア王国共に士気が低下していた。

 

「心なしか此処の水嵩も減ってきたな。」

 

「あぁ、昔はそれなりに雨が降っていたお陰で船が楽に通れたんだが、下手すると座礁するな。」

 

「小舟の物資搬入も難しくなるか、食料も医薬品も全然足りていないってのに。」

 

「どうする?また本国に要請するか?」

 

「無理だろうな、深刻な水不足で農作物の育ちも悪く、年を越せるか分からない村も出てきているんだ。」

 

「前の雨が降らなかったらもっと酷い事になっていた可能性もある、前向きに考えるべきだ。」

 

「そうだな・・・。」

 

ふと、下流域から流れに逆らって手漕ぎの小舟が小さな船着き場に向かってくるのが見える。

 

「ん?あれは・・・・。」

 

「ホトリアの船だ!また物資を送ってきてくれたのか!?」

 

「おーぅい!穀物粉と包帯を持ってきたぞー!後は野菜と保存食と医薬品が少しあるぞ!」

 

天幕の中から声を聞きつけた兵士がぞろぞろと現れ、小舟に積まれた木箱の山を見て歓声を上げる。

 

「助かる、食料を節約するために木の皮を剥がして虫を食べていたんだ、やっとまともな食事にありつける。」

 

「おおっ、何と瑞々しい葉だ!魚の燻製もあるのか、兵の士気も上がるぞ。」

 

「ホトリア王国も辛い時期だろうに、これ程の物を、感謝するぞ。」

 

「あぁ、地母神様の祝福のお陰だ。」

 

「確か地母神様の御神体を祭っていると聞いたが、それは本当なのか?」

 

「勿論本当だ。信徒の祈りにより地母神様のご慈悲が大地に染みわたり、ひび割れた大地は生気を取り戻し、枯れ井戸の水が湧き、干ばつ以前の様に作物が育てられるのだ。」

 

「ふむ・・・ならば、何故地母神様は此処にも祝福を齎してくれないのだろうか?」

 

「我らの祈りが足りないのか、それともまだお力を蓄えられていないのか。ただ、故国ホトリアよりも下流域は大河の水量が戻りつつあるので、地母神様もこの干ばつを嘆いているのかもしれんな。」

 

「そうか、ならば我らも地母神様に祈りを捧げるべきだろうな、私も地母神教徒だ、連合軍の中にも地母神教徒は数多くいる、声をかけておこう。」

 

「それはかたじけない、地母神様の祝福あれ!」

 

「祝福あれ!」

 

ホトリア王国は派兵した数こそ少なかったが、支援物資の量は国の規模にしては多く大河の連合軍に提供していたので現地の兵士の好感度は非常に高かった。

その一方で、不自然に水を大量に消費して節水せずに農作物を育てているホトリア王国に不信感を持つ者も居た。

 

「ホトリアめ、大河の水は大河に生きる全ての民が必要なものだ、節水もせず農地を広げおって!」

 

「しかし、大河から水を引いている様子はないが・・・・。」

 

「レイカポンダ水霊国のトカゲ共から大量の水魔石を輸入しているとか?いや、その様な動きは確認されていないか。」

 

「一体何がどうなっていると言うのだ?」

 

だが、大河から水を引いている様子もなく、むしろホトリア王国よりも下流域の方が水量が多いという奇妙な現象が起きており、そのおこぼれにあやかった下流域の国も農業用水を確保できていた。

 

「いやぁ、地母神様さまさまだな。」

 

「ホトリア王国に豪華な祭壇が出来上がっていたが、あれが地母神様の御神体か、美しい噴水であったな。」

 

「大地のひび割れこそ無くなったが、代わりに雑草取りが大変そうだったなぁ!」

 

「全く、干乾びた草原が広がるのは気が滅入るが、元に戻ったは戻ったで大変なもんだ。」

 

「とは言え、こちらはホトリア王国程の加護が届いていないのだ。大河から水を引き、少しでも農地を復活させないと戦争どころではなくなるぞ。」

 

「全く、水不足で大変なのは分かるが、他者から奪ってでも水の魔石を確保したいのか?」

 

「我らには分からんな、奴らの考えが。」

 

ホトリア王国とその下流域の国々の支援によって、大河の連合軍は強力な魔道具と魔術を操るウラーミア王国を相手に善戦をしていた。

相変わらず大河は細まるばかりだが、戦争によって水の浄化作用が追い付かず、死霊のまき散らす瘴気や戦死した兵士たちの遺体で汚染される流域も現れ始め、水不足に拍車をかけていた。

 

「・・・・ちっくしょう!済まない兄弟!」

 

戦斧で灰色になった元友軍の死霊の頭を叩き割り、蹴り飛ばして川に沈める連合軍兵士。

その後ろから、大きな口から黒い霧を吐き出しながら、腐った肉のこびりついた骨の塊が突進を開始しようとブチブチと音を立てて脚の筋肉を膨張させていた。

 

「大蜥蜴の死霊か!左右に回避しろ!」

 

「ぬおおおおおぉぉぉ!!」

 

その巨体からは信じられない程の速度で突進した大蜥蜴の死霊は、木々をなぎ倒しながら隊列に突っ込み、回避が間に合わなかった兵士数名を弾き飛ばし岩壁にぶつかり土煙を上げた。

 

「ぐ・・ぁ・・・。」

 

「おい、大丈夫か!?」

 

「爪が、ほんの少し掠っただけなのに、ぐふっ、宙に舞うとは。」

 

「死者は出ていないが、負傷者多数!不味いぞ!」

 

べきべきと首が捻じれ大蜥蜴の死霊が連合軍の方へ向くと、大きな口を開き、喉から押し出されるように黒い霧が吐き出された。

 

「瘴気だ!あれに触れるな!魂を穢されるぞ!!」

 

「させるかぁ!食らえ!」

 

魔術兵が杖を振りながら呪文を唱えると、大きな火の玉が空中に形成され、唸りを上げながら火の玉が大蜥蜴の死霊の口に向かって直進する。

 

「おおっ!霧が焼き尽くされて行く!」

 

黒い霧をかき消しながら灼熱の火炎弾が大蜥蜴の死霊の口に飛び込み、腐敗した体液が悪臭をまき散らしながら沸騰し、泡立ちながら腹部が膨張する。

 

ーーー轟音。

 

腐敗ガスに引火したのか、大蜥蜴の死霊は眩い閃光を放ちながら大爆発し、戦場を穢していた瘴気が燃え上がる炎に浄化されて行く。

 

「死霊兵が引いて行く?撤退したか。」

 

「あぁ、兄弟・・・・くそ連れて行かれちまった。」

 

「あの黒い霧は厄介だな、死にかけの奴はたちどころに絶命して奴らの仲間になっちまうし、黒い霧そのものが猛毒だから無傷の奴も昏倒しちまう。」

 

「遺体から装備を回収する事すらままならない。死霊化された上で武具を鹵獲されるから唯でさえ物資が不足しているのに敵に装備を与えちまうんだ。」

 

「後はこいつらの残骸だ、哀れな奴隷の死体や兄弟たちの遺体が黒い霧の影響で猛毒化して大地を穢すから、水源が汚染されて飲み水が確保できない。」

 

「せめて、もう少し水量があれば・・・いや、だがどの道汚染は広がるか。」

 

「後でこいつらの死骸を一か所に集めろ。火葬して処理しないと瘴気を焼き尽くせないぞ?炎は瘴気を無毒化する。」

 

「自浄作用すらままならんか、大河が元の姿ならば・・・・。」

 

大河の連合軍とウラーミア王国軍の戦いは膠着を続ける。

 

一方、ホトリア王国は干ばつで被害の出ていた農地を耕し直し、比較的短期間で収穫できる作物を植えて食糧の増産を行っていた。

 

「ふぅ、抜いても抜いても生えてくるな。この雑草が食えるならまだマシなんだが大して腹も膨れないくせに青臭くて食えたもんじゃない。」

 

「いや、普通雑草は食おうと思わんだろう。」

 

農夫仲間に突っ込みを入れられる男。

 

「ああ、でもこの草を食う飛蝗は割と食えるな、腸を取り除けばいける。」

 

「虫を平気で口に放り込める奴は生き延びるからな、俺は味を含めて無理だった。」

 

「火も通さず丸ごと齧るからそうなるんだよ、今度虫の調理の仕方教えてやろうか?」

 

「あんまり気は進まんがお願いするかもしれん。飢え死にはしたくないからな。」

 

「木の皮を剥がして取る幼虫は美味いぞ。食わず嫌いするもんじゃない。」

 

「何だか食欲が無くなってきた・・・・。」

 

何処かやつれた顔で、種子の入った麻袋を取りに行く。

 

「だが、飢えて死ぬのだけは嫌だ。親戚の子供も乳を飲めずに死んじまったんだ。食えるものは何でも食って生き抜くんだ。」

 

農夫の男は、偶然噴水が神の祭壇へと生まれ変わる光景を目撃した一人であった。

枯れた噴水が姿を変え、大量の水を噴き出し、瞬く間に水路を水で満たしてゆく光景はまさしく奇跡そのものであった。

 

「砂漠の民は、もっと乾燥していて水にもありつけない環境なのに、この大干ばつを生きてきたんだ。俺たちだって!」

 

陶器の水差しから焼き固めた杯に水を注ぎ一気に呷ると、麻袋を担いで先ほど耕した畑へと歩いて行く。

 

「ちゃんと育ってくれよ。収穫した分だけ俺たちは生きていけるんだ。」

 

農夫たちは照り付ける太陽を背に農作業に勤しんだ。

 

 

 

 

・・・・ホトリア王城にて。

 

 

「ふぅ、何とか一息付けそうだな。」

 

「陛下、大丈夫ですか?暫く立て込んでおりましたが・・・。」

 

「ああ、アルか、我は大丈夫だ。それよりもお前も根を詰めすぎるなよ?」

 

「ふふっ、時々息抜きにアミルに勉学を教えているのです、力を抜くときは抜いておりますよ。」

 

「それは、息抜きと言えるのか?全く、弟が可愛いのは良いが体を休めるのも仕事の内なのだぞ?」

 

「むぅー父上がそれを言いますか?椅子に座ったまま書斎で目を開いて寝ていた時は驚いたんですからね!?」

 

ぷくりと頬を膨らませて不満がるアルジャン第一王子。

 

「お、おぉ、それを言うな。分かった分かった。たまには昔の様に家族一緒で添い寝をしてやろうではないか。」

 

「わふっ!?そ・・・それは流石に恥ずかしいからやめてください!」

 

「冗談だ、まぁアミルにはまだ必要だがな。」

 

「むぅ、アミルだけ・・・。」

 

「お前も時々訳が分からない時があるな。」

 

「むーーー・・・知りません、父上のばか。」

 

アルジャン第一王子が部屋から出て行くと、入れ違いに王妃とアミル第二王子が書斎に入ってくる。

 

「おとうさまー!」

 

「おお、アミルか、元気にしていたか?」

 

「申し訳ありません陛下、アミルが言う事を聞かなくて。」

 

「よいよい、幼子はこれくらいが丁度良いのだ。」

 

「アルが出て行くのを見かけましたが、またあの子をからかったのですか?顔を見ればすぐにわかります。」

 

「アミルと同じく添い寝してやろうと言ったのだ。」

 

「あらまぁ。」

 

くすくすと口に手を添えて笑う王妃。

 

「子供が育つのは早いものだな、砂漠の民の親友を得てアルも成長した。」

 

膝に頭を乗せて甘えてくるアミルの頭を優しく撫でながら王妃とほほ笑む国王。

 

「えぇ、同い年の対等な付き合いの友など殆ど居ませんもの。」

 

「少し羨ましいな、我も即位する前は友と呼べる者は居たが、あくまで従者と言う立場だ、対等の親友と呼べる存在ともなると我ら王族は持つ事も難しい。」

 

「友ですか、そう言えば砂漠の民の村長補佐、彼は中々の人物ですね。」

 

「アリー殿か?まぁ、個人的にも親交は深める事が出来たが妻である村長と話せなかったのは惜しかったな。」

 

「うふふ、実は子供を持つ親としてのお話もこっそりとしていたんですよ?」

 

「いつの間に・・・・はぁ、そこは男よりも女の方が得意分野だろうな。」

 

「戦士と王族とで立場は違いますけど、男親の気苦労と言うものはどこも同じなのですね。」

 

「むにゃぁー・・・おとうさまぁー・・・。」

 

気が付くと、膝に頭を乗せたままアミル第二王子は眠ってしまい、服に唾液がしみ込んでいた。

 

「丁度良いか、まだ昼だが少し休む。ほれ、アミル我に掴まるのだ。」

 

「ごゆっくり、うふふっ、陛下?」

 

書斎を後にする国王の横顔は薄っすらと赤みを帯びていた。

 

「この地に生きる者達が安らかに過ごせるように、地母神よ、我らに命の源たる水を齎したまへ。」

 

書斎に一人残った王妃は首元から首飾りを引き出し、握りしめ地母神へと祈りを捧げるのであった。

 

(ホトリア王国に私の分身体を置いたが、想像以上に干ばつの影響が広がっているみたいだ。)

 

(砂漠とは比較にならない程人口が密集しているから、大量に魔力が供給されているけど、その殆どを水の生成に回しても追いつかない。)

 

(ホトリア王国だけじゃ駄目なのか?大河を遡り水を必要としている人々に手を差し伸べる事も出来ないなんて。)

 

(分身体の力もまだ足りないな、でも私の分身体を追加でキャラバン隊に運ばせるのは前よりもリスクが高くなってしまった。)

 

(大々的に砂漠の民とホトリア王国が交流を結ぶ宣言をした事で、所属不明の部隊にキャラバン隊が襲撃される事件が起きるようになってしまった。)

 

(幸い死人は出ていないが、水の魔石を奪われてしまったんだ。出処を調べるためにもっと過激化してくるに違いない。)

 

(水源さえ復活すれば、水さえあればこんな事起きるわけないのに、あぁ。)

 

(自然も人も耐えられなくなってきている。今出来る事をしないと自然そのものが崩壊してしまうかも知れない。)

 

(天よ!慈悲を雨粒となし降り注ぎたまへ!大地よ!怒り沈め亀裂を治めたまへ!)

 

迷宮核は、砂漠各地に散らばった分身体に指示を出しつつも、ホトリア王国に派遣した分身体に特に注意を向け、ありったけの魔力を水の生成に回し枯れ果てた水脈を蘇らせてゆく。

 

底なしの胃袋を持つ巨獣の様に水を飲み干す大地、しかし、従属核が生成した膨大な量の水は、確かに生命を育み大地を緑に染め上げて行く。

枯れ果てていた大河跡地は、何処からともなく滲み出た水流が沢を形成し、緩やかにかつての流れを取り戻して行く。

 

人々が祈りを捧げた分だけ、大地は生気を取り戻し、あらゆる生命を育む母体となり、新たに生まれた生命は従属核に更なる力を与える。

 

大河ほとりの国の噴水跡地に収まった従属核は、正しく産魂の種子であった。

人々の祈りと、その地に住まう生命を糧にその種子は発芽の力を蓄える。

それは、大地根ざし抱く大樹となるのか、美しく地平の先まで咲き誇る大輪の花となるのか、干ばつの危機を迎えるこの地に齎された希望は、大河ほとりの小国で静かに芽吹こうとしていた。




時間的リソースのやり繰りが大変です。
((;゚Д゚))
成るべく睡眠時間を削り過ぎない様にしつつ頑張りたいと思います。

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