霊晶石物語   作:蟹アンテナ

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小雨

大干ばつによって僅かな水分でやりくりしていた砂漠の生物も耐えきれず数が激減し、本当の意味で死の領域と化する所であったが、迷宮核の力によって砂漠の民の住む岩山オアシス周辺においては、生物の生存に適する条件が整えられていた。

大干ばつの影響は、大河の国々の治める領域にも及び、大河の水量は減り続け細まるばかりであった。

 

しかし、ある日突然、大河の広範囲が曇り始め霧の様な雨が降り始めた。

 

「おお、久しぶりの雨だ。」

 

「とは言ってもこんな細かい雨では、そこまで大地も息を吹き返さないだろうなぁ。」

 

「降らないよりはマシだ、天の恵みには違いないさ。」

 

「違いない。」

 

何かしらの理由で気候変動が起こったのか、砂漠は元より大河方面の降水量も激減していたが、この小雨のお陰で萎びていた植物も息を吹き返し、節水していた農家も久しぶりの天の恵みに喜び地母神へと祈りを捧げていた。

 

「見ろ、恵みの雨だ。きっと地母神様の奇跡に違いない!」

 

「あぁ、溜め池の水はそこまで増えないが、それでも地面がこんなに湿っているのは久しぶりだ。」

 

「中にはひび割れている部分もあったんだ、普段は気にも留めていなかった雑草が生えているだけで安心するとはな。」

 

「この様子だと直ぐに止みそうだな、また纏まった量の雨が降ってくれるとありがたいんだが。」

 

「贅沢言うなよ、これもきっと地母神様のご加護に違いない、今日はいつも以上にお祈りを念入りにしなければな。」

 

「そうさなぁ、地母神様のお力でこれだけ大地の力が蘇ったんだ、感謝しないとばちが当たっちまう。」

 

農夫の男たちは、農作業で温まった体を冷やす小雨の心地よい雨粒を感じつつも、一度農作業を中断し、休憩を兼ねて地母神の祭壇へと祈りを捧げに行くのであった。

 

 

ホトリア王国、王城前広場の噴水にて・・・・・。

 

「おおっ、偉大なる地母神よ、恵みの雨を降らせてくださった事に感謝の祈りを捧げます。」

 

「ありがたや、ありがたや。」

 

「草萌ゆる翡翠の大地よ、永遠に。」

 

「地母神様に祈りを。」

 

細かい雨が降る噴水広場を取り囲むようにホトリア王国民が集まり、感謝の祈りを従属核に捧げていた。

 

感謝の感情が従属核に向けて放たれているからか、従属核は何時もよりも魔力が充実している様に感じていた。

彼らもまた、ホトリア王国民に感謝しているのだ。

 

(私は地形を少し弄る位の力は持っていても流石に雨を降らせる能力は無いんだけどなぁ、それでも私に祈りを捧げてくれるホトリア人の皆には感謝しなくてはね。)

 

(あくまで感知できるホトリア周辺でだけど、かなり広範囲に雨雲が広がっているみたいだな。)

 

(地表を少し湿らせる程度の雨だけど、それでも有難いものだな、水を幾ら生成しても追いつかないくらいだったけど、これで幾らか余裕が出来る。)

 

(うーん、しかし砂漠方面には雨は降っている様子は無いんだよなぁ、気候変動のせいか前の大雨以来降っていないんだけど、あっちにも降ってくれればと思うのは都合が良いか。)

 

(まぁ、前の大雨の水はまだ地下貯水槽に結構残っているし、滲ませるように少しずつ地表に吸い出しているから草木の生育も良好で魔力の供給も安定して来ているんだよね。)

 

(大雨が降った時は地下貯水槽はほぼ満タンだったけど、その雨水もそれなりに消費したし、地表の生物たちから得た魔力でそろそろ水を継ぎ足しても良い頃合いかも知れないな。)

 

(あの大雨のお陰で砂漠の灌漑が一気に進んだし、私が魔力で生成する水量ではあの量に達するまでにどれだけ時間がかかったのやら、やはり大自然の力には敵わないなぁ。)

 

(吸水ポリマーで地表に水分を留めていると言うのもあるけど、岩山オアシス周辺は此処みたいに緑が増えてきたし、また余裕が出来たら追加で私の分身体を此処に送っても良いかもしれない。)

 

(相変わらず砂漠の奥から乾いた風が容赦なく吹き付けてくるけど、岩山オアシスの水源から水分が風に含まれて村の近くはそこまできつくないらしいんだよね。でも、大河の民にとってはちょっと過酷かな?)

 

ふと、従属核の脳裏?にある考えがよぎる。

 

(うーん、もしかしてこの小雨って岩山オアシス周辺の灌漑した領域から放出された水分が由来とか?いや、気候に関する知識はあんまり無いんだけど、もしそうなら私の仕事も無駄では無かったって事かな?はは、そんな都合良い訳ないか。)

 

(海や地表から蒸発した水の再分配、水の循環の要、それが雨、この細まり続ける大河に少しでもその恩恵があると良いな。)

 

大河の広範囲に降り注いだ小雨は、僅かながらも確実に大河の生命に恩恵を与えた。

戦乱で荒れる大地に染みわたる慈雨は、血を洗い流し、怒りを鎮め、荒んだ人の心すらも潤す。

生気を失っていた森の木々も青々とした葉を生い茂らせ、開花を待っていた蕾たちも一気に花開く。

 

あくまで、雨が降り止むまでの間であるが、小雨が降り続ける間、確かに大河での戦闘は一時的に止まっていたのだ。

 

「雨が止んでしまったか、致し方あるまい。」

 

「僅かながら飲み水を確保できました、これで幾らか余裕が出来ますね。」

 

「ふん、それは敵も同じ事よ。そろそろウラーミアも動き出す、各兵に号令をかけろ!」

 

「はっ!!」

 

「さっさとこんな不毛な戦いは終わらせたいものだ、連中も何故この様な暴挙に至ったのやら・・・・。」

 

雨が降り止むと再び、大河の連合軍とウラーミア王国軍が活動を再開する。

再び命と命のぶつかり合いが始まろうとしていたが、その空には美しい虹がかかっていた。

それは、無益な争いを窘める為に神が空に描いた落書きか、戦士たちを鼓舞する祝福か。

戦士たちの雄叫びが轟き、ぬかるんだ大地を踏みしめ金属の擦れる音が響き渡る。

 

 

(ふむ、岩山オアシス周辺の環境も安定してきたし、そろそろ追加で分身体を送る頃合いか、しかしこの前、水の魔石を運搬するキャラバンが重武装の盗賊に襲われて大被害が出てしまったんだよな。)

 

(お互い痛み分けで盗賊団は撤退していったけど、幾つか水の魔石を奪われてしまった、魔石も痛いが人的被害はあまりにも深刻だ。)

 

(それに、もし奪われたのが水の魔石ではなく私の分身体であった場合・・・・想像を絶する被害が発生する可能性がある、何せ私の体自体が膨大な魔力の塊だ、悪用されればどのような事態が起こるか予測できない。)

 

(やはり、前回大々的に動きすぎたか、キャラバン隊の、砂漠の民の安全を考えるともう彼らの手を借りて移動する手段は使えないか。)

 

(私の分身体が強奪される危険性を考えると砂漠の民の力を借りず、私単独で分身体をホトリア王国まで運搬する手段を構築する必要があるだろうな。)

 

(さて、どうしたものか、プランター搭載型の外殻で移動するか、空から一気に距離を稼ぐか、はたまた・・・・。)

 

迷宮核は干ばつによって細まり続ける大河とそこに住まう人々の苦しみに心を痛めつつ、新たな分身体を送るために運搬計画を立てるのであった。

従属核の運搬手段たる移動用フレームの模型を生成しては分解し、今日も試行錯誤を続ける。

しかし、コアルームはさながら珍妙なフィギュア置き場の様な光景であり、失敗作や技術実証機などが立ち並び、年頃の少年が喜びそうな空間となっていた。

 

(この区画も物が増えてきたな、幾ら誰も来ることがない場所だと言っても、整理整頓くらいはしなきゃね。)

 

(はぁ、まさか石の姿になっても部屋の掃除をする羽目になるとは、とほほ。)

 

(でも、これも必要な事なんだ、砂漠の民の為、大河の民の為、実際にこれらの研究成果のお陰で砂漠の開拓も進んだんだ。)

 

(あー、この区画を広げると植物の種子保管庫とぶつかってしまうのか、えーっとじゃあこっちは、乾燥室とかち合うか、うーんうーん模型を幾らか処分しなきゃいけないのかなぁ気に入っている物、い・・・いや今後役に立ちそうな完成度の高い物もあるんだ、処分するには気が引けるし、むむむむ。)

 

神と崇められていても、石の体と成り果てても、何処か人間だった頃の性分が抜けきらない迷宮核である。

これからも、迷宮核の試行錯誤は続く、新技術の導入、土地の開拓、お部屋のお掃除、彼の悩みは尽きないのであった。




モチベーション低下で動けないと無限ループにはまる可能性があるので、時には無理やり動く必要があると思います。
カフェインの力を借りて無理やり動く、特に予定も決めず外で歩く、そして一番効果があるのが眠くなくても無理やり休む、これですね。
正常なリズムに戻すのに多大な時間を費やしました。とほほ

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